2009年04月

2009年04月22日

夜桜に圧倒される平安神宮の<紅しだれコンサート>

とある京都ファンから京都の桜の中でも平安神宮の夜桜はすばらしいと聞き、いつかは行きたいと思っていましたがさる4月11日に体験することができました。昨年夏、ここを訪れたときは豊かな緑と爽やかな水の流れ、心地よい風そして歴史的な建造物が織り成す環境に、一瞬でしたが、社会の雑事も忘れ心を癒やすことができました。
桜の時期はある意味ではこの神苑が1年の中で最も華やぐときです。さらに夜桜を見ながらコンサートを聴くという企画で特別の混雑ではありましたが、それでも夜桜は圧倒的で美しく、さらにバイオリンとギターのデュオが奏でる音楽がさらに雰囲気を盛り上げていました。わたしの人生(短い?長い?)の中でもこれまでになく感動的な体験でした。この体験は是非皆さまにもお勧めしたと思います。
下段左は当日のコンサート会場(手ぶれしていますが)、右は昨年夏の写真  才本



平安神宮 桜1平安神宮 桜








紅しだれコンサート夏の神苑

2009年04月08日

平等院のあけぼの

釈迦滅後2000年にあたる西暦1052年以降は釈迦仏法が力を失い世の中が乱れるといわれる末法の時代に入るといわれます。平等院鳳凰堂はその年につくられの翌年には完成していた。まさに末法への突入におびえた藤原貴族がわが身を浄土におくりこむために建造しものでした。堂の正面に向って池の手前側が「この世」で,向こう側が「西方浄土(西のほうを向いている)」であり、その結果堂は東を正面としています。
しかし平等院鳳凰堂にはもう一つ別の建築的な狙いがあるといわれます。鳳凰堂から見て宇治川の向こう側(東側)には朝日山と仏徳山がそびえ、朝日はそのあたりから昇ります。その日の出の瞬間が鳳凰堂が最も美しいといわれます(私はまだ見ておりませんが)。白洲正子はその瞬間の描写を『平等院のあけぼの』という一文で描写しています。引用しますと、「朝日山の左肩からひと条の初光がさした。その瞬間、屋根の上の鳳凰が飛び立ったような気配がし、・・・・それは光線が上から下へと降りて来るためだとわかった。・・・・ふと気がつくと、日光はすでに池の面まで降りてきて、今度は反対に、お堂を下から上へ照らしはじめる。水に反射する朝日は昼間よりまぶしくてあれよあれよというまに、阿弥陀如来の台座へ到達した。・・・・周囲の白い壁にもさざ波が立って、その中を天人が軽々と飛翔して行く。水鏡は軒裏の隅々まで照らし出し、天井の支輪に反映して、内陣ばかり鳳凰堂全体が虚空に浮かんで鳴動するように見えた。」と。
池面からの反射光を室内でさらに反射拡散させるために堂内の天井には様々の反射材料が使われていることが最近の新聞が報じていました。したがって、建設当初からそれが意図されていると考えられます。建築はその最高の姿を見て初めてその真価がわかる物です、その真価を納得することでわが国の建築文化の高さ知ることができます。  才本


平等院のあけぼの