ヒンドゥー教

2017年12月29日

【発表!】総合ツアーパンフレット最新号!ガンジス源流ツアー復活!

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先週、皆様にお送りしました総合ツアーパンフレット143号。お手元に届きましたでしょうか??

総合ツアーパンフレット143号、全ラインナップはこちらから!!

「まだ届いていない!」「パンフレット、もらったことがない!」という方、無料でお送りしますのでお気軽にお問い合わせください!

中国からインド、南米、アフリカまで、2018年3月から11月に出発する世界中のツアーが載っているこのパンフレット。

インド行きのツアーは、計7コースをご用意しています。

そして、今回注目のツアーは、復活版のこちら

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「ガンジス源流域 ヒンドゥー四大聖地を行く」

です!

インドを旅行されたことがある方のほとんどが、聖地として有名なバラナシには行かれたことがあるのではないでしょうか。

ゆったりと流れるガンジス川を見て、

「この川はどこから始まっているのだろう?」

「どこからこんなコーヒー色をしているのだろうか?」

などと思った方がいらっしゃるかもしれません。

また、熱心にガンジス川に祈りを捧げるヒンドゥー教徒の姿にふれ、

「またインドの別の聖地を訪ねてみたい!」

と思われたかもしれません。

このツアーでは、ガンジス川の源流域にあるヤムノートリーガンゴトリケダルナートバドリナートの4ヶ所の聖地を訪れます。

4つの聖地について、詳しくはこちらも合わせてご覧ください!

また、このツアーでは、四大聖地のほかに、ヨガの道場が多数あり、ビートルズも滞在していたリシケシ、12年に1度ヒンドゥー教徒が集まる祭りクンブ・メーラーが行われることで有名なハリドワールも訪問します。

この地域を紹介した本はあまり多くないのですが、1981年に一冊の旅行記が出版されています。

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古本や、図書館などで手にはいれば、ぜひ読んでみてください!

また、過去のツアーレポートもございます。あわせてご覧ください!※現在のツアーとは内容が異なる場合があります。


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ヒンドゥー教の修行者サドゥー

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馬に乗って自然の中をトレッキングします


*** 今回ご紹介した本 ***




*** 関連ツアー ***

ガンジス源流域 ヒンドゥー四大聖地を行く
2018年9月08日(土) ~ 9月23日(日) 16日間
10名様限定!ヒンドゥー教徒が死ぬまでに一度は巡礼したいと願うヤムノートリー、ガンゴトリ、ケダルナート、バドリナートの「四大聖地」を巡る。インド北部の雄大な自然に出会う、ベストシーズン限定の旅。


nakatani_saiyu at 07:00|Permalink

2017年12月04日

世界遺産ラージャスターンの丘陵城塞群と悲劇の王妃パドミニ

2013年世界遺産に登録された、「ラジャスタンの丘陵城塞群」。ジャイサルメールやジャイプールなどラジャスタン州の様々な都市にある6つの城塞がまとめて世界遺産に登録されています。今回は、それらの城塞の中でも日本ではまだあまり知られていない、チットルガール城(チットール城塞、Chittorgarh Fort)と、そこに暮らしていたという伝説が残る悲劇の王妃パドミニについてご紹介します。

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チットルガール城

誇り高き勇敢な戦士ラージプート

インド西部のラジャスタン州。誇り高き勇敢な戦士として知られた「ラージプート」の人々が暮らしています。ラージプートの起源は定かではありませんが、5〜6世紀ごろ中央アジアからやって来た騎馬遊牧民によるという説があります。

かつて西インドにはラージプートによる様々な王朝が栄えました。街ごとに堅牢な城塞が建てられ、2013年には6つの城がまとめて世界遺産に登録されました。ジャイプルのアンベール城、ジャイサルメールのジャイサルメール城など、美しい街と巨大な城の姿はとてもエキゾチックです。

かつてのメーワール王国の首都・チットルガール

チットルガールは、ウダイプルから日帰りでも訪れることができる城下町。かつてメーワール王国というラージプートの王国の首都として栄えていました。

ラージプートはヒンドゥー教徒でしたが、周囲にはイスラームの王朝が栄えており、チットルガールはその歴史の中で3度侵略を受けました。

悲劇の王妃パドミニ

14世紀、メーワール王国にハルジー朝が攻め込みました。その原因となったのは、一人の美しい王妃だと言われています。それがパドミニ(Padmini, Padmavati)。インド全土でその美貌は評判になっており、王でさえ直視することができず、宮殿の中に大きな鏡を設置し、水汲みに来たパドミニが水面に映る姿をさらに鏡に写してこっそり眺めていたそうです。

