ペルー

2016年11月26日

いざ、ワイナピチュ登頂へ!

東京本社 有馬です。

 こんにちわ。日に日に寒くなる今日この頃ですが、皆様はいかがお過ごしですか?

 今回は南米の国・ペルーの最大の見どころであるマチュピチュ・・・ではなく、マチュピチュ遺跡を見下ろし聳える山・ワイナピチュ峰登頂への道のりをご紹介いたします。

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マチュピチュ遺跡は15~16世紀に栄えたインカ帝国の一遺跡で標高およそ2,430mに位置します。その遺跡を見下ろすように標高およそ2,700mを誇るワイナピチュ峰が寄り添って位置しています。

ちょうど先月ペルーの添乗にてワイナピチュ峰を登頂いたしましたので、どのような道のりだったのかを写真とともにご紹介させていただきます。
まずは、マチュピチュ遺跡の奥ちょうど突き当りにある「ワイナピチュ入口」にて、入山手続きをします。帳簿に名前、年齢などを記入し、いざ出発です!

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最初はゆったりとした道を進んでいきます。目の前に階段が見えてきます。下り、上りのくねくね道です。

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はたから見ると急に見えますが、一歩ずつ進んでいけば怖くありません。階段を登りきると比較的なだらかな上りになります。

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道のりの半分当たりまでいくと、本格的に上りの道になります・・・

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だんだんと標高も高くなってきました。景色もよくなり、先程までいたマチュピチュ遺跡が見下ろせる所まで登ってきました。

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最後の15分ほどは余力を振り絞って急な階段を登っていきます。登り始めておよそ1時間半後、やっとのことでワイナピチュ峰登頂を果たしました。山頂には看板が立っています。

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看板のたっている地点からまた少し上に行くと、本当の山頂です(笑)。一歩間違えれば落ちてしまいそうな危うい岩の上に立っている現地の係員の方が、記念に上から写真を撮ってくれます。

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さて、下りは今きた同じ道を進んでいきます。途中でいろいろな花を見ることが出来ます。

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下りはおよそ1時間強で下りることができます。出口に到着すると、行きで記入した帳簿に下山した記録として署名をします。余裕を持っても3時間あれば登って下りてくることができました!

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西遊旅行では2つのツアーでワイナピチュ峰登頂をご案内しています。
→ペルーの見どころ満喫:「ペルー・アンデス紀行
→マチュピチュ遺跡とウユニ塩湖を一度に訪問:「ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅

快晴の日には、山頂から青天に泳ぐマチュピチュ遺跡を臨むことができるワイナピチュ峰。みなさんも是非、実際に訪れワイナピチュ峰」登頂してみませんか

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2016年08月21日

<再掲>【北部ペルー遺跡特集】シカン遺跡とトゥクメ遺跡

東京本社の廣野です。

このブログ内では、何度もチャチャポヤス含む北部ペルーのツアーをお勧めさせて
いただいております。

しつこいようですが、今回もまた、お付き合いください。

10/5発「チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明」が、もうまもなく催行決定します!
個人的にもとても好きな場所なので、催行決定を嬉しく思います!

もう5年も前になりますが、弊社の奥井がアップした記事を再掲させていただきます。
ツアー序盤に皆様をお連れする、プレ・インカ文明のシカン遺跡についての記事です。

なお、再掲する記事には載せていなかった、シカン博物館の写真をいくつか。

シカン博物館

▲シカン遺跡で見つかった逆さまの王の墓の再現の展示。
 角を曲がってこの展示を目にするとちょっとびっくりしますが、
 リアルでまじまじと見てしまいます。
 実際はもちろん土に埋まっていました。

シカン博物館

▲王の仮面。光り輝く黄金で装飾されています。つりあがった目の形が特徴のひとつです。

シカン博物館

▲王の姿も再現されています。

シカン博物館

▲シカン博物館の入り口です。なかなか立派な建物です。

シカン博物館

▲ものすごい勢いで塀からはみ出るブーゲンビリア。これは9月の後半に撮影したものです。

では以下、過去の記事を再掲します。

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東京本社の奥井です。更新がだいぶ遅れてしまいました。
北部ペルー遺跡特集の第三段シカン遺跡をご紹介します。

シカン遺跡(ランバイエケ文化、シカン文化)


シカン遺跡は、750年頃から14世紀後半のチムー王国による征服まで、ペルー北部チクラヨの郊外に栄えた文明の遺跡です。日本人考古学者の島田泉南イリノイ大学教授によって70年代から発掘調査がすすめられ、TBSの世界ふしぎ発見や報道特集などで何回も紹介されたので、シカンという名前を耳にされた方もいらっしゃるかもしれません。

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シカン遺跡


シカン文化は、前回ご紹介したシパン遺跡のモチェ文化の流れをくんで、この地で発展したと考えられています。シパン遺跡同様、シカン遺跡(別名 バタン・グランデ)やシカン文化後期のトゥクメ遺跡もアドべとよばれる日干し煉瓦を積み上げられて造られた建造物の為、現在その原型はとどめていませんが、それでも、当時の繁栄を物語る大きさの遺跡です。

島田教授は、いまから40年近く前にこの地を訪れた時に盗掘の跡を数多く発見し、78年にこの地の発掘調査に着手しました。その長年の調査発掘の中で、多くの黄金の装飾品や土器、ミイラなどが発見されています。

しかし、一時は交易によって非常に栄えたシカンも、14世紀後半にチャンチャンを首都とするチムー王国に征服され、約600年に渡る歴史に終止符がうたれました。

関連ツアー:『北部ペルー プレ・インカの遺跡をたずねて

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2016年08月19日

<再掲>チャチャポヤス カラヒアの石棺

東京本社 奥井です。

速報です!10/6発 チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明ですが、現在お申込のお客様のご参加の再確認が取れ次第、催行を決定させていただくことになりました。

そこで、あらためて今までこのブログでご紹介した記事を再掲させていただきます。ぜひ、これを機に10/6のツアーご一緒しませんか?
10月05日(水) ~ 10月18日(火)
2万円値下げ
14日間568,000円
548,000円

まず、第一弾でご紹介するのは、弊社社長の澤田が2014年01月17日に投稿したこちらの記事です。弊社では以前から長年北部ペルーのツアーを催行させてきましたが、2013年にJICAの観光調査の結果を受けて澤田が現地視察を行いました。その視察結果報告のブログで、弊社は2014年に他社に先駆けてチャチャポヤスのツアーを実施しました。

この場を借りて再掲させていただきますので、ぜひご覧ください。


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カラヒア パネル (1)
SARCOFAGOS KARAJIA - CHACHAPOYAS

