at 09:23│エリトリア | エリトリア正教会

2016年12月11日

エリトリア人の信仰心にふれる ~聖マリア教会~

エリトリアの首都アスマラにある、聖マリア教会をご紹介します。
エリトリアでは古くからエリトリア正教が信仰されています。エチオピア正教の流れをくみ、1993年のエリトリア独立後、一部がエリトリア正教会として分離しました。現在はカトリック、プロテスタントそれからイスラム教も共存し、様々な宗教を信仰する人々が平和に暮らしています。
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聖マリア教会の日曜礼拝

この聖マリア正教会のあった場所には7世紀頃から小さな教会がありましたが、現在の建物は1917年~1920年に建てられたもので、正面に描かれる宗教画は1950年代にイタリア人の画家によって描かれました。
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毎週日曜日の朝には礼拝に多くの人々が集い、その敬虔な姿に心を打たれます。
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建物は四角形をしており、エリトリア正教の教会内部は3つのセクションに分かれます。
観光客も靴を脱いで内部のカディスト(礼拝場所)へと入ることができます。
人々の信仰の深さに驚かされるばかりです。

①キナ・マフレット:シンギングプレイスと言われ、ミサの際に歌が歌われる場所です。
②カディスト:人々が礼拝をする場所で、男女別に分かれています。この教会では女性は右側、男性は左側にこのセクションが設けられています。
③カディスタ・カドゥスタン:最奥部に位置する聖室。司祭しか入ることができない、教会でもっとも大切な場所です。

朝、7時過ぎに教会を訪れると、既に司祭による説教が始まっており、多くの人々が集まっていました。
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説教する司祭

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教会内部にて

エリトリア正教会では白い服装が正装とされ、人々は白い衣装に身を包み教会に集います。
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聖マリア教会を訪れる際には、日曜礼拝の時間に訪れると、建築物としての教会だけでなく、エリトリアの人々の信仰心にも触れることができます。

エリトリアを訪れるツアーはこちら
知られざるアフリカの角 エリトリア




at 17:00│カーボヴェルデ | 西アフリカ

2016年11月02日

知られざる島国 カーボヴェエルデ ~世界遺産シダーデ・ヴェーリャ

 大阪支社 高橋です。

 ようやく秋らしい気候となり、東北地方では紅葉の風景が見られるというニュースを目にしました。私の住む関西地方では、紅葉はまだまだといった様子ですが、今シーズンはどこで紅葉を楽しもうか、現在検討中です。今日との嵐山あたりをのんびり散策しながら、紅葉を楽しむのも良いかもしれません。

 今回は、アフリカのセネガル沖約600kmの海上に浮かぶ島国カーボヴェルデについてご紹介します。
 
 大小15の火山群島で構成されている、アフリカ最西端の島国・カーボヴェルデ。
 島それぞれに特徴があり、いまだ火山活動を続けるフォゴ島、緑豊かな山岳風景の広がるサント・アンタン島、文化の中心サン・ヴィセンテ島など、島ごとに異なる風土を体感いただけます。

 アフリカ最西端の島国・カーボヴェルデを構成する島々の中に、「サンチャゴ島」があります。

 ここサンチャゴ島において、観光のメインとなるのが、サンチャゴ島の盛衰を今に伝える歴史地区として、世界遺産に登録されている「シダーデ・ヴェーリャ」です。

 シダーデ・ヴェーリャは、首都プライアから15kmのところに位置しており、都市名は「古い都市」を意味します。カーボヴェルデ・クレオール語では単に「シダディ」(Sidadi)とも呼ばれています。

 アフリカ北西岸の沖合にあり、市の中心部は「熱帯地方で最初のヨーロッパ人の入植地」であります。
 サンチャゴ島が発見されたのち、1462年にアントニオ・ダ・ノリ(António da Noli)によってこの町は「リベイラ・グランデ」(ポルトガル語で「大河」の意味)と名付けられました。
 その後、1466年にシダーデ・ヴェーリャは、ギニアビサウやシエラレオネからブラジルやカリブ海地域へ奴隷を輸出する重要な貿易港となり、その結果、シダーデ・ヴェーリャはポルトガル入植地のなかで2番目に豊かな都市になったのです。

