at 10:00│西遊旅行パキスタン便り 

2011年02月27日

<大阪支社>パキスタンを知ろう!パキスタン説明会&パキスタン料理試食会

2月26日(土)、大阪支社にてパキスタン現地法人サイヤのヨーセフ氏とワジット氏を招いてパキスタンの説明会を行いました。
ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。
ヨーセフワジット大阪 017


第一部として、トレッキングのご案内。東京での説明会と同様、難易度が高い「ゴンドゴロ・ラ」や標高5,000mを超える「ヤクサファリ・シムシャルパミール」のご案内、そして、山の装備や高山病対策などのご案内をいたしました。
kido 大阪 008


第二部として、パキスタンの治安や2010年に誕生したアッタバード湖のご案内、アフガニスタン国境近くに暮らす「カラーシャの人々」の文化などについて聞いていただきました。

その後、山岳コック・ワジット氏作のパキスタンスナックと甘いパキスタニチャイ(ミルクティ)でパキスタン風ティータイムをお楽しみいただきました。
パキ料理 大阪 038
Menu:アルー(ジャガイモ)カバブ、サモサ、サブジ(野菜)ロール、チャイ


このワジット氏は、料理をしながら、そして食材やキッチン用品を背負いながら、ゴンドゴロ・ラを越えるスーパーコックさんです。
彼の今回の来日目的は、調理のブラッシュアップです。既に日本米の炊き方や定番肉じゃが、日本風のカレーにてんぷら、うどんなどの腕前はツアー中に披露していますが、今回の来日でメニューのバリエーションを増やすことはもちろん、日本人好みのサービスの仕方、盛り付け方、スパゲティのベストコンディションのゆで方、タレから自家製の焼肉、ふんわりオムレツの作り方などたくさんのことを学んでいきました。
日本ではレストランに行っても、スーパーに行ってもいつもカメラを持ち歩き、全ての食材やお膳の写真を撮り、非常に精力的に勉強をしていました。今夏のトレッキングツアーでどれだけの学習効果を皆様にご披露できるか乞うご期待です。



チームパキスタン集合写真P2262399
西遊旅行大阪支社 チームパキスタン一同


chika murata



at 19:57│西遊旅行パキスタン便り 

2011年02月21日

パキスタンを知ろう!旅行説明会&パキスタン料理の試食会 @パキスタン大使館

2月19日(土)、広尾のパキスタン大使館にて「パキスタンを知ろう!旅行説明会」を行いました。
寒空の下、多くのお客様にご参加をいただき誠にありがとうございました。

パキスタン公使のご挨拶をいただき、午前中はトレッキングコースのご案内、その後、大使館専属のパキスタン人コックさんが腕をふるったランチを召し上がっていただきました。
パキ説フードP1020913

メニュー一例
1.シャミカバブ(メンチカツのようなカバブ)
2.チキンカレー
3.マトンカレー
4.チキンビリヤニ(パキスタン風ピラフ)
5.ひよこ豆のカレー
6.ナン
7.キール(パキスタン風ミルクデザート)
など

午後は「パキスタン無料航空券」をかけて大抽選会をした後、観光旅行のご案内させていただきました。
大阪では今週末に説明会が開催されます。大阪でも1名様に無料航空券が当たりますので、是非ご来場下さい。現在のところ、約20分の1という非常に高い当選確率です。

トレッキングコースでは、昨年からの数度の視察を経て、今年からいよいよ始動する「ゴンドゴロ・ラ」や、まさに秘境中の秘境「シムシャル・パミール」のコースをたっぷりとご紹介いたしました。

観光コースでは、ここ数年大人気を誇っています、西遊旅行の大自信作「北部パキスタン冒険行」や今年から始めました「秘境・カラーシャの谷」などの魅力をお伝えしたつもりですが、いかがでしたでしょうか。北部パキスタン冒険行の魅力はまたこの場をお借りし改めて熱く語らせていただきます。
パキ説野津説明P1020939


