YONETANI

2017年05月05日

アフリカの花園・ナマクワランド

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今日は年に一度、見渡す限りの花畑が広がる場所として知られる南アフリカのナマクワランドをご紹介したいと思います。既に今年の8月ツアーは催行決定となっていますので、是非、ご検討下さい。

ナマクワランドとケープタウンの休日
08月22日(火) ~ 08月30日(水) 9日間 468,000円 催行決定

南半球に位置する南アフリカは日本とは季節が反対となるため、8月末頃に春を迎えます。7月頃から降り始める雨は乾いた大地を潤し、8月の中旬から下旬にかけてナマクワランド地方を色鮮やかな花の絨毯で埋め尽くされるのです。まさに荒野が一面の花畑に変わる、そんな奇跡の場所が南アフリカの北ケープ州・ナマクワランドです。

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ナマクワランド周辺にはいくつかの花の名所があり、中でも有名な場所はマワクワ国立公園、グーギャップ自然保護区です。この時期、オレンジ、紫、白、黄色の花々が一斉に咲き誇り、熱狂的な花の競演が始まります。

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彼方まで続く花、花、花…これだけ多種多様で広大な花畑は、世界中を見回してもナマクワランドだけといえます。

約4000種もの植物が群生し、そのほとんどが固有種で、多肉植物だけでも1000種を数えます。
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色鮮やかな花々が一面を覆います。
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花畑で思う存分フラワーウォッチングをお楽しみいただきます。

旅の最後にはケープタウンに2連泊滞在し、豊かな自然をお楽しみいただきます。
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ボルダーズビーチに集まるケープペンギン。ペンギンの中でも小型種で、愛らしい姿を見せてくれます。
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南アフリカオットセイのコロニーのドイカー島をボート上から観察。
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インド洋と大西洋が交わるケープポイントやアフリカ最西南端喜望峰などの景勝地も訪れます。

ナマクワランドは8月中旬から9月上旬のわずか3週間だけ出現する幻の花園です。
是非、一年に一度現れる奇跡の花園を訪れてみてください。

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2016年12月11日

エリトリア人の信仰心にふれる ~聖マリア教会~

エリトリアの首都アスマラにある、聖マリア教会をご紹介します。
エリトリアでは古くからエリトリア正教が信仰されています。エチオピア正教の流れをくみ、1993年のエリトリア独立後、一部がエリトリア正教会として分離しました。現在はカトリック、プロテスタントそれからイスラム教も共存し、様々な宗教を信仰する人々が平和に暮らしています。
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聖マリア教会の日曜礼拝

この聖マリア正教会のあった場所には7世紀頃から小さな教会がありましたが、現在の建物は1917年~1920年に建てられたもので、正面に描かれる宗教画は1950年代にイタリア人の画家によって描かれました。
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毎週日曜日の朝には礼拝に多くの人々が集い、その敬虔な姿に心を打たれます。
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建物は四角形をしており、エリトリア正教の教会内部は3つのセクションに分かれます。
観光客も靴を脱いで内部のカディスト(礼拝場所)へと入ることができます。
人々の信仰の深さに驚かされるばかりです。

①キナ・マフレット:シンギングプレイスと言われ、ミサの際に歌が歌われる場所です。
②カディスト:人々が礼拝をする場所で、男女別に分かれています。この教会では女性は右側、男性は左側にこのセクションが設けられています。
③カディスタ・カドゥスタン:最奥部に位置する聖室。司祭しか入ることができない、教会でもっとも大切な場所です。

朝、7時過ぎに教会を訪れると、既に司祭による説教が始まっており、多くの人々が集まっていました。
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説教する司祭

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教会内部にて

エリトリア正教会では白い服装が正装とされ、人々は白い衣装に身を包み教会に集います。
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聖マリア教会を訪れる際には、日曜礼拝の時間に訪れると、建築物としての教会だけでなく、エリトリアの人々の信仰心にも触れることができます。

エリトリアを訪れるツアーはこちら
知られざるアフリカの角 エリトリア




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2016年09月22日

サハラの大国・チャド

アフリカ中央部に位置する国チャド。スーダン、中央アフリカ、カメルーン、ナイジェリア、ニジェール、リビアと国境を接し、国土の大半をサハラ砂漠が占めています。砂漠といえば砂丘をイメージする人が多いかもしれませんが、チャドの砂漠には大砂丘は少ない反面、土漠や山岳砂漠、礫砂漠などサハラの様々な姿をお楽しみいただけるという、サハラリピーターにはたまらない景色が広がります。

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エネディ山地北部に広がるバルクハン砂丘

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ハバイケの奇岩群

チャド北東部に広がるエネディ山地。チャドで最もみどころが残る場所といってよいでしょう。アルジェリアのタッシリ・ナジェールやアルホッガー、リビアのアカクスに匹敵する巨大な岩山が広がっています。これらの岩山は「タッシリ」と呼ばれ、風と雨により浸食された堆積岩(砂岩)の台地のことを意味します。このエネディ山地もサハラ砂漠の中央に位置する堆積岩(砂岩)の岩山で、全ての面を砂漠の砂により侵食されエネディ独得の渓谷、ワディ、ゲルタを作り出しています。

エネディ山地を最も有名にしている風景はアルシェイのゲルタでしょう。「ゲルタ」とはアラビア語で「砂漠にある水のたまっているところ」という意味があります。このゲルタに水を飲ませるためにたくさんのラクダが集まる風景は圧巻。ビューポイントまで片道1時間30分程、瓦礫や砂地の道を歩くと、素晴らしい風景に出会う事ができます。
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アルシェイのゲルタ

そしてこのゲルタには「サハラ最後のワニ」と呼ばれるワニが暮らしています。 1万年前まで続いた「緑のサハラの時代」にナイル・クロコダイルが西アフリカ全域に広がりました。その後の気候の変化で徐々に姿を消し、「サハラに生き残ったワニ」としてはチャドのエネディ山地だけになりました。 限られた食べ物、遺伝の問題などから体が矮小化し、ナイル・ワニは本来5mほどまで成長するのに対し、サハラのものは1.5~2mしかありません。 トゥブ族の人々はワニを神聖視し、ゲルタからこのワニがいなくなると水が枯れると信じ、大切にしています。ワニが人やラクダを襲うことも、人がワニを襲うこともないそうです。
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アルシェイのゲルタに生きるデザートクロコダイル

一般にサハラの壁画は古いものほど美しく、時代が新しいものは稚拙なものが多いように言われますが、チャドにおいては新しい時代のもの、馬の時代、ラクダの時代の壁画が美しく生き生きと表現されています。色素の材料はオークル(黄土)、岩石、卵、乳を使い、それをアカシアの樹液を用いて保護しています。

マンダゲリ
マンダゲリの壁画 ここは6m上に見上げた天井に多くの壁画が残っています。

テルケイ東 頭飾りをつけた男性
テルケイに残る岩絵 頭飾りをつけた男性

テルケイ東 走る馬の壁画
テルケイ 走る馬の壁画

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ビシャガラの岩絵

11月~2月にかけて、サハラのベストシーズンがスタート。チャドへのツアーも間もなく催行できるコースが2コースあります。是非、この機会に知られざるサハラの国チャドを訪れてみてください。

ツアーの詳細はこちらをクリック↓
チャド エネディ山地エクスペディション 18日間
01月15日(日) ~ 02月01日(水) 18日間 798,000円 催行間近

エネディとティベスティ山地 26日間
02月08日(水) ~ 03月05日(日) 26日間 1,150,000円 催行間近




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2016年06月20日

エチオピアとアフリカ大地溝帯パンフレット発表

この度、2016年の秋~2017年にかけての「エチオピアと大地溝帯」特集パンフレットを発表しました。
今年は新コースも充実。これまでの定番コースから、改定コースに加えてエチオピアオオカミが生息するバレマウンテン国立公園を訪れるコース、エリトリアを訪れる新企画も2コース発表しました。
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1.ナイルの源・エチオピア アビシニア高原周遊の旅
 聖地ラリベラや旧都ゴンダール、イスラム都市ハラールなどアビシニア高原を中心に5つの世界遺産を巡ります。数々の歴史遺産が多きなみどころですが、雄大な山並みが美しいシミエン国立公園も訪れます。
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聖地ラリベラの聖ギオルギス教会

2.ダナキル砂漠・塩のキャラバンとエルタ・アレ火山
 例年大好評をいただいておりますエチオピア北東部ダナキル砂漠への旅。10日間でアフデラ湖、エルタ・アレ火山、アハメッド・エラでは塩を運ぶラクダのキャラバンやダロールの奇観など地球の息吹を感じることができるツアーです。
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極彩色のダロール火山

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夜のエルタ・アレ火山

3.アフリカ大地溝帯最深部 アファールトライアングルを行く
 ジブチからエチオピアへ陸路で国境を越え、エルタ・アレ火山、ダナキル砂漠へと抜けるコース。今年は13日間で設定しましたので、より短い日数でアフリカ大地溝帯最深部への旅をお楽しみいただけます。

