斎京四郎ブログ

斎京四郎のブログです

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皆様、おはようございます。

昨日(7月2日木)は常任委員会採決、条例策定検討委員会、自民党役員選考委員会、常任総務会などなど会議だらけの一日でした。

マスコミさんもたくさんきていましたから、今日の新聞などにも役員人事が出るのでしょうかね?

党の役員は政調の筆頭副会長になりました。頑張ります。仕事はなんだろう?(笑)

議会の方は建設公安委員会副委員長最後のお務めでした。

期数の浅いうちは出来るだけいろいろな委員会で勉強するのが基本。次は厚生環境委員会でしょうか?総務文教は元の同僚や上司がいるので当分行きません(笑)。

さて、中等教育学校問題関連の連載もそろそろ最終回にしたいと思います。

なお、写真は少し古いデータなので、募集クラス数などが現状とは違っています。

これは県外向けの募集広報資料です。県外からも募集しようと頑張っているということですね。逆にいえば生徒募集に苦しんでいるともいえます。

さて、昨日は「いくらなんでも中等教育学校を作りすぎだと思っている」と締めました。

最大の課題は「人材」です。学校の先生だからといって、皆んながバリバリに学習指導が出来たり、カリスマ教師のはずがありません。

ほとんどの先生は普通なんです。また、それが大切なことです。カリスマは大体の場合、組織的には迷惑です(笑)。しかし新設校には時として必要です。

そういえば創設期の国際情報高校はカリスマだらけで、キングキドラ対ゴジラとか、ガメラ対メカゴジラなどのカリスマ対決がよくありました(笑)。

私は、戦闘中は近寄らず、悪代官や越後屋さんの庇護のもと、ガチャピンとして平和で無害な暮らしぶりでした。なんのこっちゃ(笑)。

ともかくも、細分化された教科、科目すべてに指導力のある高校教員を配置してドリームチームを何セットも編成するのは難しいのです。

そんなことができるのは新潟高校くらいです。

普通に働いたり、会社を経営したりしている方はよくお分かりになると思いますが、営業のスーパースターや経理のエキスパート、完璧な品質管理が出来て且つ社員から慕われる現場監督のチームを全ての支社や営業所に充てがうことは不可能でしょう。

そんなに簡単に新しい教育システムに順応して成果を出す教員チームを何セットも編成できるわけがありません。

要するに人材育成や確保の見込みがないのに、支店を増やしすぎたということです。

新潟県、新潟市立も含めて平成14年から7年間に7校を立ち上げたわけですから、単純にいって一年に一つずつです。

当然、各校とも、毎年毎に学年は増えるわけですから、新しいシステムややり方をマスターしている優秀なスタッフを充てがうのは無理でしょう。

まして中等教育学校は特殊な世界。単純に中学3年プラス高校3年ではありません。

2プラス2プラス2とか2プラス3プラス1とか子どもの成長段階も違ってくるので議論があるところ。

実験してデータをとっている段階で、どんどん増やしていけば処理と対策がおいつきません。

システムがあっても動かすのは人。それはそんなに簡単に育つわけはありません。特に新設校の生命線である進路指導は職人的な経験知が必要なので、スペシャリスト育成はなかなかに困難なのです。

ですから最初は飛び出すものの後が続かない学校が多いのはやむを得ないといえます。

確かに東大をはじめとする最難関大学に合格!は話題にもなりますし、喜ばしいことですが、中等教育学校があれだけ増えていたのだから、本来なら全県の難関大学合格者数が激増して、富山、福井と肩を並べるはずですが、「中等教育学校使用前」とさして違いはありません。

実は他の伝統校や国際情報高校の数値が減っただけで全県的、あるいはエリア的に見ると、ほとんど変わっていないのです。つまりどこに行ったかということの違いでしかありません。
(決して中等教育学校で頑張った生徒や先生を批判しているわけではありません!)