もうすぐフンザは花の季節が始まります。私たちチームパキスタンの1年はこの花の季節から始まります。来月は私たちが桃源郷にご案内いたします。



murata chika





at 14:09│カラーシャの谷 | カフィリスタン

2011年02月17日

気になるカラーシャ族の女性の衣装

kalash_danceカラーシャ族を特徴づける、女性の衣装。黒いドレスはピルハン、普段の時の頭飾りはシュシュット、祭りの時の頭飾りはクッパース(タカラガイの飾りがついている)、ピルハンのウェストベルトは織物でパティといいます。
ピルハンは最近はずいぶん派手な色使いのものが増えてきました。本来は黒ベースのものでしたが、色毛糸をミシンで縫いつけたカラフルなものが人気のようです。


jpgお祭りやハレの日につける頭飾りクッパース












kalash_dress02普段用の頭飾りシュシュット。頭飾りを取ると髪形は5本くらいの三つ編みで、前髪も横にもってきてシュシュットでとめている感じです。









jpg衣装は村のバザールでも売られていますが、女の子たちは裁縫が大好き。昔の記録写真と比べると、色彩や素材はずいぶん変わってきましたが、伝統を守りながら、そして時代にあわせて発展させているのでしょう。

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子


at 19:47│カラーシャの谷 | カフィリスタン

2011年02月14日

カラーシャ族の宗教って・・・

■おどり DSC_6792

カラーシャ族の宗教は、インド・アーリア系の宗教の古い形態を残した貴重な存在ともいえ、ヴェーダ、先ゾロアスター文化に近いと考えられています。創造主としての神デサウとたくさんの神々が存在します。チョウモス祭のときに現れるバレマイン、サジゴール、マハンデーウなどの神、家を守る女神ジェスタックなど、暮らしと自然に密着した神々が存在します。祈りの場所をデワ(DEWA)といい、村ごとに小さな祭壇が神殿ジャスタック・ハンと村のはずれの山の斜面にあります。

神殿ジャスタク・ハン

jestak01ジェスタクは家庭内・家事、家族・結婚をつかさどり、神殿にいる女神。村ごとではなく、各氏族ごとに神殿を持っています。入り口には羊のモティーフ、内部の天井はラテルネンデッキがあり、典型的なパミール建築の装飾が見られます。神殿の奥にバレマインを現す木彫があり、壁にはチョウモス祭のときに描かれる壁画残っています。
ボンボレット谷のカラカル村は2つの氏族が暮らしていますが、この村のジャスタック・ハンは1つの建物に2つの氏族用の入り口があり、2つの氏族が共同で建てたジャスタック・ハンになっています。
写真はアニシュ村のジャスタック・ハン ヤギや羊のをモチーフとしたデザインや装飾、典型的なラテルネンデッキの天井など、山岳パキスタン、山岳タジキスタン、ワハーン回廊地域特有の建築スタイルが盛り込まれています。


木像ガンダウ

gandao01死んだ男性の記憶、どんな貢献、功績があったかを偲ぶために作られる像。このガンダウの制作と儀式は非常に高価で、たくさんのヤギやチーズ、ギーが必要なことから、作ることができるのは有力な金持ちの男性のみ。ボンボレット谷では2008年にブルン村で10年以上前に亡くなった父とおじ(兄弟)のために息子がガンダウを2体作りました。(現在もブルン村の墓地で見ることができます)。
このガンダウは儀式の場所の中心に立てられ、人々はその周りを踊り、儀式が終わるとガンダウは墓地へ運ばれていきます。


墓地マンダウ・ジャウ

tomb01本来の埋葬は、木製の棺にいれて墓地に置くだけの埋葬でしたが、50年ほど前からイスラム教徒と同様に土葬するようになりました。現在、白骨化して見えるものは50年ほど前の古いものだとのこと。かつて、木棺にはふたはせず魂が抜けやすいよう、そして自然に風化しやすいようになっていたのだといいます。




