セイラビリティ‐ハンサセーリング(HANSA Sailing)

ユニバーサルデザインのHANSA Sailingを使った
Sailing for Everyone セイラビリティの毎日を紹介します

写真は、今自分が乗っている車である。 走行距離は、それほどでもないけれど、古い!! もう20年以上昔のユーノスロードスター 愛着があります、車に愛着を持ったなんて言うのは、これが最初で最期だろうと思っています。 最近、ほんの少しなんです、床が真っ黒になる ...

セーリングが普及していくどころか、セーリングを楽しむ人が、どんどん少なくなってゆくっていうセーラーの悩みを聞いてもう随分になる。 このハンザの普及を始めた2000年当時でさえ、若い人たちがセーリングに加わってこない、年寄りばかりになるって心配していたが、 ...

昨日、大阪市に出る用事がありました。 時間が空いたので、心斎橋大丸にふらっと入ったのです。 楚姫で見つけたのが、この可愛い形をした、椅子の上に乗せるクッション、なんでも姿勢を矯正するためのもの、なんとなくゴーカートを思い出させました。 ハンザのハンモック ...

クリスさんが、今回日本に来た1番の動機は、ホテル情報を得ることだったと思っています。 約6ヶ月前に来た時、その時は、ホテル情報を集めてくださいって、自分では集めることなく、依頼して帰ってゆきましたが、ギーロングに行った時に、情報が来ていない、このままでは ...

ハンザクラスは、以前アクセスディンギーという名前でやって来ましたが、いつの頃だったか、自分にしてはつい最近のことのように感じるのですが、ハンザクラスっていう名前に変わりました。 名前なんてどうでも良いって思ってみたりしていたのですが、未だに、どうしてア ...

ハンザのサーボシステムを知った時、なる程ヨットにいまのテクノロジーを利用すれば可能性がもっと広がってゆくと感心したものです。 だって、自分で食事もできない人が自ら操船して自分の意思をじつげんしてゆくというのは、画期的だとおもいました。 ところが、そういう ...

現在の私たち人間は、いろんな方法で力を利用します。 良い例が電車や自動車、 人間が、運べるのって大人だったら一人をおぶって行くのがせいぜいで、二人も、3人も運べるわけがありません。 車に乗せて5、6人を送ってゆくのって、これは通常あることなんです。 そ ...

横須賀に野比海岸というのがあると聞いて一度は行かねばならんと思っていました。 それで江の島の交流レガッタの翌日、野比海岸に、近くに住むお友達にお願いして案内していただきました。 JR横須賀線で久里浜で降りると、もう野比だらけ! ここら辺は何度か来ているはず ...

オーストラリア メルボルン近郊のジーロングで行われた、HANSA アジアパシフィック選手権に、広島や横浜、江の島の皆さんと一緒に行った時、 誰かと話をしていたら、背中のショルダーバックが、誰かに触られているみたいで変に動いているんです。 一体、誰がなにをしてい ...

機関紙てるテールからの紹介です。 HANSAボートがいろんな国のボートショウで、展示されているんだろうって、思っています。 今回は、3箇所のボートショウで展示されたって紹介されていますが、そのうちの一つが日本インターナショナルボートショウ きっと横浜だろう ...

日本では この形はあんまり見かけませんというのか、見たことがありません。 一種の船台とも思えるのですが、車が二つしかついていないので、そのままで上にボートを乗せて置いておくには安定性が不十分なんです。 名前はShore Shuttle, シャトルバスのシャトルだから、 ...

オーストラリアのセイラビリティ活動が行われているマリーナに行くと、やけにこのクレーンが目につくのです。 日本では、見かけないんだと話をすると、日本人は力持ちなんだねぇって、皮肉たっぷりに言われてしまいます。 ボランティアスタッフのことを考えると、もっと ...

先日、広島からワールドのロゴが決まったと知らせがありました。 太陽とハンザとそれに宮島の鳥居がデザインされています。 今年に、いろんな準備をより進めるためのロゴ!と同時にいろんなことが準備されています。 オーストラリアのアリスターピークさんが宮島の鳥居の ...

7のお通夜に行ったのは、書いた通りで、昨日の葬式の方には、南港でHansaの引き取りを予定していたので、行かないつもりだった。 でも、引き取りの予定を昼一にしていたのを、午前中に行って早く引き取りをさせてもらったので、お葬式には間に合わなかったけれど、お骨を ...

昨日は、7の訃報がありましたが、こういうことは、重なるのか? 冬が過ぎて、春になるのだから、体力回復の季節と思っている自分の考えが間違っているのか? 今朝、江ノ島から訃報の連絡が来たのです。 セイラビリティ江ノ島や、ぴっこらクラブを通じてやっぱり活動を助 ...

7っていう、あだ名で知ってもらっていて、古いヨット仲間で、このアクセスディンギーを始めた時も、いろんな意味でお世話になっていて、かけがいのない友人だった。 始めて一緒にヤマハ33、船の名前は、カザグルマ、初めてあったのがその時だったのだから40年くらいに ...

7っていう、あだ名で知ってもらっていて、古いヨット仲間で、このアクセスディンギーを始めた時も、いろんな意味でお世話になっていて、かけがいのない友人だった。 始めて一緒にヤマハ33、船の名前は、カザグルマ、初めてあったのがその時だったのだから40年くらい ...

昨日、書いていたのに、松の葉っぱを3年くらって飛べるようになったのじゃないかって、勘違いした坊主は河内国金剛寺の坊主だった。 昔は天野山といって、冬の山歩きに行かされたところだ。 もう随分になるので記憶も薄れかかっているけれど、なんか温かいものを食べたの ...

今住んでいる泉州の話が出ると、どうしても気になるのです。 堺の医者の藤井宗徳の長男息子で、藤井徳庵という人がいたそうです。 西鶴の俳句仲間で  号は社楽斎という変わり者! 母親の実家が、堺で初めて錦を織ったので、派手な錦の織物を身にまとっていた。 医者の ...

昨年のオーストラリア遠征には、大勢の方の参加と、それに協力をいただき、楽しい思い出を作ることができたと、今でも胸が熱くなります。 自分では初志の目的を、果たし終えたと思っているのですが、いや、あの時に私たちが持つことができた友情の架け橋が、せっかくでき ...

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