というわけで、もう一つは既存の伝統校との関係。人口減少地域では大学進学を担ってきた伝統校との棲み分けが限界になっています。

当初は「黒船来航」に対して学校改革が進んだ伝統校も、人口減少でクラス数が減少。

最初に中等の洗礼を受けた藩校由来の県北の雄、村上高校は今や4クラスしかありません。

狭いエリアで中等教育学校ができ全県1区の影響で新潟市エリアにも生徒が流出している現状で、頑張ってはいますが厳しいと思います。

佐渡、十日町、柏崎、糸魚川など旧制中学以来の地域の伝統校も同様な状況です。このままだと既存の伝統校も中等教育学校も両方ともダメになります。

というわけで、この連載の最後に私の意見を表明したいと思います。

地元の伝統校に1クラスだけ附属中学を設置して併設型とし、国際情報高校を全県対象にした中等教育学校として一つに集約、新潟県の実験成果を継承する。

というのが私のアイディアです。

まず全国の公立中高一貫校は併設型が一般的で中等教育学校は例外的であることは前に触れましたが、だいたい地域の伝統的進学校か、進学実績的にはいわゆる二番手校的なポジションに設置するのが定石です。

それに倣えば苦しんでいる地域の伝統校のクラス数を維持して部活や学校行事のパワーを維持することができるでしょう。

諸先輩には申し訳ありませんが、人口減少地域に中等教育学校を作って既存の伝統校を苦しめておいて、今更、適切な学校規模を4〜8クラスというなら、まずそこを統廃合して適正クラス数を維持すべきでしょう。

中等教育学校の歴史はわずか十年プラスですが、地域の伝統校はどこも軽く百年は経つ「地域の歴史的な顔」です。

こんなに藩校や旧制中学にルーツを持っている百年超えの高校がたくさんあるのはレアな県で、それは新潟県の過去の豊かさを物語っています。

その「伝統の顔」を潰す行為をこれ以上放置するのは歴史に学ばない許されない暴挙です。

併設型に改編すればとりあえず中等教育学校の遺産と地域で覚醒したニーズを継承することはできます。

では中等教育学校はどうするのか?

一つに集約すれば良いわけです。それは国際情報高校に集約するのが最適解です。

パイオニアの五ヶ瀬中等教育学校がそうであるように全寮制の中等教育学校にコストをかけずに改編できるのは国際情報高校だけです。もともと寮が設置されていますから設備投資がいりません。

五ヶ瀬をはじめ、他県、例えば群馬県や北海道は数は少ないですが、コンセプトを明確にしたトンがった中等教育学校を設置しています。

因みに五ヶ瀬中等教育学校の五ヶ瀬町出身者は全校でわずか4〜5名に過ぎません。そういうコンセプトなのです。

国際情報高校はもともとトンがった学校で、最初から全県対象のコンセプト。前回書いたように、そもそも新潟県の中等教育学校のシステムや学校文化のルーツなのですから、違和感は全くありません。

大学進学のための学習だけでない、様々なカリキュラムを持ち、故郷を愛しつつ世界に通じる人材をじっくりと育成するのが中等教育学校の魅力。

進学実績で学校をアピールするだけではない魅力を作れるのが中等教育学校の魅力なわけで、五ヶ瀬は進学実績だけなら、そんなに頭抜けている学校ではありませんが、たった一クラスであっても、ちゃんと倍率も高く生徒が集まっています。

そんなトンがった学校が地方県に何校もあること自体があり得ないのです。

志あれば、中学から地元を離れ寮に住んで切磋琢磨する、そういう志に応じる環境を構築するのが正攻法。

全国のパイオニア、山奥の過疎地から世界を見つめる五ヶ瀬中等教育学校、トヨタが出資して話題となった日本のイートン校、愛知の私立海陽中等教育学校もいずれも全寮制の学校です。