清浄と非清浄の強い概念

bashali01カラーシャ族は清浄なもの=pure、非清浄なもの=inpureの概念を非常に強くもっています。そのため不浄なものを清浄にする儀式がたくさんあります。
その代表的なものがバシャリ。生理中の女性が集まり、一緒に暮らす小屋です。出産もここで行なわれ、出産後は清めの儀式の後、夫の待つ家に帰ることができる。各村に1つづつあり、生理中のバシャリにいる女性は他人に触ってはいけません。手渡しなどもできないため、投げて渡したりします。


大祭壇マハンデウドゥール

各村にある小さな祭壇Dewaとは別に祭りに利用される大きな祭壇があります。ボンボレット谷にある一番大きな、祭りで使用される祭壇はバトリック村のマハンデウドゥール。幹線道路から山の斜面にあがったところにあります。木の敷居があり、中に生贄の祭壇、サラズの煙で清める場所があり、チョウモス祭の12月19日、ここに人々はヤギを生贄にやってきます。ヤギを押さえる場所、生贄の血をかけた跡が残っていました。ここで聖なる木サラズを焚き、その煙で清めます。チョウモス祭以外にも、ジョシ祭、ウチャウ祭のときにもここにやってきてチーズやパンを配ります。

なかなかお話だけではわかりにくカラーシャの宗教観。行って、見て、確かめてみてください。

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子



at 20:11│カラーシャの谷 | カフィリスタン

2011年02月08日

秘境カラーシャの谷 「カラーシャ族はどこから来た?」

kafiristan03パキスタンは多民族国家。“多民族”のなかでも異色な存在のカラーシャ族。
“パキスタン・イスラム共和国“において、このパキスタンだけに暮らす、イスラムではなく独自の神を信仰する民族なのです。

1970年代にはイスラムへの改宗が推奨され民族の存亡が危ぶまれましたが、その後の政府によるカラーシャ族の保護もあり、過去20年ほどの間にカラーシャ族の人口は大幅に増加。カラーシャとしてのアイデンティティーを強く持ち、イスラムへの改宗が非常に少なくなったことと、母親たちがカラーシャの人口を増やすために7~8人の子供を生むことが理由にあげられます。古いガイドブックや案内書では人口3000人と記載されていますが、ここ数年訪れておる間、3つの谷(ボンボレット、ランブール、ビリール)をあわせて4000人はいるのではないか、と聞かされます。

「カラーシャ族はどこから来た?」 
kafiristan02これには3つの説があります。ひとつは、その白い肌・青い瞳ゆえに、紀元前4世紀のアレキサンダー大王の軍隊の末裔であるという説。アレキサンダー大王の軍隊がこの付近を通過したと言う事以外、何の立証もありませんがギリシャからの観光客も多く、NGOもこの谷で活動しています。
もうひとつはカラーシャの伝説・叙事詩に現れる“Tsiyam”という南アジアの土地からアフガニスタンへ移動してきたというもの。
そしてもうひとつは通説で、紀元前2世紀ごろアフガニスタンから現在のチトラールを中心とする地方に移動し、10世紀頃にはチトラール含む地域を中心に勢力を広め、12~14世紀には有力な王を持ち栄えました。が、その後周辺でのイスラムへの改宗が進み現在の3つの谷だけに残されるようになったといわれています。

現在のカラーシャ族はハイバル・パフトゥーンホア州Khyber-Paskhtunhwaチトラール県のアフガニスタン国境の谷、ボンボレット、ランブール、ビリールの3つの谷に暮らしています。

kafiristan01言語的にはインド・ヨーロッパ諸語のインド・イラン語派、ダルド語系カラーシャ語を話すグループ。かつては国境をはさんだアフガニスタン側にも同じカラーシャ族が暮らす「カフィリスタン」がありましたが、1896年にイスラムへの改宗が徹底され「ヌリスタン【光の国、イスラムの光の国】」へと変わったことから、パキスタンのカラーシャ族だけが唯一の存在となったのです。

神秘に満ちた伝説と白い肌に青い目、あまりに美しい女性の民族衣装姿。
きっと虜になるはずです!

