少数民族

2015年04月02日

南部アンゴラ、ルバンゴ周辺で出会った少数民族の人々

南部アンゴラのウィラ州は標高2,000Mの高原地帯が広がり、大西洋岸の砂漠地帯とは断崖で区切られています。

この地域へのヨーロッパ人の入植は1627年に始まり、象牙、奴隷、家畜、商業の主要積み出し港だったベンゲラとのルートができたことにより18世紀には多いに発展しました。19世紀後半になると、南アフリカからイギリス人に追われてカラハリ砂漠を越えてきた300人のボーア人、さらにポルトガル領マデイラ諸島からの入植者も増えました。現在でも州都ルバンゴはアンゴラ国内における彼らヨーロッパ人達の子孫の最も占める割合の大きい町です。

このルバンゴ周辺には現在でも遊牧生活を営む少数民族が暮らしています。彼らの生活をその特徴的な装飾品を中心に紹介します。

・ムウィラの女性は泥とビーズでできた太い首飾りをつけて一生を過ごします。彼女達はイカのような飾りの髪型をしていて、それは牛馬の糞とバター、黄土を混ぜて作られます。思春期になると少女は大きな赤い首飾りをつけ、ヴィケカと呼ばれるその首飾りは結婚後で黄色とするようです。一度結婚した時につけたその首飾りは二度と外しません。シビアという町で出会った女性は、その太い首飾りの形状は年齢とは関係なく、結婚しているかどうかによってその使われるビーズの色も変えるのだと教えてくれました。夜寝ている時は外れるのを防ぐための、母から子に受け継がれる木製の枕を使用しています。髪型もステータスの一つとして考えられ、オンクラと呼ばれる赤石を砕いて作るペーストを用意し、オイル、木の皮、ハーブもそのペーストに混ぜます。

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・ムクバルの女性は胸を縛るロープを使う。一夫多妻制で、人は労働力として家畜と交換されることもあります。

IMG_4050ムクバルの言葉を教えてくれました。
ワラアレ(お元気ですか?) 
   -ダラアレ(元気です)
ダパンドゥーラ (ありがとう)

















・ムカワナ族の女性も髪飾りのドレスアップには凝っている。使い古しのものでカパポと呼ばれる髪飾りを作ります。写真には写せませんでしたが西欧の古い人形を方に乗せいている少女もいました。

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アンゴラは現在ダイヤモンドや金、銅、石油などの地下資源が豊富で、取れない鉱物は3種類だけという話も聞きました。アンゴラはその地下資源の富を独占しようとすることに集中し、国内で争いが生まれました。その紛争は30年以上も続き、地方には地雷が埋められ、現在でもその撤去作業が続けられています。経済状況が上昇して、西欧のぜいたく品が入ってきているようで、ムウィラ族に近縁のムガンブエ族の少女はディズニーのシャツや、イタリアのサッカーチームのシャツを着ている事からも納得がいきます。

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2014年03月28日

エチオピア最深部に生きる人々

83もの民族が共存するエチオピア。特にケニアのトゥルカナ湖に注ぐオモ川流域には、13の少数民族が暮しています。今日はオモ川流域に暮す人々の様子をご紹介いたします。

オモ川を挟んで東西に分けると、気候が若干異なるこの地域ですが、東側には通過儀礼の牛飛びで知られたハマル族や、デヴィニャというリッププレートをはめたムルシ族が暮らし、西側には、ドンガという伝統儀式を行っていたスルマ族が暮します。どの民族も、文明社会と隔たった辺境の地で、独自の生活を営んでいます。


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【頭髪に牛の油と泥を混ぜたものを塗ったハマル族の女性】


ムルシ族とスルマ族は、オモ川を挟んで対岸に住みながら、民族的には同じナイル・サハラ族に属します。女性はデヴィニャというリッププレートを唇にはめ、男性も女性も自分の体に傷をつけて装飾としています。どちらの民族の男も、すらりとした体系に、引き締まった筋肉を持っています。女性たちは、美しさの象徴であるデヴィニャをはめています。小さい時に、針で小さな穴をあけ、歳を重ねると共にだんだんと大きなデヴィニャに変えてゆきます。丸いお皿のようなデヴィニャの他、四角いデヴィニャをはめた女性もいます。

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【オモ川の東に暮すムルシ族の女性】

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【こちらは西側のスルマ族。四角いデヴィニャです】


スルマ族が暮すオモ側の西側では、2011年に政府に禁止されるまで、杖一本に自分のすべてをかけた戦いの儀式、ドンガが行われていました。この地域に住むスルマの男達にとって、雨季の終わりに行われるこの儀式は正真正銘の真剣勝負でありました。かつては、2メートル以上ある細い木の杖一本で、草原の真ん中で一対一の勝負を繰り広げ、勝った男は勝利の雄たけびを上げながら、何本もの杖を組み合わせて造った神輿に乗り担がれていきました。この儀式は、時に死者も出るほどのすさまじい勝負であり、政府から禁止令が出たため、現在は見ることができません。

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【かつて行われていたドンガに臨むスルマの戦士】


しかしながら、スルマの人々は近代社会からかけ離れた、驚きに溢れる生活を営んでいます。例えば、牛の首に矢を放ち、傷口からあふれ出る生き血をヒョウタンで作った器に受けて、朝食としてそれを飲み干したり、モロコシで作った地酒をヒョウタンの器で飲むなど、他では見ることができない生活を営んでいます。

