2021年10月22日

故柳澤宏道上人の思いへ低頭

石山本尊本棚を整理していたところ、もう10年近く前に、故柳澤宏道上人からご恵贈いただいた『石山本尊の研究』増補版が目に止まった。
実はご送付いただいたまま、丁寧に拝読することなくしまいこんでしまった。
滋賀にいた頃、お会いしたこともなく、わたしのほうから連絡をしたわけでもないのに、何故か故上人は本や食品を、たびたび贈ってくださった。
その深意を、本書を開いて冒頭を拝読し、わかったのである。

『序』を要法寺沙門 久能日玄が書かれ「柳澤宏道君が…彼が本宗に入門してから指針として、彼の信仰経歴から、特に本尊義についての研鑽を命じた…」と記されている。
また『自序』に故上人は「本書の前駆となった『日蓮正宗本尊の考察』を、様々な妨害を排除して発行したのは3年前であった。創価学会の脱会者で、現在は西山本門寺の僧侶を自称する者等が拙書の発行に絡み、版下原稿を彼等の小冊子に盗用したことなど、本当に派閥宗学を長年信仰した者は、一般の無宗教の人よりも悪辣であることを実感した」とある。

不覚にも、わたしはここを読んでいなかった。
実は、「西山本門寺の僧侶を自称する者」から、故上人は要法寺出家を詐称し、自分の原稿を盗んで本を出版したと聞かされていたのだった。しかし、ご連絡をくださった故上人は、実に誠実であり、詐称をしたり盗用をしたりするような人物とは思わず、困惑したものだった。

故上人の要法寺出家は『序』にあるとおり、日玄師が明言されている。
また、本尊に関する知識は「西山本門寺の僧侶を自称する者」とは格段比較にならなかった。

全く故上人が『自序』に書かれたことが事実であり、「西山本門寺の僧侶を自称する者」が盗んでおきながら盗んだと濡れ衣を着せたのだ。
誰のことも盗人扱いをするこの人物に、わたし自身も、盗人扱いをされたが、警察が事実ではないことを認めたのである。
また、わたしがかつて大石寺の所謂「本門戒壇之大御本尊』の鑑別を行うと、あとから同説を発表した者が、わたしを盗人扱いをし、日蓮門下各位に触れ回った経緯もあった。
そうこうした自分の経験もあり、お察しするに、故上人の無念は如何ばかりであったか、いまさらながら、落涙を禁じ得ない。

茲に故上人の潔白を宣揚し、御恩の一端に報いんがために、ここに記し置くこととする者である。  
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2021年10月21日

落合誓子『貴族が死滅する日』を読む

貴族が死滅する日『貴族が死滅する日』東本願寺十年戦争の真相、を読んだ。
本書のことは本願寺関連の一書として知っていたが、最近、fbで少し言葉を交わすようになった落合誓子さんの玉稿であることは後から気付いた。先に読ませていただいた『女たちの「謀叛」』仏典に仕込まれたインドの差別、の文中、「ヒンドゥ」の用法につき、議論をしたのが、話はじめであったか。

さて、本書の発行は和多田進の晩聲社、出版は1995年とあった。
この年は1月17日に阪神淡路大震災が起き、次いで3月20日にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。本書の発刊は5月20日となっている。

