2017年06月16日

書家・切通耕道師とご子息・正義氏にお会いする

耕道会報2017夏もう、20年以上前、大石寺法華講を去って以来、お会いしていなかった切通耕道師とご子息の正義氏からお声がかけてくださり、お会いした。
師からは耕道会報を頂戴し、わたしからは、先に翻刻した『観心本尊抄』『本迹体一抄』異体字版を贈呈した。

耕道師は、書の業績をお話くださり、正義氏からは大石寺登山の誘い。当方からは、やや、大石寺教義と本尊につき管見も述べさせていただいた。

それにして、20年を経て、いまだ心に留めてくださっていたことには深く感謝申し上げたい。

師には、美味しい珈琲とアイスクリームをご馳走になった。御礼申し上げると、共にますますのご活躍を期待する。  
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2017年06月13日

創価学会『大白蓮華』の編集方針は統一協会『宗教新聞』と同轍か?

大白蓮華0708創価学会が発刊する月刊誌『大白蓮華』('17-8)に学校法人・愛知学院の小出忠孝学院長のインタビューが載っていた。

言うまでもなく、愛知学院は曹洞宗に始まる学校である。
創価学会はかつて曹洞宗を他暖冬教団と共に“邪宗教”と攻撃して憚らなかった。
このインタビューの小見出しにも「変えてはいけないもの」とあるが、近年は、創価学会は日蓮正宗以外の宗教は“他宗教”と呼び方を変えた。

それにしても、小出氏の、池田氏のヨイショぶりはすごい。
「私(小出)が特に感銘しているのは池田会長の写真集です」(P80)
はて、これら写真は、本当に池田氏が撮ったものか。池田氏が写真を取る後ろにカメラマンが同じ被写体を撮影したといった指摘もあるが?

「名誉博士号…100を越える受賞者など、聞いたことがありません。ましてや、368という受賞者は世界にも前例がない」(P87) とも褒めちぎる。

余計なことであるが、池田氏は“名誉会長”であるが、小出氏は「池田会長」といい、『大白蓮華』も、編集で訂正していないのは何故だろうか。

創価学会が他宗教との融合など、気分も白むばかりだが、こうした融和路線を俯瞰すると思い出されるのは統一協会『宗教新聞』である。今回の『大白蓮華』を見て、即座に想起した点である。

いまや、創価学会は、改憲と共謀罪を強行する与党の票田であり、池田大作氏の平和思想から大きく外れている。そこにきて、統一協会と同様、他宗教を協調路線、ただ恐ろしく映じるのは、わたしばかりではないはずだ。

小出氏の業績をヨイショしながら、池田氏の絶対平和主義も実質廃棄して与党公明党を押し続ける創価学会の、『大白蓮華』の編集方針は、統一協会『宗教新聞』と同轍ではないか。
警戒しなければならない。

  
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2017年06月01日

宗教問題18:「創価学会にもはや“広告塔”は存在しない」を書く

宗教問題18今回の『宗教問題』第18は、「芸能界と宗教界 信教の自由と広告塔の狭間」の大特集。依頼をいただき、創価学会の広告塔について書いた。たぶん、編集部は創価学会会員である芸能人の広告塔として役割、会内活動の記述を期待していたのだと思う。しかし、敢えて、その意に反して「創価学会にもはや“広告塔”は存在しない」と書いた。
わたしが、もっとも言いたかったのは以下の箇所。

「広告塔…組織・団体の宣伝の役割を果たす有名人(大辞林)…創価学会一番の“有名人”とは、間違いなく池田大作氏…少し前であれば…日本国民のほとんどが池田大作氏を知っていた。しかし、今の若者は池田氏を知らない。もはや過去の人…創価学会の…“究極の広告塔”、池田大作氏も社会一般から忘れ去られている…“脱広告塔”…創価学会の方向性」(P57)

本稿では創価学会の脱広告塔の方向性を3点に分けて分析、詳しくはお読みいただければ幸甚である。

また、かつて講演をお聞きした中西尋子先生は『桜田準子はやはり統一教会の広告塔である』をお書きになっており、教問題読者の集い◎報告会「親鸞会をどう取材したか」を聴くでお会いした古川琢也氏は『真宗大谷派のブラック労働問題 サービス残業にパワハラ恫喝、東本願寺“残酷物語”の深層』という迫真レポートを書かれている。

