2021年02月25日

老犬

ここ数年


親との死別・・

妻が大病し・・

子供たちが家から居なくなり・・

仕事仲間と離反したり・・



 (ノ_-;)…ナンダヨ…モウ…


ガックシ落ち込みながらも、それでもこれまで上っ面ではエヘラエヘラと笑ってなんとかやって来れたのも、自分にはまだ気力と体力があって虚勢を張る余力があったから。


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一方、我が家の老犬(ゆまちゃん)は、いよいよ終末を迎えようとしているようで。

元々、保健所の保護犬で、それを「救える命があるのなら」と譲渡会で譲り受け、以来13年間。



一緒に遊び

時にはイタズラをしたゆまちゃんを怒ったり

それでも毎日私が帰宅をすると、尻尾をブンブン振って笑顔で迎えてくれた。



そんなゆまちゃんは、近頃ではまったくご飯を食べなくなってしまい

栄養不足なのか、すっかり体力も無くなって、日がな寝てばかり。

時より「よっコラショ」と起き上がり、フラフラとした足取りで歩く姿は元気だった頃の往時の面影はありません。

近頃では、朝には点滴を打ってもらうために動物病院へ連れて行き、夜はぐっすりストレスなく眠れるようにと動物病院から引き取って、暖かくした部屋で添い寝をしながら寝姿を見守る。



そしていよいよ今日からは、自宅で嫌がるゆまちゃんを押さえながら私と妻とで点滴の皮下注射を打たなければなりません。


そんなことまでして、ゆまちゃんにツライ思いまでさせてまで「長生きしてね』なんて身勝手な戯言を言っている自分にホトホト嫌気がさして、やりきれない気持ちになってしまいます。



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翻って、日に日に衰えて行くゆまちゃんの姿は、まるで写し鏡に映った20年後の自分の姿を見ているようで、「歳をとるということは、こういうことなのだ・・」ということをヒシヒシと実感せざるを得ないのです。


「歳を重ねることは決して悪いことではない」なんてことを言う人もいますが、そんなのって、悲哀をポジティブに表しただけのただのマヤカシじゃないかと思うのです。


“自分ではどうしようもないことが増えてゆく”というのは、やっぱりツラく悲しいことなのではないでしょうか。



そう思うと、

だからこそ今まだ気力と体力のあるうちくらいは、日々を大切に一所懸命に生きていくということを意識しておかないとただ漫然と日々が過ぎてしまい、いつかきっと老いさらばえて自由が利かなくなった時に後悔することになる。







それにしても、“生きていく”って、
ただそれだけでも本当に大変なことなのだということを、あらためて感じました。



ましてや、悔いを残さずに生きていくことなど・・。


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2021年01月22日

振り返れば不要不急なことしかやってこなかった

友達と2人で飲みに行こうかどうしようか、相談をしていたのです。


言ってしまえば、飲みに行くなんていうのは、絵にかいたような“不要不急”な行為なわけで、このご時世では完全なNG行為だってことは重々分かっており、そりゃ、飲みに行かないって選択をすればノーリスクでしょうよ。


分かってますよ・・。


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“不要不急”ってつまり、
ご飯食べて、寝て、排泄して、
またご飯食べて、寝て、排泄して、

そして口糊を凌ぐために労働をして・・

その無限の繰り返し以外は、全部“不要不急”ってことでしょ?


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それなのに、自分ときたら今までさんざん旅に出て、バイクに乗って、サーフィンをして、大酒を飲んで・・


しかし、もしも過去の自分が「リスクがあるから無駄なことはやらない」なんて選択をしていたら、
まるで死期を待つだけの老人のような“ただ生きてるだけの日々“を送っていた訳で、それはおそらくひどく味気ないものだったのではないかと思われ、やっぱり、こんな事態になってしまった今においても尚、不要不急の無駄が恋しくて仕方がないのです。


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それでもやはり、今のご時世は“何もしない”が正解!


それは、自分のような朽ちかけたオッサンなら『しょうがねーな』と諦めることもできるかもしれないけれど、“死”なんてまったく我が事のように感じられない若い人にとってただ生きてくだけの日々っていうのは相当シンドイことだと思うのです。


有り余る“生”は、さぞかし不要不急を渇望していることでしょう。


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言ってしまえば今回は「飲みに行こうかどうしようか」、ただそれだけのこと。


でもコロナって、人々の健康のみならず、人々の日常生活をも窮屈にして息苦しい世の中にしてしまうという意味で、あらためて「厄介だなぁ」と思い、思わず勢い余ってこんなブログを書いてしまいました。


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結局は、「何が正解なのか?」と正解のない問いに対して想像力を働かせて、各自が判断していくしかないのだけれど・・


何があろうと結局


楽観的な人は楽観的な想像を根拠に自由気ままに振る舞い

悲観的な人は悲観的な想像に怯えてジッと巣籠をしている小動物のように、ただ家に閉じこもって何もやらない。


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それは、政府が何かしらの指針や、法律で罰則を明確に示したとしても、たぶん同じこと。


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楽観論者を悲観論者に・・

あるいは、

悲観論者を楽観論者に変えることなんて出来やしないのだから。




saiaki555 at 19:30|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年12月28日

コロナの1年も間もなく終了です

ちっぽけなウイルス・・。

そんなウイルスのせいで、今年は散々な一年になってしまいました。

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未知のウイルスに対して打つべき手立てなんてまだ誰にも分からないっていうのに、そんな中でも手探りで「なんとかしよう」と頑張っている人たちがいます。


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その一方で、自分の無力を棚に上げて政治や考え方の違う他者を非難するだけの世間一般の人々の弱さや卑怯さというものを、これほどまで如実に目の当たりにしたことは、かつてなかったような気がします。


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そんな世情だからこそ、私は他者に惑わされない、自分のスタイルを堅持する姿勢が大切なんじゃないかと感じています。


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基本的には“世間“の波には逆らわない。

しかし、違和感を覚えることには流されない。


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時としてそのやり方は孤独を生むのだけれど、「それが何だってぇんだ?」と苦にもしないで笑ってる。


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そんな意固地なやり方をするものだから、私は人から時より「コワい」とか言われてしまうのですが💦・・・それこそ「それが何だってぇんだ?」って話なんです。

私にとっては…。


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こんなことを書くと、まるで私が自暴自棄のヤケクソを起こしているように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ある意味それはその通りなのです(笑)。


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内心では「ラクして生きたい」と思っているくせに、我を通して自分のスタイルを変えようともせずに、わざわざ渡世を面倒臭いものにしてしまう。

上手く折り合えないことがあっても、「ダメならダメで仕方ないや」と、サッサとビールを飲んで忘れてしまう。

考えてみればつくづくバカな性分なのだと思うのだけど、仕方ないですね💦。


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そんな私の来年の運勢は、日税グループから毎年謹呈される神宮館瑞運暦によりますと、《快楽運》なのだそうです。


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曰く【昨年頑張ってきた自分へのご褒美で、今年は趣味や娯楽に没頭する事や仲間との飲食、行楽を楽しむ年です。】ですと・・。


そんな占いを真に受けて、『もしもワクチンの卓効によってコロナ禍が劇的に解消したならば・・毎月のように海外サーフトリップに行って、毎日のように新橋でビール飲んじゃうぞ〜!!』なんて呑気なことを考えながら、今日も黙々と、まるで職人のように電動工具を片手に新しい事務所の内装工事をやりながら2020年の年末を過ごしております。


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そんな感じで年明けからは、私の事務所は京橋から新橋へと移転して、新たなスタートを切ります。

来年もまだしばらくはウィルス様の支配下から脱することはできないでしょうから鬱陶しい日々が続くと思いますが、そんな中でも笑顔を絶やさず、皆様にとっても来年が楽しい一年になりますように願っています。


デハデハ(^ー^)ノ 良いお年を♪

saiaki555 at 21:03|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年11月19日

生々流転(われはけふゆく)

考え方は人それぞれだと思うけど・・

ただ移動するだけでも良い・・

私は、今いるところから“どこかに行く“って行為、それ自体が単純に好きだ。

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その“どこか”では、未知の誰かと出会えるかもしれないし

初めて見る景色に心を奪われてしまうかもしれないし

美味しいものを食べられるかもしれないし

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そう考えるだけでワクワクする

居ても立っても居られなくなる

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最近では・・

青森の三沢、福井の三方五湖、神戸・大阪、高知へ

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ワクワクするとか言いながら、

自分は行く先々で知り合いのアテンドに従いただついて行き、知らない人にろくに積極的に話しかけることをするでもなく、ただ曖昧な笑顔をたたえつつその場に座っているだけ、なんてことがよくあります。


矛盾💦。


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おそらく私は面倒くさいことに煩わされることが嫌なのです。

つまり

“いつでもリセットができる状態”ってヤツを確保しておきたいのです。

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そう考えると、なぜ私がいつも“どこか”に行きたがっているのか、その理由が分かる気がします。

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家庭とか

仕事とか

そこからは逃げる訳にはいかないから

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だからせめて『日常から離れた時くらいワガママで身勝手にさせてもらっても良いんじゃないか?』なんて

そんな都合の良いことを考えているのでしょう。

まだ見ぬ“どこか”に楽園なんてある訳ないって、はじめから分かっているのに…。

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前置きが長くなりましたが

来月、事務所を今の京橋(東京税理士会京橋支部)から新橋(東京税理士会芝支部)へ移転します。

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今回の移転先を探すにあたって、『京橋支部を離れることになっても良いんじゃないか』と切り出したのは、相棒のKちゃんではなく、私の方からでした。

未練とワクワクを秤にかけて、ワクワクをとるのもアリなのではないか?と思ったのです。

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そして私は、シガラミに後ろ髪を引かれながら

でも、自分が決めたことなのだからと腹をくくって、次の新しい世界で仕切り直しのReスタートを切ることにします。

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来週には、京橋支部の仲間が飲み会を開いてくれるそうです。(時節柄、限られた人数で、ですが)

麻布支部から転入して以来これまで16年半もの間、京橋支部の皆には本当に良くしていただき感謝しかありません。



ありがとうございました。








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saiaki555 at 19:18|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年10月28日

神懸かり・・なのか?

