niger

2012年09月07日

ニジェール テネレ砂漠・アラカウの大砂丘

テネレ砂漠arakao (6)
テネレ砂漠の中でも最も美しい砂丘地帯がアラカウ (Arakao)。ニジェールがフランスから独立した1960年以降、アイール山地とテネレ砂漠境界付近の探索が行われました。1972年に航空写真をとり、東側の開いた馬蹄形の岩山に囲まれた砂丘地帯だとわかりました。この丸い、馬蹄形の岩山は死火山のカルデラで、その陥没部分に北東から吹く風で砂丘が押し込まれ、高さ200m、長さ15キロ以上にわたる砂山を作り上げています。

アラカウは首都のニアメからアガデスまで約1000キロを走り、そこからテネレ砂漠に入りまる2日砂漠を走ったらたどりつける砂丘。さらに砂丘のどの地点に行くかはドライバーの砂丘越えの腕にもかかってくる、砂漠を知り尽くしたスタッフとだけ行けるサハラの絶景ポイントです。

では美しいアラカウの写真をどうぞ・・・
テネレ砂漠arakao (1)
砂丘越えの様子。スタックすると助け合わなくてはならず、必ず複数台で行動です。

テネレ砂漠arakao (2)
朝の光に輝く砂丘。中央部から北を眺めた景色です。

テネレ砂漠arakao (5)
中央部の砂丘から西を眺めた景色。奥の岩山の手前の砂丘は、砂が岩山にあたって吹き返されてできた「砂の山」です。

そしてキャンプ。この景色の中での一夜がとても楽しみなのは、お客様だけでなく、スタッフも同じことです。
テネレ砂漠arakao (3)
夕日を眺めに砂丘に登っていたお客様がテントに戻り、夕食の準備。

テネレ砂漠arakao (4)
たき火を囲むひととき、そして満天の星・砂漠の夜がやってきます。

朝に夕に美しく、月夜に輝く砂丘のシルエットもなかなかのものです。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊旅行で行く、ニジェール・テネレ砂漠の旅
「アイール山地とテネレ砂漠」2012-2013年冬 11月17日出発コース 催行決定 


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2011年12月05日

クロワ・デ・アガデス Croix d’Agadez

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クロワ・デ・アガデス – アガデス十字と呼ばれるトゥアレグ族の銀細工ジュエリー。ニジェール、特にアガデスを訪れると土産物屋として見かけるアクセサリーです。

クロワ・デ・アガデスの「クロワ」=「十字」という呼び名は後に西洋人が、キリスト教の「十字架」のモティーフに似ていることからつけた名前。実際には十字ではなく、トゥアレグの部族やエリアを象徴するものであり、アガデスやティミアなど各地域を表すモデルが存在しています。

croixd'agadez03アガデスの鍛冶屋工房にあった「トゥアレグ十字」の表。トゥアレグの有力な部族・地域を表し21種類あります。有名なのは、アガデス、ティミア、イフェロアン、インガルのものでペンダントやピアスなどのアクセサリーにアレンジされています。





その起源については諸説あり、かつてのエジプトのファラオの紋章を取り入れた説、イスラム化する以前にキリスト教に触れたトゥアレグ族が「十字架」のモティーフを取り入れたという説など様々。私が最もお気に入りはアガデスで聞いた「恋」にまつわる説。
 “ある少女に恋したアガデスのスルタンの息子。その恋を告白するのにどうすればいいか、スルタンお抱えの鍛冶屋に相談しました。トゥアレグの社会において、家事を支える食器や、戦いの武器、そして装飾品の銀細工を作り出す鍛冶屋は大切な存在。鍛冶屋はスルタンの息子の相談を受け、考えました。そこでできあがったのがこの「クロワ・デ・アガデス」。トゥアレグの書き言葉タマシェク語で「愛」を意味する言葉「タルハ」を表すと ○+・。これをタテに書いて並べるとこのアガデス十字のデザインになるのです。果たして鍛冶屋は銀細工で美しくこの「タルハ」を「クロワ・デ・アガデス」の形に仕上げ、スルタンの息子はこの銀細工による「愛の告白」で恋人を手に入れました”、という話です。事実ではないにしても、なんとも夢のある話です。

 トゥアレグの銀細工はカースト(階級)の存在するトゥアレグ社会でにおいて鍛冶屋階級が担当して作っています。まず、ろうでクロワ・デ・アガデスの形を作り、それに粘土をつけてかたどりします。その粘土を火にかけて焼き、ろうがとけたところに銀貨などを溶かした銀を流し込み、冷まし、型をわってでてきた銀を整形・磨いて作ります。現在もアガデスやティミア、イフェロアンには銀細工の鍛冶屋工房があります。中には成功してフランスの有名アクセサリー店に出品している工房も。それでも2007年以降の観光客の減少で、鍛冶屋産の収入も少なくなってしまい、観光客を探して売りに歩いている職人達もたくさんいます。

croixd'agadez04アガデス Sidi Mohamed Koumama
鍛冶屋工房では手作業で銀細工が作られています。ツアー中でもデザインの希望を伝えてオーダーすると砂漠から帰ってくるまでに作ってくれたりします。






アガデスのお店では銀製のクロワ・デ・アガデスのペンダントが大きさにより15~30ユーロ、トァアレグの伝統的な意匠を取り入れた「作品」になると100ユーロを越えるものもあります。
もともとはそのトゥアレグ十字を見るだけでその人がどこの地域の出身者がわかり、父から息子へと引き継がれたもの。今ではおしゃれなアクセサリーとして外国人に人気のアイテムになっています。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊旅行のニジェールの旅
ニジェール・アイール山地とテネレ砂漠塩のキャラバンルートを行く