ハルジー朝の王・アラウディンは、メーワール王にパドミニの姿を一目見せてくれたらメーワールへの侵略を諦めて撤退すると言いました。メーワール王は水面に映るパドミニの姿をアラウディンに見せましたが、その美しさをどうしても自分のものにしたいと考えたアラウディンは猛攻を仕掛け、ついに城は陥落。パドミニは敵の手に渡ることを拒み、城に残った女性たちと共に火の中に身を投げてしまいました。

15世紀に建てられた勝利の塔の周囲には、戦争で殉死した夫の後を追って自ら命を絶った女性たちの墓石があります。こうして16世紀までに13000人を越える女性がなくなりました。

そんな悲しい伝説を残すチットルガール城ですが、現在は地元の人々が家族連れで集まり、ピクニックを楽しむ姿が多く見られます。

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(左)城塞から街を見下ろす (右)パドミニ宮殿

インドで物議を醸している大作映画「Padmavati」

2017年12月1日、この悲劇の王妃パドミニを主人公にした映画、その名も「Padmavati」がインドをはじめ全世界で公開されることになりました(なんと日本でも!)。

予告編がYouTubeに公開されていますが、当時の城塞の様子や人々の衣装などがものすごく豪華で、美しい細密画を見ているようです。


↑予告編です

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↑王妃パドミニを演じるのは「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」のディーピカー・パドゥコーンです

しかし、この映画の上映に対して、インドで大規模な反対運動が起こっています。パドミニが夢の中で敵であるアラウディンに恋をする描写があるそうで、「ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒のロマンスなどけしからん」という意見や「夫の為に殉死したパドミニのイメージを汚す」と行った意見が。監督の家の前でデモがおこったり、映画の予告編を上映した映画館が襲撃を受けたりしています。

そして、12月3日現在上映予定日を過ぎてしまいましたが、未だに公開の目処が立っていません。映画は無事インドで、そして日本で、公開されるのでしょうか?無事公開になった暁にはぜひご覧になり、本物のチットルガール城を見にラジャスタンのツアーへお越しください!

※2018年1月18日追記※
一度上映が延期になっていた上記映画ですが、タイトルを「Padmaavat」と変更して上映が決定したようです!詳しくは右のリンク先をご覧ください→https://www.spaceboxjapan.com/

*** チットルガールを訪れるツアー ***

ラジャスタン 砂漠と色彩のインド三都周遊
2017年 12/9 発 
2018年 1/27 、2/4 、3/17 発
9日間 298,000円
1/27発 は【催行決定】、2/4発 は【間もなく催行】です!!
※データは2017年12月3日現在のものです。


nakatani_saiyu at 19:06|Permalink

2015年03月04日

ホーリーがやってくる!

インドで最も有名なお祭りのひとつといえば、
この「ホーリー」ではないでしょうか。

元々は、春の訪れを祝うお祭り。
豊作祈願とカシミール地方の伝承が起源です。

ーこの日に家に押し入ってくる悪鬼ビシャーチャを追い払うため泥などを投げつけたー

という習慣から始まったとされています。
なんだか 日本の節分と似ていますよね。

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ホーリーにて色粉をかけ合う子供たち


その後に、ヴィシュヌ神の第8番目の化身といわれるクリシュナの伝説と相まって
今のような「色かけ祭り」となってきました。


言い伝えでは、

ー若きクリシュナが恋人の女神ラーダの色白の肌に嫉妬し、
自分の青い肌の色について母親のヤショーダに尋ねたところ…
母がからかい半分に
「ラーダの顔を好きな色に塗ってしまえばいい」と言ったそうー

それ以来、
愛する人や通りすがりの見知らぬ人と色付きの粉を塗り合う
という風習が長く続いたと言われています。

結局のところどういう展開でインドに根付いたのか、
今となっては定かではありません。


このお祭りは、
毎年3月(ヒンドゥー歴で12月)の満月の翌日に行われます。

色を投げかけ合うのは午前中だけ。
多くの会社や学校が休みなります。

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色粉を売る屋台


「ハッピーホーリー」と言いながら相手に投げつけ、
その後は抱き合ったり、握手をして仲直り。

昔はピンクが多かったのですが、
最近では色数も増えて、だいぶカラフルになりました。

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ホーリーで使われる色粉


さらに、最近の主流は水鉄砲!

