2016年02月

2016年02月08日

近江八幡のヴォ―リス住宅

ヴォ―リズは1905年に来日し、滋賀県立商業学校に英語教師に赴任した、25歳の時である。しかし伝道活動をしたことが反発を招き、1907年には解雇されている。この「迫害」にも耐えて近江を離れず、基督教青年運動を展開していった。その間、1906年に着工した近江八幡YMCA会館の工事監督をおこなったことで、1908年に28歳で建築設計事務所を開設し、その後1912年に近江ミッション(のちの近江兄弟社)を設立した。
その最初の関わった建築が今も残っており、旧八幡YMCA会館で、現在はアンドリュース記念館と呼ばれている。
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資料によるとそれは非現存とされているが、現在の案内看板には第一号の建築との説明がある。資料に掲載された竣工当時の写真とはかなり違ってはいるが。
下の写真は西面のファサードです。
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次の写真は、看板の説明によればヴォ―リスの後半生の住まいである。
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最後にお見せする写真は軽井沢にある旧朝吹山荘です。
これは2011年に訪問した時の写真です。IMG_6169(400P)

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今回の近江八幡の住宅は1月元旦に訪問したため中は見ることができませんでしたが、軽井沢の住宅の内部を見学したとき、窓の面積が大きく、想像以上に内部が非常に明るく感じたものです。
今回見た近江八幡の住宅も、外観から見ても窓が大きく、数も多く内部に多くの自然光がはいいるであろうと想像がつきます。  
町の中央にあるヴォーリズ像には今日も新鮮な生花がいけられている。
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資料は山形政明著「ヴォ―リズ建築の100年」   才本

sai_livedoor at 16:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!