ラホール

2017年01月27日

ヤギのヒヅメカレー「パーエ」の名店「Phaja Siri Paye Lahore wale」

image


ラホールはグルメな街として有名。夜になると各地に歩行者天国のフードストリートが作られ、家族や友達同士で食事をする人々で賑わっています。

そんなラホールの名物料理のひとつが、ヤギの蹄のカレー「パーエ」です。

image


数あるパーエのお店の中でも、有名なのは「Phaja Siri Paye」
バードシャーヒーモスクの南側、シャーヒーモハラストリートに2店舗が隣接しています。
一見古い普通の食堂に見えますが、テレビや新聞の取材が来ているのを何度か見かけました。

image


大量のヤギの蹄が煮込まれる様子は、まるでとんこつラーメンのスープを作っているよう。
丁寧に下処理され、骨の髄までとろとろに煮込まれた蹄の濃厚なスープは、全く臭みがなく絶品です(最低でも6時間煮込み続けているとか・・・)。

DSCF3022


image


オーダーが入るとコックさんが骨を割って食べやすくほぐしてくれ、最後にスパイスをふりかけ味を整えてサーブしてくれます。

このお店ではパーエとナンしか売られていませんが、希望すれば隣接する食堂のカレーやチャパティ、チャイを一緒に頼むこともできます。

DSCF3021


料金は写真の量のスープ(これで一人前の半分です)にナンが3枚ついて約400円。
ラホールの普通の食堂で頼むチキンカレーなどの倍以上の料金ですが、お店はいつも地元のお客さんで賑わっています。

テイクアウトも可能ですので、チャンスがあれば是非ご賞味ください!

(文・写真 中谷愛)

講演会&旅行説明会のお知らせです

【観光】 3/18(東京)2/4(大阪)【トレッキング】2/26(東京・大阪)開催
パキスタンを知ろう!パキスタン講演会&旅行説明会

※3月18日の東京開催では、池袋のパキスタン料理屋さん「マルハバ」にて、懇親会&お食事会もございます!
詳しくはこちらをご覧ください!

nakatani_saiyu at 10:05|Permalink

2017年01月16日

ラホール旧市街の風情を楽しむフードストリート

パキスタンの古都ラホールの世界遺産、ラホール城と、その向かいにあるバードシャヒーモスク。

その2つの建築物の南側は、ヒーラーマンディー、ダイヤモンドストリートと呼ばれていました。

夜になると踊り子たちが舞い、それを楽しみに男たちが集まっていたこの通り。治安の関係で観光客が近づきにくい雰囲気がありましたが、近年リノベーションされ、歩行者天国のフードストリートになりました。

image

バーベキューの香りに包まれる夜のフードストリート。

image

カリミーリーチャエ(カシミール地方のナッツ入りのピンクチャイ)などの屋台もでます。

image

踊り子たちはいなくなり、かわりに着飾った家族連れが訪れる観光スポットになりました。

image

当時使われていた建物がギャラリーとして修復、公開されています。

当時置屋として使われていた建物はホテルやギャラリーになり、ルーフトップレストランからはすばらしいバードシャヒーモスクのライトアップが見られます。

image

レストランのひとつ「Haveri」は一番展望が良いのでオススメです。

その他にも、ラホールを周遊する観光バスが毎日運行していたり、観光用の豪華なリキシャーが走っていたりと、観光に力を入れているラホール。外国人観光客の姿はあまり見られませんが、地方から多くの国内旅行者が訪れ、古都の雰囲気を楽しんでいます。

(写真・文 中谷愛)

nakatani_saiyu at 19:13|Permalink

2016年12月12日

パキスタン映画「娘よ」が来年3月日本公開予定!

28


Dukhtar


パキスタン北部が舞台になった映画「Dukhtar」。

2017年3月25日、「娘よ」という邦題で、東京・岩波ホールにて公開予定です!!

予告編はこちら!



