at 15:48│アルジェリア | アフリカの料理

2016年04月22日

アルジェリア食事

今回はアルジェリアの食事事情についてお話ししたいと思います。

北部ではフランスパンやクロワッサン、パスタ、フレンチ・フライ等、フランス文化の影響が見られる食事が多くなりますが、地中海沿岸では、魚のスープやグリル等の魚料理もご賞味いただけます!

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そして、中部から南部ではクスクスや、羊肉・ラクダ肉等のスープ、カバブ、ナツメヤシのデザート等、いわゆるサハラ地域の食事となっていきます。
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特に朝食に関しては、フランス統治時代の影響を大きく受けた、コンチネンタル式の朝ごはんがまだまだ主流です。
朝起きて朝食の会場へ向かうと、パンにコーヒーのみ…
なんて日も。
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糖尿病が理由で亡くなる人が多いと言われるのも納得いくほど、現地の方に愛されているのがミントティーです。
アルジェリアでは、主にサハラ地域で飲まれています。
最近ですと、茶葉は中国から輸入しているようですが、茶葉の渋味、ミントの苦味、砂糖の甘みが絶妙にマッチして美味しい(好みは分かれますが)です。
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また、本家コカコーラよりも現地で人気があるのは、セレクトという、アルジェリア産のコーラ。
コーラと呼ばれていますが、バナナっぽい風味がします。
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また、道中のガソリンスタンドなんかで見かけるジンジャードリンク。イスラム教徒が90パーセント近く占めるアルジェリアですが、彼らの聖典コーランにも記載されているドリンクです。
デトックス効果、お腹の調子を整えたりと、健康にも良いようです。ジンジャーは喉が熱くなる程効いています。
どこかで見かけることがあれば、是非一度飲んでみて下さい。
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後半は、飲み物のご紹介になりましたが、遺跡観光の合間に、現地のお食事も是非お楽しみいただければと思います!

アルジェリアを訪れるコースはこちら↓
http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GADZ11/index.html


at 09:30│ジンバブエ 

2016年04月13日

石の都“グレートジンバブエ” 

新企画で発表させていただいた「石の都とサバンナの国 ジンバブエ」。
今回は、「グレート・ジンバブエ遺跡」をご紹介させていただきます。

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ジンバブエとはショナ語で「石の家」を意味し、人々が誇る遺跡は国名の由来となり、国旗のデザインにも使われています。
グレート・ジンバブエの歴史は、紀元前からその痕跡があったと言われています。
11世紀頃、サハラの乾燥化を逃れてこの地にやってきたショナ族のモノモタパ王国は、この豊かな土壌に石造による家々を造り上げました。
9世紀頃、イスラム商人がサビ川上流にグレート・ジンバブエを発見し、ここから豊富にとれる金に目をつけ、モンスーン貿易の拠点としました。
金をはじめとする鉱物を輸出して莫大な富を手に入れ、アジアの綿織物や中国製の陶磁器・武器・工具等を輸入することで、町は発展していきます。
他の都市がアジアのイスラム建築等の影響を受けていくのに対して、グレート・ジンバブエは独自の石造建築を発展させ、城壁で街を囲い、首長の宮殿を築くことで都を築き上げました。最盛期には6000以上もの住居が立ち並んでいたと言われています。
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しかし、発展の拡大は衰退の要因と表裏一体でした。農業の展開と人口集中は、燃料や石造建築物の内部を補う建築材料としての木材の大量伐採をもたらし、遠方まで行かないと木材の確保がおぼつかなくなることになりました。鉱物の生産もピークをすぎ、金の産出量が減ると同時に資金力もなくなります。さらに、栽培と移牧の繰り返しは、それほど地力のないサバンナの土壌を疲弊させることになりました。また、建築材の木材の放射性炭素年代測定から判明したように、15世紀後半頃に一定規模の気候変化、旱魃、飢饉等のなんらかの天災がおき、グレート・ジンバブエは放棄されたと考えられています。そして15世紀中頃から16世紀にかけて、ザンベジ川中流域にモノモタパ王国、現ブラワヨ近郊のカミ遺跡を首都としたトルワ王国が台頭することになりました。
他に類を見ない独特な建築様式は、ソロモソ王の鉱脈であったとか、フェニキア人の居住地であったという根拠のない説に飲み込まれ、その史実は近年まで調査されることがありませんでした。