顧問先にスピリチュアルセラピストの方がいらっしゃいまして、その方の著書を何冊か読ませていただきました。


その文中、妙に私の琴線に触れるところがあり、また、たまたまその著書の中で勧められていた神社がいつもサーフィンで行っているポイントの近くということもあり、サーフィンがてら帰りにお詣りに行ってみようかと思い立ち、足を伸ばしてみたのです。


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その神社は日本三大金運神社と言われているところらしいのですが、元々「知足」という言葉が好きで、そもそも「もっともっと稼ぎたい」といった野心を抱いているわけではない私としては、神様にお願いして金運をアップさせたいと思ってお詣りに行った訳ではありません。


逆に去年などは、ちょっとした会計事務所一軒分に相当する顧問契約を私の事務所から切り離してガッツリ所得を減らして(その分、時間的気分的な余裕を手に入れ)、「あ〜スッキリした」なんて呑気なことを言っていたくらいですから(笑)。


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しかし、その一方で・・

かねてより自分は「運やツキに恵まれてここまでやって来れた」と思っているフシがあり、そんな自分にとってその本に書いてあった『神社には神様にお願いをするために行くのではなく、感謝を申し上げるためにお詣りに行く』というクダリが妙に自分の中で腑に落ちるところがあって、「いっちょうお詣りに行ってみるか」と思い立ったという次第。


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そしてお詣りに行ったのですが

その結果


偶然なのか・・・?

それとも、神懸かりなのか・・?

もしかしたら、日頃の行いが良いから、必然的にそうなったのか・・(笑)?


お詣りに行った後、本当に気味が悪いくらいに新規で仕事の依頼が相次いでいるのですが・・、いったいこれって何なのでしょうか?


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「もう来ないでしょ」


「うわ、また来た💦」


「さすがにナンボ何でも」


「うわ、また?💦」


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少しおっかなく感じはじめています💦。



なぜなら、自分は「何かを手に入れるということは、何かを失うということだ」と理解しているから。


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また、きっとどこかしらで“折り合い”をつける時期がやってくるのでしょう。


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その時に、失うモノに対して恋々と執着することなく、笑って「あ〜スッキリした」と強がってみせることができるのなら、今はただそのツキに乗っかり前に向かって歩んでいけば、それで良いのかもしれません。


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よく分からんのですけど、もしかすると、それがこのブログのタイトルでもある“波に乗る”ということのキモなのかもしれないと思い始めている自分がいます。


たとえそれが夢のようにパーフェクトな台風のスウェルであれ、どうしようもないジャンクな風波であれ…


私が海を訪れた際に、私に与えられた波がその波なんだというのであるならば、私はそれを乗りこなすことに腐心し、無我夢中でそれと向き合う。


それ以外におまえにはなす術(すべ)があるのか?と聞かれたら、そうするしかないでしょ?って、きっと答えるだろうと思うのです。












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saiaki555 at 19:47|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年09月08日

海神様(台風10号ハイシェン)がやってきた

今回の台風10号の名前は、ハイシェン(Haishen)・・海神様という意味だそうです。


日本では古来より自然界の万物(台風はもちろん、たとえば太陽や、月や、山や、海や、樹や、昆虫や、動物や、風や、雨や、台所や、トイレや・・)に神が宿ると信じられており、『八百万(やおよろず)の神』と表して、ありとあらゆる自然物を畏怖し、崇拝してきました。



世の中にはあまたの信仰がありますが、私の内心にある信仰心というものを説明するとしたならば、やはりこのような自然界の万物に対する畏怖の気持ち、とりわけ海に対する畏怖(圧倒的な力を持つものに対する怖れ)の気持ちというものが最も近いのではないかと思っています。


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まず、台風で荒れる海の前に私が思うことは、『ヤバいな・・』


何がヤバいのかというと、海が持つ圧倒的な力。


その圧倒的な力に揉みくちゃにされて、息も絶え絶えになりながら、肉体も精神もボロボロになるまで打ちのめされている自分のイメージ。


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そんな“怖れ”に対峙するために、私ができることといえば、呼吸を整え、「なんとかなるでしょ」と思う(ようにする)・・根拠なき楽観。


その楽観のバックボーンとして必須なのが、普段からの摂生。


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もしも普段から自分が「摂生をしている」という意識がなかったとしたら、おそらく海で私は“ただ海を前に怖れるだけの人”になってしまうような気がして、自然と暴飲暴食を避け、体力が落ちないように心がけるようになりました。


そして、私は、時より自分の限界を超えているような海に行くことで精神的に鍛えられ、たとえ日常生活の中で面倒事に煩わされたとしても取り乱すことなく平静を保っていられる(「もしかしたら死んでしまうかも」という恐怖に較べたら、日常の諸事など大したことに思わなくなる)のではないかなんて、時より思うことがあります。


おそらく、仕事に関しても同じようなことが言えるはずで、たとえば「正直者の頭に神宿る(日頃から正直に生きている者には必ず神や仏の御加護がある)」という諺があるように、日頃からお天道様に恥じぬキチンとした仕事をしている限り、何があっても動じることなく泰然としていられる気がするのです。


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しかし世の中がドンドン便利になってきて、ありとあらゆる“情報”という名のマニュアルや、近道、裏技みたいなものが簡単に手に入るようになって、逆に「正直者が馬鹿を見る」とばかりに、コツコツと研鑽を積んで地道にやっていこうなんて人が馬鹿者呼ばわりされる世の中になってしまいました。


それは、古代人のような原始の信仰を持つ私の目には“怖れを知らぬ愚かな所業”としか映っておらず、そんな世相には背を向けて知らんプリで、自分は自分のできることをただ愚直にやっていくだけ。


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そんな風にして私は、この週末は海神様の御加護に預かり、海で至福の時間を過ごし、そして「自分はまだやれる」という確信を得ながら、『やっぱり自分は間違ってなんていなかった』ということを再確認してきたのです。





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saiaki555 at 19:37|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 波乗り 

2020年08月21日

新常態ってヤツを早く見つけなくては

やっぱりです・・。


先日内閣府が公表した4〜6月期の実質GDPは、年率換算で前年比27・8%減というとんでもない数字でした。


過去、GDPの下げ幅が「最大だった」と言われていたリーマン・ショック直後の2009年1〜3月期の年率17・8%減と比べても、今回のコロナ禍がいかに壊滅的にひどい状況であるのかが分かります。


とりわけ、今回のコロナ禍の中にあっては、GDPの約6割を占める個人消費の落ち込みが著しく、国民全体が外出自粛した結果、こんなことになってしまったようです。


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感染防止の観点から、外出自粛が必要なことは疑う余地もありません。


ですが、ここまで経済の落ち込みがひどいとなると、正直、コロナよりも不況の方が私は怖いです。


持続化給付金やコロナ融資や納税猶予で資金繰りでなんとか持ちこたえている事業者も、今の調子で経済が停滞を続けている限り、返済据え置き期間終了後の借入金の返済や、来年に2年分まとめてやってくる納税の負担に耐えられるとは到底思えません。


9月末に期限を迎える雇用調整助成金も、何らかの財源の手当てを施さない限り持続不可なことは既に明らかで、もしもの場合には、今後大量の失業者が発生することも懸念されます。


厚生労働省の発表によれば、8月20日の0時現在のコロナウイルス感染による死者数の累計は1,143人とのこと。


一方で、厚生労働省が発表している「我が国の自殺の現状」という報告書によれば、平時においても、毎年の日本の自殺者の数は約3万人いて、そのうち「経済的理由」による自殺が22%を占める、ということは約6,600人の人が経済的理由で自殺をしている計算になり、また、失業率と自殺死亡率には明確な相関関係があることが人口動態統計及び労働力調査によって明らかにされている以上、もはや「コロナに罹らないためには自粛が絶対必要」とばかりは言い切れない状況になっているのではないかと思っています。


コロナも怖いが、不況も怖い。


じゃあどうしたら良いのでしょうか?