この映画は、2015年2月に開催された第87回アカデミー賞外国語映画賞のパキスタン代表作です。

先日、少しだけ映像を見るチャンスがありました。物語の冒頭、左にディラン、右にラカポシと思われる山が見えるはずの(映画では少し曇っていて山の上は見えない)谷を背景に美しい少女二人が語り合うシーンがあり、もうそれだけでテンションが上がってしまいます。

C1
これは弊社が持っている春の写真ですが、映画は冬?秋の終わり?に撮られたようで、もっと荒涼とした風景がひろがります。

その後も美しいカラコルム・ハイウェイデコトラ、映画の後半にはラホールの街名物料理カタタクを作る様子まで出てきて、パキスタンファンにはたまらない内容となっています。

DSCN1493
パキスタン名物デコトラ。

この映画をご覧になって、美しいパキスタン北部を旅したくなるお客様がきっと増えるだろうと思います。

ストーリーに関しては、もう少し公開が近づいて来たら弊社で好評連載中のブログ「旅と映画」で神保監督が紹介してくれると思いますのでそちらを楽しみにお待ちください!

また、2017年度、パキスタン北部への旅が掲載された「シルクロードパンフレット」は年末までにお客様のお手元にお届けすべく、現在製作中です!乞うご期待!

西遊旅行でいく!パキスタンの旅はこちらをご覧ください!

nakatani_saiyu at 17:31|Permalink

2016年10月26日

「モヘンジョダロ」がインド映画の舞台に!

この夏インドで、待ちかねていた映画が公開されました。
その名も「モヘンジョダロ」です!
インド映画ですが、モヘンジョダロが舞台になっています。

hrithik-roshan-pooja-hegde-mohenjo-daro-main
Hrithik Roshan and Pooja Hegde in Mohenjo Daro posters

モヘンジョダロとは、言わずと知れたインダス文明最大の都市遺跡
遺跡を訪れ、焼成レンガで造られた町並みを歩いたり、
博物館で出土品を見るだけでも、当時の人々がたいへん豊かな暮らしをしていたことがわかります。

Moenjodaro-saiyu (4)
有名なモヘンジョダロの「城塞区」。手前にあるのが沐浴場です。

museum1-3
遺跡に併設されている博物館入口。

Moenjodaro-saiyu (8)
博物館に描かれた街の復元図。

しかし、発掘が始まって80年以上が経っているにもかかわらず、この時期栄えた四大文明の他の文明(黄河文明、エジプト文明、メソポタミア文明)に比べて、インダス文明はわからないことが多いのも事実です。その最大の理由は、出土したインダス文字が未だに解読されていないからです。

では、そんなわからないことの多いモヘンジョダロをどうやって映画化したのでしょうか??
正解は・・監督は冒頭に「この映画はフィクションです」と入れて、かなり自由に映像化したのです。

とはいえ、インダス式印章に出てくるツノがついた衣装を着た人々の姿や、有名な沐浴場に実際に水が貼られ祭礼を行なっているシーン活気ある街を人々が行き交うシーンを見ていると、今から3000年以上も前にこんな暮らしがあったのかもしれない、と想像力がかきたてられます。

この映画、パキスタンでも公開されることになっていましたが、その後公開が中止になってしまいました。
9月にカシミール地方での印パ間の緊張が高まった結果、10月に入り、インド側は「今後パキスタン人俳優をインド映画内で使わない」とし、パキスタン側は「パキスタン国内でインド映画を上映しない」としたのです。

どちらも無期限での停止を宣言しているとのこと。早く緊張が緩和され、両国民がこの映画を楽しめる日が来ればいいなと思います。

さて、日本ではyoutubeなどでこの映画の公式予告編などが見られますので、モヘンジョダロへの旅をご検討の方は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。ただし、監督の自由な発想を元に作られた、フィクションだということはお忘れなく。。



Text by Megumi Nakatani

冬はモヘンジョダロを含む、パキスタン中部〜南部のベストシーズン!!
西遊旅行で行く「シンド・パンジャーブ紀行」はこちらをご覧ください。


nakatani_saiyu at 15:06|Permalink

2016年07月25日

【イベント情報】『ソング・オブ・ラホール』を通して見るパキスタンの音楽家と音楽世界

この夏、東京から公開が始まる映画「ソング・オブ・ラホール」パキスタンの古都・ラホールの音楽家たちが主人公のドキュメンタリー映画とのことで、公開を楽しみにしていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

lahole (2)
世界遺産ラホール城から望むバードシャヒーモスク。モスクの後ろには、かつてムガール宮廷お抱えの楽師だった音楽家たちが今も暮らす旧市街が広がっています。

神保監督のブログ「旅×映画」でも、この映画にについての紹介記事がありました。元・添乗員である神保監督にしか書けない面白い記事ですので、是非ご覧になってみてください!

