2015年06月

2015年06月27日

長谷寺の登廊から本堂へ

IMG_6875(400P)この写真は本堂(中央やや左の大きなお堂)を遠方から見た風景ですが、その右に小さいが屋根が見えるのが鐘楼です。上登廊はこの鐘楼に向かって進み、その手前で終わっています。登り廊を上がっていくときにはその存在に気が付きませんが、鐘楼の楼閣の下も登り廊の役割をし、その下をくぐって、またそこで90度左に折れると下の写真のような光景が現れ、本堂に対面することになります。




IMG_6856(400P)その本堂に向きあうと、右側が巨大な仏像を安置する正堂、左側が懸造(かけづくり、斜面の上に柱梁を組み、その上に建物を建造する構造)の礼堂(らいどう)があり、その間には柱間一間の土間の通路があります。
登廊から続く、一本の動線が本堂の中まで貫いております。人の流れ、動線が明確に、意識的にデザインされていといえます。

IMG_6855(400P)これはその内部の土間通路から見た礼堂、さらに向こうに、清水寺のような舞台があります。











IMG_6851(400P)これが舞台の上の写真です。舞台からは五重塔も遠望されます。これは昭和29年の再建ですがなかなか美しい塔であります。
ここまで語ってきますと、長谷寺はランドスケープデザインとしても大いに見どころを持ているとつくずく感じました。   才本
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2015年06月15日

長谷寺の登廊(のぼりろう)

長谷寺は奈良時代の草創になる古刹であるが、創立後しばしば火災にあい、現在の本堂は1650年の再建で鐘楼、登廊、仁王門も同時に建立されている。このうち仁王門と下と中の登廊は1882年に焼失し1885年から1889年にかけて再建されたものである。これらの建築物は新旧すべて国指定重要文化財に指定されている。
当寺の特色は、何と言っても、仁王門から本堂まで、屋根付の登廊があることだ。登り廊は柱間合計108間、石段399段、約200メートル、下から下登廊、中登廊、上登廊それぞれがほぼ直角に繋がっている。 才本


長谷寺配置図(400P)


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2015年06月09日

八橋の杜若(かきつばた)

 杜若(かきつばた)といえば、尾形光琳が描いた国宝「杜若図」で有名な花ですが、本年は尾形光琳の三百年忌ということで、「紅白梅図」とともにMOA美術館、根津美術館で続けて公開されました。
 昔々の平安時代にかかれた伊勢物語の『東下り(三河国編)』には、主人公の在原業平が
『三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の蔭に下り居て、餉(かれいひ)食ひけり。その沢に、かきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を、句の上に据ゑて、旅の心をよめ」 といひければ(在原業平がうたを)よめる。

 から衣  着つつなれにし  つましあれば  はるばるきぬる  旅をしぞ思ふ
か     き          つ         ば          た     

とよめりければ、みな人、餉の上に涙落して、ほとひにけり。』
 この古典文学で取り上げている八橋という土地は今も同じ地名で豊田市の南の知立市にあり、今は無量寿寺の境内の中に杜若園があります。下の写真は今年の5月初旬の撮影です。以前、多分30年以上前にここに来ましたが、その時に比べ杜若の数が少なく勢いがなく感じましたが、十年ほど前に、当園の杜若が全滅してしまって、この十年の努力で徐々に復活させているとのことでした。 才本

株の数はまだ多くないが、尾形光琳の杜若図を思わせる凛として気品ある杜若です。
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2015年06月01日

新緑美しい室生寺の、時とともに流れる光景3 奥の院

室生寺の五重塔の奥にはさらに奥の院があります。奥の院の空間構成や建築に期待を抱きつつ、今回初めて上りました。階段状の山道をさらに奥に2〜30分ほど歩くと奥の院に到達します。「マムシに注意」という立て看板もありましたが、実際に途中で蛇(マムシではないと思いますが)に遭遇するほどの深き山中であります。この山道はもちろん金堂から五重塔に到るまでの流れるような空間的な緊張感はありません。奥の院のそれほど広くない境内には、山の斜面に突き出た舞台造の位牌堂と、弘法大師の像を安置する御影堂≪重文、室町時代前期≫が向かい合って建っています。御影堂の屋根は他に例を見ない、厚板の段葺で頂上には石造の露盤、宝珠がのっています。木造の屋根にどんな意味があるのでしょうか?不思議ですね。  才本

奥の院に至る山道
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しばらく歩くと舞台造の奥の院が見えてくる
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奥の院の境内、舞台造の位牌堂を見る、右手に少し見えるのが御影堂
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位牌堂に対面する御影堂
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