カラーシャの谷

2013年05月30日

秘境、カラーシャの谷で祝う 春のジョシ祭り

皆さんこんにちは!!
先日は、パキスタンの山奥アフガニスタンとの国境近くにある「カラーシャ族」の暮らす谷を訪問し、春のお祭り「ジョシ祭り」を見学して来ました。
カラーシャ娘

カラーシャ族はイスラム教が国教のパキスタンではとても珍しく未だに独自の神を信仰する少数民族です。周囲のイスラム教徒は彼らをカフィール(異教徒)と呼び、その地をカフィリスタンと呼んできましたが、カラーシャ族の人々は自らを「カラーシャ」と呼び少数民族としてのアイデンティティを強く持っています。
現在のカラーシャ族はハイバル・パフトゥーンホア州の北部チトラル県のアフガニスタン国境に近いブンブレットト谷、ランブール谷、ビリール谷の3つの谷に暮らしています。
1970年代にはイスラムへの改宗が推奨され、人口わずか3千人程にまで減少し民族の存亡が危ぶまれましたが、その後の政府の政策などもあり、ここ30年ほどの間でカラーシャ族の人口は大幅に増え、現在では4千人余りの人々が暮らしています。
シャンドゥール峠

カラーシャの谷へは、今でも陸路でのアプローチが主流です。
今回はギルギットより2泊3日、ヒンドゥークシュの山々を縫うように走り、途中では美しい景色が開けるシャンドゥール峠(3720m)を越えて辿り着きました。
ティルチミール峰

お天気にも恵まれ、道中ではヒンドゥークシ山脈の最高峰ティリチミール峰(7708m)の雄大な姿も見る事が出来ました。

カラーシャの人達が暮らす谷はブンブレット、ランブール、ビリールの3つの谷。それぞれの谷は車一台がやっと通れる崖沿いのデコボコ道でつながっており、それぞれ片道1時間程の距離です。我々はブンブレットに宿を取り、3つの谷のお祭りと彼らの暮らしぶりを見学しました。
ランブール1

<ランブール谷のジョシ祭り>
カラーシャの人々にとって「ジョシ祭り」は春の訪れを祝う春祭りとなります。山羊のミルクやクルミパンなどを皆に振る舞い、人々が集まって踊りを踊って春の到来を祝います。この「ジョシ祭り」が終わると、各家の男達は山羊や羊などの家畜を追って山に上ります。夏の数カ月の間、彼らは家畜を放牧しつつ山で暮らすのです。
「ジョシ祭り」は家族単位で祝う「小ジョシ」と、村・谷の人達皆で祝う「大ジョシ」に分けられます。
ランブール2

数日のお祭り期間中、まず人々は各家族や氏族単位で「小ジョシ」をお祝いします。そしてお祭りの最終日には、谷の中央に位置する村の広場に谷中の人々が集まって谷を挙げてお祝い、踊りをするのです。
これを「大ジョシ」と呼びます。
ランブール谷では、一番奥の村「バラングル村」の沢を見下ろす高台に広場があり、そこに谷中の人々が集まって一日中踊りを踊って「大ジョシ」を祝います。
ランブール3

午前9時を過ぎると、三々五々晴れ着を着た村人が広場に集まり出し、大小2つの太鼓が奏でるリズムに合わせて踊り、唄っていきます。踊りや唄、リズムに決まりはありますが、その始まりは特に合図がある訳ではなく、即興でリズムが始められそこに自然発生的に踊りの輪が出来上がってきます。
速いリズムに合わせて、3~5人で肩を組んでグルグルと回る踊り「チャー」や、もう少し大人数(5~10人)で踊るテンポの良い踊り「ドゥーシャク」が良く踊られています。
午後から夜にかけてはお酒が入った男性が踊りの輪に加わる事もありますが、カラーシャの踊りは、彩り豊かな晴れ着を着た女性達が主役です。男達が順番に叩くリズムに合わせ、気が向いたら踊りの輪に加わり、ひとしきり踊ると広場の脇で休み、また気が向くと踊り、時には広場を後にして近所の知り合いのお宅に顔を出しておしゃべり、また広場に顔を出して踊り…といったように一日中かけて踊り、祝います。

