2017年01月16日

菅田正昭先生から道場親信「下丸子文化集団」と“玉体”について

下丸子


菅田正昭先生との、先のお茶談義の際に話題になった下丸子文化集団につき、新聞の切り抜き2点を送ってくださった。
共に昨年('16)急逝された道場親信師の記事。著者の冥福を祈るばかりだ。

1点は『東京新聞』'16年12月24日付『力振り絞り著した「社会運動」』、近く遺稿が発刊される紹介の記事だった。
もう1点は『毎日新聞』'17年1月5日付、論の周辺『草の根の歴史を掘り起こす』(大井浩一)

この記事を通じて、菅田先生は、故丸山照雄師の名が下丸子文化集団の紹介に顔を出さないことを嘆かれた。
わたしもかつて出版社に勤務していたとき扱った、丸山師の独特の肉筆が思い出された。
日蓮宗身延山に建った五重塔の経理報告が出されないことを糾弾するものだった。
そのことに限らず、権力者に挑む方であった。没後もさらに敬遠されているのではないか、殊に関係の深い下丸子文化集団が語られる上でも、というのが菅田先生の嘆きである。

社会運動、文化サークル、草の根には、コマーシャリズムに乗らない(いや、相手にされない)からこそ、政財界に何ら遠慮のない庶民の本音と実生活が描写されると、わたしは思う。
その研究者であった道場師の夭逝はあまりにも惜しい。
多くの方の目が向くことを願う。

§


もう一つ。先のお茶談義の話題。日蓮の“天皇霊”観についても講説をくださった。

「日本国の王となる人は天照太神の御魂の入かわらせ給王也」(『高橋入道殿御返事』)
「天照太神は玉体に入かわり給はざりけるか」(『神国王御書』)

“御魂”“玉体”は同義なのだろう。魂(たま)であり、玉(たま)である。
わたしは、この玉体をあまり深く考えてこなかったのだけれど、改めて読んでみると、「あ!」とばかり気付くことがあった。
「日本国の“王”」の“玉”体とは、つまり、“王体”に関わるのではないか。
将棋の駒も王将は玉将と書き、日蓮は天王を天玉と書いた。
まったくの資料手放しではあるけれど、王に打つ“丶”こそ“たま”なのではないか。
王位は武力、財力でもつける。この段階では王体だ。しかし、天皇となることは、天照大神の魂(たま)、玉体が入られるということだ。この点は天皇族の秘儀であり、譲位が憲法によらなければどうだという話とは次元を異にする。

わたしは所謂、右翼ではないし、神道信仰者でもない。
けれど、こうした点には大いに興味がある。
先には小川寛大師の『AERA』掲載の神道に関する玉稿を紹介したが、菅田先生といい、朋友・菊水護国師といい、最近は神道に関わる引力を感じる。日本が、改めて神道を看過できない時代に入った実感を覚えるのだ。  
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2017年01月15日

小川寛大『神主は食べていけない』(AERA '17.1.16)を読む

AERA170116_3sお世話になっている小川寛大師から『AERA』'17.1.16号を頂戴した。
写真は玉稿の『神主は食べていけない』(P17〜20)
食べていけない貧窮神主を“食わん主”と洒落、改憲に奔走する宗教法人神社本庁下の一部特権階級を金満神主と分別。寺院もそうであるが神社も貧富の格差は著しいようだ。

日本会議と連携する神社本庁が改憲の署名用紙を社務所に平積み。
宗教ではないが謳い文句の宗教法人では政教分離は意識しないでよいらしい。

神社、神さまについては、菅田正昭先生や、菊水護国師にレクチャーを受けることが多いが、小川寛大師も加わるとは何とも心強い。

今回、ご送付をくださったのには、もう一つお気遣いがあった。
『さよなら「連立」悩める巨大宗教』と題し創価学会を取り上げているからだ。
連立解消は都議会の話で、国政は連立が解消するとは思えない。「勇み足」とも思えたが、もう一点。
「創価学会という名称も「日蓮世界宗」に変更される可能性がある」という。
俄には信じがたいが、たしかな情報なのだろうか。
記事では名称を変更後の池田氏の呼称に話題が傾いているが、それよりも何よりも、創価学会仏は、どこかに言ってしまうではないか。まさか日蓮世界仏か・世界日蓮仏と抱き合わせるわけでもないだろうと、余計なことを考えてしまう。

