2021年10月23日

日蓮『観心本尊抄』の異体字 (始)題号

fbで知り合った Lau Kong-Iū さんが台湾の教育部異體字字典を教えてくださった。感謝感激。(livedoor Blog では正確にお名前が表記できないことをお詫びいたします)
早速、役立て日蓮『本尊抄』で使用されている異体字を再検証することにした。
本抄の異体字版は、既にアップしているのだが、完全版とは言い難い。どこかの研究機関で作成されているかもしれないが、自身の学習メモとして、少し書こうと思う。

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題号観心本尊抄 題号の異体字

本尊抄は冒頭に日蓮自ら『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』と記している。
現代表記で書けば、以上のとおりなのだが、原文はずいぶんと違う。
本は“夲”であるがネットでも表記できるので省略。

来「来」わたしのような古い人間は、図のように書くことは多い。また、かたちも現代表記文字と大きく違わないから、一見で読めるだろうと思いきや、「未に横棒一本多くないですか」と言われ、面食らったことがあった。
出来る限りわかりやすい表記が求められるのが現代だが、異体字の持つ多様性が面白いと思う。

後「後」先に異体字版を作成した時に大いに悩んだのが、この“後”だった。彳偏の貌が、どうにも特定できなかった。
日蓮特有の筆法かと諦め、致し方なく彳のままとしたのだが、やはり正式にあった。この貌の偏は思い至らなかった。

観「観」旧字は“觀”などがあるが、たぶん、こちらだろう。
日蓮筆法で艹冠の筆法は、実に悩ましい。書き方も色々で、この貌と決め難い。
題名は、他の文字は楷書なのに、なぜか“観”の偏ばかりは崩しているのだ。こういう闊達さは日蓮の書の随所にみられる。
当時の僧侶が扱った経典は、手書きであっても、楷書であり、その他、春日本のような古印字の摺本も当然、楷書。しかし、当然のように入り込み行書・草書に筆文字文化の奥深さを感じる。

尊「尊」この字も異体字は多く、特定に苦しんだものだった。
艹冠は八のような貌で、酉であるところが目、さらに下に一本、横棒で寸。
異体字のなかで、どの字を選ぶかは、どうやって決まっていったのか。興味は尽きない。
― (1) につづく ―





Posted by saikakudoppo at 06:31│Comments(0)