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2016年11月17日

【発表!】杏の花咲く春のラダックへ

秋も深まってまいりましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。
先週末から順に最新のパンフレットを送らせていただいております!
お手元に届きましたでしょうか?

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今日は、インド北西部・ラダックが薄桃色に染まる「春のラダック」のコースをご紹介いたします

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 四月中頃~四月末、ラダックは春を迎えます。
夏は民族衣装を着ていない人々も、この時期には温かい民族衣装を着て春の種まきに勤しんでいます。 

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ラダックの中心地・レーからインダス川に沿って、さらに北西へ。
パキスタン国境にほど近い町・カルギル周辺では、杏の果樹園とポプラの美しい風景を楽しむことができます。

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花満開の村。畑では麦が青々とした芽を出しています。

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橋を渡り、村の中へ。このあたりにはイスラム教の人々が暮らしています。

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カルギルへの途中、「花の民」と呼ばれる人々が暮らす、ダー村やガルクン村も訪れます。

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年に一度、青い空と杏の桃色、芽吹く麦の緑が輝く春のラダックへ。
西遊旅行イチオシのコースです。

薄紅色に染まる聖域 春のラダック」ツアー詳細はこちら
 

nakatani_saiyu at 16:03|Permalink

2016年07月22日

日本でも見られる!天空の湖パンゴン・ツォ

近年の絶景ブームのおかげさまで、最近大人気のラダックの旅
旅のベストシーズンは6月~9月ですので、ちょうど今次々とツアーが出発しているところです。

外国人だけでなく、インド人にとってもラダックは人気の旅行先のひとつ。
中でも、標高4,250mに位置する湖パンゴン・ツォは、ラダックに行くなら必ず訪れたい観光地のひとつとなっています。

パンゴン・ツォへの行き方に関しては、以前ご紹介しましたが、
今回はインド人が大好きなインド映画に登場するパンゴン・ツォをご紹介いたします。

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【Dil Se..(邦題:ディル・セ 心から)1998年 出典:filmapia.com】

私がインド映画の中で最初にパンゴン・ツォを見たのは「ディル・セ 心から」。ラダックの各地で主人公の二人が少々前衛的なダンスを踊るシーンで登場しました。他にもバスゴー僧院やアルチ僧院の周辺などがロケ地となっています。えっ、そんなお寺の屋根の上でダンスしていいの?とヒヤヒヤする場面も…。

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【3 Idiots(邦題:きっと、うまくいく)2009年 出典:filmapia.com】

インドにおけるパンゴン・ツォブームの火付け役となったのがこの「きっと、うまくいく」です。物語の最後で、主人公の男性をついに見つけた女性が、花嫁衣装にヘルメットをかぶり、スクーターで爆走する…というシーンで登場しました。

このころはインド国内でインターネットやスマートフォンが普及し、誰でもロケ地を検索できる時代でした。また、インドにバブルが訪れ、旅行を楽しむ人が増えた時期でもありました。

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【Jab Tak Hai Jaan(邦題:命ある限り)2012年 出典:filmapia.com】

この映画では、画面右の女性カメラマンが水着姿でパンゴン・ツォに飛び込むというシーンが話題となりました(標高が高く危険なため、実際の飛び込みシーンは別の場所で撮影されたようですが…)。男性に交じって、カメラマンとしてタフな仕事をこなす女性の姿は、経済が急成長している新しいインドを象徴しているように思えました。

どの映画も、日本語字幕付きのDVDやVHSが販売・レンタルされていますし、英語字幕付のものはインターネットで見ることができます。

ラダックに行ってみたいけど、どんなところなんだろう?とご興味を持たれた方は、映画をご覧になって、イメージを膨らませてみてはいかがでしょうか?