そこに明快で“絶対的”な解なんてないことは確かなのですが、無作為にただ怖れるだけの今のような状況が「良くない」ということだけは断定的に言うことができます。


『じゃあ、お前はどうしたら良いって思うんだ?』と聞かれたら、自分はいわゆる“スエーデン方式”を支持したいです。


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今後コロナ対応で、日本がいずれの方法を選択するにせよ(現政権は、「決定事項に四の五の言われたらかなわんから、このまま何も決めずに無作為に行っちゃえ」って思ってるような気がして、気が気じゃないんですけどね💦)、今は世の中全体に暗いムードが垂れ込めていて、人々が日に日に“自分とは考え方の違い他者”に対して不寛容(それどころか攻撃的)な空気になってきていることを肌で感じながら、それに呼応するかのように周囲の空気を読んで、自らで考えるということをせず、ただ無難なことだけをやって常識人のような顔をしている。


自分はそんな今の世の中の空気がものすごく気持ち悪いです(>。<;)。




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saiaki555 at 00:23|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年07月17日

災禍の中でも笑って生きてゆく

もう、政府も懲り懲りだと思っているだろうからやらないと思うけど、GW期間前後に経験したステイホーム週間の期間中の外出自粛って、(今となって思うと)非常に興味深い経験だったと思うのです。



まず真っ先に「出勤できんのなら、いっそどこか国外のサーフポイントに行ってのんびりしちゃおうかな」なんて能天気なことを一瞬考えたのですが、すぐに「ああ、海外渡航なんて出来る訳ないじゃん」って2秒後くらいになって気づくのです(笑)。



それどころか、世の中全体が集団ヒステリーのような状態に陥っており、近所の海に散歩に行くのも、近所に買い物に行くことさえも、「オマエのそういう無責任な行動が、尊い人命を奪うのだ」くらいの勢いで非難の対象となってしまうような空気が醸成されていて、いくらKYの私だって自宅から出て外出することが憚られるような、そんな状況に陥ってしまっていたのです。


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たかが外出自粛。

けれども、子供の頃から雨の日でも一日ゴロゴロと家でテレビを見ているようなことができない性分だった私にとって、今回の“プチ禁固刑”はとても精神的にシンドイものがありました。


「さて、どうしたものか・・??」

どうしようにも、こうしようにも、私には“家”にいるよりほか選択肢がないのです。


とりあえず私は庭へ出て、母屋の裏の離れにある農具や工具や引越しの際の改築の時に大工さんが置いていった木材や金具を引っ張り出して、自粛期間中毎日のように午前中から日が暮れるまでずっと、手仕事(土木作業・大工仕事・園芸等)ばかりやっていました。




黙々と作業の手を動かしながら、しかし頭の中では(自分の意思とはまた別個に)無意識的に“暮らす”ということについて考えはじめていました。



普段、自宅なんて、帰宅してゆっくり寝れればOKくらいにしか考えていなかったのですが、いざ震災や、あるいは今回のコロナ禍のような状況の中にあっては、自宅というのは、まるで野生動物が天敵の目から逃れるための巣籠りのために隠れる洞穴のような“安全な場所”でもあったということを、またあらためて再認識するのです。



こと、今住んでいる自宅に関して言えば、「世俗から離れて、自然の中で暮らしたい」という気持ちで人けのない静かな自然の中に引っ越してきて、それで十分満足していたはずなのですが・・でもなんか『それだけじゃないんじゃないかな?』なんて思いはじめてしまったのです。



野菜の苗を植えるためにザックザックと庭の土を掘り返しながら、まず思ったのは「案外、日常って脆弱なんだな」ってこと。




そんな時に思い出すのは、まるでいつも無意識のうちに洋服ダンスの中から引っ張り出して着てしまうお気に入りのTシャツのようにこのブログでたびたび登場するH.D. ソロー「森の生活」。


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浮世のしがらみなどすべてを捨てて、ソローは湖ほとりの森へ向かいます。


そこでソローは自給自足の生活をしながら、そんな生活をひとつの実験と考え、生き物として根源的に“シンプルに暮らす“ということを突き詰めて志向するのです。

私が森へ行ったのは、思慮深く生き、人生の本質的事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分で学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きてはいなかったことを発見するようなはめには陥りたくなかったからである。




今回のコロナ禍の中にあって、自分もソローに倣うかのように自宅で大工仕事.土木作業.農作業などに没頭してみました。



元々特段にそういたスキルがあったわけでは有りませんが、ネットで調べれば何でもやり方くらいはすぐに分かります。



工具も、木材も、何だってAmazonかホームセンターへ行けば手に入ります。



おそらく、業者に依頼したら100万円くらいは請求されるくらいの仕事を、私はそのコロナの自粛期間中にやったのではないでしょうか^ ^。


そして、今の家には井戸もあるし、小さい太陽光パネルと蓄電器もあるし、ガスもプロパンだしカセットコンロもあるし、無駄に広い庭にはたくさんの樹木があるので焚き木に困ることもないでしょう。



おそらく我が家は、今後何かしらの大規模な災害に見舞われて世の中がどんなひどいことになっていたとしても、しばらくは普通に暮らしていけるくらいの備えはできていると思っています。



それでもまだまだ今後の検討課題はありまして、まず着手すべきは、食料の調達のための家庭菜園と太陽光発電設備の増強かな・・。



ソローのような生き方に憧れながら、少しずつ“人の手を借りずに生きてゆくスキルを上げていきながら、その一方で、いずれソローのような精神的境地に至ることができたなら、最高なんだけどなぁと、今はただ夢想しています。


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今回のコロナ禍で、人々の価値観が“仕事より生活を重視する方向に向かっている“というような内容の記事を読みました。



在宅勤務が増えた結果、通勤のために都内ではなく地方に移住を検討する人も増えてきているのだそうです。



もう、どこかの組織に属して、自分の生活を犠牲にしてでも“安定”を求めて働くようなライフスタイルは、今後は流行らないのかもしれません。


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そういえば、ソローはこうも言ってました。

われわれが単純に、そして賢明に生きるならば、この地上でわが身を過ごすのは、苦労ではなく、楽しみである。



いつまで続くとも知れないこのコロナ禍の中にあっても幸福感を覚えながら生きてゆくために、今の自分に考えうる最善の方策は、「他人に頼らずとも自らの生活を営むことができる自活力を身に着けること」



そして何より「シンプルに生きる」ということ。



野良仕事に限らず、私にはまだまだやるべきことはありそうです。



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2020年06月02日

コロナでワシも考えた

新型コロナウイルスによっていとも簡単に日常が壊れて行く様を、テレビ画面の中でキャスターがしかつめらしい顔で伝えています。


お店を開けたいのに開けられない苦しさ

普段の賑わいを失い、人通りのない通りを呆然と眺める寂しさ

そして、月末に引き落とされる固定費にも満たない残高しか記帳されていない通帳を眺めてる絶望感



自粛、自粛で、もはや世界経済はガタガタで、「自分の顧問先も大惨事みたいなことになってしまっているのではないだろうか」なんて考え始めてしまうと居ても立ってもいられないような気持ちになるのですが、「まずは各顧問先の現状をキチンと把握することが先決だ」とひとつ大きなため息をつき、まるで私は、街中が燃え盛っているような大火事の現場に出動命令を出されたにもかかわらず、炎と立ち向かう勇気も持てぬまま消防車に乗せられた消防士にでもなったかのような気分で、ただ呆然と灰色のテレビ画面を眺めるのです。



ちっぽけなウイルスを前に、専門家の助言のもと国が出した対応策が「外出をせずに家の中に籠っていろ」という、いかにもそれは、人間の力なんてものがいかに無力であるのかってことをただ思い知らせるだけのようなものでしかなくて、私は落胆とも絶望ともつかないようなグッタリとした気持ちになって、底の方に少しだけ残りぬるくなってしまった缶ビールを飲み干しました。



そして今回のコロナ禍。


今まで自分が当たり前にこれからもずっと続くのだと考えていた日常ってものが、実は幻のような曖昧なものでしかなくて、そんなものにすがり付いて、『もう少し』『もうちょっと』とジタバタともがいていた自分が本当に馬鹿らしく思えてきてしまいました。



そんな時に、ふと思い出したのが方丈記です。



鴨長明が方丈記を書いた当時の日本では、震災があり、津波が襲い、疫病も流行り、まるで今の日本ようです。



そんな方丈記の中で書かれているのが、そんな時代に人々の間にもたらされた厭世観や無常観です。



そして、過去のことなんてすぐに忘れてしまう人間の愚かさと。



鴨長明が方丈記をしたためたのも、おそらく今の私たちが置かれた状況のような、災禍のドン底から少しだけ這い出しかけた、そんなタイミングだったのではないかと思うのです。



元々、コロナ以前から、このブログでたびたび書いているですが、東日本大震災によって一瞬で世界が壊れていくのを目の当たりにして「あっけないものだなぁ」思っていたら、その後に父を亡くし、予想外に早く2人の子供が家を出て行き妻と二人暮らしになって「家に中がガラーンとして淋しくなっちゃったね」なんて言っていたら、その妻に癌が見つかり・・いくら鈍感な私だって“常ならず(無常)”ということをリアルに我が事として感じるようになっていたのです。



そして今回、私たちは期せずして緊急事態宣言によって外出の自粛を強いられ、普段ならあり得ない程の潤沢な無為の時間の中で、「もしも日本もニューヨークみたいなことになったら、自分みたいな衛生観念の低いやつなんてイチコロでやられちゃうんだろうな」なんてことをつらつらと思いながら、「考えてみれば、今まで実にダラダラと意味の無い人生を送ってきたもんだぜ(´∀`)ハッハハッ」なんて考えてしまったのは私だけではないはずです。



普段あまりリアルティを持って考えたこともなかった“死”が、コロナウィルスを介して現実問題として自分の目の前に提示された時にあらためて、自分の生命が世の中の森羅万象の摂理の中でプカプカと浮遊しているだけの不確かなものでしかなかったことに愕然としながら、「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」なんて本が書店の棚にあったことを思い出し、まるで震災後の私のように“常ならず”ということについてモヤモヤと考えてしまった方も結構いらっしゃったのではないでしょうか^ ^?



もしも近々、自分もコロナにやられてこの世とオサラバするとして、いったい、私というものの存在が、私が大切に思う家族や友人にとってどんな意味を持っていたのだろうか?



私が“ここ”にいるあいだに、私はちゃんと自分に与えられた“役割“を全うすることができただろうか?



