2016年06月23日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文11


11裏|11表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻161頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔11表〕
11末から続く

而爲惑者
文句九
文云 諸子幼稚也 垢重者見思未
除也
文句九
問非生現生 備施頓漸二化 七方
便[艹/寺]可是樂小法者円頓赴機
是應樂大法者云何通判爲樂

〔11裏〕
小法耶 答 凡爲四義 四約果
門 樂聞近成之小 出釋氏宮始得
[艹/サ丶]菩提不欲樂聞長遠大久之道故
言樂小 此等小心非始今日 若先
樂大佛 即不説始成 始成者皆爲
樂小法者耳
記九云

字については、下【拾字】にまとめたが、当丁に頻出する日蓮ならではの“楽”を忘れており、さらに、類似する“果” と区別に迷い、“聞” と “円” もわかりきっているのに読み違えた。こうなると、文意を掴むどころではなくなる。

本文だが10裏「未だ久本を知らざるを以て」に続き「惑となすとは」で、要文が切れる。続く「斯理必然 及至開 顯咸知本無長短遠近斯存 故名不思議一 故先現之密表非本非迹之本迹」の明釈に触れないのは、なんとも拍子抜けの感がある。

続く、2行『文句』9、4行『文句』9は、続いている文章なのに、なぜ分かれているのだろう。

11裏1行 ○ で2箇所、略されているが、「凡そ四義となす」として、1の往日 2の現在 3の修行に約するを略して、4の果門のみを挙げる。

 【拾字】
〔思〕11表3行下から2字〔思〕

〔備〕11表6行6字〔備〕

〔楽〕11表後ろから2行5字ほか〔楽〕
後愚昧記貞治五年十月記に類似していると思う。
〔約〕11裏1行下から2字〔約〕

〔耳〕11裏後ろから2行下から2字〔耳〕

  
Posted by saikakudoppo at 13:44Comments(1)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む

2016年06月22日

『神津島のお年よりの作文集』18を読む

神津島のお年よりの作文集18過日、お会いした菅田正昭先生から頂戴した『神津島のお年よりの作文集』第18集を読んだ。
A5版袋綴100頁、背を製本テープで留め、天地を裁ってある。「神津島村社会福祉協議会」が平成24年3月に発行したものだ。
子どもの頃、友人と作った学級文庫のような体裁で、しかし、ガリ版刷りではなく、写真もちゃんとアミがかかっている。

80歳前後の方々が、昔を語る内容は、昭和20年の敗戦であったり、初めて電話が架かった様子であったり、胸が熱くなる。自分自身が初老に至り、「そういえば…」と思い出すのは、小学校に上がらない頃、隣近所の老人にお菓子をもらいながら、聞いた話。
当時の子どもの情報源は、老人と親の昔話。ついで学校の先生の話。あとはもっぱら読書で、娯楽がテレビであった。この作文集を読みながら、そんな甘美な昔の老人方の手のぬくもりや、語り口が思い出された。
神津島では、なんと良いものを作っているのだろう。

題名の文字通り、神津島のお年よりの文章で、編集はされているだろうけれど、島の言葉はそのまま表記されている。それが何とも味わいがある。

アリンドウ(蟻) あが(自分が) おおだり(縁側) 突き屋(精米する場所) ボカチン〔魚雷) よもし(夜飯)
あんだ 割りまい しかい

あがいて(活動していて) あにか(裏で) おらげーんがー(私の家は) 騒ぎに(怒りに) おぼけた(驚いた) しだるい(空腹な)
だしかい しょぼいて それがと言うも ごったくて

括弧で意味が書いてあるものと・ないもの、あるものは今の神津島でも若い人には馴染みがなく、ないものは今も通用する言葉なのだろうか。

「馬力」とあったが「馬に貨車を牽かせる」もののことで、最近は死語に近い「型枠大工」の用例もあった。
「アオガイ」とあった。「大量の魚が卵を産むために浅瀬に寄って来て、産卵と放精をした時に海が白く染まる状態のこと」と説明し、「猟師歴の長い船頭しか知らず、若い者や中年の猟師でさえ、アオガイという名を知りませんでした」(P84)という。

実に味わいと温情のこもる一冊を読ませていただいた。  
Posted by saikakudoppo at 16:01Comments(0)TrackBack(0)

2016年06月21日

小林正博『日蓮の天皇歴代観』を読む

日蓮の天皇歴代観『地球文明と宗教』東洋哲学研究所創立50周年記念論文集所載の、小林正博『日蓮の天皇歴代観』を読んだ。

読書の目的は、題名にある天皇歴代観というより、遷化後の弟子以降にある。

小林師の論考によれば、日蓮は仲恭天皇を加歴して考えていたが、日本史的には「除歴に一本化する時期は…1333年」(P95)と結論付ける。
そこから考えると、『波木井殿御書』の「人王八十五代後堀河院御宇」という記述は、日蓮の歴代観と一致しないことになる。

