オリッサ州

2016年10月21日

オリッサ・バスタール民俗行④太陽神の馬車を模した世界遺産スーリヤ寺院

4年ぶりに復活した人気コース、オリッサ・バスタール民俗行
インド亜大陸にアーリア系の人々がやってくる以前から住んでいたと考えられる、ドラヴィダ系の人々が住む村や、彼らがやってくる市場などを訪れます。
少数民族とのふれあい、写真撮影、民俗学がお好きな方などにおすすめのコースです

→過去のレポートはこちら
→今までのブログ記事はこちら。
 ①ボンダ族の伝説
 ②ドングリア・コンド族
 ③オリッシーダンスの楽しみ方

今回は、このコースで訪れる「スーリヤ寺院」についてご紹介いたします。

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馬、舞堂、拝堂と並ぶスーリヤ寺院

馬車形のお寺!世界遺産スーリヤ寺院

スーリヤ寺院は13世紀前半、ガンガ朝のナラシンハデーヴァ一世によって建てられたヒンドゥー教の寺院です。
スーリヤとは、古代インドの聖典リグ・ヴェーダにすでに登場する神で、太陽の輝きを神格化したものです。7頭曳きの馬車に乗り、天界を1日で駆け巡ると言われ、のちにヒンドゥー教にも取り入れられました。
※リグ・ヴェーダとは、紀元前1200年〜紀元前1000年ごろ作られた叙事詩で、インド四大叙事詩のひとつです。

寺院の敷地内に入ると、まず目に飛び込んでくる建物が舞堂(ナト・マンディル)。ここは、かつて踊り子たちが踊りを神に捧げていた場所で、夥しい彫刻に覆われています
(ちなみにスーリヤ寺院の敷地内では、年に一度、ダンスフェスティバルが開催されます。ライトアップされたスーリヤ寺院を背景に舞う踊り子たちの姿を目にすれば、往時の王様の気分が味わえるかも・・・)

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以前ご紹介した踊り子の写真です。

その背後に、高さ38メートルの拝堂(ジャガモハン)が聳えています。このスーリヤ寺院は、寺院そのものがスーリヤ神の馬車の形になっていて、ジャガモハンの周囲には24の車輪が作られています。

寺院を覆う美しい彫刻

舞堂や拝堂、そしてこの24の車輪ひとつひとつの周りをよく見ると、美しい彫刻が残されています。ヒンドゥーの神々はもちろん、男女が混合するミトゥナ像(カジュラホが有名です)や、オリッサ州で踊られる舞踊・オリッシーダンスを彷彿とさせる踊り子たちの姿も見られます。

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彫刻に覆われた車輪


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蛇の下半身をもつ、ナーガとナーギ。中国の伏羲女媧神と似ています。

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カジュラホに
比べてあっさりめ(?)のミトゥナ像。


消えた高塔

オリッサの他の寺院を見てみると、舞堂、拝堂の後ろに一番高い高塔(レカーデウル)が建っています。スーリヤ寺院にもかつて高塔があり、拝堂の大きさから計算すると、高塔は60〜75メートルはあったのではと言われています。

60メートルといえば、20階建の超高層ビルと同じくらいの高さです。同じオリッサ州の海辺の街・プリにあるジャガンナータ寺院(55メートルの高塔があります)とこのスーリヤ寺院は、海上からも目立ち、船乗りたちの目印にもなりました。

建築史家のファーガソンによると、1839年には高塔の一部が残っていたそうですが、現在は何も残されていません。そして、なぜ高塔がなくなってしまったのかはまだ解明されていません。

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ピクニックをする地元の人々で賑わうスーリヤ寺院

一番後ろの建物が38メートルなので、その約1・5倍の塔が後ろに聳えていたことになります。何らかの理由で塔が壊れてしまったとしても、塔に使われていた材料は、一体どこに消えてしまったのでしょうか。。
 
スーリヤ寺院も訪れる!オリッサ・バスタール民俗行。詳しくはこちらをご覧ください

Text by Megumi Nakatani
参考図書:神谷武夫(1996)『インド建築案内』、辛島昇等(1992)『南アジアを知る事典』











 