チャチャポヤスの町から山の谷間を走ること48キロほど、カラヒアの石棺を訪問する拠点となる村クルスパタに到着。
村には、「事務所」と呼ばれるチケット売り場があり、ここで入場券を購入。
のどかな畑の合間の山道、最後は急な谷間への下りを歩くこと45分、カラヒアの石棺を見上げるポイントへ到着しました。
私たちの立っている道から25m真上の崖の中腹にあり、どうやって設置したのかとても不思議な場所にあります。

カラヒアの石棺 (8)

現在、石棺は6体、そのうちの2体には頭部に頭蓋骨が置かれています。以前は7~8体あったといわれていますが、崩れて無くなっています。これらの石棺は紀元後800~1470年頃まで続いたチャチャポヤス文化の中の、1000~1300年頃に作られたとされ、一部の研究でデータでは1150年、という具体的な年代もでているようです。

チャチャポヤスの石棺にはいくつかの種類がありますが、カラヒアのものは軽くて丈夫なマゲイ(リュウゼツラン)の花茎で骨組みを作り、草と粘土を混ぜ合わせた土で表面を塗り固めたもの。高さは2~2.5mで表面には彩色が施されています。
この石棺は頭部と空洞の胴部からなり、死後、一度遺体を土に埋めて骨化した後に集め、布や動物の皮などで包み、これを石棺の胴部において、副葬品とともに泥土で固め埋葬されているそうです。

カラヒアの石棺 (9)
装飾の細部を見るには望遠レンズか双眼鏡が便利。頭の上には頭蓋骨が載っています。

カラヒアの石棺 (12)
ガイドの説明資料。初期の調査時には保存状態は今より良かったそうです。現在は風化・崩落の危機に。

カラヒアの石棺 (11)
これは新しい時代の物なのでしょうか、人骨が集められていました。

カラヒア パネル (2)
散策路の上部断崖に確認される、カラヒアの石棺群。メインのグループ以外は、崩れてはいるものの確認できるものがあります。

カラヒアの石棺 (2)
一番右のグループ。一体の一部が残されているだけで、崩落したのか、盗掘されたのか。

カラヒアの石棺 (4)
右から2番目が、メイングループ。こちらから見た方が彩色、模様がわかりやすいようです。

カラヒアの石棺 (10)
タイプの異なるデザインの石棺。マスク状のものが確認できます。このあたりになると、双眼鏡が必要。

カラヒアの石棺 (6)
一番左の石棺。見つけるのも一苦労ですが、レンズをのぞいて見つけた瞬間には「いた!」という喜びも。

この石棺の人物像は王様説、長老説など様々な説がありますが、まだまだ謎のままです。

カラヒアは「ペルーのモアイ」などと呼ばれることがありますが、そんな大きなものではありません。
チャチャポヤスの神秘に満ちた、断崖絶壁の石棺です。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊旅行のチャチャポヤスへの旅
雲上の人々が暮らした都へ チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明 13日間
チャチャポヤスとシカン・シパンの黄金文明 11日間







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2016年08月09日

マチュピチュの2つの姿

こんにちは。東京本社の荻原です。
本日はペルーで最も有名な世界遺産、マチュピチュの2つの姿をご紹介します。
マチュピチュの入口ゲートをくぐり、いざの敷地内へ。

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崖になっている部分もありますので、足元には十分お気を付けください。

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見渡す限り360度山々に囲まれており、
その中に遺跡がある風景は摩訶不思議であり、神秘的なものがあります。

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本日はあいにくのお天気で、濃い霧がかっております。
しかしそれが、逆に幻想的な雰囲気を演出しています。

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しばらく同じ場所で待っていると…

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先程までの天気が嘘のように雲が一掃され、向こう側のワイナピチュ山が綺麗にその全貌を現しました。
今までの雲に隠れていたところからだんだん晴れていくこの過程に、自然の移り変わりを短時間で垣間見ることができます。

姿を見せたワイナピチュ山は、どんなことにもまったく左右されない、どっしりとした強さを感じます。
弊社のツアーでは、このワイナピチュ山への登頂プログラムもご用意しております。

雲の隙間から見え隠れする神秘的な一面から、隠れるものがないその全貌へ。
1回で2つの異なる姿が見れたラッキーな体験でした。

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ツアーでも運が良ければ、この2つの姿が移り行く様子をご覧いただけるかもしれません。
晴れていても、曇っていても、ぜひマチュピチュをお楽しみください。

◆豪華列車“アンディアン・エクスプローラー号”で駆ける ゆったり15名様限定の旅
ペルー・アンデス紀行(10月まで)
ペルー・アンデス紀行(11月以降)

◆マチュピチュ・ウユニ塩湖・ナスカの地上絵・チチカカ湖を一度に訪れる充実の14日間
ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅


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2016年05月16日

世界が認めるアンディアン・エクスプローラー号!

この度、なんとペルーレイル社の運行する憧れのラグジュアリー高原列車『アンディアン・エクスプローラー号』の運行が2017年4月末をもって終了される事が発表されました・・・。

旅のハイライトとなる、マチュピチュ見学の拠点クスコとティティカカ湖のあるプーノを約10時間
かけて移動する豪華高山列車です。
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その洗練されたサービスや手の込んだ食事、居心地のよい空間に、開放的な展望車まで。
ラグジュアリーな雰囲気に皆様、ご満足いただけること間違いなしです。
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社内ではローカル音楽・フォルクローレの演奏を聞きくこともできますし、
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車窓からは広大なアンデスの光景が広がっています。
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車窓から見える景色も良いですが、オープン・エアー式の展望車で風に吹かれながら、美しいアンデスの風景を写真に収めるのも…いいのではないでしょうか?
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途中、停車時間は短いですが、標高4319mにあるララヤ峠では、列車から降りることもできます。
民芸品の屋台が品物を並べているだけの簡素な場所ですが、アルパカを連れた親子が民族衣装を身にまとい、売り子をしています。その色鮮やかなコントラストにアンデスの文化を感じられるかも?

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ペルーを訪れるのであれば、国際観光列車協会も「世界列車の旅ベスト25選」に選んだ豪華列車のひとつ、アンディアン・エクスプローラー号をご検討ください。長い陸路移動も、充実したサービス・お食事内容でアンデスの旅をしっかりご堪能いただけるかと思います!

