341cff97.JPGアーウィン

昨夜、かえって来ました。
今回もいろんなことがありました。
そう、考えられないことが起こって、不思議やなぁ〜と思ったりしています。

ボツボツ、ここにも書いていこうと思っていますが、なんと言ってもAlwinとあえたことが一番不思議なことです。

泊まる予定のMooloolabaに着いたのが22日のお昼でした。

グラームさんがひざの手術をして来れなくなってしまい、Yoshiさんも昔の知り合いのところに泊まっていて、それにMooloolabaの友人のNeilも、ゴールドコーストに行っていて一人でレストランに入るのも寂しいものだと、スーパーマーケットに行って食料をかって、酒屋でビールを手に入れたり、それにMooloolabaの町の変貌に興味があって探訪していたりして過ごしていたのです。

今回は、急にいろんな計画が変更になって、来た甲斐の無い旅行になってしまうのではと一寸心配していました。

次の朝になっても、何処からも連絡無いし、Mooloolabaの砂浜を歩こうとおもって出かけました。


このビーチには、町とはちょっとしたブッシュで仕切られているのですが、そのブッシュの中にボードウォークが作られていて、1996年の市長が発案して建設を始めたと書いていました。
以前、来たときは、みすぼらしいものだったのですが、今回のボードウォーク、鳥が歩いていたり、トカゲのような動物を見かけたり、それに、砂浜を歩いている人を眺めるところがあったり、なかなか楽しい散歩道になっていました。

ボードウォークはヨットハーバーの入り口になる小さな灯台まで続いています。



7年前にシドニーでノックダウンして、嵐の中をここまで帰ってきたことを思い出しながら、自分も歩いてみました。

もやっているヨットを眺めたり、ボードに乗って川を泳いでわたる人を見つけたり(これは実に良い考えで、次は自分でやってみようと思ったり…)

ぼんやり過ごしていると、おなかが減ってきて、町のほうに戻ろうと思いました。

ボードウォークをもう一度歩くのもつまらないので、ヨットクラブの前の道を歩いていたのです。

ちょうど、ヨットクラブの駐車場で、話をしている3人連れがいて、その一人の顔に見覚えがあって、それでもわかりませんでした。

別のほうを向いている大男の顔を見て、初めて判ったのです。

1999年メルボルンー大阪に出たとき、一緒に乗ったノーバーツとアーウィンだったのです。

嬉しかったので、アーウィンと大声で叫びました。

アーウィンは此方をみて、きょとんとしています。

「NOBI」と言うと、ノーバーツが

「NOBI Nishii」と大声で叫びました。

7年ぶりのブランクは、すぐに解けてしまいました。

本当、驚きました。

Mooloolabaにおいているアーウィンの船の大型テレビを外そうとして外せなかったので、ノーバーツに来てもらって外し終わってぺちゃぺちゃ話をしているところに行ったみたいで、本当に偶然だったのです。

一週間ほど前に、お前の写真が出てきて、話をしていた所だ

今回、Mooloolabaに行くので、アーウィンに何度か電話してみましたが、つながりませんでした。

本当、人生は何が起こるか判らない!

物語はそれだけで終わりません。


ニューカッスルについてグラームとあいました。
その日、日本から来た交換留学生にアクセスディンギーに乗ってもらうという企画がありました。
16歳と18歳のお嬢さん3人がベルモンに行って私達といっしょにアクセスディンギーに乗ってもらったのです。

その途中、自分とグラームは二人でタニーという視覚障害のセーラーでシドニーホバートに何度も参加してセーリングがすごく好きな人にアクセスディンギーを紹介するために、彼の家まで迎えに行きました。


車の中で色々話をして、それでその日は何もなく終わったのですが、2日ほどたって電話があって、
彼は翌日からハミルトン島ヨットレースに出るために出かけて行ったらしいのですが、その途中バスの中で隣に座った人と話をしていて、前日こんなことがあったと我々の話をしたらしいのです。

友人のグラームが、にほんでNobi Nishiiと言うやつと一緒にセイラビリティの普及を始めたというと

話をしていた人が
「NOBI Nishii!俺はそいつを知っている!」と言い出しました。

なんと12年前のブリスベーン大阪で一緒にでたブルスだったのです。

其れを電話で聞いて本当に驚きました。

オーストラリアドルに交換できなくて、銀行に来るまで連れて行った人の一人です。

人生、面白いものです。