at 09:30│ジンバブエ 

2016年06月30日

カミ遺跡

今回はジンバブエのカミ遺跡についてご紹介したいと思います。

カミ遺跡はジンバブエの標高1000mのジンバブエ高原の西部、ブラワヨ近郊にある石造遺跡群。カミ遺跡群国立記念物とも呼ばれます。グレート・ジンバブエ国が放棄された後に栄えたトルワ国の首都です。このころ、ムニュムタパ国とトルワ国という2つの大国が栄えますが、岩の建築というグレート・ジンバブエの特徴を発展させ、引き継いだのがこのトルワ国でした。このトルワ国の首都として栄えたのが、カミでした。より高度な技術で作られた国の後には、グレート・ジンバブエでは見られなかった美しい装飾が至る所で用いられています。

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15世紀にトルワ王国の首都となり、17世紀頃まで機能していました。町の人口はおよそ7000人、中央の丘に王と霊媒師が住んでいました。西の傾斜部分の装飾が一番手が込んでいて、その美しさに圧倒されます。
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石ブロックひとつおきにくぼませて作った市松模様(チェック柄)がふんだんに施されています。この模様をワニ、つまり先祖の霊のシンボルであると考える人もいます。
日本ではあまり知られていない遺跡ですが、グレート・ジンバブエから引き継いだ石造建築技術の発展がはっきりと確認出来ます。遺跡好きの皆様には是非訪れていただきたい場所です。

ジンバブエの知られざる見どころへもご案内するツアーはこちら。
9月は満月の夜に月の光とビクトリアの滝の水煙が織り成す絶景をご覧いただくチャンスがある、ルナ・レインボーにもご参加可能です。
※9月10日出発で設定しておりました当コースは、9月9日出発、10日間コースとして再設定しております。詳細な日程は担当までお問い合わせください。
催行間近となっておりますので、この機会に是非ご参加ください。

■「石の都とサバンナの国ジンバブエ

at 09:30│コモロ諸島 

2016年06月24日

知られざるインド洋の島国 コモロ諸島の魅力

アフリカ大陸とマダガスカルのほぼ中間、モザンビーク海峡の北端にコモロ諸島はあります。4つの島から構成されておりすべて火山性で山がちです。15世紀頃よりアフリカの内陸部やインドネシア、アラビア半島から移民が到来し、イスラム教徒のスルタンが治める国となりました。フランスの保護領となった後、1975年に南東にあるマヨット島を除く3島がコモロ連合共和国として独立。マヨット島は住民投票の結果フランス海外領としてとどまりました。

日本ではあまり知られていないマヨット島を含むコモロ諸島の様子をお届けします。

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インド洋に位置しながら、フランス海外県であるマヨットは完全に周囲をサンゴ礁で囲まれ、世界でも最も美しい礁湖ともいわれます。

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ボートに乗り、ウミガメがやってくるというサジル自然保護区へ。

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実際にカメは見られませんでしたが、静かな浜辺には研究者が滞在していて、昨晩孵化して海に旅立っていった子ガメを映像を見せてもらいました。

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船内で読書にふける地元の女性。樹皮から作られる日除けの為の粉を塗っていました。

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島の東部にある巨大なバオバブ。

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イランイランはこの島の特産。蒸留所でかいだオイルはとてもいい香りがしました。

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グランドコモロ島にわたると国教がイスラム教というだけあり、女の子もシロマニという女性用の衣装をきています。

島は美しいマンゴーの木と、近年移植されて高い繁殖率をもつアボガドの木が見られます。ホテルの朝食でも大人の両手ほどもあるような熟したアボガドが。醤油をつけるとマグロのトロというのは、本当でした。

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首都モロニ近くの砂浜。

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活気のある市場では獲れたばかりの近海の魚たちや新鮮な野菜・熱帯の果物が並んでいました。
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白亜紀に絶滅していたと考えられていた「生きた化石」シーラカンス。コモロの近海で捕獲された。
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港の金曜モスクと、後方は楯状火山である最高峰カルタラ山(2,361m)。
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頂上には幅3~8kmもある世界でもっとも大きなクレーターのひとつがあり、いまだに活動中。(個人撮影)


