2016年08月27日

原文対訳『観心本尊抄』を勉強会資料として刊行したが…

本尊抄 原文対訳先に『観心本尊抄』の原文対訳異体字略本をアップした。これに、『日蓮聖人真蹟集成』2巻所載の『本尊抄』の原文を上下対照してレイアウトした原文対訳『観心本尊抄』を勉強会用の資料として刊行(非売品)

先の勉強会で披露した。
しかし、ご参加の諸兄から紹介されたのが北川前肇編『原文対訳 立正安国論』だった。さっそく、取り寄せて拝読し、永年、読み切れなかった日蓮聖人の異体字475字に就き、謎が氷解する感激を熾した。

こうなると、わずか40字足らずを異体字として表記した当本はまったく見劣りするものと痛感した。
なにもこうした自虐的なことを書くこともないが、ブログとは、公開の日記であるから、後の備忘と録しておこうと思った次第。

8月18日北川師の玉稿を拝読して以来、何度も読み直し、挙げられる異体字につき、自分なりに学習を進めている。

いま、この日記の本題である拙書の、原文対訳『観心本尊抄』は、学習の糧として作り直そうと思っている。発刊早々の廃刊となるが致し方のないことである。  
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2016年08月19日

北川前肇編『原文対訳 立正安国論』を読む

原文対訳 立正安国論「すごい」と、溜息が出た。
北側前肇師編『原文対訳 立正安国論』は、まさに、わたしがやりたい日蓮聖人真蹟御書編集のお手本のような一書である。

冒頭に載る異体字一覧の文字数は475字。この数は『立正安国論』に限るものである。しかし、他真蹟と対校する絶好の資料となる。日蓮聖人御筆は楷書であっても微妙に崩されていることが多く、元の形が分からないことが多々ある。読みながら、次々と疑問が氷解する醍醐を味わった。一方、先に読んだ『観心本尊抄』は、また違う異体字の使用になっているところも多いことに気付く。

ただ、一点、気になるのは対訳文中の「聖人使用文字」と現行の常用漢字・当用漢字のQ数に極端なばらつきがあること。これは、なぜなのだろうか。

それはともかく、これだけの基礎があれば、他の漢文楷書体真蹟御書の、同様の編集出版は可能である。本書の発刊は1999年、すでに20年近い歳月が経過しているが、その後の出版は、どうなっているのだろうか。
気に掛かるところである。


〔奥付〕
原文対訳 立正安国論
平成11年3月10日 初版発行©
編者 北川前肇
発行者 岩野文世
発行所 株式会社 大東出版社  続きを読む
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2016年08月15日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文19


19裏|19表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻166頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔19表〕
釈中自止観五上外無一念三千名
目由勘攵有之 非私義


問曰止観先六先四巻間天台大師
己心中一念三千名目 答曰無此

〔19裏〕
問曰 其攵云 答曰 其證攵如何
答曰 止観七正修止観者
前六依修多羅以開妙解
今依妙解以立正行 妙樂大師
此攵 問前五畧中有行有
解有因有果何故云六

19裏1行、「問うて曰く、其の文に云く、答へて曰く、其の證文如何」。次2行に「答へて曰く…」。錯誤か。「其攵云 答曰」は衍字と思う。
つまり、「問うて曰く、其の証文如何。答へて曰く…」である。
答の妙楽釈(決)は、夙に著明な「行解既勤 三障四魔紛然競起」の前文である。
六重と五略については、次丁へ跨る。

【異体字】
=[亠/口/王]
=[様-木]

  
Posted by saikakudoppo at 07:39Comments(0)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む

2016年08月14日

8月度:独歩の会を開催

昨日 ('16.8.13) 午後1時より、前回に続き、独歩の会を開催。

はじめに菅田正昭先生から「『日本国現報善悪霊異記』から見た大石寺の御肉牙」(仮題)として1講。また、吉田神道と日蓮門下の関係についても論及をいただく。(杉谷香道“日亨聞書”への論及が参加者からあった)

