ちょっと忙しいので微妙に手抜き?

1995年から96年にかけて公正取引委員会や政府の行政改革委員会が著作物再販制度の見直しを検討したのに対し、新聞・出版は一方的な再販維持のプロパガンダを連日繰り広げました。今の若い人は知らないかもしれないけど(老人か!)それは酷いものでした。

そんな中、再販に批判的な主張を掲載した数少ないメディアが経団連傘下の経済広報センターの月刊誌「経済広報」です。
経団連というだけで反発する人がいそうですが、マスコミがまるで戦時中のように偏った情報ばかり流して国民の「知る権利」を侵害する中で、限られた読者層に対してとはいえ異論を唱えたことは評価していいはずです。

ではさっそく。

経済広報 1996年3月号
再販問題:日米比較考 ロバート・ネフ(在日米国商工会議所専務理事 前ビジネス・ウィーク東京支局長)

規制緩和が叫ばれて久しいが、このところ、報道でも規制緩和に関する報道ぶりは、一時の熱気に比ぺるとトーンダウンしている傾向があると指摘する向きもある。その原因には新聞社自身、再販問題を抱えているという事情も見逃せない。新聞や出版物の再販制度の問題について、アメリカの制度が引き合いに出されるケースがあるが、実際、アメリカではどうなっているのか。アメリカのメディアの流通事情に通じているロバート・ネフ氏に論じていただいた。

誤まっている基本認識

公正取引委員会や行革規制緩和小委員会が、日本の出版物の再販制度は独占禁止法に違反すると示唆した。現在、日本のメディアには多くの誤解が生じているようだ。

H7.12.8 読売新聞より12月8日付読売新聞紙上で評論家の内橋克人氏はアメリカの新聞社は価格競争によって破産または買収に追い込まれていると主張している。きらに、日本の新聞価格が自由化されると、地方では配布が非効率であるため、新聞価格が上昇し、市民が平等に情報を得られなくなり、日本の民主主義が脅かされる、と同氏は言う。内橋氏はその通例としてアメリカについて言及している。他にも日本のメディアにおいて同様な見解をとっている人は多い。

在日アメリカ商工会議所は、出版物再販制度の廃止問題については見解を述べる立場にないし、率直なところ関心もないが、個人的立場から私は誤解をただしだいと思う。

内橋氏はアメリカの新聞社が価格競争によって深刻な財政的問題に直面していると主張しているが、その点で彼は間違っている。私が48年前に生まれて以来、アメリカの新聞価格は自由市場の原則に従って設定されてきた。私がもっと若かった頃は、新聞社は今よりも繁栄していた。最近、新聞が深刻な財政的圧迫に陥っている理由は、価格競争ではなく、アメリカ人の活字離れが進行し、テレビを見る傾向が強くなってきたからである。

広告主は印刷媒体ではなくテレビに広告を出し始めた。アメリカの新聞にとって、広告収入が購読料や店頭価格よりはるかに重要であることを想起するのも重要である。アメリカの新聞は購読者からだけの収入が原因で成功したり廃刊になったりするわけではない。日本でも同じ原則が当てはまることは確かであろう。

頼られるコミュニティ紙

内橋氏が誤解しているようにみえるもうひとつの要因について言えば、アメリカ人は新聞を価格ベースで選ぶわけではない。例えばニューヨークとロサンゼルスで最も成功している新聞は販売価格が最も高い。それらが成功している理由はクオリティが高いからであり、多くのアメリカ人はクオリティに喜んで金を払うのである。

また、日本には5大全国紙があるのとは違って、アメリカには本当の全国紙は2紙しかないことも忘れてはならない。2紙のうちでも、価格の高いウォールストリートジャーナルが、全国的によく売れている。

次に内橋氏は、都市と農村の出版物の価格差が人口過剰な都市と過疎化する農村との情報格差を広めると主張しようとしている。彼はアメリカをその証拠として挙げる。だが、これは実際にはまったく根拠がない。アメリカ人は伝統的に情報を得るために全国紙よりローカル新聞に頼る度合いがはるかに高いのである。