私事でいえば1990年に創価学会を脱会し、日蓮正宗の末寺に移り、役員をしながら、大石寺内事部『大日蓮』編集室の委託で“法主”説法のテープ起こし原稿の作成と、宗務院教学部から依頼で、池田大作の発言のテープ起こしをしていたが、日々、創価学会化していく大石寺のも嫌気がさしていた。S・ハッサン『マインド・コントロールの恐怖』を読み、発奮し書いた『カルトとしての創価学会』を晩聲社に持ち込んだが本にならない苦汁を味わいもした。(この題名で、その後、他の人が本を出したが、わたしとは無関係である)それが1995年のことだった。
翌 '96年、『マインド・コントロールとは何か』の著者、西田公昭氏を静岡県立大学に訪ねて紹介されたJDCC(日本脱カルト協会)の創立理事である日蓮宗の楠山泰道師の許で当会に所属。会報の編集長、理事もした。
創価学会、日蓮正宗、オウム真理教、統一協会、エホバの証人…その他多くの議論ある宗教団体と軋轢を生じた人々の相談は日々100人を超える相談メールが殺到していた20世紀の終わり、まさに世紀末のなかで宗教問題にどっぷりと浸かっていた…。
本書から思い切り脱線し、自分史を書き連ねたが、そうした前夜に起きていた東本願寺紛争に、当時は目もくれなかった。しかし、いま改めて読んでみると、実は日本の歴史、殊に近代史において、日本の政治に係る創価学会、統一協会、新宗連といった宗教の問題の前史における天皇崇拝とパラレルに関わる東本願寺信仰の “終焉” を詳細に語る本書は当時に、読んでおけばよかったと後悔した。
それは、内紛劇のコアとなる “法主” について、「「生き仏信仰が」いまのような形をとりだしたのはいつのころのころからか私にはよくわからないが、私の田舎の門徒衆の発想の根を探っていくと「天皇」にぶつかる。あの熱狂的な「現人神あらひとがみ」信仰と不可分ではない。しかし、「現人神」の信仰が「生き仏信仰」を生んだというよりも、むしろ真宗の伝統として、血の中にしみこんだ「ごもんじきさま信仰」が、明治、大正、昭和の天皇制復権と同時に「現人神」信仰へすりかわっていったというほうが正確ではなかろうか」(P50) といった分析が載るからである。早く感づいておけばよかった視点であった。

久方に本格的なルボルタージュを読んだという充足感があった。
多数の人々に迫り、〇〇はこうした人物、〇〇はこうしたことと整理し本願寺 “貴族” の消滅を克明に書き出されている。

こういっては反感を買うかもしれないが、真宗界隈の、ヒステリックにも、固執にも見える、極端な天皇制批判は、つまりは蓮如を原因とする法主、生き仏、「ごもんじき様」信仰という偏狂に対する自己批判であり、親鸞回帰の機運もそのためであり、落合さんは、さらに釈尊への回帰のなかで差別撤廃を俯瞰していったのだろうと思った。

わたしの半生、またいまの自分にとって、最も縁遠い親鸞や蓮如が、振り切りたい創価学会や、日蓮のように、気分に絡みつく。しかし、絡む糸の1本を解く示唆を本書は与えてくれた。

宗派のなかにあると、常に集団意識に抗わなければない負荷がある。
門跡、蓮如、親鸞から、釈尊の清流を汲もうとする落合さんのお気持ちを、ほんの少しばかり感じたといえば言い過ぎかもしれない。  続きを読む
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2021年10月12日

菅田正昭『蓮如と堅田の全人衆と琵琶湖の沖島』を読む

しま267b昨日の季刊『しま』226号一遍のご論考に続き、本日は、離島関係志落穂稿15『蓮如と堅田の全人衆と琵琶湖の沖島』
菅田正昭先生の玉稿を読む。

山と対置して海、しかもうみにつき、蓮如と琵琶湖の堅田衆、沖島のご論考。
内容は本書をご覧いただくこととして、話題に上がる琵琶湖、それも堅田は、かつてわたしが修行していた場所からほど近いなじみのある場所だ。㝡澄の生まれた坂本に近く、いまは琵琶湖大橋が掛かるすぐ傍である。
本堅田にある本福寺も何度か訪れた。しかし、菅田先生が書かれるような歴史があったことは、よく知らなかった。
沖島は行かず終いで東京に戻った。

話題の蓮如。堅田の近くには天台宗でも念仏の西教寺があり、当地は、かつて天台念仏の盛況な場所であったようだ。浄土系寺院も多いがその関連と思いきや、だいたいは本福寺と同じく浄土真宗となっている。
天台浄土の多くは浄土真宗に転派したのだという。

比叡山の麓、裏比叡の道を登れば、延暦寺の前に横川がある位置である。かつて琵琶湖の畔は商工の中心地であり、“うみ”は多くの船が行きかった。交通の要路であり、唯一ある沖島は蓮如のゆかりの地であったのか。

玉稿への感想に至らず先生には礼を欠くが、夏は琵琶湖の涼風、冬は叡山から吹き降ろす寒風で雪に埋もれる堅田での日々に思い馳せることが先となってしまった。  
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2021年10月11日