本来ならそれくらいの覚悟と精神を持って臨むべきが地方の中等教育学校。

そして新潟県がかつて覚悟とチャレンジ精神を持って設立に臨んだ国際情報高校は、その建学の精神に現在の中等教育学校の理念を当初から内在させていたと言えるでしょう。

学校改編は常に生徒の学びがファーストであるべきで、歴史や伝統はいずれの学校でも、そこに学ぶ誇りを生み出します。

統廃合は避けて通れませんが、既存の伝統校を痛めつけたり、ティッシュペーパーのように校名板を取り換えるような軽いノリの改編はもうやめるべきです。

その地域の歴史と伝統を大切にしながら、新しい時代の学校像を構築したり、新しい学校制度を導入したりするのが教育行政の責任。

理念のない単なる数合わせや、地域の特性や伝統を踏まえない改編を行うことは、故郷を愛する子どもの育成をすることも、また未来の歴史を書き込むこともできません。

地方の地方において、私の爺ちゃんもばあちゃんも父ちゃんも母ちゃんも、ここの卒業生なんだ、という空気感を伝承させることはとても大切だと思います。

誤りがあれば正す勇気も必要。重ね重ね諸先輩には失礼ですが、人口減少地域に金太郎飴のように次々と設置した新潟県の中高一貫、中等教育学校の設置方針は、人口減少時代到来時の一手としては明らかに誤りだったと思います。

正すのは、「今でしょ!」

(地元中学校との関係など他にもいろいろと課題はありますが、とりあえず連載第一クール終了。数々の失礼の段、平にご容赦ください汗)


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皆様、おはようございます。

昨日(7月1日水)は朝から千客万来Dayにつき諸々打ち合わせの日中が続き、夕刻からはライオンズの例会で久しぶりの地元商店街他の皆さんと交流会という一日でした。

ずいぶんと日常的な動きが出てきて、まだ寝ぼけたような頭が戻っていない感じですが、ウォーミングアップにはちょうど良いかもしれません(笑)。

議会も最終番なので、とりあえずの新潟行きもあと2日。今議会終了後は役職なども切り替わるので締めて終わりたいところです。

さて、今日の一枚は国際情報高校のカウントダウンボード。昨日からの連載を続けましょう。

昨年お邪魔したときに撮影したものです。実はこれは6期生の卒業記念品。発案by斎京です(笑)。懐かしい!今は何期生なんだろう?そろっと30期くらいでしょうか?

まだ使ってもらっていてありがたいですね。DNCは大学入試センター試験の略なので今年からは何の略語を使うのでしょうか?それとももうカウントダウンボードは使ってもらえない?(汗)

デカい一品ですが、下部の木材を駆使した象嵌レリーフがポイントですね。エセ文化人斎京のオーダー(笑)。

当時使っていたカウントダウンボードがダサいので、教頭先生に「あのボードは超ダサいんで新しいのにしたいんですけど」と言ったら、笑顔で「そりゃいいね!ナイスなアイディアだ!それはそうと、あのダサいのを1期生の時、作ったのは俺なんだー(笑)知ってる?」と言われて死にそうになったのが良い思い出(笑)。

当時は滅茶苦茶な学校で今なら間違いなく労働基準監督署にお世話になることになったでしょう(笑)。しかし多忙でしたが、「多忙感」はない学校でした。

「県内はみない、常に全国のスタンダードで勝負する。前の学校の話はしない。生徒にいいと思ったらすぐやる。ダメだと思ったらすぐやめる。前の学年のやったことはそのままは、やらない。ルーティン化は死。日本一面倒見の良い学校を目指す!」というのが「掟」。ホントにガチでやってました(笑)。

生徒は「日本一しつこい学校」と辟易しつつも笑っていましたが、彼ら彼女らは全県から集まってきており、近くの学校寮に住んで頑張っていました。

皆、優秀でしたが、特に佐渡や村上、糸魚川などから来ていた生徒は「気合」が違っていて、よくこっちの方があおられていた気がします。要するに「気構え」が違うんです。明治時代の留学生みたいな孤高感がありました。

教員も初期の皆さんはみな若いのに「アブナイ人」もしくは「アブラギッタ人」が多かったですね(笑)。要するにアラブ人じゃなくて「アブラ人」ばかり。今は偉くなっている人も多いですが、とても昔の話はできません(笑)。

もっとも最初に行ったときは校長さんから「諸君は優秀だと思って呼んだわけではない。打たれ強く体力がありそうだからだ」と言われたときは「オレって何?体育系じゃないけど」と自問自答しました(笑)。

ところで、ある夜、採点にくたびれ果てて近くにいる福井出身の先生に、「生徒にこんなに勉強させて大丈夫なんか?」とつぶやいたら「高校生が勉強するのは当たり前です。私の高校時代もこうでしたから違和感はありません。新潟が緩すぎるんです!」と言い放たれたことがありました。