そんな風に、仕事のこと、家族のこと、付き合うべき人間関係のこと、健康のこと、自分の住む家のこと、そんなことを再考する時間は決して無駄ではなかったように思います。



しかし結局のところ、ここまで長々と書いてきましたが・・私の場合、今回考え、そして導き出した結論というのは、基本的に今までここで書いてきたことと何ら変わりはない生き方をシンプルにするということを、ただ再確認して、頭の中でこねくり回して、やがてそれが小さく小さく削がれていって、ドンドンドンドン先鋭化されていっただけに過ぎないのです💦。



延々と考えて、そして長々とこの記事を書いて、ようやくたどり着いた結論というのは、ただ、それだけ。


たった、それだけ。









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saiaki555 at 21:03|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年05月13日

コロナの後を考える

GWが明けた7日あたりから、少しずつ街が動き始めた気配がします。


東京駅や銀座あたりでもスーツ姿の人が目に付くようになりましたし、事務所の周辺の飲食店も少しずつですが営業を再開しているようです。


このコロナ禍が完全に収束するのはまだまだ先でしょうが、そろそろ“先のこと”を考え始めても良い頃合いなのかもしれません。


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今はまだ私の周辺を見渡しても、補助金・助成金・融資の話でいっぱいいっぱいで、「とりあえず50万円でも100万円でも、少しでも多くのお金をかき集めて生き延びなくては・・」と金策に走る経営者が大半なのではないでしょうか?


こんな時にはやはり、返済不要の補助金・助成金はありがたいですよね。


問題は、いつこの状況が収束するのか見えない状態で、どこまで債務を増やして良いものだろうか、その判断は相当困難であるはずです。
(ていうか・・無理ですよね。何せ先行きが見えないのですから。)


また、借入金はもちろん、税金、社会保険料、公共料金や家賃等の支払猶予をしてもらったとしても、所詮は今の一時しのぎのための支払いの先送りでしかなくて、いずれ支払いをしなくてはならないということも念頭に置いて資金繰りを検討しなくてはなりません。


下手をすれば、緊急事態宣言はしばらく継続されるかもしれませんし、仮にもうしばらくして緊急事態宣言の解除がされたとしても、売上がコロナ以前の状態に戻るのは相当先のことになると思われます。


そうなりますと、従前よりも少ない売上の中から、コロナ以前から見たらビックリするくらいに増えてしまった借入金、未払の税金・社会保険料・公共料金・家賃などの支払い資金を捻出する必要があるということになる訳でして、相当シビアな資金繰りを今後長期間にわたって強いられるのだということを意味しています。


と、いうことは、もしも今は今回の借入や支払猶予等で事業が継続できるのだとしても、その支払いが長期間に渡り、かつ相当シンドイものとなってしまうのであるならば、高齢の経営者ならば尚のこと、「廃業した方が良いや」と考えるのではないでしょうか。




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事態は深刻なのですが、しかしまだそうやって先のことを考えて決断を下すことができるのでしたらまだ良いのです。


問題なのは、無作為、あるいは、決断を先延ばしにしてしまう場合です。


前述したとおり、この先どうなるのかなんて誰にもわからないのですから、むしろ“先のこと”なんて決められないのが当然で、「この先どうなるのか分からないけど、とりあえず雇用を守るためにも頑張らなくちゃ」と、(結果として)身の丈以上の借入をしてしまう経営者って決して少ないと思うのです。


そうなりますときっと、間違いなく税理士として“ツライ仕事”をやらなくてはならない時期が、そう遠くない将来に訪れるのだと、今から覚悟をしておかなくてはなりません。


“ツライ“というのは、つまり・・依頼人である経営者にとって“耳の痛いこと”を税理士として言わなくてはならない機会が増えるであろう、ということです。


「もう会社をたたみませんか?」

「以前よりも生活レベルを落とせませんか?」

「役員報酬を減額しませんか?」

「リストラも辞さない覚悟で再建を考えませんか?」


無論、自分だって軽々にそのようなことを経営者に言う訳ではありませんが、そういうことをこちらが言わざるを得ないほどに事態が逼迫してしまった時に、果たしてどのくらいの経営者が私の助言に耳を傾けてくださるか、どうか。


怒りだす人もいるかもしれません・・。


「なんとかなりませんか?」と泣きだす人だっているかもしれません・・。



一方、税理士だって・・沈黙は金なりとばかりに「余計なことは言わずに、黙っている方が被害が無くて得だ」と、あえて黙っている人も結構いるんじゃないでしょうか。
(そうした方が相手を不快にさせることもないし、さらに言えば、その会社がゾンビのように生きながらえている期間はずっと報酬ももらえるのですから、イヤらしい言い方をすれば、そういうポジションを取る方がよっぽど合理的なのです。)


そもそも、村社会のように同質性が求められる今の日本においては、あえて他人に苦言を呈するってこと自体がKYなんじゃないかって空気がありますし、そりゃ余計なことを言わないで黙っている方が世間的には賢いのでしょう(ホントにバカらしいと思うけど、それが現実です💦)


でも、税理士として言いにくいことを言う以上は、言われた相手が「藪から棒にキツイ事を言われた」と感じないように、せめて現状の理解と、先の見通しについて時間をかけてお互いに共有ができたうえで、「じゃあどうしましょうか」という話を、言葉を選びながら話をしなくてはならないと、私は思っています。



それって、時間もかかるし、支払いや返済の期限は待ったなしでやってくるし、結構ストレスなんですけどね・・。



ちなみにですが、その昔、孔子が「人を諫さめる方法」に関して5つの方法があると説いており、その要諦は、どうやら相手の心情に応じたモノの言い方ってものがあるということのようです。


どうやら孔子がいた紀元前の時代から、「人にモノを言う」というのは非常に難しいってことだったみたいですね。
(具体的にはその5つの方法とは、\給(正面からいさめる) 降諫(いったん君主の言に従ったうえでいさめる) C蜍(真心を表していさめる) 戇諫(愚直をもっていさめる) ル繼(遠まわしにいさめる)だそうです。)



一方見方を変えて経営者目線で言えば・・、平時はさておき、今回のような危機を迎えた時に経営者に嫌な顔をされることを覚悟で税理士が“耳の痛いこと”を言う人なのか否かで、税理士のその関与先に対する本気度みたいなものが、もしかすると量れるのかもしれません。






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saiaki555 at 18:30|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年04月28日

できることなら、正しく怖れたい

身近な人が「熱が出た」というだけで、『まさか?』とドキドキしてしまいます。


自分も、ちょっと気温が低くて寒いだけなのに、「この寒気は大丈夫なヤツなのか?」と焦ってみたり・・


まるでコロナウイルスが、まるで自分の傍らでニヤニヤしながら座っているようで、実に不快な気分です。


残念なことに、この厄介者はまだしばらくこの世界に居座るつもりのようであり、どうやら私たちはこれからの長期戦に備えて覚悟を固めておく必要があるようです。


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ダイヤモンドプリンセス号が大黒埠頭に接岸したあたりからにわかに、世の中全体の景色はガラッとすっかり変わってしまったかのようで、今は悲観と楽観がドロドロドロドロと気中を渦を巻きながら漂いながら、もはや私にはもういったい何が正解で何が誤りなのかもわからなくなってきてしまいました。


こんな時でも、せめて外の空気でも吸いましょうかと3密を避けて外出してみると、外出自体が不謹慎であるかのような風潮になりつつある今、テレビは人混みで賑わう映像を放映し、それを見た人々が「何考えてるんだ」「ケシカラン」「規制しろ」「あいつらを排除しろ」と怒っています。


人々が漠然とした恐怖に怯え、そしてナーバスになり、日に日にピリピリと神経を尖らせながら他者に対して不寛容になり、人が人を嫌悪し、人と人との距離がどんどん遠ざけられていくようになってしまっていることが、今の私にとって一番気持ちを重たくしている原因なのだと思います。


おそらくストレスなのでしょう、このところずっとキーンと、耳鳴りが止みません。





新聞を見ますと・・

非常事態の対応のため政府は国債を大量発行し、それを引き受けるために日銀は国債購入額の上限を撤廃し、さらに株式はもちろん、CPや社債の購入枠を倍増し、市場の安定を図るのだそうです。


日米欧の当局は、会計基準を柔軟に(つまりユルユルに)して、金融機関や企業の決算が極端に悪化しないようにする方針なのだとか。


そもそも会計って、同一基準で実態を表しているから比較検討が可能なデータとして用をなしているのであって、下駄を履かせてドレッシングされた会計データはもはやデータとしての役割を放棄したのに等しく、このままでは、結果として会計というものそのものの信用を損なうことになってしまわないのでしょうか?
(私たちが在る会計の世界が、もしもこんなご都合主義の上に立脚しているいい加減なものでしかないというのであるならば、いったい私たちは今後どんな風に誇りを持って会計の仕事をやって行けば良いのか、私にはわからなくなってしまいそうです。 @愚痴)





TVニュースを見ますと・・

新型コロナウイルスに関連する倒産は、全国規模で増加しており、それに伴って相当数の失業者も出ているのだとか。


IMFは世界恐慌以来の不況による経済危機を警告しているにもかかわらず、こんな状況下においてなお、アナリストは「コロナ禍によるマイナス材料は出尽くしたのでこれから株価は上昇するであろう」とか言っているのですから、心の底から驚いてしまいます。


目にも見えないようなちっぽけな、たかがウィルスのせいで、健康も、経済も、さらには人心まで、何もかもが壊滅的に破壊されつつあるというのに、政府も日銀も経済学者もアナリストもそれを隠蔽するような、あるいは、癌の患者に痛み止めを飲ませて『ね?痛くないでしょ?』と言っているようなオタメゴカシがウィルスと一緒に蔓延していて、それを何も疑わずに社会全体がここまま流されていってしまうのではないかと、自分は恐怖さえ覚えます。