しかし、仲恭除歴文書のはじめは『簾中抄』で1270年頃の書としている。「遅くとも後伏見の御宇(1298-1301)となるが、後宇多の時代なら文永・弘安期の仲恭除暦文書ということになり、日蓮の晩年に重なる」(P88)としている。

また、日興『法門要文』に論及し、

「八十五代
 嘉禄―後堀川院十一年」(P89)

に着目する。

「日興の王代観は後堀川を八十五代と認識…『法門要文』は重須の北山本門寺蔵である。日興が北山に移ったのが1298年だから、日興の仲恭除歴の認識はそれ以後と考えてよい」(P90)

また、日目は除歴観に立っていたことも紹介する。

以上、全文を通じ、想像を逞しくすると、日蓮は、当初、仲恭加歴観に立っていたが、晩年、除歴観に以降、それを受けて、日興も加歴と除歴に揺れながらも、除歴に落着し、日目も同様で、ひいては門下全般が除歴観を共有することになったと考えることはできないか。

小林師の結論部分“1333年”のみを切り文すると、「八十五代後堀河院」とする『御書』は偽書となるが、しかし、『波木井殿御書』は弘安5年、つまり“日蓮晩年”に当たるので、そうとは言い切れないことになる。

なかなか読書も、『御書』の真偽判断も、難しいと改めて思った。

当論文をご紹介くださった先輩には、この場を借りてお礼申し上げ、また小林師の論考に敬意を表す者である。  
Posted by saikakudoppo at 15:36Comments(1)TrackBack(0)

菅田正昭先生にお会いする

昨日は、東京大田区・池上に菅田正昭先生を訪ね、お会いした。
先生には'14年3月島田塾でお会いし、それ以前に玉稿『第三の目』を拝受・拝読するなど、数々のご教授を賜ってきた。(

今回、先生のお住まいであり、かつわたしが生まれ育った大田区から隣接の品川区にまで及ぶ“旧荏原郡”について、詳細のご教授をいただくと共に、その他、“シマ”“神”に関わるお話を拝聴した。

また、以下、書籍を頂戴した。

・『神津島のお年より作文集』第18集
・『大乗仏教概論』シチェルバトスコイ(理想社)
・『講座仏教思想』第6巻(理想社)  
Posted by saikakudoppo at 12:48Comments(1)TrackBack(0)覚書

2016年06月20日

東京:独歩の会を開催

昨日、東京において独歩の会を、実に7年ぶりに開催。

午前中は『相伝について』
主に真偽見極めに話の焦点があり、たいへんに勉強になった。

午後は、日興門下、現役・脱会を問わず、ご参集いただき、特に

・日蓮の御書文集に関わる問題点
・公明党と創価学会の関係に対する会員レベルの感想
・島田裕巳書籍をめぐる今般の状況

のテーマで活発な意見が交換された。また、わたしからは、ここ5年間の経過について説明し、各位の理解をいただいた。

ご参加の皆様には、この場をお借りして深く感謝申し上げるものである。  
Posted by saikakudoppo at 10:07Comments(6)TrackBack(0)

2016年06月17日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文10


10裏|10表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻160頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔10表〕
盡受法性身於法身地自應得
聞長遠説是故應生[艹/サ]菩薩多無執
近之謂 二者今生始得無生忍及未
得者咸有此謂也
文句九釈涌出品題云

〔10裏〕
惑者而暗
文句九解者即短而長 謂五十小劫 惑者即長而短 謂如半日
記九
[艹/サ]已破無明稱之爲解大[血/人人]仍居賢位名之爲惑 以未知久本

10表冒頭は『文句九』の文で、中ほど「二者」とあるから、その前は“一”という類推は容易に立つ。
原文を確認すると、過去の益物を二となし、1に「如来秘密」の下、2に「從然善男子」から始まる段である。
著明な「祕密者一身即三身名爲祕 三身即一身名爲密」(秘密とは、一身即三身を名て秘となし、三身即一身を名て密となす」を含有する箇所である。
そのあと、菩薩に三種を挙げ、下方・他方・旧住といい、下方を今日の所化といい、次に他方・旧住の二種を挙げ、その一種「法身応生」の途中から書き出されている。
何故だろう。

表末1行、『文句九』というが、DBでは見当たらない。「釋從地踊出品」か。『對照録』では「34-124 c」(下170)とあるが、手許にない。追って確認したい。

10裏1行「惑者執而暗本」は『對照録』では「惑者執迹而暗其本」(下171)と訂されている。
文脈からすれば、『文句九』となるが、この文は「記二』であるが『對照録』に、その指摘はない。