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2016年08月29日

【復活!】オリッサ・バスタール民俗行③オリッシーダンスの楽しみ方

政府の許可の関係で4年ぶりに復活した人気コース「オリッサ・バスタール民俗行」。前回、前々回はツアーで出会えるボンダ族ドングリア・コンド族についてご紹介しました。今回は、ツアー中に見学するインド四大古典舞踊のひとつ、オリッシーダンスをご紹介します。

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オリッシーダンスを踊る女性

オリッシーダンスの歴史

オリッシーダンスの現在の形ができたのは11世紀ごろ。デーヴァダーシーと呼ばれる巫女たちが、ジャガンナータ神に捧げる奉納舞踊として発展しました。その長い歴史の中で、「女性蔑視だ」と女性による舞踊が禁止され、代わりに少年がオリッシーを踊るなど(ゴティプオといい、これも魅力的な舞踊です)…紆余曲折がありましたが、現在では素晴らしい芸術のひとつとして認知されています

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13世紀に作られたオリッサ州・コナーラクのスーリヤ寺院。側面にはオリッシーダンスを踊る女性の姿が。

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スーリヤ寺院全景。奥は本殿。手前は「ナト・マンディル(舞堂)」と呼ばれ、かつては屋根があり、ここでデーヴァダーシーたちが神に踊りを捧げました。

衣装はオリッサ州原産の絣サリー

オリッシーダンスの衣装は、一枚のサリーから仕立てられています。上は体のラインに沿ったブラウス、下は前にひだのついたズボン。オリッサ州は絣のサリーが有名で、よく見るとダンスの衣装にも渋い絣布が使われています。是非注目してみてください。

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オリッサ州の絣のサリー

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絣のサリーで仕立てた衣装を着たダンサー。出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%BC#/media/File:The_Odissi_Costume_-_Dipanwita_Roy.jpg
 

白と銀で統一された装飾品

オリッシーダンスにはオリッサの名産のひとつである銀細工が使われています。頭の飾りは白。この飾り、最近ではプラスチックなど代用品が多いのですが、本来は「タヒア」という植物の茎でできています。 インドの衣装と言えばキラキラや原色の色合いを想像しがちで、それはそれで魅力的なのですが、オリッシーダンスの装飾品はとってもシックで素敵です。

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頭の後ろの飾りが「タヒア」。真ん中から突き出ているのはお寺の塔を表す飾り。

基本の演目は5種類のみ

オリッシーダンスの基本的な演目は5種類(もちろんたくさんのバリエーションがあります)。踊る順番も決まっていて、基本的に「マンガラチャラン」で始まって「モクシャ」で終わります。マンガラチャランは舞台の成功をジャガンナータ神にお祈りするダンス。モクシャは「解脱」を意味するサンスクリット語で、ストーリー性は少なく、早い足さばきや優雅な上半身の動きなど、踊り手の技術により観客をぐいぐい引き込みます。

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片足50個ずつの鈴(グングル)をつけて踊ります。

優雅なポーズ「トリバンギ」に注目

オリッシーの基本的なポーズは「トリバンギ」。「トリ=3」、「バンギ=曲げる」を意味し、胸、腰、足の3ヶ所をS字のように曲げたポーズです。この基本の形をキープしたまま、片足を上げたり手を動かしたりします。やってみると、難しい。かなり体が柔らかくないと美しく決まりません。

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トリバンギから片足を上げるポーズ

ジャガンナータ神を模したポーズ「チョーカー」にも注目

トリバンギと並び、オリッシーの重要な基本ポーズが「チョーカー」です。トリバンギと逆でどっしりとして、丸太のようなポーズです。「チョーカー」は土着のトーテム信仰からヒンドゥー教に取り入れられたジャガンナータ神のポーズを模しています。このポーズをキープしたまま飛んだり、首だけ回したり。やってみると太ももの筋肉を中心にかなりきついポーズです。

