マチュピチュ

2016年11月26日

いざ、ワイナピチュ登頂へ!

東京本社 有馬です。

 こんにちわ。日に日に寒くなる今日この頃ですが、皆様はいかがお過ごしですか?

 今回は南米の国・ペルーの最大の見どころであるマチュピチュ・・・ではなく、マチュピチュ遺跡を見下ろし聳える山・ワイナピチュ峰登頂への道のりをご紹介いたします。

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マチュピチュ遺跡は15~16世紀に栄えたインカ帝国の一遺跡で標高およそ2,430mに位置します。その遺跡を見下ろすように標高およそ2,700mを誇るワイナピチュ峰が寄り添って位置しています。

ちょうど先月ペルーの添乗にてワイナピチュ峰を登頂いたしましたので、どのような道のりだったのかを写真とともにご紹介させていただきます。
まずは、マチュピチュ遺跡の奥ちょうど突き当りにある「ワイナピチュ入口」にて、入山手続きをします。帳簿に名前、年齢などを記入し、いざ出発です!

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最初はゆったりとした道を進んでいきます。目の前に階段が見えてきます。下り、上りのくねくね道です。

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はたから見ると急に見えますが、一歩ずつ進んでいけば怖くありません。階段を登りきると比較的なだらかな上りになります。

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道のりの半分当たりまでいくと、本格的に上りの道になります・・・

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だんだんと標高も高くなってきました。景色もよくなり、先程までいたマチュピチュ遺跡が見下ろせる所まで登ってきました。

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最後の15分ほどは余力を振り絞って急な階段を登っていきます。登り始めておよそ1時間半後、やっとのことでワイナピチュ峰登頂を果たしました。山頂には看板が立っています。

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看板のたっている地点からまた少し上に行くと、本当の山頂です(笑)。一歩間違えれば落ちてしまいそうな危うい岩の上に立っている現地の係員の方が、記念に上から写真を撮ってくれます。

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さて、下りは今きた同じ道を進んでいきます。途中でいろいろな花を見ることが出来ます。

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下りはおよそ1時間強で下りることができます。出口に到着すると、行きで記入した帳簿に下山した記録として署名をします。余裕を持っても3時間あれば登って下りてくることができました!

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西遊旅行では2つのツアーでワイナピチュ峰登頂をご案内しています。
→ペルーの見どころ満喫:「ペルー・アンデス紀行
→マチュピチュ遺跡とウユニ塩湖を一度に訪問:「ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅

快晴の日には、山頂から青天に泳ぐマチュピチュ遺跡を臨むことができるワイナピチュ峰。みなさんも是非、実際に訪れワイナピチュ峰」登頂してみませんか

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arima_saiyu at 18:01|Permalinkmixiチェック

2016年08月09日

マチュピチュの2つの姿

こんにちは。東京本社の荻原です。
本日はペルーで最も有名な世界遺産、マチュピチュの2つの姿をご紹介します。
マチュピチュの入口ゲートをくぐり、いざの敷地内へ。

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崖になっている部分もありますので、足元には十分お気を付けください。

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見渡す限り360度山々に囲まれており、
その中に遺跡がある風景は摩訶不思議であり、神秘的なものがあります。

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本日はあいにくのお天気で、濃い霧がかっております。
しかしそれが、逆に幻想的な雰囲気を演出しています。

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しばらく同じ場所で待っていると…

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先程までの天気が嘘のように雲が一掃され、向こう側のワイナピチュ山が綺麗にその全貌を現しました。
今までの雲に隠れていたところからだんだん晴れていくこの過程に、自然の移り変わりを短時間で垣間見ることができます。

姿を見せたワイナピチュ山は、どんなことにもまったく左右されない、どっしりとした強さを感じます。
弊社のツアーでは、このワイナピチュ山への登頂プログラムもご用意しております。

雲の隙間から見え隠れする神秘的な一面から、隠れるものがないその全貌へ。
1回で2つの異なる姿が見れたラッキーな体験でした。

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ツアーでも運が良ければ、この2つの姿が移り行く様子をご覧いただけるかもしれません。
晴れていても、曇っていても、ぜひマチュピチュをお楽しみください。