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こちらは2015年8月中旬、弊社添乗員が撮影したパンゴン・ツォです。

Text by Megumi Nakatani

まだ間に合う!パンゴン・ツォを訪れるコースはこちら

「ヌブラ谷とパンゴン・ツォ」
8月7日(日) ~ 8月14日(日)    8日間 328,000円 催行決定 残席わずか
8月21日(日) ~ 8月28日(日) 8日間 298,000円 催行決定
9月18日(日) ~ 9月25日(日) 8日間 298,000円  催行決定

※催行状況は7/22現在のものです。最新の状況は担当までお問い合わせください



 

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2016年06月14日

白傘蓋仏母 -Sitātapatrā-

これからいよいよシーズン本番を迎える、インド北西部・ラダック地方の旅。
最近の絶景ブームで、ラダックの美しい大自然ばかりがフィーチャーされがちですが、
是非とも注目していただきたいのが、ラダックの仏教美術の素晴らしさです。

ラダックはインドの北西部に位置すると同時に、チベット仏教圏の西端に位置しています。 

チベット仏教の各寺院には、仏像や彫像が置かれ、壁には曼荼羅などの壁画が描かれています。
それらの仏教美術はなぜ存在するのでしょうか。
民衆にわかりやすく仏の教えを説くためであったり、また、修行僧が難しい教えを理解するための道しるべとなるためであったり…理由は様々です。

中国側のチベット仏教圏では、多くの仏教美術が、20世紀後半の文化大革命によって損害を受けました
現在見ることができる仏教美術は、その後修復された新しいものであることが多いのです。

一方、インド国内にあるラダック地方の仏教美術たちは、
文革の影響を受けることなく、また、最近まで訪れることが非常に難しかったこともあり、
製作された当時の美しい姿をそのまま今に伝えています。 

ラダックの中心地、レーの周辺には、多くの寺院が残っています。
寺院を訪れると、美しい仏教美術が出迎えてくれます。

へえ~~~と眺めるだけでも、もちろんかまいませんが、それらの意味をひとつひとつ紐解くと、
ラダックでの滞在をよりお楽しみいただけると思います。

おすすめの僧院をひとつご紹介いたします。
レーの街の中心地から車で10分という好アクセスで訪れることができる「シャンカール僧院」です。

たとえばプクタル僧院のように、絶壁に建てられた僧院とはことなり、この僧院、外見はかなり地味です。

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しかし、是非この僧院に入り、そして2階に上がってみてください!
そこで出会えるのが、この

Sitatapatra (1)

仏様です。

この仏様の名前は「白傘蓋仏母」。
「びゃくさんがいぶつも」と読みます。

「白傘蓋仏頂(びゃくさんがいぶっちょう)」と呼ばれることもあり、仏様の肉髻(にっけい:パンチパーマのような、あの、頭のイボイボです)が尊格化したものだとも言われています。

手にしているのは白いパラソル。これは、古代インドで王権の象徴とされたものです。

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お顔をじっくり眺めます。白傘蓋仏母は、一切衆生を救済するため、千の顔、千の腕、千の脚を持つ、「愛と慈悲の女神」だと言われます。頭の上に、千の顔が積み上がっています。

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腕をじっくり拝見します。本当に千本あるのか、数えてみたくなりますね…。
それぞれの手に、法具を持っています。

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次に足をじっくり拝見します。イボのある大きい足かと思いきや、拡大すると、小さな足の集合体であることがわかります。こちらも、千本あるのか数えてみたくなります…。その千本の足で、阿修羅を踏み潰し、私たちを守ってくださっています。

Sitatapatra (1)

もう一度、お顔をじっくり眺めます。怖いと思っていた顔は、私たちを守るための真剣な表情であるような気がしてきます。

こうやって、仏様のひとりひとり、壁画のひとつひとつをじっくりと拝見していると、小さな僧院であってもすぐに30分、1時間が経ってしまいます…。

始めは「難しそうだ」と思っていたチベット仏教美術ですが、いくつかのキーワードを押さえると、共通する部分もあり、だんだん楽しくなってきます。
そんなラダックの旅の一助になればと、ツアーご参加の皆様にお配りしている「ラダック・ザンスカールハンドブック」には簡単な「僧院拝観ガイド」をお付けしています。是非旅のお供になさってください!