グレート・ジンバブエ遺跡のシンボルとも言えるグレートエンクロージャーは美しい曲線を持つ石組みが特徴で、后の家もしくは神殿であったと考えられています。ツアーでは、遺跡の見学だけでなく遺跡内で発掘された出土品が展示される博物館へもご案内します。
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遺跡だけではなく、世界三大瀑布の中でも最大の水量を誇るビクトリアの滝やマトボ国立公園、ワンゲ国立公園でのサファリなど雄大な自然など、ジンバブエのみどころを全てお楽しみいただく9日間となっています。
この機会に是非、ご参加ください。

■関連ツアー
石の都とサバンナの国 ジンバブエ

at 12:09│アフリカの野生動物 | 野生動物サファリ

2016年04月06日

大地の裂け目にできたウガンダの景勝地エドワード湖でのボートサファリ

コンゴ民主共和国とウガンダとの国境に、全長約 6400kmにもなるアフリカ地溝帯が西に枝分かれした位置に、アルバータイン地溝帯と呼ばれる地域が存在します。世界でも800頭ほどしか生息してしないマウンテンゴリラ、また4,000頭ほどのゴールデンモンキーなどの希少な霊長類がこの地域にのみ見られます。

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【アルバータイン地溝帯の高地にのみ生息するマウンテンゴリラ】

大地溝帯が部分的に隆起したことによって形成されたビクトリア湖やタンガニーカ湖、マラウィ湖などの大湖地域が存在し、エドワード湖はその中で最も面積が小さい湖です。19世紀のイギリスの探検家、ヘンリー・モートン・スタンリーによって命名されました。

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【ブジュンブラより臨むタンガニーカ湖】












【ンカタベイより臨むマラウィ湖】

スタンレーは、1875年に初めて湖を見て、さらに北側にあるアルバート湖の一部と考えましたが 1888年に2度目の探検で、彼は2つの独立した湖があることに気づき、それに現在のエドワード湖という名前を与えました。ウガンダが独立した後、1973年に当時のウガンダの独裁者であるイディ・アミンが湖に自分の名前をつけました。

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【上2枚:クイーンエリザベス国立公園内にあるエドワード湖】

湖南部と東部の海岸は平坦な溶岩平原ですが、西側の急斜面は2,000メートルまでの断崖を作り、20キロ北に位置するルウェンゾリ山地へと伸びています。湖に供給するいくつかの川はこのルヴェンゾリ山系の氷河を水源としています。エドワード湖はアルバート湖とセムリキ川でつながっており、北東に位置するジョー ジ湖へは自然に形成されたカジンガ水路でつながっています。

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【カジンガ水路を進むボート】


このカジンガ水路は、クイーンエリザベス国立公園内でも特に特徴のある景観で、32キロの長さがあり、カバ、多数のナイルワニの生息密度は世界でも有数です。また水路や湖が作り出す湿原には動物のほか、多くの水鳥が訪れる人を魅了しています。

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【上4枚:水路でのボートクルーズで見られる動物たち】

アフリカの大自然が作り出した絶景とともに、野生動物の観察をぜひお楽しみいただけるでしょう。

今年も人気です!クイーンエリザベス国立公園でのサファリを行うウガンダ・ルワンダを進むツアーはこちらから。

西遊旅行ツアーはこちら!2016年6月5日発、7月10日発は残席わずかです!


at 10:00│エチオピア | タンザニア

2016年02月19日

29.8万円~ エチオピア航空就航1周年特別企画!