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子




at 13:49│パキスタンの食 | パキスタン旅行事情

2011年02月02日

ラホールの名物料理

皆さん、キャー・ハーレー・ヘー。大阪支社の川本です。
昨年末も行ってきました「シンド・パンジャーブ紀行」。
本当に楽しみどころがたくさんあり、挙げだすときりがないツアーですが、
今回は、ラホールでの一幕を。

パキスタンFHOTO










パキスタン第2の学園都市ラホールには、フードストリートと呼ばれる通りがあります。昼間は静かなのですが、夜になると歩行者天国となり、名物料理の屋台がずらっと並びます。

やはり一番印象的な料理は、「タカタク」ですね!味もさることながら、作る時の料理人さんのパフォーマンスが楽しいです。

山羊の臓物をお好み焼きのコテのようなものでリズム良くたたいて細かく刻んだ後、蒸し焼きにしてできあがり。

あと、「ブレインマサラ」もおいしいですよ。

皆さん、なんだかわかるでしょうか??

英語でブレインは脳・・・

そう、ブレインマサラとはヤギの脳みそカレーの事なんです!

皆さんに伝えた瞬間は、「えぇー!」と驚きの声をあげられますが、食べてみるとカニみそのような味ですごくおいしいという声をいただきます。

贓物料理の材料











ラホールでフードストリートに行くチャンスがあれば、是非勇気を出して色々な料理にチャレンジしてみてください!

おいしくて楽しいですよ~。では、アッラー、ハフィース

at 12:29│フンザ | アッタバード湖

2011年01月31日

アッタバード湖

みなさんこんにちは!
チームパキスタンの橋本です。

日本は寒い日が続いていますが、やはりパキスタンも寒いようです。最近のフンザ(パキスタン北部)の最低気温は-18度だそうです。

昨年1月に突如北部のアッタバードという所にできた、アッタバード湖も凍ってしまったそうです。アッタバード湖は、地すべりによって川がせき止められた結果できた巨大な湖です。この湖の下にアッタバード村と他2つの村、そしてカラコルムハイウェイの一部が沈んでしまいました。私が行った9月の時点では湖の全長は約27㎞でした。

パキスタンB2


(ボートの上から見える、カテドラルの高峰群。 ちょうど進行方向の向きに見えます)

私は昨年この湖を9月と10月の2回、ボートで越えました。

ボートの船着き場までの道は急な傾斜を砂ぼこりのなかジープで進みます。斜面を登りきったそこには、エメラルドグリーン色の湖が眼下に広がり、奥にはモーミルサールが。
手前の船着場には湖を越えて中国からやってきたたくさんの物資がありました。本当に、突如このような湖ができて大変です。

パキスタンB1


ボートはエンジンつき、みなさまにはライフジャケットを着用していただきますので安全です。船着場から途中のグルミット村までは約1時間、グルミットから湖の端、フサイニ村の船着場までは約20分です。周囲はとても静か、ボートのエンジン音のみが響き渡る中 風を切って進むボートの旅は、これまでの陸路移動とはひと味違いとても新鮮です。私もカラコラムハイウェイ全1300kmの旅のなかで非常に印象に残っているのがこのボートでの1時間半だったかもしれません。
もちろん急遽孤島となってしまったグルミット村の人々の生活はいきなり不便を強いられることとなり、村人たちも「大変だ」と言っていました。今は湖も凍っているので徒歩のみの移動しかできないでしょう…。
ですが私たちが秋に訪れた時には、久しぶりの観光客を快く迎えてくれました。

また暖かくなった頃、ぜひ再訪したいです。

さらなる詳細は、パキスタン旅行説明会&料理の試食会にて報告します。ぜひご来場下さい!