多分、私の事務所の顧問先の多くも、この分では決して無傷ではいられないでしょう。






今のこの事態ついて考えてみた時に、「果たして医学界も経済界も・・専門家たちはこの事態を制御可能だって思っているのだろうか?」と疑問に思うことがよくあります。


以前、友人(医者)とキャンプで酒を飲みながら、原子力発電について、『科学を信じて原子力とも仲良く付き合うべきだ』という友人と、『人知の及ばないモノがあることを前提として、畏怖の気持ちをもって接しないととんでもないシッペ返しを受けることになる』という自分と、その時気まずくなるほどの議論になってことがあったことを遽に思い出しました。


どちらが正解なんてことはないことは承知の上で、今でも私は「何でもコントロール可能である」と考えるのは、人間の思い上がりなんじゃないかと思っています。


少なくとも、人知の及ばないモノに対して手も足も出ないことに苛立ちながら、腹を立てながら、『政治が悪い』『保健所は何してる』『政府は国民を見殺しにする気か』『外を出歩くやつはバカだ』と他人を責め立てるのは間違いなのではないかと思っています。


社会心理学者のエーリッヒフロムによれば、人は危機の中で強い恐怖を感ると判断力が極端に鈍り、やがて自己保身のために他者に対する攻撃性が増して行ってしまうものなのだそうです。


もしも人間が、エーリッヒフロムが指摘するような弱点を持つ生き物であるというのなら、 一回テレビのスイッチをOFFにして、パソコンをシャットオフして、外の空気を吸って(※あくまで「いのちを守る STAY HOME 週間」の趣旨に反しない程度にね)、一度冷静に頭を冷やす必要があるのでないでしょうか(私見)?


そんなことを考えながら、とんでもないことになってしまった今年のゴールデンウイークの私の目標は“正しく怖れる“です。


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saiaki555 at 18:47|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年04月07日

コロナ禍で髪の毛を失った話

SFの世界のように人がいなくなった東京駅の新幹線改札と高速バス乗り場。

いよいよ、緊急事態宣言が発令されました。


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今日の東京の株式市場では、前日比+373.88(+2.01%)でひけて、株価も18,950.18円とまずますの水準を維持しているようですが、市中のいち税理士の実感として、今後このコロナ禍における経済損失は、おそらくリーマンショックや震災の時の比ではない程甚大になるのではないかと思っています。


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まだバブルの名残りがある、そんな時代に私は社会人となり、「おお、盛り上がってるなぁ」なんて思っていたらアレヨアレヨという間にバブルが崩壊し、会計事務所勤務の時代には後ろ向きの処理(民事再生計画立案とか保証債務の履行~等)ばかりをやっていたような記憶しかありません。

その後税理士として独立をし、リーマンショックや、東日本大震災や、『これはマズイ!日本、大丈夫か?』と思うような状況を何度か経験してきましたが、今回のコロナ禍ほどに『これはマズイ』と思ったことはありません。

最近では、「まさか」と思うような顧問先からも「こんなことって今まで経験がない」という悲鳴とともに緊急融資や助成金の相談が次々と舞い込むようになってきており、事態の深刻さをヒシヒシと感じます。

なにせ今回のコロナ禍は、世の中の需要(消費)はもちろん、供給面においても大ブレーキとなって経済を停滞させ、それが全世界規模で起きているのですから。

実際、こんなことって今までありましたっけ?

しかも、それがいつまで続くか分からないという「先の見えない不安」がますます私たちを不安にさせるのです。





阪神淡路や東日本の震災の時には、被災地以外の人が被災者を気遣い、『がんばろう神戸』『がんばろう東北』といったスローガンのもと、人々がお互いに支えあい、世の中に連帯感のようなものが醸成されて、真っ暗な絶望の中にも将来にひとすじの光明を見出すができました。

そして私たちはそんな大震災を経験して、これまで当たり前と思っていた身の回りの安全や人と人とのつながりがあって初めて日々の平穏があるのだということを私たち認識させられたはずなのですが、そんなことはすっかり時間の経過と共に忘れて慢心して、また今さらこのコロナ禍を前にうろたえているのです。





そして緊急事態宣言。

それは諸外国のロックダウンとは違い、法的強制力という点においてはずいぶん緩いものになるようですが、ただ基本的にはロックダウンをしている諸外国で制限をされている内容に準じた行動を強いられることになるのだと思います。

まずは、感染防止の観点から、外出は控え、他人との距離を6フィート(約2m)あけて他者との接触を避けるということになりましょうか。





おそらく、このコロナ禍を境に、震災の時とはまた別の人々の価値観や人生観が生まれるような気がしています。

それは、震災の時の“人と人との連帯感”から生じた人と人との距離を近づけるようなモノとは全く真逆の、“他者との一定の距離感”から生じる人と人との距離を遠ざけるような・・。




多くの人がウイルスに感染し、全世界をあげて蔓延を防ぐために自粛が求められる中、私たちは他者との一定の距離感を保ちながらどのように過ごしていけば良いのでしょうか?

思い出すのは、震災の後に起こった “過度な自粛”についての議論です。

あの時、人々にそのような自粛を促したのは、「被災地で困っている人が大勢いる中、自分だけが楽しんで良いのだろうか」という各人が感じる罪悪感と、楽しそうにしている人を見つけては「こんな時に何をしておる!」と正義を振りかざして他者を批判する世間の目を恐れることによる気持ちの萎縮によって、人々は必要以上の自粛を強いられました。

あの時の反省を踏まえ、今回私たちが胸に刻んでおくべきことは、こんな(他者からウイルスが感染する)ご時世だからこそ他者の言うことすることに囚われるのではなく、まず己の行動を律し、そして内心と向き合うこと。

論語の中でいうところの【仁】

つまり克己復礼(私心を克服して礼を重んじること)なのではないかと思うのですが、自分も含め、『行うは難し』なんだろうなって思っています💦。




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saiaki555 at 20:15|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年04月01日

小笠原へ@税務相談員(怒)

過去、伊豆七島(三宅島・新島など)にも数回行って、島嶼の税務相談員としての経験を私はそれなりに積んでいたつもりなのですが、やはり普段事務所で依頼人からの依頼によって作成する確定申告とは少々異なる(島嶼の税務相談ならではの)特徴があるように感じます。


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島嶼の税務相談会は、税務署の調査官と税理士がその相談会のためにチームを編成して島へ赴き、現地の島の村役場の税務課の方々のご協力のもと実施されるのです。


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私が勤務税理士だった頃は(随分昔のことです(笑))e-taxなんてものはなく、全て手書きで相談会では申告書を作成しておりました。


その頃の相談会の作業の流れは、村役場の人が受付を行い、税理士と税務署が分担して相談者の相談に応じながら申告書を作成するというものだったと記憶しています。


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しかし、e-taxの時代になって今回はじめて相談員として島へ赴いたのですが、その役割分担は様変わりしており、村役場の人が受付を行い、税理士が相談者の相談に応じながら申告書の原案を作成し、税務署の方がe-taxの入力を行うというもの。


もちろん、e-taxの入力をすることによって単純な税理士のミスは入力の際に発覚をするのでダブルチェックの役割は果たしてくれるのですが、税務上の判断はもちろん、書類の整理、入力の根拠資料の整理と計算、申告書・決算書の原案作成まですべて税理士が行わなくてはならないため、税理士は相談者と話をしながら書類を作成して、結構なんだかんだと忙しいのです。


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そんな感じで次から次へと相談者を捌かなくてはいけないものですから、『ん?これは?』と判断に迷った際には調べ物をするという時間などあるはずもなく、自分の実務経験頼りに“反射神経”を駆使して判断をするケースが多発するのです。


『仕事は、無償であれ有償であれ、やるからにはちゃんとやりたい』と願う実務家としては、それは結構切実にストレスに感じるところなのであります。


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具体的にどんなことに今回『ん?これは?』と悩んだのかと言いますと、実は、それは特段複雑な税務上の判断で悩んでいる訳ではないのです。


意外と当たり前に知っているようで、だけどちょっと『あれ?』って迷うような



例えば、それは、相談者の仕事が“ 家内労働者等の必要経費の特例”の家内労働に該当するものなのかの判断であったり


例えば、『なんかそんな判例か裁決事例があったよな💦』という程度にしか記憶がない、事業所得が赤字であった場合の専従者給与が否認された事例の論点とか


事務所にいたら『ちょっと調べてから判断しようかな』と思うような微細な論点がスッキリ解消しないまま申告書の原案作成をしなくてはならない状況というのは、実に気持ちの悪いものなのです(´・ω・`)


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そして、頻繁に『うーむ』と手が止まってしまうのは、医療費控除に含まれる交通費の範囲についてです。


離島ゆえに、ちょっとした特徴がありまして・・  


たとえば、どの島においても、内地の病院で治療を受けるためには船や飛行機に乗って交通費がかかる訳なのですが、どこまでがOKでどこまでNGなのか?とか


確実に内地の病院に行っているのに、その時の領収書がない場合(船の運賃は季節変動があるので一律に決められない)にいくらを交通費として計上するのか?とか


二等船室以上の船室を使って移動している場合に、その病状を鑑みその必要性をどう判断するのか?とか


子供のちょっとした治療のために内地に両親が付き添って家族分の交通費を計上していた場合(悪意にとれば、私用で内地に行ったついでにクリニックに寄れば、交通費が全額控除対象になってしまう)どの範囲までOKと考えるのか?とか


実家が例えば関西で、島から東京へ、東京から関西へ移動して病院にかかった場合、東京から関西までの交通費をどうとらえるか(ほぼNGでしょと思いながら、家族の付き添い看護や子供の世話の必要上関西で入院する必要があったと相談者に言われた時に、必要な支出ではないと断言できるだろうか?とか)