この、映画「ソング・オブ・ラホール」に関して、公益財団法人日本・パキスタン協会さんから講演会のご案内が届きましたのでご紹介します。

講演会「『ソング・オブ・ラホール』を通して見るパキスタンの音楽家と音楽世界」
映画『ソング・オブ・ラホール』で描かれるパキスタンの音楽家たち。音楽家とはどんな人たちなのか。取材した映像と映画のシーンを交えながらその厳しくもいとおしい素顔に迫るトークをお楽しみいただきます。

講師:村山和之さん(中央大学・立教大学兼任講師)
日時:8月26日(金)午後6時半~8時半
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区代々木神園町3番1号)
   センター棟106室 http://nyc.niye.go.jp/category/facilities/center/
交通:小田急線参宮橋下車徒歩7分 http://nyc.niye.go.jp/category/access/
定員:40人
会費:日本・パキスタン協会会員無料/一般500円
お申し込み:事前に電話、ファックス、メールなどで協会までお申し込みをお願いします。
お申し込み先:日本パキスタン協会 Phone 03-5327-3588/Fax 03-5327-3598/Email kyokai@japan-pakistan.org

講師の村山和之先生は、弊社のパキスタン講演会・旅行説明会でもご講演いただいたことがある先生で、映画の主人公である音楽家の皆さまとも親交がある方です。

映画を見てから先生のお話しを聞くも良し、お話を聞いてから映画を見るも良し。映画の内容をより深くお楽しみいただけること間違いなしです!是非足をお運びください。

lahole (1)
旧市街の建物の一部は改築され、おしゃれなカフェやレストランとして使われています。


▼ご注意▲(株)西遊旅行主催のイベントではありません。詳細などお問い合わせは日本パキスタン協会さんへお願いいたします。

Text by Megumi Nakatani


nakatani_saiyu at 14:37|Permalink

2015年10月28日

一番人気、ワガの国境フラッグ・セレモニー - シンド・パンジャーブ紀行 2014 (7)

ワガ国境 (4)

2014年の年末年始はパキスタンへ。カラチからイスラマバードへとシンド州・パンジャーブ州を旅した記録です。

インドとの国境までわずか1時間という距離にあるラホール。この道はムガール帝国時代の「王の道」、そして「アジア・ハイウェイー」、「国道一号線」としてインドのアグラへとつながっています。
ラホール側の国境はワガという小さな町で、インド側はアターリー。

この国境では毎日、インド、パキスタン双方の国の軍人によるフラッグ・セレモニーが行われています。私たちも観覧席に座って見学。「あっちに座れ、立つな、おとなしくしろ」となかなか小うるさい警備兵たちです。両国を仕切る門が開いて、軍人たちが少し滑稽にすら見えるくらい高々と足をあげて、大声でどれだけ長く号令をかけられるか合戦をして、観客も「ジベジベ(永遠に)・パキスタン!」、「パーキスタン・ジンダバー(万歳)!」と歓声をあげていました。※「JEEVE JEEVE PAKISTAN」という歌があります。YOU TUBE など動画サイトにも上がっていますので、よかったら見てください。

ワガ国境 (3)

インドとの国境に立つ警備兵

ワガ国境 (5)

軍人たちが出てきてパフォーマンスの始まりです。

ワガ国境 (7)

2メートル近い背の高い軍人が選ばれています。以前、話す機会があったのでなぜあなたが選ばれたのかと聞いたところ「背が高かったから」という回答が帰ってきたことがありました。その大男かが足を高くあげて足を鳴らして威嚇します。

ワガ国境 (8)

