斎京四郎ブログ

斎京四郎のブログです

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皆様、おはようございます。

昨日(8月4日水)は定時制通信制高校の会で高田南城高校へ、午後は新井柿崎線の整備促進議員連盟の要望会で現地視察、夜は息子の誕生日で外食という公私ともに充実した一日でした。

定時制通信制高校の協議会では新しい取組である「ミライ講座」の説明がありました。今や定時制通信制は「最先端」でこれからの高校教育を一変させる可能性を秘めているので期待大!
いずれまとめて書きたいものです。

さて、今日の一枚は「羽茂直江津貨物航路」のニュース

遂に報道発表となりました!ここ数か月、実現に向けて取り組んできた最大の懸案事項がようやくカタチになりました。


テレビに出たのは神戸にある和幸船舶さんの若き経営者、安井さん。マスクで顔がわかりませんがホンモノは見るからに海の男です(笑)。

和幸船舶さんは日本全国の海上輸送を担う業者さんで直江津港に建設中の東北電力さんの発電設備なども運んだ実績のある会社さんです。

紆余曲折が激しく途中で諦めかけたこともありましたが、和幸さん、県、佐渡汽船さんなどが汗をかいて落としどころを探り、とりあえずスタートできる状況になりました。

ここまでの関係各位のご努力に心より敬意を表します。トライアルの運航は明日、予定されており、天候の関係もありますが6日15時頃には、和幸船舶さんの「フェリー粟国」が直江津港に接岸予定です。

詳細は船を実際に見てから書きたいと思いますが、この「貨物船」はカーフェリーであることがポイントですね。カーフェリーとしては今は使えませんが、上越市民の皆様、船はどうみても「悲願」のカーフェリーですよ!世論を盛り上げてほしいと思います(笑)。

「あかね」の廃止で佐渡との物流が切れてしまった直江津港。直江津港を愛する「超」地元県議として最大級の屈辱なのですが、起死回生に繋がるかもしれない一手を打つためにそれなりに奔走したつもりです。県民の新聞さんにも出ていましたね。

ところで、今日の県民の新聞さんにはもう一つ、嬉しいニュースが。県の音楽コンクールで大賞を受賞された三宅月海さんのインタビューが掲載されていました。
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この方は直接存じ上げないのですが、新潟中央高校音楽科のロシアンメソッドコースを卒業されてモスクワ音楽院で勉強したキャリアの持ち主。

10年ほど前に当時の知事の「日本で他に類を見ない学校を!」との号令でこのコースを考えて制度設計をしたのはなんと私です(笑)。このコースで学んだ人が新潟県の音楽文化向上に資する人材として活躍し始めたことに大きな喜びを感じています。

人材育成はイベントなどと違い、じっくりとした取組で少しずつ成果が出るものですが、自分が仕掛けた仕事を忘れた頃に思い出させてくれてこちらも感無量。

貨物航路は地元県議としての未来に向けての仕事、音楽科は行政職としての過去の仕事ですが、どちらもこれから実を結んでもらわなくてはいけないものです。ここまでも、そしてこれからも「情熱」と「新潟・上越なめんなよ精神」で頑張ります。

私が関わったことなどどうでも良い事ですし、私はきっかけを作っただけで関係者の皆さんに頑張っていただいた成果でしかないのですが、個人的には今日の新聞は過去と未来が結ばれた「永久保存版」です(笑)。
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皆様、おはようございます。

昨日(8月3日火)は来客対応後、外出しましたが、午後は暑すぎてダウンモード、夕刻は新潟からお越しの皆さんに会うという一日でした。

コスパが悪すぎトラブルも重なる日でダメージ感の残る一日でしたが、こういう日もあるさと割り切って頑張りたいと思います。

さて、今日の一枚は「頭首工」

先日の夕刻、暑い中、現場確認に行ってきました。関係者の皆さん、お疲れさまでした!

こうした堰のことを「頭首工」というのですが、面白い用語ですよね。由来がわからないのですが、なんで「頭首工」というのでしょうか?考えれば考えるほど想像ができません(笑)。

築50年以上経過していてメンテナンスにもかかわらず傷みが出てきているので、更新が必要だとは思いますが、この財政難でそう簡単にはいかないでしょう(汗)。

主に農業用水を確保するため水位をあげる目的で設置されているものですが、これは比較的、街中にあるもので、宅地化がどんどん進んで田畑は減少し、農業用水としての機能は著しく低下しています。

私が幼少の頃なんて高田直江津間の18号線(今の上越大通り)は豊かな田園風景が広がっていた記憶がありますが、今は商業施設と住宅街に生まれ変わっています。

したがって、この施設が出来た頃と今ではその役割がある意味変わってきてしまっていると言えるでしょう。昔は農業用水、今はある意味、環境維持的な利水の役割も担っているともいえると思います。

管理は土地改良区さんですが、実際の日常的な開閉は地元の皆さんが担っているわけで、高齢化も進み、管理も容易ではありません。雨のたびにご高齢の方がこの垂直階段を昇って開閉するのは難儀なことでしょう。
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更新は補助制度を活用しながらも関係する農家さんなどが費用を按分して負担するケースが多いようですが、当然のことながら市街地化していることから農地は減り後継者も目処が立たず、とても長期負担をすることは不可能です。