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美しいグラデーションを成すアッサル湖

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アベ湖畔に放牧にやってくるアファール族の少女

4.ダナキル砂漠とアビシニア高原周遊の旅
 今年新たに設定したコースです。エルタ・アレ火山、ダロールの奇観、ラクダのキャラバンなどダナキル砂漠のハイライトを訪れると共に、アビシニア高原に残る歴史遺産も見学。一度にエチオピア北部を巡りたい方にはお勧めのコースです。

5.バレマウンテン国立公園とリフトバレー湖沼群
 近年注目を集めるバレマウンテン国立公園。標高4,000mを越えるサネティ高原から、美しい苔むした森が広がるハレナの森、マウンテンニアラやメネリクブッシュバックなど固有の野生動物が生息する北部の草原地帯など、ひとつの国立公園内で、様々な植生が広がっている特徴があります。アフリカ最後のオオカミとも呼ばれるエチオピアオオカミの観察も大きな見どころです。

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サネティ高原のジャイアント・ロベリアの群生

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アフリカ最後のオオカミと言われるエチオピアオオカミ

6.固有種の宝庫 エチオピア自然紀行
 バレマウンテン国立公園とシミエン国立公園。豊かな自然を残すエチオピアを代表する2つの国立公園を訪れる新企画。ウェブ川が造りだした巨大な洞窟ソフ・オマールも見逃せません!
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アフリカの屋根と呼ばれるシミエン国立公園

7.知られざるアフリカの角 エリトリア
 これまでベールに包まれてきたエリトリア。1月の視察を経て新発表いたしました。エリトリア鉄道の乗車や紅海に浮かぶダラク諸島、アファール族が自然と共存して暮らすブリ半島、アクスム王国の遺跡群など知られざるエリトリアを巡る11日間の旅です。

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ケレンの月曜市

8.エリトリア探訪
 蒸気機関車の旅、ダラク諸島、アフリカらしいケレンの月曜市などエリトリアの主要な見所を8日間で訪れます。全てホテル泊ですので、キャンプ泊が心配な方にお勧めです。

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エリトリア鉄道に乗車

既にたくさんのお申し込みをいただいているコース、出発日もございます。
是非、お早目のご検討よろしくお願いします。

西遊旅行 米谷健吾




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2016年06月14日

スルマの伝統儀式 ドンガ(エチオピア)

今日はエチオピア南西部に暮らすスルマの人々についてご案内したいと思います。南部エチオピアにはいまだに昔ながらの暮らし続ける民族が多数暮らしていますが、その中でも最も伝統的な文化、風習を残すのがスルマ族です。彼らはオモ川の西側に暮らし、牛と共に生きる民族です。
スルマ族には3つの系列があり、スーリ、ムルシ、 それぞれその様に呼ばれ、オモ川の西側に暮らすのはスーリと呼ばれる人々。オモ川の東側・マゴ国立公園周辺にはムルシ族が暮らしています。

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スルマの女性

彼らは牧畜を中心に生計を立てていますが、少し農業も行いソルガムやトウモロコシなどの穀物を育てます。石臼を使って穀物を挽き、パンや地ビールを作ります。

牛は彼らにとって欠かせない存在です。牛の糞を集め、体に塗るのですが、これは虫よけや皮膚病の予防になると信じられています。マラリアの予防としても考えられています。

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瘢痕模様を施すスルマの女性

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デヴィニャと呼ばれるリッププレートをはめるスルマの女性

牛のミルクはもちろんですが、血を飲むのもスルマの人々の特徴です。ナイフを使って牛が死なない量の血を抜き、飲むのです。その他、牛の尿を使って顔や体を洗ったりします。エチオピア南部にも近年は舗装道路が拡張され、ここ数年で大きな変化が起こり始めていますが、スルマの人々はいまだこの様な文化を残しています。
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牛を育てて暮らすスルマの人々

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牛の地を取って飲む文化が今でも残っています。

スルマ最大の文化と言えるのが「ドンガの儀式」です。男達がドンガスティックと呼ばれる長さ1.2m程の木の棒で戦う儀式なのですが、その危険さから2011年にスルマの行政によって禁止されました。これはスルマの人々の中にも近年は都会で勉強する人達が増え、彼らが役人となった時に、ドンガの様な野蛮な文化はなくした方がいいと考え、実施されたそうです。しかしながら、人々にとってかけがえのない儀式であり、多くのスルマの人々が再開を望み、昨年からこのドンガが再開されることになりました。

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ドンガの会場へと向かう人々

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ドンガの儀式が行われる会場

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スルマの伝統儀式・ドンガ

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村人によって担いで運ばれる勝者

ドンガの儀式はいくつかの村対抗で行われ、同じ村同志では戦いません。場所や時間は村の長老たちによって決められ、時間になると多くのスルマの男女が集います。

戦いはどちらかがギブアップするか、大きな怪我を負うまで続きますが、ちゃんと審判も存在します。ギブアップすると2年間はドンガに参加できないらしく、男達は必死になって戦います。

場合によっては相手が死んでしまう事もあります。その様な場合はなくなった相手の家族へ牛などを送るという補償制度の様なものもあるそうです。

勝利を得たスルマの男は村人に担がれて女性達が集まる場所へと向かいます。そこでドンガスティックを地面に置きます。その男性を気に入った女性は自らのブレスレットをドンガスティックの上に重ねておきます。最初にブレスレットを置いた女性がその男性を射止めるのです。しかし、これは恋人を見るけるためのもので、結婚とは関係がありません。

古くから続いてきたこの伝統文化。一時は2度の戻ってくることがないかと思われていましたが、再び再開されることになりました。この機会に弊社でもこの「ドンガの儀式」を求めてエチオピア南西部を訪れるツアーを設定しています。ドンガの儀式はいつ、どこで行われるのか、現地に行ってみないとわかりません。そのため、彼らの暮らすキビシュにて時間を多めにとり、情報を集めながらツアーを進行します。
近年、経済成長も著しく、人々の暮らしにも大きな変化をもたらしているエチオピア。是非、このチャンスをお見逃しなく。

◆キビシュに3連泊。
エチオピア最深部 オモ川流域に暮らす人々を訪ねて

◆キビシュに4連泊
エチオピア最深部 スルマの人々を訪ねて

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2016年02月19日

29.8万円~ エチオピア航空就航1周年特別企画!

昨年4月に成田空港に就航したエチオピア航空が、間もなく就航1周年を迎えます。それを記念してエチオピア航空協賛のもと、4月と5月限定の特別価格のツアーを設定しました。

■エチオピア航空協賛特別企画① 北部エチオピアの旅
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エチオピア航空のおひざ元となる本国エチオピア。北部のラリベラ、アクスム、ゴンダールといった世界遺産が数多く残る歴史街道(ヒストリックルート)を巡る旅を2コース設定しました。エチオピア北部のシーズンと言えば日本の冬にあたる季節と言われます。しかし、4月~5月はまだ乾季の終わり。冬に比べると少し気温は上がるものの、雨はあまり降らず、なによりも観光客の数が圧倒的に少ないという魅力があります。ラリベラの岩窟教会群など、ベストシーズンには世界中の観光客で賑わうため、狭い教会内ではどうしても落ち着いて見学することができません。穴場となる4~5月は観光客が非常に少ないので、そういった教会などでもじっくり見学できるというメリットがあります。

①HISTORIC ROUTE エチオピア歴史街道 8日間 特別価格 29.8万円
青ナイル川の源となるタナ湖のほとりに広がるバハールダル、中世に建設された重厚な城が残るゴンダール、エチオピア最古の都アクスム王国が栄え、モーセがシナイ山で授かった十戒を納めた契約の箱が安置されているとされるアクスム、そして数多くの岩窟教会が残るラリベラと、エチオピアの歴史を知る上で重要な4都市を効率よく巡ります。また、旅の最後には首都アディスアベバの国立博物館を訪れ、ツアー中にご覧いただいた歴史の数々をおさらいし、より深く知っていただくことができます。

②ナイルの源エチオピア アビシニア高原周遊 10日間
8日間で訪れる歴史街道に加えて、世界遺産に登録されるシミエン山地や、東部に残るイスラム都市ハラールも訪れる充実の10日間の旅。北部エチオピアの自然と歴史両方に触れることができます。10日間コースは4月29日からのゴールデンウィークにも設定しましたので、お仕事されている方にもお勧めです。

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聖地ラリベラを代表する聖ギオルギス教会

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アクスムはエチオピア最初の王国の都として栄えた町。現在でも当時の繁栄を物語る巨大なオベリスクが聳える。

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ゴンダールに残るデブレ・ブラハン・セラシエ教会の天井に残る天使の壁画。エチオピアで最も有名な壁画とも言われます。

■エチオピア航空協賛特別企画② 緑のタンザニア 8日間
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もうひとつは昨年も好評いただきました「緑のタンザニア」です。5月のタンザニアは雨季の終わりにあたり、6月からの繁忙期を前に快適なロッジもお得な値段でお泊りいただけます。また、雨季の間に降った雨が、サバンナ一面を緑豊かな草原に変え、花々も咲く美しい季節。丁度この頃は、ヌーやシマウマの群れがセレンゲッティのセロネラ地区からウエスタンコリドーへと移動する季節。セロネラ地区のロッジに宿泊し、お弁当を持ってサファリへと出かけます。

当コースはお一人部屋を特価の9,800円でご提供!快適なロッジに格安のお値段でお泊りいただけるのもこの時期ならではの特典です!

