―(
1)…(
12)からつづく―
■『日蓮と本尊伝承』図形検証に異議あり(4)
・無謀な描画

「なんで、こんなことをするのか?」
左図『日蓮と本尊伝承』(P69)に載る所謂「本門戒壇の大御本尊」(以下、彫刻と略す)写真の中央首題であるという図を、今回の提供写真と比較した感想だ。
図右上は「經」字‘エ’画の最末端部、右下に見やすいように、大廣目天玉を薄く加工した。この図を同書(金原本)に載る中央首題に重ねた検証である。
今回、写真の提供を受けて、わたしが何より注目したのは、この「經」の終わりの部分だった。止筆となっていたことに驚いた。止筆とは髭を長く伸ばしてないという意味である。
この「經」字‘エ’画末の部分は、熊田本に載る写真でも大廣目天玉に係り、末端は確認できない。止筆というより、髭は、その下に隠れているのか・どうか、彫刻の不鮮明な写真で確認できない部分だった。ところが、金原本に描画された中央首題を見ると、「經」字の髭は長く伸びていた。「本当にこんなふうになっているのか?」という疑問はその段階でもあった。ところが、今回、提供を受けた写真を見れば、右上図のとおりである。大廣目天玉の下に髭が入っているというより「廣」字‘广’に当て、そのまま、筆が止まっているように彫られている感じである。
反して、金原本描画(P67)では、この部分は筆は止まらず、長い髭となっている。では、その元としたはずの写真(P24)を見れば、鶴丸があって写っていないのだ。
「当て推量」とは言い過ぎか。しかしながら、提示した写真に写っていない部分を堂々と描いてしまってよいものか。「いや、実は鶴丸が前面になく、全体がはっきりと写っている鮮明な写真がある」というのならば、提示して、描画すべきだったのではないか。もし、この描画どおりの彫刻写真があれば、是非とも提示してもらいたい。しかし、同書には、そんな写真は載らない以上、「当て推量」の描画と言うほかないことになる。
先の(
12)において、特に、わたしがこの描画を疑義を呈したのには理由がある。もちろん、それは写っていないものを描いてしまう暴挙にもあるが、それ以上に、「經」字が止筆か・どうかは、「板本尊」真偽の大きな争点であったからだ。
■「經」字の止筆を指摘した安永弁哲
ブログでも何度か取り上げてきた『板本尊偽作論』において、安永弁哲氏は「板本尊『經』の止筆は偽作の証拠」として、以下のように記している。
「板本尊の写真をご覧下されば、よくお判りになるように、経の光明点と称する左右『八』の字にひろがっている先端は、左に尖(とが)っているが右の方は肉太く止められている。これは板本尊が弘安2年の作でない証拠である。…
『経』の字の変遷を拝すると、文永8年10月の最初のマンダラから、建治3年2月は明らかに右は太く止められている。然るに同年3月から左右が細くなり始める。其後2、3幅は右を止められたものがあるが、京都要法寺所蔵の
58号(年次なし、弘安2年と推定)のものから弘安3年3月鷲津本興寺の
79号迄は全部、左右の光明点は先が、尖っているものばかりである。
これはまったく皮肉といわざるを得ない。何故ならば板本尊の弘安2年10月12日のものだけがこの規格に反して太く止められているのであるから、これは板本尊が弘安2年のものではない証拠である。
経の左右の光明点が止められるのは、弘安3年3月の
80、
81、
82の3幅で、それ以後は再び、細くなるのである。…板本尊は弘安2年のものより3年のものによく似ている」(復刻版P150)
ここで安永氏がいう「光明点」とは、「髭」などとも称される長く伸ばす筆法を言う。
「3年のものによく似ている」という観察は、たしかに当たっていた。
安93、すなわち妙海寺蔵大漫荼羅を原本とするという説を立てたわけだが、その翌日の日禅授与本尊には思いは至らなかった。
大石寺蔵日禅授与本尊は、この部分は止筆とはなっておらず、髭が伸ばされているようだ。金原本では、それに倣って、彫刻の首題も描画してしまったのだろうか。しかし、案に反して、その部分は止筆になっていた。
