YAMADA

2015年05月12日

ザンビア 2つの国立公園で過ごす優雅な滞在

 皆様、初夏の過ごしやすい季節になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。今日は、今年も発表しました「ザンビア 2つの国立公園で過ごす優雅な滞在」のツアーのご紹介をさせていただきます。

 このツアーのハイライトは何と言っても、宿泊するロッジの中をのっしのっしと象が闊歩する様子を間近に見られること。ロッジの対岸にあるマンゴーの木に茂る実を、一年に一回だけ11月に食べにくるのです。
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                 【マンゴーの実を求めてロッジ内を闊歩する象】

 さて、このツアーではロッジの中を歩く象だけでなく、「ローワーザンベジ国立公園」と「南ルアングア国立公園」でのサファリが魅力です。それぞれの国立公園で見れた動物、鳥等をご紹介いたします。

 まず、ザンビアのルサカからセスナ機で飛ぶこと約30分、ザンベジ河に面したローワーザンベジ国立公園に到着します。飛行場にはロッジの車が迎えに来てくれ、そのままロッジへと向かいます。

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  【国立公園へと直行するセスナ】                    【雄大なザンベジ河に沈む夕日】


  雄大なザンベジ河でのクルーズでは、水を飲みに来る象や、河で泳ぐカバ、巨大なワニ等を見ることができ、ザンベジ河に沈む夕日も美しい光景でした。朝のサファリでは、巨大な象を目の当たりにします。
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【水辺の象と、サファリ中に出会った象】

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                 【夜にはカバが闊歩する自然の中にあるロッジ】
                                           

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                   【こじんまりとして落ち着いたロッジの食堂】


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                 【快適なお部屋の内部。もちろんトイレ、シャワー付です】


  ツアーではローワーザンベジ国立公園の後、セスナでルサカ乗り換えにて南ルアングア国立へと向かいます。到着後のサファリでは、食後にゆったりとするライオンの一家、ナイトサファリでは、ヒョウの姿を見ることができました。
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                       【夕陽を浴びたライオン】

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                      【食後にくつろぐライオンの一家】



  また、翌日の朝のサファリでは、ミネラルを含んだ地層に集まる無数のハチクイの群れや、木の上で眠るヒョウ、生まれたばかりのインパラの赤ちゃんなどを見ることができました。

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                    【ナイトサファリで、ライトを浴びたヒョウ】


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                      【こちらは翌日、木の上で眠るヒョウ】

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                  【ミネラルを含む地層に集まったハチクイの群れ】


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                  【ものすごい数です。ハチクイが乱舞します】

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      【生まれたばかりのインパラの赤ちゃん。しっかりと自分で立つまで見届けていました】

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                 【バファローは、水を求めて大行進していました】


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                    【木陰で一頭で休んでいたオスのライオン】



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                           【象があるくロッジのフロント】

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                 【ロッジ内のバー。夕方には、ピザ等の軽食が出ます】

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            【ロッジ内にも沢山の動物がいます。かわいいイボイノシシ】


 快適なロッジに連泊しながら、沢山の野生動物をみることができるこのツアー、年に一回だけの特別企画です。間もなく催行になる今年のザンビアのツアーで、是非皆様も沢山の動物達に出会ってみて下さい。

関連ツアー
ザンビア 2つの国立公園で過ごす優雅な滞在

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2014年12月22日

アルジェリア ローマ遺跡訪問 「ベテラン達の園 ティムガッド」

 「アルジェリア探訪」のツアーで訪問する、数あるローマ遺跡の中から今日は、その保存状態の良さから「アフリカのポンペイ」とも呼ばれるティムガッドの遺跡をご紹介します。

 ツアーで宿泊するアルジェリア東部最大の都市・コンスタンティーヌから走ること半日、丁度お昼時にティムガッドに到着します。
 ツアーではいつも、ティムガッドを案内してくれるガイドさんのミサウさんのお宅にお邪魔し、手作りのお昼ご飯をいただきます。
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 【ミサウさん宅でいただいた手作りハンバーグ】
 
 昼食後、いよいよ遺跡へと向かいます。
 ティムガッドは、紀元一世紀にトラヤヌス帝によって建設が始まり、もともとは15000人程の人々が住む植民都市として建設されたのですが、人口が増え続けどんどんと拡張されていった歴史があります。
 
