27日にはこんな会合があったらしい。
国民読書年:各界連絡会で環境整備を確認(毎日)
 「国民読書年を継承・発展させる各界連絡会」が27日、東京都内で開かれ、国会議員や出版界、図書館などの関係者約170人が参加し、よりよい読書環境を整備していくことを確認した。

 今年は国会決議で国民読書年と定められ、10月27日は文字・活字文化振興法に基づき05年から「文字・活字文化の日」となった。会合は活字文化議員連盟と財団法人「文字・活字文化推進機構」が主催。議員連盟の「国民の言語力向上に関する5か年計画」が了承された。

誰が参加したか主要人物ぐらい書いとけよ(怒) 山岡賢次北神圭朗吉田統彦(いずれも民主党議員)は出席したそうですが。

ではでは、こちらの続きをば。
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座談会 出版物の再版売価格維持制度の見直しをめぐって 「三田評論」1996年2月号

出席者
日本文芸家協会理事長・慶応大学環境情報学部教授 江藤 淳
平安堂社長 平野瑛児
講談社書籍販売局長 関根正之
慶応大学商学部教授 中条 潮
慶応大学法学部教授 金子 晃

承前

再販制が維持するもの

金子 話は再販制度によって維持されるものは何かに移ってきたように思います。中条さんも私も市場メカニズムを空気のようなものと表現するかどうかは別にして、基礎としては存在して、これが機能していると思っております。そのことが出版の自由なり、著作の自由、流通の自由を確保する役目を果たしている。これが市場メカニズムになじまないとすると、では何で出版業界の秩序を形成するかとなったときに、国家というような形は一番最悪のシナリオだろう。それは排除しておかないといけない。

そのためにも基礎には市場メカニズムが妥当するということを確認しておく必要があります。そのうえでの競争のあり方は商品特性で違ってくる。また完全に市場メカニズムだけに任せるのではなくて、部分的には規制なり、いろいろな支援が導入されるこどもあり得ると思います。

今までの議論に対して関根さんいかがですか。

関根 私は専門が経済だったので、商品とか消費の問題については決して暗い者ではありませんが、入社以来、書籍を商品と言ったことはありません。それは先ほども申し上げたように商品ではあるけれども、一種の特殊的な商品であると認識しているからです。それから読者のことを消費者と言う人もたまにいますが、われわれは読者というとらえ方しかできない。もちろん市場における競争原理は働いていると思うし、これからも働くだろうと思いますが。

先般、北欧にまいりましたがスウェーデンの書籍協会の人と会って話をしたとき、彼らは再販はなくてもいいという議論をしてくれましたが、最後に本が出なくなると非常に困るので、国家的な保障をするというようなことまで言っていたんです。それはあまりにもひどいことではないかと思いました。スウェーデンは非常に税金が高いのですが、それを使って文化保護するなどというのは本末転倒でして、それは出版社と読者の間できちっとやっていくほうがいいのではないかと思って帰って来たんです。


今度、イギリスでも同じようにそういったものが外れるというけれど、これはたいへん大きな問題を残すかもしれない。フランスは今の段階は文化政策上、再販があります。

私は、競争条件というのは風土に根ざすものだから、アメリカ的な競争もあれば、ヨーロッパ型もあれば、東洋型もあるという認識で、だから競争があるということは認めているんです。ただ保護とは違うけれども、そういうのがあっていいんだということを主張しているだけです。

金子 平野さん、書店として書籍の流通の問題を含めて、再販があるためにこういうメリットが出ている、あるいは再販によって、こういうメリットを実現しようとしているのだというあたりをお話ください。

平野 書店の立場から再販制度が撤廃された場合の姿を予想してみますと、ベストセラーといわれている営業的にも回転率のよいものは、その部分に限って、ある期間ディスカウンターに代表される他業界大手流通小売業の"オトリ商品"として二〇パーセント引きとか安く売られ始めるだろうと思います。この部分に関する限りでは読者の利益でしょう。しかし、売れ行きのいい商品もよくない商品も全分野、しかも常時陳列し、いつも読者の求めに応じられる態勢をとっている既存の書店は競争上価格合わせをした分、他の分野で価格をアップし経営のバランスをとることをせざるを得ない。