 【拾字】
〔聞〕10表2行1字〔聞〕
DBで探すと「【文書名】貞治五年八月二十三日条【史料群名】後愚昧記貞治五年八月記」に似た書き様が見出せるが、一見すると“因”などと読み違える。
〔題〕10表末行下から2字〔題〕
この字もDBで探すと、年紀は違うが『後愚昧記』に似た書き様が見出される。偶然の一致か、必然か、興味が惹かれる。
なお、これら“聞”“題”の書き様は日朗直弟・日印の筆でも同様である点を指摘しておきたい。
〔稱〕10裏後ろから2行6字〔稱〕

  
Posted by saikakudoppo at 12:43Comments(0)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む

2016年06月16日

教学メモ35:煩悩の略記について

〔菩提〕『双紙要文』2裏4行末字“煩悩”の略記に触れ、「仏教の一般では[冖/儿/冖/儿] 冖冠の下に儿を2回繰り返す略が一般であるけれど、ここはどうも艹冠の下に冖冠・儿と書いているように見えるが、どうか」と書いた。

ワ冠とひとあしを2度繰り返して描いた略記が、しかし、ここでは草冠とワ冠・ひとあしとなっているように見えるが、どうだろうかという自問である。この自問は、そのままとして、通仏教における“煩悩”の略記につく上記、説明文は、やや不適切であったというのが、このメモの主旨である。

冖冠の下にひとあしと描くというより、㓁 (あみがしら)の下に 㓁 を描くとすべきなのかもしれない。もっとも、日蓮の字は[㓁/冖/儿] 㓁 の下に 冖・儿 と描いているように見える。

ささいなことではあるが、いちおう、備忘に録しておきたい。


  
Posted by saikakudoppo at 19:58Comments(0)TrackBack(0)

2016年06月13日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文9 已今当説最為難信難解


9裏|9表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻159-160頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔9表〕
○先8丁裏から続く

是隨他意
玄十
625-9 已今当説最為難信難解又已今當説[宀/取]爲難信難解 前
經是已説隨他意 彼不明此意故
易信易解 無量義是今説是隨他意亦易信易解 [火/火]涅槃是當説
先已聞故彑易信易解

〔9裏〕
云 一切世間多怨難信 々々之珠四十餘年方乃(信解)
文句九
一切世間天人修[小*丶] 此本説中不復
言及二乘但對[艹/サ]菩薩々々 々々攝在天
人修[小*丶]三善道内
記九
雖有二乘之名從初以説 若被開

9表3行、夙に有名な「已今当説最為難信難解」
日蓮の筆で読むと味わいがある。
この要文は、つまり、難信難解は随自意・易信易解は随他意に配されている釈文である。

十界の天人・修羅・二乗・菩薩が見られる。こうした用句を覚えていると、判読は楽になる。

 【拾字】
〔今〕9表5行9字〔今〕
平仮名の“こ”もしくは“と”の様な象の今
〔羅〕9裏3行8字〔羅〕
小に丶を打った様な象の羅の略字
〔摂〕同4行下から3字〔摂〕

  
Posted by saikakudoppo at 08:50Comments(0)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む

2016年06月11日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文8 増道損生、随他意・随自意


8裏|8表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻159頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔8表〕
○先7丁裏から続く

皆是佛法 又信如来化功長遠
是人能知本妙理是佛本
若但信事中遠壽 何能令此
[艹/万]菩薩増道損生至於極位
故信解本地難思境智

〔8裏〕
文句
 ┌兩教二乗三教[艹/万]
昔七方便隨他意語非告誠實
今隨自意語示之以要故言誠


記九
昔七方便至誠諦者言七方便權
者且寄昔權若対果門權實倶

当丁の釈文の抜き出しの意図は、ここだけ読んでも判然としない。
いまは読み続けるばかり。
しかしながら、日蓮宗では馴染みの深い「増道損生」、日蓮正宗や創価学会が好む「随他意」「随自意」の用句が見え、興味深い。



  
Posted by saikakudoppo at 08:40Comments(1)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む

2016年06月10日

日蓮墨筆を読む(625)双紙要文7


7裏|7表
『日蓮聖人真蹟集成』6巻158頁から転載


冊子1冊43丁
28.0cm×22.0cm
文永6年
千葉県法華経寺蔵(重要文化財)

〔7表〕
○先6丁裏から続く

如長者生育一子相師
占之有短壽相。不任紹繼。父母知
已 忽之如草 法門尓 行種々因
獲種々果 現種種通化種種[血/人人]
説種種法度種々人 惣在如來
命海中 海中之要

〔6裏〕
記九
若無法身常住之壽 因果無歸 故
諸經諸行不同 皆入今經常住
之命 此常住命一躰三身遍收一切

記九
聞於長遠開通无[日/一/寸] 信一切法


5丁表2行に『広釈』の、菩薩戒=即身成仏戒=常作王身戒の“常住”が引かれ、ここでは、法身、今経の“常住”の湛然釈が引かれる。

  
Posted by saikakudoppo at 08:33Comments(0)TrackBack(0)日蓮墨筆を読む