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水鉄砲で遊ぶ子供たち


色粉を溶かした水を詰めて、容赦なく発射。
子供も大人も一緒になって楽しんでいます。

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大人も一緒になって楽しむ


このお祭りのポイントは…

この日だけは、
上下関係やカーストが関係ない
ということ。

本当にみんな楽しそうなお祭りなんです。

色んな意味でインド人にとって大切な1日。

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色粉をつけた女性


ちなみに
私はというと…

祖母に

「ホーリーの粉は日本人のあなたの肌にはすごく良くないから家から出ちゃだめ」

と言われ、
家の窓から眺めていたのを覚えています(笑)。

確かに、
あの粉は眼に入ったり、顔についたらなかなか落ちないそう。

なにより、面白そうなお祭りですが、
女の子ひとりなんかでの参加はオススメしません。

インド人もその日は外に出ない人もいっぱいいます。

世界一過激とか、クレイジーとか、言われちゃってるお祭りです。


でも上手に楽しめれば
きっと貴重な体験となるでしょう。

そんなホーリー祭、

2015年は
3月6日の開催です。

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ホーリーを楽しむ若者たち

sasaki_saiyu at 09:59|Permalink

2013年11月19日

南インド ラーメーシュワラムへの旅

ワナッカム!
皆様こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
私は、10月に少し休暇をとり、大好きな南インドへ旅に行ってきました。
今回は、その旅の一部をご紹介致します。

目指したのは、南インドはタミル・ナードゥ州にあるインド屈指の聖地、ラーメーシュワラム。
屈指と言っても、知っている人は少ないのではないでしょうか。

このラーメーシュワラムとは、「四大神領(インドの東西南北を護る聖地)」の一つにあたり、南を護っています。
また、「12の光輝くリンガ(ジョーティリンガ)」の一つでもあり、ヒンドゥー教徒なら誰もが一度は巡礼に行きたいと思う所です。

マリンブルーに光るマンナール湾に突き出た半島の先にあり、海を隔てたその向こうにはスリランカがあります。
海峡には、アダムス・ブリッジと呼ばれる7つの小さな島がスリランカへと連なっています。

このラーメーシュワラムは、インド二大叙事詩「ラーマーヤナ」ゆかりの地です。主人公ラーマ王は、魔王ラーヴァナに誘拐されたシータ姫を救うために、猿の神ハヌマーンの力を借り、ラーメーシュワラムからランカー島(スリランカ)へと橋を掛けて渡ったとされています。
魔王ラーヴァナを倒し、シータ姫を救ったラーマ王が、穢れを浄めて神に感謝し祈った場所にラーメーシュワラム最大の寺院、ラーマナータスワミ寺院があります。

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ラーマナータスワミ寺院の東の門搭

とても立派なお寺で、南北に約200メートル、東西に約350メートルという大寺院です。また、素晴らしいのは中の回廊。高さは9メートル、全長は1220メートルにも及び、合計1200本の柱には3000以上もの力溢れる彫刻が刻まれ、天井には極彩色のヤントラ(宇宙の神秘を象徴するデザイン画)が描かれています。
また、中には22の聖なる井戸があり、禊の場として機能しています。

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寺院の中の回廊

そんなラーメーシュワラムへの道のりは、タミル・ナードゥ州第二の都市、マドゥライから始まります。バスも列車も出ていますが、今回は列車を使いました。
朝6:25頃、少し明るくなった中を出発した列車は、快調にラーメーシュワラムへと進みます。インド本土から島には、パーンバン橋と言う長さ2キロに及ぶ、インドで最初にできた閘門式の橋が掛かっており、美しい海の上わずか3メートルの所をゆっくりと進んで行きます。目の前に広がる海のその美しさには目を奪われます。
インド人の乗客たちも携帯のカメラで嬉しそうに写真を撮っていました。

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列車の中の様子

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車窓から

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閘門式のパーンバン橋

島に到着した後、宿に荷物を置き、直ぐに島の終わりに位置するダヌシュコディと言う村を目指しました。
オートリキシャで約40分。着いたのは、真っ青なインド洋とベンガル湾に挟まれたムーンラムチャッティラムと言う漁村。ここから先は、オートは立ち入り禁止です。1964年のサイクロン以降、ジープかテンポでしか入域できなくなったそうです。テンポは20人集まらなければ出発しません。

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ムーンラムチャッティラムから見るインド洋

インド洋の壮大な波を見ながら待つこと約30分。20人が集まりやっと出発です。体の大きなインド人たちと寿司詰め状態で浅瀬の海をガタガタと進むこと30分。遂にダヌシュコディに到着です。

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浅瀬をテンポで進みます

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テンポの中の様子

もともとは、活気のある村だったダヌシュコディ。1964年、サイクロンに襲われてから廃墟のようになってしまいました。今は、古い列車の駅や珊瑚でできたキリスト教会の残骸と、小さな集落がある程度です。

