2012年11月

2012年11月26日

京都・正伝寺庭園を囲う築地塀は現代に通じる美学をもっている

2009年の12月と翌年の1月にこの正伝寺について書きましたが、先日、再び正伝寺庭園を見まして、新たに気が付いたことがあります。
正面の築地塀についてであります。築地塀が地面と接する部分の巾木に注目しますと若干縦長な平瓦が少しの隙間をあけて等間隔に並べられており、モダンで美しいデザインとなっています。隙間の白い部分をよく観察しますと、蔵で使われるなまこ壁のように漆喰の出目地で固定されています。この目地の白が塀の白壁の漆喰と繋っているため、連続に貼られた銀ねずみ色の平瓦が心地よいリズムを感じさせます。
この庭園が造られた江戸初期には、桂離宮でも多くみられますが、近代オランダのモンドリアンの絵画のような、平面を心地よく分割して美を創出するデザインが数多くみられますが、この塀のデザインも同じ傾向性を持つと考えらえられます。
もう一つ、塀の白壁と屋根の間に隙間が空いていることに気が付きました。
瓦屋根を土の上に直接載せて固定することは建築納まり上から考えても難しいので、瓦屋根の下には必ず木下地が必要となります。棟木や垂木を組んで野地板を敷いてその上に瓦を固定しているわけです。その建築的な納まり上からこの隙間ができました。しかしすべての築地塀にこの隙間があるわけでないので(現に左手に見える側面の築地塀はその隙間を見せていない)、この正面の築地塀だけは何らかの意図をしたのかもしれない。屋根を浮かせて浮遊感を持たせる、こんな意図があったのだろうか。そうだとすれば、これも非常に現代的な表現です。しかしよく見ないとその隙間の存在には気が付かない。しかし、そんなすれすれの表現を求めたのかもしれません。 才本 清継

正伝寺庭園は比叡山を借景した美しい庭園、観光客も少なく静かに見学できる。
今日の話題は正面の築地塀についてです。
1IMG_1588(400P)


よく見ると築地塀の白壁と瓦屋根の間には隙間があり、向こうの緑がわずかに見える。
3IMG_1607(傾き修正、400P)


2012年11月17日

金閣 鏡湖池がもう一つの金閣を見事に映し出したー鏡湖池の漣の謎

今までいくつかの経験から、庭を体験するのは朝がいいと思っています。夜露に濡れた木々が日の出とともに目覚めて、生き生きとする瞬間です。しっとりとしてしかも生命力がみなぎっています。
先日、11月4日朝9時の開門を待って金閣寺庭園に入りました。朝夕の冷え込みが出てきた頃で、少々紅葉も期待したのですが、ちらほらでまだまだ緑が大勢を占めています。しかしこの時、本物と同じくらいの美しくくっきりとした金閣の逆さ像を見ることができました。「湖鏡池」の名の通り、水面があたかも鏡の如くに見事な金閣を映し出しているのです。以下写真でご覧ください。

金閣本体の一部は手前にある亀島の松の木で隠れていますが、映った像は松に邪魔されることなく丸ごとの金閣がみられます。視線の原理から考えれば当然のことですが、何か得したような気さえします。
IMG_1547(400P)

しかし歩を進めると、湖鏡池の金閣に近い場所では漣が起こり像が映りません。
IMG_1557(400P)

次の写真は上記2枚の写真の中間地点で撮りましたが、面白いことに、湖鏡池の水面が、金閣側は漣があり像がなく、手前は鏡のようで(木に隠れて見にくいが)3層目の像が映し出されています。
IMG_1562(400P)

どうも同じ池の中でも金閣に近いほうは漣ができやすく、池の南端の現在重要なビューポイントになっている付近ではできにくくなっているようにも思えます。
何か仕掛けが隠されているのでしょうか?
それともこの日この時間だけの特殊な現象でしょうか?  才本 清継

2012年11月09日

型紙はアーツ&クラフト、アールヌーボーに、そしてドイツ工作連盟、バウハウスに大きな影響を与えた

■イギリスでは1882年に型紙が書籍で紹介され、1884年にはリバティ百貨店で販売された。型紙は簡素な連続模様は時代の要請にあっていたために、産業デザインにもアーツ&クラフトやマッキントッシュなどのグラスゴー派にも大きな美的インスピレーションを与えている。マッキントッシュにみられる壁面装飾にはステンシルを利用した連続模様が数多くみられる。ヒルハウスで壁面を飾る美しい模様はまさに型紙のマッキントッシュ版といえます。

モリスの壁紙見本「格子垣」は型紙「桜に格子」と酷似している
モリス壁紙(400P)


マッキントッシュのヒルハウス 
ランプの背景にある壁デザインは型紙ならぬステンシルで模様が反復されている
マッキントッシュ ヒルハウス(400P)

■フランスでは広くジャポニズム運動がおこり、型紙だけが手本とされていると限定しにくいらしい。画商のビングは「アールヌーボー」という店を開く(1895年)前の、1887年に第9回装飾美術中央連合展で型紙を展示している。その年に雑誌「ガゼット・ボザール」11月号の中で、それらの型紙を挿図として掲載し、美術史家ポール・ルフォールは「これらの一連の展示品は、全く新しく、かつ教育的で、おそらく他の何よりも日本人の創意の豊かさや装飾の才のしなやかさ、そして独創性を示していると言えるだろう」と記述している。アールヌーボーのモティーフには型紙の影響を感じさせるものが多くみられる。建築ではエクトール・ギマール、ベルギーのヴィクトル・オルタ、工芸、宝飾の世界ではエミール・ガレ、ルネ・ラリックのデザインには型紙の感性がにじみ出ている。

オルタのタッセル邸の壁模様や手すり金物に型紙のモティーフがみられる
オルタ タッセル邸(400P)


ルネ・ラリックの香水瓶(展覧会図録より)は「波濤」という名の型紙に似ている
ラリック 香水瓶(400P)

■また、ドイツに集められた膨大な数の型紙は1867年以降ドイツ各地につくられた工芸博物館の付属工芸学校で手本として利用されている。おそらく後の1907年のドイツ工作連盟、1917年の美術学校バウハウスに発展していく過程、つまり、工業生産品をより美しくより豊かなものに昇華させていく中で、型紙など日本のデザインの、シンプルな中にも豊かさがあること、そこから学ぶことができると考えたのではないだろうか。
ヨーゼフ・ホフマンの今でも生産され売られている家具のテキスタイルの模様は型紙の小紋を思わせるものが数多くある。(参考 図録「KATAGAMI Style」) 才本 清継

ホフマンが描いた模様パターン 日本の柄の青海波からの引用と思われる
ホフマン パターン(400P)


現代も生産されているホフマンデザインの椅子 布地の柄は型紙の小紋に近い
ホフマン 椅子(400P)