正面から見るとこんな感じ。ちなみにYOU TUBEには足を上げすぎてひっくり返っている様子などの動画もあがっているようです。

インド側は、インド独立の父ガンジーの肖像画を、パキスタン側はパキスタン建国の父ジンナーの肖像画を大きく掲げていました。このフラッグ・セレモニーが行われている限りは、印パの関係はまだ安心できると思っていいと思います。

ワガ国境 (1)

フラッグ・セレモニーを見守るインド側、インド独立の父、ガンジーさん。

ワガ国境 (2)

そしてパキスタン側、建国の父、ジンナーさん。

ワガ国境 (10)

両国の国旗が降ろされ、たたまれ、軍人たちに守られるように建物へと運ばれていき、セレモニーは終了です。

夜は、「アナルカリバザール」というフードストリートへ。このストリートは400年前、ムガール帝国4代皇帝ジャハンギールによって造られたという歴史あるストリート。南アジア最古のバザールと言われています。

ワガ国境 (11)

パキスタンの場合、「食はラホールにあり」と言われるように、ラホールはグルメで有名です。カラヒ鍋で作られた「マトン・カラヒ(カレー)」の他に、マトンの脳みそを使った「ブレインマサラ」やヤギの睾丸をスパイスで炒めた「タカタック」を召し上がっていただきました。「タカタック」とは店の前で客寄せのために鉄板をコテで「タカタカ、タカタカ」叩く音から名前が付けられました。

そして、明日はパキスタンの首都イスラマバードへ。

文・写真 by 村田知香 Murata Chika

西遊旅行のパキスタンの旅「シンド・パンジャーブ紀行」はこちら!


murata_saiyu at 08:00|Permalink

2015年10月27日

ムガール帝国の古都ラホール満喫 - シンド・パンジャーブ紀行 2014 (6)

ラホール  バドシャヒモスク (1)

2014年の年末年始はパキスタンへ。カラチからイスラマバードへとシンド州・パンジャーブ州を旅した記録です。

カラチは商業都市、イスラマバードは首都・政治の中心都市、そしてラホールは大学などがたくさんある学研都市で、人口は約1000万人と意外に大きな町です。2015年1月現在パキスタン首相のムハンマド・ナワーズ・シャリフさんの出身もラホールです。

そしてこの町はムガール帝国の栄華を見ることができる町。インドのアグラにも決して負けないほどの文化遺産が残されています。

朝、まずバドシャヒモスクへ、パキスタンで最も美しいモスクです。

ラホール  バドシャヒモスク (2)

オールド・デリーにあるジュマ・マスジッドやアグラの建築物などと同様、ムガール美術の決定版ともいえる建築物です。

バドシャヒモスク
 ラホールの象徴といえる、世界最大規模を誇るモスク。「バードシャーヒー」というのは「皇帝の」という意味で、このモスクを建設したムガール朝第6代皇帝アウラングゼーブを指します。中央の広場は一辺が160mあり、一度に10万人の人が礼拝できるほどの大きさです。そして四隅に立つミナレット
(尖塔)の高さは約50mもあります。礼拝堂は赤砂岩と大理石で造られていますが、この赤砂岩は「ピンク・シティ」と呼ばれるインドのジャイプールから運ばれたもの。このことからも、当時広い領土を支配したムガール帝国の繁栄が伺えます。


そしてそばにあるラホール城。通常、「セット」で訪問します。

ラホール城
 ラホール最古の建築物と言われるラホール城は、歴史的に何度も手が加えられ、現在の壮大なラホール城に仕上がりました。最も初期の築城は11世紀。当時は泥製でした。17世紀、ムガール帝国第3代皇帝アクバルがラホールを都とした際、この泥の城を基盤とし、泥を撤去しながら新たな城の建築を開始。その後、歴代皇帝が建築が重ね、拡張し、今の姿になりました。内部には王族の宮殿、謁見所、女王の宮殿シーシュ・マハル(鏡の間)等、どれもすばらしい装飾に、当時のムガール帝国の栄華を偲ぶことができます。シャリマール庭園とともに世界遺産に登録されました。


ラホール (8)

バドシャヒモスクの対面にあるラホール城

ラホールフォート (1)

アクバルの時に建築がはじまり、第4代皇帝ジャハーンギールの時に完成した「ジャハーンギール庭園」

ラホールフォート (2)