昨年4月に成田空港に就航したエチオピア航空が、間もなく就航1周年を迎えます。それを記念してエチオピア航空協賛のもと、4月と5月限定の特別価格のツアーを設定しました。

■エチオピア航空協賛特別企画① 北部エチオピアの旅
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エチオピア航空のおひざ元となる本国エチオピア。北部のラリベラ、アクスム、ゴンダールといった世界遺産が数多く残る歴史街道(ヒストリックルート)を巡る旅を2コース設定しました。エチオピア北部のシーズンと言えば日本の冬にあたる季節と言われます。しかし、4月~5月はまだ乾季の終わり。冬に比べると少し気温は上がるものの、雨はあまり降らず、なによりも観光客の数が圧倒的に少ないという魅力があります。ラリベラの岩窟教会群など、ベストシーズンには世界中の観光客で賑わうため、狭い教会内ではどうしても落ち着いて見学することができません。穴場となる4~5月は観光客が非常に少ないので、そういった教会などでもじっくり見学できるというメリットがあります。

①HISTORIC ROUTE エチオピア歴史街道 8日間 特別価格 29.8万円
青ナイル川の源となるタナ湖のほとりに広がるバハールダル、中世に建設された重厚な城が残るゴンダール、エチオピア最古の都アクスム王国が栄え、モーセがシナイ山で授かった十戒を納めた契約の箱が安置されているとされるアクスム、そして数多くの岩窟教会が残るラリベラと、エチオピアの歴史を知る上で重要な4都市を効率よく巡ります。また、旅の最後には首都アディスアベバの国立博物館を訪れ、ツアー中にご覧いただいた歴史の数々をおさらいし、より深く知っていただくことができます。

②ナイルの源エチオピア アビシニア高原周遊 10日間
8日間で訪れる歴史街道に加えて、世界遺産に登録されるシミエン山地や、東部に残るイスラム都市ハラールも訪れる充実の10日間の旅。北部エチオピアの自然と歴史両方に触れることができます。10日間コースは4月29日からのゴールデンウィークにも設定しましたので、お仕事されている方にもお勧めです。

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聖地ラリベラを代表する聖ギオルギス教会

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アクスムはエチオピア最初の王国の都として栄えた町。現在でも当時の繁栄を物語る巨大なオベリスクが聳える。

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ゴンダールに残るデブレ・ブラハン・セラシエ教会の天井に残る天使の壁画。エチオピアで最も有名な壁画とも言われます。

■エチオピア航空協賛特別企画② 緑のタンザニア 8日間
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もうひとつは昨年も好評いただきました「緑のタンザニア」です。5月のタンザニアは雨季の終わりにあたり、6月からの繁忙期を前に快適なロッジもお得な値段でお泊りいただけます。また、雨季の間に降った雨が、サバンナ一面を緑豊かな草原に変え、花々も咲く美しい季節。丁度この頃は、ヌーやシマウマの群れがセレンゲッティのセロネラ地区からウエスタンコリドーへと移動する季節。セロネラ地区のロッジに宿泊し、お弁当を持ってサファリへと出かけます。

当コースはお一人部屋を特価の9,800円でご提供!快適なロッジに格安のお値段でお泊りいただけるのもこの時期ならではの特典です!

ンゴロンゴロ自然保護区にて
プライドと呼ばれるライオンの家族

どちらもお値段がお得なだけでなく、内容もしっかりとたツアーです。
是非、就航1周年を迎えるエチオピア航空にて、アフリカへ行ってみましょう!



at 09:30│スーダン 

2016年01月06日

ジェベル・バルカル ―スーダン北部の聖なる山―

新年あけましておめでとうございます。
東京本社の寺岡です。

2016年初めのブログは、北アフリカのスーダンのお話です。
2013年に南スーダンが建国され、世界中の注目を浴びたスーダン。
観光で訪れるスーダン北部は、治安面の問題はありません。観光客が多いわけではない
ので相変わらず観光客の受け入れ態勢はハード面・ソフト面でまだまだ課題が多い国ですが、
歴史のロマン溢れる素敵な国だと思います。
また、砂漠と青空のコントラストは、本当に美しいです。