これから秋にかけてベストシーズンを向かえる、ペルー。
さらにアンディアン・エクスプローラー号へ乗車できるラストリミットのチャンスです!!!
来年のゴールデンウィークにはもう間に合いません。
まだご乗車されていない方は、是非!今一度ペルーのご旅行をご検討ください。

↓ ↓ ↓ アンディアン・エクスプローラー号へ乗車できるコースはこちら ↓ ↓ ↓
ペルー・アンデス紀行


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2016年04月25日

ペルーで温泉浴「バーニョス・デル・インカ」

大阪支社の中田です。
今回は、「チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明」で訪れる温泉地「バーニョス・デル・インカ(インカの浴場)」をご紹介させていただきます。
カハマルカは酪農が盛んで、美しい山や渓谷に囲まれた街。源泉から流れ出る湯が川に流れ、町のあちこちから白い湯気が立ち上がっています。
インカ帝国最後の皇帝アタワルパが、フランシスコ・ピサロに捕らえられ、処刑された場所でもあります。
皇帝アタワルパは、兄ワスカルとの戦いで勝利すると、兵を率いてクスコに上る途中、温泉療養のためにカハマルカに滞在していました。
皇帝は金銀財宝を与える代わりに釈放するように頼みますが、スペイン人は財宝を奪うと皇帝は殺し、インカ帝国の滅亡が始まります。
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このアタワルパが湯治に利用していたという温泉がバーニョス・デル・インカです。
ここには、アタワルパが実際に使っていたというインカの大泉もあります。今はコンクリートで固められてしまっていますが、立派な石造りのお風呂がインカ帝国の繁栄を残しています。

チャチャポヤスのツアーでは、温泉浴をお楽しみいただけるラグーナ・セカにご宿泊いただきます。

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日本から遠く離れたペルーで、温泉に浸かって旅の疲れを取りながら、かつてのインカ帝国に思いを偲ばせてみてください。
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■関連ツアー
・「チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明 14日間
・「チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明 12日間



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2016年03月14日

インカの聖なる谷 ウルバンバ渓谷

東京本社の廣野です。
今回はペルーについて書かせていただきます。
ペルーと言えばマチュピチュ遺跡。

ですが、マチュピチュ遺跡に関するウェブページはたくさんあることでしょう。
そこで、少しテーマをずらして、マチュピチュ遺跡への拠点となる古都クスコの郊外の
ウルバンバ渓谷の風景を少しご紹介させていただきたいと思います。

通常ツアーなどでマチュピチュ遺跡に行く際には、列車の駅があるオジャンタイタンボへ
行くために通る地域です。

車でクスコの町を抜け出すとすぐに、インカの聖なる谷、ウルバンバ渓谷へと入ります。
水を湛えたウルバンバ川が蛇行する豊かなウルバンバ渓谷。
インカ帝国の時代には、帝国を支える食糧を生産する畑がたくさんあった場所でもあります。



クスコを出て聖なる谷へいざ!
ウルバンバ



家畜を連れている地元民に出会いました。
この日はたしか日曜日で、学校が休みの子どもたちが家畜の世話をしていたようです。
ウルバンバ



こちらは西遊旅行のツアーでも訪れるマラスの塩田。
インカの時代から続く数えきれない区画の塩田が、険しい山の斜面に広がっています。
マラス


ここの塩をお土産に購入される方も多いです。
ハーブ入りの塩など、色々な種類の塩があって、意外にお買いものが楽しい場所です。
マラス


最近では、こんなおしゃれなバスソルトも店頭に並んでいます。
マラス



この辺りの地域が属するアンデス地方というのは、1年が主に乾季と雨季に分かれています。
こちらは乾季の景色。
ウルバンバ


こちらは雨季。
ウルバンバ


雨季はみずみずしい緑のパッチワークが綺麗ですが、乾季は澄みきった真っ青の空が広がります。


インカの人々が食物を栽培するのに使った円形畑のモライも、雨季と乾季ではこんなに色が違います。
マライ
モライ



お腹がすいた頃に到着したのは、ウルバンバ川沿いの心安らぐレストラン。
ウルバンバ

この辺りは標高約3,500mのクスコに比べて標高が下がるため、花もたくさん咲いています。


こちらは道中の村の様子。
チンチェーロ

赤い袋のようなものがありますが、これを出している家は、お手製のチチャ(とうもろこしを発酵させて作る
伝統的なお酒)を作っている、というサインなのです。
時には民家を訪問してチチャを試飲してみたり、日本では見られないような種類のとうもろこしを実際に
手に取ってみたりもします。
チチャ



のどかな風景の広がる聖なる谷、ウルバンバ渓谷。
車窓や、ちょっとした寄り道を楽しんでいただける場所です。

ご興味お持ちいただけた方は、ぜひ下記のツアーページもご覧くださいね!

■2016年GWに!
「ペルー・アンデス紀行」
 詳細はこちら

■イグアスの滝と合わせて訪れる人気コース
「ゆったり巡るイグアスの滝とペルー周遊」
 詳細はこちら


民族衣装を着たこんな少女たちにも出会えるかもしれません。

ウルバンバ



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2016年02月12日

南米各国の願掛け【髭のおじさん】

こんにちは。大阪支社の前川です。
今年の冬は比較的暖かいと思っていましたが、1月後半になり強烈な寒波がやってきました。
奄美では115年ぶりの雪が観測されたそうです。


皆さんは今年、初詣に行かれましたでしょうか?
昨年一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願された事でしょう。

世界にもさまざまな祈りの儀式がありますが、その中で南米で信仰されている
エケコ人形をご存知でしょうか?

エケコ人形はボリビアやペルー、アンデス高地のアイマラ族やケチュア族の間で
「福の神」として大切にされている人形です。
大きさは数センチから数十センチと様々ありますが
頭にはいつも「チューヨ」と呼ばれる毛糸の帽子をかぶっています。
そして何よりの特徴がちょび髭のおじさんの姿なのです。

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願掛けの方法はいたって簡単です。
自分の欲しいと思う物のミニュチュアをエケコ人形に飾ります。
ミニュチュアの種類はとても豊富で、目移りをしてしまいます。
袋に入った穀類(米、麦、キヌアなど)、缶詰の食料品、ビール、
現金(現地通貨よりドルやユーロの紙幣束が多く見られました)
パソコン、テレビ、パソコン、冷蔵庫、洗濯機、ステレオなどの家電品
車、バイク、パスポート、航空券、それに大学の卒業証明書も売られています。

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【エケコとは関係はないですが儀式に使う為のアルマジロも市場で売られていました。】


エケコ人形にタバコを吸わせると願いが叶うと信じられています。

エケコの起源は諸説有り、ティワナク文化の神事がインカ帝国に受け継がれたものだという説もあります。
インカの神ビラコチャと同一のものだとする説もあります。
願掛けでタバコを吸わせるのはアンデス地方で予言などの際にタバコの煙が必要とされていた儀式から来ているとされています。

日本ではお守りを一年後に神社やお寺に奉納しますが、エケコ人形も同じ習慣があります。
毎年1月24日に行われるアラシタ祭の際にエケコ人形を奉納し、市場で新しいエケコとミニュチュアを買い求めるのです。
各地でお祭りは開催されますが、最大の市場はボリビアのラパスで開かれる市場です。

愛嬌のある顔でお土産物としても人気があるエケコ人形。
ボリビア・ペルーの旅行の思い出にいかがでしょうか??