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珊瑚でできた教会

その先4キロ進んだ所が、インドの終わりです。残念ながら、テンポの停車時間は30分だけ。全く影のない炎天下、気温38度の中を歩いて4キロ進むのは危険です。別手配をしたジープでなければ行くことができません。
今回は、本当の端まで行くことはできませんでしたが、いつかまた訪れたいと思います。

南の端にある小さな島、ラーメーシュワラム。そこは、伝説と篤い信仰が今も息づく聖なる島。
どこまでも美しく広がり、のどかで静かな海に心が癒される素敵な場所です。

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夕日に染まるラーメーシュワラム

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朝日


▼西遊旅行の南インドの旅
「楽園の南インド周遊」 

sugimoto_saiyu at 17:56|Permalink

2012年09月22日

ミナークシ寺院のクロージングセレモニー 南インドの神々の姿 

ミナークシ寺院クロージングセレモニー (2)

南インドのヒンドゥー建築の最高峰であり、信仰の中心・ミナークシ寺院。何千もの極彩色の神々の像で埋め尽くされ、後期ドラヴィダ様式の頂点を極めたといわれる建築が見事です。この寺院はヒンドゥーの神シヴァと土着の女神ミナークシとが夫婦として祀られ、毎夕方にはシヴァ神がミナークシ女神の寝所に入る様子を儀式化したセレモニー=クロージング・セレモニーが行われます。寺院には120人の僧侶が織り、シヴァ神とミナークシ女神にそれぞれ60人づつが仕え、昼夜交代して務めています。

ミナークシ寺院 (1)
ミナークシ寺院の塔門

夜、楽隊の音楽とともに銀の神輿に乗ったシヴァ神が出てくると、僧侶がその日の行事や寄付の額を神輿に報告します。神輿は2人の息子、ガネーシャとカーティケの祠の前でおやすみの挨拶をしたあと、妻のミナークシの聖所の前で中に入っていいか伺いをたてます。その際、神輿の下に用意された祭壇がジャスミンの花、蓮の花、 お香で清められます。これはこの地方の伝統で、主人が仕事から帰ってきたときに妻が家の前でその足を清める儀式からとられたと考えられています。
そして、妻・ミナークシが答え、孔雀の羽の扇でお香が炊きあげられる中、神輿はミナークシの聖所へと入っていきます。

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シヴァの聖所から出てくる神輿。中にはシヴァ神像。

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ミナークシの聖所の前で、神輿が停まり祭壇が清められます。シヴァ神がミナークシ女神の聖所に入っていいかお伺いをたて準備をします。

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シヴァの足跡の祭壇。この地方ではご主人が外から帰ってきたときに妻が家の前で足を清める伝統があり、それがこの儀式に取り入れられたと考えられます。

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ハスの花、ジャスミンの花、そしてお香がたかれ孔雀の羽でお香が広がり神々しい雰囲気が作られていきます。

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ミナークシの寝室へと神輿が運ばれていき、この儀式が終了します。

神々の暮らしを人間のように親しみを込めて描き、毎日繰り返されるその儀式は南国らしいおおらかさと人々の信仰の篤さを物語っています。
神々も人と同じ暮らしをしている・・・南インドの神々の姿です。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊旅行の南インドの旅 2013年
楽園の南インド周遊 


sawada_saiyu at 02:57|Permalink

2011年12月07日

インドの都市社会と聖なる牛

 インド社会で実に約8割の人口を占めるのがヒンドゥー教徒。彼らが神として神聖視しているのが牛です。きっとこれまでインドに旅したご経験のある方は、インドの街角を悠々と移動する牛の姿を一度は見たことがあるのではないでしょうか。大都市の交通渋滞をもろともせず、悠々と移動していく牛の姿を見ていると、「この社会では人間よりも牛の方が自由なのではないか・・・」という想いが思わず頭をよぎってしまうほど。

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 インドの交通事故率は、残念ながら世界でワーストワン。それには様々な原因があるようですが、そのひとつが大都市に放牧された牛の存在です。日本では、道路を歩いている野良犬は保健所へ連れていかれたりしますが、インドの牛は神様として神聖視されているため、日本の野良犬のように邪険に対処することはできません。それでは、改善のためにどんな工夫がなされてきたんでしょうか。

 インドの首都・ニューデリー。大都会であるため、インドの中で最も交通渋滞が深刻な場所のひとつです。ニューデリーでは牛の規制のため、次のような対策が取られたこともあります。

