ダラムサラ

2013年08月17日

リトル・ラサ-ダラムサラ ~ヒマーチャル、旅の途中②~

「花のロータン・パスとダラムサラ」の見所をもう一つご紹介、ダラムサラです。


訪れたのは、「リトル・サラ」と呼ばれるダラムサラ(ヒマーチャル・プラデーシュ州)です。
ここは、1959年にダライラマが亡命して以来、チベット亡命政権が置かれている都市です。
当時インドの首相だったネルー氏が、閑静なこの町をチベットの人々の為に用意しました。
もともとは、イギリス人たちが避暑地として住んでいた町です。
チベットの人々は、ダライラマに謁見する為、そしてチベット人としてのアイデンティティを持ちながら
生きる為にこの地を目指します。

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ダラムサラの中心・マクロードガンジ

その逃避行は、国境警備の手が薄くなる厳冬期に集中するそうです。
凍傷により手足を失ったり、命の危険を冒してでもヒマラヤ山脈を越えてやってくるのです。

中には小さな子供もいます。
彼らは、もう二度と両親と会えないかも知れないのです。
そんな子供たちの暮らす場所、チベット子供村があります。
そこには、乳幼児~18歳くらいまでの子供たちが、約2,000人も暮らしています。
ホームと呼ばれる宿舎で、男女5歳~18歳までの子供たちが、
お互いの面倒をみながら家族のように暮らしています。

またベビーホームには、5歳以下の子供たちが暮らしています。

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あどけない笑顔を見せてくれる彼らが、辛い越境を経験し、ここへやってきたなんて信じられません。
少しでも力になることができれば・・・
そう思いました。

また、ダラムサラにはノルブリンカ芸術文化研究所があり、チベットの精神的・文化的遺産、伝統芸術・技術を保存し発展させる為の取り組みが行われています。
ここでは、タンカを描いたり、刺繍をしたりする作業を見ることができ、チベット人のこれからの希望の光を感じることもできます。

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タンカを描く青年

また今回、このノルブリンカのワークショップでは、チベットの精神的指導者として、
ダライ・ラマ、パンチェン・ラマに次いで重要な人物とされているカルマパにも謁見することができました。
彼は、私たちを見て、軽く会釈をして下さいました。
残念ながら写真を撮ることは許されませんでしたが、忘れることはないでしょう…


「チベット」と聞くと辛い歴史を思い浮かべがちですが、
ここダラムサラへ来ると、その歴史もさることながら、前を向いて歩んでいるチベット人の強い精神力を感じます。

リトル・サラ「ダラムサラ」。チベット本土に行かれた方もそうでない方も、ぜひ一度足を運んでみて下さい。私たちに、チベットのことを知る機会を与えてくれます。



sugimoto_saiyu at 15:56|Permalink

2012年11月20日

ダラムサラ チベット亡命政府の拠点 ダライ・ラマ14世の説法

ダラムサラ

西遊インディアのスタッフと秋のダラムサラを訪問。ちょうどダライ・ラマ14世の説法も行われおり幸運にも参加することができました。初めてのダラムサラでしたが、その西洋人中心の外国人観光客の多さ、昔ながらのバックパッカーのたまり場的なまったりとした雰囲気、それとはまったく異なる厳しい「焼身抗議するチベット族」の現実など、現在のチベット問題を目の当たりにするダラムサラ滞在でした。

ダラムサラは「雪山の州」を意味するヒマーチャル・プラデーシュ州に位置し、標高約1,800mの涼しい丘陵地帯にあるためイギリス統治時代にはイギリス人たちの軍駐屯地及び避暑地となっていました。1905年の壊滅的な大地震で多くのイギリス人が麓の谷に移らざるを得なくなり、1947年のインド独立以降、イギリス人はこの地からいなくなりました。

