マリ

2014年12月05日

MOPTI - マリのモプティ  ニジェール川交易の町と港

マリ モプティ ニジェール川 (6)

マリのニジェール川とバニ川の合流地点にある町、モプティ。
かつて「ジェンネ」と「トンブクトゥ」の2つの都市をつなぐ重要な港としてフランス植民地時代に発展した町で、現在ではマリ第2の都市となりました。

ニジェールの川の交易港であり、物資の集積地。そこにはさまざまな民族も集まります。魚製品を扱う漁民ボゾ族、家畜やその乳で生きるフラニ遊牧民、モプティ周辺で稲作を営み米を売るソンガイ族、サハラ砂漠のタウデニの岩塩を運んでくるモール人・・・ モプティはニジェール川流域に暮らす人々の暮らしを凝縮して見ることができます。

マリ モプティ ニジェール川 (3)
活気にあふれる港

マリ モプティ ニジェール川 (10)
夕方の漁民ボゾ族のキャンプを訪問。船で魚を追って移動する暮らしで、ちょうどモプティ郊外の岸辺に到着してキャンプを設営したところでした。

マリ モプティ ニジェール川 (12)
船には暮らしに必要なものが全て乗っています。オープンキッチンでの夕食の準備が進んでいました。

マリ モプティ ニジェール川 (13)
漁民といえど、家畜も船に乗せて飼っています。鶏もはしりまわっていました。

マリ モプティ ニジェール川 (11)
ボゾ族の家族団らんのひととき。発電機をまわして電気もテレビもつきました。

マリ モプティ ニジェール川 (1)
そのボゾ族のキャンプから程遠くないところにはフラニ遊牧民たちのキャンプが。

マリ モプティ ニジェール川 (5)
夕刻の乳搾り

マリ モプティ ニジェール川 (4)
燃料となる牛の糞。これらの乳や燃料は自分達が使うだけでなく、そばに暮らすボゾ族のキャンプやソンガイ族の村人に売ったり物々交換します。

マリ モプティ ニジェール川 (8)
モプティの港にトンブクトゥから運ばれてきた「タウデニの塩」を探しに行きました。

マリ モプティ ニジェール川 (7)
モール人の商人から1キロほどのブロックを1,000セーファーフランで購入。塩にはいろいろなクオリティーがありますが、最高級クオリティーのものを購入。

マリ モプティ ニジェール川 (9)
タウデニの塩はサハラ砂漠で産出される塩の中でも最もおいしいとされる高級品。タウデニはトンブクトゥの北750kmにある塩鉱で、塩は手堀で採掘され「塩のキャラバン」でトンブクトゥへ運ばれます。

マリ タウデニ 塩のキャラバン
2007年にタウデニを訪れたときに撮影した「塩のキャラバン」の写真です。現在は治安の悪化により訪問はできません、残念です。「塩のキャラバン」はタウデニ~トンブクトゥー間の750Kmをおよそ20日間かけて運びます。

モプティの港、オールドタウン、川沿いに暮らす人々、そしてジェンネ。
モプティはマリの魅力を凝縮した場所です。

Photo & Text by Mariko SAWADA 澤田真理子

***マリへの旅行については随時発表・実施しておりますので西遊旅行アフリカ担当までお問い合わせください。







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2014年11月20日

マリのドゴン族 バンディアガラの断崖の玉ねぎ

マリ ドゴン族 玉ねぎ (3)

今年の2月に訪れたマリ、ドゴン郷の様子です。
近年、北部の治安悪化を受け観光客が激減したマリ。かつては部屋の確保も難しかったドゴン郷の中心サンガのホテルもガラガラで「今シーズンにホテル宿泊客は60人ほど・・・」と。支配人と不定期に勤務するコックと門番の3人だけでホテルを守っていました。
観光業は衰退したドゴン郷でしたが、農業は発達し玉ねぎの収穫のシーズンを迎え活気にあふれていました。