やや横道であるが、この「日蓮世界宗」は、平成のはじめ、創価学会が日蓮正宗と分断する時に池田大作氏の口から出た。当時、わたしは大石寺の内事部『大日蓮』編集室と共に、宗務院教学部からも仕事を請け負っていた。後者ではもっぱら創価学会の内部アンチが送り付けてくる創価学会会合の池田スピーチの盗み録りテープを文に起こす仕事であった。

正確な発言は忘れたが、池田氏が「私どもは永遠に、……宗で行きましょう!」と絶唱する声が万雷の拍手でかき消され、あたかもラジオ・ドラマのワン・シーンを聞くようだった。
この時に池田氏が言った名称が、日蓮世界宗ではなかったか。

『AERA』の記事では、単に「日蓮世界宗」となっているが、SOKAnetでは「日蓮世界宗創価学会」と記されている。

30年前まで「日蓮正宗創価学会」で、その後、創価学会のみとなった。
なぜ、いまさら宗名をぶり返さなければならないのか。先の創価学会仏といい、どうも最近の創価学会の動向は、よく飲み込めない。

わたし個人としては、創価学会は宗教一色になってくれることを望ましいと思うが、しかし、公明党を擁するのであれば、連立してまで与党とならず、野党第一党として与野党の両方を牽制することで存在感を示してほしい。そうすれば、創価学会の主義に反する軍事、原発に与する必要もなく、宗教とはほど遠いカジノに右往左往することもない…、なんて記すと、「何を表面的なことを」という檄が飛んできそうなので、この辺としよう。

小川寛大師の、ますますのご活躍を祈り、お礼に代えたい。  
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2017年01月14日

創価学会仏への小考「謂己均佛」

先に吃驚仰天と書いた創価学会仏であるが、この構造がまた、まったく理解できない。

日蓮門下は、本仏の許、本化地涌菩薩の自覚という。
門下一般では本仏は、久遠釈尊、大石寺では日蓮であるが、しかし、その僧俗は通じて地涌菩薩の自覚である。しかし、創価学会は、自分たちを仏なんだというわけである。

多少、日蓮の教学に親しんできた者であれば、直ちに『開目抄』に引く『摩訶止観』の一節を思い出すことだろう。

「若無智起増上慢謂己均佛」(若し無智にして増上慢を起し、己は佛に均(ひと)しと謂ふ)

日蓮聖人は、上行菩薩としての確固たる自信を持っていただろう。それでも、人に語る時は「もしかしたら、そうかもしれない」といった謙遜で終始した。菩薩でもないかも知れないといったのだ。

一方、創価学会は、菩薩どころか、自分たちは仏だという。
仏の許に集う和合僧団の元意は四衆僧伽藍だから、在家集団が和合僧、僧宝だという言うまでは、百歩譲ってまだわかる。大乗戒出家僧の菩薩の自覚のシフトだ。

しかし、創価学会・員が、菩薩はおろか、自分たちは仏であると言うのは、あまりの無智、まさに増上慢というほかないのではないか。

もちろん、日蓮聖人を本仏とすることにも異論がある。それは措て置く。
本仏以外の仏とは、では何仏か。迹仏であるというのが仏法通念である。
しかし、大石寺日寛は『本尊抄文段』に「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」という。
ここでいう“この本尊”とは所謂「本門戒壇の大御本尊」という彫刻板を指す。この彫刻との決別を、ついぞ最近したばかりの創価学会だから、この本尊を「宇宙に遍満する妙法」だとするのか。
そうなると、池田大作氏を代表に創価学会は本仏であるという“池田本仏論”の補填となる。
つまり創価学会仏=本仏とは説明できないはずだ。
ならば、創価学会仏とは、いかなる仏だというのか。

理解に苦しむ。ここは創価学会の説明を待つこととしようか。
  
Posted by saikakudoppo at 09:31Comments(0)TrackBack(0)創価学会

2017年01月10日

菅田正昭先生から未発表の玉稿3作を頂戴

未発表とは、今後もそのままとは限らず、発表に転じる可能性を孕んでいる。換言すれば、印税という営利を生じる可能性を孕んでいるということだ。だから、いまは“未発表玉稿”とし、題名や、具体的な内容は記さない。それにしても未発表に終わらせるのは余りに惜しい。

