伝統文化

2016年06月14日

スルマの伝統儀式 ドンガ(エチオピア)

今日はエチオピア南西部に暮らすスルマの人々についてご案内したいと思います。南部エチオピアにはいまだに昔ながらの暮らし続ける民族が多数暮らしていますが、その中でも最も伝統的な文化、風習を残すのがスルマ族です。彼らはオモ川の西側に暮らし、牛と共に生きる民族です。
スルマ族には3つの系列があり、スーリ、ムルシ、 それぞれその様に呼ばれ、オモ川の西側に暮らすのはスーリと呼ばれる人々。オモ川の東側・マゴ国立公園周辺にはムルシ族が暮らしています。

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スルマの女性

彼らは牧畜を中心に生計を立てていますが、少し農業も行いソルガムやトウモロコシなどの穀物を育てます。石臼を使って穀物を挽き、パンや地ビールを作ります。

牛は彼らにとって欠かせない存在です。牛の糞を集め、体に塗るのですが、これは虫よけや皮膚病の予防になると信じられています。マラリアの予防としても考えられています。

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瘢痕模様を施すスルマの女性

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デヴィニャと呼ばれるリッププレートをはめるスルマの女性

牛のミルクはもちろんですが、血を飲むのもスルマの人々の特徴です。ナイフを使って牛が死なない量の血を抜き、飲むのです。その他、牛の尿を使って顔や体を洗ったりします。エチオピア南部にも近年は舗装道路が拡張され、ここ数年で大きな変化が起こり始めていますが、スルマの人々はいまだこの様な文化を残しています。
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牛を育てて暮らすスルマの人々

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牛の地を取って飲む文化が今でも残っています。

スルマ最大の文化と言えるのが「ドンガの儀式」です。男達がドンガスティックと呼ばれる長さ1.2m程の木の棒で戦う儀式なのですが、その危険さから2011年にスルマの行政によって禁止されました。これはスルマの人々の中にも近年は都会で勉強する人達が増え、彼らが役人となった時に、ドンガの様な野蛮な文化はなくした方がいいと考え、実施されたそうです。しかしながら、人々にとってかけがえのない儀式であり、多くのスルマの人々が再開を望み、昨年からこのドンガが再開されることになりました。

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ドンガの会場へと向かう人々

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ドンガの儀式が行われる会場

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スルマの伝統儀式・ドンガ

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村人によって担いで運ばれる勝者

ドンガの儀式はいくつかの村対抗で行われ、同じ村同志では戦いません。場所や時間は村の長老たちによって決められ、時間になると多くのスルマの男女が集います。

戦いはどちらかがギブアップするか、大きな怪我を負うまで続きますが、ちゃんと審判も存在します。ギブアップすると2年間はドンガに参加できないらしく、男達は必死になって戦います。

場合によっては相手が死んでしまう事もあります。その様な場合はなくなった相手の家族へ牛などを送るという補償制度の様なものもあるそうです。

勝利を得たスルマの男は村人に担がれて女性達が集まる場所へと向かいます。そこでドンガスティックを地面に置きます。その男性を気に入った女性は自らのブレスレットをドンガスティックの上に重ねておきます。最初にブレスレットを置いた女性がその男性を射止めるのです。しかし、これは恋人を見るけるためのもので、結婚とは関係がありません。

古くから続いてきたこの伝統文化。一時は2度の戻ってくることがないかと思われていましたが、再び再開されることになりました。この機会に弊社でもこの「ドンガの儀式」を求めてエチオピア南西部を訪れるツアーを設定しています。ドンガの儀式はいつ、どこで行われるのか、現地に行ってみないとわかりません。そのため、彼らの暮らすキビシュにて時間を多めにとり、情報を集めながらツアーを進行します。
近年、経済成長も著しく、人々の暮らしにも大きな変化をもたらしているエチオピア。是非、このチャンスをお見逃しなく。

◆キビシュに3連泊。
エチオピア最深部 オモ川流域に暮らす人々を訪ねて

◆キビシュに4連泊
エチオピア最深部 スルマの人々を訪ねて

yonetani_saiyu at 13:46|Permalink

2012年12月07日

カメルーンに残る王国とそのユニークな習慣

アフリカの大西洋岸に面したカメルーンは北から南まで変化に富み、自然や景観、人々の暮らしも異なります。
各地では熱帯アフリカに特有の王政というのが村単位で残っている地域が多く、今度の旅行でもいくつかそんな興味深い村を訪れました。

