2012年10月

2012年10月22日

世紀末、膨大な量の日本の型紙が欧米に流出した

先日の10月14日まで三重県立美術館で「KATAGAMI style」という展覧会が開催されていました。
今、この時期になぜ「KATAGAMI」、つまり型紙なのでしょうか。
実はこの展覧会が企画される前の2006〜2007年にパリの日本文化会館で「型紙とジャポニズム」と題した展覧会が開催されたそうであります。それをきっかけに、さらに進化させるべく研究チームを立ち上げ、欧米各地に残る型紙を調査し、それらが欧米の美術、デザインへ与えた影響を検証した結果が今回の展覧会ということであります。
これを見て驚くことは、1800年後半から1900年の初めまでに膨大な数の型紙が欧米に流出しているということです。
フランスではミュルーズ染織美術館では1874年以降収蔵され現在約2000点を所蔵します。パリ装飾美術館では1896年以降に様々な寄贈を受け1511点所有。その中にはアールヌーボーが起こるきっかけをつくった美術商のジークフリート・ビングからの寄贈された101点が含まれます。イギリスではアーツ&クラフト関係の美術工芸品を多く所蔵すヴィクトリア&アルバート博物館で1879以降に4500点所有、アメリカではボストン美術館に2000−3000点あり、日本美術収集で有名なフェノロサやビゲローの旧蔵品を含むとのこと。ドイツではドレスデン工芸博物館が16000点、ハンブルグ工芸博物館が2000点などドイツ国内の何と13の施設が型紙を所有しています。オーストリアでもオーストリア応用美術館で8000点、オランダでもライデン国立民族学博物館で1400点(この中にはドイツ人医師で植物学者のシーボルトが1830年に持ち帰りオランダに帰着した18点も含まれる)。そのほかベルギー、ロシア、イタリア、スイス、チェコなど欧米の多くの国に所蔵されています。これらから欧米各国が日本の型紙を争って入手したことが理解できます。

そして、その影響たるや、これまでよく知られている浮世絵に勝るとも劣らないほどの大きなものを感じました。次回その影響について紹介をしたいと思います。
つづく  才本 清継 

「KATAGAMI style」展図録表紙
KATAGAMI Style 図録表紙(350P)


展示された型紙(図録より)
型紙は美濃紙を柿渋で張り合わせた地紙に伝統的な彫刻技法を駆使して模様を彫りだしたもの。柿渋で茶色くなる。伊勢型紙は伊勢地方で特権的に型紙がつくられていたためついた名称。これも伊勢地方のもの。
型紙3(350P)


2012年10月06日

仁和寺本坊の宸殿にみられる空間づくりの作法

前のブロブでも書きましたが、この宸殿は明治20年の火災後、京都府の亀岡技師の設計により大正3年に再建されましたが、今回はこの建築について考えたことを語ってみたいと思います。

宸殿は南正面から見ますと、現在の京都御所のように「右近の橘・左近の桜」が植えられています。宸殿正面のデザインは飾りすぎることなく、質素でありますが均整のとれた美しい建築です。ところでこの宸殿の写真の右端に小さな付属屋が突き出しています。そしてその手前に唐破風がありその下に階段があり、明らかに人を迎える形をしております。この階段を上がって右へ進むと入口がありここから北へすすむことができます。現在の参観もこの入り口から北庭園に入っていきます。
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ここを一歩入り込むと下の写真のような光景が現れます。
膨らみ空間があり、さらに宸殿の東回廊につながっていきます。この一連の空間の流れは中門廊とよく似ています。たとえば滋賀にあります園城寺の光浄院や勧学院の客殿に付属した東中門廊です。中門廊は一般的には東に面しているので東中門廊といいますが、ここの中門廊は南に面しています。中門廊が南に面するため、宸殿の正面と繋がってしまい、このように一風変わった、あまり見たことがないデザインが生また、というわけです。
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この中門廊を入ったところから見る北庭園は大変美しい。池の向こうには茶室・飛涛亭があり、またその向こうには五重塔が見えます。この塔は本坊の中にあるように見えますが、実は本坊の外の仁和寺境内にあるものです。
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下の写真は4月中旬に仁和寺境内で御室桜が咲く時期に撮影した五重塔です。
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次の写真は宸殿を北から撮影したものですが、宸殿の北側には美しく整備された大きな庭園があるため、宸殿北面のデザインも、あたかも正面のように表現されています。  
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次の写真はさらに接近して撮影したもので、宸殿の脇(向う)には、木製の塀があり南庭園と北庭園を分離しています。ただ塀は途中で切れて、重ねて配置されています。したがって南庭園からの北庭園への視線は遮られつつも、人は塀の途中の切れ目から中へ入った時には庭の全貌を見ることができます。
中門廊もこの塀もアイ・ストップとして南庭園と北庭園を隔てることで、南の領域から北の領域に入った時の驚きを増すための演出ではないでしょうか。 才本 清継
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