もうひとつ、多品種少量出版物を仕入れ、陳列している現状に対し、仕入意欲は抑制される方向に向かうのではないでしょうか。
ただ、出版界の物流の貧困さは再販とは別の間題ですので、この改革については後に述べさせていただきます。

江藤 文芸家協会の立場から言えば、現行の定価一割の印税制度は再販制度を基礎にしていますから、これが壊れるのは協会員二千百人にとって少なからぬ不安の材料になっています。

印税率が個々の契約になると足許を見られてどんどん値引きされて、売れ筋本ばかり出るという状態になりかねない。それに耐えられる作家はおそらく百人いるかいないかでしょう。あと二千人は非常に深刻な状態になる。したかって再販制度を維持してほしいというのが一目瞭然のメリットです。


現に三千ないし六千しか売れない本を、総出版点数の五分の一も売ってもらっているという実績が、この制度によって担保されているとわれわれは考えています。そうでないというのなら、それを立証していただきたいという気持ちがあります。

中条 そのへんの本屋を見に行かれるとわかります。売れる本しか置いていない。

江藤 本屋にはしょっちゅう行って、いろいろ文句を言っています。書籍流通が今のままでいいとは少しも言っていない。

そうではなくて、これは文化庁からも提起されていると思いますが、適用除外を外すことが相当だと考えられる以上、その挙証責任は政府側にあるだろうというのがわれわれの感じ方です。

中条 それは逆ですよ。企業も消費者も自由な活動が基本なのですから。

金子 江藤さんが言われた印税の問題ですが、現在慣行としては定価の何パーセント、それに印刷部数を掛けて決定されますね。したがってこの制度が崩れると、印税の決定が困難になるというご主張ですね。

江藤 著作権使用料ですね。

金子 再販制度が廃止されたときは新しい制度のもとでの計算方法、たとえばアメリカですと再販がないわけで、再販がないということに対応した計算の仕方があるわけです。江藤さんのご意見は一番最初に中条さんが言われた既得権を守るという議論になりませんか。

江藤 正当な既得権を守ってなぜ悪いか。その当否を論証せずに、既得権を守ることそのものが悪いとお考えになる価値観が私には納得できないんです。さっき関根さんが言われたように、その国の商慣習はその国の必然性からできているのに、なんで地上げ屋が小さな印刷屋を全部ぶっ壊して、これが都市再開発ですと言うのと同じように聞こえるご議論をなさるのか。

中条 全然違います。

江藤 同じだとお思いになりませんか。

中条 同じだとは全然思いません。あえて地上げ屋の事例との類似性を論じるのなら、メーカーが価格拘束をするほうが、優越的地位の濫用という点でむしろそれに近い行為です。

江藤 私は、これは一種の経済制度上の地上げだと思っています。ほかの業界でも同じことを言う人はいるかもしれない。つまり競争原理で片方で規制緩和、片方で適用除外の見直し。これは車の両輪だからワーッといきましようと。これは私どもの直観から言うとブルドーザーでワーッと壊しているという感じになるんです。

中条 そうなると、「市場競争は望ましいか」という、市場競争についての一般的議論になってしまいます。そういう議論はいくらでもやりますが、今日のテーマは「出版社が小売価格を拘束してもよいか」ですから、それがどういうメリットがあるかについて議論をしましょうよ。

江藤 だから、われわれとしてはさきほどから申し上げているようなメリットがあると。

中条 既得権を守るべきだというのなら、すべての産業で既得権を守らないといけない。そういう考えだったら既得権を守るべきかどうかという議論をするべきであって、それは再販制の今の議論とかなり離れた議論になってしまいます。

金子 話を元に戻しますと、著作権者の印税を確保していくには、いろいろな著作権使用料の計算の仕方があり得ます。したかって再版が外れた場合は、外れたことに対応した計算をすればよいということになりませんか。

江藤 いろいろとあり得ると思います。それは多種多様になるに決まっているわけで、出版社と著作者が個々の書籍、著作物について契約してどうこうという話になってくるだろうと思います。

ところが出版契約書なんていうものは、普通全然交換されていません。契約書のひな型はありますが、実際は編集者が来まして、「先生のこれを本にしましょう」「そうかい」ということでやるんです。一体何部刷るのか、そんなことは全然書面で契約していません。