西遊旅行で行く!ラダック・ザンスカールの特集はこちら

※シャンカール僧院を含め、僧院は観光地ではありませんので、鍵番の不在や宗教儀式などで中を見学できないことがあります。お時間に余裕を持ってご訪問ください。

Text by Megumi Nakatani









 

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2013年07月03日

ラダックのヘミス・ツェチュ祭 2013

ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (5)

西遊インディアの川口です。
6月18日、ラダックのレーで行われたヘミス僧院のツェチュ祭の様子のレポートです。
この日の午前中はあいにくの雨。午後には天気も持ち直し、地元の人たちに混ざってツェチュを楽しみました。

ツェチュとは・・・
チベット文化圏の寺院での祭りのことですが、本来は「(月の)十日」を意味します。
これは、紀元後八百年前後にチベット仏教をヒマラヤ一帯に流布した、ニンマ派の祖師グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)にちなんでいます。彼の生涯には十二の重大な出来事が起きたといわれ、各月の十日に、その月に該当する出来事の法要を行います。
また、「月の十日にツェチュ祭のあるところには必ず戻ってくる」という言葉を残したとも言われています。ツェチュ祭とは、グル・リンポチェを再び目の前に拝み、法要を行う、一年のうちでも大切な日です。

チャムとは・・・
ツェチュ祭には、必ずチャムと呼ばれる躍動的で色鮮やかな仮面舞踊があります。娯楽を目的とした舞踊ではなく、宗教教義に基づく儀式や法要を表し、踊り手の動きは一挙手一投足まで書に記されています。チャムは舞踊によって、難しい宗教の教えを一般の人々にもよりわかりやすく、親しみやすい形で伝えています。墓場の守り神・骸骨(ドゥルダ)の舞、黒帽の舞・シャナ、鬼神八部衆の舞・デゲー、忿怒尊の舞・トゥンガム、太鼓をもったギン・タン・ツォリンの舞などが挙げられます。

へミス・ツェチュ プログラム
ヘミス僧院タンカ3日間にわたって行われるツェチュ祭り。私たちは祭りのハイライトとなる2日目を見学しました。まずは現在のカギュ系ドゥク・パのへッドラマ、ドゥクチェン・リンポチェ12世の写真が運ばれてきます。
その後、僧院の壁にペマ・ギャルポの大タンカがご開帳されます。(今年のタンカは毎年見ることができるタンカ。へミス僧院には12年に一度お目見えするグル・リンポチェのタンカも存在します。次回ご開帳は2016年)



(1)13黒帽の舞
13名の僧侶によって舞われるもの。広場全体を清める意味を持ちます。口元のマスクは悪霊を吸い込まない為。彼ら黒帽の僧侶たちはシャナクと呼ばれ、ダオ(仏教における悪の象徴を表す人形)にまつわる儀式など、チャムの中でも重要な役割を果たします。
ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (1)


(2)祝福の儀
16名の銅製のマスクをつけた踊り手たちの舞。
会場に来ている人たちに、祭りの開始を告げ、邪気をとりはらいます。
ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (2)


(3)パドマ・サンバヴァ八変化
グル・リンポチェは8つの化身の姿を持っていたと言われています。いろいろな姿がありますが、その中でもブータンの聖地・タクツァン僧院はグル・リンポチェがグル・ツェンゲの一つ「グル・ドルジドロ」という姿で虎に乗ってやって来たという伝説が残っています。
祭りでは、お坊さん達に連れられて八変化相が次から次へと登場しますが、パドマサンバヴァは金色の傘が掲げられ人一倍大きな仮面として表現されているので、一目で判別をつけることができます。用意されたイスに座っているパドマサンバヴァの前で、八変化相が次々と舞いを披露していきます。
パドマサンババ