つまり高齢化、離農、宅地化に加えてインフラ老朽化、財政難にゲリラ豪雨などの現代の地方の諸課題を一身に背負っているのが、こうした街場の「頭首工くん」、ということになります。以前取り上げたため池も同様ですね。

処方箋は簡単ではないので頭の痛い問題ですが、宅地開発など都市化と農地管理維持、地域の治水対策などの複雑な要因が絡んでいるわけで未来の地域にも「問い」を投げかけている課題だと思います。

住宅街の皆さんがこの頭首工の開閉に汗している労力に気付くことがまず第一歩かな?とも思案暮れる中です。


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皆様、おはようございます。

昨日(8月2日月)は午前中は木南さんと各種団体回り、午後からは打ち合わせやら相談事でアチコチに行き、夜は進路相談対応という1日でした。

暑かったですね。殺人的な暑さでした(汗)。選挙の時は歩くことが多いのですが、ほとんど「業」です。人の選挙に頑張ってこそ、と先輩諸氏に言われてその通りなのですが、この暑さはさすがに堪えます。

さて、今日の一枚は「面談グッズ」です。

要はパソコンとプロジェクター(笑)。いまや進路相談の必須アイテムですね。昨晩は活躍しました。

進路なんて私の若い頃はそもそも先生に相談した記憶すらありませんし、「自分のことなんだから勝手にしろ」で終わりだったような気がします(笑)。それもまた良し、でもありますが昨今はとても丁寧で隔世の感あり。

ところで、このところ回を重ねている高校生の進路相談は少し光が見えてきたかなという手応えあり、ですが相談しながら課題も感じています。

日本の先生は基本、教科指導の知識や能力が重視されるので進路相談や指導については専門的なトレーニングを受けているわけではありません。

また、オンザジョブトレーニングでも優れたメンターに当たれば良いですが、校内の役割はころころ変わりますし、専門性を深めるチャンスに恵まれることは稀です。

日本の場合は主に担任が進路相談をするわけですが、その子の性格や家庭環境はよく知っていても進路指導の適性やキャリアは恐ろしく違いがあります。アメリカなどではキャリアカウンセリングは専門職なので知識は凄いですが、その子をよく知っているわけではありません。

専門のキャリアカウンセラーと担任と生徒が面談するのが本来の「三者面談」だと思いますが、なかなかそういう体制が取れないのも事実。日本の先生は諸外国的に言えば、かなりの数の専門職的仕事を一手に引き受けていることになります。

進路指導一つとっても制度も進路先も複雑化していて専門的な知識が必要になっているのに、なんでも「担任」がこなすのは難しくなっていると思います。教育課題すべてに対応できるオールラウンドプレイヤーは稀に存在しますが、その数は限られています。

「個別最適化」が教育のトレンドワードになっているわけですが、システム自体は私が高校生の頃と大して変わっているわけではありません。

来年からは高校も新学習指導要領による新教育課程が施行されますが、「探求学習」などが本格導入されます。ICT教育への対応も重なって、このままだとオールラウンドプレイヤーを要求される現場の先生は機能停止状態になりかねませんね。結局、「やったふり」になってしまうのです。

私立高校などでは専門的なキャリアカウンセラー的な人材を入れたりしているところも出てきました。益々、格差は大きくなってくると思います。

今の人員で工夫すればそういう体制も組めるはずなのですが、個人の適性やキャリアを考慮せずに「平等」に業務を担う今のシステムは結果的に児童生徒にとって有益とは思えません。

「外から見る」と見えてくるものもあるので、県政の場でもそうした議論も交わしていく必要があると思った「昔取った杵柄」経験でした。

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皆様、おはようございます。

昨日(8月1日日曜)は午前中は事務所で相談業務、午後からは木南和也さんと支部長廻りで東頸城、中頚城の各区に展開、夕刻から直江津海岸の「うみまちアート」を見に行くという一日でした。

午前中は高校生親子の進路相談、学校関係者の業務相談という内容で県議というよりは、教員時代に戻ったような内容でしたが、話しているうちに自分も視点が変わっていることに気付き、自分の学びにもなりました。日々是成長(笑)。

さて、今日の一枚は「そらのみなと」

昨日から開始となった「なおえつうみまちアート」の中心的な作品がいよいよベールを脱ぎました。写真がスマホなんでイマイチどころかイマサンくらいですね(汗)。

制作過程も度々覗いていたので、あのプレートの下に埋まっている「苦労」を多少なりとも見ている者としては、また別の感動もありましたが改めて「作品」として観賞してきました。

私は真四角のプレート群に夕陽が映り込む仕掛けなのだろうと勝手に思っていたのですが、夕陽が沈んできても一枚に映っている程度で、夕陽はきれいでしたが、作品全体的には「ん?」という感じ。
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みんな「ふーん」という感じで帰ってしまいました。私も帰ろうかなと思ったのですが、丁度、作品を制作した皆さんがいて、「日没後、あたりが暗くなってからが良い感じのはずです」と教えてくれました。

というわけで、日没後しばらく見ていると辺りが暗くなっていくのに比して、夕焼け色の空の色が映り込んできてプレートがくっきりと輝きました!