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【大西洋とシダーデ・ヴェーリャの街並みを一望】


 1572年までに、リベイラ・グランデの街には約1500人の人々が生活するまでになりましたが、その多くは谷の上までプランテーションを広げるための奴隷たちだったと言われています。谷の上方までオレンジ、レモン、ザクロ、イチジク、ヤシの木などで生い茂っていたそうです。

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【バナナ・プランテーションが広がる渓谷の展望】


 市内を一望できる「サン・フィリペ要塞」は1590年に建造されました。
 その目的は、(ポルトガルの)植民地をイギリスやフランスの手から、また度重なる海賊の侵入・破壊からリベイラ・グランデの街を守ることにありました。
 海賊たちの度重なる侵入、破壊、略奪により、要塞内で現存するのは「貯水タンク」のみでした。
 この貯水タンクは、雨水が水路を通り、小窓から地下のタンクに貯められる構造であり、また、動物の皮で作った袋を利用し、渓谷から水を運んでいたという話もあります。
 これらの作業は、想像するだけでも大変な仕事、奴隷貿易の重要な拠点として栄えた都市であったことを考えると、それらの仕事は奴隷がおこなっていたのであろうことが想像できます。

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【現存する貯水タンク】

 要塞内には、当時は武器庫、兵舎、礼拝堂さらには監獄までが建ち並んでいたとの事ですが、破壊され地中に埋もれてしまったとの事でした。

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【サン・フェリペ要塞】


 海岸線側の方へ足を延ばすと、いくつかの大砲も残されています。
 これらの大砲は、海より侵入・攻撃してくる海賊から、イギリスやフランスから、ポルトガル人入植地を守るために設置されていたというのは安易に想像がつくかと思います。

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【「海側」に向いた大砲】


 これらの「大砲の向き」について、現地ガイドさんから興味深い話をしていただきました。

 1585年、イギリスの海賊サー・フランシス・ドレイクは25隻の船、2300人の船員たちという大海賊団を組んでサンティアゴ島に到着し、リベイラ・グランデ(現在のシダーデ・ヴェーリャ)を略奪したという歴史があります。
 ドレイクの船団はこのリベイラ・グランデに2度上陸し、攻略した後にサン・フェリペ要塞までの山路を登って到達、攻め落としたとされており、その後に要塞の大砲は海側に向けられました。

 その後、1712年にジャック・カサール(Jacques Cassard)率いるフランス軍の船団が侵入してきた際、フランス軍はプライアの港に船を隠し、陸路でシダーデ・ヴェーリャに進軍し、背後(山側)から要塞を襲撃しました。
 その後、村へと下り略奪を行ったとされ、その後に要塞の大砲が山側に向けられたということでした。

 このような興味深いシターデ・ヴェーリャのサン・フェリペ要塞の見学を終えた後、海沿いに広がる「シダーデ・ヴェーリャの街の散策」もお楽しみいただきます。
 街の見どころは、また後日お伝えいたします。

 熱帯地域に初めて建設されたヨーロッパ入植地の姿を伝えるだけでなく、奴隷貿易の重要な拠点として複数の大陸の歴史にとって重要な役割も果たしたシターデ・ヴェーリャに興味を持たれた方、また、その他の島々の異なる風土を体感されたい方は、是非西遊旅行へご一報ください。

 次回は「シダーデ・ヴェーリャの街の散策」のみどころをご紹介いたします。

 つづく・・・。

■「世界遺産シダーデ・ヴェーリャ」へ訪れるツアー
 アフリカ最西端の島国 カーボヴェルデ
 ~知られざる島国・カーボヴェルデの自然と歴史を知る旅
 ①01月21日(土) ~ 01月30日(月) 10日間 ※まもなく催行
 ②02月18日(土) ~ 02月27日(月) 10日間 ※ご集中























 
 

at 10:01

2016年10月19日

ナミビアと言えば…

東京本社 寺阪です。

さて、ナミビアと言ったら何を思い浮かべるでしょうか?
おそらくナミブ砂漠という方が多いのではないかと思います。

かくいう自分も以前、個人的にナミビアを訪れた際はナミブ砂漠を目的に行ってきました。
オレンジ色の砂丘、そして立ち枯れたアカシアの木が並ぶまるで絵画のようなデッドフレイ。
どちらも魅力ですが、個人的には白とオレンジと青のコントラストが美しいデッドフレイが一番のオススメです。