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後ろ両脇の女性のポーズが「チョーカー」

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インドの神様の中で異色を放つジャガンナータ神

「ムドラ」を少し覚えてから見ると楽しい

「ムドラ」とは簡単に言うと「手の形」のことです。オリッシーダンスでは、それぞれのムドラが意味を持っていて、また組み合わせによっても意味が変わってきます。たとえば片手をパーにして指をそろえると「パタカ(旗)」。両手をパタカにして、上下に重ねて親指をくるくる回すと「マッチョ(魚)」などです。そして舞踊の中で、ムドラと表情、体のポーズを組み合わせ、まるで手話で話すようにストーリーを語ります。

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パタカ(左)とマッチョ(右)。出典:http://www.aghori.it/mudra_eng.htm

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「白鳥のくちばし」を意味する「ハンサッシャ」のムドラ。

ラーマーヤナやヴィシュヌの化身について、ちょっと知っておくとさらに楽しい 

オリッシーダンスの踊り方には、ストーリー性のある「アビナヤ」と、ストーリー性が少ない「純粋舞踊」の2種類があります。アビナヤでは、インド人なら誰でも知っている神様や、叙事詩「ラーマーヤナ」、ヴィシュヌの10の化身などが表現されることが多いので、少し予備知識があると「あ、これはあのシーンだな」と楽しさが倍増します。

。。と、ここまでいろいろ書いてきましたが、オリッシーダンスは何の予備知識なく見ても非常に面白い、ちょっと勉強してから見るとさらに面白いダンスです。日本の歌舞伎などもそうですよね。オリッサ・バスタール民俗行のコースのハイライトは、もちろん定期市の訪問ですが、インドが誇る伝統舞踊・オリッシーダンスの見学も是非お楽しみください。 

Text by Megumi Nakatani 

※出典の記載のない写真は過去のツアーで弊社添乗員が撮影したものです。今期のオリッサ・バスタール民俗行では夜に屋内または屋外にてオリッシーダンスを見学します。

11月12日発コースは催行間近!
今も息づく貴重な少数民族の文化を求めて、インド北部の山岳地帯を行く。5ヶ所で定期市を訪問。失われゆく各部族の伝統文化を求め、驚きに満ちた東インドへ。 
 

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2016年08月18日

【復活!】オリッサ・バスタール民俗行②ドングリア・コンド族

前回から引き続き、4年ぶりに復活した人気コース「オリッサ・バスタール民俗行」のみどころをご紹介します。

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白い民族衣装に3つの鼻飾り、たくさんの装飾品で着飾ったドングリア・コンド族

前回ご紹介したボンダ族の訪れる定期市と並び、旅のハイライトとなるのがドングリア・コンド族の訪れるチャティコナの水曜市です。

ドングリア・コンド族の属する「コンド族」は、オーストラロイド(オーストラリアやニューギニア、メラネシアの人々と同種)に分類されます。

オリッサ州南東部・密林に覆われた「ニャンギリの丘」に暮らし、山の神“Niyam Raja”を信仰するドングリア・コンド族。山からはジャックフルーツやマンゴー、蜂蜜、竹などを取り、畑ではバナナやパパイヤ、生姜、オレンジなどを作ります。そして、収穫した作物をチャティコナの水曜市などの定期市で売り、生活必需品を購入します。

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ニャンギリの丘から市場を目指して歩くドングリア・コンド族の人々

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何人かのグループで山から下りてきます

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週に一度の市場は大賑わい

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作物を売ったお金で生活必需品を買います

男性はサゴ椰子からジュースを取り、強壮剤に。薬草の知識にも長け、山から取れる薬草でケガや病気を治療します(マラリアや蛇のかみ傷を治すという調査結果も!)。

豊かな山の恵みによって、何百年とシンプルな暮らしを続けて来たドングリア・コンド族。しかし、ここ10数年、彼らの生活が脅かされています。ニャンギリの丘にアルミニウムの原料となるボーキサイトが眠っていることがわかったのです。その価値はおよそ20億ドル。