 なぜ人口が増えていったのか?理由は、ティムガッドはローマ軍のベテラン(退役軍人)が退役後に暮す目的で造られたからでした。
 ローマの軍人には、25年の兵役を務めるとローマ市民権が与えられ、厳しい軍隊生活から離れた快適な老後を過ごす権利がありました。そのため、軍事力の強化とともに、退役したベテランも増え、受け入れる街が必要になったのです。
 このティムガッドには、西アジア出身のパルティア人のベテラン達が多く住んだと言われています。パルティア人は、紀元前3世紀にパルティア王国を興しトルクメニスタンからイラン、メソポタミアまで支配した国でした。パルティアン・ショットという戦法を得意とした騎馬民族で、ローマ帝国と対立し8回も戦争をした民族です。パルティアはササン朝ペルシャによって滅ぼされるのですが、生き残った屈強なパルティアの兵士達は、その後の歴史の流れの中でローマ軍で戦うことを選んだのです。
 
 さて現在の遺跡の入口を入ると、拡張された、年代の新しいティムガッドの街から見学が始まります。ここにはキリスト教のバジリカが残り、洗礼槽も残っています。ローマ帝国は紀元311年のミラノ勅令によってキリスト教を受け入れました。ティムガッドが造られ始めてから約100年後のことです。100年も経つと人口は膨れ上がり、新しい居住区が拡張されていったのです。そしてそこに、100年前には受け入れられていなかったキリスト教の建物が建造されたのでした。

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【キリスト教会跡に残る洗礼槽】

 

 遺跡の中心部へとさらに向います。かつてのティムガッドを東西に貫いた道・ディクマヌスの西端に残るのが、巨大なトラヤヌスの凱旋門です。大通りを走った馬車の車輪の轍もはっきりと残っています。


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                 【ティムガッドの残る巨大なトラヤヌスの凱旋門】 

 遺跡をさらに北側に歩くと、かつての市場に入ります。豊穣なティムガッド近郊で採れた作物やワインが並べられていたであろう店の跡が残っています。興味深いのが、何を商っているか分かりやすくするためか、店構えの上部には売っている物が彫刻されて飾られていました。

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【左上:様々な食品が売られていた市場】
【右:お酒の神バッカス像が彫られたワイン屋】
【左下:野菜屋さん?】
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 市場を越えると、ミネルバ、ユノー、ユピテルの3人のギリシャ神を祀った巨大なカピトリーノ神殿に入ります。この辺りは、キリスト教が入る以前の神々が祀らていますので、ティムガッドでも初期の頃に造られた地区であることがわかります。
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              【コリント式の巨大な列柱があったカピトリーノ神殿】

 さらに進むと、どこのローマ都市にもあったローマ浴場が、ここにも残っています。
カピダリウム、フルギタリウム、サニタリウムなどの部屋があるのは他のローマ浴場と同じです。
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       【ローマ浴場跡】                     【浴場の床のモザイクも残っています】

 そして、3500人を収容できた円形劇場からティムガッドの全景を眺めると、かつては巨大な都市であったことが一目瞭然でわかります。
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                   【円形劇場から望むティムガッドの全景】

 人々が集まった広場、フォーラムまで来ると、2000年以上前から残る珍しいものを見ることができます。それは地面に書かれた落書きです。ラテン語で書かれたその意味は、「狩りをし、風呂に入り、ゲームをし、そして笑う。これが人生だ」。

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   【フォーラムに残るラテン語の落書き】              【おしゃれだった公共トイレ】


 現役時代は過酷な軍隊に属して各地を転戦した兵士達の、楽しい老後の生活が凝縮されている言葉だと思います。

 北アフリカに残る数あるローマ遺跡の中でも、その大きさ、保存状態の良さでは三本の指に入ると思われるティムガッド。オーレス山地の麓で、皆様の訪問をお待ちしてます。

関連ツアー
アルジェリア探訪


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2014年03月28日

エチオピア最深部に生きる人々

83もの民族が共存するエチオピア。特にケニアのトゥルカナ湖に注ぐオモ川流域には、13の少数民族が暮しています。今日はオモ川流域に暮す人々の様子をご紹介いたします。

オモ川を挟んで東西に分けると、気候が若干異なるこの地域ですが、東側には通過儀礼の牛飛びで知られたハマル族や、デヴィニャというリッププレートをはめたムルシ族が暮らし、西側には、ドンガという伝統儀式を行っていたスルマ族が暮します。どの民族も、文明社会と隔たった辺境の地で、独自の生活を営んでいます。


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【頭髪に牛の油と泥を混ぜたものを塗ったハマル族の女性】


ムルシ族とスルマ族は、オモ川を挟んで対岸に住みながら、民族的には同じナイル・サハラ族に属します。女性はデヴィニャというリッププレートを唇にはめ、男性も女性も自分の体に傷をつけて装飾としています。どちらの民族の男も、すらりとした体系に、引き締まった筋肉を持っています。女性たちは、美しさの象徴であるデヴィニャをはめています。小さい時に、針で小さな穴をあけ、歳を重ねると共にだんだんと大きなデヴィニャに変えてゆきます。丸いお皿のようなデヴィニャの他、四角いデヴィニャをはめた女性もいます。