ドゴン族とは・・・
マリのニジェール川流域、バンディアガラの断崖に暮らす民族で、その神話体系や伝統・仮面舞踊で知られています。地元ガイドの説明によると、16世紀、マリ帝国の都のあったマディンゴに暮らしていたドゴン族はイスラム化を強要されたためにこのバンディアガラの断崖に逃げ込んできたといいます。この移動は、小さなグループにわかれて行われ、そのグループがひとつの村=ひとつの家族となりました。そのため、名前を聞いたらどの村の出身かがわかり、現在人口40万人、250の村、250の家族がいるといいます。(違う数字の諸説あり)
6~10月の雨季にはミレット(トウジンビエ)、トウモロコシ、イネ、フォニオ(イネ科の穀物)、玉ねぎを栽培し、11~5月の乾期には人口の池にためた雨水を使い農業を営んでいます。

マリ ドゴン族 玉ねぎ (6)
ドゴン族の仮面舞踊 カナガの仮面

さて、2月のドゴン郷は玉ねぎの収穫の季節。収穫した玉ねぎを砕いて丸めて「玉ねぎボール」を作り、出荷します。このドゴンの玉ねぎボールはスープなどの味付けに使われとっても美味しいのです。

マリ ドゴン族 玉ねぎ (11)
玉ねぎの収穫。この季節でも緑豊かな畑がたくさんあり、褐色の大地を開拓したドゴンの人々の努力が実っていました。

マリ ドゴン族 玉ねぎ (1)
バンディアガラの断崖から低地の展望が広がる岩のテラスで村人が総出で玉ねぎボールつくりをしていました。

マリ ドゴン族 玉ねぎ (2)
玉ねぎを砕く

マリ ドゴン族 玉ねぎ (12)
家族総出で玉ねぎボールづくり

マリ ドゴン族 玉ねぎ (13)
子供も玉ねぎボールを丸めます。

その後に訪れた市場で売られているドゴン族の玉ねぎボールを発見。

マリ ドゴン族 玉ねぎ (16)
ニジェール川沿いのソマドゥックの市場。

マリ ドゴン族 玉ねぎ (14)
各地の産物が集められる中にドゴンの玉ねぎボールも。

玉ねぎボールで味付けした食事も体験!

マリ ドゴン族 玉ねぎ (9)
サンガのホテルでの食事。上品な盛り付けですが、ドゴンの穀物フォニオと玉ねぎボールで味付けしたお肉ソース。ちなみにこの日のスープはドゴン産のかぼちゃスープでした。

Photo & Text by Mariko SAWADA  澤田真理子

***マリへの旅行については随時発表・実施しておりますので西遊旅行アフリカ担当までお問い合わせください。





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2011年08月07日

探検家が目指した黄金郷・トンブクトゥ(マリ)

こんにちは。
今日は前回に続いてマリのトンブクトゥをご紹介したいと思います。

トンブクトゥはもともとトゥアレグ族の宿営地として始まったと言われています。1240年から栄えたマリ帝国の時代、サハラ交易が東に移り、トンブクトゥは北からのラクダの輸送、南から舟で運ばれてくる商品のそれぞれの終着点となり、交易上のとても重要な町となってゆきました。ジェンネと同様に塩と金の交易によってマリ帝国は大きな繁栄を見ることとなったのです。

トンブクトゥへの道中に出会った塩を運ぶラクダDSC_8827
≪トンブクトゥへの道中であった塩を運ぶ人々≫

15世紀から16世紀末までマリ帝国に替わってソンガイ帝国が栄えると、トンブクトゥの町はさらに繁栄を極め、交易都市としてだけでなく、宗教都市としても有名になっていったのです。他のイスラム都市から宗教的指導者が招かれ、多くの神学校やモスクが建設されました。

トンブクトゥ ジンガリベリモスク
≪ジンガリベリ・モスク≫

現在、その栄華を今につたえるモスクが残っています。ジンガリベリ・モスクとサンコーレ・モスクです。
ジンガリベリ・モスクは14世紀初めに造られたトンブクトゥに残る最古のモスクです。昔は観光客でも中に入ることができましたが、現在はイスラム教徒のみとなっています。