金子 われわれの場合とはだいぶ違いますね。われわれの場合は何部出版して、最初に刷るものの印税はどうするか。この間出した本ですと普通は六パーセントですが、読者に買ってほしいから我慢して、われわれは取り分は五パーセントでいいですよ。そのかわり定価は二千九百円にしてください。われわれの場合はそういう契約ですね。文芸書の場合は違うんですね。

江藤 違います。要するに契約と言っても一種の信頼関係による、あいまいと言えばあいまいな状態でやっているわけです。

金子 法律的に言いますと、再販があるなしにかかわらず、著者は著者としての権利を出版社に主張され、きちっとした合意のもとに本を出されるのが近代社会の原則と思いますが。

江藤 近代的ではないかもしれないけれど、われわれはそういう形で権利を主張しているわけです。

中条 契約をしないで権利を主張するのはおかしいですよ。

車の両輪―再販制と委託販売

金子 いま印税の話が出たんですけど、二千、三千部の本が出なくなるとか、われわれが出すような専門的な本が出なくなるという話があるんですが、関根さん、再販が外されると、なぜそういう本が出なくなるのか。なぜ出版社はそういうものを出さないのかお話いただけますか。

関根 その前に既得権について正確に申し上げておかなければいけないんですが、すでに得ている権益というか、既得権が非常に大きいものみたいに言われるけれど、そうではなくて再版制度が読者にとって全くマイナスになっていないところをきちっとご説明すればよろしいんだと、金子さんの論文を読ませていただいて感じているんです。

その上で多品種少量出版の日本の実情が、今後少品種大量出版に変わるのではないかという危機感を持ちます。読者にとっては豊富な選択ができたほうが望ましいし、文芸なり専門書なり、あらゆるジャンルがあることが日本の出版文化の源なわけです。

出版社間の競争があるから、そういうことが実現できると言うけれども、現実に言うと多品種少量の少量のほうでは、三千部であつても仮に三千円の定価をつけても出しましょうという出版が今後できにくくなるだろうということなんです。

中条そこがなぜか、ぜひ説明してください。

平野 私は書店ですが、優れた内容のものは再販制がなくなっても出版されるだろうと思います。しかし出版社の立場からすると、いくらで売られるかわからないものには著しく慎重にならざるを得ないですね。出版のドライブのかかり方が非常に消極的になると思います。五千部刷りたくても、安全策をとって千部にとどめます。コストは高くなります。少ない部数しか刷られないものは、日本中の書店で配本がなされなくなります。出版物というのは読者が店頭で目にして初めて、このすばらしい著作を、この研究成果をということで購買するわけです。

売価が守られている定価制と再販が、一体ではありませんが両輪のようになって委託販売がかなりたくみにかみ合って、現在、日本中のすみずみまで出版物が配本され、定価で販売されている。今後、書店が自分で価格を決めなくてはならなくなると、仕入れに対して非常に消極的にならざるを得ない。

中条 今のご意見をまとめると、まず再販制をやめると委託販売がなくなるからで展示効果がなくなってしまいますというのが一つですね。もう一つはいくらで売れるかわからないから、出版社は非常に慎重にならざるを得ないということ。

平野 書店の仕入れ姿勢も消極的になります。

中条 まず、前者の点ですが、いくらで売れるかがわからないのならば、メーカーが価格を拘束しても、それが市場価格だという保証は全くない。むしろ、市場に対応して価格変化が行われないという点で、消費者にとっても生産者にとっても望ましくない。

平野 それは長年のいろいろなものを集約した形で出版社ができるだけ安く提供しようという。

中条だったら、メーカー希望小売価格を示せばいいだけのことです。

平野 現実の問題、多くの書店は自分で定価をつけてまで、今のように積極的に読者の目に触れるだけの経営活動をするだろうかはっきりしない。

中条 そういう論理は書店がサボっているということを言っているのに等しい。書店に積極性がないのは、自分で決められないからなんです。展示効果のこともおっしゃいましたが、本屋さんは自分に経営イニシアティブがない。自分で価格をつけられない。今の本屋さんはほとんど場貸し業の形になっている。