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避暑地としても有名なダラムサラ

1959年にダライ・ラマ14世がインドに亡命し、チベット亡命政府を樹立して以来チベット仏教文化の拠点となり、「リトル・ラサ」とも呼ばれている町です。
インドの初代首相ネルーはその地理的・気候的条件はもとより、閑静で静穏なこのダラムサラの地をチベット難民のために選んだと言われています。

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チベット寺院の建つマクロード・ガンジーの小路

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街角で売られるモモ。インド国内の旅行客にも人気です。

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チベット・グッズを売る屋台もたくさん出ています。

ダラムサラでは、チベット本土では失われつつある伝統的な文化や宗教を守り、後世に残していくための様々な努力がなされており、異国での亡命生活を今なお強いられているチベットの人々の現在を見ることができる場所です。街角で見られる、「焼身自殺」のポスターには衝撃を隠さずにはいられません。近年のチベット問題が日本で知られている以上に深刻であることがうかがわれます。

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街角のいたるところに張られたポスター。この抗議の果ては・・・。

ダラムサラのみどころとしては以下に紹介する他、2000年にチベットより亡命してきたカルマパ17世が住むギュトー僧院や、チベット博物館、チベット文献図書館、チベット医学暦法研究所、チベット舞台芸術研究所などもあります。

ナムギャル僧院(ツクラカン堂、カーラチャクラ堂)
ダラムサラ (8)ナムギャル僧院は、ダライ・ラマ公邸の正面に位置し、ツクラカン堂とカーラチャクラ堂からなるゲルク派の総本山です。時折、庭で僧たちが足を踏み鳴らし大げさに手をたたく身振りで教義問答する光景が見られます。
ツクラカン堂は、ラサのジョカンに相当するダラムサラでは最も重要な寺院で、マニ車が囲む堂内には、釈迦牟尼仏、観世音菩薩、パドマサンバヴァの3体の格調高い仏像が祀られています。また、ツクラカン堂の隣にある1992年建立のカーラチャクラ堂には、目の覚めるほど美しいカーラチャクラ(時輪)曼荼羅の壁画が収められています。
ダライ・ラマの住居である王宮は、ラサのポタラ宮と同じように神聖視され礼拝の対象になっており、毎朝多くの巡礼者がその周囲に作られた巡礼路を時計周りに歩いています。
巡礼路には多くのタルチョがはためき、マニ塚やマニ石なども見られます。マニ車や数珠を手にマントラやお経を唱えながら歩く巡礼者たちと一緒にコルラしてみると良いでしょう。

ノルブリンカ芸術文化研究所
ダラムサラ (10)ラサにあるダライ・ラマ法王の夏の離宮「ノルブリンカ」から名前がつけられたこの研究所では、チベット仏教の精神的・文化的遺産、伝統芸術・技術を保存し発展させるための取り組みが行われています。
チベット人が異国の地で経済的に自活することも目指しており、タンカ絵師や仏像の彫師を養成するコースや裁縫・刺繍の職業訓練の教室なども設けられています。
同じ敷地内には、チベット各地の民族を紹介する小さな人形博物館や、この施設で作成された質の高い手工芸品などを購入できるお店の他、おしゃれなゲストハウスやカフェもあります。

個人でダラムサラを目指し、ダライ・ラマ法王の法話に参加するための情報です。
まずは公式ホームページ http://www.dalailama.com/ にてダラムサラでの法話のスケジュールをチェック。その滞在に合わせて旅行を立てます。尚、この期間中のダラムサラは当然ながら混み合いますので、マクロード・ガンジ―の宿を希望の場合は早めの手配が大切です。
到着したらダライ・ラマ公邸の事務所でパスを申請。写真2枚を持参し、用紙を記入します。
その場でパスが交付され、あとは法話に合わせて出かけます。法話の前には公邸から僧院へ移動するダライ・ラマ14世を間近に見ることも可能です。法話が始まると、レンタルのラジオを使って各国言語で法話を拝聴することができます。
簡単な手続きでパスが発行されます。法話中の内部へのカメラ、携帯などの電子機器の持ち込みは禁じられていますので荷物の準備にご注意ください。また、前方の特別席を希望の場合は数日前から行われる事前登録を行わなければいけませんので、早めに手配依頼をする必要があります。