昨日、ブログに書いた福井、富山の「公立王国」の伝統をまざまざと感じた瞬間なのですが、国際情報高校は要するに当時、様々な課題があり「温泉ユルユル文化」を抜け出せなかった新潟県の高校教育に改革の風を吹かせるために当時(平成の初期)の県教委の肝いりで創立された新潟県最後の「校舎まで新築の新設校」でした。

そして「全国スタンダード」を身に付けたスタッフを他の学校に異動させて県内各地の進学校文化の改革を図るというのが戦略だったと思います。

そして、ちょうど国際情報高校10年目頃からアチコチに中等教育学校が設置されはじめ、「同志」が中等教育学校に多く動いていきました。

従って、県内の中等教育学校の学習指導、生徒指導スタイルは、ほぼ国際情報高校で培った、もしくは編み出されたノウハウやシステムが基本となっています。

当然、各校に応じていろいろとソフトのバージョンアップはしていますが、どこも「基本OS」は変わっていませんね。つまり批判承知で書くと、県内の中等教育学校は国際情報高校の遺伝子を有した「子ども」ということになります。

やがて、世の常であるように、「子どもが親を超えるような成長」を見せるようになると、本家の国際情報は定員割れが続くようになりました。おそらく「志高く保てる生徒」は無理をして浦佐の国際情報に行くよりも、小学校卒業時点で、地元の中等教育学校に行くようになったのでしょう。

例えば、今回、津南中等教育学校の件で奮闘していた日本最年少女性町長さんの桑原悠津南町長さんは国際情報高校出身(確か11期生?教員室で話題になる優秀な生徒さんでした)ですが、もし当時、津南中等教育学校があれば、果たして国際情報高校に来ていたかどうかはわかりません。

というわけで、順調にスタートした子ども、すなわち中等教育学校ですが、その設置数の多さがやがてマイナスに作用しはじめたと私は思っています。(この稿、続く)





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皆様、おはようございます。

昨日(6月30日火)は党議、過疎地域対策のための特定地域活性化議連、港湾物流エネルギー議連、その後は部局打ち合わせを経て、上越へ帰還してロータリークラブの夜例会=飲み会に久しぶりに参加という一日でした。

港湾エネルギー議連関係では世界最大級の木質バイオマス発電進出計画や昨日、連合委員会で知事とやり取りした新潟空港活性化に関する(仮称)Toki Air さんの進出方針についてそれぞれの会社さんから説明がありました。

木質バイオマス発電はなんとなく上越市、直江津港こそ適地のような気がしますが、今後、地域として大いに検討すべき計画だと思いました。産業誘致や企業進出を図らなければ地域の未来にはつながりません。

ロシアからの木材船は子供のころの直江津港の風景ですが、違う形の木材を運んでくる船への期待が高まります。歴史は繰り返すのです!要検討ですよ、上越市様!(笑)

さて、今日の一枚は直江津中等教育学校の門柱。

まぁ、実はここには「新潟県立直江津高等学校」という校名板がはまっていたはずです。最初に結論を書くと、「それがすべての問題」と言っていいと思います。

昨日の地方紙一面を飾ってしまった中等教育学校問題。先日のブログにも書きましたが結局、津南、佐渡とも「あり方を検討する」となり当初計画の募集停止=廃校案撤回ということで当面の決着をみました。

とりあえず「仕切り直し」ということで、まずは有識者会議などを実施して課題を検討することになるのでしょう。

これは津南、佐渡だけの問題ではなく、中等教育学校という制度自体の在り方の問題に踏み込まざるを得ないので、一見、安定している直江津中等教育学校もそういう意味では「あり方」を考えていく必要があるでしょう。

というわけで、この問題はすぐには決着がつきそうもありませんね。今回、私の周りでもいろいろな意見や疑問が飛び交っていました。

それを拝聴していると、少し論点が違っていたり、間違った認識に基づいて意見が発せられたりしている気がしたので、連載方式でこの問題を多角的に考えてみたいと思います。

もちろん、私の見方がすべて正しいとか言うつもりはありませんので、あくまで1つの見方だ、ととらえていただきたいと思います。

まず、自分の立ち位置をはっきりさせないといけないので、批判されたり、「こんな馬鹿野郎に投票するか!」という危険性も大いにあるかと思いますが(涙)、「元プロ」として正直に自分の見解を明らかにしたいと思います。