(4)12守護尊の舞
各僧院に描かれていたプロテクターの舞です。マハカーラ(大黒)やヤマ、パルデン・ラモなど。

(5)The four Sgoma
赤、白、黄、緑と4色の門番たち。幸福や豊かさの為に動く神のような存在です。フック(白)で邪気を捕まえ、ロープ(黄)でそれらを縛り付けます。鉄鎖(赤)で固定し、ベル(緑)で惑わせて逃げられなくするといったように持ち物それぞれに意味があります。
ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (3)


(6)チティパティの舞
チティパティ(屍陀林王)と呼ばれる骸骨の仮面です。「墓場の主」という意味を持つこの仮面は、かつては苦行僧だったそうで、祭りの時に悪霊を退散させる重要な役割を担うとされています。
ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (7)


(7)パドマサンバヴァの忿怒の舞

(8)ダーキニーの舞
守護尊の一つヘールカの妃であるダーキニーの舞。赤、白、黄、赤、青色の5体のチャムです。祭り会場の中央にある、邪気を吸収させたトルマを破壊していきます。
ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (6)


(9)勇士の舞
ラダック ヘミスツェチュ祭2013 (8)


ヘミス僧院はラダック最大の僧院であり、17世紀の創建以来、ラダック王家の援助の下で大きな力を持ってきました。ツェチュは、このヘミス僧院が一年で最もにぎわう日。ラダックの人々の信仰を感じる貴重な機会となりました。

文・写真 Kayo KAWAGUCHI 川口佳代 @西遊インディア 

西遊旅行の添乗員同行ラダックツアーはこちら!
インド最北の祈りの大地 タダック
ラダック 暮らしと伝統に触れる旅

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2013年06月06日

ラダックのブッダ・プルニマ祭

ブッダプルニマ2
西遊インディアの以頭祐志です。先日、ラダックより帰国。2013年5月下旬のブッダ・プルニマ祭をレーとアルチにて迎えることができました。

到着したレーは快晴、気温15度。ラダックの名峰ストック・カンリ(6,153m)の雄姿が迎えてくれました。
ストックカンリ

2013年5月25日はこの日はお釈迦様の誕生・涅槃・入滅を祝うブッダ・プルニマ祭がレーの町中で祝われていました。

ブッダ・プルニマ祭
仏教の伝わる各地で「ウェーサーカ祭」として祝われるもの。日本では「灌仏会」と呼ばれます。釈迦の誕生・悟り・入滅の3つがこの同じ日に起こったとされ、ラダックではチベット歴の4月の満月の日に当たります。「プルニマ」とは満月のこと。レーではラダックにおける仏教組織(ラダック・ブッディスト・アソシエーション)が主催し、ピース・マーチの行進と、ポロ・グラウンドでの見世物が行われました。ピース・マーチは市中心部にあるレー・ジョカンを出発してシャンティ・ストゥーパ、ツェモ僧院の順で回り、ポロ・グラウンドをゴールとして行われました。今年は釈迦の誕生から2557年目に当たります。

まずは市民たちが行進するピース・マーチ。シャンティ・ストゥーパから降りてくる行進の列を待ちうけました。
ブッダプルニマ1

僧侶たちの列の後には誕生日を迎えたお釈迦様がトラックに乗って移動してきます。
仏陀 ブッダプルニマ

お経を持った人々の列が通り過ぎる時、頭を下げると手に持つお経を軽く叩くように頭に乗せて行ってくれました。その後、たくさんの子供たちに混ざり行進に加わりました。
次にはレーの町の広場、ポロ・グラウンドでの見世物を見学しました。広場の真ん中に作られた壇上で、市民やお坊さんが踊りを披露しました
ブッダプルニマ

ブッダプルニマ3

ブッダプルニマ4

レーでのブッダ・プルニマ祭を楽しんだ後はアルチへ。名刹アルチ・チョスコル僧院を訪問すると、今日はたくさんの地元の人々が参拝に訪れお祈りをしていました。僧院外でもピクニックをしている人がいたり、ビンゴ大会のようなことをしている人がいたりと、日本の縁日のようなお祭り気分で賑やかでした。