主に、触れている人物は3人・団体は2つ。

1人は平成25年当時の島田裕巳先生である。
「おっ」とばかり注視したのは、「事件」といってよいかどうか悩むが、ヤマギシ会の実顕地の住人の『死亡届』未提出の埋葬の記述。
島田先生といえば、わたしなどは“ヤマギシ会”を思い出すのだが、以上の出来事と、近年、発刊されてきた葬式、墓地の不要論は1本の糸でつながるかどうか。
この点、菅田先生は言及されていないが興味を懐いた。

もう1人は牧口常三郎であり、創価学会である。この人と団体に触れる大木道惠氏を含めて3人である。
大木氏は、ここのところ、新たな執筆を見ないが、しかし、その創価学会と牧口常三郎を分かつ解析に、菅田先生は注目している。

未発表であるから、これ以上は触れられないが、埋もれさせるには惜しい玉稿だ。
何とかしたい。  
Posted by saikakudoppo at 07:34Comments(0)TrackBack(0)菅田正昭師

2017年01月09日

菅田正昭先生とのお茶談義(4)

本年、初のお茶談義。備忘録。

故丸山照雄師のことから、下丸子文化集団に話題が及ぶ。(
わたしの出生地から自動車ならば10分ほどの下丸子。
ここでの光芒は1950年代のことで、'55年生まれのわたしには、地元の出来事であるという実感がない。

さらに話は思想の科学から、鶴見俊輔の語る創価学会二代会長・戸田城聖について。
近江神宮のカルタの始まり。かつていた滋賀県大津市に昭和15年に創祀。2、3度訪れたことがあるが、たぶん、2度と行くこともあるまい。いまとなっては、一つの思い出の場所となった。

昨日は小脇義秀師と電話で話したが、話題は「神道は宗教か?」
同じ質問を菅田先生に向ける。
詳細は、本にもまとまる濃い内容であったので、いまは割愛。
「日蓮には天皇霊の考えがあった」というご指摘をいただく。
また生前譲位についてもお聞きした。併せて、天皇と伊勢、出雲、八幡宮、靖國について、“立ち”位置関係に就きレクチャーをいただいた。

いつもながら、たいへんに参考になった。  
Posted by saikakudoppo at 18:15Comments(0)TrackBack(0)菅田正昭師

2017年01月07日

備忘録:諸師との対話

年末年始、実に示唆に富む方々と話すことが出来、新たな知見を得た。ここは名前は伏せて、備忘録。

:先に『吃驚仰天「創価学会仏」とは』と題して管見を記したが、まさに文字どおり、これを管見であると弾劾する書が出る。その玉稿を通読したが、創価学会の密かに流れ継がれた“創価学会仏”を、まことに精緻に語りつくしている。先に「吃驚仰天」と書いたが、さらに吃驚仰天。
今後、創価学会が“創価学会仏”路線を採るのであれば、この書は最上の“文証”となる。近く出版されるだろうが、以後、「創価学会仏なんて聞いたことがない」とは二度と言えない。

:昨日『「臨終正念起請文事」を読む』を書いたが、この題材については、もう数年前から、胸佞ら情報の提供を受けてきた。今回もブログに投稿すると、LINE にさらに詳しい情報を寄せてくださった。偽書であるという表面的なことではなく、何故偽書が造られたかという視点を、胸佞倭派舛垢襦

:上述、『臨終正念起請文事』と『天部信仰読本』をくださった。
元は日蓮信仰であったが、いまは天台宗と真言宗を兼学され、そこに共通する密教→加持祈祷→天部といった興味を懐かれている。
わたしは密教を日蓮分析の一つの材としかとらえていないが、兄佞砲録仰面から視点がある。対話で見落としがちな行者と信者の心象を確認させられた。

:年末、兄佞数年ぶりに引き合わせてくださった。元は大石寺と深い関係にあった方である。
大石寺の末寺に通っていた頃にお世話になった在勤僧侶と同世代、また『大日蓮』の仕事をしていた時の、担当者のこともよく、御存知だった。
大石寺信仰も、もはや遠い昔の思い出となったと実感。