コモロ諸島と、絶景レユニオンも一度に訪れます!西遊旅行のツアーはこちら!

at 19:58│エチオピア | アフリカ大地溝帯

2016年06月20日

エチオピアとアフリカ大地溝帯パンフレット発表

この度、2016年の秋~2017年にかけての「エチオピアと大地溝帯」特集パンフレットを発表しました。
今年は新コースも充実。これまでの定番コースから、改定コースに加えてエチオピアオオカミが生息するバレマウンテン国立公園を訪れるコース、エリトリアを訪れる新企画も2コース発表しました。
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1.ナイルの源・エチオピア アビシニア高原周遊の旅
 聖地ラリベラや旧都ゴンダール、イスラム都市ハラールなどアビシニア高原を中心に5つの世界遺産を巡ります。数々の歴史遺産が多きなみどころですが、雄大な山並みが美しいシミエン国立公園も訪れます。
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聖地ラリベラの聖ギオルギス教会

2.ダナキル砂漠・塩のキャラバンとエルタ・アレ火山
 例年大好評をいただいておりますエチオピア北東部ダナキル砂漠への旅。10日間でアフデラ湖、エルタ・アレ火山、アハメッド・エラでは塩を運ぶラクダのキャラバンやダロールの奇観など地球の息吹を感じることができるツアーです。
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極彩色のダロール火山

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夜のエルタ・アレ火山

3.アフリカ大地溝帯最深部 アファールトライアングルを行く
 ジブチからエチオピアへ陸路で国境を越え、エルタ・アレ火山、ダナキル砂漠へと抜けるコース。今年は13日間で設定しましたので、より短い日数でアフリカ大地溝帯最深部への旅をお楽しみいただけます。

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美しいグラデーションを成すアッサル湖

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アベ湖畔に放牧にやってくるアファール族の少女

4.ダナキル砂漠とアビシニア高原周遊の旅
 今年新たに設定したコースです。エルタ・アレ火山、ダロールの奇観、ラクダのキャラバンなどダナキル砂漠のハイライトを訪れると共に、アビシニア高原に残る歴史遺産も見学。一度にエチオピア北部を巡りたい方にはお勧めのコースです。

5.バレマウンテン国立公園とリフトバレー湖沼群
 近年注目を集めるバレマウンテン国立公園。標高4,000mを越えるサネティ高原から、美しい苔むした森が広がるハレナの森、マウンテンニアラやメネリクブッシュバックなど固有の野生動物が生息する北部の草原地帯など、ひとつの国立公園内で、様々な植生が広がっている特徴があります。アフリカ最後のオオカミとも呼ばれるエチオピアオオカミの観察も大きな見どころです。

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サネティ高原のジャイアント・ロベリアの群生

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アフリカ最後のオオカミと言われるエチオピアオオカミ

6.固有種の宝庫 エチオピア自然紀行
 バレマウンテン国立公園とシミエン国立公園。豊かな自然を残すエチオピアを代表する2つの国立公園を訪れる新企画。ウェブ川が造りだした巨大な洞窟ソフ・オマールも見逃せません!
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アフリカの屋根と呼ばれるシミエン国立公園

7.知られざるアフリカの角 エリトリア
 これまでベールに包まれてきたエリトリア。1月の視察を経て新発表いたしました。エリトリア鉄道の乗車や紅海に浮かぶダラク諸島、アファール族が自然と共存して暮らすブリ半島、アクスム王国の遺跡群など知られざるエリトリアを巡る11日間の旅です。

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ケレンの月曜市

8.エリトリア探訪
 蒸気機関車の旅、ダラク諸島、アフリカらしいケレンの月曜市などエリトリアの主要な見所を8日間で訪れます。全てホテル泊ですので、キャンプ泊が心配な方にお勧めです。