これはもう一つは取り次ぎの問題があるわけです。パターン配本でどんどん本が入ってきます。一日に四百冊、五百冊の本が出版されるわけですから、置いてあるのは三日か四日の間で、その間に展示効果はほとんどないわけです。本屋さんは小さいですから、そんなにたくさん置くわけにはいかない。出版量の多い本でないと、まず手元にないですね。二千部、三千部の本は小さな本屋さんには全く回って来ないし、置いてあっても時間が非常に短い。展示効果はほとんどないわけです。


本屋がこの地域にはこういう傾向の本を買う人がたくさんいるという、そういうマーケットリサーチをちやんとして、ではうちはこういう本をたくさん仕入よう、そういう経営の視点が必要です。そういうところでは割引をしなくても、安くなくても専門的な本だったらちやんと売れるはずなんです。

再版制による委託販売制は取り次ぎの問題とあいまって、そういうことを一所懸命にやろうという小売店側の意欲をそいでしまうんです。そのために小売店がみんな画一的になってしまって、いま本屋さんを見て回られるとわかりますが、その辺にあるような中小の本屋さんは置いてある本がみんな同じなんです。画一的なんです。結局、文化の画一化をもたらしているだけなんです。

平野 程度の問題で、紀伊國屋さんを筆頭に、私どもも大規模書店に入りますが、全国二万五千軒の書店を十把一からげで論じられる発言は受け入れられません。

中条 「再版制がないと二千部、三千部の本が出しにくい、そういう本をちゃんと店頭に置いていなければ意味がない」とおっしゃるから「その辺の中小の本屋にそういう本が置いてありますか」と申し上げているのです。そういう本が小さな本屋さんにも置いてあるというのであれば展示効果は出てくるかもしれないけれど、置いてないでしょ。置いてあるのはよほど大きな書店だけです。

平野 二万五千軒すべてに置けるかどうか、これは自由市場ですからね。

中条 大きな本屋さんは品ぞろえが一つの経営戦略です。こういう経営戦略は、大きな書店では再販制がなくてもとるはずです。それがなくなったら大きな書店の意味がなくなってしまう。

平野 大手の書店は売れ行き良好書は買い切りで仕入れます。私どもも仕入れるだけの準備をしています。再販が外れますと先に述べた現象により今より安く売りますね。

では回転率が必ずしもよくないけれども、いろいろな知識層にとって必要な文献はどうだろうか。返品条件付きで仕入れますが、マージンミックスからは高く売る可能性が出てきます。それは読者にとってプラスだろうか。

中条 それはまさに関根さんがおっしゃったスウェーデンの話と関係してくるわけですが、Aという本の費用をBという本の読者に負担させているわけです。それがいいことかどうかです。

平野 それはやはり文化の停滞につながります。

中条 ある人の文化に対して、なぜ別の人がそのコストを負担しなければいけないのか。自分が支持する文化のコストは自分で負担すべきです。

平野 二兆円全部が文化ということで、それにかなうものばかりではないですが、広い意味の文化ということで考えれば、再販制はあったほうが間違いなくいいなと思います。
江藤 中条さんがおっしゃった中で流通のお話が少し出ていたけれど、私はこの再販売価格維持制度を廃止すると、どうして必然的に流通が改善されるのかよくわからないんです。

金子 江藤さん、中間報告をよく読んでいただくといいと思うんですが。再販制がなくなれば流通上のいろいろな問題が全部解決するとは書いていないはずです。再販があるためにこういう弊害がありますということは書いてあります。したがって、再販がなくなればそういう弊害もなくなるわけですが、再販と流通上の問題を全部一緒にして、再販がなくなればすべての問題が解決するというようなことは中間報告では一切言っていないはずです。そこのところはよく読んでいただきたいと思います。

もう一つ先ほど二千、三千という出版部数の本の話ですが、私の本も中条さんの本もそうだったと思うんですが、出版社と話をして、こういう本を出したいけれどもどうだろうかと言うと、読者層はどういう層ですか、だいたいどのあたりが買ってくれますかということをいろいろ質問されるわけです。

それに対して学生で何部とか、図書館でとか、あるいは行政機関でとか、全体でこんな部数ですねと。そうして合意が成立すると出版を引き受けてくれてます。それと著者の取り分、流通段階における取り分、出版社の取り分を計算して、だいたいいくらの値段ということで本が出されるわけです。