今回は、昨年末に訪れたスーダンの中でも最も印象に残ったジェベル・バルカルをご紹介
させていただきます。

◆ジェベル・バルカル◆

スーダンには2つの世界遺産がありますが、そのうちの1つが、2003年世界文化遺産登録の
ゲベル・バルカルとナパタ地方の遺跡群です。
(ユネスコでは「ゲベル」となっていますが、現地名の音は「ジェベル」の方が近いと思うので、
ここでは今後「ジェベル」と表記します。)
ジェベル・バルカルは大きな岩山を指します。岩山は、古代より、地中海~アラビア~アフリカを
結ぶ隊商がナイル川を渡る際の場所の目印とされていただけでなく、エジプト王朝新王国時代
には、アモン神の聖地とされ、ヌビア最大の聖地として定められた場所です。

ジェベル・バルカル全景

【聖なる山 ジェベル・バルカル】


現在のエジプト南部から現在のスーダンを含む地域はかつて、「ヌビア地方」と呼ばれていました。
ヌビアはエジプトの属国となることもあれば、むしろヌビアが力を持ちエジプトの領地へ進出して
いった時期もあります。そうしたヌビア地域の歴史を代表する地こそ、このジェベル・バルカルです。

紀元前1450年頃、トトメス3世がヌビアを征服。エジプト国土の南端をジェベル・バルカルと定め、
山の麓にナパタの町を建設しました。時代が下り、エジプトがヌビアから撤退した後の紀元前657年、
クシュ王国が成立し、その都としてナパタが選ばれました。

ジェベル・バルカルと神殿跡

【ジェベル・バルカルの岩山の麓には、様々な神殿が築かれた】


岩山の麓に建設されたアモン神殿は、紀元前 650~640 年頃の建立。
アモン神を祀る神殿としては、ヌビア地域で最大の規模を誇ります。
アモン神は、もともとは現在のルクソールで大気や豊饒の神として信仰されていた、エジプトの神でした。
それが次第に太陽神のラーと同一化していき、最高神の「アモン・ラー」として影響力を持つようになり、
エジプト新王国時代には、ファラオを凌ぐ強大なものになっていきました。
そのようなアモンを祀る巨大な神殿が、ジェベル・バルカルにあるのです。
他にも、ジェベル・バルカルの麓には、いくつものエジプトと共通する神々を祀る神殿があり、ここが国の
都として行政的に重要だっただけでなく、人々の精神面にも影響する一大宗教センターだった重要性が
窺えます。

ジェベル・バルカル ハトホル神殿前

【ハトホル神殿前に残る柱】


ちなみにこの岩山、ただ眺めるだけではなく、上に登れるのです。
登り口は、北側の斜面。大きな岩がゴロゴロしていて、階段状に連なっています。所々手で岩を抑え
ながら歩いていくこと約10分、最後の方では少し息が上がります。

ジェベル・バルカル登山の様子

【ジェベル・バルカルの岩山を登る】


よいしょッと登り切ると、頂上はまっ平ら。
一気に視界が開け、360°見渡すことができます。砂漠、土漠、ナツメヤシ農園の緑、そしてナイル川…
足元はたまに窪みがあるので、景色を楽しみつつも歩く先をしっかりと見ていないといけません。
頂上では、本当に「岩山」なので、植物はまったく見当たりません。
行ったことはないですがまるで月面上?不思議な感覚に陥ります。
目指すは岩山頂上の南端。そこからは、先程見学したアモン神殿を岩山から眺められるのです。

ジェベル・バルカル 頂上台地

【ジェベル・バルカル岩山の頂上の様子】


「あんまり先まで行かないでくださいね」とガイドさんが注意しますが、ついつい岩山の先まで行って
下をのぞき込んでしまいます。岩山が崩れたら一巻の終わり…柵も何もない岩山の上からそっと
アモン神殿をのぞき込むと、いかに大きいかが分かります。

ジェベル・バルカル アモン神殿

【ジェベル・バルカルに残るアモン神殿】


2014年の12月31日、わたしはこの岩山から夕日を眺めました。
茶色の大地に沈んでいく太陽が、とても印象的でした。

ジェベル・バルカル頂上から眺める夕日

【ジェベル・バルカルから眺めた夕日】



砂漠がお好きな方、エジプト地方の歴史に興味をお持ちの方、スカッと晴れた青空が見たい方、
遺跡好きの方、まだまだ発掘途中の遺跡のロマンを追い求める方・・・
さまざまな方にお勧めできる方面です。

今後の訪問予定にスーダンを加えてみてはいかがですか?