胸奸Ν兄佞箸錣燭靴剖δ未垢襪海函F韻現ゞ戯承修冒遇したこと。2師は直前で被害を免れたが、わたしは5年以上の時間を無駄にした。

:この方も兄佞紹介くださった。所謂「本門戒壇の大御本尊」彫刻に関する広汎な情報をお話くださった。“額面通り”の大石寺信仰をしている人が聞けば、腰を抜かすような内情の数々である。彫刻の“復造”について確証を得た。
再度の面会をお願いすると快諾くださる。

:もう15年来の付き合いであるが、備忘録。
とある高僧と面会すると、わたしを知っていたこと、鑑別について評価していることなどを話してくださる。
偶然なことであるが、校佞お話くださった“復造”について大石寺の本音の見解が聴けた。
何故か、いまの大石寺信徒は彫刻を法体であると思い込んでいる。しかし、法とはモノではない。形がないからこそ法である。その法をもって、モノで造るのが紙幅・彫刻の本尊である。法体相承とは、そのようなことだ。その点で意見が一致する。「戒壇本尊は復造できるからこそ、法主の権威は格段に上がるではないか」とわたしが言うと、「法華講より、大石寺信仰がわかっている」と冗談交じりにそう言い、笑った。

以上


立ちはだかっていた宗教詐欺を押しのけると、風向きが変わった。
無理やり引き離された方々、話を出来なかった方々と自在に会話が出来る。
何と心地がよいことか。
格段に視界は開け、一重、立ち入った思索が出来る。
自由は素晴らしい。  
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2017年01月06日

羽田守快『天部信仰読本』を読む

天部信仰読本表紙某師から羽田守快『天部信仰読本』を年末に頂戴。A5版494頁。読み応えがあった。

過去20年、たぶんもっとも縁遠い信仰形態である。
また、60年の人生の当初、いわゆる創価学会の生命論を信じた自分にとって、天部といわず、神仏も生命表現の擬態であるという観念できた。
ところが本書では、否、著者・羽田師は生き生きと天部、神仏が喜怒哀楽を示す実の存在として語っている。そこに神通力と加持祈祷の効験も灼かに語りつくされている。
信不信ということではなく、著者の世界を読み耽った。
スピリチュアルといった当今のものでなく、西洋のものでもない。それでもその薫りの源がエキゾチックなのはインドにまで遡れるからだろう。しかし、読み取れる信仰は古き日本そのものである。

天部の解説はまことに丁寧で、イラストから表白までと詳しい。
わたしが天部信仰をすることなど、あろうはずもないけれど、科学も知らなかった幼少の頃、霊を信じ、超能力に夢中になった甘美さが思い起こされた。

第3章の「ある聖天行者の一生」と題し、著者の師僧の語りは“行者として”というより、その師資倶にお人柄が偲ばれ、感銘を受けた。

こうした出来上がりはカルト、オカルトでは決して有り得ない。案外、カルト擬きのオカルトを浅はかさを吐く材となるのではないかとも思った。しかし、著者はそんな底意を持つような方ではないと見える。
ともかく、天部、加持祈祷を考える好資料として手許に置きたい。
贈呈に感謝申し上げたい。

§


第1章 天部信仰とは何か
第2章 天部尊・由来と行法
 大黒天 毘沙門天 弁才天 歓喜天 吉祥天 荼吉尼天 摩利支天 妙見尊 訶梨帝母 竜神 三宝荒神 青面金剛 閻魔天 十二天 八部衆 四天王 仁王 深沙大将 般若十六善神
第3章 ある聖天行者の一生
第4章 修験般若理趣分祈祷法
あとがきにかえて
「祈祷とは何か」


平成25年4月8日 初版
青山社  
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2017年01月05日

「臨終正念起請文事」を読む

臨終正念起請文事1紙s某師から、数カ年前より噂に聞いていた『臨終正念起請文事』を頂戴し、早速、読む。
某師は日蓮の遺言であるという。決して言い争う気はないが、わたしは違うと思う。
用句に不審を覚える。末尾「三十番神」と見えるが、日蓮にこの用句はない。寂後の流行である。

