2008年06月

2008年06月24日

当麻寺の伽藍配置は新旧渾然一体のおもしろさがある

当麻寺は奈良県西部にあり奈良時代以来の古い沿革をもつ寺院であります。奈良時代に伽藍配置のベースがつくられています。つまり東西両塔(東塔 奈良末期、西塔 平安初期、ともに国宝)の北に金堂(重文)、さらにその北に講堂(重文)が並ぶ配置です。有名な奈良西ノ京の薬師寺と同じ伽藍配置です。その後、中世には、時代の変化とともに内陣(仏像空間)外陣(礼拝するための人間の空間)を持つ本堂建築が主流になると、もともと付属的なものであった堂が改造や増築を繰り返し現在の本堂(曼荼羅堂 奈良時代〜平安末期改造、国宝)に発展したものです。今ではこの本堂が当寺の中心的な堂となっています。その後、近世には境内に子院がつくられ、住居として書院、茶室や庭園がつくられました。中之坊書院(重文)・茶室はその代表格です。このように当麻寺は時代の変化を柔軟に受け入れることで1200年という長きに渡り信仰を集め檀那を得、現代まで生き延びることができたと思われます。その結果境内は理解しにくい雑然とした配置となりましたが、そこにはたくましささえ感じますがいかがでしょうか。左写真は参道 今でも古い民家がまちなみをつくる。遠くに当麻寺楼門が見える。中写真は境内で左右が金堂と講堂、中央が曼荼羅堂。右写真は奥の院から東西両塔を見る。 つづく  才本


当麻寺 参道当麻寺境内当麻寺 東西の塔

2008年06月16日

石上神宮の摂社出雲健雄神社のちょっと変わった拝殿

石上(いそのかみ)神宮は奈良の古代万葉の道として有名な「山の辺の道」の北の起点となる地にあり、歴史に出てくる七支刀が発掘されたところです。この石上神宮の拝殿は国宝ですが、ちょっと変わったユニークな拝殿が摂社(せっしゃ、本社に附属した神社)の出雲健雄(いずもたけお)神社にあり、これも小さいながら国宝に指定されております。もとは南隣する永久寺(今は廃寺)の鎮守住吉神社の拝殿として、鎌倉時代1300年に建立され大正年間に現在地に移築されました。いわゆる割拝殿の形式で中央の1間をトンネル状に通路を貫き唐破風の屋根で人を迎える表現としています。その両脇に狭い(間口2間×奥行き1間)拝殿スペースを備え、ここはすべて角柱で格子組み引違い戸など住宅風の雰囲気を持っています。以前紹介した園城寺の光浄院客殿の入り口付近の外観とよく似ておりますが、これは寝殿造りの中門廊が時代とともに変化しシンボル化して入り口のデザインとなったものです。この拝殿でも入り口の表現として同じようなデザインが応用されたのではないでしょうか。現状は唐破風の通路をくぐってアクセスする動線はありませんが、移築前はこの通路がアクセスであったと思われます。  才本


石上神宮 拝殿1石上神宮 拝殿2石上神宮 拝殿3

2008年06月09日

円成寺の庭園と建築

円成寺は奈良市の東、柳生の里に接するところにあります。庭園と建築が美しく調和して一つの世界を成しています。庭園は古く12世紀に中興したときの庭といわれ、平安時代の寝殿造庭園の典型的な配置といわれています。この庭園から階段を何段か上がったところに円成寺の楼門があり、その美しい姿を庭園の一シーンとして見せることで庭園の価値がより高まっています。円成寺の境内は楼門の背後に広がり庭園からは見えませんので、楼門のみが庭園との接点だといえます。庭園と建築(および寺院境内)との位置関係が特異です。なぜそうなったのか、その辺の興味は尽きません。
この美しい光景に加え5月の新緑が陽光に映えそよ風がそっと肌を撫ぜ、束の間ではありますがなんともいえぬ心地よさに浸りました。左写真は庭園から楼門の眺め 中央は寺院境内から楼門を見る 右写真は楼門から庭を見下げた光景  才本


円成寺1円成寺2円成寺3