わたしからは『本迹体一抄』4丁から6丁。

○高祖要行は始修本門・天台広略は始修迹門ということ。
 ただし、当抄には“台当違目”の用句も思想もないこと。
○『四信五品抄』における仲恭除歴に係る記述と当抄加歴に基づく関係。
○『本尊抄』の「其本尊為体 本師娑婆上」につき、『本迹体一抄』では“本時娑婆”となっていること。
○大石寺と他門の論争の一つ「本門釈尊為脇士」の読み、前者は「本門の釈尊を脇士と為(な)し」、後者は「本門の釈尊の脇士と為(な)りにつき、『本迹体一抄』では「尺迦多寶二仏境智 顕首題脇士トナリ玉ヘリ」と、大石寺の読みの立場になっていること。
 ただし大石寺は「地涌千界」の脇士とするが、当抄では“首題”の脇士である、重要な相違があること。
(その他、秘伝については、記述を略す)

暑い中、閣員の参加に深く感謝申し上げるものである。  続きを読む
Posted by saikakudoppo at 12:24Comments(1)TrackBack(0)覚書

2016年08月11日

川崎弘志『日蓮聖人御影に関する考察(機法戮鯑匹

妙法華寺説法図副題 − 玉沢妙法華寺蔵「日蓮聖人説法図」の制作年について −

冒頭に「本稿は平成19年11月10日に立正大学で開催された第60回日蓮宗教学研究発表大会での筆者発表内容を加筆し論文」とある。

玉沢妙法華寺蔵・日蓮聖人説法図の制作年代を探る論攷である。

この図の日蓮聖人は、あたかも禅僧のようで、だからこそ、後世の作という固定観念を門下に懐かせてきたと思える。しかし、川崎師は「制作年は1323(元亨3)年かその少し前」と結論する。日蓮聖人の示寂は1282(弘安5)年であるから、40年ほど後となる。

生き生きとした、しかも写実的な面持ちを拝すると、生前、日蓮聖人を写生した如き迫力を覚えるが、そうではないらしい。40代前後の日蓮像となれば、60年もあとに壮年の姿で、剃った髭の青々とした感じまで描き込んだことになるわけである。

わたし自身の確認事項として2点。

1点。

「身延期であるなら本尊は十界互具の曼荼羅のはずで、なぜ一尊四菩薩なのか」(P3)と、疑問が立てられている。殊に興風談所辺りでは、日蓮聖人の本尊は、晩期に至っては漫荼羅に移行し仏像は撤廃された」といった論調があったと記憶する。

川崎師も、この説に同意されているのであろうか。
『宗祖御遷化記録』でもわかるとおり、日蓮聖人は終生、釈迦像を隋身されていたことは動かぬ事実である。
弘安元年『神国王御書』に「小庵には釈尊を本尊とし一切経を安置」と鎌倉住所を振り返る。それが身延に入って、仏像を顧みず自分が書した漫荼羅を本尊に掛け替える不敬に至ったとは、わたしには到底思えない。
仮に漫荼羅を掛けていたとしても、仏像も安置していたと考えるのが仏家の良識ではないか。
仏像か・漫荼羅か、二者択一で考えるのは勝劣門流の頭である。仏像も漫荼羅も、そして御影像も並立して仰ぐのが在り方である。

その意味において上述の立疑には頷けない。

2点。

「文永元年(1264)、小松原法難ののち下総を訪れた日蓮聖人を曽谷に招き、館の中にある妙見堂において三度、日蓮聖人に説法をしてもらい熱心に聴聞し、あわせて妙見堂の開眼供養をいとなんだ。この説法の様子は、静岡の玉沢法華経寺蔵の日蓮聖人説法図として今にのこされている」(P9)

という石川教張師の記述が引用されている。
石川師は立派な方で、人格攻撃と誤解されたくはない。この点は、まずおことわりする。
日蓮門下全般では、妙見、七面、大黒、三十番神を日蓮聖人と関連付ける記述をまま見受けるが、この点には疑義を呈したい。

いま日蓮門下では真蹟主義といった教学が、取り分け大崎教学といって重視される。では、その真蹟中に妙見ほか記述が見られるのか。真蹟主義というのであれば、これら諸尊は日蓮聖人とは無縁である。

もし妙見堂での説法の様子を図画したのであれば、描き込まれるのは一尊四士像ではなく、妙見菩薩像こそ相応しい。釈迦堂ならばいざしらず、妙見堂に一尊四士像が置かれているのは不自然ではないか。