ウォールストリートジャーナルやUSA卜ゥデイが全国紙として台頭したのは比較的最近のことであり、依然として規模は小さい。農村地域の平均的アメリカ人は、ニューヨークやシカゴの住民が入手するのと同じ価格で全国紙を必要としたことも、また望んだこともない。

このことは、次のような要因からますます真実となっている。すなわち、ローカル新聞の改善、ローカル新聞による通信社の利用、テレビ・ジャーナリズムの人気と質の向上、ホーム・コンピューターでアクセス可能な電子情報サーピスがますます普及してきているのである。

私の知る限りでは、自由化と新聞価格の地域的差別化が民主主義を脅かす(内橋氏はそう言っているのだか)と苦情を述べたアメリカ人はいない。興味深いことに、アメリカには日本よりももっと多くの孤立したコミュニティがあるのだ。内橋氏は問題をねつ造している。

アメリカの中西部に文化はないのか

H8.1.19,20 読売新聞より内橋氏に加えて、日本文芸家協会理事長の江藤淳氏もこの件で言明している。1月19日付の読売新聞で江藤氏は、再販制度の廃止により宅配制度などが根底から揺らぐのではないかとの記者の質問に対し、「アメリカ中西部あたりの田舎町、そこの街頭のスタンドで娯楽誌だけがパタパタはためいている……そんな荒涼たる風景が浮かびますよ」と述べている。

私は中西部出身なので、この主張には立腹する。中央アメリカのミズーリ州の私の故郷の新聞、カンザスシティスターは長年、アメリカで最も素晴らしいローカル新聞の一つであると見なされている。同紙はピューリツアー賞を獲得している。
カンザスシティはアメリカで最も立派なオリエント美術博物館があることを誇りにしている。オハイオ州のクリーブランドにはアメリカで最も高い評価を得ている交響楽団の一つがある。

ニューメキシコ州のサンタフェやその周辺にはアメリカ最高のアーティストや作家の何人かが住んでいる。こうした地域の都市はいずれも全国紙に頼っていない。コロラド州にある人里離れたテリュライドは、アメリカでも最もプレステージの高い映画祭が毎年開催されることを誇りにしている。全国紙を本当に読みたい人たちにとって、価格は考慮外である。ニューヨークタイムズに1ヵ月30ドル払おうと、ローカル紙に14ドル払おうと、価格で選択されることはない。

最後に、私と同国人のビル・トッテン氏がこの問題に関して『Views』誌の1月号で書いている。おそらく24年間もアメリカの外で暮らしているからであろうが、彼はアメリカで起きていることに関する最新情報を持っていない。第一、トッテン氏の言明とは違い、日本の組織による出版物の再販制度の提案と、アメリカ政府による一般的な規制廃止の要請とは関係がない。私が知る限り、アメリカ政府はこの問題を取り上げたことはない。

次に卜ッテン氏はアメリカの小さな町にいた時、地域の書店でシェークスピアやアリストテレスの著書を全く見つけることができなかったと言う。彼は、これは価格差によるものであると示唆している。私は尋ねたい。どのくらいの数のアメリカの小さな町にある書店で、そのような本を見つけることができなかったのか。また、大都市に比ベてそれらの本はいくら高かったのか。彼は価格差があると言うことはできないだろう。アメリカでは、そのような本を読みたかっている田舎町の住民は、通常同じ価格で買うか、地域の図書館にいくだろう。日本の場合も同じことが言えるだろう。

これらのコメンテーターは全体として、基本的主張が間違っている。アメリカの出版物の価格は地域によって差があるとしても、それは非常に小さい。この問題は、民主主義とは何の関係もない。もし関係があるとすれば、アメリカ人が日本人より民主的ではないということになる。そのようなことを信じる人は皆、自分を欺いているのだ。


江藤淳氏の功績を否定するものではありませんが、当時の再販死守キャンペーンにおける誤解に満ちた主張は晩節を汚したと言わざるを得ません。文藝家協会理事長としてやむをえない行動で、本意ではなかったという話もあるようですが…

『Views』は既に廃刊した講談社の雑誌。再販見直しにとりわけヒステリックに反対したのが読売や講談社という業界最大手だったという事実は、「再販があるから中小零細企業も活動できる」という業界の論理とは逆に、この制度が保護するのは大手企業の既得権であることを証明しています。
当時「再販廃止は米国の圧力」という噂がでてましたがあっさり否定。都合が悪くなるとアメリカ陰謀論を持ち出す奴がいるのは今も昔も変わりませんね。