お薦めしたい。

宗教問題18
2017年5月31日発行
編集発行人 小川寛大
発行所 合同会社宗教問題
〒170-0005 豊島区南大塚2-11-10 ミモザビル3階
TEL 03(3869)4770 FAX 03(6685)2612
ISBN978-4-9908526-7-2
©Shukyo-mondai 2017 printed in Japan
  
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2017年03月15日

安部義和「検証 仏教と戦争責任」日蓮正宗の「8月15日」を読む

仏教と戦争責任『潮』'92年8月号に載った阿部義和『検証 仏教と戦争責任 日蓮正宗の「8月15日」』を読んだ。

知り合いの社会活動家から「是非、読んでほしい」とのことで送付されてきた。
創価学会が大石寺から破門された頃の“紙爆弾”の一つと分類できるだろう。
要は日蓮正宗の戦争責任を問う内容となっているが、一方、牧口常三郎と戸田城聖は国家から配られた神札を受け取る謗法を犯さず、軍国主義と闘ったという賛美と対を成している。
牧口と戸田が断固、拒絶したのが、たかだか神札1枚。いまの創価学会員にしろ、生活の細かい点では、それ以上の“謗法”といわれることは、いくらでも犯しているのではないか。また、日蓮の教えによらず、国家神道であったから一国が亡んだなどという彼らの信条はおよそ受容に耐えない。
いまの創価学会が擁する公明党は、靖国神社を是認する自民党と連合している。牧口・戸田の信条からすれば、神札以上の謗法与同ではないか。牧口を死に追いやった官憲の残党と与同しているのだ。

わたしは日蓮正宗を庇い立てるつもりはないし、日本仏教の戦争荷担に対して、憤慨してきた一人である。その意味では、日蓮正宗の戦争責任を問うことに異論はない。
しかし、与党の傍らである公明党の、憲法改正、集団自衛権、さらに福島原発事故と被害者の放擲、普天間自然破壊の推進といった、表だっては自民党と結託した暴挙は、そのまま創価学会・公明党の罪過でもある。
本書の批判は、今の創価学会と公明党に当て嵌め、しっかり“検証”すべきではないかと問いたい。

創価学会の提灯記事として日蓮正宗批判に終えず、本文に一貫する神道と戦争批判の論調を以て、いまの創価学会・公明党の自民党・神道との与同を検証する、著者・阿部義和氏と『潮』には、その責務がある。
  
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2017年03月14日

創価学会仏国土と如是我聞

創価学会仏という如是我聞

最近、とある所論を読んでいたところ、“創価学会仏”は戸田城聖の発言という同会の公式発表がありながら、文献証拠がないといった批判があった。

別段、創価学会の肩を持つ気は毛頭ないが、池田大作が戸田から聞いたという文献証拠はある。(この点については、追って小島正史『創価学会仏とは何か』を紹介したい)

所論の著者は、まあ、池田が戸田にかこつけて言い出したことであるから、戸田の考えとは言えないと鬼の首を取ったような鼻息であった。

しかしながら、そもそも仏教は「如是我聞」(私はこのように聞いた)という伝聞記録の形を採っている。天台智擇痢慄_攜宍繊戞慄_敲原隋戞慄琺纏澳僉戮箸い三大部も、本人が書いたものではなく、弟子章安潅頂の記述、いわば“如是我聞”である。
聞いた話で十分な文献証拠としてきた数千年の歴史がある。

荒唐無稽とはいえ、池田が、戸田から“創価学会仏”を聞いたというのも、いわば池田の如是我聞で片付くことだ。書誌学的にはともかく、如是我聞は批判できない。

わたしは“創価学会仏”を戸田に遡りたい。何故ならば、批判を戸田まで拡げたいからだ。もっといえば、池田の如是我聞“創価学会仏”は戸田より、さらに牧口常三郎まで遡れたほうが標的が大きいではないか。

創価学会仏国土

“仏国土”建設は、日蓮門下、取り分け創価学会でも大きなテーマであった。

いまや創価学会は、公明党を以て自民党と連合し、着々と創価学会仏国土の建設に余念がない。
集団自衛権を担保し改憲に向け、沖縄にあっては普天間を“本国”アメリカに引き渡す植民地の酋長に荷担し、自民党の陰で原発を推進し、事故が起きてはその被害を隠蔽に与同し、いまだ路頭に迷う避難民13万人を見殺しにしている。

誰しも、既に耐用年数を超えながら、いまだ稼働する各地の原発の、どれか一つがまた福島のような事故を起こせば、もはや日本は終わりだと思っているはずだ。この原発の影の立て役者こそ、公明党であり、その票田は創価学会である。

