インダス文明

2016年10月26日

「モヘンジョダロ」がインド映画の舞台に!

この夏インドで、待ちかねていた映画が公開されました。
その名も「モヘンジョダロ」です!
インド映画ですが、モヘンジョダロが舞台になっています。

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Hrithik Roshan and Pooja Hegde in Mohenjo Daro posters

モヘンジョダロとは、言わずと知れたインダス文明最大の都市遺跡
遺跡を訪れ、焼成レンガで造られた町並みを歩いたり、
博物館で出土品を見るだけでも、当時の人々がたいへん豊かな暮らしをしていたことがわかります。

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有名なモヘンジョダロの「城塞区」。手前にあるのが沐浴場です。

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遺跡に併設されている博物館入口。

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博物館に描かれた街の復元図。

しかし、発掘が始まって80年以上が経っているにもかかわらず、この時期栄えた四大文明の他の文明(黄河文明、エジプト文明、メソポタミア文明)に比べて、インダス文明はわからないことが多いのも事実です。その最大の理由は、出土したインダス文字が未だに解読されていないからです。

では、そんなわからないことの多いモヘンジョダロをどうやって映画化したのでしょうか??
正解は・・監督は冒頭に「この映画はフィクションです」と入れて、かなり自由に映像化したのです。

とはいえ、インダス式印章に出てくるツノがついた衣装を着た人々の姿や、有名な沐浴場に実際に水が貼られ祭礼を行なっているシーン活気ある街を人々が行き交うシーンを見ていると、今から3000年以上も前にこんな暮らしがあったのかもしれない、と想像力がかきたてられます。

この映画、パキスタンでも公開されることになっていましたが、その後公開が中止になってしまいました。
9月にカシミール地方での印パ間の緊張が高まった結果、10月に入り、インド側は「今後パキスタン人俳優をインド映画内で使わない」とし、パキスタン側は「パキスタン国内でインド映画を上映しない」としたのです。

どちらも無期限での停止を宣言しているとのこと。早く緊張が緩和され、両国民がこの映画を楽しめる日が来ればいいなと思います。

さて、日本ではyoutubeなどでこの映画の公式予告編などが見られますので、モヘンジョダロへの旅をご検討の方は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。ただし、監督の自由な発想を元に作られた、フィクションだということはお忘れなく。。



Text by Megumi Nakatani

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nakatani_saiyu at 15:06|Permalink

2015年09月11日

パキスタンの博物館事情②モヘンジョダロ遺跡の出土品

前回に続き、パキスタンの博物館についてご紹介いたします。

モヘンジョダロより出土したもの中で、有名なのが高さ約13センチの小さな“踊り子像”です。
青銅でできたこの像は、インダス文明の優れた鋳銅技術を伝える重要なものなのですが、
現在パキスタンのラホール博物館やモヘンジョダロ博物館にあるものはレプリカで、本物はインド、デリーの国立博物館に展示されています。

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踊り子像(レプリカ)モヘンジョダロ博物館蔵

モヘンジョダロの大発掘が進められたのは1922年から1931年のこと。1947年のパキスタン独立前にこの像が発見されているので、インド考古局が保持したままということになっているのです。

このほかにも、多くの発掘品がインドに収蔵されていますが、パキスタン国内にもまだまだ貴重な発掘品が残されています。
分離・独立後は多くの考古遺跡がパキスタン側となり、パキスタン考古局によってその調査が進めらてれきました。

そんなパキスタンに残る、“マスターピース"の幾つかをご紹介していきたいと思います。

まずは、モヘンジョダロの”神官王像” ―カラチ博物館蔵です。

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神官像※モヘンジョダロ博物館蔵のレプリカの写真です。

モヘンジョダロは現在のパキスタン、カラチの北東部(車で1時間半ほど)に位置し、
紀元前2500年から1800年頃に繁栄したインダス文明最大の都市遺跡といわれています。
インダス文明は、インダス川流域を中心にインド亜大陸西北部に展開した南アジア最古の文明です。
この文明については、世界中の考古学者たちの努力により、徐々にその実態が明らかになってきていますが、未だに多くの謎が残されています。

エジプト文明、メソポタミア文明、中国文明といった、ほかの3つの古代文明の文字が今や何らかの形で解読されているのにも関わらず、インダス文明の文字は未だに解読されていません。
彼らの起源や信仰についても謎が残りますが、その衰退の経緯については最も大きな謎と言ってもいいでしょう。

そのような中で、現在カラチ博物館に収蔵されているこの神官王像は、その姿形からメソポタミアやさらには中央アジアとの関係を疑われるなど、インダス文明の謎を紐解くピースのひとつになるのではないかと言われています。