ところで再販制度が廃止された場合、出版社としてはこの本はこれだけコストがかかって、こういう利潤をそれぞれの段階で取るとすれば、当然こういう値段になります。したかって小売店にこういう値段で売ってほしいという希望小売価格あるいは標準小売価格を示すのは当然です。

そういうふうに考えると、なぜ再販がなくなると出版社も小売店も価格、出版、仕入れに消極的になるのかよく分からないのですが。

平野 仕入れをして、読者にお見せするアクションが世の多くの書店では消極的になります。

金子 なぜそうなるんですか。

平野 リスクを負いきれないです。

金子 どういうリスクですか。

平野 売れるか売れないかわからない部分のリスクです。

金子 今とどこか違うんですか。再販があると売れるんですか。

平野 今は再販と両輪になっている委託制があるわけです。

金子 委託制というのは返品できるという制度ですね。出版社あるいは業界では委託というのは返品条件付き売買であるといっています。

私はそこを確認して安心したんですが、再版が外れても今と同じ返品条件付き売買は成り立つわけです。ところがそれができなくなってしまうというところがよくわからない。


平野 定価販売制がなくなると、委託の範囲も狭められるだろうという予想です。

中条 だれか狭めるんですか。

平野 出版社です。

中条 出版社がそのほうが都合がいいと考えてやることですね。

平野 狭められると買い切りで仕入れなくてはならないから、書店サイドからしますと仕入れは非常に消極的になります。もうひとつはマージンミックスの問題です。

中条 買い切りでなくても、長く展示しておきたい本は委託販売制度でやればいいじゃないですか。選択はできるはずなんです。

金子 そのへんのところは関根さん、どうですか。今でも需要予測はするけれども、実際に売れるかどうかわからないわけです。しかも今は価格を指定しているから、その価格で売らなくてはいけないわけです。書店に価格を指示しておきながら、売れなかったら引き取れませんよと言ったら、それは出版社の独断になります。

売り方として需要予測はするけれども、はたして売れるかどうか、よくわからない。ですから売れなかったら、どうぞお返しください。そのかわりこういう価格で売ってください。ではそれで売ってみましょう、売れなかったらお返ししますという売り方は、一般の商品と一緒にすると怒られてしまいますが、他の商品の場合でもいくらでもあるわけです。

平野 再販が外れますと刷り部数は減りませんか。

関根 再販が外れると刷り部数は減ります。どうしてかと言うと、最初、取り引きは委託で可能だと思うんです。ところが大きな書店が大量に仕入れるから条件を良くして欲しいと言ってくるでしょう。条件は良くなる、返品は自由だと言うので出版社は困るので買い切りになってくると思うのです。少部数のものも買い切りなっていきます。

買い切り条件が中心になってくると当然部数は減ってくる。そして、再三言うように多品種少量だったものが少品種大量になってしまうんじゃないかという心配をしているわけです。

中条 大量にすごく売れる本の場合は、たしかに大量に仕入れる本屋さんのディスカウンターが出てきて安くなります。それはそのとおりだと思うんですが、そんな本は百万部ぐらい売れる本だけです。あまり売れない本は書店としても買い切りでは心配なので、それは今と同じように委託のまま進んでいくわけです。全く状況は変わらないで、売れ筋の本が安くなるというメリットが出てくるわけです。

江藤 どんなに大型店でも限定された面積です。しかも今の出版点数が年間四万八千点となっていれば、そういうふうにはなりませんよ。

中条 要するに安売りの本屋さんは出てこない。

江藤 そうではなくて安売りばかり出て、少部数の多品種がそこに割り込む余地がなくなるということです。

中条 そうではないでしょう。安売りの本だけを売っていたんでは書店はやっていけない。安売り本を仕入れるといったって限度があるわけです。しかも本で価格競争というのは、ほかの商品の場合に比ぺると限度がある。価格競争は大量消費財でないとだめです。二次商品、新古本の場合は別だと思いますが。かなり大きな書店でも、価格競争をやるほどたくさん出せる本なんていうのは、おそらくごく少数の本だと思うんです。おそらく価格競争はそんなに起こらない。

結局、今の制度を変えたところで条件はあまり変わらないと思うんです。だから再販制は業界にとっても作家にとってもあまり関係ないですよ。消費者にとっては、これがなくなれば二次市場の拡大につながるのと、書店が専門化して本が手に入り易くなるというメリットが発生しますが。

続く