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エリトリア鉄道に乗車

既にたくさんのお申し込みをいただいているコース、出発日もございます。
是非、お早目のご検討よろしくお願いします。

西遊旅行 米谷健吾




at 13:46│エチオピア | 伝統文化

2016年06月14日

スルマの伝統儀式 ドンガ(エチオピア)

今日はエチオピア南西部に暮らすスルマの人々についてご案内したいと思います。南部エチオピアにはいまだに昔ながらの暮らし続ける民族が多数暮らしていますが、その中でも最も伝統的な文化、風習を残すのがスルマ族です。彼らはオモ川の西側に暮らし、牛と共に生きる民族です。
スルマ族には3つの系列があり、スーリ、ムルシ、 それぞれその様に呼ばれ、オモ川の西側に暮らすのはスーリと呼ばれる人々。オモ川の東側・マゴ国立公園周辺にはムルシ族が暮らしています。

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スルマの女性

彼らは牧畜を中心に生計を立てていますが、少し農業も行いソルガムやトウモロコシなどの穀物を育てます。石臼を使って穀物を挽き、パンや地ビールを作ります。

牛は彼らにとって欠かせない存在です。牛の糞を集め、体に塗るのですが、これは虫よけや皮膚病の予防になると信じられています。マラリアの予防としても考えられています。

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瘢痕模様を施すスルマの女性

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デヴィニャと呼ばれるリッププレートをはめるスルマの女性

牛のミルクはもちろんですが、血を飲むのもスルマの人々の特徴です。ナイフを使って牛が死なない量の血を抜き、飲むのです。その他、牛の尿を使って顔や体を洗ったりします。エチオピア南部にも近年は舗装道路が拡張され、ここ数年で大きな変化が起こり始めていますが、スルマの人々はいまだこの様な文化を残しています。
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牛を育てて暮らすスルマの人々

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牛の地を取って飲む文化が今でも残っています。

スルマ最大の文化と言えるのが「ドンガの儀式」です。男達がドンガスティックと呼ばれる長さ1.2m程の木の棒で戦う儀式なのですが、その危険さから2011年にスルマの行政によって禁止されました。これはスルマの人々の中にも近年は都会で勉強する人達が増え、彼らが役人となった時に、ドンガの様な野蛮な文化はなくした方がいいと考え、実施されたそうです。しかしながら、人々にとってかけがえのない儀式であり、多くのスルマの人々が再開を望み、昨年からこのドンガが再開されることになりました。

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ドンガの会場へと向かう人々

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ドンガの儀式が行われる会場

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スルマの伝統儀式・ドンガ

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村人によって担いで運ばれる勝者

ドンガの儀式はいくつかの村対抗で行われ、同じ村同志では戦いません。場所や時間は村の長老たちによって決められ、時間になると多くのスルマの男女が集います。

戦いはどちらかがギブアップするか、大きな怪我を負うまで続きますが、ちゃんと審判も存在します。ギブアップすると2年間はドンガに参加できないらしく、男達は必死になって戦います。

場合によっては相手が死んでしまう事もあります。その様な場合はなくなった相手の家族へ牛などを送るという補償制度の様なものもあるそうです。

勝利を得たスルマの男は村人に担がれて女性達が集まる場所へと向かいます。そこでドンガスティックを地面に置きます。その男性を気に入った女性は自らのブレスレットをドンガスティックの上に重ねておきます。最初にブレスレットを置いた女性がその男性を射止めるのです。しかし、これは恋人を見るけるためのもので、結婚とは関係がありません。

古くから続いてきたこの伝統文化。一時は2度の戻ってくることがないかと思われていましたが、再び再開されることになりました。この機会に弊社でもこの「ドンガの儀式」を求めてエチオピア南西部を訪れるツアーを設定しています。ドンガの儀式はいつ、どこで行われるのか、現地に行ってみないとわかりません。そのため、彼らの暮らすキビシュにて時間を多めにとり、情報を集めながらツアーを進行します。
近年、経済成長も著しく、人々の暮らしにも大きな変化をもたらしているエチオピア。是非、このチャンスをお見逃しなく。

