ジンバブエ

2016年06月30日

カミ遺跡

今回はジンバブエのカミ遺跡についてご紹介したいと思います。

カミ遺跡はジンバブエの標高1000mのジンバブエ高原の西部、ブラワヨ近郊にある石造遺跡群。カミ遺跡群国立記念物とも呼ばれます。グレート・ジンバブエ国が放棄された後に栄えたトルワ国の首都です。このころ、ムニュムタパ国とトルワ国という2つの大国が栄えますが、岩の建築というグレート・ジンバブエの特徴を発展させ、引き継いだのがこのトルワ国でした。このトルワ国の首都として栄えたのが、カミでした。より高度な技術で作られた国の後には、グレート・ジンバブエでは見られなかった美しい装飾が至る所で用いられています。

IMG_0214


15世紀にトルワ王国の首都となり、17世紀頃まで機能していました。町の人口はおよそ7000人、中央の丘に王と霊媒師が住んでいました。西の傾斜部分の装飾が一番手が込んでいて、その美しさに圧倒されます。
IMG_0228

IMG_0232

石ブロックひとつおきにくぼませて作った市松模様(チェック柄)がふんだんに施されています。この模様をワニ、つまり先祖の霊のシンボルであると考える人もいます。
日本ではあまり知られていない遺跡ですが、グレート・ジンバブエから引き継いだ石造建築技術の発展がはっきりと確認出来ます。遺跡好きの皆様には是非訪れていただきたい場所です。

ジンバブエの知られざる見どころへもご案内するツアーはこちら。
9月は満月の夜に月の光とビクトリアの滝の水煙が織り成す絶景をご覧いただくチャンスがある、ルナ・レインボーにもご参加可能です。
※9月10日出発で設定しておりました当コースは、9月9日出発、10日間コースとして再設定しております。詳細な日程は担当までお問い合わせください。
催行間近となっておりますので、この機会に是非ご参加ください。

■「石の都とサバンナの国ジンバブエ

nakata_saiyu at 09:30|Permalink

2016年04月13日

石の都“グレートジンバブエ” 

新企画で発表させていただいた「石の都とサバンナの国 ジンバブエ」。
今回は、「グレート・ジンバブエ遺跡」をご紹介させていただきます。

C1 SEGAWA

ジンバブエとはショナ語で「石の家」を意味し、人々が誇る遺跡は国名の由来となり、国旗のデザインにも使われています。
グレート・ジンバブエの歴史は、紀元前からその痕跡があったと言われています。
11世紀頃、サハラの乾燥化を逃れてこの地にやってきたショナ族のモノモタパ王国は、この豊かな土壌に石造による家々を造り上げました。
9世紀頃、イスラム商人がサビ川上流にグレート・ジンバブエを発見し、ここから豊富にとれる金に目をつけ、モンスーン貿易の拠点としました。
金をはじめとする鉱物を輸出して莫大な富を手に入れ、アジアの綿織物や中国製の陶磁器・武器・工具等を輸入することで、町は発展していきます。
他の都市がアジアのイスラム建築等の影響を受けていくのに対して、グレート・ジンバブエは独自の石造建築を発展させ、城壁で街を囲い、首長の宮殿を築くことで都を築き上げました。最盛期には6000以上もの住居が立ち並んでいたと言われています。
■TC中村悦子グレートジンバブエ (4)

しかし、発展の拡大は衰退の要因と表裏一体でした。農業の展開と人口集中は、燃料や石造建築物の内部を補う建築材料としての木材の大量伐採をもたらし、遠方まで行かないと木材の確保がおぼつかなくなることになりました。鉱物の生産もピークをすぎ、金の産出量が減ると同時に資金力もなくなります。さらに、栽培と移牧の繰り返しは、それほど地力のないサバンナの土壌を疲弊させることになりました。また、建築材の木材の放射性炭素年代測定から判明したように、15世紀後半頃に一定規模の気候変化、旱魃、飢饉等のなんらかの天災がおき、グレート・ジンバブエは放棄されたと考えられています。そして15世紀中頃から16世紀にかけて、ザンベジ川中流域にモノモタパ王国、現ブラワヨ近郊のカミ遺跡を首都としたトルワ王国が台頭することになりました。
他に類を見ない独特な建築様式は、ソロモソ王の鉱脈であったとか、フェニキア人の居住地であったという根拠のない説に飲み込まれ、その史実は近年まで調査されることがありませんでした。