イギリスに本社を持つ鉱山開発会社・ベタンダリソーシーズは、ドングリア・コンド族の聖なる山“Niyam Dongar”に露天掘りの鉱山を開発する計画をしています。


ボンダ族と同様、ドングリア・コンド族の村へも観光客の入場が禁止されています。彼らと出会えるのは、週に一度の定期市だけ。この機会に、是非訪れてみてはいかがでしょうか。

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 11月12日発コースは催行間近!
オリッサ・バスタール民俗行 
今も息づく貴重な少数民族の文化を求めて、インド北部の山岳地帯を行く。5ヶ所で定期市を訪問。失われゆく各部族の伝統文化を求め、驚きに満ちた東インドへ。 
 

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2016年08月10日

【復活!】オリッサ・バスタール民俗行①ボンダ族の伝説

前回の階段井戸に続き、総合パンフレット140号の注目ポイントをご紹介していきます。


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ボンダ族の女性。頭の上の葉っぱは、この後仲買人に売っていました。2009年弊社添乗員撮影。

4年ぶりに復活した「オリッサ・バスタール民俗行」

写真好きの方や民俗学好きの方にご好評いただいていたコース「オリッサ・バスタール民俗行」。

オリッサとは、インド東部オリッサ州
バスタールとは、オリッサ州の西部に広がるバスタール地方のことです。
ここでは、ドラヴィダ系の少数民族の方々が昔ながらの暮らしを続けています。

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インド政府は、少数民族の生活保護の為、村への観光客の立ち入りを禁止しています。
彼らと出会う唯一のチャンスは、各地で開催される定期市
買い物のため、山から下りてきた少数民族の方々と出会うことができます。

ツアーでは、各地で開催される定期市を巡ります

2012年、ツアーのハイライトのひとつ・ボンダ族が訪れるアンカデリの木曜市での写真撮影が禁止され、ツアーが出来なくなっていましたが、今年、再び解禁になったという知らせが!さっそく、ツアーを復活致しました。

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山から下りてきて、市場へ向かうボンダ族の人々。2012年弊社添乗員撮影。

ボンダ族の伝説と暮らし

オリッサ州に暮らす少数民族の中でも、最も印象的なのがボンダ族の人々です。
人口は12000人ほど(2011年の調査による)
女性の服装は、短い布を腰に巻き、上半身は裸で、胸の前にたくさんのビーズのネックレスをたらしています。頭はスポーツ刈りで、そのまわりにもビーズを巻きつけ、真鍮のピンで留めています。

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頭にもたくさんのビーズ。真鍮のピンでまとめています。

このボンダ族の服装は、インドの古代叙事詩「ラーマーヤナ」に由来していると言う伝説があります。

昔、ラーマーヤナのヒロインであるシータが裸になって水浴びをしていると、ボンダ族の女性たちがくすくす笑いました。怒ったシータはボンダ族の女性たちも裸にし、さらに頭をスポーツ刈りにしてしまいました。許しを請うたボンダ族に対して、シータは彼女たちが着ていたサリーの一部を腰に巻くことを許しました。

この話は、ヒンドゥー教の人々が後から作ったものなのでは。。と個人的には思いますが、
太いシルバーの首飾りや、ビーズの装飾は、森での暮らしや狩りの際、身を守るためだという説が有力です。

また、ボンダ族の男女関係も独特です。ボンダ族の女性は、自分より年下の男性と結婚します。男性が一人前になるまでは女性が世話をし、年老いたあとは男性が女性の面倒を見ます。

ボンダ族の男性はお酒が大好き。椰子や米からお酒を作り、市場で売るのですが、道中自分で全部飲んでしまい、市場に着くころにはべろべろに酔っぱらっています。

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ツアーの後半、マルドゥーンの土曜市で、ボンダ族が仲買人に売っていた葉っぱを見つけました。

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竹ひごのようなもので丸く加工された葉っぱは、お皿として使われていました。中に入っているのは食用の蟻です。

このようなドラヴィダ系の人々は、古代からインド全体に住んでいたと考えられています。
紀元前1500年ごろ、イラン方面からアーリア系の人々がやってきて、ドラヴィダ系の人々はインドの南西部に移動しました。 