一方、男達にとってのお祭りは踊りよりもお酒。朝からご近所を回って顔見知りの友人同士でお酒を飲む事が楽しみなようです。
お祭りには「カズィー」と呼ばれる長老も参加して、ありがたい村の伝説や神様のお話を人々に語ってくれます。このカズィーは神々への儀式などを取り仕切る存在でもあり、神職者の役割も兼ねています。
ブルン村1




<ブンブレットのジョシ祭り>
我々が宿を取ったブンブレット谷は3つの谷でも一番大きな谷です。
午前中は近くのブルン村で行われている「小ジョシ」を見学しました。



太鼓のリズムを中心とした踊りの形態は基本的に「大ジョシ」と変わりませんが、村の小さな集落の一角にある小さな広場で行われるそれは、素朴そのもの。村のご近所さん同士で声をかけ合い集まって、小さな子供からお婆ちゃんまで入り混じって踊ります。





お婆ちゃんが小さな子供達に踊り方を教えていたり、太鼓の腕前を競うように順番に叩く若者達、恥ずかしくて踊りの輪に加わるのをためらっている年頃の娘さんなど、微笑ましい姿がたくさん見られます。

ブルン村2

カラーシャの女性は、ピルハンと呼ばれるドレスを身にまとい、パティという着物の帯のようなものを腰に巻きます。普段、頭にはカラフルなシュシュットを被りますが、お祭りの時は多くの女性がコヤスガイを散りばめた更に豪華なクッパースを被ります。クッパースを被るのはどちらかと言うと年配の女性に多いようです。
ブルン村3

午後には谷の村々で「小ジョシ」を済ませた人々が谷の中央「バドリック村」の広場に集まり「大ジョシ」を祝います。早めに到着して広場手前で踊っていたグループの踊りが一段落すると、集まったカラーシャの人々が一斉に広場に移動します。見事な彩色の晴れ着に身を包んだカラーシャの女性達が、ひとかたまりで手に手にクルミの葉を振り、口笛を吹きながら歩く風景は「お祭り」という言葉がぴったりです。
ブンブレット1


ブンブレット2

メインの広場に移動した人々は、集団で輪を作ってリズムに合わせて「ドゥーシャク」を踊ります。
このブンブレット谷はカラーシャの谷の中でも一番大きな谷で、この大ジョシには近隣の谷からもカラーシャが来ますので、「ブンブレットの大ジョシ祭」は凄い人出です。カラーシャの人達はもちろん、パキスタン内外からの観光客、警備の警官隊が入り混じって大混雑。足の踏み場もない中、ひたすらに踊りが続きます。

<ビリール谷のジョシ祭>
ビリール谷はカラーシャの3つの谷の中でも一番小さく、谷の外からお祭りを見に来る人々もほとんどいないので、素朴なお祭り風景を見る事が出来ます。
ビリール1

この谷のお祭り広場は谷の一番奥、山道を歩いてしか行けない場所にあり、そこまで歩いて上るのが少し大変です。ただ、苦労して辿り着いた広場の周辺には数件の屋台が出ておりとても良い雰囲気。地元のカラーシャの人達がお祭りの合間にご飯を食べたり、小さな子供たちが親御さんにお菓子をねだっていたりと、カラーシャの素朴な縁日の風景が広がっていました。
ビリール2

ビリール3

ここのジョシでは、これまでとはまた違った種類の踊り(唄)を見る事が出来ました。「ダジャイーラック」と言う踊りで、30人位の大人数で輪を作り、ゆっくりと拍子をとり、回りながら皆で唄(言葉)を合唱していきます。これまで見てきたリズミカルな「チャー」や「ドゥーシャク」とは違い、どこか悲しげで荘厳な雰囲気が辺りに漂います。「チャー」や「ドゥーシャク」がお祝いの明るいイメージであるのとは対照的に、「ダジャイーラック」はどこか神々に祈る呪文のようでした。ビリール4


