DSCN6601 演奏後、97歳の肥田俊太郎先生と 


320日、肥田舜太郎先生が、亡くなられた。広島で生まれ、原子爆弾投下で自身も被爆しながら、
医師として原爆投下直後から、被爆者の救援や、治療にあたった。以来、被爆者の診察を続け、被
爆の実相を語り、核兵器廃絶を訴え続けてきた。埼玉合唱団としては、毎年夏に行われる原爆死没
者慰霊式への参加や、平和の取り組みなどで、ご一緒させて頂いた。

気さくな先生で、原爆死没者慰霊式で私たちが歌い終わると、にこにこしながら「みなさんのうたごえ
があって、慰霊式も明るい気持ちになれるよ」などと、声をかけて頂いた事もあった。

今年129日のしらさぎ会(埼玉県原爆被害者協議会)の肥田先生の100歳を祝う「新春のつどい」で
も、元気な姿でいらっしゃっていて、みなさんから贈られたピンクの帽子とちゃんちゃんこを着て、肥
田先生が大好きな牧村三枝子の「みちづれ」を、しっかりした声で歌われていた。「
100歳まで生きた
んだから、あと
5年、10年、また皆さんと会いたいですね。皆さんも健康に気をつけて、頑張って下さ
いね。」と、こちらが激励されるやら。

そして、「70年の長い間、被爆者はよくやったと思う。被爆者が戦後ずっと、原爆を呪い、我が身の不
幸を嘆くばかりで生きてきたとしたら、核廃絶の声はこれほど高まらなかったはず。皆さんも、自分の
中にある勇気を信じて下さい」と。


 肥田先生、もうお会いできないのは、とっても寂しいですが、みんなで一日も早く、核兵器のない平
和な世界を作るために、頑張っていきたいと思います。

長い間、ありがとうございました。


埼玉合唱団 林 和恵