2009年05月

2009年05月20日

京都・河井寛次郎住宅の建築空間は今様の新鮮さを感じる

現在は河井寛次郎記念館となっているこの建築は、彼が仕事場として、住まいとして彼独自の構想で考えられ、昭和12年に建築されました。当記念館の案内チラシによる日本各地、特に高山の民家を参考にしたという。柳宗悦とともに民藝運動を推進した本人であり、前年につくられた東京の日本民藝館に障子のデザインがよく似ている。
道路側の外観は京町家の風情を持つが、内部は京町家によくある<通り土間と座敷が表から奥まで延びる>といった定型ではなく、自由な発想でつくられています。建物中心付近に吹き抜けがあり、その吹き抜けを通して2階から入る光を何とか1階へ導きたいという気持ちが伝わってきます。わたしが訪れたのは4月の昼頃ですでに太陽は高く、南の窓からの光は奥まで入りませんが、冬期は太陽が低いため奥まで差込み吹き抜け部分も照らし1階まで到達すると思われます。自然の道理を正確に把握し設計されております。これは現代につながる手法であります。今度は冬の朝から昼にかけて訪問したいものである。上左写真は道路側(東向き)の外観、上中写真は中庭側(南向き)の外観、他は吹き抜け部分を通して南を見る    才本


河井家1河井家2河井家3







河井家5