◆豪華列車“アンディアン・エクスプローラー号”で駆ける ゆったり15名様限定の旅
ペルー・アンデス紀行(10月まで)
ペルー・アンデス紀行(11月以降)

◆マチュピチュ・ウユニ塩湖・ナスカの地上絵・チチカカ湖を一度に訪れる充実の14日間
ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅


ogihara_saiyu at 20:00|Permalinkmixiチェック

2016年03月14日

インカの聖なる谷 ウルバンバ渓谷

東京本社の廣野です。
今回はペルーについて書かせていただきます。
ペルーと言えばマチュピチュ遺跡。

ですが、マチュピチュ遺跡に関するウェブページはたくさんあることでしょう。
そこで、少しテーマをずらして、マチュピチュ遺跡への拠点となる古都クスコの郊外の
ウルバンバ渓谷の風景を少しご紹介させていただきたいと思います。

通常ツアーなどでマチュピチュ遺跡に行く際には、列車の駅があるオジャンタイタンボへ
行くために通る地域です。

車でクスコの町を抜け出すとすぐに、インカの聖なる谷、ウルバンバ渓谷へと入ります。
水を湛えたウルバンバ川が蛇行する豊かなウルバンバ渓谷。
インカ帝国の時代には、帝国を支える食糧を生産する畑がたくさんあった場所でもあります。



クスコを出て聖なる谷へいざ!
ウルバンバ



家畜を連れている地元民に出会いました。
この日はたしか日曜日で、学校が休みの子どもたちが家畜の世話をしていたようです。
ウルバンバ



こちらは西遊旅行のツアーでも訪れるマラスの塩田。
インカの時代から続く数えきれない区画の塩田が、険しい山の斜面に広がっています。
マラス


ここの塩をお土産に購入される方も多いです。
ハーブ入りの塩など、色々な種類の塩があって、意外にお買いものが楽しい場所です。
マラス


最近では、こんなおしゃれなバスソルトも店頭に並んでいます。
マラス



この辺りの地域が属するアンデス地方というのは、1年が主に乾季と雨季に分かれています。
こちらは乾季の景色。
ウルバンバ


こちらは雨季。
ウルバンバ


雨季はみずみずしい緑のパッチワークが綺麗ですが、乾季は澄みきった真っ青の空が広がります。


インカの人々が食物を栽培するのに使った円形畑のモライも、雨季と乾季ではこんなに色が違います。
マライ
モライ



お腹がすいた頃に到着したのは、ウルバンバ川沿いの心安らぐレストラン。
ウルバンバ

この辺りは標高約3,500mのクスコに比べて標高が下がるため、花もたくさん咲いています。


こちらは道中の村の様子。
チンチェーロ

赤い袋のようなものがありますが、これを出している家は、お手製のチチャ(とうもろこしを発酵させて作る
伝統的なお酒)を作っている、というサインなのです。
時には民家を訪問してチチャを試飲してみたり、日本では見られないような種類のとうもろこしを実際に
手に取ってみたりもします。
チチャ



のどかな風景の広がる聖なる谷、ウルバンバ渓谷。
車窓や、ちょっとした寄り道を楽しんでいただける場所です。

ご興味お持ちいただけた方は、ぜひ下記のツアーページもご覧くださいね!

■2016年GWに!
「ペルー・アンデス紀行」
 詳細はこちら

■イグアスの滝と合わせて訪れる人気コース
「ゆったり巡るイグアスの滝とペルー周遊」
 詳細はこちら


民族衣装を着たこんな少女たちにも出会えるかもしれません。

ウルバンバ



hirono_saiyu at 09:00|PermalinkTrackBack(0)mixiチェック

2011年05月07日

催行決定!ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅 インティライミ祭見学15日間

王の退場


大変お待たせしました!ようやく今年もインティライミ祭見学コースのツアーの催行が決まりました!
残席がわずかですので、お申込はお早めにお願いします!!!

ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅 太陽の祭り・インティライミ祭見学 15日間
旅行代金:618,000円 お1人部屋使用料:69,000円 燃油サーチャージの目安:77,600円(5月7日現在)


okui_saiyu at 19:20|PermalinkTrackBack(0)mixiチェック

2011年02月11日

インカ道を歩いて

初めてマチュピチュを見たのは、2005年11月でした。
通常は、列車で麓のマチュピチュ村まで行き、そこからバスに乗って九十九折を上がって行きます。しかし、僕は、10キロ足らずでしたが、インカ道(カミノ・デル・インカ)を歩いて、マチュピチュを目指しました。元来、インカ道は数万キロにも及びます。

入山の手続きを済まし、午前10時半に、104キロポイントを出発しました。そこは標高2200メートルに位置しています。管理事務所から歩いてすぐの所に、チャチャパンパという集落遺跡があります。道中にもインカ帝国時代の遺跡が点在しているのです。とりあえず、14時までにウイニャイワイナ(「永遠の若さ」という意味)を通過しないといけないことになっていました。そして、マチュピチュに17時までに着かないと、下山するバスも終わってしまいます。何かと制約を強いられてしまいます。おまけにその時は、雨もやみそうにありませんでした。しかし、小降りなので大したことはありませんでしたが、汗でレインコートの中がびしょびしょになりました。インカ道はとても狭い道です。右下を見れば谷底しかありません。遠く前方を眺めてみると、山の中腹に一本の線が入っただけのようなインカ道が続くばかりでした。しかし、この苦境を乗り越えれば、ゴールにはマチュピチュが待っていると思うと、歩みは止められません。第一休憩所、第二休憩所、ウイニャイワイナを順当に通りすぎ、緩やかな登り道とアップダウンを容赦なく繰り返しました。

やがて、長い石段を登りつくと、目を見張り、息を呑み、そして、感激の溜息をつきました。標高2700メートルほどのインティプンク(「太陽の門」という意味)から、ついにマチュピチュがその全貌を現してくれたのです。雨はいつのまにか上がっていて、背後には祝福してくれているかのように虹が架かっていました。振り返ってみると、恐らく太陽が照っていたら、さらに体力を奪われてリタイアの可能性があったかも知れません。雨が降っていたのは、かえって良かったのでしょう。後は遺跡までマチュピチュ山の下り坂なので、足取りは軽やかでした。疲れも忘れさせます。でも、遠かった……。

弊社のマチュピチュを訪問するツアーでは、このインティプンクまでのミニハイキングが含まれていますので、古のインカ時代をインカ道で体感してみてはいかがですか?


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【写真】インティプンクから望むマチュピチュ遺跡

nakajima_saiyu at 10:09|PermalinkTrackBack(0)mixiチェック

2011年02月09日

マチュピチュ発見100周年

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アンデス山脈の奥深くに、15世紀中頃、インカ帝国が築かれました。その支配は、ペルー、エクアドルの国境地帯から、チリの首都、サンティアゴ辺りまで及び、文明が栄えていました。地図で確かめると、その勢力範囲に圧倒されます。

16世紀までチリ北中部はインカ帝国の支配下にあり、1540年頃からスペイン人の侵略が始まりました。インカ帝国の象徴とでもいうべき名残で、その壮絶無比な存在感が世界中の旅人を魅了してやまない、宮崎駿監督作品「天空の城ラピュタ」のモデルと言われるマチュピチュ(「老いた峰」という意味)は、住人がそこを去って以来、その空中都市の存在は数百年もの間知られることはありませんでした。大航海時代の冒険がなかったら、インカ帝国は今も? ふと、そんなことを思います。そして、1911年7月24日に、アメリカの考古学者、ハイラム・ビンガムがマチュピチュを発見して、2011年、100周年を迎えます。世界遺産人気ナンバー1のマチュピチュ。今年こそ行ってみませんか?

nakajima_saiyu at 10:00|PermalinkTrackBack(0)mixiチェック