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【オモ川の東に暮すムルシ族の女性】

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【こちらは西側のスルマ族。四角いデヴィニャです】


スルマ族が暮すオモ側の西側では、2011年に政府に禁止されるまで、杖一本に自分のすべてをかけた戦いの儀式、ドンガが行われていました。この地域に住むスルマの男達にとって、雨季の終わりに行われるこの儀式は正真正銘の真剣勝負でありました。かつては、2メートル以上ある細い木の杖一本で、草原の真ん中で一対一の勝負を繰り広げ、勝った男は勝利の雄たけびを上げながら、何本もの杖を組み合わせて造った神輿に乗り担がれていきました。この儀式は、時に死者も出るほどのすさまじい勝負であり、政府から禁止令が出たため、現在は見ることができません。

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【かつて行われていたドンガに臨むスルマの戦士】


しかしながら、スルマの人々は近代社会からかけ離れた、驚きに溢れる生活を営んでいます。例えば、牛の首に矢を放ち、傷口からあふれ出る生き血をヒョウタンで作った器に受けて、朝食としてそれを飲み干したり、モロコシで作った地酒をヒョウタンの器で飲むなど、他では見ることができない生活を営んでいます。

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【ヒョウタンの器で酒をすするスルマの女性達】

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【牛の首に矢を射って生血を取る】


今年から、南部エチオピアを訪ねるツアーは、オモ川の東西を一度に訪れる内容に変わりました。かつては、ホテルもなくテント泊で巡ったオモ川の東側は、整備が進んですべて宿泊施設に泊まれるようになりました。しかしスルマ族が暮す西側は、まだ設備が進んでおらず、テントに三泊しながら見学します。辺境の地ではありますが、テントの設営はスタッフが行い、専属のコックが食事を作ってくれ、快適なテント生活を送ることができます。

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【辺境の地でも、快適なテント泊の様子】

オモ川流域には、我々が暮す社会とはかけ離れ、未だ伝統的な暮らしを営む少数民族の人々がいます。民族の写真を撮るのがお好きな方は、地球上の他の地域では見られない光景を撮ることができます。そして驚きと感動を、オモ川の地で体験されることでしょう。


関連ツアー
エチオピア最深部 スルマ・オモ川流域に暮らす人々を訪ねて
http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GAET17/index.html

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2011年04月15日

ドンガ:男達の戦い(エチオピア)

エチオピア最深部の伝統儀式ドンガをご紹介いたします。
オモ川の西に暮らす少数民族、スルマの人々が行うこの儀式は、雨季の終わりに年1回だけ行われる正真正銘の真剣勝負です。
スルマの男達にとって、ドンガは村の女性達に自分をアピールする格好の機会で、杖一本で戦う迫力の儀式です。

ドンガは、いつ、どこで行われるかは直前にならないと分かりません。テント泊をしながら情報を仕入れ、ドンガが行われる場所に行ってみるしかありません。
教えられた草原に行ってみると、子供が数人遊んでいます。1時間近く待っても、誰も来ません。「本当にドンガやるのかな?」と不安になった頃、遠くから、勇ましい掛け声や歌とともに、旗を持った戦士たちの集団が近づいてきます。皆、屈強な体をした裸の男達です。
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【会場に向かう戦士一団】

が、歌声とともに草の陰に行ってしまいました。戦いは村対抗なので、別の村の対戦相手が現れるのを待たなければなりません。
さらに待つこと1時間、反対方向の山の上から、別の村の集団が現れます。

そして、いよいよドンガが始まります。選手宣誓も、試合開始の合図も、何もありません。一対一になり、2メートル以上ある細い木の杖一本を振りかざして、戦い始めます。
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【戦士は体にペイントを施しています】


写真だけですと、音がお伝えできないのが残念です。「カーン、カーンッ」杖と杖がぶつかる音、「ビシッ、ビシッ」杖が肉を打つ鈍い音、「うぉおお」掛け声、それぞれが草原に響き渡ります。

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【迫真の戦いです】
戦いは10分ほど続き、勝者は旗を持ち、自分を誇張するように勇ましく群集の中に戻っていきます。そして、何本もの杖を組み合わせて造った神輿に乗り、勝利の雄たけびを上げながら担がれていきます。

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【雄叫びをあげる勝者】

夢中でシャッターを切るのもあっと言う間に、2時間近くが過ぎてゆきます。
この迫力に圧倒され、興奮冷めやらぬまま4WDに乗り、我々はテント場に戻ります。

次回は、ドンガ会場の裏側と、スルマの人々の暮らしをご紹介します。

この迫力に儀式を見る関連ツアーはこちら
エチオピア最深部 スルマの人々を訪ねて

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