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プライドと呼ばれるライオンの家族

どちらもお値段がお得なだけでなく、内容もしっかりとたツアーです。
是非、就航1周年を迎えるエチオピア航空にて、アフリカへ行ってみましょう!



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2015年11月12日

エチオピアのエルサレム・ラリベラ

エチオピアの中でも有数の観光地として知られるラリベラ。12世紀後半から13世紀初頭にエチオピアを支配したザグウェ朝の治世では、まだロハという名前でした。ザグエ朝のゲブレ・メスケル・ラリベラ王が生まれた時、彼の周囲に蜂が群がったといい、彼の家族やロハの住民は名君誕生の吉兆と捉え、「蜂に選ばれた者」を意味する「ラリベラ」の名を与えたといわれています。ラルとは蜂、ベラとは食べるという意味があるそうで、「ラリベラ」という街の名は、この王にちなんで付けられたものなのです。このラリベラ王は敬虔なキリスト教徒でした。多くの人々がエルサレムへの巡礼を望むものの、旅路は険しく道中に命を落とす人も少なくありませんでした。そこで王はこの地に第二のエルサレムを建設する計画を立て、多くの岩窟教会が建設されました。また、エルサレムにある地名と同じ名前が付けられている場所が多く見られるのはそのためです。
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岩窟教会群が残るラリベラ

第一教会群
6つの教会を中心とします。聖救世主教会(Bet Medhane Alem)、聖マリア教会(Bet Maryam)、Bet Maskel(聖十字架教会)、聖処女教会(BetDanaghel)、聖ミカエル教会(Bet Mikael)、聖ゴルゴダ教会(Bet Golgtha)。ザグウェ王朝は建築様式などアクスム王国の影響を強く受けている。岩窟教会は巨大な岩山を彫り込んで造られました。これはエルサレムのゴルゴダの丘やベツレヘムも岩の多い場所らしく、同じようにここが選ばれたといわれています。資料によるとこの岩窟教会の完成には23年がかかったとされていますが、建築家の見解ではこれだけのものを23年で作り上げるには44,000人もの人材が必要と考えられるが、当時の人口はそこまで多くはなく、地元の人々の中では天使の手助けによって完成したと信じられています。

聖救世主教会 Bet Medhane Alem
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聖救世主教会外観
アクスムにあるシオンの聖マリア教会を模して作ったされる世界最大級の岩窟教会。ラリベラの岩窟教会の中でも最古のものと考えられています。十字型の窓が多く配置されています。この教会では重さ17kgの金の十字架が柱の中から見つかり、今でも至宝とされています。以前に一度盗まれ、デンマークに持ち去られましたが、交渉の末この教会に戻され、現在は非常に厳しく保管されています。
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教会内部の様子

聖マリア教会 Bet Maryam
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聖マリア教会外観
ラリベラの岩窟教会の中で最初に造られた教会と考えられ、聖母マリアに捧げて造られました。この教会は内部の装飾が非常に美しく、巡礼者が絶えない教会です。東側の壁には3つの窓が2列につながっているのが見えます。上の3つの窓は三位一体、その下に縦に並ぶ2つの窓のうち上側の十字の窓はイエスの降臨、下の半アーチの窓は聖母マリアの妊娠を表しています。小さな十字の形をした窓はイエスの磔と2人罪深き人を表しています。この窓はその上に小さな空いた窓があり、これは、罪深き人が自らの罪を改め、イエスの助けを得て天国へ行くことが許されたという意味があるそうです。
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内部は天井や壁の上部には美しいフレスコ画が残っています。また、柱や柱頭、アーチには美しい壁画が描かれ、2つの頭をもつ鷲が黒と白の2匹の牛と戦う姿が描かれています。

ゴルゴタ教会 Bet Golgtha と聖ミカエル教会 Bet Mikael
この2つの教会は内部でつながっています。聖ミカエル教会は別名デブレシナ教会とも呼ばれます。
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ラリベラの教会の中で唯一十字型の柱を持つ教会。入り口は聖ミカエル教会につながっており、中で聖ゴルゴタ教会につながっています。また、聖ゴルゴタ教会には12使徒のレリーフが描かれ、これはエチオピア正教の初期美術の代表的な例です。12使徒のレリーフのうち、4つは観光客も見ることができますが、残りのはカーテンの向こうにあり、観ることができません。ここにはラリベラ王の墓もあると言われています。

聖ギオルギス教会 Bete Giyorgis
教会はトゥファと呼ばれる石灰岩を彫り込みつくられ、周囲を完全に切り落とした独立した岩窟教会です。ラリベラの11の教会群の中で最もよく知られる教会で、世界の8つの不思議のひとつとされています。十字形をしたこの教会の大きさは12mx12mで、外見は3階建ての様に見えますが、内部には1つしか部屋がありません。伝説によると、この教会はラリベラ王が夢の中で、聖ギオルギスと神の両方によってここに教会を建設するようにというお告げをきいたことによります。
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聖ギオルギス教会外観

おまけ:Ben Abebaレストラン 
スコットランド人の女性とエチオピア人の男性が造った高台にある変わった建物のレストラン。Benはスコットランドの言葉で山とか丘という意味。スコットランドの最高峰はベン・ネビスという山。Abebaはラリベラの近くにある山の名前らしく、この建物もこの山の形に模してつくったそう。アディスアベバの建築家が設計を担当し、現在は宿泊施設もつくっており、近々ホテルとしてもオープンする予定だそうです。
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2016年 西遊旅行で行く 北部エチオピアの旅 詳細は↓

ナイルの源・エチオピア アビシニア高原周遊の旅 10日間
北部エチオピア歴史紀行 8日間




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2015年10月14日

失われたアークはどこにあるのか?

旧約聖書の出エジプト記で描かれる預言者モーセがシナイ山で神より授かったとされる十戒を記した石版。そのすさまじい力を抑えるため、アカシヤで造られ、金箔で内側、外側を覆われた箱に保管されたと言われています。この箱は契約の箱・アークと呼ばれました。モーセがエルサレムにたどり着く前にネボ山で亡くなった後も、ヨシュアをはじめとする人々がエルサレムへと入り、ユダヤの町を築きました。その後、長きにわたってエルサレムで保管されていたこのアーク。ソロモン王の支配のもとに造られたエルサレム神殿、その中の聖室にアークは納められたとされています。旧約聖書によると1年に1回司祭がこのアークを外に運び出したそうです。しかし紀元前900年以降、アークは突然姿を消すことになります。旧約聖書におけるアークに関する最後の記述はヒゼキヤ王の統治時代ですが、この後、アークがどうなったのかという事については触れられていません。

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現在のエルサレムに残る神殿の丘と嘆きの壁

このアークが今どこにあるのか?学者の間でも正確な事は分かっておらず、様々な説が存在します。今日はエチオピア正教で信じされている節”エチオピアの古都アクスム説”をご紹介します。様々な説がありますが、下記はアクスムのガイドの説明によるものです。

紀元前10世紀頃、イエメンを支配していたシバ王国の領土はエチオピア北部にも及んでいました。このシバ王国の女王(一部ではビルキスと呼ばれる)は、当時イスラエルを支配したソロモン王との間に子供を身籠り、アクスムへ向かう道中で出産したとされています。この子供はメネリク1世と名付けられ、後にアクスム王国を支配する偉大な王となりました。メネリク1世が成人となった時、シバの女王は彼に父親はエルサレムのソロモン王であることを告げました。それを知ったメネリク1世はエルサレムへと向かい、父親であるソロモン王と対面したのです。

■シバの女王の宮殿
アクスムに残るシバの女王の宮殿跡

エチオピア説によると、アークはメネリク1世がエチオピアへ戻る際にアクスムへと運ばれたと信じられています。その過程にについても諸説あり、父親であるソロモン王が息子に託したという話や、アークを管理していた司祭が夢の中でアークはメネリク1世と共にエチオピアに行くべきであるというお告げを聞き、メネリク1世にも知ららされることなく、ひそかに運ばれたという説もあります。

とにかくエチオピア正教ではアクスムのシオンの聖マリア教会に保管されていると信じられています。現在はシオンの聖マリア教会のすぐ横にある別の建物に保管されているそうですが、5月の時点ではすぐ横に新しい建物を建設していました。完成すればこちらに移されるのだとか。