◆キビシュに3連泊。
エチオピア最深部 オモ川流域に暮らす人々を訪ねて

◆キビシュに4連泊
エチオピア最深部 スルマの人々を訪ねて

at 15:48│アルジェリア | アフリカの料理

2016年04月22日

アルジェリア食事

今回はアルジェリアの食事事情についてお話ししたいと思います。

北部ではフランスパンやクロワッサン、パスタ、フレンチ・フライ等、フランス文化の影響が見られる食事が多くなりますが、地中海沿岸では、魚のスープやグリル等の魚料理もご賞味いただけます!

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そして、中部から南部ではクスクスや、羊肉・ラクダ肉等のスープ、カバブ、ナツメヤシのデザート等、いわゆるサハラ地域の食事となっていきます。
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特に朝食に関しては、フランス統治時代の影響を大きく受けた、コンチネンタル式の朝ごはんがまだまだ主流です。
朝起きて朝食の会場へ向かうと、パンにコーヒーのみ…
なんて日も。
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糖尿病が理由で亡くなる人が多いと言われるのも納得いくほど、現地の方に愛されているのがミントティーです。
アルジェリアでは、主にサハラ地域で飲まれています。
最近ですと、茶葉は中国から輸入しているようですが、茶葉の渋味、ミントの苦味、砂糖の甘みが絶妙にマッチして美味しい(好みは分かれますが)です。
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また、本家コカコーラよりも現地で人気があるのは、セレクトという、アルジェリア産のコーラ。
コーラと呼ばれていますが、バナナっぽい風味がします。
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また、道中のガソリンスタンドなんかで見かけるジンジャードリンク。イスラム教徒が90パーセント近く占めるアルジェリアですが、彼らの聖典コーランにも記載されているドリンクです。
デトックス効果、お腹の調子を整えたりと、健康にも良いようです。ジンジャーは喉が熱くなる程効いています。
どこかで見かけることがあれば、是非一度飲んでみて下さい。
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後半は、飲み物のご紹介になりましたが、遺跡観光の合間に、現地のお食事も是非お楽しみいただければと思います!

アルジェリアを訪れるコースはこちら↓
http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GADZ11/index.html


at 09:30│ジンバブエ 

2016年04月13日

石の都“グレートジンバブエ” 

新企画で発表させていただいた「石の都とサバンナの国 ジンバブエ」。
今回は、「グレート・ジンバブエ遺跡」をご紹介させていただきます。

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ジンバブエとはショナ語で「石の家」を意味し、人々が誇る遺跡は国名の由来となり、国旗のデザインにも使われています。
グレート・ジンバブエの歴史は、紀元前からその痕跡があったと言われています。
11世紀頃、サハラの乾燥化を逃れてこの地にやってきたショナ族のモノモタパ王国は、この豊かな土壌に石造による家々を造り上げました。
9世紀頃、イスラム商人がサビ川上流にグレート・ジンバブエを発見し、ここから豊富にとれる金に目をつけ、モンスーン貿易の拠点としました。
金をはじめとする鉱物を輸出して莫大な富を手に入れ、アジアの綿織物や中国製の陶磁器・武器・工具等を輸入することで、町は発展していきます。
他の都市がアジアのイスラム建築等の影響を受けていくのに対して、グレート・ジンバブエは独自の石造建築を発展させ、城壁で街を囲い、首長の宮殿を築くことで都を築き上げました。最盛期には6000以上もの住居が立ち並んでいたと言われています。
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しかし、発展の拡大は衰退の要因と表裏一体でした。農業の展開と人口集中は、燃料や石造建築物の内部を補う建築材料としての木材の大量伐採をもたらし、遠方まで行かないと木材の確保がおぼつかなくなることになりました。鉱物の生産もピークをすぎ、金の産出量が減ると同時に資金力もなくなります。さらに、栽培と移牧の繰り返しは、それほど地力のないサバンナの土壌を疲弊させることになりました。また、建築材の木材の放射性炭素年代測定から判明したように、15世紀後半頃に一定規模の気候変化、旱魃、飢饉等のなんらかの天災がおき、グレート・ジンバブエは放棄されたと考えられています。そして15世紀中頃から16世紀にかけて、ザンベジ川中流域にモノモタパ王国、現ブラワヨ近郊のカミ遺跡を首都としたトルワ王国が台頭することになりました。
他に類を見ない独特な建築様式は、ソロモソ王の鉱脈であったとか、フェニキア人の居住地であったという根拠のない説に飲み込まれ、その史実は近年まで調査されることがありませんでした。