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また、相談者が多くヒアリングをする時間に限りがあるため、本当なら雑損控除の対象となるような台風被害を受けた方とかいたと思うのですが、本人がその話を切り出してくださらない以上その適用が受けれずに終わってしまったケースなどがあったのではないかと思うと残念でなりません。



無料相談なのだから、『そこまで手厚くフォローせんでも』という意見もありましょうが、できることならそこまでやりたいですよね・・。


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そして、あらためて言わせていただきますが・・


消費税の軽減税率・・ホントに最悪ですね💦



無料相談会の会場に手書きの帳簿を、原則課税の事業者が『消費税よくわからないんですけど〜!』って来られるのですが、特に税率の変更の過渡期である今年は一件の処理にどれだけの時間と労力を要したことか・・。


もしもそこにパソコンがあって、会計ソフトで入力がしてあったとしても、そのチェックや付表の作成が超面倒なのだというのに、手書きの帳簿&電卓手計算で「どないしろとおっしゃるのですか?」って感じの手間暇をかけて一件の申告書を作成することになります。



それなのに与党は、軽減税率について「おおむね混乱なく、円滑な滑り出しをしている。」なんて言っちゃってるのですから、本当にイヤになってしまいます(涙)。



さらに言えば・・
新型コロナウイルス経済対策として、切り札のように「消費税減税を」なんて言っちゃる議員さんも多いようですが(消費喚起策として有効な手立てだと私も思いますが)、実務上、たとえば、旧8%、10%、軽減8%、減税後〇%なんてごちゃ混ぜの処理なんて・・





絶対やりたくないですからね!!











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saiaki555 at 19:36|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2020年03月08日

小笠原へ(@税務相談員)

在京の方でないとピンと来ないかもしれませんが、伊豆七島及び小笠原諸島というのは東京都なのです。


そして、東京税理士会では、税務支援事業としてそれら島嶼地域の確定申告無料相談会の相談員として東京税理士会の税理士の派遣を行っており、今回私は小笠原(父島及び母島)の相談員として11日間もの長きに渡り事務所を留守にしていたのです。


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“なんでも面白がる”をモットーとしている私は今回、確定申告の無料相談員として税務相談に応じる傍ら、個人的に興味のあるテーマを探求するべく、相談に来られた方々に同じ質問をぶつけてみることにしたのです。


【島の暮らしはいかがですか?】



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島の人は、電卓をたたく手も止めずに藪から棒に変な質問をしてくる、まるで島の漁師のように色黒の税理士に少々困惑しながらも、たくさん話を聞かせてくださいました。


まず大前提として・・島って不便なのです。


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診療所はあるけれど、もしも重篤な急病になってしまった場合には、自衛隊のヘリで硫黄島まで行き、そこで自衛隊機に乗り換えて内地の病院に到着するまで約9時間もの時間を要するのだとか。


そもそも、日常の生活だって、船が悪天候で長いこと接岸できない時などはスーパーの棚は空っぽになってしまうこともあるのだそうです。


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ディテールはさておき、お聞きした回答をまとめると、だいたい次の2つの回答に集約されます。

モノや娯楽が不足している

しかし居心地は良い



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たくさんの人たちから“島の暮らし”の話を聞いているうちに、『なんだかこれって、“メキシコの漁師の話”みたいだな』って思ってしまったのです。


人は、物質的な“消費”からではなく、たとえば、家族や友達と過ごす嫋やかな時間とか、すごくシンプルな生き方の中に幸福ってものを見出すものなのだということを、あらためて島の人たちから教えていただきました。


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一番印象に残っているのが、まだ二十歳そこそこの女性の相談者。


私は、自分の娘とあまり変わらない年齢のその女性に、『オシャレとかしたい年頃なのに、渋谷に買い物に行きたいなぁとか、時より思わないの?』って聞いてみたのです。


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すると、その女性は、その時着ていた首回りが少し伸びたTシャツを指さして、こんなことを言うのです。


『私、このTシャツ結構気に入ってるんです』


    おお・・💦


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私はその回答に、感動というか・・少し衝撃を受けてしまい言葉を失ってしまいました。


『この若さで、この境地に達するか?』


だってこれって、“知足“(足るを知る者は富む)そのモノではありませんか・・。


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そこにモノが氾濫していないからこそ見える景色というものがあるのだということを、私は今回の旅で出会った島の人たちから教えていただいたのです。



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2020年02月01日

年初の目標をたてた人たちへ

昨年末の記事の中で今年の抱負として

私は【『やりたいと思ったことを躊躇わずにやってみる』『やった方が良いと感じたことを即座に行動に移してみる』ってやつをサラリとやってみたいと思っています。】と書いたのですが・・

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数日前にネットを見ていたら、ホリエモンが「今年もムダに目標をたてた人たちへ」という東洋経済オンラインの記事の中で似たようなことが書いてあったので、ご紹介します。

僕は「目標を持たない」のだが、「計画」というものもムダだ。

「まず3カ月以内に○○して、半年後には○○する。3年後には○○して、5年後、10年後には……」というふうに、やたらと細かくステップを踏みたがる人が多い。

いまだに「計画→実行→評価→改善」からなるPDCAの本がベストセラーになったりしているところを見ると、「将来の計画(Plan)からはじめる」というのが、人々の思考のクセになり、行動を妨げてしまっているように思う。

しかし、わざわざ段階を踏む必要なんてあるのだろうか?
0歩でたどり着けるなら、それがベストではないのだろうか? 

極端な話だが、今この瞬間に、信頼する人から「6時間後に知的生命体のいる別の恒星系に向けてロケットが出発しますけど、堀江さんも乗りたいですか?」と声をかけられれば、ぼくは躊躇なく「もちろん!」と答えるだろう。

「何も訓練していないし……」とか「コンディションをもう少し整えてから……」とか「事故のリスクはないのかな……」とかいったことは考えない。

ぼくにとっての「やりたいこと」は、決して「いつか叶えたいこと」などではない。実現できるなら、今すぐにでも実現してほしいことばかりだ。

ぼくは何事についても、どうすれば「最短の時間・距離」で実現できるかを考えている。


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自分も、税理士業界で大人気のPDCAとかそういうのって、『世間で言うところの“成功者”を目指すには良い方法なのかもしれないけど、いつも何かに追われているようで、そういうのって自分には向かないな』と思っていて、正直あまり好きじゃないのです(^^;
             ⇑
自分には向かないってだけで、決して否定している訳じゃないですからね(汗)

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おそらく、ホリエモンと自分の考え方で似ている点があるとすれば・・“大過なく成功をおさめる人生”(ジェイムズ クラムリー( James Crumley)なら、“赤ん坊のケツのようなシミひとつない人生”なんて喩えるかもね^ ^)よりも、「限られた時間(=人生)を悔いを残さぬよう生きる」という点に主眼を置いているところなのかも。


あるいは、『失敗したってやり直せば何とかなるんだから、恐れないでドンドンやりたい事があるなら最優先でやれば良いんだよ』というように、物事を楽観的に考えている点。


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東洋経済オンラインでこの記事を読み、その後半にこの記事に対するコメント欄がありまして、それを読んでいましたら、こんな投稿がありました。

目標を立て計画通りに慎重に進める。
目標立てず思ったことを即実行で進める。

どちらも成功すれば褒められ、失敗すれば叩かれる。

辿る道が違うだけ。最終的には結果が全て。


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自分は“結果が全て”とは思いません。
(そもそも、成功を褒められるとか、失敗を叩かれるとか・・他人が何を言おうが関係ないし)


でも、“辿る道が違うだけ”というのはまさにその通りで、やり方なんて人それぞれで良いのです。


どちらのスタイルを取るのかを決めるにあたっては、成功というゴールを目指す際にどちらがベターなのかという視点で考えるよりは、むしろ、事が思い通りにいかなかった時にどうしたら後々の後悔が少ないのだろうかという視点で、私なら考えと思います。


往々にして、計画を練るにあたって検討を行えば行うほど“やることによるリスク”や“失敗事例”などの「やらない理由」が積みあがる訳で、「結局、やりたいけどやらない」という結論に至るケースをこれまで幾度となく目の当たりにしてきました(お利巧な人ほど、その傾向は強いように思います。だってお利巧だから、知識も情報もたくさん持っているから、色々考えちゃいますよね・・)


それは分かる。



でも、私が(おそらくホリエモンも)もっとも危惧をしているのは、「結局やらない」という機会損失のリスクであって、失敗をするリスクではないのです。


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たとえば・・何かをやりたいと考えている誰かから「どうしたらよいでしょうか?」みたいな相談を受けた時

自分は気が短いものだから(笑)・・要は、心の中では「失敗するかもしれないけれど、どうなるかはやってみなくちゃ分からないんだから、やってみれば良いじゃん」って思っているのに・・

四の五の四の五の“やらない言い訳”ばかりを言って、結局何もやらないって人ばかり多くて、いつもガッカリさせられるのです。

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そんなことをツラツラと考えながらこの記事を書いておりましたら、ふと私が大尊敬しているみうらじゅん氏の著書のタイトルを思い出しました。

「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」



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もしかすると・・

いや・・たぶん・・きっと・・

私は、歳をとって気が短くなって

『ノンビリとPDCAなんてやってる間に死んじまうよ』

なんて乱暴なことを、知らず知らずの間に考えているのかもしれませんね(自爆)。

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2019年12月29日

八方塞がりの一年を乗り越えて、また来年♪

バカはひかないはずの風邪を、なぜかこじらせスタートした平成31年もあっという間に年の瀬を迎えました。


たて続けに、2月には右ひざの内側側副靭帯を傷め‥💦



そもそも、平成31年は“八方塞がり”という・・どの方角にも障りがあって何をしても冴えない年回りであると言われていたのですが・・


しかし、“占”よりも“ツキ”を信じる自分としては、そんな日々も八方塞がりなんていう年回りのせいではなくて、もっと何かしらの自分のしでかした愚行による因果によってそのようなことになっているのだと考えておりました。