今回は運良く、ランブール、ボンブレット、ビリールの3つの谷の「大ジョシ祭り」を見る事が出来ました。
アジア人とはかけ離れた彼らの顔つきや目の色、そして女性達の色鮮やかな衣装に目を奪われっ放しでしたが、良く見ていくと、それぞれの谷ごとにお祭りの雰囲気や衣装などがちょっとずつ異なっていて、とても興味深いものがありました。
彼らと言葉を交すほどに、パキスタンの山奥に僅かに残された彼らの暮らしと文化が、これから先も変わらず続いて行く事を願わずにはいられませんでした。
ぜひ、機会がありましたらヒンドゥークシュの山を越えて、カラーシャの人々に会いに出かけて見て下さい。

田村 暁

tamura_saiyu at 17:00|Permalink

2012年03月21日

カラーシャの谷の春祭り・ジョシ

カラーシャ春祭りジョシ1
パキスタン北西部の山間に位置する「カラーシャの谷」 。パキスタンでは国民の約97%が国教であるイスラムを信仰していますが周囲から隔絶されたこの谷には独自の精霊信仰と生活習慣を守り続ける人々が暮らし しています。カラーシャの人々は、年間を通じて精霊信仰に基づいた儀式や祭りを行います。その中でも最も盛大で華やかな儀式のひとつである春 祭りジョシを見学するために2011年の5月、カラーシャの谷を訪れました。

ビシャの花谷に訪れた新しく美しい季節を祝う春祭り・ジョシ
カラーシャの人々は保守的で、宗教や慣習についてなかなか外部の人に話をしてくれません。しかし、ツアーで長年谷に通い続けた結果、訪問させていただいているボンボレット谷アユン村の学校の先生ラヒーム・カーン先生から、ジョシに関する詳しい話を聞くことができました。
数日間にわたって歌や踊り、様々な儀式が執り行われるジョシ。村の長老たちによってジョシの始まりが告げられ、少女たちがビシャと呼ばれる黄色い花を摘みに山に入ります。ビシャとは学名を Piptanthus Nepalensisというマメ科の植物。この花は春になると他の花よりも早く咲くため、まさに「春の訪れを告げる花」なのです。

カラーシャの春祭り チリクピピ翌日はチリクピピ(ミルクの儀式)が執り行われます。少女達が前日に集めたビシャの花を持って家畜小屋へ向かい、歌をうたい、花と引き換えに神聖なミルクを受け取るのです。家畜たちは、ジョシのあと男性たちとともに山に入り、春から夏にかけての数ヶ月間を高地で過ごします。




カラーシャ族 グルパリックグルパリック(赤ちゃんの清めの儀式)では、昨年のジョシのあとに生まれた赤ちゃんとお母さんが清められます。カラーシャの人々の間では、生理や妊娠・出産中の女性は「不浄」な状態とされ、清められるまで特別な小屋(バシャリ)で過ごす習慣もあります。 






その後、谷が一番賑わうジョシ、大ジョシと祭りが続きます。広場では男性が太鼓でリズムをとりながら歌い、着飾った女性達が輪になって踊ります。頭に羽飾りをつけ、黒地に鮮やかな刺繍が施された民族衣装を纏った女性たちは、まるで春の野山に咲くビシャの花のようでした。

カラーシャの春祭りジョシ3

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子

カラーシャの春祭り・ジョシを訪れる3コース
秘境カラーシャの谷とシャンドゥール峠越え
北部パキスタン冒険行
カラーシャの春祭りとヒンドゥークシュ最高峰ティリチミール展望トレッキング



sawada_saiyu at 20:15|Permalink

2011年06月22日

2011カラーシャの夏祭「ウチャオ」

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歌い踊り春の到来を祝うカラーシャの人々

パキスタンとアフガニスタンの国境沿いに暮らすカラーシャの人々。既にこのブログでも度々ご紹介しています。
「カラーシャ」についてのこれまでの記事はこちら>>

彼らはムスリムではないので、イスラムカレンダーに左右されず、ラマダンも
イードもムハッラムも何も関係ありません。自分たちの暦で生活をしています。

カラーシャの世界では独自の暦に基づき1年にたくさんのお祭りが行われます。
代表的なものは冬の「チョウモス」、春の「ジョシ」、夏の「ウチャオ」、3つのお祭りです。
そのうちの1つ、「ジョシ」に先月行ってきました。