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2015年09月01日

国境越え~ペルーからボリビアへ~

2015年6月の「ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅」に同行させていただきました、
東京本社の寺岡です。
本日は、印象的だった国境越えについてお話ししたいと思います。


国境越えというと、何か堅苦しいイメージをお持ちの方が多いかもしれません。
また、陸路国境越えというと、長い緩衝地帯をずっと歩くイメージもあります。
しかし、ペルーとボリビアの一国境であるデサグアデーロは、そんな想像をガラッと
変える、大変面白く興味深い場所でした。


国境越えの日、前日に宿泊していたプーノの街を出発し、途中、チチカカ湖のお写真
ストップを取りながら湖に沿ってバスを走らせました。
プマタという町の近くの小高い丘に停車し、インカ帝国発祥の地と言われる「太陽の島」も
遠目にぼんやりと見えました。ここまで来れば、デサグアデーロの国境はあと少しです。

チチカカ湖

【チチカカ湖】
チチカカ湖の水面は太陽に照らされてキラキラと輝き、所々に黒い物体が浮かんでいます。
「黒い物体」はマスの養殖をしている様子でした。
チチカカ湖のマスの生産は、ペルー国内において重要な産業です。

デサグアデーロの国境は、様々な品物が行き交う商業的な国境です。
私たちのグループが国境越えをした日はちょうど市場が立つ日で、大量の人々でごった
がえしていました。
ペルーとボリビアだとボリビアの方が物価が安いので、ペルー人はわざわざ国境を越えて
ボリビアにお買い物をしに来ます。
ボリビア人は逆に、人が集まりお店が出る市の日に、ペルー側に来てプラスチック製品などを
買いに来るそうです。

デサグアデーロ国境前(ペルー側)

【国境まで歩く】
市の日は人が多いため、出国手続きの建物近くまでバスで行けない。
そのためしばらく歩かなければいけないが、これが色々なお店・人とすれ違い面白い。
右側にある青い容器は、大量のオリーブ漬。


ペルー側の出国審査の建物に入り、必要書類を手にもって列に並び、順番が着たら書類を
見せ、スタンプを押され、手続き完了。サクサク進みました。
建物を出るとすぐ、チチカカ湖に注ぐ川に架かる橋があります。
これが、ペルーとボリビアの国境です。
大量の品物を積んでこちらに向かって来る荷車をよけながら、また、荷物をたくさん持った」大きな
体の女性とぶつからないようにしながら、橋の上を歩きます。
人々が着ている服が色とりどりなので、国境は大変カラフルな場所になっていました。

デサグアデーロ国境_橋の上

【ペルーとボリビアの国の境目】
橋の上には“welcome to Bolivia”の看板が。私は何度も人にぶつかりそうになりました。

デサグアデーロ国境_ボリビア側

【ボリビア側で見かけた両替商の女性たち】
「両替所がある」というガイドの案内で歩くと、そこにあったのはいわゆる”BANK”の建物ではなく、
青空両替商の女性。伝統的な衣装を着ているが、これは彼らの普段着。

ボリビア側の入国手続きの建物では長い行列ができていました。
とくに市の立つ日は人が多いので時間がかかってしまいましたが、一旦手続きが始まると
あっという間です。
手続きを終え、ボリビア側で私達を待っているバスまで歩きました。

デサグアデーロ国境_荷物を積んだバス

【荷物を積んだバス】
中には人、外には大量の荷物が。



埃だらけで、たくさんの人にぶつかりそうになる国境でしたが、そこは現地の人々の
「生きている空間」が広がっている貴重な場所でした。
陸路国境越えも、なかなか楽しいものです。とくにここ、ペルー~ボリビアの国境付近に
行かれる方は、ぜひお楽しみに!


■□■関連ツアー/ツアーレポート■□■
ペルー・ボリビアアンデス縦断の旅 14日間 
http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GLPE16/index.html


イグアスの大瀑布とペルー・アンデス周遊 
http://www.saiyu.co.jp/newspaper/tc_report/america/080614GLPE14/index.html







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2015年08月15日

ペルーのお食事

東京本社の寺岡です。
マチュピチュ、ナスカの地上絵、クスコの街並み、チチカカ湖…
ペルーは「一生に一度は訪れたい国」ですが、観光内容に匹敵するくらい感動するのが、
ペルーのお食事です。久しぶりにペルーの添乗に行き、実感しました。
日本人にも親しみのある食材を使い、口に合う味付けがなされており、サービスの質も高い。
今回はペルー訪問の際の食のお楽しみを、写真を使ってご紹介したいと思います。

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■魚介類を使った料理
ペルーは南米大陸の西側に位置し、太平洋沿いに面した国です。
また、ボリビアとの国境となっているチチカカ湖ではマスなどの魚の養殖も行われ、南米でも
屈指の漁業国です。

新鮮な魚介類を使った料理の代表は「セビーチェ」
小さく切った生の魚に、玉ねぎやトマトなどを入れ、レモン汁をたっぷり絞ってマリネしたお料理です。
寿司のように酸味がきいた風味が、日本人の口によく合います。


白身魚のセビーチェ

<ピスコの町近くで食べた「魚のセビーチェ」>
白身魚のマリネに、お洒落にイモ類が添えられています。



セルフ・セビーチェ

<セビーチェのコーナー。自分で好きな食材を選べます>

      このウルバンバのレストランではサーモン、イカ、タコ、アワビ?など種類が豊富で、
      海藻類もあるよと勧められました。


その他にも、さすがお隣が太平洋の町、リマやピスコでも魚介類を楽しめます。


ホタテのチーズ焼き

<ランチ前菜にホタテのチーズ焼き@リマ新市街の西側、Costa Verde>

       メインにはメカジキのグリル。食前にはピスコサワーが出てきました。
       青色の太平洋が見える素敵なロケーション。


高度を上げてクスコ方面に行くと、お魚としてはマスがよく出てきます。
標高3800mに位置するチチカカ湖では、マスの養殖がおこなわれているのです。
実は、チチカカ湖にはもともと20種類以上の魚類がいましたが、養殖のために放したマスが
他の魚を荒らしてしまい、現在では5種類ほどの魚類(ナマズ、マスなど)しかいなくなってしまった
そうです。
そんな罪深いマスではありますが、今やペルー人の胃袋を支える重要な食料となっています。

マスの塩焼き

<マスの塩焼き@クスコのレストラン>

          アンデス原産のイモ類、そら豆を添えて。やさしい味でした。

■アンデス原産の味覚を楽しむ
1.ジャガイモ
 どの料理にも付け合わせとして必ず出てくるのが、ジャガイモです。ジャガイモの原産地はここ南米。
 この地域の先住民族は、標高によって作る農作物を変えていました。ジャガイモは寒冷な気候の中、
 荒野でも育つ強い植物なので、標高2900m以上の土地でも多く栽培されていました。