現在、本物は保存のため特別な保管庫に収蔵されており、パキスタン考古局による今後のさらなる研究成果が期待されます。

カラチ博物館はこのほかにも、インダス川流域から出土した考古資料が非常に豊富です。
なかでも、モヘンジョダロからの出土品に非常に美しいビーズがあしらわれた装飾品があるのですが、
本来この装飾品には倍のビーズが連ねてあり、なんと1947年のインド・パキスタン分離独立の際に半分に分割されてしまったという歴史を持っています。

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カラチ博物館※内部の写真撮影は禁止です。

次回に続きます。

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※催行状況は2015年9月11日現在のものです。

nakatani_saiyu at 16:10|Permalink

2011年08月24日

「ハラッパ」は本当に・・・

皆様こんにちは。大阪支社の川口です。
「モヘンジョダロ」と同じく、インダス文明を語る上で外せないのがパンジャーブ州にある「ハラッパ」遺跡。
ラホールから約200km、車で日帰りが出来る場所にあります。

実はモヘンジョダロよりも先に発見されていたのですが、当時はインダス文明の重要性を唱える学者たちもおらず、中々研究の対象にはなっていませんでした。

それどころか、1900年代初頭パキスタン国内で大規模な鉄道建設が行われた際に、鉄道の敷石として遺跡の煉瓦が大量に使用されてしまったのです。
その為、遺跡の保存状態は、モヘンジョダロほどよくないのが残念なところ。

なので、ここの遺跡に行くとガイドさんがよくこんな冗談を言います。

「ハラッパは本当に原っぱです」

しかし、インダス文明の遺跡としてモヘンジョダロよりも先に発見されたこの遺跡。
最盛期には2万人近くの人が生活していたといわれています。

穀物倉庫跡はきちんと風の通りも考えて作られていたり、作業台は中央に木製の臼を置いて使っていたと考えられています。
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そして、もう一ヶ所。
インダス文明より少し前にコート・ディジ期と呼ばれる時代がありました。
紀元前2800年頃に栄えた文明です。
今、ここに残っている都市遺跡址がこちら。

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遠目にみると本当に土山ですが、近づくと壊れた陶器の破片がゴロゴロと転がっています。
状態の良いものはカラチ博物館にありますが、ここで色々な破片を探すのもここを訪れる楽しみの一つ。

以外と大発見があるかもしれません。

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kawaguchi_saiyu at 12:31|Permalink

2011年08月19日

パキスタン南部の見どころ

皆様こんにちは。大阪支社の川口です。
さて、広~いパキスタン。大自然を満喫するなら北部ですが、南部には世界遺産がたくさんあります。
南に位置するシンド州。ここにはインダス文明の遺跡と有名な「モヘンジョ・ダロ」があります。
そう、社会の授業で習ったインダス文明を代表する都市遺跡はパキスタンにあるんです。
よく見かけるこの写真。

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中央のストゥーパが印象的ですが、これはインダス文明の時代のものではありません。
文明が栄えたのは紀元前2500年前から紀元前1800年にかけてですが、インダス文明衰退後、時代の移り変わりと共に遺跡の上に何層もの生活圏ができ2000年以上も後の仏教時代(7世紀頃)建てられたのがこのストゥーパなのです。

しかし、モヘンジョ・ダロの遺跡が発掘されるきっかけとなったのもこのストゥーパ。第3代インド政府考古局局長のジョン・マーシャルの指示でストゥーパ周辺の仏教遺跡の調査をしていた考古学者がストゥーパ周辺から都市遺跡を発見したのです。

インダス文明が有名な理由は、とにかくその優れた都市計画にあります。遥か5000年近くも前に、碁盤目の街路、規格化された窯焼き煉瓦、そして下水道や水洗トイレなどの排水溝整備がこれほど整っている遺跡に、初めて訪れた時はただただ圧倒されました。

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とにかく広いこの遺跡。今なお発掘されていない場所はたくさんあります。
横に広いだけではなく、遺跡の下にもまだ見ぬ文明の址があるかもしれない謎多き都市遺跡。

夏場の気温はなんと50度近くまで上がるので、観光に向いているのは日本の秋から冬にかけてだけです。
そんなモヘンジョ・ダロをたっぷりと見学できるのがこちらのコース。
「シンド・パンジャーブ紀行」

まだまだ謎の多いインダス文明最大の遺跡を語るには、時間もたっぷり必要。
観光中は特に日陰なども無いので、帽子とお水は忘れずに。


kawaguchi_saiyu at 17:38|Permalink