いつもよりも明るい雰囲気に包まれたブッダ・プルニマ祭のラダック。これから、お祭りのシーズン、本格的な旅行シーズンを迎えます。

西遊インディア 以頭祐志(いとう・ゆうし)

西遊旅行で行くラダックの旅2013
インド最北の祈りの大地ラダック
ラダック 暮らしと伝統にふれる旅
上記のパッケージツアーの他、西遊インディアではラダックの個人旅行、デリーからレーの国内線手配など旅のパーツ手配のお手伝いもしています。



ito_saiyu at 16:32|Permalink

2013年04月25日

あんずの花咲くラダック2013

杏ラダック (7)
2013年のラダック、旅のシーズンが始まりました!
先日、西遊旅行のツアー「薄紅色に染まる聖域 春のラダック」のコースが帰国しました。4月13日に出発した今年のツアーは満開の杏の里を巡ることができました。

春のラダックの魅力は、凍てつく冬が終わり活気を取り戻しつつある町や畑仕事の準備をする村など、ラダック全体が春の到来を喜んでいる・・・そんな雰囲気でしょうか。またこの季節は人々が厚手の民族衣装を着ていることもあり、より「ラダックらしさ」を感じていただけるかもしれません。杏の花はまさに「春の到来」の象徴のようです。

杏ラダック (6)
杏の果樹園が広がる谷間の村

杏ラダック (3)
果樹園の杏の花、各地で満開の杏を見ることができました。

杏ラダック (5)
ムルベク磨崖仏の弥勒菩薩。周辺の岩山には雪が残ります。ちょうど仏様の顔に光があたっていました!

杏ラダック (2)
「花の民」とも呼ばれるアーリア系の顔立ちの人々が暮らすダー村を訪問。自慢の花の頭飾りを披露してもらいました。

杏ラダック (4)
カルギル周辺の村で出会った生徒たち。カルギル周辺からシュリーナガルにかけては住民がイスラム教徒になります。女子学生はスカーフをして学校へ。ここはチベット仏教とイスラムを信仰する人々が隣り合わせで暮らしている場所です。

杏ラダック (1)
杏の花咲く果樹園の村の間を流れるインダス川。

杏の花が終わった場所では緑の芽がふきはじめていました。そして観光シーズンの到来。
最近はインド人の国内旅行の人気のデスティネーションともなっており、5~8月のデリーからレーへの国内線チケット代が高騰したり混んで取りにくくなってきています。ラダックへの旅をご検討の方は、どうぞお早目にご相談ください。

西遊旅行では、日本からラダックへの添乗員同行ツアー、手配旅行のほか、デリー事務所がラダックへの航空券や現地発着ツアーを多数取扱っています。お気軽にご相談ください!

文:西遊旅行 印度チーム
写真:添乗員 古林直美

西遊旅行で行くラダックの旅(既に満席のコースもあります、お早目にご検討下さい)
西遊旅行の「ラダック・ザンスカール特集はこちら」
西遊旅行 インド方面ツアーリストはこちら
西遊インディア 現地発着ツアーリストはこちら





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2011年04月11日

砂マンダラ破壇の儀式 at カルシャ僧院 - ザンスカール

ザンスカールの中心パドゥムからも望むことができる、ザンスカール最大の僧院カルシャ。朝日を浴び、岩肌に張り付くように並ぶ白い僧房群は壮観です。

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ザンスカール最大のゴンパ、カルシャ僧院
15世紀に創建されたゲルク派の僧院で、現在も100人以上の僧侶が暮らす、ザンスカールでも最大のゴンパ。2010年8月、カルシャ僧院で砂マンダラの破壇の儀式が行なわれると聞いてかけつけました。
前日に10時頃に始まる・・・と聞き、朝から駆け足でカルシャ僧院のお堂めぐりをし、儀式が執り行われるラブラン・ラカンへ。到着すると、10時ではなく、たぶん11時頃・・・、といわれ、儀式が始まるまでラブラン・ラカンの壁画、完成した砂マンダラをみたりして過ごしました。