ウジラ村は北部の山間にある集落です。岩がちな山をガタガタ揺られながらすすむとその村はあります。ウジラ村には900年前からつづくポドコ族の15代目の王モゾコがいます。王は2万人のポドコ族の頂点にたち、彼の命令は絶対ということです。御年99歳の王には52人の奥さんとの間に76人の娘さんに112人の息子さんをもうけていて、お孫さんの数になるととんでもない数になるようです。宮殿の中にはポドコ族の聖なる石や先代の王のお墓、王を象徴するお祭で使う壺、奥様の部屋の一部を見せていただきました。食事は2回、26人の奥さんが交代でファミリーの食事を作る事や、跡取りは1番目の奥さんとの間にできた次男に継がせるなどユニークな習慣があることを伺いました。


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ポドコ族の王                           52人の王妃のひとり   

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ポドコ族の女性たち



南部にもさらに支配範囲の広い王国が現在もあります。バフット王宮は16世紀初頭から現在まで11代の歴史があります。39人いる奥様の一人ロウさんが案内してくれました。子どもは175人いて敷地内の建物にお母さんと住んでいます。お手伝いはいないようで、洗濯などの家事も自分たちで行います。赤ちゃんや青年に至るまでたくさんの王子王女が生活していました。ドイツに植民地化されるまでは人身供儀が王の葬儀の際などに行われていました。浮気をしてしまった男女は広場で磔にされ身体の部分を徐々に落とされ殺されるという残酷な刑も行われていたようです。また祭事の際はトーキングドラムで村へ伝えられ、さらに先の区画までそのドラムの音は復唱するような形で伝わりました。毎年12月のお祭りでは王室含めバフットの人々が踊り、歌に興じるとのことです。かつての迎賓館を利用した博物館にようやく入ると現在に至るまでの王朝の遺産が展示されていました。象牙の足おきやヒョウの毛皮のカーペット、パイソンの皮を飾った王、そのお母さんの部屋、ドイツから奴隷と引き換えに送られたマグカップなどの品々、戦士などをモチーフにした彫像、100以上前の王宮の風景写真、夥しい釘を打ち込まれた願いごとを叶える人形など興味深いものばかりでした。木琴のリズミカルな調子に合わせて踊り回る、動物の仮面を用いた舞踊を見学して、バフットをあとにしました。

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バフット王宮で先祖の霊を祀る「魂の家」           王が即位するごとに建てる木彫り

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バフットの人による仮面舞踏


ツアーの最後ではフンバンヘ。カメルーンはその半数の人がキリスト教徒ですが、西部州の中でもヌン川を越えるとまた民族・文化が変わり、その8割がイスラム教を信仰するバムン族の土地となります。フンバンに到着して早速バムン族の14世紀後半から19代続いている王宮の、一部を開放した博物館を見学しました。19代目の王に至るまで歴代の王の素晴らしい遺品を集めた展示でとても充実していました。その幾つかあげると、

・2m60cmあった11代目の王の特大の服や杖
・敵のあごを無数につけたカラバッシュ製のヤシ酒のツボ
・東西の敵と対峙していた時に考案された双頭の蛇の盾
・かつて生息していたカバやゾウ、ヒョウのミイラや毛皮

中でも偉業が知られているのが17代目のンジョエア王で、生涯に681人の妃を娶り、シムン文字という現在でもバムンの学校で教育に使われている独自の文字を考案しました。製粉機も開発したりするなどその多才ぶりを発揮しましたが、最後はフランスとの戦いに敗れ1933年にヤウンデで処刑されました。徒歩で王宮前広場で開かれていた市を見学しました。ンジョエア王の銅像もおかれ、今でも人々の生活と共にあるようです。

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      現在19代目の王が生活するバムン族の王宮と伝説的な17代目のンジョエア王


2/15出発は残席わずかです。コース詳細はこちら!

otomo_saiyu at 10:00|Permalink