グレート・ジンバブエ遺跡のシンボルとも言えるグレートエンクロージャーは美しい曲線を持つ石組みが特徴で、后の家もしくは神殿であったと考えられています。ツアーでは、遺跡の見学だけでなく遺跡内で発掘された出土品が展示される博物館へもご案内します。
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遺跡だけではなく、世界三大瀑布の中でも最大の水量を誇るビクトリアの滝やマトボ国立公園、ワンゲ国立公園でのサファリなど雄大な自然など、ジンバブエのみどころを全てお楽しみいただく9日間となっています。
この機会に是非、ご参加ください。

■関連ツアー
石の都とサバンナの国 ジンバブエ

at 12:09│アフリカの野生動物 | 野生動物サファリ

2016年04月06日

大地の裂け目にできたウガンダの景勝地エドワード湖でのボートサファリ

コンゴ民主共和国とウガンダとの国境に、全長約 6400kmにもなるアフリカ地溝帯が西に枝分かれした位置に、アルバータイン地溝帯と呼ばれる地域が存在します。世界でも800頭ほどしか生息してしないマウンテンゴリラ、また4,000頭ほどのゴールデンモンキーなどの希少な霊長類がこの地域にのみ見られます。

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【アルバータイン地溝帯の高地にのみ生息するマウンテンゴリラ】

大地溝帯が部分的に隆起したことによって形成されたビクトリア湖やタンガニーカ湖、マラウィ湖などの大湖地域が存在し、エドワード湖はその中で最も面積が小さい湖です。19世紀のイギリスの探検家、ヘンリー・モートン・スタンリーによって命名されました。

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【ブジュンブラより臨むタンガニーカ湖】












【ンカタベイより臨むマラウィ湖】

スタンレーは、1875年に初めて湖を見て、さらに北側にあるアルバート湖の一部と考えましたが 1888年に2度目の探検で、彼は2つの独立した湖があることに気づき、それに現在のエドワード湖という名前を与えました。ウガンダが独立した後、1973年に当時のウガンダの独裁者であるイディ・アミンが湖に自分の名前をつけました。

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【上2枚:クイーンエリザベス国立公園内にあるエドワード湖】

湖南部と東部の海岸は平坦な溶岩平原ですが、西側の急斜面は2,000メートルまでの断崖を作り、20キロ北に位置するルウェンゾリ山地へと伸びています。湖に供給するいくつかの川はこのルヴェンゾリ山系の氷河を水源としています。エドワード湖はアルバート湖とセムリキ川でつながっており、北東に位置するジョー ジ湖へは自然に形成されたカジンガ水路でつながっています。

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【カジンガ水路を進むボート】


このカジンガ水路は、クイーンエリザベス国立公園内でも特に特徴のある景観で、32キロの長さがあり、カバ、多数のナイルワニの生息密度は世界でも有数です。また水路や湖が作り出す湿原には動物のほか、多くの水鳥が訪れる人を魅了しています。

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【上4枚:水路でのボートクルーズで見られる動物たち】

アフリカの大自然が作り出した絶景とともに、野生動物の観察をぜひお楽しみいただけるでしょう。

今年も人気です!クイーンエリザベス国立公園でのサファリを行うウガンダ・ルワンダを進むツアーはこちらから。

西遊旅行ツアーはこちら!2016年6月5日発、7月10日発は残席わずかです!