菅田正昭『一遍上人と遊行集団と阿弥衣』を読む

しま266b過日、久方に菅田正昭先生にお会いし、季刊『しま』を恵贈いただく。

本日は266号所載の離島関係志穂講14『一遍上人と遊行集団と阿弥衣』を読んだ。
本稿は、芸能界を引退後、時宗法雲寺の住職となったファンキーモンキーベイビーズのDJケミカルから話が起きる。
菅田先生がヒップホップを聴くことには驚いたが、要は踊念仏の一遍の話題である。
一遍の遊行について。妻子と下女を伴い、参加者は身分を選ばず、ハンセン氏病の人々もいたというのは驚く。それにしても、人を身分や病気などで区別しない伝記なのに、“下女”という表記が気になった。これはもちろん当玉稿に限らず、一遍伝記全般の話。また妻子というのも、いまの時代では読み流しそうだが、親鸞と同じ。どうも念仏系は、ここいらに禁忌がなかったのか。

阿弥ぎぬとは、網のようにしか見えない粗雑な布で作られた衣で、野辺送りの棺桶に掛ける布だという。
菅田先生は「土葬の時に棺から剝ぎ取って野袈裟として身にまとう」は書かれているのでぎょっとした、野辺送りに乱入して棺から布を引っぺがし奪うような印象を覚えたからだ。実際は、埋めるときは布を取り去って捨て置かれ、あとから、それを拾って衣としたということか。あるいは粗雑な布の譬えなのか。

「初期遊行集団のメンバーは、いずれも踊り狂うようにして披露死」というのは、なんとも凄まじい。

  
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2021年10月04日

無我の輪廻を止める、涅槃

以前、読んだ馬場紀寿『初期仏教』で仏教が目指したものを「再生なき生を生きる」こととまとめられていた。
再生とはバラモンが死後、天上世界に生まれること、また、存在するもの(衆生)がこの世で再び生まれること、つまり、輪廻の現代語である。つまり、輪廻があるという前提で、輪廻をどう止めるかが仏教の目標であった。

存在(衆生)とは、単に「諸要素の集合」であって、死ねば無に帰し、何も残らないと説いているか?
しかし、それでは衆生は地・水・火・風の集合に過ぎず、死ぬと、四大元素は四散するのみで、 死後の生は存在しないと説いたアジタ・ケーサカンバリン(P.Ajita Kesakanmbalin)の唯物論となってしまう。つまり、ブッダが棄却した考え方である。
では、輪廻する主体を認めているのか?

宮坂宥洪『仏教におけるダルマ(法)の意味』を読み、無我「ダルミンなきダルマ」と整理した。
ここで宮坂はブッダゴーサの、阿含経典のダンマの意味を分類、(1)pariyatti(聖典)、(2)hetu(因)、(3)guṇa()、(4)nissatta-nijjīvatāの4種類を挙げ、特に誤釈されてきたnissatta-nijjīvatāとは無我の意であることを明確にしていた。

いわば輪廻する“無我の法”の、輪廻を止めることが仏教の目標であったと整理できることになるか。
これはしかし、単にhetu-vidyā(=因明:宮坂は「インド論理学」という現代的な呼称を用いている)における思弁の遊戯ではないだろう。

逸脱ぎりぎりの表現となると思うが、輪廻するのは、我ではなく、無我である。
では輪廻する無我は、馬場の言葉でいえば「諸要素の集合」となる。宮坂の言葉でいえば「ダルミンなきダルマ」

そして、再生が止まり、無識別、無想となれば、それはしかし、無に等しいのではいか。
そうなると、思弁の手順としては仏教は、より段階を踏むものの、アジタ・ケーサカンバリンと、結論的にどう違うのか。少し、考えを整理したい。  
Posted by saikakudoppo at 23:16Comments(0)覚書

2021年09月26日

無我「ダルミンなきダルマ」



先に読んだ宮坂宥洪『仏教におけるダルマ(法)の意味』に、hetu-vidyā(=因明:宮坂は「インド論理学」という現代的な呼称を用いている)から無我の説明があった。