2、トウモロコシ
 標高2900m以下で栽培されるトウモロコシ。ジャガイモと並び、昔から人々の重要な食料でした。
 現在でも、ふかした巨大なトウモロコシを道端でお昼ご飯に食べている女性がいたり、トウモロコシの
 粉をねって団子状にし、皮で包んでふかした「タマーレス」が路上で売られていたり、乾燥トウモロコシを
 油と塩で炒った「カンチータ」のパックをつまむ人が多くいたり、トウモロコシから作る「チチャ」というお酒
 など、トウモロコシは今も、人々の食生活に欠かせないものです。

 
カンチータ(トウモロコシの塩炒り)

          ↑日本のお客様にも大人気だった「カンチータ」
           乾燥トウモロコシを油と塩で炒めたおつまみ。最近は油で炒めることが多いそう。

チチャ作り民家にて

          ↑チチャ(中身が黄色いップ)は、農村地帯で今も一般的に造られ飲まれているお酒。
          チチャ作りをしている家は、軒先に赤いボンボンを付けた棒をかかげる。


■デザートの楽しみ 
ペルーではデザートも美味しいです。国土の60%は熱帯地域のため、日本では手に入りにくい
トロピカル・フルーツも豊富にあります。
また、チョコレート、クレープ、パイなど、お皿にお洒落に盛り付けされてくるものも。

プリン@リマのホテル

           ↑リマのホテルにていただいたプリン。盛り付け方がお洒落。

プーノの市場

           ↑市場に行くと、フルーツがたくさん。写真はプーノの市場にて。
            マンゴー、パパイヤ、バナナ、グァバなどの南国フルーツの他にも、日本人に
            馴染みある「みかん」も。
            日本人がペルーに多く移民してきた時代、福田さんという静岡出身の方が故郷の
            味という事で持ってきたみかんの枝により、ペルーにみかんが持ち込まれたそう。

フルーツサラダ@クスコのレストラン

           ↑「フルーツ・サラダ」という名前で登場した一品。
            ボウルには溢れんばかりのフルーツが。メロン、オレンジ、パッションフルーツ、
            ドラゴンフルーツ、マンゴー…日本で食べたらかなりの高額になるでしょう。


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ペルーは遺跡だけでなく、美食の旅としても楽しめる方面です。
旅の楽しみの半分は「食」にあり!!?ぜひ、ご検討下さい。

≪関連ツアー≫
ペルー・ボリビアアンデス縦断の旅 14日間
 http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GLPE16/index.html
ペルー・アンデス紀行 10日間         
 http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GLPE12/index.html

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2015年08月10日

モチェの中心地 月のワカ

東京本社の廣野です。
暑い日が続いていますが皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日は、個人的にも大好きなペルー北部の紹介です。

「ペルーと言えばマチュピチュ」というイメージを払拭されるペルー北部の旅。
その中でも、北海岸の町トルヒーヨ郊外にある月のワカという遺跡は、モチェ文化の代表的遺跡です。


モチェ文化
紀元後1~8世紀頃、ペルー北海岸の、北はピウラ川から南はワルメイ川まで約600㎞もの
範囲に及ぶ社会を築いた文化。砂漠性気候のこの地域において、すぐれた灌漑技術で
アンデス山脈から水路をひいて砂漠を制し、ペルー古代史上初めて、王国と呼べる規模の
政治社会を形成。
また、モチェ文化では人の顔を非常にリアルにかたどった「肖像土器」がたくさん作られた。



月のワカは、モチェ文化の中心地だったとされる場所で、セロ・ブランコという山の麓にアドべ
(日干しレンガ)で建てられています。
セロ・ブランコ


写真はセロ・ブランコ山と、その手前にあるのが月のワカです。
この写真だととても小さく見えてしまいますが、もともと高さ25mほどのピラミッドで、5層からなっています。
生贄を殺したり、モチェの王が儀式を行ったりしたであろう祭壇などが、カラフルな模様の壁と共に残っています。

内部では、とても鮮やかに色の残る壁画をたくさんご覧いただけます。

P6221381_hirono


色のついたこれらの壁画はオリジナルのものですが、風化を防ぐために、見えない透明の
塗料が塗られています。
壁には山の神の顔がたくさん描かれていましたが、少しずつ表情を変えてあるのがまた
面白いところ。

P6221388_hirono

山の神の顔。よく見ているとなんだかお茶目です。

P6221394_hirono

ここはかつて、モチェ王が儀式を行ったとされる場所です。
写真の奥、左手のほうへ進むと、人々が集まる広場を見下ろす場所となっていたそうです。

私たちも見学の最後にこの広場に辿り着くのですが、広場の壁画は圧巻です!
P6221400_hirono


すごいと聞いてはいても、実際に目にすると想像以上に圧倒される迫力です。

P6221404_hirono


P6221401_hirono

保護のためか柵があるので近くまで行けないのが残念ですが、非常に細かな絵が
描かれた壁も。


月のワカでは、生贄となった人々が多くいたことが分かっています。
15~30歳の男性で、鼻や口に泥が詰まっていた人もいたとか。
通常雨の少ないこの地方で泥があったということは、つまりその時期に大雨が降ったということです。
これはおそらくエル・ニーニョ現象のせいで大雨が降ったためとされ、この大雨を止めるために
人間の生贄が捧げられたとされています。
しかしそれでも雨はやまず、人々は月のワカの近くに別の神殿を建てたそうです。
(この別の神殿はその後あまり発展はしなかったようですが、その跡は今でも残っています。)

また、月のワカの向かい側には太陽のワカと呼ばれるピラミッドが。
こちらは風化がひどく、遠目に眺めることしかできません。
P6211377_hirono


月のワカと太陽のワカは500mほど離れており、そこにはかつて集落があったそうです。
実際に、土器などを含む生活用品が発見されています。

この辺りから発掘された品々を展示した博物館が、実は併設されています。
この博物館がとても面白いのです!
また別の記事で博物館のことに触れたいと思います。


月のワカをはじめとした、北部ペルーの魅力を堪能していただけるコースはこちら!

チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明 14日間

2015年は10月14日発のコースが最後です。まだ間に合います!
2016年も、5月頃からツアーを設定予定ですので、ご興味ある方はぜひお問い合わせください。


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2015年04月24日

太陽の祭り・インティライミ祭に行こう!