こうした国政を動かし、自民党と共に公明党を与党たらしめ、いまの国家の体たらくをなさしめしめているのは、まさに創価学会仏である。いまの日本は創価学会仏国土と化している。

先にわたしは、創価学会仏は「謂己均仏」であると書いた。
いまやその正体をあからさまにした創価学会仏に、掌を向けて、「No!」と拒絶するときではないか。  
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2017年03月09日

菅田正昭先生「大田区創価学会第三代会長・池田大作先生“聖蹟”」ツアーに参加

菅田正昭先生in森崎海岸昨晩、突然、菅田正昭先生から電話が入り、「明日、創価学会第三代会長・池田大作先生聖蹟ツアーをやるから行かない?」とのお誘い。仰々しい名前。洒落が効いている。

先に創刊した『宗教と社会とその周辺』に掲載した先生の『池田大作氏のうぶすなの霊性の風土を探る』の考証の実地見聞。
池田氏の出生地から下宿、折伏を受けた場所、結婚して住んだ場所など、なんと16箇所を自転車で回った。
「車を用意しましょうか?」と提案したが、「いや、細い裏道にも入るから自転車がいい」という。
大田区内3時間のツアーだった。ガイドは菅田先生、参加者はわたし1人。つまり、わたしのために案内くださった。
「場所は、“可秘可秘”、ブログで安易に書かないこと」という駄目出しが前提。
それでも、写真の森が崎海岸のワンショットは許可。

生まれも育ちも東京大田区で、生まれながらの創価学会員だったわたしだが、本日訪れた16箇所、いずれも知らない場所ばかり。“百聞は一見に如かず”というが、まさに目から鱗の落ちる3時間だった。

さて、興味のある方は菅田先生に直接、交渉されたい。
気が向けば、案内くださるかも?
確証はできないが(笑)  
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2017年03月04日

宗教問題17『原田稔の研究』を書く

宗教問題17「産みの苦しみ」という言葉があるが、今回のテーマで“原田稔”を書くことはまさにそうした心境だった。
脱会者であるわたしが言うのはなんだが、清廉潔癖、謹厳実直で、まさに模本的な創価学会員である“原田稔”という“素材”は安易に衆目を引かせるものがない。ならば速球でその半生を書いても、まともで文にしても面白味がない。
たしかに勤行観念文の改正、戒壇本尊離れは、原田会長時代のことである。特記できる。
非の打ち所がない業績であるが、ただ一点、指摘すれば、「吃驚仰天「創価学会仏」とは」ということになるか。
しかし、この“創価学会仏”なる珍妙な原田会長が背負った“汚点”を通り一遍の短絡的な批評で割り切りたくない。
この点は次回、書こう。  
Posted by saikakudoppo at 20:51Comments(0)TrackBack(0)顕正会

2017年02月21日

東田直樹『自閉症の僕が飛びはねる理由』を読む

自閉症の僕が跳びはねる理由表紙この本に評を書く蛮勇は起きない、わたしは何もわかっていないからだ。
多くの方に読んでほしい一冊だ。

会話の出来ない自閉症の中学生が綴ることで、心の世界を知らせる。
質問と答で綴られている。
題名の「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」もその答だ。
わたしがもっとも印象に残ったのは以下の問答だった。

「自閉症についてどう思いますか?」
「僕は自閉症とはきっと、文明の支配を受けずに、自然のまま生まれてきた人たちなのだと思うのです。
 これは僕の勝手な作り話ですが、人類は多くの命を殺し、地球を自分勝手に破壊してきました。人類自身がそのことに危機を感じ、自閉症の人たちをつくり出したのではないでしょうか。
 僕たちは、人が持っている外見上のものは全てもっているのにも関わらず、みんなと何もかも違います。まるで、太古の昔からタイムスリップしてきたような人間なのです。
 僕たちが存在するおかげで、世の中の人たちが、この地球にとっての大切な何かを思い出してくれたら、僕たちは何となく嬉しいのです」(P140)


自閉症の僕が跳びはねる理由
会話のできない中学生がつづる内なる心
2007年2月28日 初版第1刷 発行
2014年10月10日 初版第15刷 発行
著者 東田直樹
発行者 鈴木弘二
発行所 株式会社エスコアール出版部
©Naoki Higashida 2007 ISBN978-4-900851-38-2