ブッダゴーサの阿含経のダンマの説明に正当性を置き、『倶舎論』は暗に否定される。
上図,蓮△修力盛佑坊任欧蕕譴燭發里如∪睫世鮨渕芦修靴燭里△任△襦
説明に従えば、衆生でいえば、六根など(五位七十五法、五蘊十二処十八界)のダルマは、ダルミンに保たれるものという関係()となるところだが、宮坂は「ダルミンなきダルマ」という。つまり、い凌泙澄

いわゆる大乗仏教では常楽我浄をいい、無我であったはずが、我が持ち出され、大我、真我などともてはやされる。さらに輪廻も肯定され、大石寺や、創価学会では、常に人間に生まれることを目標としている有様である。
そういうわたしも、実は永らく、無我ということが、どうもピンときていなかった。
宮坂の玉稿に接し、留飲が下りた思いがある。

「ダルミンなきダルマ」、まことに箴言であると、ただ首を垂れるばかりである。
以上、覚書まで  
Posted by saikakudoppo at 21:22Comments(0)覚書

2021年09月25日

宮坂宥洪『仏教におけるダルマ(法)の意味』を読む

先に佐々木閑『仏教は宇宙をどう見たか』アビダルマ仏教の科学的世界観—を挙げたところ、阿呆陀羅經師が提示されたのが、現代密教22所収の宮坂宥洪『仏教におけるダルマ(法)の意味』、本論である。

「多くの学者は西洋の論理学や哲学の用語でインドの論理学を説明しようとしてきた。」
「中村元博士の『広説佛教語大辞典』は、「法(dharma)は√dhṛ に由来し、『たもつもの』、特に『人間の行為をたもつもの』が原意とされる」と説明…平川彰博士は「原始仏教における法の意味」という論文において、「ダルマはインドではヴェーダ以来用いられている言葉である。この言葉はdhṛ(保つ、支持する)という語根から出来た名詞である」と語源の説明」とあるが、このニ巨塔のダルマ(法)解釈を覆す。

dharma とdharmin、どちらが「保たれるもの」か、という問いを起こし、西洋論理学、哲学とは違うहेतुविद्या hetu-vidyā 、古代中国語で「因明」といわれるところを、インド論理学と呼び、有様を概略し、『倶舎論』が有部の「三世実有・法体恒有」説であるが、この「法有」の見解が大乗の「法空」の立場から徹底的に批判されることになる所以を証す。

佐々木閑を提示してきたのも阿呆陀羅經師であるが、何冊か読み、『仏教は宇宙をどう見たか』アビダルマ仏教の世界観—を読み了れば、次に本論というカードを出す。まことに心憎い。

佐々木が使う “宇宙” という語彙には違和感を覚え、思い出したのが、馬場紀寿『初期仏教
「初期仏教は、人間の知覚を超えた宇宙の真理や原理を論じない…主観・客観を超えた、言語を絶する悟りの体験といったことも説かない。それどころか、人間の認識を超えて根拠のあることを語ることはできないと、初期仏教は主張する。
 宇宙原理を説かない初期仏教は、宇宙の秩序に沿った人間の本性があるとは考えない。」
と 仏教が “宇宙” と関わらなかったことを挙げる。
また、本論は「nijjīvatā を直訳すれば、「生命のないもの」である。だからそれは「物質」「事物」のことだとこれまで解されてきたが、仏典の中に「物質」「事物」を意味する用例はない。この術語は五蘊等をさすのであるから、この「生命」とは自己(我)のことであり、その否定形のnijjīvatā は、anattā(無我=我ならざるもの)の意」といい、“生命”語の否定こそ、無我であると論及もする。

わたしが仏教を考えるうえで、常に宇宙と生命を排除するのは、以上の説明からもわかるように、本来、仏教(pariyatti)が取り合わないできたからである。
それにもかかわらず、である。本論で宮坂が明らかにした仏教におけるダルマ(法)の意味には、目から鱗が落ちる思いがした。西洋論理学、哲学解釈の仏教を忌避してきたのに、いつしか中村・平川の西洋論理学からの「法」の説明の影響を受けていた。空恐ろしいことである。

宮坂宥洪師の秀逸な論考、そしてご紹介くださった阿呆陀羅經師には深く御礼申し上げるばかりである。  続きを読む
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2021年09月24日