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カラーシャの谷版「Abbey Road (THE BEATLES)」
カラーシャの生活で何よりも大切なものは「ヤギ」。お祭りの朝には家々を回ってヤギのミルクを集める。

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集めたミルクを持ち寄り木陰で一休み。


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「ハレの日」や葬式、家族に不幸事があったとき、頭に「クッパーズ」というビーズや子安貝をあしらった頭飾りを乗せる。普段から被っているビーズの頭飾り「シュシュット」に重ねて乗せるので、重さは2kgを超える。全て女性の手仕事。15歳くらいを過ぎると女の子は自分で作り始める。



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3つの谷から人々が集まり、老若男女が歌い踊り、最大の盛り上げを見せるジョシ最終日

次は8月に夏祭り「ウチャオ」に参加するコースが出発します。
谷では「ウチャオ」が終ると秋が来ると言われます。そして、この日を境に果実、豆類の収穫が解禁されます。今頃、彼女たちは「ウチャオ」を待ちわび、収穫のシーズンを待ちわびているはずです。


chika murata

夏祭り「ウチャオ」を訪問するコースはこちら>>

murata_saiyu at 08:58|Permalink

2011年05月13日

春のカラーシャ 帰国しました。

皆様、今年のゴールデンウィークはいかがだったでしょうか?大阪支社の川口です。

今年から新設定しました「秘境・カラーシャの谷とシャンドゥール峠越え」

お天気にも恵まれ、絶景のドライブを楽しみながら
無事ツアーを終えることができました。


ヒマラヤ山脈に比べると、目にする機会の少ないヒンドゥークシュ山脈の山々。
ヒンドゥークシュ山脈最高峰のティリチミール7708Mもしっかりと眺める事ができました。

まずはマスツージPTDCから見えるティリチミール
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そして、5時間ほど走ってチトラルから見えるティチミール
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容が全然違うのがお分かりでしょうか?

見る場所によって山は姿を変える。
当たり前の事ですが、改めて気付かされた一日でした。

そしていよいよカラーシャの谷へ。
ちょうど春祭りを見学するコースも出発したばかりですが、私たちが訪れた時はまさにそのお祭りに向けて準備が進んでいるところ。

庭先にミシンを出して新しい服に刺繍をする女性の姿をよく見かけます。

昨秋に訪れた時と若干の雰囲気の違い。

何かな?と思っていると、
あぁ、全体的に男性が多いんだと気付きました。

お祭りが終われば男性は放牧の仕事などで村から出て行きます。
なので、お祭りまでの今の季節はつかの間の休息の時。

もちろん、お祭り以外でも民族舞踊はしっかりとご覧いただけますよ。
踊って盛り上げるのは女性の仕事。
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ドラムスティックにデザインを施す子もいたり。
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トウモロコシ畑が新緑に染まり、秋の収穫とはまた違った景色を楽しむ事ができました。
新コースならではの初めてもまだまだありますが、長くなりそうなので続きはまた次回。

kawaguchi_saiyu at 12:05|Permalink

2011年05月08日

明日出発 カラーシャの谷・ジョシ祭

明日(5/9)、待ちに待った「秘境・カラーシャの谷とシャンドール峠越え 春祭り「ジョシ」見学」に出発します。

カラーシャ族の人々との初めての出会いはカラコルムハイウェイ上にある土産物屋にあった1枚の絵葉書でした。

黒い生地に明るい色の刺繍をした衣装、髪は5本の長い三つ編み、頭にはビーズや子安貝をふんだんに使ったヘッドギア、そして青い目の少女の姿がそこにありました。
「こんな格好をしている人々が山のずっと奥に住んでいるんだよ」と言われたとき、『観光客用に着ているでしょう?それともお祭りとかのときだけ?』と聞き返したことをよく覚えています。

2007年6月、初めてこの谷を訪れるました。ヒンドゥークシュ山脈の谷間を走る未舗装の細い道を埃まみれになりながら進むと、麦畑が点在し始め、そこで作業するおばあさんやお姉さん、棒っきれを持って走り回る子供たちが現れ、学校に行くのも、洗濯も、アンズの収穫もみんなその姿でした。ました。そこには絵葉書で見たままの世界が広がっていました。