「町をうろついている主人のいない牛(野良牛)をとらえ、政府の管理する収容所に連れてきた人には、報奨金として2000ルピー(約4000円)を支給します。」

 新聞で取り上げられたこのニュースのキャッチフレーズは、「暇な時に気軽に稼げる!」。町のいたるところで牛を見かけるインドでは、確かに時間さえあれば儲かりそうな制度。実際にこの制度を利用して、牛をつかまえて収容所までやってきた人もいたそうですが、捕獲された牛を保管する場所が足りず、残念ながらこの制度は次第に風化してしまったとか。

 また、コルカタやニューデリーの一部では、街角に鎖のついた柱に結ばれた牛も見かけます。動きが制限されているため、交通を阻害することもありません。その牛を訪ねて、マリーゴールドの首飾りをかける女性の姿を見かけたこともあります。

 年々経済発展の進むインドでは、これから人間と牛はどのように共存していくんでしょうね。これからのインドにますます目が離せません!

Trip to Haridwar and Rishikesh (May 2010) 277


shimizu_saiyu at 11:34|Permalink

2011年11月04日

Happy!! ディワリ! ~デリーより

皆さんこんにちは!
ようやくデリーも朝晩が少しずつ涼しくなり、秋そして冬の気配がほんの少しだけ感じられるようになった今日この頃です。と言いましても、昼間はまだまだ連日の真夏日ではありますが・・・。

さて、先日インドでは大きなお祭り「ディワリ」が行われました!!

ヒンドゥ教の新年をお祝いするこのお祭りは、時期的に「収穫祭」の意味合いも持っておりまして、とにかくインド人にとっては一年で最も重要で一番盛り上がるお祭りです。

もともとこのディワリは「光の祭り」とも呼ばれており、お祭りの期間中は富と幸運の神「ラクシュミー」を家に招くために夜間は無数の灯明などで家の周りを明るく照らす習慣があります。
このお祭りに向けて人々は家中の隅々まで大掃除をし、新しい洋服を新調したり、壁の塗装などを塗りなおしたり、時には家具一式までも新調したりして気分一新、ディワリを迎えるのです。

そして約1週間のお祭り期間中、夜には灯明で家の周りを明るく照らし、家族・親族が集まりお祈りをし、その後皆でご馳走を囲んで粛々と新年を祝う・・・というのが昔からのスタイル・・・。
なのですが、近年ではこの伝統のお祭りも少し様変わりしているようです。

とにかく全てが派手になり、全てが騒がしくなっているのです。

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ささやかだった「灯明の明かり」は今や家をピッカピカに照らす色とりどりの電飾に取って代わられ、各家庭の夕食後のイベントは家族総出で夜通し行われる花火と爆竹・・・というのが近年のディワリのスタイルです(笑)。

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ディワリの最終日、お祭りの本番は暗くなった夜7時~8時位からです。
家々でラクシュミーに祈りをささげ、豪華な夕食が済みましたら、三々五々外に出て花火を打ち上げ、爆竹を鳴らしてお祝いをします。ひとしきり鳴らし終わったら、また家に入ってデザートを食べたり、チャイを飲んで皆でくつろぎ、家族同士の贈り物の交換などをしたりもします。そしてそれが一段落するとまた外に出て花火と爆竹・・・飽きたらチャイを・・・飽きたら花火と爆竹・・・チャイ・・・花火・・・・これを一晩中繰り返します。

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家々を飾る電飾はご近所同士でその規模やセンスを競争し合っている事もあり、年々派手になってきていて、イルミネーションと言ってしまっても良いレベルのお宅も少なくなく、日本のクリスマスシーズンを彷彿とします。

そして、もちろん花火の派手さもご近所と競争!

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隣近所に負けじと各家々で競うようにアチコチで打ち上げます。
爆竹も周りには負けられないとばかりに半端ではない量を一度に鳴らしたりもします。
目の前で鳴らされると、若干気が遠くなるほどです(笑)。

時には・・・それどこで買ってきたの??と思うほど立派な、日本の花火大会で見れそうな(ちょっと大げさですが)豪華でキレイな花火が打ち上がる事もあります。

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キレイに飾られた街でひっきりなしにアチコチから打ち上がる花火。
そこにこだまする爆竹の音と人々の歓声。

まさに、年に一度の「お祭り騒ぎ」なのです。

Happy!!Diwali!!

日本の皆様より一足先に新年気分を味わった田村でした(笑)。


ただ、翌日一つ気になったのですが・・・道に放置されている膨大な量の花火と爆竹の残骸・・・
アレはアノままどうなるんでしょう・・・・・???


tamura_saiyu at 09:30|Permalink