佐々木閑『仏教は宇宙をどう見たか』を読む

宇宙表副題「アビダルマ仏教の科学的世界観」
本書には目的が2つある。
1つは、先の『犀の角たち』が「理想的な神の視点から人間の限定的なものの見方が変移していく「人間化」に科学の本質がある…シャカムニが作った仏教という宗教の視点と齟齬なく融合…科学と仏教の一元性の可能性を見出した…次に書くべきこと…科学的思考が現れている仏教の分野…大乗仏教が主張する「空」とか「仏性」などといった神秘思想を一切認めず、機械論的因果則だけで全宇宙を説明…全てに成功したアビダルマ哲学こそが、仏教の最も科学的な領域」(あとがき)を著述すること。
あと1つは附録された『仏教における精神と物質をめぐる誤解―山部能宣氏に対して』で論述される『犀の角たち』における誤解への反駁だ。
山部は西洋思考の二元論から脱けらない視点で、佐々木を批判した。静慮(瞑想)における身体を物質ととらえる二元論から、佐々木が精神(心)しか論じていないという批判。六根・六処・六識を物心二元論という西洋思考でとらえている。しかし、仏教の静慮は精神の問題であって物質を取り沙汰さないという佐々木の反駁である。
佐々木の思弁は、物理法則であっても人間の脳における情報処理で数字という記号を用いて説明するものであり、他生物には理解できない人間化された精神活動であるとする。山部が物心二元論をいくら一元化して、佐々木への批判したところで、西洋二元論から一歩も出ていない。
こうした誤謬を、わたしは創価学会の“似非”仏教で嫌というほど見てきている。
だからこそ、佐々木の叡智に敬意を表するほかない。

§

本書を読んで、気付いたことが3つ。

1つめ。なんと佐々木は“しき”を物質世界と書いている。倶舎論を扱う学者を相手取って言うのもなんだが、“しき”はいろであって物質ではないと考えてきた。『阿毘達磨倶舎論』(梵: Abhidharma-kośa-bhāṣya)では物を相手取っているのか。
たとえば、唯識(Vijnapti-mātratā)では唯、8種の識のみというが、こうなると、もはや所謂“大乗”説に踏み込むことになるのか。
しき”とは眼根が観じる境、つまり文字通りの色、もっと言えば光りだと考えていた。

2つめ。三界とは欲界・色界・無色界である。佐々木の説明をよそに、わたしは色界とは、無限の色彩を放つ光りの世界、無色界は色も光もないまさに無の世界。もちろん、それは静慮状態で観る識であって、物理世界のような存在は意味しない。しかし、欲望にまみれたこの世界から天空に向かって飛ぶことができれば、無限の色彩の光に満ちているのは大気のあるところまで、大気を離れれば、そこは光りもない真黒の無限の空間…、そんなイメージで三界を考えなくもなかった。しかし、倶舎論における世界観は、どうやら違うらしい。

3つめ。現代語でいう“宇宙”は無数の星をもちろん指すが、その他、星間物質、見えない電磁波等などを含め、膨大な何もない(実はあるのかもしれないが)空間が無限に広がっていると捉える。
しかし、この宇宙空間といった概念が仏教にはないように思えた。
もちろん倶舎論という古代の思弁に、多世界解釈も最新の宇宙論、量子論も当て嵌まらない。そうした最新科学で考える現代仏教とは別の話である。それなのに現代仏教で古代仏教を解釈したり批判するのは無意味である。
最新科学に則って次々に書き換え現代仏教を上書きする作業はよいとしても、しかし、仏教が本来問題にしてきた苦の原因、煩悩の消滅という成仏課題と整合性が取れるかどうか。少なくとも現代仏教でいう成仏は絵に描いた餅、空想の産物、掛け声だけとしか思えない。薬物や機器で成仏を引き起こすというのであればそれは勝手。脳科学の発達が成仏の仕組みを解明するのもよいだろう。しかし、今現代からさして寿命も残っていないだろうわたしは、悠長にそんな上書を待っている暇はない。だから今使うことのできる初期仏教を選ぶ。本書で解説される論書には、実はあまり興味がない。つまり、釈も論も除き、初期仏教で考え、律に生きる出家的な人生をわたしは選ぶ。
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2021年09月23日

