2011年03月

2011年03月14日

等持院は達磨像(祖師像)が来訪者を迎える

竜安寺に程近い等持院は1341年(暦応4年)足利尊氏将軍が天竜寺の夢窓国師にお願いして創建された由緒ある寺院ですが、時代を経て「応仁の乱の戦火に見舞われ・・・」「明治維新には一部損壊の苦難をなめ・・・」と寺院の発行の案内パンフレットにあるように、往時からは大きく衰退を余儀なくされています。
今訪問するとやはり、庫裏から入り、渡り廊下を経て本堂(方丈)へと至りますが、渡り廊下の正面にあたる位置に大きな達磨像を設置し、訪問者を迎えてくれます(上段左写真)。上目遣いの眼を大きく開き来訪者を睨み、口を真一文字に閉じています。その場に緊張感を与えているようでもありますが、よく見るとその顔つきにユーモアが感じられ、なかなか楽しい雰囲気をかもし出しているとも思います。この絵の右手(本堂の南)には枯山水の石庭があり、左手(本堂の北)には池泉式の庭園があり、南庭とは対照的に池の水や木々が訪問者の心を癒してくれます。衣笠山の地形をうまく利用し、池の向こうは丘状に高い。そこに田舎家風の茶室が配され景観をより豊かにしています。上段中写真は達磨像の横から南庭を見る。上段右写真は達磨像の横から北庭を見る,左に見える建物は書院。。下段左は北庭。下段右は北庭を書院から見る、右手に見える建物は本堂(方丈)。(才本)



等持院 4等持院5等持院 1




 

等持院 3等持院 2

2011年03月03日

竜安寺の庫裏

現在、観光で竜安寺を訪れると、前回ご案内した石段のアプローチをのぼり、ひとまず庫裏に入りそこから西に向かうと方丈の縁側に到達する。その縁側に面して、向かって左手に有名な石庭があります。
一般的に方丈建築には、庫裏からの経路とは別に独自の玄関がありますので、正式な客人はそこから入ることになります。写真でもわかりますように唐破風で恭しく迎え入れる形をとっています(左写真)。それに対して庫裏は雑多な客をすべて受け入れるところで、ここを経由して他のいろいろな部屋へ行けるという、要みたいな場所に当たります。またさまざまな雑事も行われることでしょう。この竜安寺の庫裏の内部空間を改めて観察すると、客を最初に迎える空間としてふさわしい、なかなかすばらしい空間です。内部空間の高さは一般的な建築の2~3階分のヴォリュームがある吹き抜け空間で、柱の上に組まれる小屋組み材はほぼ自然木の状態で露出し、なかなか迫力があります。空間を小さく分割する壁や建具もなく広く大きなワンルーム空間です。入り口の土間空間は客を迎えるためかなり大きくゆとりがとられています。そしてその脇に置かれた大きな墨蹟「雲関」が空間を引き締めるとともに客を迎えています。「雲関(うんかん)」とは、禅語で「入るために通るところ」「通らねばならないところ」という意味とのこと。そして方丈のある方角からは、まばゆい光が流れ込み、人がごく自然に方丈石庭に吸い込まれていくようにも感じられます(右写真の右部分が方丈へ進む方向、逆に左部分が入り口土間)。土間に面した高窓はさまざまな行為がされる土間空間を明るくするとともに外観意匠にもポイントとなっています(今回は外観の写真はありませんが)。   才本




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