シャー・ジャハーンによって作られたディワニアーム(謁見所)

ラホールフォート (3)

城内で最も美しいとされる「シーシュ・マハル(鏡の間)」。その名の通り、ガラスの破片をアラベスク模様に壁に埋め込んであり、明かり一つで全体を照らせます。第5代皇帝シャー・ジャハーン、第6代皇帝アウラングゼーブの2代に渡って作られました

ラホールには「ムガール帝国」の象徴とも言える、ペルシャの影響が強いムガール庭園も残されています。それが世界遺産にも指定されているシャリマール庭園。

シャリマール庭園
ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンにより王族の保養地として造られた庭園。左右対称の水路はペルシア様式で、運河により運ばれた水を利用した噴水やテラスがあり、当時の技術の高さに驚かされます。全体の構造は3段階になっていて、それぞれの階に王座や、王の家族座る席があります。1981年に世界遺産に登録されました。


ラホール (4)

シャリマール庭園の美しい噴水は、以前は100ルピーほど支払うと、噴水を少し上げてくれましたが、今はデング熱を媒介する蚊が発生するのを防ぐため噴水は禁止になってしまいました。


そして、もうひとつのみどころが「ラホール博物館」。パキスタンで収蔵量No.1の博物館です。目玉は何と言ってもガンダーラ美術の「断食する仏陀」(旧北西辺境州のマルダン近く「シクリ」から出土と言われています)。「ガンダーラ」に関する収蔵品は「ペシャワール博物館」が一番ですが、残念ながら今はツアーでは訪問できないため、この「ラホール博物館」のガンダーラ美術に関する展示は見逃せません。

ラホール博物館 ガンダーラ (2)

ゴータマシッダールタの出城の様子 愛馬カンタカに乗っていますこのような彫刻は片岩に彫られ、当時僧院にその地方の有力者が寄進した「奉献ストゥーパ(仏塔)」の表面に装飾としてつけられていたレリーフの一部です。釈尊が釈尊として誕生する前(前世)のお話「本生譚」や釈尊の一生などがモチーフになっています。

ラホール博物館 ガンダーラ (3)大変有名な仏陀像、「断食仏陀」。もう一体はペシャワール博物館にあります。
断食するゴータマシッダールタ(悟りを開く前) この後、牧女・難陀婆羅(一般的にはスジャータと呼ばれています)から乳粥を施されます。



















ラホール博物館 ガンダーラ (1)ガンダーラ美術の特徴のすべてを押さえたような弥勒菩薩、隆々とした上半身、右側に体重をかけた立ち方、ウェービーヘヤー、切れ長の目、ドレープをたっぷりと取った衣など。




















ガンダーラ
紀元前6世紀から紀元後11世紀まで、アフガニスタン・バーミヤンあたりからパキスタン中部・タキシラあたりまでを範囲として栄えた王国。1~5世紀頃、クシャーン朝で仏教が信奉されました。
この地域には、紀元前320年頃にアレキサンダー大王が訪れており、ヘレニズム(ギリシア)の影響が色濃く残っていました。仏教では、当初偶像の崇拝はされていませんでしたが、紀元前50年から紀元後75年頃にこの地でヘレニズム様式の像が作られ始まました。従って、中高の顔、アーモンド型の目、前に出た顎、波打つ髪型、厚い胸板などヨーロッパ人の身体的特徴が見られます。また、西洋の古典芸術の勃興期から用いられた「コントラポスト」という体重の大部分を片側にかけて立つ人を描く視覚芸術も用いられています(ミケランジェロのダビデ像と同じ)。その他、執金剛神がギリシア神話のヘラクレスのように彫られていたりもします。


でも、本日のヒットはこちら。

ラホール (11)