■古いシオンの聖マリア教会外観
現在のシオンの聖マリア教会外観

■契約の箱が保管される場所
本物の契約の箱(アーク)が保管されていると言われる建物

シオンの聖マリア教会はこれまで何度か再建されてきました。もともと4 世紀にイザナ王がキリスト教の教会を建設しました。最初に造られた教会はエチオピアで最初の教会であると同時に、サブサハラで最古の教会でもあったのです。

■4世紀の教会跡
4世紀に建てられた教会の跡

9 世紀にヨディトグディトによってアクスム王国が滅ぼされた際に、この教会も破壊されました。その時、保管されていたアークは事前に司祭たちによって運びだされ、違う場所で保管されたといいます。その後、再び教会が建てられましたが、16 世紀にイスラム教徒によってふたたび破壊されました。その時は教会内の貴重な品々はタナ湖にある修道院に運び込まれたそうです。現在の教会は17 世紀にファシラダス王によって建設されたものです。教会内部は女人禁制となっており、男性のみしか入場することができません。

■古いシオンの聖マリア教会内部の壁画 (1)
教会内部の壁画

■古いシオンの聖マリア教会内部の壁画 (2)
16 世紀まではキリストやマリアも白い肌で描かれていましたが、以後黒い肌で描かれるようになりました。

■天使ミカエルとラファエル
天使ミカエルとラファエルの壁画が描かれたドア。

女性もお祈りができるようにと造られたのがすぐ横にある新しい教会。こちらは男女共に入場が可能です。中には500年前に書かれた非常に古い聖書をご覧いただくことができます。1965 年、ハイレ・セラシエ皇帝の奥さんによって建設されました。

■新しいシオンの聖マリア教会 (4)
新しい教会内部に保管される500年前の聖書

エチオピアではこの契約の箱アークの事をタボットと呼びます。エチオピアの各教会にはこのタボットのレプリカが保管され、毎年1月に行われるティムカット祭の時には全てのレプリカが司祭によって祭り会場に運ばれ、掲げられます。しかし、シオンの聖マリア教会に保管されているとされるオリジナルは一切外にでることはありません。

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ティムカット祭の様子。タボットのレプリカを持って司祭が集まる。

失われた契約の箱・アークがどこにあるのか?本当の所は誰も分かりませんが、その一つの説を信じてエチオピアを訪れてみるのも面白いのではないでしょうか?

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ナイルの源・エチオピア アビシニア高原周遊の旅 10日間
北部エチオピア歴史紀行 8日間






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2015年09月24日

謎の王国・アクスム(エチオピア)

アクスムの考古遺跡は全体の5%程しか発掘されておらず、そのほとんどはまだ地下に埋まったままです。アクスムは現在のイエメンに当たる南アラビアから紅海を越えてきたセム語系のサバ(シェバ)人が中心になって建国されたと考えられています。3,000 年以上の歴史を持ち、エジプト、ローマ、ペルシャ、中国、インドと並ぶ古代文明を持った町のひとつなのです。しかし、発掘調査が及んでいない部分が多いため調査が十分に行われておらず、古代アクスムについては不明な点が非常にに多く残っています。
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アクスムのシンボル・オベリスク

中でも町のシンボルとなっているのが巨大な石柱の並ぶ広場オベリスクフィールドです。このオベリスクがどのような理由で造られたのかはっきりとしたことは分かっていませんが、権力者の墓石であったのではないかと推測されています。

■倒れた巨大なオベリスク
■DSC6012


最大のオベリスクは高さ33m、重さ520 トンにも及びます。しかしながらこのオベリスクは既に倒れてしまっています。もともと巨大な1 枚の花崗岩を切りだして造られ、最初に切り出された一枚岩の重さは1000 トンに及んだと推測されています。倒れた理由に関しては諸説あり、

①地中に埋める部分が少なすぎて重さを支えきれなくなった。
②地震によって倒れた。
③地殻変動など地面の変化によって倒れた。
④950 年アクスムがクシ系のアガウ族の女族長ヨディトグディトによって滅ぼされた際、オベリスクも倒された。

などが挙げられます。

■壊れたお墓
大きなきな一枚岩の屋根を持つ墓はロイヤルファミリーの墓と考えられています。巨大な石の屋根は多くの石柱によって支えられていましたが、巨大なオベリスクがその上に倒れた事により壊れてしまったと考えられています。
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オベリスクの倒壊によって壊れた墓

■地下墳墓
1993 年にデービッド・フィリップスというイギリスの考古学者が発掘。ほとんどの財宝は盗まれていたが3 世紀のアクスムのコインが見つかっています。アクスム王国は独自の硬貨を持ったアフリカで最初の国で、エンドゥビス王からアルマー 王に至る治世の間(270 年から670 年まで)同時代のローマの通貨を模倣した金貨や銀貨や銅貨が鋳造されていたと言われています。
■地下に残るお墓DSC_6018


■ラムハイ王の地下墳墓 4 世紀〜5 世紀頃の王様
偽物のドアを彫り込んだ墓石。地下には棺を納めた部屋とその横には宝物を保存した部屋。棺は未完成のままであった。墓を成す巨大な石組はインカ文明を彷彿とされるような技術が使用されています。
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偽物のドアを彫り込んだ墓石

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石の大きさを測るのに利用したと考えられているものさし

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鉄を使って石と石をつないでいた高度な技術を今もみることができます。

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地下には棺を納める部屋が残っています。

■放棄された巨大な石
切り場はアクスムから5km ほど離れた所にあったとされています。そこで切り出された巨大な岩は象などを使って運ばれ、こちらで彫刻されたと考えられています。中には左の写真の様に、途中で放棄されたオベリスクも見ることができます。
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■高さ26m のオベリスク
現在立っているオベリスクとしては最大のもの。1937 年にムッソリーニに率いるイタリア軍が三分割してイタリアへ持ち去り、長い間ローマに聳えていました。このオベリスクがアクスム王国最盛期の技術の高さを証明するもののひとつであることは明白です。1947 年に国連はオベリスクがエチオピアに返還されるべきであると決議しました。しかし、イタリアは承諾せず、両国政府の長い外交交渉の末に、2005 年にようやく返還されました。ロシアの飛行機で3 回に分けて運ばれたそうです。オベリスクには窓やドアの様な模様が彫刻されており、イエメンの建築によく似ていると言われています。すぐ横には高さ24mのオベリスクがありますが、26m のオベリスクを建てる際にこちらのオベリスクが倒れない様に現在の様な補助装置をつけたのです。26m のオベリスクが2005 年に戻ってくるまでは、アクスムで最大のオベリスクでした。

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イタリアより戻ってきた最大のオベリスク

紀元前3,000年頃からと言われる長き歴史を誇るアクスム。まだまだ発掘が進んでいないことから、その地名どはエジプトやローマ、ペルシャなどには及びませんが、素晴らしい遺跡が残っています。アクスムのあるエチオピア北部のアビシニア高原は11月~3月頃までの間雨の少ない乾季のベストシーズンを迎えます。2016年11月11日発「北部エチオピア アビシニア高原周遊の旅 10日間」コースも催行決定しましたので、是非ご検討下さい。

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ナイルの源・エチオピア アビシニア高原周遊の旅 10日間
北部エチオピア歴史紀行 8日間







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2015年08月14日

旧都ゴンダールのファジル・ゲビ王宮

今日はエチオピア帝国の旧都ゴンダールのファジル・ゲビ王宮をご紹介します。
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1636 年にゴンダール朝を開いたファシラダス帝(在位1632~1667 年)以後、キリスト教を信仰した歴代皇帝が建てた石造りの王宮跡が点在するファジル・ゲビ王宮。ユネスコの世界遺産にも登録され、ゴンダールのハイライトとなっています。
ファシラダス帝の父であるスセニョス1 世がカトリックに改宗した際、国内諸勢力の反乱をひき起こしました。その後、1630 年に皇帝に即位したファシラダスはエチオピア正教への復帰と帝権の強化をめざして新たな都の造営事業を開始したのです。王宮ファシル・ゲビの建設はポルトガルやインドから工匠の参加を得て1632 年に始まり、半世紀後のイャス帝の頃には、エチオピア人の工匠が独自に造営工事ができるまでになったといいます。このようして生まれたゴンダールは、ヨーロッパの王宮都市とは大きく様相を異にし、その軍営がそのまま居住区に発展するかたちをとりました。低地にはイスラム教徒の居住区、町外の谷間にはユダヤ人居住区といった具合に全体として分散した街並みを形成してゆきます。