トンブクトゥ サンコーレ・モスク
≪サンコーレ・モスク≫

サンコーレ・モスクはかつてイスラム教の大学の機能を持ち、16世紀までイスラム世界でアラビア語を学ぶ最大規模の大学として有名な場所でした。25,000人以上の生徒が学んでいたと言われています。

そんなトンブクトゥの栄華は当時ヨーロッパ各地まで伝わってゆきました。「トンブクトゥの富める王は金でできた杯を数多く持ち、その重量は1300ポンドにもなる、多くの医者や裁判官、司祭、学者がおり、王の財力によって手厚く養われている」というような噂が伝わり、多くの探検家の憧れの場所となってゆくのです。


Tンブクトゥ 探検家ルネ・カイエの家1588年から1853年にかけて少なくとも43人の探検家がトンブクトゥをめざし、4人のみが無事辿りつき、そして3人だけが無事に母国まで帰国したのです。当時、ヨーロッパ人がそのままトンブクトゥに入ることは非常に難しく、見つかると殺害されてしまう可能性が高いため、フランス人探検家ルネ・カイエは出発前に1年間イスラム教とアラビア語を学び、イスラム教徒になりすましてトンブクトゥに入りました。しかし、ルネ・カイエがトンブクトゥに到着した時、既に全盛期を過ぎた町は荒廃が始まり、黄金郷と呼ばれたかつての繁栄はなかったといいます。ルネ・カイエはトンブクトゥに辿りつき、なお無事に帰国した初めての探険家でした。彼がフランスへ戻った後発表した、トンブクトゥについての報告は誰にも信じてもらえず、偽りであると告発されたといいます。≪写真左:探検家ルネ・カイエの家≫

トンブクトゥに辿りついた探険家が滞在した家々は今でも保存されています。現在は個人の家となっているため、内部は残念ながら見学できませんが、当時彼らが描いた夢の冒険に思いを馳せるのも良いでしょう。

サハラ砂漠の南縁・サヘルに位置するトンブクトゥですが砂漠の波が押し寄せつつあり、当時の栄華は姿を消してしまいました。しかし、かつてヨーロッパまでその名を轟かし、探検家達に夢を与えた町は、これからも訪れる観光客にかつての黄金郷として夢を与えつづけてゆくことでしょう。

大阪支社・米谷健吾

西遊旅行で行くマリの旅 2011~2012
関連ツアー:原色の西アフリカ マリ
企画者の声はこちら











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2011年08月01日

サハラ交易の中継都市・ジェンネ(マリ)

こんにちは。大阪支社の米谷です。

本日は今年も秋から冬にかけてベストシーズンを迎えるマリの見所のひとつ「ジェンネ」をご紹介したいと思います。

ジェンネという名前はどこかで聞いたことがある方も多いことでしょう。かつて同じくマリ北部のトンブクトゥと共にサハラ交易によって一大栄華を築いた町で、現在はユネスコの世界遺産に登録されています。

ジェンネの月曜市と大モスク
≪ジェンネの月曜市と大モスク≫

ジェンネは13世紀まではボゾ族という漁師達の小さな集落でした。
14世紀~16世紀になりマリを含む西アフリカ地域はマリ帝国、ソンガイ帝国という強大な国が支配するようになりました。この時代、サハラ交易ルートは発達しマリ北部のタウデニやタガサなどの塩の採掘所から運ばれてくる塩と南部から運ばれる金がジェンネで交換される様になったのです。この時代、ジェンネの人口は10,000人を越えていたと言われています。

塩は人間にとって、特に海のないサハラ砂漠に暮らす人々にとっては命に関わる重要なものでした。ラクダのキャラバンによって運ばれてくる塩は当時金と同等の価値があったとも言われます。反対に南側で取れる金は現在のコートジボワールやガーナなどの鉱山から運びこまれてきたそうです。