ラホールの入口すぐのところにある木製の橋げたにいたフクロウ、Barn Owl。
お面をつけているように見えることから和名は「メンフクロウ」です。

みどころたっぷりのラホール。そしてお待ちかね、一番人気の「ワガ国境・フラッグセレモニー」へ。

文・写真 by 村田知香 Murata Chika

西遊旅行で行く、パキスタンの旅「シンド・パンジャーブ紀行」はこちら 

murata_saiyu at 08:00|Permalink

2014年05月20日

アントニオ猪木さんとパキスタン

4月末、上野公園で行われた「パキスタン・ジャパン・フレンドシップ・フェスティバル」に遊びに行ってきました。

このお祭りを訪れるのは3回目ですが(前回の様子はこちら)、
なんと、今年は舞台の前に特設リンクが作られています。
どうやら、アントニオ猪木さん率いるプロレス団体IGFの特別試合が行われるようです。

inoki
特設リンクに向かう猪木さん

「なぜパキスタンのお祭りに猪木さんが?」と思われる方も多いことでしょう。
しかし、猪木さんとパキスタンには、1976年から続くご縁があるのです。

パキスタンには、「ペヘルワーン」と呼ばれるレスラーがいます。
ペヘルワーンの歴史には、諸説ありますが、ムガール帝国時代に皇帝の庇護のもと特に栄えた文化だと言われています。

1976年、猪木さんはパキスタンの首都・カラチで当時の英雄アクラム・ペヘルワーンと国際試合を行いました。
猪木さんはパキスタンでも人気者となり、「イノキ・ペヘルワーン」と呼ばれるようになったのです。

その後も猪木さんは1979年にアクラムの弟ジュベール(ジャラ)・ペヘルワーンと試合を行ったり、2012年にパキスタンでIGFの試合を行ったり(テロやデモの危険を恐れて長らくスポーツの国際試合が行われていなかったパキスタンを活気づける目的があったとのことです)と、スポーツを通しての交流を続け、2013年にはパキスタンとの「スポーツ親善大使」に任命されました。

現在、ジュベール・ペヘルワーンの甥御さんが日本に留学し格闘技を学んでおり、猪木さんはそのサポートもされているとのことです。

現在、パトロンを失ったペヘルワーンたちは苦しい生活を強いられるようになりました。しかし、現在も、旧市街にあるムガール帝国時代の居城・ラホール城近く「ローハーリー・ゲート」の周りには、ペヘルワーンの子孫たちが暮らしていて、仕事のかたわら、昔ながらのトレーニングを続けています。

20060911212154
ローハリー・ゲート近くの道場にあった、ジュベール・ペヘルワーンと猪木さんのポスター。右上にウルドゥー語で「イノキ・ペヘルワーン」と書かれています。

かつてはコモンウェルス・ゲームでいくつもの金メダルをとる実力を持っていたパキスタンのレスリング。最近はお客が減っているようですが、ジュベールの甥御さんはじめ若手の活躍で、再び盛り上がりを見せて欲しいものです。

20060911213336
道場で伝統的なトレーニングを積むレスラーたち

カラチやラホールを訪れる人気コース、「シンド・パンジャーブ紀行」。
2014年~2015年の新コースは7月中頃「総合ツアーパンフレット136号」にて発表予定です。

lahore
ラホールの旧市街にあるラホール城からの景色。正面はバドシャヒモスク、背後に旧市街が広がっており、ローハーリー・ゲートは左手奥にあります。

nakatani_saiyu at 10:30|Permalink

2013年11月17日

ガンダ・シン・ワラのフラッグ・セレモニー

گنڈا سِنگھ والا Ganda Singh Wala Flag Ceremony

ラホールに近いインドとの国境ワガのフラッグ・セレモニーは有名で毎日、日没前にはインド・パキスタンの両国民が集い、フラッグ・セレモニーなるイベントを楽しみ、応援合戦を繰り広げています。