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麦畑で作業する女性

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外国人珍しさに追いかけてくる少女

イスラム国家パキスタンの非イスラム世界。独自のカレンダーに基づいて行われるたくさんの年中行事。その中で、今回は長い冬が終わり、暖かい春の訪れを祝う「ジョシ」に参加してきます。


chika murata

murata_saiyu at 17:11|Permalink

2011年02月17日

気になるカラーシャ族の女性の衣装

kalash_danceカラーシャ族を特徴づける、女性の衣装。黒いドレスはピルハン、普段の時の頭飾りはシュシュット、祭りの時の頭飾りはクッパース(タカラガイの飾りがついている)、ピルハンのウェストベルトは織物でパティといいます。
ピルハンは最近はずいぶん派手な色使いのものが増えてきました。本来は黒ベースのものでしたが、色毛糸をミシンで縫いつけたカラフルなものが人気のようです。


jpgお祭りやハレの日につける頭飾りクッパース












kalash_dress02普段用の頭飾りシュシュット。頭飾りを取ると髪形は5本くらいの三つ編みで、前髪も横にもってきてシュシュットでとめている感じです。









jpg衣装は村のバザールでも売られていますが、女の子たちは裁縫が大好き。昔の記録写真と比べると、色彩や素材はずいぶん変わってきましたが、伝統を守りながら、そして時代にあわせて発展させているのでしょう。

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子


sawada_saiyu at 14:09|Permalink

2011年02月14日

カラーシャ族の宗教って・・・

■おどり DSC_6792

カラーシャ族の宗教は、インド・アーリア系の宗教の古い形態を残した貴重な存在ともいえ、ヴェーダ、先ゾロアスター文化に近いと考えられています。創造主としての神デサウとたくさんの神々が存在します。チョウモス祭のときに現れるバレマイン、サジゴール、マハンデーウなどの神、家を守る女神ジェスタックなど、暮らしと自然に密着した神々が存在します。祈りの場所をデワ(DEWA)といい、村ごとに小さな祭壇が神殿ジャスタック・ハンと村のはずれの山の斜面にあります。

神殿ジャスタク・ハン

jestak01ジェスタクは家庭内・家事、家族・結婚をつかさどり、神殿にいる女神。村ごとではなく、各氏族ごとに神殿を持っています。入り口には羊のモティーフ、内部の天井はラテルネンデッキがあり、典型的なパミール建築の装飾が見られます。神殿の奥にバレマインを現す木彫があり、壁にはチョウモス祭のときに描かれる壁画残っています。
ボンボレット谷のカラカル村は2つの氏族が暮らしていますが、この村のジャスタック・ハンは1つの建物に2つの氏族用の入り口があり、2つの氏族が共同で建てたジャスタック・ハンになっています。
写真はアニシュ村のジャスタック・ハン ヤギや羊のをモチーフとしたデザインや装飾、典型的なラテルネンデッキの天井など、山岳パキスタン、山岳タジキスタン、ワハーン回廊地域特有の建築スタイルが盛り込まれています。


木像ガンダウ

gandao01死んだ男性の記憶、どんな貢献、功績があったかを偲ぶために作られる像。このガンダウの制作と儀式は非常に高価で、たくさんのヤギやチーズ、ギーが必要なことから、作ることができるのは有力な金持ちの男性のみ。ボンボレット谷では2008年にブルン村で10年以上前に亡くなった父とおじ(兄弟)のために息子がガンダウを2体作りました。(現在もブルン村の墓地で見ることができます)。
このガンダウは儀式の場所の中心に立てられ、人々はその周りを踊り、儀式が終わるとガンダウは墓地へ運ばれていきます。


墓地マンダウ・ジャウ

tomb01本来の埋葬は、木製の棺にいれて墓地に置くだけの埋葬でしたが、50年ほど前からイスラム教徒と同様に土葬するようになりました。現在、白骨化して見えるものは50年ほど前の古いものだとのこと。かつて、木棺にはふたはせず魂が抜けやすいよう、そして自然に風化しやすいようになっていたのだといいます。