ラブラン・ラカンの壁画
ラブラン・ラカンは15世紀の創建当時の壁画が残されています。一部は修復の手が加えられていますが、新グゲ様式と呼ばれる貴重かつ素晴らしい仏教芸術を見ることができます。

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砂マンダラ
砂マンダラはチベット仏教の儀式のひとつで僧侶達が瞑想の中で色とりどりの砂を落として何日もかけて描くマンダラ。この年は8月6日に作り始め9日に完成、そして16日に破壇の儀式が行なわれました。

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グヒヤサマージャ・マンダラ(秘密集会曼荼羅)  砂で創り上げられた仏世界

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やがて読経とともに、用意された大地の恵である収穫物、米、ツァンパ、麦、大麦が次々と火の中に投げ込まれました。農作物への災害が訪れないことを祈願します。

儀式の合い間に
長い儀式の間、見習い小僧(タバ)はあきちゃったり、中には遊び始める子達も。ランチ・ブレイクには麺類が振舞われました。大人も子供も皆一緒にいただきます。

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破壇の儀式
そしていよいよ破壇式。僧侶がドルジェで一気に崩して、マンダラは色砂へと形を変えます。何日もかけて創り上げたマンダラが「砂」に戻る瞬間。「すべてが無常である」。

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そして、ご利益をもたらすという砂が配られ、残りは壷に収められました。僧院から隊列が出て川へ流す儀式へと向かいます。11:00から15:30まで行なわれた儀式。僧侶や小僧さんとの触れあいも含め、ほぼ一日を「カルシャ僧院」で過ごした、幸せな一日でした。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子


カルシャ僧院を訪れる 西遊旅行のインドの旅2012
「ザンスカール 今なお色濃くチベット文化を残す里パドゥムへ」

ザンスカールをご紹介 西遊旅行のインド案内
「ザンスカール」

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2011年04月05日

Stok Kangri 6,153m ストック・カンリを目指して!

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レーからデリーへ向かう航空機の中からのストック・カンリ 

ラダック・ヒマラヤのストック山脈の最高峰ストック・カンリ(6,153m)。ラダックの中心レーからわずか24Km、トレッキングの基点となるストック村から直線で12Kmという距離にある、アクセスしやすく、そして比較的登りやすいとされる6,000m峰。地元の旅行会社なんかは、「大丈夫、難しくないよ。ストック・カンリはトレッキング・ピークですから・・・」と簡単に案内され、粗末なアイゼンを貸し出している会社もありますが、されど6,000m越え、経験と装備は大切です。

2010年の8月のある日。今回は既に高度順応ができていたのでクィック登頂計画をたてていました。出発直前になり、自然保護の観点から今まで許されていたアタック・ベースキャンプ(A.B.C.)でのテントは禁止になりました、と連絡があり。正直、「ああ、もうムリかも」と落ち込みましたが、気を取り直して出発。

1日目:レー(3,505m)→ストック村(3,650m)→マンカルモ(4,300m)
2日目:マンカルモ→B.C(ベースキャンプ).(5,000m)
3日目:B.C.滞在、夜中登頂開始(5,000m)
4日目:B.C.→A.B.C(アタック・ベース・キャンプ)(5,300m)→ストックカンリ登頂(6,153m)→B.C
5日目:B.C.→ストック村→レー

ストック村からは、お馬に荷物を積んでの楽しい山歩き。ベースキャンプ付近までは川あり、軽い峠あり、マーモットあり、花もある、トレイルもしっかりした山歩きです。ただ気になるのはゴミのこと。地元の人たちは今まででこんなにゴミを出さずにきましたが、外部からのインド人のゴミのマナーの悪さ、トレッカー・登山客の増加により、ベースキャンプ付近のゴミはひどいものでした。「8月20日より、水源保護の点からも、氷河地域のA.B.Cのキャンプを一時禁止する」というのは現状を見て納得いくものでした。