なお、わたしが頂戴した内容とは異なる別本があるようで、阿呆陀羅經さんが日蓮上人臨終正念一枚起請文之秘密として翻刻を発表している。

いずれも浄土宗で造られた対日蓮宗撃退用の謀書であると、わたしには思える。どうか。  続きを読む
Posted by saikakudoppo at 08:55Comments(0)TrackBack(0)鑑賞読書

2017年01月04日

酒井敬淳「日蓮聖人に見る台密の影響」を読む

法華法説明図某師から奨められ『天台學報25号所載の酒井敬淳『日蓮上人に見る台密の影響』を読んだ。これが天台宗における日蓮聖人への台密影響の一つの尺度なのだと観た。

「聖人自ら樹立した日蓮教学には密教色は完全に排除されているかと云えば左にあらず、仔細に検討すれば表面的な形式的なことから、内面的な思想的要素に至るまで密教の影響が濃厚に見られる。密網を脱していないというよりはむしろ台密の変形的発展とも云えるのではないかとさえ思われる点が多々あるのである」(P58)
「日蓮の曼荼羅は依文画意の妙象聖人己心中発明のものとは云え形式的内容は法華法の曼荼羅を籍り、図像や種子に代えるに日本の文字を以てした純日本化の種子曼荼羅と云えるのではなかろうか」(P61)

前後するが“法華法”とは「台密の法華経法の法華曼荼羅=成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌=の所説に基づく」(P58)と解説する。

日蓮門下人は、どう読みとるのだろうか。
わたしは、こう読む。
要するに日蓮聖人の教学の到達地点は漫荼羅に表されるところである。法華六大部の学習は、その踏み台である。つまり、法華の密教解釈こそ、その最高位にある。
では、密教解釈とは何か。すなわち、漫荼羅の図表解釈にほかならない。

図、上は法華法。
中は理解の便宜に着色した。赤は八葉蓮華の中央に釈迦・多宝、八菩薩が囲む。
青は不動と烏芻沙摩。黄は四大天玉である。
八菩薩は「妙音、常精進、無盡意、観音の代りに上行等の四菩薩を以て充てた」と酒井師は慧眼を光らせる。さらに烏芻沙摩は『阿娑縛抄』で「成尋記」を引いて愛染に再解釈される。
下は日蓮漫荼羅と合わせ、回転したものである。(この回転については拙稿「四大天玉の図示の位置について」を願いたい)
釈迦・多宝と四菩薩、四大天玉、不動・愛染がここに揃う。
日蓮聖人、独自の座配の相違はあるが、たしかに酒井師のご考察のとおり、一致する。

僭越ながら、補足すれば、日蓮の密教は台密に留まらず、覚鑁の、後に新義真言と称されることになる密教の色濃い影響もある。妙法蓮華経五字を五重玄に、さらに空風火水地の五大に配する独自性も密教なくしては決して成り立たなかった。

さらに蛮勇を起こして記せば、酒井師は「日蓮…花押…弘安元年(一一七八)五月二十二日迄は「バン」字を使用…身延隠栖の後、内外の情勢からその實現は望むべくもないと判斷した時、花押は「ボロン」字に變ったので妙法輪を以て四天下を統一する本門戒壇を建立せんとの願意をこめたのが一字金輪の種子となった」(P61)というが、これは違うと思う。

諸人御返事』に公場対決を確信し、ほどなく、日蓮聖人はボロン字に改めた。ボロンは国王受戒に不可欠な種子である。この点については、以前『日蓮漫荼羅における梵字:一字金輪花押と愛染不動の意味』で記した。

ともかくも、この書は、日蓮教学と、殊更に漫荼羅を論考するうえに、必読の一書であると思った。

特に注記。
法華法の図を見て、確信したこと。
日蓮漫荼羅では蓮台と見える八葉蓮華は描かれていない。
しかし、意識されていたと思う。
蓮華とは心蔵(臓)である。つまり、漫荼羅は己心の表象にほかならない。
現代では、医学・解剖学の発達から、思考・情動の一切は大脳の働きであることが解明されている。しかし、日蓮の時代、それは心の用きであると信じられていた。
その心を観る本尊、観心本尊こそ、日蓮が密教を以て昇華した至極であったのだ。  続きを読む
Posted by saikakudoppo at 14:59Comments(0)TrackBack(0)鑑賞読書

2017年01月01日

謹賀新年

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