ファシラダス王の王宮。高さ32m、3 階建て。ドームの塔は見張り塔で最上階に王の礼拝の部屋があります。
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ファシラダス王の王宮内部 シンプルな造り。手前がレセプションルーム、奥がダイニングルーム。その他王の着替えの部屋や見張り部屋が残っています。
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ファシラダス王の王宮内部 一カ所だけオリジナルの天井が残っています。
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イヤス王の宮殿 。イヤス王は1682年~1706年の王 1941年のイギリス軍の爆破で破壊され、後々修復されたものです。
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イヤス王の浴場 王が皮膚病にかかったために造られました。サウナの他、薬の部屋、水浴びの部屋、更衣室などがありました。
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イヤス王の浴場の更衣室。服をかけるためのフックや、着替えをいれる棚の様なスペースも残っている
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ライオンの檻。かつては王宮内にライオンが飼育されていたと言われています。
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バカファ王の宮殿。左は馬の厩舎、右側のホールでは晩餐会が行われた場所です。
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手前が ヨハネス1世の宮殿、奥はヨハネス1世の図書館です。
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かつてエチオピアの都として栄えたゴンダール。その栄華のいったんを垣間見ることができる。そんな場所がファジルゲビ王宮です。

西遊旅行で行く 北部エチオピアの旅
北部エチオピア歴史紀行 8日間
ナイルの源 エチオピア アビシニア高原周遊の旅 10日間
エチオピア正教の祭典 ティムカット祭

写真・文 西遊旅行 米谷健吾

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2015年07月21日

デブラ・ブラハン・セラシエ教会(エチオピア)

今日はエチオピア北部、ゴンダールの町に残るデブレ・ブラハン・セラシエ教会をご紹介します。

ゴンダールはかつてエチオピア帝国の都が置かれた旧都。この教会は1674 年、イヤス王によって建設されました。長方形の形は旧約聖書に登場するノアの方舟を表していると言われています。教会を囲む壁には12 のドームがあり、これはイエス・キリストの12 使徒を表し、メインゲートはライオンを象っているとされます。教会の入り口は男性、女性によって分かれており、内部は旧約、新約聖書の物語を描いた壁画、天井は天使の壁画で埋め尽くされています。

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教会外観  長方形の造りはノアの方舟を表している

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教会を囲む壁には12 使徒を表す12 のドーム。

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ライオンが座っている姿を模した門

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屋根の上にはダチョウの卵をあしらったゴンダール式の十字架

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天井には天使を描いた壁画。この教会で最も有名な壁画。木の上に直接描かれている。

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教会内部の見学できるのは1 部屋のみと小さいが、壁画は素晴らしい。正面には十字架に張り付けられたイエスと、その上には三位一体(Trinity)を表す壁画。

■三位一体とは:キリスト教において「父」と「子(キリスト)」と「聖霊(聖神)」が「一体(唯一の神)」であるとする教え。「三位一体」は、正教会・東方諸教会・カトリック教会・聖公会・プロテスタントにおいてはキリスト教における中心的な教えの1 つであり、正統教義のひとつ。

■マリアとヨセフエジプトへの逃避
北側の壁には聖母マリアの生涯を表す壁画。上段2 段はマリアとヨセフのエジプトへの逃避を表す。また、下段はキリスト教の戦士が異教徒と戦う姿を現す。キリスト教徒は正面から見た顔(両目)、異教徒は横顔(目がひとつ)で描かれる。

■イエスのエルサレム入場と最後の晩餐
南側にはイエス・キリストの生涯が描かれる。左上はイエスのエルサレム入場、右下は最後の晩餐。

■イエスの磔から蘇り
最後の晩餐の後、12 使徒のひとりユダに裏切られたイエスはヘロデ王につかまり、十字架にかけられ、再び地上に蘇る(レザリクション)までのお話が描かれている。

この様に、小さいながらに内部一面が壁画で埋め尽くされた、デブレ・ブラハン・セラシエ教会。ヨーロッパの教会とは異なるエチオピア独特のタッチで描かれています。その昔、字が読めない人々に聖書の教えを説くためにこの様に絵で表現したそうです。エチオピアを代表する歴史遺産に違いありません。

北部エチオピアは10月頃から乾季のシーズンに入ります。特に10月、11月は雨季の間に降った雨で山々が緑に茂り、大変美しい季節。是非、ベストシーズンのエチオピアへ足をお運びください。

写真・文 西遊旅行 米谷健吾

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2015年05月30日

花々の競演 ナマクワランドへ(南アフリカ)

今日ご紹介するのはワイルドフラワーの名所として世界的にも有名な南アフリカのナマクワランドです。
大西洋沿岸から少し内陸にはいると、乾燥した荒野や広大な半砂漠地帯が広がっています。ナマクアランド地方の降水量は年間150mm以下しかなく、日本と比べると10分の1ほどしかありません。そのため、一年のほとんどは荒涼とした風景なのですが、砂漠に春の到来を告げる雨が降り注ぐと、8月中旬から9月上旬にかけて、荒野が一面の花畑に突如として変わるのです。オレンジ、紫、白、黄色の花々が一斉に咲き誇ります。
特にキク科のデイジー類が多いですが、その他にも多種多様な花々による花の競演が始まります。彼方まで続く花、花、花…これだけ多種多様で広大な花畑は、世界中を見回してもナマクワランドだけだと思います。約4000種もの植物が群生し、そのほとんどが固有種で、多肉植物だけでも1000種を数えると言われています。

ナマクワランド地方でも花の名所として有名な場所はいくつかあります。そのうちのひとつがナマクワ国立公園です。ここではオレンジ色の花を咲かせるナマクワランドデイジーの絨毯が広がります。見渡す限りの花畑を圧巻のひとこと。他ではなかなかここまでの花畑をみることはできません。
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ナマクワランドデイジー

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一面に広がるナマクワランドデイジーの花畑

その他にもナマクワランド地方でご覧いただける花々を少しご紹介したいと思います。

アヤメ科のナマクワカルクィンキー(七面鳥という意味を持ちます)
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ベンケイソウ科のグリエラム・ヒューシフサム
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花畑の中を歩いてフラワーウォッチング
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赤いロムレア
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色とりどりのデイジーの花畑
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紫色のアヤメの種類
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猫のしっぽという意味をもつキャッツテイル
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お花に虫が止まっている様な模様をもつビートルデイジー
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いよいよナマクワランドの花の季節も近づいてきております。
今年も既に8月24日発が催行決定し、残席も僅かとなって起きております。是非、見渡す限りの花々の競演をご自身の目でご覧になって下さい。

大自然が生み出した奇跡の花園に出会う旅
わずか3週間だけの花々の競演。 一年に一度、大地が色とりどりの花の絨毯に変わる季節限定企画!

ナマクワランドとケープタウンの休日 ツアーの詳細はこちらをクリック! 





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2015年04月10日

特別価格で行く ナミビアの旅 新発表!

この度、6月出発限定で「まるごとナミビア 9日間」コースを特別価格 398,000円で発表いたしました。カタール航空協力のもと、実現した限界価格でのお届けです。

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特別価格ながら、観光内容についてもしっかりと充実。世界一美しい砂漠と称されるナミブ砂漠では、空から眺める遊覧飛行と、実際にナミブ・ナウクラフト国立公園を訪れ、ソススフレイ砂丘やドゥーン45などをを歩いて体感していただきます。

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ナミブ・ナオクラフト国立公園最奥に広がる雄大なソススフレイ砂丘

ナミブ砂漠は、北はアンゴラとの国境付近から南側は南アフリカ共和国との国境にまで広がる広大な砂漠。大きさは南北1,288km、東西は狭い所で約48km、広い所では161kmにも及びます。約8000万年前に生まれた世界最古の砂漠と言われ、古くからナミビアの地で狩猟生活を続けてきたサン人の言葉で、ナミブは「何もない」という意味を持ちます。

ナミブ砂漠と言えば〝赤い砂漠”というイメージがあるかと思います。ナミブ砂漠はドラケンスバーグ山脈からオレンジ川を通って流れ出た砂が、海岸に達し、今度は強風によって内陸に押し返されて形成されます。その途中で鉄分が砂に付着し酸化するため、酸化鉄の色によって砂は白から赤く変色するのです。
特にその砂の赤さが良く分かるのは早朝の時間帯。朝日を浴び、陰影がくっきりと浮かび上がり、砂の色は燃える様に真っ赤に見えます。ナミブ砂漠が最も美しい時間帯と言えるでしょう。

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朝日を受ける早朝の時間帯は陰影が美しいベストタイム

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ドゥーン45での砂丘登り

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枯れ木の林立するデッドフレイ 

壮大なナミブ砂漠を空から楽しむ遊覧飛行〝ナミブ・デザート・フライト”も忘れてはいけません。このツアーではナミブ・ナオクラフト国立公園の入り口にあたるセスリウムから発着する1時間のフライトをお楽しみいただきます。出発して間もなく、眼下にはソススフレイ大砂丘やドゥーン45、砂漠の中に枯れた木が林立するデッドフレイが望めます。そこからしばらくは延々と続く砂の海を眺めながら大西洋へと向け進みます。

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空から雄大なナミブ砂漠を楽しむ

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どこまでも続く砂の海

そしていよいよ大西洋へ。ナミブ砂漠の珍しい所は、砂丘が海へと流れ落ちている所です。
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砂の海を越えると、本当の海・大西洋が見えてきます。

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砂漠と海が出会う瞬間

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折り返してセスリウムへと戻ります。

海と砂漠のコントラスト、ナミブ砂漠の遊覧飛行ならではの絶景と言えるでしょう。

特別価格とはいえ、観光内容も充実したこのコース。希少植物のウェルウィッチアの観察や、月世界の様な荒涼とした景色が広がる〝月の谷″の見学、南アフリカオットセイのコロニーが広がるケープクロス、ダマラランド地方では世界遺産にも登録されている太古の壁画ドゥバイフルフォンテインも見学します。

旅の後半、ダマラランドからエトーシャ国立公園への道中には、カマンジャブにてヒンバ族の村を訪問。孤高の民と呼ばれ、昔ながらの伝統的な暮らしを続けるヒンバ族との出会いもこのツアーのひとつのポイントです。

そして、ツアーの最後はエトーシャ国立公園で締めくくります。エトーシャ国立公園はナミビアで最も有名な野生動物保護区。7日目の午前中はサファリドライブで、野生動物の観察をお楽しみいただきます。世界広しといえども砂漠とサファリが同時に楽しめる国というのはナミビア位ではないでしょうか?