日蓮花押の右側と全体が意味するのは

先に日蓮の花押の鍵手・蕨手の意味は ン ではない、月であるで日蓮門下の判形相伝をいくつか挙げた。

・鍵手・蕨手と呼ばれてきた は「はらい」手と日朝は呼び、梵字で読みは「ダ」である。月、月支を表す。
・左側下 は梵字 梵ぼろん字(ボロン)であり、如意宝珠、つまり摩尼宝珠である。星、唐(漢土)を表す。
・署名の日蓮は、日(太陽)、日本を表す。

概ね、以上の相伝があり、日蓮花押は日・月・星の三光、日本・中国・印度の三国を表すという。
日蓮が日とはその名前のとおりであるが、 の月、先に種々検討してきたけれど、月とは心を意味するのではないか。
梵ぼろん字 が如意宝珠というのは、日蓮が虚空蔵菩薩から授かった珠であり、連想すれば、虚空蔵、明星を意味するのではないか。また、『観心本尊抄』には「不識一念三千者 仏起大慈悲 五字内裹此珠令」といい、一念三千を珠という。つまり、月(心)に珠(一念三千)を表しているのだと思える。
以上は、先に記したことのおさらいである。

花押が梵字 梵ぼろん字 であることは判形相伝においては当然のように書かれることで、この点を動かす相伝は見当たらない。
ならば、右側の部分は、いったい何を意味するのか。先に、前期 梵バンバン )字型の花押につき、花押は摩尼かと題して、摩尼宝珠を表したのではないか、と書いた。
花押と三国この点は捨てがたいのだが、後期 梵ぼろん字 字型の相伝を覧ると「御判形ノ廻大ニマワシ給事是ハ一閻浮提也」(日傳)という一文が引っ掛かる。安82に例に採れば、右図下に抜き書きした部分である。nnnと見える部分を三つ珠と見なせば、如意宝珠を想像させるのだが、日傳相伝の如く、大きく線を廻らす後期花押の様は珠という形状から外れ、まさに一閻浮提を表すような様だ。中に見える nnn の象形を珠でなければ、何であろう。縷々挙げた相伝から三つを表すの三光はすでに述べた。残る三国は、日本・中国・印度。一閻浮提は、古代の国土観の南閻浮提全体を指すに違いないが、日蓮が言うところの一閻浮提は、特に日漢月だった。

花押 の左 が月(心)月支(印度)と星=珠(一念三千)唐=中国、そして日蓮、日本で、日月星の三光。
右側 は左の配分に倣い、三国を廻らす象形であれば、日蓮花押は三光を一閻浮提に廻らす、つまり広宣流布する相貌ととらえられる。
さらに上掲した本尊抄の文を合わせ、漫荼羅全体の意義を考えれば、まさに三大秘法広宣流布の意義を日蓮花押に籠めたとすら思える。閻浮三土の大地のみならず、 の隙間は海、天の三光と大地・海まで視野に入れた、三大秘法広宣流布の意義を、日蓮花押に籠めたと、判形相伝は暗に語っていると、わたしは思う。
  
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2021年09月21日

佐々木閑『出家的人生のすすめ』を読む

表1s特に印象に残った一節。
「厳然たる事実として、現代日本において最も一般的で、しかも社会制度の根本原理として承認されているのが、「私は、法則性だけに支配された、神なき世界でたまたま生を受けた存在である」という、科学的世界観の視点なのです。ですから、そのような世界観で生きている現代の人々が、文明の力では解決できないような悩み、苫しみに遭遇し、なんとかそれを克服したいと願うとき、頼りになるのが、科学的世界と同次元にある釈迦の仏教の教えなのです。」

「信仰をする」というのは、一般的な言い方だが、そもそも仏教は信仰ではない。そうなると、どう表現するか、出家的な生活をする、となるだろう。出家と出家的は違う。あくまで出家的な生活の勧めが、本書。
独り社会の中で出家的な生活をするのは独覚的な生活をするとなるか。
しかし、著者はサンガを重視する。そこでは法治と承認、支援、そして教育を助ける先輩の存在を示唆する。
支援という一点を除けば、わたしの東京に戻ってからの生き方は、まさに“出家的”であった。自信を取り戻させてくれる一書だった。
感謝