グレート・ジンバブエ遺跡のシンボルとも言えるグレートエンクロージャーは美しい曲線を持つ石組みが特徴で、后の家もしくは神殿であったと考えられています。ツアーでは、遺跡の見学だけでなく遺跡内で発掘された出土品が展示される博物館へもご案内します。
C8 SAWADA


遺跡だけではなく、世界三大瀑布の中でも最大の水量を誇るビクトリアの滝やマトボ国立公園、ワンゲ国立公園でのサファリなど雄大な自然など、ジンバブエのみどころを全てお楽しみいただく9日間となっています。
この機会に是非、ご参加ください。

■関連ツアー
石の都とサバンナの国 ジンバブエ

nakata_saiyu at 09:30|Permalink

2011年05月19日

雷鳴の轟く水煙・ヴィクトリアフォールズ

大阪支社の中島です。今回は、ヴィクトリアの滝を見た時のことです。

空は晴れ渡っていて雲はないのに、突然雨が降ってきました。そして、音がする方へ近づくにつれ、その音量も増してきました。ザンベジ川から流れ落ちるヴィクトリアの滝から、「雷鳴の轟く水煙」が上がっていました。そう、それは雨ではなく、滝の水が風に流されてきていたのです。
国境を越える前に、ザンビア側からの滝の様子を眺めました。この滝P1070929を発見したリビングストンの銅像(左写真)が立っていました。彼は、屋上でビートルズが演奏をしていた建物の2軒隣の、ロンドンのサビルロウ1番地に住んでいましたが、知らないうちに忽然といなくなって、どこに行ったかと思っていたら、こんな所でこんなに大きな滝を見つけていたのです。そして、彼が生きていた時代のイギリスの女王、ヴィクトリアに敬意を表して、その滝に女王の名前を冠しました。
ジンバブエに入るための国境には、大きなトラックが長蛇の列を作っていました。その様子を眺めながら、僕もパスポートを持って入国手続きの順番を待っていました。
「1日に20台ぐらいしか通過できないんだ。俺も3日前にここへ来て、やっと今日、ジンバブエに入れるんだ。1週間近く、国境を越えるために待っている運転手もいる」
そんなに忙しい国境なのかと思えば、そこで働く審査官はパソコンでカードゲームをやっていました。……!P1070926
国境を越えて右手すぐに滝への入口があり、再びヴィクトリアの滝を飽きるまで眺めました。横一直線に滝が落ちているので、それに沿うように遊歩道が設けられています。西から東へ道なりに歩いていると、随所でいろんな名称がつけられています。デビルズ・カタラクト、メイン・フォールズ、ホースシュー・フォールズ、レインボー・カタラクト、アームチェア・フォールズ、そして、最後にデンジャー・ポイント。そんな見所の看板を見つける度に立ち止まってみますが、どんな説明があっても、ただP1070928ただその水量と迫力に圧倒されるだけでした。小さなサルが出てきました。よくもこれだけ流れ落ちて、水が枯れないものです。デンジャー・ポイントと呼ばれる辺りまで来た頃には、もう全身びしょ濡れでした。大地の裂け目に、ひたすら水が落ちていきます。まさに、「危険な地点」です。目を閉じて、両手を広げ、空を仰いで、激しく落ちてくる滝の雨を全身で受け入れてみました。

関連ツアー:西遊旅行で行く 南部アフリカの旅 2011
南部アフリカ5ヶ国周遊

staff_saiyu at 15:28|Permalink