清浄と非清浄の強い概念

bashali01カラーシャ族は清浄なもの=pure、非清浄なもの=inpureの概念を非常に強くもっています。そのため不浄なものを清浄にする儀式がたくさんあります。
その代表的なものがバシャリ。生理中の女性が集まり、一緒に暮らす小屋です。出産もここで行なわれ、出産後は清めの儀式の後、夫の待つ家に帰ることができる。各村に1つづつあり、生理中のバシャリにいる女性は他人に触ってはいけません。手渡しなどもできないため、投げて渡したりします。


大祭壇マハンデウドゥール

各村にある小さな祭壇Dewaとは別に祭りに利用される大きな祭壇があります。ボンボレット谷にある一番大きな、祭りで使用される祭壇はバトリック村のマハンデウドゥール。幹線道路から山の斜面にあがったところにあります。木の敷居があり、中に生贄の祭壇、サラズの煙で清める場所があり、チョウモス祭の12月19日、ここに人々はヤギを生贄にやってきます。ヤギを押さえる場所、生贄の血をかけた跡が残っていました。ここで聖なる木サラズを焚き、その煙で清めます。チョウモス祭以外にも、ジョシ祭、ウチャウ祭のときにもここにやってきてチーズやパンを配ります。

なかなかお話だけではわかりにくカラーシャの宗教観。行って、見て、確かめてみてください。

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子



sawada_saiyu at 19:47|Permalink

2011年02月08日

秘境カラーシャの谷 「カラーシャ族はどこから来た?」

kafiristan03パキスタンは多民族国家。“多民族”のなかでも異色な存在のカラーシャ族。
“パキスタン・イスラム共和国“において、このパキスタンだけに暮らす、イスラムではなく独自の神を信仰する民族なのです。

1970年代にはイスラムへの改宗が推奨され民族の存亡が危ぶまれましたが、その後の政府によるカラーシャ族の保護もあり、過去20年ほどの間にカラーシャ族の人口は大幅に増加。カラーシャとしてのアイデンティティーを強く持ち、イスラムへの改宗が非常に少なくなったことと、母親たちがカラーシャの人口を増やすために7~8人の子供を生むことが理由にあげられます。古いガイドブックや案内書では人口3000人と記載されていますが、ここ数年訪れておる間、3つの谷(ボンボレット、ランブール、ビリール)をあわせて4000人はいるのではないか、と聞かされます。

「カラーシャ族はどこから来た?」 
kafiristan02これには3つの説があります。ひとつは、その白い肌・青い瞳ゆえに、紀元前4世紀のアレキサンダー大王の軍隊の末裔であるという説。アレキサンダー大王の軍隊がこの付近を通過したと言う事以外、何の立証もありませんがギリシャからの観光客も多く、NGOもこの谷で活動しています。
もうひとつはカラーシャの伝説・叙事詩に現れる“Tsiyam”という南アジアの土地からアフガニスタンへ移動してきたというもの。
そしてもうひとつは通説で、紀元前2世紀ごろアフガニスタンから現在のチトラールを中心とする地方に移動し、10世紀頃にはチトラール含む地域を中心に勢力を広め、12~14世紀には有力な王を持ち栄えました。が、その後周辺でのイスラムへの改宗が進み現在の3つの谷だけに残されるようになったといわれています。

現在のカラーシャ族はハイバル・パフトゥーンホア州Khyber-Paskhtunhwaチトラール県のアフガニスタン国境の谷、ボンボレット、ランブール、ビリールの3つの谷に暮らしています。

kafiristan01言語的にはインド・ヨーロッパ諸語のインド・イラン語派、ダルド語系カラーシャ語を話すグループ。かつては国境をはさんだアフガニスタン側にも同じカラーシャ族が暮らす「カフィリスタン」がありましたが、1896年にイスラムへの改宗が徹底され「ヌリスタン【光の国、イスラムの光の国】」へと変わったことから、パキスタンのカラーシャ族だけが唯一の存在となったのです。

神秘に満ちた伝説と白い肌に青い目、あまりに美しい女性の民族衣装姿。
きっと虜になるはずです!

文・写真 Mariko SAWADA 澤田真理子




sawada_saiyu at 20:11|Permalink