日禅授与本尊が原本ならば、髭はなければならないことになるが、この点について、追ってまた検証することとする。
・細井氏は、止筆の言及を何故、避けたのだろう
この安永氏の指摘に反駁した細井精道(後の日達)氏は『悪書板本尊偽作論を粉砕す』に「経字に就いての妄説を破す」という一項を設けた。ここで、日蓮の筆法変遷を無視した浅はかな反論を試みている。この点については先に検証したので、いまは述べない。一点のみ書けば、「戒
旦のい御本尊の光明点が止筆であるか無いかは敢えて言はない。其れは安永君の愚論を粉砕すれば足りるからである」(P58)という。
細井氏の言はまったくもって、反論になっておらず、粉砕どころか、ただの逃げ口上だ。それにしても、随所で事実の言及を敢えて避ける論調は、案外、この彫刻が偽物であったことを知っていたからではないかとすら、感じさせる。
・弘安3年5月の止筆の理由
近代、日蓮門下における不朽の出版事業は『日蓮聖人真蹟集成』であり、かつ『御本尊集』である。殊に後者の発刊は、それまで、日蓮作を騙ってきた数々の偽作、模作を一掃するのに大きく役立った。そんな歴史推移のなかで、堀日亨氏の存在もあった。先に挙げた安永氏の筆法変遷から本尊(原本)の年代を割り出すことは、しばらく『御本尊集』を手許に置いてみればよい。眺め続ければ、凡その鑑識眼はつく。これら図録集は高価だ。著作権はどうなっているのか皆目わからないが、海外サイトで、掲載御筆大漫荼羅をアップしているサイトがある。まずは、ここでも頻繁に閲覧し、日蓮の真筆本尊をよくよく見比べて、目を養うことだ。
〔参〕Nichiren Shonin Gohonzon Shu
大石寺圏では、自分たちの本尊以外を見ることを謗法のようにいうが、こうした‘指導’は、信仰上の教導などではない。事実を見極める鑑識眼を養われてしまえば、自分たちが本物であるといってきた本尊が真っ赤な偽物であることを見破られてしまう、そのための防御策にほかならない。尤も、いくら、鑑識眼を養っても、「本物であってほしい」という執着と煩悩から眺めれば、偽物はいつまでも本物と映じることだろう。「正直捨方便」とは、そんな
境界を破るために役立つ言葉である。
金原本の杜撰な…、寧ろ作為的というべき、計測を批判すると、恰も日禅授与本尊が彫刻の原本ではない誤解を生じかねない。しかし、
2004年2月以来、わたしが述べてきたように、見まごうことなく、所謂「本門戒壇の大御本尊」は日禅授与本尊を原本として臨模・作為した彫刻であることは揺るがない。
今後、図形鑑別は確実なものにしていく所存だが、いまこのブログでは、その触り程度を記している。
今回、話題とした「經」字の末端が止筆か・髭かについては、提供を受けた写真で見る限り、止筆となっているように見受ける。となると、安永氏の説は、ここでも覆ることになるのだが、やや事情は複雑なのではないか。
日禅授与本尊から籠抜、もしくは臨模された原図は、部分部分で分かれていた。原本では、パーツが重なっている部分が多々ある。そのような場合、どちからいっぽうを犠牲にした形で別々に処理された。「經」字、「大廣目天玉」という各パーツで言えば、「經」字末端の髭の部分は、「大廣目天玉」のところで分断されて使用された。そのために彫る段階では止筆の扱いとなったというのが、わたしの推定だ。

また、もう一つの推測も成り立つ。
先の安永氏の文章にも出てきたが、止筆の1舗として
安82を挙げている。言うまでもなく、この本尊は大石寺所蔵であって「紫宸殿本尊」と詐称されるものである。日有がこれを模刻したことは内外共に認めるところである。
この模刻本尊の「經」字末端が「大廣目天玉」に接する点は、安永氏が言う「止筆」というより、髭が大廣目天玉の下に入り込み、そのままになったと仕上がりとなっている。
彫刻作品と見るとき、