夕陽の写真と「今日の一枚」と比べていただくと言いたいことが分かると思います。

なるほど!これは夕陽を映すのではなく、陽が沈んだ後の空を映すものなのですね!

確かに作品名は「ゆうひのみなと」ではなく「そらのみなと」

港は船が停まるところですが、この作品は「そら」が「留まるところ」なので「そらのみなと」なのですね。

昨日は雲が出ていて夕焼けがイマイチだったのでプレートの輝きもさほどではありませんでしたが、夕焼けが奇麗なときは「茜色」に輝きながら「空を係留」するのだろうと想像することができました。

しかし、「そら」が「とまって」いるのは時間にして10分程度かもしれません。しかも諸条件が揃わなければ輝きません。したがって最高の「10分」を射止めるのは相当通い詰める必要がありそうですね。

ところで、この感覚は気難しい天才ミュージシャンのチケットを買うような気分のような気がします。

ドタキャンあり、気分が乗らないとスカスカのパフォーマンス、でもハマると凄いみたいなプレーヤーのコンサートに行くような感じでしょうか(笑)。

美術作品は展示してある場所に行けば、観賞できるはずなので「空間芸術的」だと思いますが、音楽は「その時」にいかないと味わえない「時間芸術」。

「そらのみなと」は空間芸術のはずなのに、これは「時間芸術」的だなと思いました。しかも結構、「瞬間的」です。

「なおえつうみまちアート」は9月26日までですが、「そら」を「みなと」が「係留」する瞬間は意外に僅かな時間しかないのかもしれませんね。

天候、夕焼けの「燃え方」、日没のタイミングの条件が揃うのは結構レアかもしれませんから、都合のつく限り通ってみたいと思いました。



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皆様、おはようございます。

昨日(7月31日土)は「なおえつうみまちアート」オープニングイベントに参加、その後は相談業務、午後は野澤朗さんと有田地区のあいさつ回り、夕刻からは古城小学校の地域イベントを見学という一日でした。

今日から「なおえつうみまちアート」開催ですが、昨日はオープンセレモニーがあったので来賓参加しました。主催者側のあいさつ後はキュレーターの鈴木さんとアーティストの皆さんが作品やコンセプトについてお話をしていました。
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鈴木さんは私が街回りしていると何度かお会いしたので、それだけ直江津の町を激しく動いていたことになります。アッパレ!もうしばらく街角でお会いすることになりそうですね(笑)。

私は住民代表でオープンのテープカット要員を仰せつかり大変、名誉なことでありました。準備された各方面の皆さんに感謝しながらハサミを入れました。市役所のご担当の方が恐ろしく日焼けしていて感涙(笑)。

さて、今日の一枚は「古城小学校に登場したアート屋台」

古城小の子ども達が描いた海の絵がアートイベント案内用の作品「小さな屋台」に貼られています。楽しそうな絵がたくさん貼ってありました。

解説しているのは三野屋さんのミーくんです!なんだかんだ言ってハマってるね(笑)。

「継続だんご知ってるかー?」「知らなーい」のやり取りにズッコケていましたが(笑)、なかなか道徳的な良い話をしていました。子ども達も嬉しそう。

ところで、この企画は今年度をもって直江津小に統合となり歴史に幕を閉じる古城小学校のPTAの皆さんが子どもの思いで作りにイベントを計画したもの。名付けて古城キャンプ🏕
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舞台は学校。グラウンドでキャンプという思い出作りには良いアイディアですね!テント村が出来ていました。芝生が美しい!こんな芝生を持っている小学校のグラウンドはまずないでしょう!

地域の人がカレーを作って、飯盒でご飯を炊いて花火してグラウンドにテントで宿泊とのこと。無印さんのキャンプ部隊が全面協力していて、プロの焚火に子ども達も歓声を上げていました。

自分も子供の頃、南小で似たようなイベントがあって今でも覚えています。確か校舎を使ったお化け屋敷を当時の青年会の人がやってくれましたが、お化けより酔っ払って暴れていた某H社長の方が怖かったです(笑)。

きっと古城小の子ども達もグラウンドで一夜を明かした思い出は一生ものでしょう。

そんなところに「小さな屋台」が登場!この屋台が登場したことで子ども達は「うみまちアート」のアーティストになりました!メデタシメデタシ!

現代アートは私のような古典的な感性の人間には理解不能な部分も多いのですが、こっちのアーティストは思わず笑顔になりますね(笑)。

古城小学校の最後の夏を飾るイベントには青年会の皆さんの粋な計らいで港町の屋台も登場したようですね。電飾の屋台を今年、目にすることができたのは古城小の子ども達だけだったと思います。

というわけで私の「うみまちアート」の最初の感動は「古城小のグラウンド」でした。
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