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2011年11月08日

アガデスのグランド・モスク Grande Mosquée de AGADEZ

アガデス グランドモスク agadez02
ニジェール北部の中心地アガデス。11世紀頃からトゥアレグ族の町として発達し、サハラ交易の要衝として、サハラ横断「塩のキャラバン」の終着地として栄えました。現在はアルリットを中心とするウラン鉱山の交易の中継地でもあり、アイール山地ティミアからの野菜や果物が並び、冬には観光客も訪れるちょっとした「町」の様相です。

ニジェール北部を訪れる観光客は、主にテネレ砂漠やアイール山地を訪れるため、あまりアガデスで時間を過ごすことはありませんが、アガデスのグランド・モスクは是非訪れてみてください。

アガデス グランドモスク agadez grande mosque01スーダン・サヘル様式、27mの高さのミナレットを持つアガデスのグランドモスク
この「スーダン・サヘル様式」というのは現在のスーダンではなく、かつてこのサハラとその南縁部のサヘル地域を指した呼び名で、マリやモーリタニアなどでも同様の様式のモスクが見られます。ミナレットの上のほうには椰子の木の棒を突き出して作られ、これは単なるデザインではなく、年に一度、モスクの修復の際の足場に使われるものです。このミナレットの突起物以外、なんの外部も内部も装飾は無く、とてもシンプルなものです。









アガデス グランドモスク agadez grande mosque02金曜日の集団礼拝
礼拝の時は外国人はモスク内部には入れませんが、その祈りの景色は圧巻です。アガデスでは金曜日の昼、町中の男性が集まり、モスクの周辺の道路を礼拝所に変えます。アザーンに続き、礼拝が始まるとモスクとその周辺一帯が神聖な祈り場へと変わります。わずか15分ほどの集団礼拝ですが、アガデスの人々の祈りが一体化する瞬間です。集まる人々の衣装も、「アフリカ・サハラのモスクの祈り」を感じさせます。










グランド・モスクのミナレット
礼拝の時以外の日中、観光客はモスクの中に入って見学することができます。中には礼拝所、アガデスのスルタン専用の礼拝所、そしてミナレットへの階段があります。ミナレットは中が狭いことから一度に登れるのは4人まで。通路も暗いのので注意が必要です。蒸し暑い通路をくるくると登っていくと、地上27mのミナレットの頂上へ出ます。2~3人のスペースしかないミナレットの頂上からは土と泥でできたアガデスの町並みが広がっています。
アガデス グランドモスク agadez05

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子


ニジェール、アガデスを訪れる西遊旅行のニジェールの旅
「ニジェール・アイール山地とテネレ砂漠塩のキャラバンルートを行く」

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2011年10月17日

2011年のゲレウォール、ニジェールの美男子コンテスト

ニジェール ゲレウォール gurewol-2011a
2011年9月末のニジェールのゲレウォールの旅から帰国。今回訪問したのはアバラクの北35キロの砂漠が会場の遊牧民ボロロの祭典でした。今年は旱魃が心配されることから遊牧民ボロロの人々は政治集会も兼ねて集まり、数日間は例年に無い大規模な集いも。雨の少なかった夏は、家畜の命、遊牧民の移動先を左右します。各氏族の代表が集まり、この冬の乾期を乗り切れるのか、弱った家畜に与える薬や食料の確保を話し合っていました。

お祭りの会場ではあちこちで集い、歌と踊りが繰り広げられ朝から晩まで歓声が途切れることはありません。「ボロロは疲れを知らない民族」と、トゥアレグ族やジェルマ族のスタッフがいいます。確かに、長距離を歩いて移動し続ける力、そして唄い踊り続ける体力はすごいものです。しかも日中の40度を越える炎天下で。

ニジェール ゲレウォールgurewol-2011b
夕方、ゲレウォールが始まりました。赤い顔料を顔にぬり、準備をする男性達。スリムなボディが「美男子の条件」であり、参加者の中には3日間食事をせずウエストを細くして準備をしていた若者もいました。「腹の出たボロロ」の参加は許されるものではないようです。

ニジェール ゲレウォールgurewol-2011c美男子を選ぶ少女。今日は15歳の少女3人が美男子を選ぶことになりました。男性がパフォーマンスをする場所から離れたところで少女が選ばれ、衣装を変えます。頭飾り、そして胸には白い布を巻いて。
若者達のパフォーマンスが最高潮に達した頃、同じ氏族の男性達から候補者の男性が選ばれ、ターバンでできたちょんまげのようなものがつけられます。このターバンのちょんまげをつけてもらった男性の中から「美男子」が選ばれます。 
-そしていよいよ少女達が若者達の前へ。







ニジェール ゲレウォール gurewol-2011d
少女達が現われるとゲレウォールを取り巻く観衆が沸き、見たさに詰め寄ってきます。少女の一人が震えていました。観衆が大騒ぎする中、少女が「最も美しい男」を選び、祭りは突然終了します。選ばれたのはとても背が高い細身の男性。ボロロの美の条件を満たした男性です。

この日、ゲレウォールに続き、男性達の歌と踊りのドーサが行われ、夜中中、歌い声、手をたたく音が途絶えることはありませんでした。
ボロロの祭典、この出会いと楽しみの後にはまた長い移動と放牧の旅が待っています。ゲレウォールの会場を後にすると、アガデスまでの道中で、既に南下を開始したボロロ遊牧民たちに出会いました。「草の少ない今年の乾期は厳しくなりそう」、と。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

ニジェールのゲレウォールについての紹介
ゲレウォール GUREWOL
サヘルの遊牧民 ウォダベ(ボロロ)  


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