すべて自らの判断ミスによるものだと・・。



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昨年に義侠心にかられて困っている知人に手を差し伸べたつもりが、結果としてそれに散々振り回され、頭を痛め、やがて怒り、そして凹み、それで次第に「なんやネン」と私がイライラしているものだから、それにつられて自分の周囲の空気も悪くなって・・


結果として、どんどん自分のツキを落として・・



そうやってズブズブと負のスパイラルに陥っていく自分の無様な姿を自らを俯瞰しながら、「まいったなぁ・・」とただあきらめの境地の中で深いため息をつきつき、平成最後の数ヶ月間をしょぼくれながら日々を過ごしていたのです。



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昔からそうなんです。


そんな時にはいつも、自分の意地っ張りな性格が災いするのです。


「いやいや、ここは自分の器量でなんとかできるはず!」

「いやいや、中途半端に投げ出すくらいなら、最初からやらなきゃ良かったじゃん!」


そんな風に意地を張り、絵にかいたような自業自得の負のスパイラルの渦の中にドップリと浸かりながら

それでも自分は『自分の不始末は自分で引き受けよう』と、最後までそんな厄介ごとを抱え込むつもりでいたのです。



ですが・・ついにそれが事務所の周囲の仲間にまで直接迷惑を及ぼすようになり、“自分だけの問題”ではなくなった時にはじめて『こりゃアカン』と、ようやくバッサリ切り捨てる決断をすることができたのです。



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それはまるで初期の癌の外科手術のように、切除してしまえば何ということはない・・、まるで憑きものが落ちたかのように万事が好転していくのが分かります。


結果オーライだった、ということもさることながら、今回の件で色々と自分は学んだ気がします。



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ちっぽけちんけな自分の器量


それでも
絶対に忘れたくない

“仁”とか

“義”とか

“忍”だとか・・



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そもそも、自分は「人生は思い通りになんてなるわけない」と思っているので、たとえ思い通りにいかないことがあったとしても、これはこれで『勉強になってよかった』と、当たり前のように受け入れる心の準備はできているのです。


すべての物が(人も)移ろい変わりゆくこの世の中で、ましてや税理士なんていう生臭い仕事をしている以上は、どのように生きたとしても悩みや苦悶を抱えながら四苦八苦するしかないのですから。



たとえ何があろうとも、私にとっては、家族やごく少数の大切な仲間や友人を失う苦しみ(仏教でいうことろの「愛別離苦」)に比べれば、この程度のことはなんてことはないことなのです。

(でも、どうしたって、大切な人との死別の苦しみだけは耐えられる自信がありませんけどね(>。<;))



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でも言い方を替えれば、今年の反省点って、これくらいしかないのです(笑)。


“八方塞がり”なんていう割には、案外平穏無事な一年でした。





とりわけ、4月に家族を連れて訪れた長男の留学先への家族旅行や、10月に一族郎党(家族2名と従業員2名)を連れて訪れた顧問先社長の故郷モンゴル訪問は、一生もののスペシャルな旅で、本当に最高の時間でした。



そして5月には自宅の引越しをしたのですが、窓を開けたら周囲から鳥の声しか聴こえてこない、まるで隠居屋敷のような平屋の家は素晴らしく居心地が良く、禁忌とも言われる八方塞がりの年の引越しでしたが、結果的に大成功だったと思っております♪


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そして来年の2020年。


私は55歳の誕生日を小笠原航路の船中で迎えることになりそうです。



「災い転じて福となす」なんて言葉があるように、憑きものが落ちたおかげでかえって気持ちが軽く感じられるものですから、今まで以上に積極的に、以前このブログでも書きました『やりたいと思ったことを躊躇わずにやってみる』『やった方が良いと感じたことを即座に行動に移してみる』ってやつをサラリとやってみたいと思っています。



なにせ私という者は、しくじることも、傷つくことも厭わないタイプであるということが今年の臨床実験によって明らかになった訳ですから、


遠慮なく


存分にb('ー^*)








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saiaki555 at 07:11|PermalinkComments(5)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ 

2019年12月03日

消費税の金の延べ棒スキームなんて・・

平成22年度の税制改正大綱が発表された際、それを読み、それから約2週間後に私はこんな記事をアップしています。


「消費税自販機還付封じ」について検討してみた その2

いわゆる、金取引を利用した消費税還付スキーム(いわゆる“金の延べ棒スキーム)です。



元々は、『こんな税制改正をしても、ツマラン節税スキームの抜け穴封じにもならないどころか、ただ税制が複雑になるだけで何の意味もないじゃないか!』というような、ある意味で義憤にかられるような気持ちで書いた記事だったのですが・・。



それがいつしか、“金の延べ棒スキーム”なんて言葉が世の中に出回り、色々な場面で“金の延べ棒スキーム”なんて言葉を耳にするたびに何とも言えないイヤな気持ちになっていたのです。



今でも私は、金取引を利用して課税売上割合を上げるなんてテクニックを“節税”だとも、“上手い方策”だとも思いません。


言ってしまえば、ただの“税法の揚げ足とり”でしかありません。

(ていうか、消費税還付の自販機還付スキームといい、金の延べ棒スキームといい、別に課税資産の譲渡等であれば「自販機」でも「金の延べ棒」でなくても良いはずなのに、誰かがそのスキームを公表したら、右へ倣えで自販機なら自販機、金の延べ棒なら金の延べ棒と何も手を加えずにマルパクリするのは何なんでしょうね💦?)←節税対策の改正税制が“課税売上割合の著しい変動”に着目して制度設計されるのであれば、ここの点を工夫さえすれば、いくらでも今後も抜け穴は作れると思うのですけどね・・。←でも、もう2度とブログにそんなアイディアを書くことはしませんけどね。



それがようやく2020年度税制改正で網がかかるというニュースを目にして、とても清々した気分です。


【賃貸住宅オーナーの税逃れ防止 金取引利用し、消費税の控除悪用 20年度税制改正 (2019年11月26日 時事通信社】



清々はするのですが、節税の対策の対策みたいな改正が繰り返されていくうちに、消費税法は、増築を繰り返して原型をとどめていない古い旅館のように、ますます難解なヘンテコリンなものになっていくのかと思うと、専門学校でかつて消費税法を教鞭をとっていた元講師の私でさえミスなく処理(納税義務判定やら、軽減税率やら、リバースチャージやら)ができるのか、ただただ不安でしかありません。



ていうか近年、年末調整でさえ相当ヤバイことになってきてますよね?



消費税法と源泉徴収制度は、“増改築的改正”ではなく、古い旅館を取り壊して再建築するくらいに根本的にどうにかしないといけないといけないと、私は思うのですが・・。



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saiaki555 at 18:45|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 税務 

2019年11月22日

海に出れば分かること・・海は良いぞ♪

『やっぱり、サーフトリップって最高だな・・♪』


ご満悦でバリ島のサーフトリップから戻り、自宅で撮り溜めてあったワンピースを観ていましたら、こんなシーンが出てきました。


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おいルフィ、よーく覚えておけ。

本当のお宝ってぇのはな、でっけえダイヤ、金銀パールにサンゴなんて“見たくれ”だけのもんじゃねぇんだ。

へー違うか?

オマエも海に出れば分かる。ハッハハハ!

海は良いぞ、ルフィ♪


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サーフィンをしない人には決して理解できないであろうことは分かっているのですが・・


自分にとっては、しみじみと、つくづくと、『オマエも海に出れば分かる。海は良いぞ♪』と事務所の皆に言いたいところなのですが・・


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事務所に戻るや否や


「タップリと遊んで来たんですから、しっかり仕事してくださいよ( ゚Д゚)」とおっかない顔でプレッシャーをかけられ、『嗚呼、こんなことならもう少しゆっくりして帰ってくれば良かった』と悔やむのですが、後の祭りなのであります(笑)。


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今となっては「もう少しゆっくり」なんて呑気なことを言っておりますが・・


実は、バリ島に出発する直前まで、急な依頼の仕事を請けてしまったことが原因で、今回のトリップに同行する友達に『場合によっては、今回のトリップはドタキャンするかもしれない・・スマン』なんて弱音を吐くくらいに、私はテンパっていたのです(苦笑)。


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しかし、バリ島でタップリとエナジーをフル充電をして帰国し、背中から火花がパチパチと音を立てているようなスパークした状態で仕事に臨んだならば・・あら不思議(笑)


仕事はみるみる片付いてゆき、気がついて見れば、まるで何事もなかったかのように現在では平穏無事な日々を送っていられているのです。


「案ずるより産むが易し」とは良く言ったものです(笑)。


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冷静になって考えてみると、これらすべての原因が、自分の“貧乏性”にある事に気付きます。

どういうことかと言いますと・・


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自分は、そもそもそんなに「いっぱい稼ごう」と思っているわけではないのです。


それなのに、仕事の依頼の話があるとまるで条件反射のように「せっかくの依頼だから・・」と、後先考えずに請けてしまう。


「それがダメなんだ!」ってことは分かっているのです。


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もとより自分は「金が人生」なんて寂しい生き方をするつもりは毛頭もないのです。


少なくとも世の中には、考え方一つで・・もっと真っ当に、しかも面白おかしく生きてく方法なんていくらでも見つけられるはずだと思っているのです。


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結局のところ、自分にとっての自由というのは、【自らのことを自分で選択をするということ】に尽きるのであって、


