西条ルーテル教会

 成人の日は、国民の祝日に関する法律(1948年制定「祝日法」)によれば「おとなになったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝いはげます」ことを趣旨としている。制定から1999年までは毎年1月15日と定められていた。成人の日を1月15日としたのは、この日が小正月であり、かつて元服の儀が小正月に行われていたことに由来するといわれる。
 私は20歳で最初の学業を終え就職した。当時、東京板橋区に居住していたが、就職と同時に神奈川県生麦の独身寮に移り、家から離れた新しい自分の人生が始まった。3月生まれだったので、学齢同窓から1年遅れて「成人式」を迎えることになった。確か区から公会堂での合同式への招待状が届いたが参加しなかった。一年後輩たちと共にということもあって欠席したのだろう。
_DSC7669 しかし不思議なことに、就職先の事業所が成人を祝ってくれた。大型コンピュータを扱う「システムセンター」という若者の多い職場で、15人程が成人を迎えたと思う。特に、データを打ち込む「キーパンシャー」と呼ばれる女子の職場があり、対象者のほとんどが女性であったと思う。
 1年程前、就職に際して両親が背広をオーダーしてくれたことが「成人」を祝う思い出の時となっている。その思い出の服は18年後の退社の日まで捨てることなく、所持していた。
 まもなく67歳を迎えるが、20歳の頃のエネルギッシュな自分を思い出す。運動好きで体も鍛えていたので、誠に元気であった。暴飲・飲食しても回復が早かった。強い自分を思い出す。残業の多い時代で141CD846-0AC3-4E61-A611-5D0A3D41F761あったが、働いても疲れなかった。徹夜仕事も多かったが、大きな疾病もなく過ごした。若いとは、sれだけで良いものである。
 公職選挙法が改正され、2016年から選挙権年齢が20歳から18歳以上に引き下げられた。また、民法が改正され、2022年4月1日からは「18歳以上を成人」とすることが決まっている。それを受けて、「18歳」を覚えたイベントが少しずつ登場してきた。「昭和の者」としては少し寂しさを感じている。それは私だけではないだろう。若者たちの歩みの上に神様の祝福があるように❣
    ♪18祭2019(映像①)  ♪同(映像②)  ♪夢の坂道は(中村雅俊)  ♪夢の坂道は(小椋佳)



 「イエス・キリストは本当に実在したのか・・・?」。この疑問は人として当然であり、多くのキリスト者においても旧くて新しい問いだ。人が真剣に自分の人生の意味を模索して生きようとする時、きっとこの問いにぶつかるだろう。キリスト者の中にも「受洗」の時点でこの疑問を完全に解決していない場合がある。結論から言えば「イエス・キリストは実在した御方」これが私の答えである。根拠はいくつか示せるだろう。
emao1 第1に、イエス・キリストについて記した最大・最高の根拠は「聖書」である。特に「新約聖書」の存在は他の追従を許さない。圧倒的である聖書の存在こそがキリスト信仰の根本である。
 しかし残念ながら、その聖書に不信仰への種が内在している。人間の理性や感性では「受け入れがたい記述」がそれである。創世記の最初の部分やイエス様の為された多くの「しるし:奇跡」が挙げられる。この火種が聖書の理解と受容、イエス・キリストの存在をも危うくしてしまう。聖書への疑問は信仰の妨げとなる。やがて聖書を否定し、信仰が崩されてゆく。
 となると「イエス様が実在した」ことを聖書以外から見つけ出さなくてはならない。もちろん、信仰の先人たちがその事を為してくれている。第一は、歴史家タキトゥス(Cornelius Tacitus,AD55f-120f)が「年代記(Annales)」に皇帝ネロにより迫害され、殉教した者たちを次のように記している。《それは日頃から忌まわしい行為で世人から疎まれ、憎まれた「クリストゥス信者」と呼ばれていた者たちである。この一派と呼び名の起因となったクリストゥスなる者は、ティベリウスの治世下に・・・ポンティウス・ピーラートゥスによって処刑されていた(XV.44)。》「イエス」は登場しないが、「クリストゥス」とは明らかにイエス様のことだ。
 第二は、歴史家ヨセフス(Flavius Josephus,AD37-100f)が「ユダヤ古代史(J.A)」に《キリストと呼ばれたイエスの兄弟ヤコブという者の死》を伝えている(XX.200)。これら2つの記述によりイエス様が実在し、人々から「キリスト」と呼ばれたことが明らかとなる。
 「イエス様は確かに実在された」。その事実を起点にして「ではイエス様は何を語り、何を為されたのか? 私との関係はどこにあるのか?」を追求してゆく。それが人生を追求してゆくことになる。信仰生活の始まりだ。共に歩もう!
  神様からのと平安があなたの上に豊かにありますように
      ♪ヘンデルのメサイヤ第1部    ♪メサイヤ第2部     ♪メサイヤ第3部 
      ナザレのイエス(映像)      イエス・キリスト(映像)
  