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今後出発する添乗員付スーダンのコース

■ナイル第3カタラクトまで訪れるスーダン・ナイル川紀行
2016年01月21日発 催行決定・残席1
2016年02月25日発 募集中
2016年03月03日発 募集中

at 09:30│カーボヴェルデ 

2015年12月24日

知られざる島国 マカロネシアの火山諸島 カーボヴェエルデ

 大阪支社 高橋です。

 早いもので、もう師走の12月。2015年も残すところ、あとわずかです。
 今年の秋は、幸いにも紅葉の時期に日本にいたので、京都での紅葉を、さらには秋の味覚も堪能させていただきました。
 今年の冬こそは、カニ鍋を思う存分堪能したい、ここ最近寒くなるたびにそう思う毎日です。

 今回は「マカロネシアの火山諸島 カーボヴェルデ」カーボヴェルデの中でも最も火山活動が活発な島「フォゴ島」についてご紹介したいと思います。

 「カーボヴェルデ」という国名を聞いて、いったいどこなのか・・・そう思われた方が多いのではないでしょうか。

 まずは、カーボヴェルデという国についてご紹介します。

 国の正式名称は「カーボヴェルデ共和国」と言い、大西洋の中央、セネガルの首都ダカールがある「カップ・ヴェール岬」より約500km、北アフリカの西沖合のマカロネシアに位置するバルラヴェント諸島(風上諸島)とソタヴェント諸島(風下諸島)からなる共和制の国家であります。

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 15世紀~1975年までポルトガル領であった時代もあり、独立に際してアフリカ大陸部のギニアビサウと統合する計画がありましたが、1980年のギニアビサウでのクーデターによって連合構想は破綻し現在に至ります。
 史跡としてはイギリスのフランシス・ドレークをはじめ多くの海賊や外国の脅威にさらされ、破壊された町シダーデ・ヴェーリャが残っています。

 カーボヴェルデは、10の島(内9は人が居住。サンタ・ルシア島には定住者がいない)と8の小島で構成され、地質学的にはプレートの運動により大西洋が拡大中に、ホットスポットでマントルの部分融解融で発生したマグマが噴出した玄武岩類が諸島を形成したとされています。
 現在の島を構成するのは2千万年前から8百万年前の火山岩であると言われています。

 大小15の火山群島からなるカーボヴェルデ。その中でも最も火山活動が活発な島が「フォゴ島」であり、そのフォゴ島での最大の見所と言えば「フォゴ国立公園」であります。

 フォゴ島は、ホットスポットによって形成されたカーボヴェルデ諸島において最も若い火山島で、諸島の西端部に位置しています。ホットスポットで順次作られた活火山がアフリカプレートに乗ってホットスポットの上を東に向かって移動し多島海を形成しています。
 フォゴ島は1つの火山から成り、島は直径約25キロメートルのほぼ円形というかたちをしています。

 1995年に起きた噴火活動で、ピコ・レケノという新たなクレーターが出現しました。
 カルデラは最大9kmの幅があり、外縁は1kmの高さを誇ります。
 巨大な山頂部はカルデラの中央部にあり、カノ火山(フォゴ山)と呼ばれて、活発な成層火山であり、カーボヴェルデ共和国最高峰の標高2829メートルの山であります。山頂はカルデラの外縁より100mほど高く、火口からの溶岩は、島東海岸に達しました。

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【国立公園エリアに入るとすぐ、目の前に聳えるカノ火山を一望】


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【カルデラの外縁、その麓は2014年の溶岩流】


 ここ最近では、2014年11月、中央火口丘側面でふたたび噴火しました。
 当時のニュースでは、周辺住民数百人に「コミュニティの人々はチャダスカルディラスを放棄するよう」と、ホセ・マリア・ネベス首相の指示に従うよう避難を呼びかけていました。
 データによると、噴火は1995年(1995年の噴火は、4月2日から3日にかけての晩に始まり、島は火山灰の噴煙に覆われました)のそれに匹敵するか、それより強大で、物事がさらに悪化する可能性がある、とネベス首相は述べています。