まず、現在、通学している生徒や保護者の皆さん、あるいはすでに多くいる卒業生の皆さんには大変申し訳ないのですが、私は「新潟県の」公立中等教育学校は歴史的使命を終えたと思っています。

従って、時代に合った違う中高一貫教育の在り方、発想を模索すべきだという考えに立脚しています。なお、それは個々の学校の責任やこれまでの成果とは関係ありません。

多少、専門的な話になりますが、中等教育学校はいわゆる中高一貫教育校の1つで、他には附属中学を持ち高校からも入学できる「併設型」、そして地域の中学校とカリキュラムなどを連続させるような「連携型」の3つのタイプがあります。

連携型は同じ学校とは言えないので、主なものは「中等教育学校」と「併設型の中高一貫教育校」ということになります。違いはいろいろありますが、中等教育学校は途中からの入学はできないと考えればよいかと思います。

以前のブログで公立の中等教育学校は全国で32校でそのうち7校は新潟県で実に全国の四分の一近くが本県に集中していると書きました。(多分間違っていないと思いますが)
http://blog.livedoor.jp/saikyo_shirou/archives/23797336.html

もう少し詳しく見ると、全国的には公立中等教育学校+公立の併設型中高一貫教育校が約130校ですから、併設型の方が設置数の上では圧倒的に多く、全国的にみれば公立中等教育学校の3倍近くの設置数なのです。

新潟県内はすでに撤退してしまいましたが併設型は阿賀黎明高校・中学校(津川)の一校のみでしたから、逆に中等教育学校数が「併設型」の7倍ということになります。

こうした数値でもわかるように新潟県の中等教育学校の設置数は単に数が多いだけでなく、中高一貫教育校の内訳的にも中等教育学校の設置比率が全国ダントツであることがわかります。

ところで、中等教育学校は大学等の入試に強みがあったから設置したのだという新聞報道がありましたが、それは都会の私立に当てはまるかもしれませんが、地方では必ずしもそうではありません。

全国的にみて、いわゆる進学実績というカテゴリーで見るならば、地方は公立有利といってよいでしょう。その中でも圧倒的に公立が強いのは富山、石川、福井の北陸三県と愛知県です。業界では「公立王国」とよばれています。

富山、石川、福井、愛知のなかで公立中等教育学校を設置している県は実は一つもないはずです。富山県はそもそも中高一貫校がありませんし、石川、福井は併設型が各一校、愛知は連携型があるだけで中等教育学校も併設型もなかったと思います。

つまり大学受験に関して先進的な地方県はほとんど公立中高一貫校を設置していないということです。

ということは地方の公立中等教育学校が大学進学に対して圧倒的な優位性があるかどうかはわからなかったということになります。前回のブログで「実験」と書いたのはそういうことです。

もし大学進学実績を狙って設置したのであれば、全国の地方県としては圧倒的に大学等進学率が低かった新潟県の状況を一変させることを中等教育学校の実験に託した、とも言えるのかもしれません。

しかし、新潟県が大学進学実績で富山、石川、福井の北陸三県や愛知の公立学校に追いついたことなどはありませんし、いまだ、背中すら見えない状況は変化がありません(涙)。

また、中等教育学校が結果を出し始めてから全県的に飛躍的に大学等進学率が向上したということも残念ながら、ありません。

さて、話は変わりますが、全国初の中等教育学校は宮崎県の県立五ヶ瀬中等教育学校という学校です。熊本との県境に近い緑豊かな中山間地に、全く新しい学校として設置され、1学年40人の、つまり一クラスの全寮制学校で設立時(平成の初期)には全国的に注目を集めた「超トンがった学校」でした。

その設立コンセプト、スクールポリシー、設備に至るまで大変申し訳ないのですが、新潟県の中等教育学校とは比べ物にならないどころか次元が違います。
http://gokase-h.com/

したがって、「佐渡は1クラス規模(津南も実生徒数は実質一クラス程度です)なので豊かな教育環境が保障できない」というのは、「新潟県では事実」なのですが、宮崎県では「事実ではない」のです。

なぜなら日本初の中等教育学校はもともと一クラスしかなく、そして現在も倍率は2倍から3倍の間を推移しています。因みにここは津南もビックリの山奥の過疎地です(失礼!しかし、五ヶ瀬町の人口は3,500人程度、津南町は9,000人超?)

