2021年07月24日

織田仏に学ぶ18-2:阿頼耶識の捕足

18の阿頼耶識の項目でいくつか参照先が出てきたので、補足としてまとめた。



〇織田仏より転載し、私注を付した

アダナ 阿陀那[術語]
Adāna 心識の名。
阿頼耶あらやしきの別名。譯、執持。此識の力にて善惡の業因ごういん之を種子と云
竝に有情の身體を執取し維持して破壞せざしむ。
解深密經1】に「一切種子2瀑流1我於2凡愚12開演1彼分別シテ我。」
〔私注〕玄奘譯。赤字の部分はSAT所載の經文にない
唯識論3】に「第八識。雖2有情皆悉成就1。而隨2義別12種種名1謂或名心。由種種法熏習種子所積集故。或名2阿陀那1。執2シテ種子及諸色根1。令壞故。」
〔私注〕唯識論=成唯識論(護法造 玄奘譯)
同述記】に「梵云1阿陀那1。此云2執持1。」
〔私注〕同述記=成唯識論述記(窺基撰)

シュジ 種子[術語]
法相宗の所談、現行法に對する稱。
阿頼耶識に在て一切有漏無漏の有爲法を生ずる功能を指して種子と云ふ、猶草木の種子に於ける如ければなり。
是れ有爲法の正因にして四縁中の因縁の實體なり。
唯識論2】に「何法名爲2種子〇〇1。謂本識中親生2自果1功能差別。」
〔私注〕唯識論=成唯識論(護法造 玄奘譯)
唯識述記2本】に「種子〇〇即是諸法因縁。皆因相也。」
〔私注〕唯識述記=成唯識論述記(窺基撰)

イジュク 異熟[術語]
舊譯、果報。新譯、異熟。
過去の善惡に依て得たる果報の總名。
果が因の性質に異なりて成熟するをいふ。善業にて樂果を感じ、惡業にて苦果を感ずる如き、是れ樂果は善性にあらずして無記性なり、非善非惡を無記といふ
されば善性の業に對して異類と云ふべし、善性と無記と類を異にす
苦果を惡業に對するも苦果は惡性にあらずして無記性なれば是亦因と果と性質を異にせり、苦業の二果共に無記性なり
依て之を異熟果と云。
㘝因と果と必ず世を隔てゝ異時に於て熟する義。
倶舍論6に「異類而熟是異熟ナリ。」
〔私注〕倶舍論=阿毘達磨倶舍論(世親造 玄奘譯)
唯識述記2之末】に「言2異熟1者。或異時而熟。」
〔私注〕唯識述記=成唯識論述記(窺基撰)
【輔註11】に「新云2異熟1。舊云2果報1。」
梵 Vipāka

ムクシキ 無垢識[術語]
梵に阿末羅 Amala 無垢識と譯す。
舊譯家は以て第九識と稱となし、新譯家は第八識の淨分の稱とす、是れ別に第九識を立てればざなり。
唯識論3】に「或名2無垢識1。最極清淨シテ無漏法ナルカ2依止スル。此名唯在2如來地有1。菩薩二乘及異生ニハ2有漏1。可2熏習1。未2善淨第八識1故。」
〔私注〕唯識論=成唯識論
述記3末】に「唯無漏ニシテ。體性無垢ナリ。先2阿末羅識1。或名2阿摩羅識1。古師立爲2第九識1者。非也。」
〔私注〕述記=成唯識論述記(窺基撰)


Posted by saikakudoppo at 02:44│Comments(0)