まるごとナミビア9日間 ツアーの詳細はこちら!

その他、ナミビア 10日間コースも各出発日大幅に値下げいたしました。
合わせてベストシーズンを迎えるナミビアの旅をご検討下さい。

ナミビア 10日間 ツアーの詳細はこちら!
6/19発 518,000円⇒2万円値下げ 498,000円
7/17発 548,000円⇒5万円値下げ 498,000円
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2015年03月30日

ベストシーズンを迎えるナミビアの隠れたみどころ

“ナミビア”と言えばナミブ砂漠やヒンバ族を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?しかしながら、みどころはそれだけではありません。ナミビアの隠れたみどころを少しご紹介したいと思います。

【希少植物・ウェルウィッチア】
ナミビアを代表する植物といえばこのウェルウィッチア。この植物は裸子植物で、ウェルウィッチア科という種類に分類されます。この科の現生種は本種のみで、アンゴラ及びナミビアにのみ分布しています。
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1対のみの葉を伸ばし続ける特異な形態を持ち、寿命は非常に長く、和名ではサバクオモト(砂漠万年青)とかキソウテンガイ(奇想天外)と呼ばれています。
このウェルウィッチア、最初は1859年に、オーストリアの探検家フリードリヒ・ヴェルヴィッチュによってアンゴラの砂漠で発見されました。ウェルウィッチアという名前はこの探検家に由来しています。ナミビアでは大西洋から内陸に入った砂漠地帯に生息するこのウェルウィッチア。ベンゲラ海流がもらたす霧が湿気を砂漠地帯に運ぶため、この辺りの砂漠では地表は乾燥していても、地中、数十cmから数mの深さの常に湿った地層があるのです。ウェルウィッチアは根の先を伸ばし、地下のこの湿った地層から水分を吸収し成長しています。
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スワコプムント近郊は数多くのウェルウィッチアを観察できる場所として知られており、大きいものでは直径1.5m程になるようなものもあり、非常に驚かされます。

【ケープクロス・ミナミアフリカオットセイのコロニー】
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スワコプムンドの北約115kmの所にはミナミアフリカ・オットセイの巨大なコロニーが広がるケープクロスがあります。何万頭ものオットセイが群れをなしている姿は圧巻。遊歩道が作られており、海岸に無数に集まるオットセイの大群を観察できます。

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【化石の森】
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ナミビア中部のダマラランド地方には化石の森と呼ばれる地域があり、化石化した木を観察することができます。この化石化した木は珪化木と呼ばれ、見た目は木ですが、触ってみると石そのもの。

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太古の昔、土砂に埋もれた木の細胞組織の中に、長い年月をかけ地層からかかる圧力によってケイ素と酸素、水素との化合物であるケイ酸を含んだ地下水が入り込み、木そのものは型を変えず、石の様に固くなるのです。化石の森では簡単なトレイルを1時間程散策し、たくさんの珪化木を観察することができます。

【トゥバイフルフォンテインの原始刻画】
2000点以上の岩石刻画が残るトゥバイフルフォンテイン。2007年にナミビアでは初めてのユネスコ世界遺産に登録されました。紀元前1000年頃から期限1000年頃までの約2000年の間に描かれたものと考えられており、サイやゾウ、ダチョウ、キリンなどの野生動物、人や動物の足跡なども刻まれています。作者はこの地方に狩猟生活をしながら暮らした人々で、宗教上の儀礼の一環として描いたものという説もあります。
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キリンやアンテロープなどの野生動物描いた刻画

足場の非常に悪い場所もあるので、ここでは靴は絶対必要。大変暑いので、帽子やお水もお忘れなく。

ナミビアは5月~10月の間、乾季のベストシーズンを迎えます。ナミブ砂漠はヒンバ族が有名ですが、みどころは多岐に渡っており様々な魅力を秘めた国です。

西遊旅行で行く2015年のナミビア 詳細はこちら
「世界一美しい砂漠」を空から眺めるナミブ・デザート・フライトも楽しむ充実の旅 ナミビア








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2015年03月12日

サバンナで繰り広げられる壮大なドラマ

ケニアのマサイマラ国立保護区、タンザニアのセレンゲッティ国立公園を舞台に繰り広げられるヌーの大移動は“セレンゲティ・マラ・エコシステム”と呼ばれ、壮大なドラマが長きに渡って繰り広げられてきました。マサイマラとセレンゲッティは人間によって定められた国境によって違う名前の保護区となっていますが、動物達にとってはひとつの巨大なサバンナです。

世界的にも良くしられたこのヌーの大移動。ヌーだけではなくシマウマやガゼル、インパラヤエランドなどの草食動物も共に移動をしていきます。その数は200万頭にも及び、一年を通じて餌となる草を求めて移動を続けるのです。
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マサイマラ国立保護区に集まるヌーの群れ

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ヌーやシマウマの大移動の概略図
7月から9月をマサイマラで過ごした動物達、小雨季の始まりと共に、新しい草を求めてセレンゲッティ国立公園へ南へと移動を始めます。10月~1月頃、群れはセレンゲッティ東部を北側から徐々に南下してゆきます。

2月7日-17日ケニア・タンザニア 786
ヌーの群れ

2月7日-17日ケニア・タンザニア 758
シマウマの群れ

また、2月頃にはサバンナの野生動物に赤ちゃんが生まれる季節を迎えます。ヌーやシマウマの群れにも新しい命が生まれ、群れも一層賑やかになります。この時期は乾季にあたり、草木も背が引くく、サバンナの視界が開けます。肉食動物の動きが見やすくなり、赤ちゃんを天敵の脅威から守ることができます。この時期に赤ちゃんはある程度の成長を遂げ、親たちと共に1年かけての大移動を共にすることとなります。

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シマウマの親子

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ヌーの親子


3月頃になると徐々にセロネラ地区へ向けて北西へ移動し、4月頃にはセロネラ地区に群れが滞在します。そして5月にはセレンゲッティの西側ウエスタンコリドーを経て、6月頃にグルメティ川の南に集まります。川が群れを遮るため、群れの移動スピードは遅くなり、一層群れはその数を増してゆきます。

7月~9月の間、再びケニアのマサイマラへと入ってゆきます。有名なマラ川の川渡りが行われるのは8月から9月頃。たくさんのワニが住む川を群れで一気に渡りますが、中には川で溺れたり、ワニの餌食になるヌーも少なくありません。

草食動物をたくさんみるには、このヌーやシマウマの群れに合わせて訪れる場所を選ぶことをお勧めします。
7月~10月はケニアのマサイマラ国立保護区、2月~6月上旬まではタンザニアのセレンゲッティ国立公園に群れは集まっています。もちろん西遊旅行のツアーもこの時期に合わせてツアーを設定しています。

この度、緊急企画で5/20発「緑のタンザニア」8日間を発表しました。
この時期は雨季にあたりますが、その分緑が豊かでサバンナが生き生きとした美しい季節。ヌーやシマウマの群れはセレンゲッティのセロネラ地区からウェスタンコリドーに集まっています。セレンゲッティ滞在中はお弁当を持って終日サファリにでかけ、草食動物の群れを探します。

また、アフリカらしい快適なロッジにお得な値段で宿泊できるのもこの時期の特徴。特にお一人参加の方にもご参加いただきやすい様に、お一人部屋追加代金を特価の9,800円で設定しました!
お得な緑のタンザニアへ是非、お出かけ下さい。
■ンゴロンゴロ クレーターDSC_2026
緑豊かな雨季のンゴロンゴロ・クレーター

ツアーの詳細はこちら↓
緑のタンザニア ヌーの大移動と狩猟民ハザベ族を訪ねて
5/20(水)~5/27(水) 358,000円 催行決定!お一人部屋使用料 9,800円

7月から9月にご計画の方には「野生の王国ケニアタンザニアサファリとキリマンジャロ大展望」がお勧めです。
旅の後半、マサイマラ国立保護区に3連泊し、存分にサファリを楽しんでいただきます。既に7月コースは催行決定しており、残席も僅か!8月、9月もマサイマラに野生動物達が溢れる季節です!