※下記写真は全て3月に同行させていただいた時に撮影したものです。

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絵画のようなデッドフレイのアカシア


もちろん、有名な砂丘、デューン45や他の砂丘も美しいです。
こちらは通常、早朝に訪れるため、美しい陰影との対比がご覧いただけます。

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名前のついていない砂丘


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デューン45の上からの眺め


そしてツアーでは、小型機に乗り、デューン45やデッドフレイの上空を通過し、大西洋まで行ってくるデザートフライトを体験、地上からだけでなく、空からもナミブ砂漠を堪能いただきます。
地上からとはまた違った美しさを存分に味わえます。


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このような小型機に搭乗


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デューン45(中央やや左下の砂丘)の上空を通過


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デッドフレイの上空を通過


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大西洋まで迫る砂丘


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上空から見るナミブ砂漠



ツアーではナミブ砂漠だけではなく、不思議な植物ウェルウィッチア、巨大なオットセイのコロニー、珪化木がゴロゴロと転がる化石の森、世界遺産にも登録されているトゥバイフルフォンテインの岩画など、他にも見どころが満載となっております。
http://blog.livedoor.jp/saiyutravel-africa/archives/4991782.html

さらにヒンバ族の村を訪れたりエトーシャ国立公園でのサファリもあったり、毎日違う景色がご覧いただけ、飽きることはございません。

砂漠に興味のある方、サファリにも興味ある方、動物や民族に興味のある方、いろんな方にオススメのツアーとなっております。
是非、一度ナミビアを訪れてください。

現在発表中の日程は、
12/24発→募集中
12/29発→催行決定
2/17発→まもなく催行
3/11発→まもなく催行
となっております。

ツアーの詳細や最新の催行状況はこちらをご覧ください。


at 20:00│モロッコ | 旧市街

2016年10月11日

カサブランカ~ダカールを走る 【モロッコ編】

こんにちは。大阪支社の前川です。

広い国土のアフリカ大陸にある数々の国は訪れる国によって全く違った雰囲気を感じることが出来ます。

今回ご紹介する、大西洋岸を走るルートは1979年から始まった、フランス・パリをスタートし、スペインのバルセロナからアフリカ大陸に渡り、セネガルの首都・ダカールまでのおよそ12000kmを走る「パリ・ダカール・ラリー」のルートの一部としても知られています。

また大航海時代には、魔物が住む海域と呼ばれ船乗りたちから恐れられていました。
当時、エンリケ航海王子の「岬を越えて南進せよ」との命令に誰もが背き、なかなか航路は開けませんでしたが、ついに1人の門下が立ち上がり岬を越えました。
それがきっかけとなり、後続者が続き「喜望峰」に到達、1498年にはヴァスコ・ダ・ガマがインドへの航路を発見、1522年にはマゼランが世界一周に成功するなど偉大な結果が生まれることになりました。
そしてポルトガルは世界一の海洋王国をなりました。

旅はモロッコ第2の古都マラケシュからスタートします。旧市街全体が1985年に世界遺産に登録されました。
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 【大理石の装飾が美しいハビヤ宮殿】  IMG_0032_maekawa
 【ベン・ユースフ・マドラサ】

マラケシュでは市場を歩き、町の雰囲気も体感していただけます。更に夜には屋台もたくさん出て賑わうジャマ・エル・フナ広場の散策も。ここでのおすすめは新鮮なオレンジジュースです!!
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 【さまざまなスパイスが並ぶスーク】
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 【夜になると一段と賑やかになり多くの観光客で賑わうジャマ・エル・フナ広場】
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 【絞りたてのオレンジジュースはマラケシュの名物です】

マラケシュから南下をし、アトラス山脈を越えます。
3億年前にゴンドワナ大陸とローラシア大陸が衝突したときに隆起してできた山脈です。
アトラス山脈走る道中にはモロッコの固有種、アルガンの木が左右の車窓から見られます。
アルガンの実が好物のヤギが木に登って食べる様子も見られるかもしれません。
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アトラス山脈を越えてから、大西洋に沿って走ります。難攻不落の海域と呼ばれていたことが信じられないような穏やかな海岸線だったのが印象的です。
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現地料理は旅の楽しみの1つです!モロッコでは伝統的なタジン鍋料理、また大西洋のシーフード料理もご賞味いただきます!
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 【タジン鍋】
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 【シーフード料理】