そして、その選択をした結果に対して全責任を負うこと。


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その覚悟さえできているのならば、今回のトリップの出発前のようなドタバタ劇を演じるようなことなどなかったのだろうな。





たぶん・・

きっと・・(微妙に自信ないけれど(笑))
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saiaki555 at 11:08|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック  

2019年10月03日

モンゴルで、ワレ、タダ、タルヲシル

「今の顧問税理士が祖国のモンゴルに興味を持ってくれないから」


そんな理由で、私の事務所の顧客が一件増えたのです(笑)。


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確かに、ごく一般的な税理士像から想像するに、「仕事を休んでまで、いちいち顧問先の、ましてや海外の故郷なんて行ってたらキリがないよ」とか、いかにも言いそうですよね(笑)。


しかし、モンゴルに興味有り有り(モンゴルに関わらず、行ったことのない場所にはどこでも行ってみたいと思っています)の私は、社長に誘われるがままに、早速、一族郎党(家族2名と従業員2名)を引き連れウランバートルへと降り立ったのであります。


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こんなこともあろうと(どんなお誘いがあってもいつでも動けるようにと)、かねてより自分は仕事を選ぶように気を付けていました。


その甲斐あって・・。


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波が上がれば、出勤前に海に行けるくらいの自由。


お誘いがあれば、一週間くらい事務所を空けて海外に行くことができるくらいの自由。


(そのような余裕があるということは、すなわち、依頼人が本当に必要な時に、顧問税理士が自ら顧問先に出向き対応に当たることができるというクリアランスを持って仕事を受任をしているということでもあるのです)


たったその程度の自由を得るために、かねてから私は日程の制約を受ける、たとえば研修の講師や、税理士会の役職などの依頼を、一昨年あたりから(できる限り)お断りするようにしているのです。


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さすがにこの歳になっては、どこか海外に行って「人生観が変わった」なんてことはありません。


でもしかし、今回のモンゴル旅は、“自分の振り幅”ってものを整理する良い機会になったように感じています。


そのことを語るのであればまず、“自分の振り幅”って?ってことを説明しないといけませんね💦。


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かねがね、このブログで書いている通り、私は中途半端な自分の立ち位置ってものに疑問を感じていまして・・


元々、神奈川の海辺の片田舎で短パンビーサン姿で暮らし、サーフィンをしながら地魚でも食べていればご機嫌なはずの人間が・・

東京のど真ん中で事務所構えて税理士(世間的には、堅物な真面目人間のような顔をして)として人から「先生」なんて言われながら仕事をして、時には、クライアントと場違いなレストランでかしこまって食事をしたりしている我が身に、「なにかが違うんじゃないか?」とお尻がムズムズするような居心地の悪さを普段から感じているのです。


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そんな私も、税理士仲間に会ったり、あるいはSNSなどを見てしまったならば、イヤがうえでも周囲の同業者の活躍の様子を知ることになります。


「税理士会で偉くなった」

「すごいマンションに引っ越した」

「フェラーリ買った」

「本が売れた」

「テレビ出演した」


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もしも自分がもう少し若くて血気盛んであったなら、そんな話を聞いて、『ああ、俺ももっと頑張らなくちゃいかんなぁ!』なんて思っていたかもしれません。


しかし、最近では、そういう話を聞いても『ご苦労なことですな(^^) 』みたいな感慨しか湧かず・・

税理士仲間での飲み会に行っても、気もそぞろのままスマホで翌日の海の波情報などをチェックしながら、1次会にだけ曖昧な笑顔を浮かべながらお付き合いで参加して、サクっと翌朝のサーフィンのために帰宅するのが常になってしまいました。

(ていうか、最近では、お付き合いで顔を出すことさえしなくなってしまっているかもしれません。気を悪くされている人もいっぱいいるんだろうなぁ・・。なんだか、申し訳ありません。)


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そんな私は、今回モンゴルの草原で、ふと、こんなことを考えていたのです。


「豪邸に住んで、高級外車に乗って、銀座でワインを飲でいるような同業の税理士が、もしもゲルに住んで、馬に乗って、自家製の馬乳酒を飲んで暮らしている遊牧民を見たら、彼らのことをどんな風に思うのかな?」



呑気な人たちだ、と思うのだろうか?


上昇志向がない(停止している)、と思うのだろうか?


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他方

遊牧民は、なぜ町で稼げる仕事を探し、あるいはこの広大な土地を開墾するなりして財をなし、快適なマンションに住んで、高級外車に乗って美食に耽けようとは思わないのだろうか?


そのことを考え、突き詰めることによって、東京で税理士をして、神奈川の海っ端で暮らす“自分の振り幅”のちょうど良い塩梅が見えるような気がしたのです。


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自分が見た限り、遊牧民が“上”を目指さないのは・・

“上”を目指して得られる幸せよりも、遊牧生活の方が幸せだと思っているからなのだと思うのです。


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たとえば、事務所で一緒にいる後輩の税理士や司法書士などは、日頃呑気なことを言っている私に、『余裕のある人は違うなぁ』などと言うのですが、『そいつはお門違いってもんだ税』と思いながら、『たしかにそうかも知れんな(´∀`)ハッハハ』と打っ棄ることにしています。


それは単に、事業計画を立て、KPI(key performance indicator)に落とし込み、それを達成するために頑張って働き、事業規模や年収を増やしてゆくようなやり方を“正しい”と思うのか否かの違いであって、自分は「そういう生き方をしても幸福ではない」と思っているだけなのです。

どちらかといえば、私は“巷の税理士寄りの人間”ではなく、“遊牧民的価値観の人間”なのでしょう(笑)。


そんな私は、まだ若い彼らからすると、より上を目指そうとしない、ある意味、競争社会の中の離脱者のように見えるのかもしれません(苦笑)。


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行きつくところ、この話の結論は《足るを知る》ということに落ち着くような気がします。


地位も、名声も、使いきれないほどのたくさんのお金も、豪邸も、高級外車も、ミシュランの星付きレストランの食事も、どれもこれも“欲”を満たす一つの手段に過ぎなくて、本質的な幸福を得るために必要なモノではないのではないかと(私は個人的にそう)思っているのです。←間違いなく税理士界的には少数意見でしょう💦


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以前、京都を訪れた際、ロシア人のお姉ちゃんに勧められ偶然訪れた龍安寺


その時には、入ってすぐのところにあった屏風に書かれた書( 結廬在人境「飲酒」陶淵明)に目が行ったのですが、その龍安寺の蹲(つくばい)には、中心の四角い穴を「口」という漢字に見立てて、その周囲を「五」・「隹」・「矢」・「疋」という漢字が囲み、【吾唯足知(われ、タダ足ることを知る)】と意味するように石が刻まれているそうです。
(全然気にもしませんでした💦)


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これは、お釈迦様の教えで、「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し(足るを知る者は、たとえ貧しくとも豊かな人間であり、足るを知るということを知らぬ者は、たとえ豊かであっても貧しい人間である)」に由来します。


確かに、お釈迦様のおっしゃるとおり、“欲”には際限がなく、満たしても満たしてもキリがないものであるのだから・・

そうである以上はどこかで私は自己認識を(再度)行い、現状を今よりさらに肯定をすることによって、今は右へ左へとブレまくっている“自分の振り幅の振り子”をできる限り小範囲内に収束させる必要があるのではないか、なんて事を考えていました。


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結局のところ、何が言いたいのかと言うと、


何日車で走っても一向に変わることのない、おそらく、過去何百年も、いやそれ以上ずっと長い年月まったく変わっていないであろう草原の景色を眺めながら“諸行無常”って何なんだろうな?なんて事を考えつつ、その一方でたまたま頭に浮かんだ言葉が、「吾唯足知」だったと・・

ただそれだけのこと書くのに、こんなに文字数を費やして、ダラダラと長いブログを書いてしまいました💦。



お付き合いいただきまして、ありがとうございました。


saiaki555 at 18:07|PermalinkComments(4)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック  

2019年09月27日

【告知】消費税研修のお知らせ

支部で波風が立つほどハッキリと(笑)公の場で「もう、研修の講師はやりません」と支部の幹部には伝えたはずなのですが、いつのまにか研修の担当講師の予定が組まれており、後になって講師の就任承諾書が事務所に送付されて来るという💦・・税理士会というのは恐ろしいところです(>。<;)(実話)。


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経緯はどうあれ、やるってなった以上はちゃんとやろう!

と、いうことで、あらためて資料を読み込み、補助レジュメを自作し、今日は持ち回りで研修講師を担当する大畑君(元京橋支部の野球部でバッテリーを組んでいた相棒ですb('ー^*))の担当の研修を聴講に行ってまいりました。

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ちなみにですが、私の担当は4回。

この研修は、税理士会と税務署の審理担当部門が担う、京橋法人会主催の研修なのですが、 法人会の会員でなくても参加は自由(無料)なので 、ご興味のある方はどうぞお越しください。

テーマは、「消費税の軽減税率」関係となっておりますが、むろん、今さら「何が8%で何が10%」みたいな話を長々とするつもりなどございません(^_-)-☆。


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私が講師を務めるのは・・4回

9月27日(金)午後2時から3時 銀座ブロッサム7階(銀座2-15-6)

10月4日(金)午後2時から3時 フェニックスプラザ3階(銀座3-9-11)

10月9日(水)午後2時から3時 銀座ブロッサム7階(銀座2-15-6)

10月15日(火)午後2時から3時 全印健保会館7階(新川1-5-13)


※3時以降の1時間は、税務署の審理担当官の講義になります。



どうぞ、おいでやす(^^)/

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saiaki555 at 00:26|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ネタ