82本尊模刻も、所謂「本門戒壇の大御本尊」彫刻も同じような処理となったのではないか。ただ、この二つの作品で大きく異なるのは、前者は紙幅原本全体を採用したのに対して、後者は部分ごとに使用し、中央は原本に、その他は模写、もしくは他筆を交えたパッチワークであった違いである。また、花押の脈絡に相違もある。しかし、そうした違いはあっても、同じような処理が施されたと見ることはできると思う。
■ついでだから、弁明と決意も記す
なお、「出所不明の写真での検証は意味がない」という批判を、わたしに及ぼしている人々がいると伝聞した。まず、この見解に対しては、いちおうは賛意を表する。
ちょうどよい機会であるから記すことにする。本来であれば、大石寺は、鮮明な彫刻写真と日禅授与本尊の写真を発表し、それらがなんの関連もなく、それぞれが真筆であることを図形から証明してみせればよいだけのことである。
わたしは、出所不明の写真で検証を行いたいのではない。それが金原本であれ、提供をいただいた写真であれ、それに基づいて大石寺が公式に認めて撮影された写真に基づいて鑑別を行う。しかし、その公式写真は今から100年も前の撮影で解像度も悪く、さらに加筆もあるという。ならば、鮮明なサンプルを得て、この写真を解析し、鑑別に充てる。これは日禅授与本尊についてもいえることだ。本来であれば、大石寺の公式写真に依るのがよい。しかし、こちらも公開しない。故に北山本門寺が正式に公開した写真に基づいている。堀日亨氏等の言説からすれば、あたかも瓜二つのような扱いであったからだ。
大石寺が所蔵物を隠匿して、その正体がわからないままにしている。その間に信仰被害というほかない事態がいまも永続している。偽物の本尊を本物であると謀って800万人から400億円近い巨額を集金することは宗教詐欺と言ってよい。被害を止めるためには、完全な検証資料が揃わなくとも、取り急ぎ、事実究明に乗り出さざるを得ない。その窮余の検証が、わたしが行っていることである。
もし、出所不明の写真での検証が駄目であるというのであれば、よろしく大石寺が公式写真の発表をするように尽力いただきたい。茲にお願い申し上げておくものである。こうした篤志の延長から、今回の写真の提供もあったことも申し添えることにする。
なお、今回、わたしが『日蓮と本尊伝承』図形検証に‘ケチ’をつけたような格好になったが、そうではない。図形検証は科学的な因果性に基づく。つまり、だれが追検証を行っても、同様の結果が出るものでなければ、その価値はない。故に実際に価値のあるものかどうかを知るために追検証を行った。新たに公開されたサンプルの証憑性を知るために必要な作業であった。しかし、結果、作為的な点がいくつか見つかったのでこの点は指摘した。もし、提示サンプル、つまり、写真が証憑に堪えるものならば、指摘した点を是正して改訂版が出されればよい。せっかくのサンプルがもったいないからだ。
なお、これは競走ではない。勝った負けたもない。あるのは、事実を糾明する、ただそれだけである。事実究明は、特定の個人、特定の団体の利益、また、崇拝称賛とも無縁である。事実にのみ託するのだ。
簡潔に言えば、池田大作氏、創価学会の「勝利」などという下らない目的のために事実を枉げるものであってはならない。むしろ、この彫刻が偽物であれば、大石寺は勿論のこと、その寺院とお宝を担いで800万人から巨万の富を得た創価学会の責任も明確になる。
所謂「本門戒壇の大御本尊」の神話を崩壊させることは、池田大作氏と創価学会の責任追及の意味も有している。これは創価学会が方向転換をすれば済むという話ではない。過去の過ちを率直に反省し、加害者としての責任を果たすことが、唯一、彼等が尊敬する日蓮に報いる道であることも意味する。そして、詐取してしまった800万会員への責任を果たすことでもある。
もちろん、この彫刻が偽物であれば、根源の悪は「日蓮正宗大石寺」である。これを信じ、人に勧めるものは与同罪であることは言うまでもない。この巨悪をいまここに断絶するために、検証は続けなければならない。
―(
14)につづく―