サハラ交易の衰退後、ジェンネの町は荒廃し、現在ではボゾ族の漁師達が暮らす素朴な町に戻ってしまいました。当時の様子を彷彿とさせるマーケットは一週間に一度、月曜日だけ賑わいを見せます。カラフルな衣装を身に纏った人々が集い、様々な国からやってくる観光客もマーケットに合わせて月曜日にジェンネを訪れるケースがほとんどです。現在、マーケットで売られているものは野菜や魚、お肉、スパイスなどの食料品から生活雑貨などの日用品まで様々。活気溢れるマーケットを歩いているとアフリカのパワーに圧倒されてしまいそうになります。

大モスクと月曜市

月曜市4月曜市3

≪ジェンネの月曜市≫

マーケットの後ろに聳えるのがジェンネのシンボルともなっている大モスクです。このモスクは1907年に建設された新しいモスクで、もともと1280年に建てられていた古いモスクを模して造られました。現在でもこの大モスクは昔と変わらずジェンネの富と文化の高さの象徴となっているのです。壁から飛び出している木材は建築の一部というだけでなく年に一回の下塗りの修復作業の際にはハシゴを支える役目もするのです。この修復作業は毎年4000人ものボランティアの村人達によって行なわれるのです。

大モスク
≪ジェンネのジンボル・大モスク≫

今年も先日、「原色の西アフリカ・マリ」のツアーを掲載した「サハラとアフリカ大地溝帯」特集パンフレットを発表いたしました。マリを訪れるベストシーズンは一年で最も気温が下がる12月~2月です。それでも日中は30~35度位にまで気温があがり、しっかりと日除け対策が必要です。逆に朝は気温が15度前後まで下がり、上着が必要なくらいです。

マリへのツアーはこれまで比較的高額なツアーが多かったですが、西遊旅行では現地手配会社との協力関係のお陰で398,000円という夢の30万円台でご提供しています(年末年始出発は除きます)。まだ、興味があるのに行くことができていないという皆様、絶好の機会ですよ。

西遊旅行で行くマリの旅 2011~2012
関連ツアー:原色の西アフリカ マリ
企画者の声はこちら






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2011年01月27日

ドゴン族の仮面(マリ)

こんにちは。
今日はマリに暮らすドゴン族の仮面について、お話をしたいと思います。

ドゴン族は現在バンディアガラと呼ばれる断崖に集落を作り、昔ながらの
伝統的な生活習慣を残して、暮らしています。
もともとは低地に住んでいたと考えられていますが、侵入者から追われて
この地に逃げ込んできたそうです。

ドゴン族を有名にしているもののひとつが「仮面」です。
様々な種類の仮面が作られ、これを用いた踊りが御祭りや葬儀などで催され
ます。ドゴン族最大の祭りは60年に一度行なわれる「シギの祭り」や12年に一度祖先の霊をまつる「ダマの祭り」が有名ですが、訪れる観光客のためにも
ドゴン・ダンサー達が仮面舞踊を披露してくれます。

仮面の役割の中には、死者の魂を宿し、現世と交信するというものも
あり、とても神秘に満ちています。

仮面の種類も様々で、その一部をご紹介します。


カナガP1020424【カナガマスク】上の横棒が空、下の横棒が大地、真ん中の縦棒がドゴン族の暮らす世界を表しています。








ウサギ【ウサギのマスク】動物をかたどったマスクもたくさんあります。








ハイエナ【ハイエナのマスク】ハイエナを模った仮面です。
















女性【女性に扮するダンサー】貝殻などで作った長い髪の毛が女性を表しています。














シリゲ【シリゲのマスク】これはドゴン族の宗教的な指導者であるホゴンの家を模った仮面と言われています。















他にもいろいろな仮面がありますが、残りは現地に行ってからのお楽しみです。
夏は大変暑い所ですので、気温が下がる12月~2月のベストシーズンに是非訪れてみて下さい。

yonetani_saiyu at 16:55|Permalink