次回は、このツアーで出会えるボンダ族以外の人々についてご紹介します。

Text by Megumi Nakatani

ボンダ族がやってくるアンカデリの木曜市を訪れる 
今も息づく貴重な少数民族の文化を求めて、インド北部の山岳地帯を行く。5ヶ所で定期市を訪問。失われゆく各部族の伝統文化を求め、驚きに満ちた東インドへ。 

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2016年03月02日

【3/23(水)更新】ゴールデンウィーク出発ツアー催行状況

東京本社の中谷です。
漸く春めいてきましたが、みなさまお元気でお過ごしでしょうか。

春が過ぎるとすぐゴールデンウィーク!
今日は、ゴールデンウィーク出発インド行きのツアーをご紹介します。
ゴールデンウィーク出発ツアーの早見表はこちら。 

4/30(土)-5/4(水)5日間コース
シュリーナガル 【募集中】間もなく催行!
オリッサ石造美術と世界遺産スーリヤ寺院【催行決定】
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ダル湖に浮かぶハウスボートと花売り(シュリーナガル)

4/30(土)-5/7(土)8日間コース
インド最北の祈りの大地 ラダック 【催行決定】※残2席!!
ベンガルタイガーを求めて タドバとペンチ 【催行決定】※残席はお問い合わせください。
アジャンタ・エローラ西インド世界遺産紀行 【催行決定】
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玄武岩を掘り下げて作られたカイラーサナータ寺院(エローラ石窟)

4/30(土)-5/8(日)9日間コース 
 楽園の南インド 【催行決定】
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 ミナークシ寺院(マドゥライ/南インド)

※催行状況は3/23(水)現在のものです。
 


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2011年12月23日

オリッサのボンダ族 Bonda People in Orissa

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インドに暮らす少数民族の中でも、もっともその伝統を残し、外部の影響を受けずに暮らすボンダ族。
初めてこの市場へ向かって歩くボンダ族の人々を見たとき、「ここは本当にインド?」とさえ感じました。アフリカの未知の部族とであったような印象を受けたのを覚えています。
その衣装、そしてほっそりしたスタイルも「インド」というイメージとは異なるのです。

ボンダ族はボンダヒルと呼ばれる丘陵地帯に住み、外部との接触を余り持たずに暮らしています。特にボンダ族の男性は外部の人間に対して攻撃的で、彼らの居住地へ入ることは簡単ではありません。彼らの暮らす土地が山にあること、そして外部の文化を受け付けず、伝統に執着するからこそ、急激に「インド化」するインド大陸において、もっとも古く、原始的な暮らしを守り続けている民族といわれています。

そんなボンダ族と出会うことができるのが「市場」。ツアーではアンカデリの木曜市でボンダヒルの村からやってくるボンダ族と出会うことができます。

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市場へ向かうボンダの女性たち
壷やバスケットの中に農作物が入っていました。自分達の土地でとれる小さなじゃがいもなど、市場で他の民族とモノの交換をしたりしています。インドでも少なくなった「物々交換」の経済が残っています。

ボンダ族02女性は髪を短く刈り、ビーズ細工を頭に巻いています。首には何十もの銀の輪、胸には子安貝やビーズ製のネックレスを幾重にもたらし、その下には何も身につけず、下半身は20cmほどの布を巻くのみです。







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裸の胸は見事な装飾品で覆いつくされています。そして腰には短い丈の織りの布を巻くだけ。
この絶妙な美のバランスに驚かされます。


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アンカデリの木曜市では、女性は農作物を、男性は自分たちで作ったお酒を売りにやってきます。この市場ではボンダ族の男性の写真撮影は厳禁です。

オリッサお酒01オリッサの少数民族の市場には手作りのお酒の販売コーナーがあり、素焼きの壷に入ったお酒を葉っぱで作ったコップでたしなむ姿が見られます。午後にもなると男女ともにご機嫌な人たちでいっぱいになります。「酔っ払い」はやはり万国共通。


文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子



ボンダ族に出会う東インド、オリッサ少数民族の旅 「オリッサ・バスタール民俗行」
2012年1月28日発催行決定、2月25日発も催行予定です!


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