「過疎地で人口が少ないから」とか、「1クラスになっちゃった」とかいうお話が、実は「本質的な中等教育学校の在り方」に全く関係がないのは、日本初の中等教育学校、五ヶ瀬中等教育学校が証明しているといえるでしょう。

つまり、それは「中等教育学校」設置というものへの、県としての「心構え」というか「気合」が新潟県とは全く違っていたから、と言っていいと思います。

しかし、新潟県もかつて、圧倒的な覚悟と想い入れを持って、中山間地の過疎地に新設校を設置したことがありました。国際情報高等学校という学校でした。

(この稿続く:書きくたびれたので(笑)次の連載はいつになるかは未定です(汗))


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皆様、おはようございます。

昨日(6月29日月曜)は、終日、連合委員会質疑、昼には歯科医師会の皆さんとの会合の一日でした。

歯科医師会の皆さんもコロナ禍で大変な被害を被ったようですが、適切な口腔ケアはウイルス対策にも極めて有効だそうで、思わずいつもより歯磨きを頑張りました(笑)。

さて、今日の一枚は連合委員会質疑順。

昨日はトップバッターでしたね。2次連合に登場するのは初体験。

本会議場でやるのですが、本会議ではないので、なんとなくユルい感じなのが心地良かったです(笑)。

本会議質疑は壇上中央ですが、連合委員会は端っこの方に席があり、そこで質疑をします。

知事はじめ答弁者もいちいち登壇せず自席で話すので、進行もスムーズ、妙な間がなくポンポン進みます。

何より一問一答なのでリズムが良いですね。

昨日は新潟空港活性化、上越新潟間の鉄道利便性向上、保倉川放水路と直江津港埠頭整備の関連性について質疑しました。

結果的に交通政策局に集中してしまい、答弁作成にご苦労されたことでしょう。

連合は乾いていないネタという条件があるので、どうしてもしつこい内容になりがち(笑)。

答える方も「こないだもさっきも言ったんだけどなー」ということになります。

したがって知事の答弁にもっとも良く出てくるフレーズは「先程もお答えしましたが」と「繰り返しとなりますが」になります(笑)。

私も昨日、3回くらいありましたかね(笑)

花角知事は慎重な答弁をされるタイプなので、我々には踏み込み不足と取られますが、事務方には安心な知事さんです。

ところで、どこかのマスコミさんが、「政治家か行政マンか?」みたいな記事を書いてましたが、知事なんですから行政的でなくては大混乱になるでしょう。

知事から政治的要素を引き出すのは実は我々の仕事。もちろんそれは個人の議員では難しく、そのために会派というのがあると思っています。

昨日の私の質問で「ちょっと動いたこと」があるらしい?のですが、その質問は私が作ったものではなく、我が党の小島隆議員の意見を部会代表として質疑したものです。

以前にも小島隆議員が繰り返し質疑した延長線上にあるわけで、私個人ではなく部会として取り組んできた内容。

多分動いたことは一ミリくらいかもしれませんが、わずかでも政治的な発言を引き出すのは、議員間のそうした連携やパスワークが大切なのです。それが会派の意味合いだと思います。