東京本社 中村です。

毎年6月24日にペルーのクスコで行われる、
太陽の祭り・インティライミ祭についてご紹介させていだきます。

インティライミ祭は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロのカーニバル、
ボリビアのオルロのカーニバルと並んで、南米三大祭りのひとつとして知られています。

ペルーのクスコは、かつてのインカ帝国の首都として栄えました。
インディヘナの言葉(ケチュア語)で、インティは「太陽」を、ライミは「祭」を意味します。
6月のアンデス地方は雨季も終わって秋になり、ちょうど収穫を終える頃です。
インティライミは、インカの神である「太陽」へ、収穫の感謝と翌年の豊作祈願を兼ねた
インカ帝国時代の最も重要な儀式を、スペイン征服後の中断を経て、1944年に復活させた祭りです。
古来の衣装をまとったインカの末裔たちが、踊り歌い、にぎやかにクスコの町中を行進します。


☆サント・ドミンゴ教会(コリカンチャ、太陽の神殿)
現在、サント・ドミンゴ教会となっているこの場所は、インカ帝国時代にはコリカンチャと呼ばれる太陽の神殿でした。例年、このコリカンチャから、インティライミ祭はスタートします。

IMG_0619-1 インティライミ@コリカンチャ
▲太陽の神殿前に集合した、インカの末裔たち。

IMG_0708 インティライミ@コリカンチャ
▲太陽の神殿にインカの諸侯が現れる。

IMG_0738 インティライミ@コリカンチャ
▲太陽の神殿の境内を、インカの末裔たちが駆け巡る。


☆アルマス広場
サント・ドミンゴ教会(コリカンチャ、太陽の神殿)でのお披露目が終わると、次はクスコの中心部アルマス広場に、インティライミ祭の舞台は移動します。

画像2010_0625_004113
▲祭りの舞台はアルマス広場へ。

画像2010_0625_004339
▲アルマス広場を、インカの末裔たちが駆け巡る。

IMG_0809 インティライミ@アルマス広場
▲外国人観光客だけではなく、地元の方も熱心に見学しています。


☆サクサイワマン
最後の舞台は、アルマス広場から徒歩20~30分ほど、クスコ郊外のサクサイワマンです。
インティライミ祭に合わせて、特設ステージが設けられ、周囲には桟敷席が設置されます。

画像2010_0625_031727
▲サクサイワマン、遺跡中央の特設ステージ。

080614イグアス&インティライミ 648
▲周囲の桟敷席。地元の方も、桟敷席の奥、丘の上で見学しています。

IMG_0904 インティライミ@サクサイワマン
▲サクサイワマンでも、インカの末裔たちが駆け巡ります。

画像2010_0625_055053
▲インカ帝国の皇帝が現れる。

IMG_0989 インティライミ@サクサイワマン
▲インカの諸侯が、翌年の収穫を占って、祭りは終了します。


是非一度は見ていただきたい、南米を代表する、色彩豊かな祭りです。
一度ならず、二度三度訪れる旅行者もいるそうで、私もまた行ってみたくなりました。
インティライミ祭を訪れる旅は、こちらです。

ペルー・ボリビア アンデス縦断の旅
http://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GLPE16/index.html
6月の旅行をどこかお探しの方がいらっしゃいましたら、
インカ帝国の時代まで、タイムスリップしてみませんか。

もちろん、マチュピチュ、乾季のウユニ塩湖も、素晴らしいです!
残席には限りがございますので、お早目にお問い合わせください。

DSC07601 ペルー女子
ペルー・ボリビアで、お待ちしてます!

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2015年04月15日

絶賛募集中!6/10発 北部ペルーのチャチャポヤスへ!

東京本社の廣野です。
4月、例年より気温が低い春のような気がします。
そんな寒さに負けず、今日はみなさまにペルー北部のツアーをご紹介させていただきたいと
思います。

6/10発「チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明


かの有名な世界遺産マチュピチュ遺跡、ナスカの地上絵そしてチチカカ湖などのイメージが強いペルー。
しかし!広いペルー、見所は他にも沢山あります。

この北部ペルーのツアーは、インカ帝国よりも前の時代に現在のペルー北部地域に栄えた文明を訪ねる旅です。

ツアーの目玉の1つと言えるのがクエラップ遺跡です。
ケラップ遺跡 チャチャポヤス (13)



紀元後9世紀頃から15世紀半ばごろまで栄えたチャチャポヤス文化の人々が築いた要塞です。
円形の建物跡がたくさん残ります。
ケラップ遺跡 チャチャポヤス (18)


菱形のような装飾も。
クエラップ


こちらは食用のクイ(テンジクネズミ)を飼っていた場所の跡だそう。
クエラップ


要塞の出入り口付近の壁には、サルの顔のような彫刻も見受けられます。
クエラップ



標高約3,000mの場所に立派な都市を築いたチャチャポヤスの人々、文化についてはまだまだ
研究途中で多くの謎が残っています。

インカ帝国のマチュピチュ遺跡はとても有名ですが、クエラップ遺跡も非常に見応えある遺跡です。
まだ知名度は低いですが、有名になり過ぎておらず、観光客も比較的少ない今のうちに…!
というのもオススメポイントのひとつです。

ペルーの王道コースに行ったことがある方にとっても、まだまだ観光地化の進んでいないペルー北部
の町は新鮮に映るはずです。
遺跡好きの方はもちろんのこと、そうでなくても、2度のアンデス越えを含む道中の素晴らしい景色
を含む、ペルーの新たな一面をお楽しみいただける旅です。

北部ペルーのアンデス越え


少し日が近いですが、6月の旅行先をお探しでしたらぜひお気軽にお問い合わせください!
10月にもツアーの設定がございます。

昨年9月に添乗で行かせていただきましたが、遺跡、自然、素朴な町や村、見応えある博物館など
盛りだくさんの内容で、また行きたい!!と個人的にも強く思っているツアーです。

興味をお持ちいただけた方はぜひこちらの記事もご覧ください。
→ こちらをクリック


hirono_saiyu at 08:43|PermalinkTrackBack(0)mixiチェック

2015年02月18日

レバッシュ :チャチャポヤスの人々が残した断崖の霊廟

こんにちは。東京本社の廣野です。
9月は、ペルー北部へのツアーに同行させて頂きました。

かの有名なマチュピチュを築いたインカ帝国よりも前の時代に栄えた文明の足跡を辿る旅。

その中から今回はレバッシュを紹介させて頂こうと思います。
DSC04807


レバッシュは、チャチャポヤス文化の人々が残した霊廟の集合体です。
カルボン山脈の石灰質の断崖に、すっぽり収まるように建てられています。


レバッシュをより近くで見学するには、しばらく山を登って行かねばなりません。歩いても行けなくはないのですが、今回は馬に乗って移動します。
レバッシュ


馬の背中で揺られながら見晴らしのよい景色を眺めつつ進むこと1時間強、レバッシュの見学ポイントに到着です。
レバッシュ道中レバッシュ道中

この景色の中にレバッシュがあります。
レバッシュ

肉眼で見えないことはないですが、ガイドが用意してくれた望遠鏡を交代で覗きこんで見学します。


レバッシュ

直方体の小さな家のような霊廟は、高さ約2〜3メートル。
雨が壁に直接つたってこないようにするためのひさしの付いた屋根もきちんとあります。

考古学的研究が本格的に始まったのは20世紀の半ばでした。

中は二階建ての構造で、布にくるまれた複数のミイラが安置されていました。
カラヒアの柩が、位の高い人物のものだったのに対し、レバッシュは一般人用のお墓だったそうです。
産まれたばかりの赤ん坊のミイラもあったそうです。
ミイラの他に、布、皮、羽の装飾品、髪をとく櫛、ネックレスなども見つかっています。楽器や、荷物を運ぶのに使う網なども出てきたそうです。