ツアーの詳細はこちら↓
野生の王国 ケニア・タンザニアサファリとキリマンジャロ大展望

西遊旅行 米谷健吾

















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2015年02月04日

マダガスカルの固有動物達

今日はマダガスカルの固有動物のご紹介です。マダガスカル島はもともとがゴンドワナ大陸の一部で、現在のインドとアフリカ大陸に挟まれていた部分が、大陸移動の影響により約6500万年前に分離したと考えられています。

マダガスカル島に住む哺乳類は独特なものが多く、中でもサル目内では、原猿類のみが分布しています。インドリ、ベローシファカ、キツネザル科、日本では子供のころによく歌った童謡のタイトルにもなっているアイアイ、世界最小の霊長類のピグミーネズミキツネザルなどで、全原猿類のうち4分の3がマダガスカル固有種といわれるほどです。

■ベローシファカ マダガスカル固有種 サル目(霊長目)インドリ科シファカ属
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17-15ベレンティ・ロッジ(シファカ)
ベローシファカの横跳び
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木の上のベローシファカ

【ベローシファカの特徴】
体長39-50cm。尾長47.5-60cm。体重3-4.5kg。全身は白い体毛で被われ、頭部から頸部背面にかけて黒い体毛で覆われています。マダガスカルでも随一の観光地ベレンティ自然保護区に多く生息しています。
前足は短いのに対して、後足が長く発達しているため地上では四本足で歩行することができません。横跳びで移動する姿がとても可愛らしいおサルです。叫び声が「シー・ファク」と聞こえるので、この名前がついたと言われています。

■ワオキツネザル マダガスカル固有種 霊長目キツネザル科
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日向ぼっこをするワオキツネザル

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ワオキツネザルの群れ(ベレンティ自然保護区)

【ワオキツネザルの特徴】
体長39cm-46cm。マダガスカルのシンボルともいえるキツネザルです。トレードマークは縞模様のふさふさした尾っぽ。背中は灰色で、腹や手足は淡い色をしています。ベローシファカ同様、ベレンティ自然保護区で数多く見られます。ベレンティロッジでの朝食時にはレストランの周辺にたくさんのワオキツネザルが集まります。

■インドリ 哺乳綱サル目(霊長目)インドリ科インドリ属
16-27 マダガスカル 711
インドリ(ペリネ自然保護区にて)

【インドリの特徴】
体長60-67cmとキツネザルの中では最大。顔、肩、背、腕は黒色で、他の部分は白い
低地にある多雨林に生息し、東部のペリネ自然保護区で観察することができます。木の上を移動することがほとんどで、なかなか間近でみることは難しいキツネザルです。

■チャイロキツネザル
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樹上のチャイロキツネザル
【チャイロキツネザルの特徴】
マダガスカル各地で良く見られるキツネザル。キツネザルの中でもワオキツネザルなどは地上で活動することも多いですが、チャイロキツネザルはほとんどの時間を樹上で過ごし、稀にしか地上に降りて来ません。

■ピグミーネズミキツネザル 哺乳綱サル目(霊長目)コビトキツネザル科ネズミキツネザル属
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ベレンティ自然保護区にて
【ピグミーネズミキツネザルの特徴】
体長6-7センチメートルととても小さいことからこの名前がついています。体重25-40グラムとサル目の中でも最小種です。夜行性でベレテンィ自然保護区でのナイトサファリなどで観察できます。

■アイアイ 哺乳綱サル目(霊長目)アイアイ科アイアイ属
日本の童謡「アイアイ」でも知られる夜行性のサル。長い指を持ち、中でも一番長い中指をつかって木の中にいる虫などを食べます。夜行性で、現在は自然の中に暮らすアイアイを見ることは非常に難しくなっています。

【その他のマダガスカルの動物達】
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ホウシャガメ

C9
パンサーカメレオン

マダガスカルの乾季は5月~10月の間。ゴールデンウィークを皮切りにベストシーズンが間もなく到来します。
西遊旅行 米谷健吾

西遊旅行で行く 2015年のマダガスカルツアー 詳細はこちら↓
インド洋の楽園 マダガスカル

yonetani_saiyu at 22:03|Permalink

2014年12月12日

フェズの最高級リアド “パレ・シェヘラザード”

モロッコにはリアドと呼ばれる昔の貴族の館を改造したホテルがたくさんあります。特にフェズやマラケシュにはメディナと呼ばれる旧市街に無数のリアドが存在します。
リアドによっては部屋数が5~6部屋程度という小さなものもあり、他の観光客にあまり邪魔されたくない個人旅行客にはお勧めです。

今日ご紹介するのはフェズの中でもリアド・フェズやラ・メゾン・ブルーと並び、3本の指に入る最高級リアド “パレ・シェヘラザード(Palais Sheherazade)”です。
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パレ・シェラザードの中庭

どこのリアドも同じですが、入り口はこじんまりしていて、中がどのようになっているか想像がつきません。
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リアドの入り口

入口を入るととても広い中庭にでます。プール、食事のテーブル、ソファなどが並びます。外のメディナの喧騒は一切感じず、静かな雰囲気を楽しむことができます。
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中庭のテーブルで食べる朝食もなかなかおつなものです。
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中庭での朝食。

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2階から見下ろす中庭。奥には夏季に利用できる屋外プールもあります。

客室はモロッカンで贅沢なデザイン。リアドの場合、近代的なホテルとは違い、部屋によって大きさや設備はまちまちですが、どの部屋も快適で、十分な広さがあります。モロッコに来たからにはリアドに宿泊し、伝統的な雰囲気を味わうのも楽しみの一つです。
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客室の一例

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客室の一例

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こちらはスイートルームです。

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中庭から続くリビングスペース。中世のアラブの雰囲気を十分に感じさせてくれます。

今年8月にスパ施設もオープンしました。夏の間は屋外プールが利用できますが、冬場は温水プールもご利用いただけます。また、スパ施設でマッサージもお楽しみいただけます。
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スパ施設の温水プール

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世界的にも権威のあるアメリカのスター・ダイヤモンドアワードから2012年に5ツ星の認定を受けている、格式あるリアド“パレ・シェヘラザード”。フェズを訪れた際は是非、泊まってみたい宿のひとつです。

“パレ・シェヘラザード”に泊まるモロッコツアーはこちら
厳選のホテルに宿泊し、7つの世界遺産を巡る−青きシャウエンも訪問!
モロッコ周遊の旅

2015年2月19日出発 催行決定になりました!





yonetani_saiyu at 09:00|Permalink

2014年09月29日

ダナキル砂漠への旅 「ツアーグランプリ2014」審査員特別賞受賞!

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この度、ツアーグランプリ実行委員会(委員長:日本旅行業協会 理事 古木 康太郎氏)が主催する「ツアーグランプリ2014」にて、弊社の企画・実施するツアー「アフリカ大地溝帯 ダナキル砂漠への旅」が、審査員特別賞を受賞いたしました。

今回の受賞にあたっては、『個人では訪れることの難しい、パッケージ旅行ならではの醍醐味の詰まったツアー企画』、『地域特性を考慮した綿密な知識と調査を以って新たなデスティネーションを意欲的に開発』との評価をいただきました。

2008年の視察から始まり、これまで49本のツアーを実施してきました。これまでご参加いただいた皆様、ご支援いただいた皆様本当にありがとうございます。この名誉ある賞をいただいたことを糧に、今後とも頑張っていきたいと思います。

ここが違う!西遊旅行で行く ダナキル砂漠の旅

■少しでもサービスをご提供するため、少人数限定コースとしています。
 ダナキル砂漠・塩のキャラバンとエルタアレ火山 7名様催行/12名様限定
 アフリカ大地溝帯最深部 アファールトライアングルを行く  7名様催行/9名様限定


■四輪駆動車は1台につき、お客様3人乗りまで。
 長距離の移動が伴うため、少しでも快適にお過ごしいただける様、助手席に1名様
 後部座席は2名様と、1台につきお客様3名様までの乗車としています。


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ダロール地区 ダロール火山から眺めるアサレ湖

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訪れる旅に姿を変えるダロール火山

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四輪駆動車にてエルタ・アレ火山へ。

■キャンプ泊中もしっかりサポートします!
 テントの設営、撤収は全て現地スタッフが行います。
 エチオピアのダナキル砂漠滞在中は発電機、冷蔵庫も準備します。


 一年で最も気温の下がる11月~2月の間でも日中の最高気温は45度位まで暑くなるダナキル砂漠。弊社では、発電機や冷蔵庫を準備しますので、アハメッド・エラでのキャンプの際にも冷たいジュース、お水などのお飲物を準備します。ビールについても事前に購入しておき、キャンプの際に実費で販売が可能です。
※エルタ・アレ火山山頂滞在時は発電機、冷蔵庫はご利用いただけません。