ロバート・ネフ氏は奥さんが日本人なのだそうです。
にっぽにあ(No.26,2003)
 ロバート・ネフさん(56歳)はジャーナリスト。アメリカの経済誌『ビジネス・ウィーク』東京支局の編集者として、これまで数多くの政治・経済記事を書き続けてきた。
 ところが、彼には風変わりな著書がある。タイトルは『JAPAN’S HIDDEN HOT SPRINGS』。「秘湯」と呼ばれる、日本人にもあまり知られていない山里や山中にある温泉の英語版ガイドブックだ。
「来日する人たちから、日本の温泉についての問い合わせが相次いだことが、この本を著したきっかけです。自然に囲まれ、ゆったりと湯にひたる。そんな温泉を紹介しました。日本の“ひなびた”温泉は最高ですよ」

 木造の家屋、緑豊かな大自然。人里離れた温泉には、昔ながらの「日本」の姿があるはず。ネフさんは、忙しい仕事のかたわら、テレビ番組や雑誌などをくまなく調べ、全国各地へと秘湯探しの旅に出かけた。以来約20年。これまで訪れた温泉は200カ所以上にも及ぶ。
「秘湯の温泉旅館に泊まると、地元の素材を使う料理、そして主人たちのあたたかい“おもてなし”があります。これが僕の宝物なんです」
 ネフさんが愛するのは、日本人の古き良き「ぬくもり」なのである。
 現在、妻のフミ子さんと神奈川県の瀟洒な家でふたり暮らし。ネフさんは自宅でも、お気に入りの浴衣を着て生活している。これからも、温泉を巡りながら、日本に骨を埋めるつもりだと微笑んだ。


<4/17 追記>
日本贔屓っぽいけど、名前でぐぐると最初にオーマイニュースの反捕鯨記事がでてくるのが謎です。同姓同名?

なお『経済広報』はこの後、1996年5月号に三輪芳朗・東大経済学部教授による手厳しい再販批判論を掲載しました。教授のHPで全文を読むことができます。
「知る権利と再販問題」

これに対し、論理的に反論できないナベツネが国会参考人質疑で癇癪を起こし暴言を吐く。
ある滑稽で陰惨な光景:渡邉恒雄日本新聞協会理事・再販対策特別委員長、読売新聞代表取締役社長の衆議院「規制緩和に関する特別委員会」参考人陳述とその後」(version 1996.7.25)
渡邉参考人:
・ ・公取委員会の金子さんの属しておられる委員会と言うものは、非常に偏見に満ち、新聞をなんとかつぶしてやりたいと思っておられるとしか思われない。三人のイデオローグがおりまして、ここの金子さんを初めとして、親委員会の鶴田という委員長と三輪という東大の教授と三人がおりますが、まあ、きょうもおまきになったかどうか知らぬが、『三田評論』その他を使って、ミニコミを使ってあらゆる悪罵を続けているわけであります。これはミニコミとはいえないかも知れませんが経団連の『経済広報』という雑誌に、三輪東大教授、これは金子委員会のメンバーでありますが、そこにこう書いてあります。『新聞にも伝える内容の選択は許されるが、業界団体として一斉に、しかも、雑誌・書籍両協会と同調して行動した点は』――行動したというのは再販廃止反対について行動した点は『きわめて凶悪である。場合によっては刑事罰の対象になる価格カルテルに劣らぬ反社会的行為である』と書いております。これは、まあブラックジャーナリズムに書く文章としては適当であるかもしれませんが、一流大学の学者が、極めて凶悪で刑事罰の対象になる反社会的行為である、我々新聞の報道をそう批判しているわけであります。これは大変な侮辱でありまして、何らかの手段で抗議したいと思います。・・

再三再四指摘しているとおり、当時どのマスコミもこの暴言を伝えませんでした。
すべての新聞・出版業界人を「情報統制でしか守れない『文化や言論の自由』って何なんですか? 人として恥ずかしくないんですか?」と問い質したいですね。