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【ヒョウタンの器で酒をすするスルマの女性達】

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【牛の首に矢を射って生血を取る】


今年から、南部エチオピアを訪ねるツアーは、オモ川の東西を一度に訪れる内容に変わりました。かつては、ホテルもなくテント泊で巡ったオモ川の東側は、整備が進んですべて宿泊施設に泊まれるようになりました。しかしスルマ族が暮す西側は、まだ設備が進んでおらず、テントに三泊しながら見学します。辺境の地ではありますが、テントの設営はスタッフが行い、専属のコックが食事を作ってくれ、快適なテント生活を送ることができます。

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【辺境の地でも、快適なテント泊の様子】

オモ川流域には、我々が暮す社会とはかけ離れ、未だ伝統的な暮らしを営む少数民族の人々がいます。民族の写真を撮るのがお好きな方は、地球上の他の地域では見られない光景を撮ることができます。そして驚きと感動を、オモ川の地で体験されることでしょう。


関連ツアー
エチオピア最深部 スルマ・オモ川流域に暮らす人々を訪ねて
http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GAET17/index.html

yamada_saiyu at 18:06|Permalink

2012年10月25日

民族に出会う旅。南部エチオピア

ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山で盛り上がりを見せているエチオピアですが、
南部もまた大自然とは違った魅力が満載です。

少数民族。

数百万年前の化石人骨が発掘され、世界遺産にも登録されているオモ川流域
に暮らす人々は、今もなおそれぞれの伝統や文化に根付いた暮らしを送っています。
ではここでそんな彼らを少し紹介したいと思います。

<ワライタ族>
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ほとんどがプロテスタントのキリスト教徒。衣服は普通の格好をしているので、我々
日本人がぱっと見ただけではどの部族かは分かりません。

<ムルシ族>
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おそらくエチオピアの少数民族と聞いて一番思い描かれるのがこのムルシ族でしょう。
口に大きなプレート「デヴィニャ」をはめた女性が特徴的です。今はこのプレートが
大きければ大きいほど、結婚をした際に旦那さんからもらえるプレゼントが多いという
ラッキーアイテムなのですが、もともとは奴隷時代に、支配者からさらわれたりしない
ようにわざと顔を不細工にみせようとはめたのがはじまりだそうです。

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同じムルシ族でも男の子たちはまた変わった格好をしています。
チョコレート色の肌に白のペインティングが映えますね。

<ハマル族>
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ムルシ族と同じく、今も土着(自然)信仰をしているハマル族は、
赤土とバターを髪に塗り込めた女性で有名です。

<カロ族>
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雄大なオモ川を見下ろす高台にある村に住む、カロ族。もともとはハマル系の人々で、
ハマル語でカロは「魚を食べる人々」を意味します。下唇に釘を刺した女性が特徴。


写真を撮るごとにいくら支払う・・・といった交渉が必要だったりすることもありますが、
撮った写真の画面を見せてあげると、皆嬉しそうににっこり笑ってくれます。


添乗員付きツアーは夏の設定ですが、個人旅行での手配も承っています。
ご興味のある方、いつでもお問い合わせ下さい!

秘境・南部エチオピアの民族と出会う旅 10日間

mitsuda_saiyu at 10:00|Permalink

2011年04月15日

ドンガ:男達の戦い(エチオピア)

エチオピア最深部の伝統儀式ドンガをご紹介いたします。
オモ川の西に暮らす少数民族、スルマの人々が行うこの儀式は、雨季の終わりに年1回だけ行われる正真正銘の真剣勝負です。
スルマの男達にとって、ドンガは村の女性達に自分をアピールする格好の機会で、杖一本で戦う迫力の儀式です。

ドンガは、いつ、どこで行われるかは直前にならないと分かりません。テント泊をしながら情報を仕入れ、ドンガが行われる場所に行ってみるしかありません。
教えられた草原に行ってみると、子供が数人遊んでいます。1時間近く待っても、誰も来ません。「本当にドンガやるのかな?」と不安になった頃、遠くから、勇ましい掛け声や歌とともに、旗を持った戦士たちの集団が近づいてきます。皆、屈強な体をした裸の男達です。
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【会場に向かう戦士一団】

が、歌声とともに草の陰に行ってしまいました。戦いは村対抗なので、別の村の対戦相手が現れるのを待たなければなりません。
さらに待つこと1時間、反対方向の山の上から、別の村の集団が現れます。

そして、いよいよドンガが始まります。選手宣誓も、試合開始の合図も、何もありません。一対一になり、2メートル以上ある細い木の杖一本を振りかざして、戦い始めます。
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【戦士は体にペイントを施しています】


写真だけですと、音がお伝えできないのが残念です。「カーン、カーンッ」杖と杖がぶつかる音、「ビシッ、ビシッ」杖が肉を打つ鈍い音、「うぉおお」掛け声、それぞれが草原に響き渡ります。

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【迫真の戦いです】
戦いは10分ほど続き、勝者は旗を持ち、自分を誇張するように勇ましく群集の中に戻っていきます。そして、何本もの杖を組み合わせて造った神輿に乗り、勝利の雄たけびを上げながら担がれていきます。

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【雄叫びをあげる勝者】

夢中でシャッターを切るのもあっと言う間に、2時間近くが過ぎてゆきます。
この迫力に圧倒され、興奮冷めやらぬまま4WDに乗り、我々はテント場に戻ります。

次回は、ドンガ会場の裏側と、スルマの人々の暮らしをご紹介します。

この迫力に儀式を見る関連ツアーはこちら
エチオピア最深部 スルマの人々を訪ねて

yamada_saiyu at 18:41|Permalink