2016年08月02日

東大寺 南大門と鐘楼のデザイン

1180年、源平合戦のさなか平重衡が南都奈良を焼き討ちし、東大寺も中心伽藍が失われる。
東大寺南大門(写真上)は、その後、東大寺大勧進職に選ばれた僧重源が宋の建築様式(大仏様)を取り入れて建造したものであります。大仏殿(現存しない)は1195年に落慶法要が行われ、南大門は1199年の上棟であります。
写真を見るとわかりますが、横ブレ防止のために入れられた数多くの通肘木により水平ラインを強調され、直線的な造形といえます。そして屋根のラインも反りは端部だけに限られ非常に直線的であります。このようなスタイルを大仏様と呼ぶわけですが、柔和な軒反りを見慣れた日本人には少々硬直な感じが否めません。
次の写真(写真下)は東大寺鐘楼です。重源が1206年に没しその後第二代の大勧進職に就いた栄西によって再建されました。完成時期は承元年間(1207〜1211年)と言われています。南大門の10年ほど後の建立ですが意匠的には大きく変わっています。もちろん大きさの違いによるところが大きいと思います。鐘楼はわずか一間四方の建築で南大門のように通肘木で柱間を固める必要がないわけで、より自由度の高いデザインがされています。屋根全体に情緒たっぷりの反りを付けており、類まれな造形力を感じます。このデザインに至ったのは大きさだけに起因するのではなく、本来の日本人の美意識が再び呼び起こされたと考えるのが自然でしょう。  才本
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2016年08月02日 19:36│コメント(0)トラックバック(0)
    

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