〇少々、抜き書き
・この本の著者は私ですが、私は単に釈迦の教えの連絡係に過ぎません。
・大乗仏教…神秘的な世界を心から信じることのできる人にしか役に立たない宗教…必ず信者はその神秘的な力を信じなくてはいけません。信じるからこそ救われるという確信が生まれる
・「律」に従って完全な法治主義でサンガを運営するという基本構造は釈迦本人が考えた
・受戒…少なくても10人以上の僧侶がオーケーしなければ、人は受戒の審査に受からない
・受戒して比丘、あるいは比丘尼になったあと、最低5年間の教育を受けることが義務…師匠…「和尚」ウパジャーヤ
・神のような絶対者を想定せず、この世のすべての存在を人の目線で理解していこうとするのですから「神聖なもの」など何もない…悟りも、一人ひとりの修行者が目指す個人的体験に過ぎず、「皆が崇めるべき特別神聖なもの」とは見なしません。
・この本で述べてきたように、出家にも仏教サンガのような完全出家から、暮らしの一部を出家的に改造する日常出家まで、様々なグレードがあると分かっていれば、自分の環境に合わせた最適な出家を選択する知恵も生まれます。


〇目次
はじめに 生き方の多様性を求めて
第1章 自己鍛錬で生きる苫しみを消す
 釈迦はこの世をどう見たか
 日本の仏教は「釈迦の教え」ではない
 宗教心がなくても役立つ釈迦の仏教
 宗教観は時とともに変化する
 科学的世界観と釈迦の仏教
 生きることは苫しみそのもの
 なぜ人間だけが宗教を信じるのか
 インターネットという新たな苦悩
第2章 修行の道―働かずに好きなことだけをして生きる
 修行のノウハウを伝えるために
 釈迦は最高の組織設計者
 サンガが2500年間も続いている理由
 仏教だけが出家世界ではない
 日本の仏教にはサンガがない
 釈迦の悟り―利己主義者から慈悲の人ヘ
 サンガの誕生と「律」の制定
 出家を願う女性たち
 施し物だけで生きよ
 布施に値する本物の修行者
 サンガを考案した釈迦の先見性
第3章 「生きがい追求の集団」サンガを組織する
 僧侶の上下関係は完全年功序列制
 仏教に統率者はいない
 驚くべきサンガの再生能力
 サンガのメンバーになるための条件
 そして比丘尼はいなくなった
 教育機関としてのサンガ
 仏教の義務教育制度
 修行に成績評価はない
 教育の目標は「人材の育成」ではない
第4章 誰でも出家的に生きることはできる
 出家的世界は無数にある
 真理の発見を目指す科学者たち
 科学者と仏教修行者の共通点
 科学者にも慈悲の道はある
 真理の追求者たちを応援する一般社会
 真の確信は役に立たない研究から始まる
 社会の中で出家的に生きる
第5章 自分の力で自分の生き方を変える
 自分は今の生活に満足しているか
 努力なしで出家的生き方はできない
 幸福の基準を転換して、違う自分になる
 普段の学習も出家の道
 真に充実した人生を求めて
 出家者をどう支えるか
 布施の意味を理解していない国、日本
 「ひきこもり」や「ニート」こそが社会の財産
 大学という価値観転換装置
第6章 出家的人生を実現するために
 出家のために必要な修練
 適切な教育環境が不可欠
 出家者の背負う社会的責任
 ありもしない事柄を「あります」と嘘をつくことは重罪
 会社にもある出家世界
 情報を開示する
 常に謙虚であれ
 自浄作用のない出家組織は滅びる
 多様性がイノベーションを起こす原動力
 出家の自覚が大切
 多様化し、活性化する社会を目指して
おわりに 自分が決めた道を真っ直ぐに歩いていく
あとがき

出家的人生のすすめ
2015年8月17日
集英社新書
著者 佐々木閑
発行者 加藤潤
発行所 ㍿集英社
©Sasaki Shizuka 2015
ISBN 978-408-7207972 C0215
  
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