ただし、他の可能性はある。
この絵が日蓮聖人示寂後40年を経て描かれたものであるならば、この一尊四士像は、隋身仏を描き換えたものではないだろうか。

隋身仏は『宗祖御遷化記録』にあるとおり「釈迦立像」である。しかし、日蓮聖人が『観心本尊抄』でいう「寿量仏 来入末法始此仏像可令出現歟…本門寿量品本尊並四大菩薩」とはまさに一尊四師像である。日昭上人が、この絵の作成に指導の弁を奮われたのであれば、当抄の意を汲み、実際の曽谷夫妻を前にした説法で置いた釈迦立像を一尊四士像として描かせたのではないか。

川崎師の精緻な論攷に対して、証拠も挙げず、管見を述べるのは気が引けるが、わたしはそのように思っている。

以上2点、水を差したが、しかし、川崎師の秀逸な論攷は些かも揺るがない。
敬服する者である。  
Posted by saikakudoppo at 07:42Comments(0)TrackBack(0)彰往考来師

2016年08月09日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文18


18裏|18表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻165-166頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔18表〕
此料意止観自夫一心
外无天台道場悟肝心
讀者心无異縁也 若自此文
外玄義文句有一念三千名目
心成有異縁其上疏記釋籤
若非三千猶即不遍縦有
施設詑事附法者豈

〔18裏〕
玄攵非云一念三千名目乎 一千
二千一念三千名目也 非者摂即
不適失乎 倩案事意一如来
十年間四十余年隠妙法蓮花
經名目天台大師三十余年弘説
天台大師三十年所説至五十七 秘
一念三千名目其上唐人師

一念三千名目につき、ここでは『摩訶止観』の名は見えないが、それ以外にないことを言及。かつて止観は座禅の指南書で教学的に玄文のほうが上であるという人間にあったが、戯言であることは、こうした確実な資料から知られる。「終窮究竟極説」ではないか。

【異体字】
=[艹/間]
=[艹/(第-竹)]
=[一/(日+刂]
=[艹/寺]
=[言+(公/儿)]
=[方*ム]
=[土+丶]

 【拾字】
〔記〕18表5行下から3字〔記〕

  
Posted by saikakudoppo at 11:34Comments(0)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む

2016年08月08日

教学メモ44-2:本尊抄「本師の娑婆の上」ではなく「本師は娑婆の上」

に、「本師娑婆」は「本時娑婆」ではないかと書いた。しかし、もしここが「本師娑婆」であれば、一般通用の訓読「本師の娑婆の上に宝塔空に居し」ではなく、「本師は、娑婆の上の宝塔空に居し」と読むべきだと考える。

本師・釈迦牟尼仏は、虚空会において空中の宝塔の中に多宝仏と並座する。
すなわち、娑婆の上に浮かぶ、宝塔は空に居し、その中にいます。
ならば、「本師娑婆上」は「本師は、娑婆の上である。

果たして、「本時の娑婆の上」か「本師は娑婆の上」か、いずれであるかは、結論は急がないが、いずれにせよ、旧来に異論を立てる者である。  
Posted by saikakudoppo at 22:51Comments(0)TrackBack(0)教学メモ

2016年08月07日

教学メモ44:本尊抄「本師の娑婆」は「本時の娑婆」か

『観心本尊抄』に「其本尊為体 本師娑婆上宝塔居空」という重要な一節がある。
この“為体”を「ていたらく」と読むことに対する疑念は既に書いた。(

今回、問題にするのは、続きの“本師娑婆”。
「本師の娑婆の上に、宝塔は空に居す」

ここに“本師”とあるが、畏れながら、書き間違いではないのか、というのが本旨である。

「本師娑婆…」の件は『本尊抄』真筆第10紙18行に記されるが、そのわずか7行前には「今本時娑婆世界離三災出四劫常住浄土」という、これまた重要な一節があり、ここでは“本時娑婆”となっている。
SATで“本師娑婆”を検索するとヒットするのは、唯一『本尊抄』のみである。

日蓮聖人の教義は、天台妙樂釈をトレースしているが、しかし、そこには“本師娑婆”の用例は見出せない。“本時娑婆”は『釋籤』に、ただ1カ所「住本者 是不離於本而常顯本 引文意不離本時娑婆 於迹娑婆以顯本娑婆 常住下結文意可知」とある。
住本の説明であるが、ここで本時の娑婆は迹の娑婆を本の娑婆をもって顕すという。すなわち「今本時娑婆世界離三災出四劫常住浄土」は、この妙樂釈をトレースしているのである。