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(左)マンカルモ手前の景色 (右)夕方のベースキャンプ

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キャンプ中の食事。しっかり歩けるよう、コックさんが腕をふるってくれます。

いよいよ登頂
A.B.C.に移動できなくなったので、夜中の出発までベース・キャンプでゴロゴロ。マーモットの巣穴を見に行ったり、わずかに残る花の写真をとったりして過ごすも、一番の楽しみは食。今回のコックさん、なかなかの腕前でコンチネンタルから食べやすいインド料理、日本米まで上手に用意してくれ、三度の食事が楽しみでした。早い夕食を撮り、仮眠。そして夜中12時、ベースキャンプを出発。
ここからアタック・ベース・キャンプまでは歩きやすい登り。ストック氷河手前でアイゼンを着用。このときは雪が多く、岩場を避けた急な斜面を登り続け、標高5,800mの稜線にあがった時には既にAM 06:45、マイナス5度。ルート取りがちょっと難しかったか、私が遅かったか。遅れを感じながら、岩場と雪・氷の世界の稜線を登り続けてAM 08:30、登頂。北側は雲に覆われていましたが、ザンスカール側は晴れて美しい山脈を望むことができました。
ガイドたちの登頂時記念撮影ポーズのうまいこと。きちんと撮影用のタルチョも持参していました。

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(左)頂上北側は雲に覆われ・・・(右)南のザンスカール側は晴れていました!

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(左)登頂を支えてくれたスタッフ (右)復路のストック氷河を渡る手前の景色

stok kangri05長いのはべースキャンプまでの下山の道のり。雪渓を下り、氷河を渡りアタック・ベース・キャンプへ。夜中の登頂時に見た景色とは異なる場所にさえ感じます。そしてキャンプへの到着はPM 13:00でした。
この日はベースキャンプから個人登山客合計8人が出発し、4人リタイア、4人登頂。登頂を支えてくれたスタッフ達に、感謝です。そして来年の登山者がゴミで困らないよう、再びアタック・ベース・キャンプでのテントが認められるように願いつつ、みんなでゴミを拾いながらストック村まで歩きました。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子


ストック・カンリに挑戦!西遊旅行のインド2012
「ラダックの名峰ストック・カンリ(6,153m)登頂」

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2011年03月31日

花咲く、ザンスカールへの道

ザンスカールへの道
ザンスカールといえば荒涼とした大地、乾燥した岩の山肌・・・というイメージが強い場所。地理的にもヒマラヤ山脈の北にある高地の半砂漠地帯であり、夏は乾燥していますがここ数十年、年間降雨は増加傾向とのこと。この夏のひととき、ザンスカール地方に「花」の季節がやってきます
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ザンスカールは遠い。ラダックのレーかシュリーナガルからカルギルへ。そこからイスラム教徒の暮らすスル渓谷を越え、ランドゥムから始まるチベットの村々を越え、標高4,401mのペンシ・ラを越えて 未舗装240Kmを走らなくてはなりません。その厳しい道中、私達を暖かく迎えてくれるのがザンスカールの自然、花。

カルギルからスル渓谷、ランドゥムへ
標高2650mのカルギルから川沿いにする渓谷を通り、標高3670mのランドゥムへ。途中、イスラム教徒の暮らす村、畑で働く人々の姿、お花畑。suru valley01
スル渓谷のモスクのある村の景色。働き者の女性、夏はマメの収穫で大忙しです。

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標高3,500mを越えてくると高山植物の花畑が現われます。アカントリモンの一種、そしてビストルタ・アフィニスが山の斜面をピンクに染めます。

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ランドゥム付近ではデルフィニウムが美しく咲き、ヒマラヤ・マーモットの姿もあちこちに。