 面倒なテントの設営、撤収も全て現地スタッフが行いますので安心です。

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アハメッド・エラでのキャンプの様子

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テント内も広々。地面に石が多いので簡易ベッドも用意しています。

ラクダのキャラバン
どこまでも続くラクダのキャラバン

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アサレ湖の塩の採掘所

■エルタ・アレ火山では山麓と山頂でそれぞれ宿泊。3回の火口の見学を設けています。

 西遊旅行のツアーでは、エルタ・アレ火山の山麓(ベースキャンプ)と山頂のそれぞれで宿泊。迫力あるエルタ・アレ火山を存分に見学していただけるような日程作りをしております。
 早朝、ベースキャンプを出発し、暑くなる前に山頂付近に到着。その後、日中に1回、夕方に1回、夜に1回と計3回の見学時間を設けております。せっかくここまできたからには夜の火山だけでなく、明るい時間帯に訪れることで火山全体の様子が良く分かります。

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昼間のエルタ・アレ火山

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夜のエルタ・アレ火山

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間近に望む迫力の火口
 
まだ、ダナキル砂漠のツアーにご参加いただいたことの無いお客様。
ダナキル砂漠への旅は弊社が自身を持ってお届けするコースです。
是非、弊社のツアーでダナキル砂漠へお出かけ下さい!

■西遊旅行で行く ダナキル砂漠の旅 詳細は下記をクリック!

ダナキル砂漠 塩のキャラバンとエルタ・アレ火山 11日間

ダナキル砂漠塩のキャラバンとエルタ・アレ火山 14日間

アフリカ大地溝帯最深部 アファール・トライアングルを行く

西遊旅行 大阪支社 
米谷健吾

yonetani_saiyu at 19:12|Permalink

2014年08月15日

新たなモロッコのサハラ・エルグシェガガ

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エルグシェガガの大砂丘地帯

モロッコのサハラといえばこれまでメルズーガ砂丘を訪れるツアーがほとんどでした。弊社の「モロッコ周遊」でもこのメルズーガ砂丘を訪れます。メルズーガ砂丘はエルフードの町から車で1時間ほどで訪れることができるアクセスの良さが売りです。交通の便が良い分、訪れる人も多く、いつでも多くの観光客で賑わっています。

観光客の少ない静かな砂漠を楽しみたい方にお勧めなのが、モロッコ南部、アルジェリアとの国境近くに広がるエルグ・シェガガです。エルグ・シェガガへの旅はメルズーガよりも少しハードで、サハラへの入り口の町となるフォームザグウィードから道なき砂漠の道を約5時間程の移動となります。

フォームザグウィードからオフロードへ入ると、奇岩やテーブルマウンテンの連なる、景色が広がります。
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椰子の木と岩山の景色

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正面にテーブルマウンテンが出現

その後、25年位前まで湖があったとされるレイク・イリキ跡を通過。今ではまったく昔の湖の面影はありませんが、当時は湿地帯が広がり、多くの渡り鳥がやってきたそうです。
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レイク・イリキ跡を走る

道中、砂漠に暮らすベルベル遊牧民との出会いも楽しみのひとつです。
ただ、写真嫌いな人が多く、カメラを向けるとそっぽをむいてしまうことも多々ありました。
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ベルベル遊牧民の女性

その後、遊牧民の民家を訪れ、ミントティーをいただきました。子供たちはどこでもとても元気一杯。お母さんは子供の面倒をみるのがとても大変そうです。
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いよいよエルグ・シェガガへと到着です。徐々に雄大な砂丘の景色が近づいてきました。
砂丘の上へあがると、その向こうには砂の海が広がっていました。どこまでも続く砂の世界。また、エルグ・シェガガはメルズーガとは違って観光客がとても少ないのが魅力です。砂と風が作り出す美しい景色を静かにお楽しみいただくことができます。
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美しい風紋が残る。

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夕方になるにつれて、砂の色が徐々に赤くなり、美しさをましていきます。

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砂丘の上で、沈みゆく夕日を眺める

このエルグ・シェガガには砂漠のど真ん中というロケーションにありながら、快適な滞在を楽しむことができるテント式ロッジがあるのです。そのひとつキャラバン・ドゥ・スッドキャンプをご紹介しましょう。
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砂丘の麓にたたずむように建てられたテントは電気、水道、トイレ、シャワーまで完備。各テント内はとても広く、ベッドはキングサイズ。砂漠の中とは思えない様な素敵なキャンプです。砂丘に囲まれたロケーションでの食事や、夜は満天の星空が広がるサハラでの天体観測、砂漠での滞在を快適に楽しむことができる贅沢なキャンプです。

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テントの外観

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テント式ロッジの客室の一例。内部はとても広く、とても豪華。

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キングサイズのベッドでゆっくりとお休みいただけます。

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夕食後はキャンプファイヤーを囲みながらベルベル音楽を楽しみ、夜は更けてゆきます。

こんなサハラでの贅沢はキャンプ キャラバン・ドゥ・スッドに泊まるツアーはこちら!
アトラスを越えて モロッコ最奥のサハラ エルグ・シェガガへの旅
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<新企画>アマラケシュからオート・アトラス、アンチ・アトラスを越えてモロッコ最奥のサハラを目指す。
快適なテント式ロッジに宿泊し、サハラの絶景を楽しむ、モロッコ再訪の方にもおすすめな新企画。

出発日2014年 11/6 、11/13  2015年 2/12 、3/12

日数10日間 料金358,000~368,000円 【15名様限定】
注目11/06発 サフラン収穫の季節
注目11/13発 【間もなく催行】サフラン収穫の季節・サハラ満天の星空
注目02/12発 アーモンドの花咲く季節・サハラ満天の星空
注目03/12発 サハラ満天の星空


yonetani_saiyu at 22:47|Permalink

2014年07月31日

青の迷宮都市シャウエンへ行こう!

今日は最近注目を集めるモロッコ北部の町シャウエンをご紹介します。
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青の迷宮都市シャウエン

リーフ山脈の麓、ティスカ山とメッグ山の山間に広がるシャウエン。正式にはシェフシャウエンと呼ばれています。15世紀にムーライ・アリ・ベン・ラシッドによって建設された町で、スペインから逃れてきたイスラム教徒によって大きな町になりました。スペインのアンダルシア地方の影響を強く受け、フランス語よりもスペイン語の方がよく通じます。町のほとんどの建物は青色を基調とした美しい街並みで統一され、とても綺麗な場所。のんびりと散策しているだけで楽しい所です。

車でシャウエンに近づくと、だんだんと青い町並みが見えてきました。
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シャウエンの町を遠望

シャウエンという名前は町の背後に聳える2つのヤギの角の様に見える山に由来しています。ベルベルの言葉でヤギの角をイシャウェン(Ichawen)と言い、それが派生してシャウエンとなった説が有力です。
シャウエンの旧市街を歩くと、まるで童話の世界に入り込んだかのような錯覚に襲われます。周囲の建物や壁などは全て青を基調として綺麗に色が塗られていて、まさに“シャウエン・ブルー”の世界が広がっています。

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青い町で暮らす人々の姿を見ているのも楽しく、ひとつひとつが本当に絵になる所です。
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談笑する女性達

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旧市街で見かけた子猫、シャウエンでは猫を良くみかけます。

お土産店やカフェなども軒を連ね、青の町の散策を楽しみながら、モロッカンな民芸品を探してみるのも楽しいひと時です。
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旧市街のお土産店と行き交う人々

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町の広場にある水飲み場。ここも青を基調とした色に統一されています。

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真っ青なシャウエン・ブルーのドア

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引き込まれそうになるほど青く美しい路地

世界中からの旅行客が集まり、旧市街の中には200もの宿があると言われています。迷路の様な旧市街の中ではほとんどが古い住居を改造した小さなホテルがほとんどですが、シャウエンで最も快適に、かつ便利なロケーションにあるホテルが「ホテルパラドール」です。メディナの入り口に位置する4ツ星ホテルで、町の散策にも大変便利なロケーション。プールもあり設備も充実しています。
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ホテルパラドールの外観とロビー

旧市街のホテルに滞在し、青の迷宮都市をのんびりと散策する。是非、この“シャウエン・ブルー”を体感してみて下さい。

■シャウエンを訪れる添乗員付きツアーはこちら
「モロッコ周遊の旅 厳選のホテルに宿泊し、7つの世界遺産を巡る−青きシャウエンも訪問!」

■シャウエンを訪れる個人旅行プランはこちら

青の迷宮都市シャウエンとフェズ、カサブランカヴォルビリス遺跡も訪問!モロッコ3都周遊フリープラン7日間

青の迷宮都市シャウエンと二大メディナ“フェズ&マラケシュ”周遊 8日間



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