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※中央が「カノ火山(2829m)」
 右麓の丘が1995年の溶岩滴丘、その麓が当時の溶岩流跡
 左麓、雲の下に小高く広がる丘が2014年の噴火口


 カルデラ内へ車を走らせ、2014年の噴火の影響で道路が寸断されているポイントまで向かいます。
 道路上には冷え固まった溶岩流が覆いかぶさっており、黒光りしている溶岩石などをガイドさんが採取してくれました。

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【溶岩石を採取するフォゴ島のガイドさん】


 その後、青空の下、山裾がキレイに広がるカノ山の山容を堪能するため、山麓の散策を楽しみます。

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【カノ山の麓の散策を楽しむみなさん】


 散策を楽しんでいると、と左右に大小の窪みのあるポイントがいくつも見られました。
 不思議な窪みのためガイドさんに聞いてみると、これらは以前木が植わっていた跡だったそうです。
 一見溶岩石に覆われているため気付かないのですが、実はこのカルデラ内の土地は肥沃な土地であり、農業が営まれていた場所だったそうです。降水量が極端に少ないカーボヴェルデ、せっかく降った雨を余すことなく木々などのために利用するために考えられた方法で、木や作物をこうして窪みの真ん中に植え込むという方法が取られていたそうです。

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【不思議な窪み:窪みの真ん中に植え込むという方法】


 カノ火山の麓の散策では、のんびり景色を楽しまれる方々、せっかくのなので小さな溶岩滴丘へと登られる方など、思い思いに楽しまれていました。
 私も溶岩滴丘に登るグループに同行し、わずか10分ほどで登り切った丘の上からは、カルデラ内部に広がる雄大な景観、また過去の噴火の影響でできた溶岩流跡などを展望することができました。

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【1995年の溶岩流跡】


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【2014年11月の噴火口】


 以前は寸断された道路の先にポルテラ村などいくつか村があったそうですが、2014年11月の噴火で村は全壊してしまい、溶岩流はポルテラの村の斜面を下り主要道路のひとつを覆い尽くし、200の家屋やスポーツセンターが溶岩流によって破壊されたとのことでした。
 噴火当時、カーボヴェルデのホセ・マリア・ネベス首相は数百人の周辺住民に避難をするよう呼びかけたそうで、幸いにも死者はでなかったそうです。

 散策をしていると、数名の男性が廃屋のようになった場所で作業を行っていたり、別の場所では窪みに小さな苗木が植わっていたりもしておりました。いつの日か、この地で農業が、人々の生活が再開される日がくるまもしれない。そう感じさせてくれる場面でもありました。

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 その他、フォゴ島では「フォゴ・ワイン」「フォゴ・コーヒー」が有名です。

 フォゴ島の北部に位置するレルヴァ(Relva)という小さな村で「フォゴ産のワイン」の工場見学をさせていただきました。
 まだ日本では馴染みのない「フォゴ産のワイン」ですが、赤ワイン、白ワイン、スパークリングワイン、何とアイスワインまで生産しており、ご希望のワインをそれぞれ試飲させていただきました。
 年間で100,000リットルも生産されているとの情報もあり、日本でたまたま訪れたレストランでカーボヴェルデ産のワインに出会う日があるかも、そんな時レストランで「現地のワイン工房で試飲させてもらったことがありますよ」などと言える日がそう遠くないかもしれません
 ※私もフォゴ産の赤ワインを購入しました。

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【フォゴ産の赤ワイン、お勧めのワインです】


 さらに東海岸線を北上し、フォゴ島南部に位置するモステイロス(Mosteiros)地区のFeijoal村では、「コーヒー工場」へと訪れます。
 村周辺の斜面にはコーヒープランテーションが広がっており、コーヒーの木の苗木がたくさん並んでおり、収穫したコーヒーの豆を天日干ししている風景も見られます。
 ここの工場では、天日干しした実を焙煎前の豆にまで仕上げる作業を行うとの事で、焙煎そのものはカーボヴェルデの別の島であるサンチャゴ島のプライアで行われているとの事でした。
 フォゴ島のコーヒーは、フォゴ産のワインとともに、お勧めの一品です。
 ※もちろん、私も購入し、毎朝飲んでいました。