政治というと派手なパフォーマンスや威勢の良い演説を是とする風潮もありますが、実は見えないところで連携したり汗をかいたりすることが、議員のお仕事。

我が党の役員の皆さんなどは、かなり大量の汗を、見えないところでかいています。

一寸の虫にも五分の魂の心意気が座右の銘であるのが、大切。

僅かな前進も十分な議論と調整があってこそ。
そういう意味で花角知事が行政マンの皆さんに評価されているのは、そういうプロセスを大切にするからでしょう。

一ミリの前進もそれまでの取り組みや経過を考えながらチームでプレーすること。

それが政治だと思っています。

私の連合委員会初質問は、さしたる前進はないようですが、次を意識してやったつもり。

小さな議事録の文言を踏み台にして次に一ミリ動かせれば、昨日の質疑も未来に生きるはずです。

一般的に言われたり、見られたりしている政治のイメージとは違う、地道な取組が真の政治の姿。だから花角知事は実は政治家的なのですよ。

それを少しでも伝えられるように、このブログも書いていきたいと思います。


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皆様、おはようございます。

昨日(6月28日日曜)は午後から髙橋浩輔市議とその仲間達との交通、観光などの地域づくりに関するミーティング、そのほかはひたすら本日の連合委員会質疑の原稿作成というPCに向かう時間の多い一日でした。

午後から外出しようとしたら、事務所の駐車場がほぼ満杯(といっても5,6台停まれば満車ですが(笑))。今日は事務所がお休みなので何事か起こったか?と思ったら市会議員さんの直江津てくてく探検ツアー日だったのですね。事前に「駐車するよ」と言われていたのですが忘れてました(汗)。

丁度、戻ったところで地元の歴史、建造物に詳しくNPOなどでも活躍しているIさんがいました。先生役だったのですね。お疲れさまでした!

江口隊長以下、新人議員さんを中心に街を闊歩したようです。声かけてくれれば私も歩いたのに残念です!

私と言えば、これまた新人議員さんの同級生、髙橋市議と地域勉強会。私の考えていたことや動いている内容とフィットしている部分もあり、大いに参考になりました。

ともかくも新人議員さんたちもあちこちで自主的な活動を始めています!新しい風が吹き始めている予感。文句をいうだけでなく、我々の代表である市議さんの活動を応援していきたいものです!

さて、今日の一枚は長岡の県立近代美術館玄関に鎮座している彫像です。

どっしりとした聖母子像でしょうか、埴輪を思わせるようなふくよかさ。この手のものは全く詳しくないのですが、なんとなく落ち着いた気分になりますね。

先日、新潟帰りにちょっと寄ったときの写真ですが、コレクション展をやっていて、夕刻だったせいかほとんど人はおらず、ゆっくりとした時間を過ごしました。

上越出身の画家、牧野虎雄の作品も丁度展示してあり、偶然行った割には?アタリの企画でした。

「千秋が原ふるさとの森」にある近美は隣に素晴らしい音響を誇るリリックホールもあり、造形大もほど近く。新潟県を代表する文化芸術ゾーンだと思います。この手のものが好きな私は恐らく一日いても飽きないでしょう(笑)。

ちょっと離れていますが、長岡には歴史博物館もあり、これまた素晴らしい施設。そういわれてみれば近美に歴博と長岡の県立文化施設は大変充実しています。

あれ?そういわれてみれば上越には何があるんだろう?昨年、県立謙信公武道館がオープンしましたがスポーツ系。文化施設は何があるんでしょうかね?あっ無いかも(驚)。

まぁ、「地滑り記念館」など小さなものはありそうですがちょっと思いつかないですね。県立施設で検索してみましたが「新潟県の施設案内」にはやはり、謙信公武道館しかありませんでした。

「いーなー長岡」(笑)。上越エリアは県のHPの「新潟県の施設案内」に出てくる文化施設は一つもありません。

このHPページの担当は知事政策局ですか?今度、なんで上越エリアの施設がすべて合わせても謙信公武道館しかないのか聞いてみましょうかね。担当はICT推進課か?おっ!なんと教え子がいるではないですか!

もっとも政策局は「県庁一の手練れ集団」なので、私が逆サイドなら「県議、上越は街自体が文化的なのでわざわざ建物を建てる必要などないのです」とか言っちゃうだろうな(笑)。

「騙されません、建つまでは!」を合言葉に文化施設の誘致に向けて活動しようかと思いました(笑)。

もちろん、こういう地域エゴが県財政を追い詰めるので(笑)、変な絡み方はしませんが、千年もの間、越後の国府を務めた街に、県立の文化施設が一つもないのはなぜなのか?と素朴な疑問に気づいた、あまりに素晴らしい、久しぶりの県立近代美術館訪問でした。

いーなー長岡(笑)。
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