東田直樹 オフィシャルブログ 自閉症の僕が跳びはねる理由
  
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2017年02月13日

菅田正昭先生とのお茶談義(5)

久しぶりに菅田先生とお茶。
今回は、かつて先生が赴任されていた青ヶ島の話から、広く伊豆諸島から南に散在する島々、竹島・鬱陵島・済州島の歴史と、韓国の廃仏毀釈、戦後の「難民」問題についてお聞きした。また、伊豆諸島までの文化圏について、言語から独自の御説を拝聴。
かなり、ディープなお話だったが、先生、にやりと笑い「独歩さんのブログに書かないでね」と釘を刺された(笑)
追って、会報の執筆をお願いした。  
Posted by saikakudoppo at 08:00Comments(0)TrackBack(0)菅田正昭師

2017年02月10日

小川寛大師「日本を騒がす、「日本宗教家7人」を読む

宗教団体の「政治と信仰」マトリックス


小川寛大師から『SAPIO』'17/3号を頂戴。
図は「安倍政権誕生で、宗教界に地殻変動が起こっている 宗教団体の「政治と信仰」マトリックス」」という図を掲載(上図)
縦を“政権との距離”として上は親安倍・下は反安倍、横を“思想”として右に保守・左にリベラルと軸を採り、日本の宗教団体を挙げて配置。それぞれの代表の顔写真・創立年・信者数・本部所在地と代表者に関する簡潔な説明を付している。たぶん、この図は、小川師がまとめたものではないか。よくまとまっており、参考になる。
1点。幸福の科学の信者数が「世界1200万人」となっており、掲載団体でトップとなっている。同団体の公称なのだろうか。反対に神社本庁の7.9万社は実数に近いのだろう。

この特集の冒頭は島田裕巳師:潮流 新宗教の信者が激減が意味すること『神が死に、宗教が消えゆく時代を考える』。
神よりスマホ、新たな信仰が始まるという2つのテーマが書かれる。
仏ではなく、神。
「日本社会から神聖な存在が失われていく。その最たるものが天皇だ」(P29)だという。
新たな信仰とはスマホに代表されるAI(人工知能)だというが、結論部分には「神社にお参りした日本人は、何かに支えられた気分になる」と言いながら、「神が死んだ時代」という脈絡が、どうもわたしにはわからなかった。
結論からすると、新しい信仰は手に持つスマホと、訪れる神社の境内ということだろうか。

さて、小川寛大師は7宗教の内、まず生長の家について書く。
「日本会議の源流の一つといわれる団体の変容 かつての「反共・愛国教団」はなぜ「反安倍政権』路線に転じたのか」
この団体については'16.6.20号『週刊ポスト』に『宗教戦争に異変!? あの宗教団体が安倍自民を見限った』と題し書かれていた。“あの宗教団体”とは生長の家のことだった。
また、『宗教問題』16号でも、日本会議に係り触れていた。
以上、師の主張と本稿は軌を一にしている。

次に靖国神社“徳川家末裔”宮司の発言が招いた「賊軍合祀論」で議論百出!」
こちらも 16.6.20号『週刊ポスト』に載った『靖国神社の存在気に関わる? 徳川宮司「明治維新という過ち」発言の波紋」の続編といった内容。
この結論は効いている。「明治維新から150年、いま「徳川の逆襲」始まろうとしているのか」(P38)

創価学会については首都大学・玉野和志教授が書く。
タイトル「絶対幸せになろうね」と人々を励まし続けたカリスマ指導者」
この「絶対幸せになろうね」というのは池田大作氏の言葉とするが、元創価学会員であるわたしからすれば、極度の違和感がある。
本文を読めば、どうやら婦人部会員に向けた言葉ということらしいが、池田会長というのは、こんなおもねった口調ではなかった。「絶対に幸せになりなさい。そのために信仰があるんだ」といったような口調である。
また「学会活動の中で社会の底辺にいる人々を引き上げるシステムを作り上げ、“頑張れば何とかなる”という日本高度成長を支えた日本的なエートスを体現」(P39)という。
要するに人間革命ということだろう。この点は無碍に否定しないが、現況、創価学会のトップは原田会長を筆頭に東大卒他、一流大学と創価大卒で固められ、底辺にいる人々とは隔絶している現実も併記すべきではないか。

以上、いつもながら、勝手な読後感。
小川寛大師には御礼申し上げると共に、ますます活躍を期待する。  
Posted by saikakudoppo at 09:08Comments(0)TrackBack(0)