12もの頭蓋骨と長い骨が見つかった霊廟もあるそうです。

窓のような穴は四角だったりT字型だったり。
IMG_1328



レバッシュは比較的アクセスしやすい場所にあるということから、心ない人による落書きも見受けられます。
残念なことです。


レバッシュを含む、チャチャポヤス文化で断崖に作られた柩や霊廟は、どれも川や湖を向いています。
詳しい理由は明らかになっていません。

断崖絶壁に作られたのは、墓荒らしから守るためや、先祖が子孫を高いところから見守れるためなどと考えられています。

この辺り一帯には、レバッシュのような霊廟や柩がそこらじゅうにあるとガイドから聞いたものですから、車窓に山肌が現れると、つい、何か置いてあるんじゃないか?!と思いながら目を凝らすのをやめられなくなってしまいました。

今シーズンのチャチャポヤスのコースは全て終了ですが、来年また5月頃より設定予定です!
遺跡や文明好きの方でなくでも十分お楽しみいただけるコース、来年の旅の候補にぜひご検討よろしくお願いいたします!


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2014年02月07日

ケラップ遺跡 チャチャポヤス・雲上の人々が暮らした都

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (13)

標高3,000mの山奥の稜線の上に築かれたチャチャポヤス最大の遺跡がケラップ。スペイン語の表現からすると「ケラップ要塞」と訳されますが、実際にはこの建物は戦いで使われたわけではなく、たくさんの住居群、神殿が見つかっている都市遺跡です。

チャチャポヤス文化はプレ・インカ文明のひとつでまだなぞに包まれた部分が多く、チャチャポヤスとはケチュア語で「雲霧の森に住む人々」という意味だと言われています。9世紀ごろから栄え、1470年頃にはインカ帝国の支配と文化的な影響を受け、その後すぐにスペインの支配下に入り消滅しました。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (19)
長い山道を走り、ケラップ遺跡を目指します。谷の対岸に山頂にケラップ遺跡が。
谷を回り込んでようやくパーキングに到着。間もなくオープン予定の立派なビジターセンターが作られていました。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (1)
そこから階段を上ること30分・・・・・

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (2)
立派な城壁が見えてきました。ケラップ遺跡の南端です。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (3)
遺跡は南北585m、東西110m、城壁の高さ17m、入り口は東側に2カ所西側に1カ所あり、非常に狭い通路を通って中に入ります。城壁内にはチャチャポヤスの特徴となる円形の住居の跡がたくさん残されています。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (4)
まず、北の門を目指して城壁の周囲を歩きました。石積みが美しい城壁ですが、雨による浸食で崩れているところもあり修復作業が急がれています。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (5)
北門に到着。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (6)
細い階段を上って遺跡内に入ります。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (9)
かわいいリャマ。本来ここにいる子たちではないのですが、マチュピチュ遺跡を真似してリャマを遺跡内で飼っています。もちろん、ケラップ遺跡の往時にはリャマを運搬用に使っており、遺跡の通路となる階段にはリャマの蹄ですりへった石の跡も残されています。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (7)
リャマの蹄で削れた石の階段。ケラップの城塞内には水場が無く、リャマが水や食料など運んでいたようです。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (10)
こんなに気になる色・模様のリャマもいました。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (8)
遺跡内部は一年中雲に覆われることからプロメリアやシダ、ランが木に着生し独特の植物相に覆われた遺跡の姿を見ることができます。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (11)
遺跡の北端上層プラットホームにはケラップの本来の円形住居の上に長方形の石組み建物の跡が見られます。これは15世紀に侵入してきたインカ帝国の人々によるもの。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (16)
円形の住居は420カ所確認されています。中にはひし形などのデザインがある住居が6カ所。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (14)
美しいひし形のデザインの施された住居。このあたりは。「密林に眠る遺跡ファン」にはたまらない様相。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (15)
住居の中には生活を感じさせるすり鉢や石が残されていました。そして、この石の通路、なんと「クイ」(テンジクネズミ)を飼っていたというのです。チャチャポヤスの人もクイが好物だったようです。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (12)
遺跡内部にも美しい石積みの城壁が残されています。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (17)
南端にあるテンプロ・マヨール(主神殿)は高さ5m、直径13.5mの円錐形建物で、その中心には深い穴があり人や動物の骨、植物の種子、祭礼用の陶器などが発見されています。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (21)
ガイドの説明による、神殿の内部説明書

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (18)
南端部は円形住居が密集して残されており、周囲の山を一望できるようになっています。

ケラップ遺跡 チャチャポヤス (20)
そして、チャチャポヤスの各地のホテルやレストランにはってあるケラップの往時の「想像図」。

チャチャポヤス文化の中で、政治、宗教の中心であったと考えられるケラップ遺跡。
遺跡と雲霧林の自然美しい都市遺跡。遺跡ファンにはイチオシの場所です!


文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊旅行のチャチャポヤスへの旅
雲上の人々が暮らした都へ チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明 13日間
チャチャポヤスとシカン・シパンの黄金文明 11日間

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2014年01月17日

チャチャポヤス カラヒアの石棺

カラヒア パネル (1)
SARCOFAGOS KARAJIA - CHACHAPOYAS

チャチャポヤスの町から山の谷間を走ること48キロほど、カラヒアの石棺を訪問する拠点となる村クルスパタに到着。
村には、「事務所」と呼ばれるチケット売り場があり、ここで入場券を購入。
のどかな畑の合間の山道、最後は急な谷間への下りを歩くこと45分、カラヒアの石棺を見上げるポイントへ到着しました。
私たちの立っている道から25m真上の崖の中腹にあり、どうやって設置したのかとても不思議な場所にあります。

カラヒアの石棺 (8)

現在、石棺は6体、そのうちの2体には頭部に頭蓋骨が置かれています。以前は7~8体あったといわれていますが、崩れて無くなっています。これらの石棺は紀元後800~1470年頃まで続いたチャチャポヤス文化の中の、1000~1300年頃に作られたとされ、一部の研究でデータでは1150年、という具体的な年代もでているようです。