モロッコからモーリタニア、さらにセネガルへと旅は続いていきます。
つづく。

■「夢のアフリカ大西洋岸ルート カサブランカ~ダカールを走る」

モロッコからモーリタニア、そしてセネガルの歴史とロマンを感じる旅、是非ご検討下さい。

at 10:28│チャド | サハラ砂漠

2016年09月22日

サハラの大国・チャド

アフリカ中央部に位置する国チャド。スーダン、中央アフリカ、カメルーン、ナイジェリア、ニジェール、リビアと国境を接し、国土の大半をサハラ砂漠が占めています。砂漠といえば砂丘をイメージする人が多いかもしれませんが、チャドの砂漠には大砂丘は少ない反面、土漠や山岳砂漠、礫砂漠などサハラの様々な姿をお楽しみいただけるという、サハラリピーターにはたまらない景色が広がります。

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エネディ山地北部に広がるバルクハン砂丘

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ハバイケの奇岩群

チャド北東部に広がるエネディ山地。チャドで最もみどころが残る場所といってよいでしょう。アルジェリアのタッシリ・ナジェールやアルホッガー、リビアのアカクスに匹敵する巨大な岩山が広がっています。これらの岩山は「タッシリ」と呼ばれ、風と雨により浸食された堆積岩(砂岩)の台地のことを意味します。このエネディ山地もサハラ砂漠の中央に位置する堆積岩(砂岩)の岩山で、全ての面を砂漠の砂により侵食されエネディ独得の渓谷、ワディ、ゲルタを作り出しています。

エネディ山地を最も有名にしている風景はアルシェイのゲルタでしょう。「ゲルタ」とはアラビア語で「砂漠にある水のたまっているところ」という意味があります。このゲルタに水を飲ませるためにたくさんのラクダが集まる風景は圧巻。ビューポイントまで片道1時間30分程、瓦礫や砂地の道を歩くと、素晴らしい風景に出会う事ができます。
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アルシェイのゲルタ

そしてこのゲルタには「サハラ最後のワニ」と呼ばれるワニが暮らしています。 1万年前まで続いた「緑のサハラの時代」にナイル・クロコダイルが西アフリカ全域に広がりました。その後の気候の変化で徐々に姿を消し、「サハラに生き残ったワニ」としてはチャドのエネディ山地だけになりました。 限られた食べ物、遺伝の問題などから体が矮小化し、ナイル・ワニは本来5mほどまで成長するのに対し、サハラのものは1.5~2mしかありません。 トゥブ族の人々はワニを神聖視し、ゲルタからこのワニがいなくなると水が枯れると信じ、大切にしています。ワニが人やラクダを襲うことも、人がワニを襲うこともないそうです。
アルシェイのワニ (4)
アルシェイのゲルタに生きるデザートクロコダイル

一般にサハラの壁画は古いものほど美しく、時代が新しいものは稚拙なものが多いように言われますが、チャドにおいては新しい時代のもの、馬の時代、ラクダの時代の壁画が美しく生き生きと表現されています。色素の材料はオークル(黄土)、岩石、卵、乳を使い、それをアカシアの樹液を用いて保護しています。

マンダゲリ
マンダゲリの壁画 ここは6m上に見上げた天井に多くの壁画が残っています。

テルケイ東 頭飾りをつけた男性
テルケイに残る岩絵 頭飾りをつけた男性

テルケイ東 走る馬の壁画
テルケイ 走る馬の壁画

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ビシャガラの岩絵

11月~2月にかけて、サハラのベストシーズンがスタート。チャドへのツアーも間もなく催行できるコースが2コースあります。是非、この機会に知られざるサハラの国チャドを訪れてみてください。

ツアーの詳細はこちらをクリック↓
チャド エネディ山地エクスペディション 18日間
01月15日(日) ~ 02月01日(水) 18日間 798,000円 催行間近