 教会は一般的な暦(元旦~大晦日)とは異なる独自の暦、「教会暦」を持っている。この暦は待降節(聖公会では「降臨節」)から始まり、4週間を過ごすと「降誕祭:クリスマス」が訪れる。クリスマスはイエス・キリストの誕生を覚え、お祝いする日。キリスト者にとっては、喜びの日である。
tannjyou1 しかし残念なことに、イエス様の誕生日は聖書に記されていなかった。イエス様が「いつ」お生まれになったかは、明らかではないのだ。西方教会(カトリック・聖公会・ルーテルなど)では現在、12月25日をクリスマスとしている。その理由には諸説あるが、ローマ帝国内で行われていた「不滅の太陽神祭り(冬至祭り:12/25)」と結びついたとする説が有力である。
  「冬至」は一年間で日中の時間が最も短くなる日。冬至に向け太陽の光は減少してくる、しかし、一転して冬至の日から光が増加してゆく。冬から春に向けて歩みが始まる(北半球で!)。イエス様が「世の光」として私たちのところにお出で下さったことと重なり、光増加の起点、冬至をイエス様誕生と重ねたことは意味深い。東方教会(ギリシャ・東欧・ロシアなど)では1月7日をクリスマスとしているところもある。この違いは、双方で用いていた暦(ユリウス暦・グレゴリウス暦)の違いによる「ずれ」が原因だとされる。      💒💛🌱🍒
 ところで、今日、わが国の「降誕祭:クリスマス」において、残念な状況が続いていることをご存じだrousoku2ろうか? 降誕祭は「12/24降誕祭前夜(クリスマスイヴ)」と「12/25降誕祭(クリスマス礼拝+祝会等)」で守られる。しかし、12/25は祭日ではないため昼間の開催が難しい。そこで、25日が含まれる日曜日(教会暦では待降節第4主日)に移してクリスマス礼拝を守る場合が多い。その結果、降誕祭が降誕祭前夜の前に守られることとなり、不思議な時系列になってしまう。欧米諸国では25日が祭日なので、この問題はない。わが国において、12月25日が祭日になるようにとの祈りが続いている。
 しかし、この問題も聖書の間尺でとらえると幾分、乗り越えられるかもしれない。私たちはクリスマス・イヴニング(夕・前夜)礼拝を12/24日の夜に実施していると考えている。しかし、聖書での一日は「日の入りに始まり、日の入りで終わる」ので、日没後のイヴ集会は12/25の行事といえるのだ。よって、イブ集会をクリスマス行事の中心に据えても良いのである。12/25にこだわる教会では、深夜,零時を迎えてから「クリスマス・イヴ礼拝」を実施する教会がある。あくまでも充実した公共交通機関がある教会に限られる。共にイエス・キリストの誕生をお祝いしよう。神様からのと平安があなたの上に豊かにありますように
      ♪降誕祭の歌①    ♪降誕祭の歌②    ♪降誕祭の歌③      ♪降誕祭の歌④      

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