荘厳な雰囲気に包まれた僧院。ありがたく拝聴する民衆、その雰囲気にのみこまれる外国人。この臨場感は一度経験し、チベット問題を考える機会を与えてくれます。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊インディアではダラムサラを訪れるバックパッカーのためのデリーからの片道手配+ゲストハウス2泊プランを設定しています。詳しくは西遊インディアのホームページをご覧ください。








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2011年05月31日

ダラムサラ ~「生きる」チベット文化が残る町

ヒマ-チャル・プラデーシュ州にある町ダラムサラをご紹介します。

-ダラムサラ概略-
1959年3月10日、ラサでチベット蜂起が始まると、争いによって大量の死者が出ることを懸念したダライラマ14世法王はラサを脱出する決心をし、3月17日の夜、ノルブリンカ宮殿を出て、険しい山々を越えてインドに向かいました。中国軍はその後チベット人87,000人を殺害してわずか2日で蜂起を鎮圧したといいます。
ダライラマ法王一行は3月31日にインドに辿りつき、4月29日に北インドの山岳部ムスーリにチベット亡命政府を樹立。またこの時ダライラマ法王を追って約8万人のチベット人が危険を冒してインドへ亡命しました。
1960年インドのネルー首相がダラムサラをチベット亡命政権の拠点として用意した事を受けて4月に移動し、5月にダラムサラに亡命政府が樹立されました。
現在は、亡命政府各省庁、大学、国会議事堂などがあり、チベット文化の中枢地となっています。


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ダラムサラはチベット本土とは違った雰囲気があり、チベットの文化や伝統を守るために様々な取り組みを行っています。インドのなかのチベット世界は、本土よりもチベットらしいかもしれません。
たくさんの僧院が建ち、それらはまだ新しいものが多いですが、信仰の場として街に溶け込んでいます。
ダラムサラの見所を以下にご紹介します。


●ナムギャル僧院
ダライ・ラマ公邸の正面にある、カーラチャクラ堂とツクラカン堂からなるゲルク派の総本山。
ナムギャル

●セチュリン僧院
1984年に建設。
セチュリン僧院外観セチュリン僧院 (3)
●チベット子供村
チベット本土に住む親達が中国語による教育を嫌い、自分の子ども達をインドへ送るケースが後をたちません。現在約2000人の子ども達が寄宿しながら教育を受けています。親元を離れても元気一杯の子ども達です。
チベット子供村 (7)

●ノルブリンカ芸術文化研究所
ラサにあるダライラマ法王の夏の離宮「ノルブリンカ」から名前がつけられました。チベット仏教の精神的、文化的遺産、伝統芸術や技術を保存し発展させるための取り組みが行われています。具体的には、タンカの製作、仏像の彫刻、裁縫、刺繍などに取り組んでいます。
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●タシ・ジョン僧院
ダラムサラから約30kmのところにあるパランプールという村にある、ドゥクパ・カーギュ派の僧院。
私たちが訪れたときは、小坊主さん達が暗記した内容を先生にチェックしてもらうため並んでいました。
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ダラムサラは他にも賑やかなマクロード・ガンジ(バザール)もあり、チベット料理のモモも食べることができます。緑に囲まれたダラムサラの町、ぜひ訪れてみてください。


ダラムサラを訪問するコースはここだけ!
花のロータンパスとダラムサラ
7/9発、7/16発は催行決定!人数限定のコースですので残席はお問い合わせください。
7/23発はまもなく催行決定です!


「花のロータンパスとダラムサラ」のコースについては過去の記事もご参考にどうぞ。
・ロータンパスでのハイキングの様子
・インド・ヒマラヤのお花見街道 Rohtang La ロータン・ラを越えて

hashimoto_saiyu at 10:49|Permalink