エネディとティベスティ山地 26日間
02月08日(水) ~ 03月05日(日) 26日間 1,150,000円 催行間近




at 09:00│エチオピア | ダナキル砂漠

2016年08月12日

ダナキル砂漠 快適キャンプ泊

こんにちは、大阪支社の中田です。

「エチオピアと大地溝帯」のパンフレットを発表させていただき、昨年に引き続き、大好評のダナキル砂漠ツアー。追加設定も4本発表いたしました。是非、ご予定を合わせてご参加ください。
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よくお問い合わせもいただくダナキルツアーでのキャンプ泊についてご案内したいと思います。
ダナキルツアーではお一人様に一張りずつテントを準備し、設営は現地スタッフが行います。テントを立てたご経験が無い方でも安心していただけます。
また、テント内は十分な広さがあります。テントを設営する場所は小石などが多いため、快適にお休みいただける様、簡易ベッドをテントの中に入れて、その上で寝袋をご利用いただきます。ベッドとお荷物を置いても十分なスペースがあります。寝袋は、弊社での貸し出しをご希望の方は、キャンプ地でお渡しして、朝には回収させていただくので、お荷物の心配もいりません。

■アフデラ湖畔を目の前に、キャンプ泊
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■エルタアレ山麓、頂上では点はありませんが、簡易ベッドの上に寝袋を敷いてお休みいただきます。
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また、専属コックが同行し、毎日バラエティに富んだ美味しい食事をお召し上がりいただきます。朝はおかゆも準備します。食事はテーブル、イスを準備し、そこでお召し上がりいただきます。
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■昼食の一例
アハメッド・エラではかまどを利用したラザニアやピザがでることもあります。
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■夕食の一例
夕食は、サラダやスープ、ピラフなど、メニューも豊富です。
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発電機を持って行くので、カメラの充電や、冷蔵庫に入れた冷たいお飲物もお楽しみいただけます。
猛暑の中、冷たいビールで乾杯できるのは西遊旅行ならでは。
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キャンプ生活も、ダナキルツアーの楽しい思い出のひとつになること間違いなしす。
是非、この機会にご参加ください。
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■ダナキルツアー
・追加設定も発表!ダナキルツアーの決定版
 「ダナキル砂漠・塩のキャラバンとエルタ・アレ火山
・“アフリカの角”ジブチからダナキル砂漠へ。
 「アフリカ大地溝帯最深部アファール・トライアングルを行く
・<新企画>ダナキル砂漠からアビシニア高原へ
 「ダナキル砂漠とアビシニア高原周遊の旅

at 09:00│エチオピア | アフリカの野生動物

2016年08月02日

天空の大自然 バレマウンテン国立公園でオオカミを追う!

アフリカ大地溝帯が貫くエチオピアは、ダナキル砂漠のような海抜-120mにもなる低地から、標高4,000mを超える高原地帯まで、変化に富んだ大地が広がります。

今回紹介させていただくバレマウンテン国立公園は首都アディスアベバから420kmほど南に位置し、車で8時間ほどの距離にあります。この国立公園は東京都の面積とほぼ同じ2,165平方㎞2

森林から草原、高原地帯と変化に富む地形で、特筆すべきはアフリカ最大のアフロアルパイン(高山植物相)を持ちます。この珍しい景観を高原に暮らす動物を捉えた写真とともにご覧ください。

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【バレマウンテン国立公園の概略図】

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【サネッティ高原と群生するロベリア】森林限界を超えた4,000mの大地ではジャイアント・ロベリアの大木のみ見られます。 

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【ハレナの森を眼下に望む】山地南の急な崖を下った山麓には豊かな森林が広がります。

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【苔むしたハレナの森】針葉樹ではなくサルオガセが糸状の枝をたらす、高山性熱帯雲霧林となっています。

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【エチオピアオオカミ】絶滅危惧種であり、バレマウンテンには250頭ほどが生息しています。

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【マウンテンニアラ】エチオピアの固有種で高地のみに生息する大型のアンテロープ。褐色の肌に4本ほどの白い縦じまが神秘的で優美。

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【ゲレザ】別名アビシニアコロブス。白と黒の体毛のコントラストがはっきりしていて美しい。樹上生活が一般的。

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【エチオピアコウチノウサギ】エチオピアの固有種でオオカミの食糧となります。

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【オオタケネズミ】バレマウンテンの固有種。地中に張り巡らされたトンネルと植物の根を食べては掘り返す行動が、サネッティ高原の豊かさの元になっています。

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【ネズミを探すエチオピアオオカミ】巣穴に隠れるネズミを掻き出したり、垂直にジャンプしたりして脅かし、出てきた所を捕食します。多彩な技を使った、貴重な狩りの瞬間に出会えるといいですね。

関連ツアーはこちらから。
バレマウンテン国立公園とリフトバレー湖沼群
固有種の宝庫 エチオピア自然紀行