チャチャポヤスの石棺にはいくつかの種類がありますが、カラヒアのものは軽くて丈夫なマゲイ(リュウゼツラン)の花茎で骨組みを作り、草と粘土を混ぜ合わせた土で表面を塗り固めたもの。高さは2~2.5mで表面には彩色が施されています。
この石棺は頭部と空洞の胴部からなり、死後、一度遺体を土に埋めて骨化した後に集め、布や動物の皮などで包み、これを石棺の胴部において、副葬品とともに泥土で固め埋葬されているそうです。

カラヒアの石棺 (9)
装飾の細部を見るには望遠レンズか双眼鏡が便利。頭の上には頭蓋骨が載っています。

カラヒアの石棺 (12)
ガイドの説明資料。初期の調査時には保存状態は今より良かったそうです。現在は風化・崩落の危機に。

カラヒアの石棺 (11)
これは新しい時代の物なのでしょうか、人骨が集められていました。

カラヒア パネル (2)
散策路の上部断崖に確認される、カラヒアの石棺群。メインのグループ以外は、崩れてはいるものの確認できるものがあります。

カラヒアの石棺 (2)
一番右のグループ。一体の一部が残されているだけで、崩落したのか、盗掘されたのか。

カラヒアの石棺 (4)
右から2番目が、メイングループ。こちらから見た方が彩色、模様がわかりやすいようです。

カラヒアの石棺 (10)
タイプの異なるデザインの石棺。マスク状のものが確認できます。このあたりになると、双眼鏡が必要。

カラヒアの石棺 (6)
一番左の石棺。見つけるのも一苦労ですが、レンズをのぞいて見つけた瞬間には「いた!」という喜びも。

この石棺の人物像は王様説、長老説など様々な説がありますが、まだまだ謎のままです。

カラヒアは「ペルーのモアイ」などと呼ばれることがありますが、そんな大きなものではありません。
チャチャポヤスの神秘に満ちた、断崖絶壁の石棺です。

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子

西遊旅行のチャチャポヤスへの旅
雲上の人々が暮らした都へ チャチャポヤスと北部ペルーの黄金文明 13日間
チャチャポヤスとシカン・シパンの黄金文明 11日間

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2012年09月11日

アンデアン・エクスプローラー号

車窓に絶えず流れる小麦色の大地と青い空。
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リャマやアルパカが草をついばむ姿も、ときおり見受けられます。
これは、ペルーの高原を走る豪華列車アンデアン・エクスプローラー号からの景色です。
インカ帝国の首都だったクスコと、インカの起源の地と言われるチチカカ湖のある
プーノの町を結ぶこの列車の魅力を、今回はお伝えしたいと思います。

約380㎞の道のりを、列車は10時間ほどかけてゆったりと走ります。
10時間もの乗車と聞くと、少し抵抗を覚えてしまうかもしれません。
しかし実際はとても乗り心地がよく、私たち乗客を飽きさせない旅となっています。

午前と午後に、フォルクローレの演奏があります。
午前はクスコの伝統音楽とダンス、午後はプーノの伝統と、一味違った演奏をお楽しみ頂けます。
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世界で最も標高の高い地点を走る列車は、チベットの青蔵鉄道ですが、
アンデアン・エクスプローラー号はそれに次ぐ、世界で2番目に標高の高い地点を走る列車となっています、
列車は、標高約4300mのラ・ラヤ峠まで到達します。
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この停車地点にはお土産の露店も少し出ており、一度電車を降りて買い物もできます。
約10分という短時間の中での値下げ交渉…
「やっぱり高いからいいわ」と列車に戻ろうとすると思わぬディスカウントがあるかもしれません。

車内では美味しい昼食や午後のコーヒーもあり、ワインやピスコサワーのサービスもあります。
ファッションショー、カクテルの作り方講座も開催されます。
展望デッキから、流れる景色を眺めているだけでも、あっという間に時間が過ぎていきます。
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みなさんもぜひ、この列車に乗ってみませんか。
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2012年08月15日

食事も満喫のペルー旅行

東京本社の廣野です。
暑い日が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

今回は、先日、添乗に行かせていただいたペルーについて書きます。
ペルーと言えばマチュピチュ、アンデス山脈…
そんなイメージが一般的ですが、日本より3.4倍ほど大きな国土を持つペルーは、とても自然環境的多様性に富んだ国。
海があり、砂漠があり、万年雪をかぶる山があり、ジャングルもあります。
場所によって、気温も湿度も様々です。
この多様性のおかげで、ペルーは年間を通して様々な果物や野菜を栽培できる条件を備えているのです。
また、太平洋ペルー沿岸を流れる寒流、フンボルト海流により、多くの種類の魚介類も手に入ります。

ということはつまり、旅行中にお召し上がりいただくお料理にもバラエティーがあるということです。
食事も、旅行の楽しみのひとつですよね。(少なくとも、食べることが大好きな私にとってはそうです。)

今回の旅行でのメニューは例えばこんな感じでした。

・アスパラガスのスープ
 鶏肉のきのこソース添え
 フルーツサラダ

・ホタテのチーズ焼き
 マスの塩焼き
 レモンパイ

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こちらはセビッチェという、魚のマリネ料理。大粒で色の薄いとうもろこしも添えられています。
奥のオレンジ色の野菜はにんじんのように見えますが、違いました。食感や味からしてさつまいもの仲間のようです。

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こちらは列車の中で出た野菜スープ。キヌアという穀物も入っています。白菜やネギに似た野菜も入っており、日本人にとってはどこか懐かしさを感じさせるスープでした。

様々な食材があるペルー。
じゃがいもだけでも4000種類もあると言われています。
アルパカやクイ(テンジクネズミ)の肉を食べられる機会もあります。
コーヒーも栽培されています。
いま世界中の多くの国々でなくてはならない食材となっているじゃがいも、トウガラシ、トマトなどは全て、
ペルー含む南米が原産地だというのは有名な話です。

食べ物が豊富なのは、ペルーの地でかつて栄えたインカ帝国の時代も同じでした。
インカの遺跡として、今も段々畑がたくさん残されていますが、インカ帝国の人々はこの段差による微妙な温度差を利用して、様々な作物を育てていました。
「奪うのではなく与える」ことにより支配を広げたインカ帝国を支えた要素のひとつは、この豊富な作物だったとも言えます。
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旅行では食事も満喫したい!という方はぜひペルーへ!
ペルーのご旅行はこちら

ちなみに、ペルーではお酒もお楽しみ頂けます。(高所では原則としてお控え頂いておりますが。)
ビールやワインはもちろんのこと、ピスコサワー(ピスコというブドウの蒸留酒に、レモン汁や卵白を混ぜたカクテル)やチチャ(トウモロコシから作られるお酒。インカの時代には神酒とされていました。)
というお酒もとってもおいしいですよ。
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こちらの写真はピスコサワーです。

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