『本尊抄』の文脈からしても、そのわずか7行目に「本時娑婆」が「本師娑婆」になる理由はない。「本尊為体」の説明は、その前文の「本時娑婆」の定義をもってして展開されているはずだ。しかし、ここでは「本師娑婆」とある。「本時娑婆」の書き間違いではないのか。

そんな思案に暮れていたが『本迹体一抄』には、該当部分を引いて、以下のように記されている。

「本時娑婆上 宝塔居空云々…娑婆は本時の霊鷲山「宝塔居空」は今時寂光の空中也。機前には本時・今時分かれども実義は旧空・今空・下空・上空体一也」(5表)

まさに『観心本尊抄』引文は“本時”に改められている。
空云々は、(久遠)旧の虚空・(法華虚空会)今の虚空・(地涌菩薩住所)下の虚空・(娑婆の)上の虚空の意であって、漫荼羅図示は本師の娑婆・霊鷲山ではなく、末法今の時を本時とする常住の浄土を論ずるのではないか。では、霊鷲山を号令とする浄土とは何か。本門の本尊と思いがちであるが、そうではない。

以上、該当の5表は、次回勉強会の題材である。
この点を中心に学びたいと思っている。

- 44-2 につづく -
  
Posted by saikakudoppo at 08:08Comments(0)TrackBack(0)教学メモ

2016年08月06日

教学メモ43:『観心本尊抄』原本対応(現代仮名遣)テキストデータをアップ

もっぱら検索用に供するために『観心本尊抄』原本対応テキストデータ版をアップ。
観心本尊抄』の、何紙・裏表のどこに探している文書があるか、そうした用途のためである。
ただし、原文通りの漢文。訓読で教学を学んでいる人には無用の長物ではあろう。

広汎なデータベースは、漢文である。訓読で学んでいる内は、こうした門戸は永遠に叩けない。日蓮聖人の教学を真面目に学ぼうと思ったら、まずただいまから、漢文で読むことを薦める。

訓読で『御書』や経釈を読んでいても、いつになっても漢原文は読めるようにならない。しかし、一度、漢文で学び出せば、半年も経たずに読めるようになる。

日蓮聖人の教学は漢文で学ぶことである。

『観心本尊抄』原本対応(現代仮名遣)テキストデータ  
Posted by saikakudoppo at 17:23Comments(0)TrackBack(0)教学メモ

2016年08月05日

翻刻完全版『本迹体一抄』(異体字活用・付レ点)を脱稿

本迹体一抄部分2013年5月12日に本圀寺より依頼された『本迹体一抄』の翻刻版は、テキストデータとして作成したものである。よって、実際に使用されている異体字は無視し、また、レ点送り仮名も付したものではない。(参

当初の約束では、『法華學報』誌上に報告文を掲載し、わたしが翻刻をしたことを公にするとの話であった。そこで原稿を提出したが、何ら説明もないまま、掲載されることはなかった。
そのために、その後は、翻刻改訂版の提出を控えた。まして、弃師の縁故で、依頼主との縁も切れたのである。

その後、迷山の煩瑣は、とても修行修学に供するところはなく、まして日蓮聖人とは無縁の宗旨であることも判明したので宜しく退去した。ここにようやく勉学を自由に出来る時間と、日蓮聖人に基づく精神が取り返せ、ここ数か月は、先の『観心本尊抄』異体字復刻版のごとく、成果を上げるに至る。
そして、悲願としてきた日印上人『本迹体一抄』も、凡そ100字のJIS漢字外異体字を3千字ほど、レ点送り仮名もおよそ3千字を詳細に打って、ここに完全版を脱稿することが出来た。
略字その他はそのままとした。たとえば、等は“ホ”、如は“女”、釈は“尺”、涅槃は“炎”、究竟は“丸丸”、娑婆は“めめ”とそのままとした。本書特有の文字は、楷書を想定し出来る限り筆字に近い象に苦心した。
本原書の徹底した内容証明のために原形の保護に徹して活字化したものである。
勝劣・一致と言った偏狭な教学立場から、濫造されかねない訓読本の検証の資料とする目的を睨んでいる。

以上、翻刻の著作権は、当然、わたし犀角独歩の有するところである。
まずは脱稿の報告を記した。  
Posted by saikakudoppo at 19:25Comments(0)TrackBack(0)