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【コーヒーの実を選別する女性】 


 活発な火山活動を続ける成層火山「カノ火山」をご覧いただけるフォゴ国立公園、さらには、日本でも馴染みの少ないフォゴ産のワインやコーヒーなど。
 その他さまざまな景観・文化を堪能いただけるカーボヴェルデのフォゴ島はお勧めの島の1つです。

 弊社では「マカロネシアの火山諸島 カーボヴェルデ」というツアーを発表させていただいております。今回のブログをご覧いただき、興味の湧いた方は、是非ご一報ください。
 マカロネシアに浮かぶ島々へ、是非訪れてみませんか。

■マカロネシアの火山諸島 カーボヴェルデ
■西遊旅行のアフリカ方面の旅



at 11:19│アルジェリア | 地中海沿岸

2015年12月14日

3月「アルジェリア探訪」追加設定発表!

アフリカ大陸最大で、世界でも第10位の面積を持つ広大な国アルジェリア。
地中海の花のシーズンに合わせて3月出発の「アルジェリア探訪」ですが、多くのお客様からお申込みをいただき、さらに追加設定を発表させていただくことが決まりましたのでご案内いたします。

■3月17日(木)出発
 「アルジェリア探訪 追加設定」 ※エミレーツ航空利用

15名様限定コースとなっておりますので、この機会に是非、お早めにお申し込みください。

今回はツアーでも訪れるジェミラ遺跡についてご紹介させていただきます。
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古代ローマ人は北アフリカを征服した後、先住民だったベルベル人の反乱に悩まされ、山地のベルベル人を抑えるため、第12代皇帝、ネルヴァの治世、2つの川に挟まれた標高850メートルの地にジェミラは建設されました。当初はベルベル人の侵入を阻止するために築かれたローマ軍の兵士たちの居住地でしたが、次第に市場町として大きく栄え、ローマ植民都市に昇格しました。そして、2~3世紀のセウェルス朝時代に最盛期を迎えました。4~5世紀には退役兵や定住者が増えたため、町は南に拡張されました。最大1万5000人が暮らしていたといわれています。当時は、ラテン語で「丘の麓」という意味のクイクルと呼ばれていました。広大な穀倉地帯で、穀物やオリーブなどの農作物によって町は支えられ、交通の要所だったために町は栄えました。
しかし、5世紀にティパサ同様、ヴァンダル人によって町が破壊された後、一時はビザンチン帝国時代に復興されましたが長くは続かず、6世紀末には廃墟と化してしまいました。
ジェミラはアラビア語で「美しい」という意味だそうですが、古代ローマ帝国滅亡後の7世紀にやって来たアラブ人たちが、肥沃で緑豊かなこの地を見て名づけたといわれています。
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1839年にフランスの考古学者が発掘するまでの間、交通の不便さも手伝って、盗掘や破壊などに遭わず、古代ローマ時代の遺跡が良好な保存状態で現存していることから、1982年に世界文化遺産に登録されました。
そして、現在では、アルジェリアでもっとも美しい遺跡とされ、ここを訪れる観光客を魅了しています。しかし、1957年に発掘作業が中断されて以来、現在もまだ40パーセントほどが地中に埋もれたままの状態だそうです。
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一番奥にある区域が最初に築かれたジェミラで、その手前が2~3世紀に拡張、見学をスタートする地点が4~5世紀の最後に拡張された区域にあたります。
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最初の町がクイクルと呼ばれるように、後々拡張される新市街は上へ上へと築かれたため、眼下に旧市街を望むことになります。山の地形に合わせてローマ建築が持ち込まれた点もジェミラの特色です。

1つの国で地中海からサハラまで、その広大な面積と土地、民俗を感じられる国はそう多くはありません。是非この機会に足をお運びください。