ペンシ・ラ(4,401m)を越える

pensi la03チョルテンがそびえ、壮大なドゥルン・ドゥン氷河を望み、ザンスカール手前で一番雄大な景色が見せるのがペンシ・ラ(峠)4,401m。峠の麓付近には、夏の間、預かってきた家畜を飼い、乳絞りをして乳製品を作るザンスカールの女性のキャンプも点在し、夏のザンスカールの自然と暮らしを見るにはお勧めの場所なのです。



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ペンシ・ラでは岩陰のあちこちにブルーポピーが咲いています。ザンスカールのブルーポピーはあまり知られていませんが、ペンシ・ラやパドゥム付近の村でも観察できます。2010年の夏は雨が多かったせいか、8月になってもたくさんのブルーポピーが残っていました。標高が高いので長く滞在する場合には高山病にもご注意下さい。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子


ザンスカールの花を見る 西遊旅行のインドの旅2011
「ザンスカール 今なお色濃くチベット文化を残す里パドゥムへ」
「花のザンスカール プクタル・ゴンパへの道」

ザンスカールへの道をご紹介 西遊旅行のインド案内
「ラダック~ザンスカール みどころ案内」

sawada_saiyu at 22:13|Permalink

2011年03月26日

砂マンダラ破壇の儀式 at ラマユル・ゴンパ - ラダック

lamayuru01ラマユル僧院

“月世界”とも呼ばれるラマユルの風景。その中に忽然と現われる荘厳なゴンパ、それがラマユル僧院。
11世紀に建てられたお堂がこの僧院の始まりとされおり、カギュ派の開祖マルパの師匠であるナローパがこの場所で瞑想したと言われています。最盛期には400人の僧侶が暮らしたといいますが、現在は150人が属し、普段は30~50人の僧侶が暮らしているとのこと。
大きさの割にはひっそりとしたたたずまいを見せる僧院ですが、今日はちょっと違う雰囲気。幸運にも砂マンダラの破壇式に遭遇しました。





2010年の8月、ラダックのレー、ピヤン、ニムー、バスゴーなど各地で突然の豪雨に伴う濁流で民家が押しつぶされ、たくさんの方がなくなる災害がありました。その数日後、回復し始めた道を、車を乗り換え、一部は歩いてザンスカールに向けて移動している途中に立ち寄ったラマユル僧院。今日は先が長いからゆっくりできない・・・と言いつつ立ち寄ったのですが、中に入ると、いつもとちょっと違う雰囲気・・・。

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今日は僧侶が多いな、と思い本殿にいたら子供達がなにやら衣装を用意し始めました。聞くところによると数日前に完成した砂マンダラの破壇式が行なわれるとのこと。

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間もなく破壇前の読経がはじまり、カタ、トルマで飾られた砂マンダラがあらわれました。

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完成していたのはチャクラ・サンバラ(勝楽尊)の砂マンダラ。僧侶達が瞑想の中で色とりどりの砂を落として何日もかけて描かれた曼荼羅。祈願の儀式の後、一気に壊してしまいます。そしてこの繊細な仏世界は一瞬にして「色砂」に戻り、集まった人々に分け与えられました。本当に、一瞬のできごと。何も用意していなかった私は、僧侶の一人が10ルピー札に砂を包んで渡してくれました。この砂はご利益がありお守りになる、と。

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壷に収められた砂。やがて僧侶たちは、楽隊とともに、祈りを捧げる人々に見守られながら川へ流しに出て行きました。
時間にして1時間ほどのできごと。何日もかけて完成した砂曼荼羅は「砂」に戻り、川へ。
“すべては無常である”という仏教の教えを目の当たりにした、荘厳な祈りの世界に魅せられた1時間でした。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子


ラダック、ラマユル僧院を訪れる西遊旅行のインドの旅2012
「インド最北の祈りの大地ラダック LADAKH」
「ザンスカール ラダックのさらに奥地、今なお色濃くチベット文化を残す里パドゥムへ」

西遊旅行のインド案内
「ラダックのみどころ」


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