インドとの国境にはもうひとつ、フラッグ・セレモニーを行っているところがあります。
それはガンダ・シン・ワラの国境、ラホールから1時間ほどのところにあります。
この国境は現在は閉鎖されていますが、1960年代、70年代はここがインドとパキスタンの重要な国境でした。その後、その機能はパキスタン第2の都市ラホールとインドのアムリトサルをつなぐワガへと移り、現在は毎夕刻にフラッグ・セレモニーが行われるだけの小さな国境となっています。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (4)
ラホールから南下する道を走り、ガンダ・シン・ワラへ。トラックが多いワガへの道とちがい、家畜が放牧され、道路上には収穫されたトウモロコシが日干しされる、のどかな道のりです。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (5)
ガンダ・シン・ワラの国境に到着。ワガのそれ、と似ていますが小さいです。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (7)
なんといってもインドが近く、双方の観客同士の顔が見える距離です。訪問した日は、インド側の観客は少なく、パキスタン側が優勢な日でした。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (8)
間もなくセレモニーが始まります。会場の軍人にどうやってこのセレモニーに出る人が選ばれるのか聞いたところ「背が高い人」という返事が返ってきました。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (3)
インドに比べると大きくりりしいセレモニーのパキスタンの軍人。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (10)
セレモニーは地面を強く蹴って足音をならし銃をおいて整列、ワガのセレモニーよりもアクションが多いものでした。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (9)
足元を見ると、地面を蹴った時に音が出るしかけが。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (1)
セレモニーの最後、両国の国旗が降ろされます。

Ganda Singh Wala フラッグセレモニー (2)
両国の国旗がきれいにたたまれセレモニーは終了。

「パキスタン万歳」と叫んでいた女性の中には、セレモニーの終了後、軍人の手に敬意を払いにいく姿も見られました。

小さな国境でのフラッグ・セレモニー。
2度目のフラッグ・セレモニーの方は是非、ガンダ・シン・ワラを訪問してみてください。

文・写真 Mariko SAWADA  澤田真理子



パキスタン添乗員同行ツアーはこちら
パキスタン個人旅行・フリープランはこちら



sawada_saiyu at 17:55|Permalink

2013年02月04日

パキスタン映画DVD上映会 「BOL~声をあげる~」 ご報告

去る、2月2日土曜日にパキスタン映画DVD上映会 「BOL~声をあげる~」をICI石井スポーツにて開催いたしました。
沢山の方にご来場いただき誠にありがとうございました。
お陰様を持ちまして、大盛況のうち閉会させていただくことが出来ました。

今回は、日本語字幕を監修され、ショエーブ・マンスール監督ともご友人である、インド・イスラーム研究者の麻田豊先生をお招きし、映画のみどころなど先生ならではの映画紹介をお話しいただきました。

映画上映前には、映画内で出てくる用語の解説などをしていただき、
また上映後には、パキスタンには日本の倍の人口があり才能のある人材がたくさん眠っていること、いろいろなやりたいことがあっても実現できず、夢を描き続けて生きている人々がいることなどを語ってくださいました。

bol


今回、予定が合わず会場にご参加できなかった方もいらっしゃると思いますが、
3月23日(土)には東京で、24日(日)には大阪で「パキスタンを知ろう!パキスタン講演会&旅行説明会」も開催いたしますので、そちらにもぜひいらしてください。

また、ウェブサイトでもパキスタンの魅力に迫るコンテンツを随時更新しています。是非あわせてごらんください。

■パキスタン観光ツアーはこちら
□パキスタントレッキングツアーはこちら
■パキスタン個人旅行はこちら

□パキスタンエリアガイドはこちら
■パキスタンみどころマップはこちら
□パキスタン基本情報はこちら
■フンザ徹底ガイドはこちら

nakatani_saiyu at 17:08|Permalink

2012年12月09日

パキスタン映画DVD上映会 「BOL~声をあげる~」開催決定!

みなさま、「パキスタン映画」といえば、どんな映画を想像されますか?

私がラーホールに住んでいた8年前、パキスタン人の友人たちは口を揃えて言っていました。
「パキスタン映画はバイオレンスばかりで面白くない」
「見る価値がない」
「パキスタン映画を見るくらいなら、インド映画を観たほうがいい」

MOVIE
パキスタン映画(イメージ)

(もちろん、その当時もよいパキスタン映画はあったのかもしれませんが…)

当時、パキスタンの映画館ではインド映画は殆ど上映されていませんでした。
にもかかわらず、皆テレビや(恐らく海賊版の)DVDなどでインド映画ばかり観ていました。

昨年9月に福岡で開催された「アジアフォーカス福岡国際映画祭」で、そんなパキスタン映画 「BOL~声をあげる~」が福岡観客賞を受賞!

その後10月に東京・大阪で開催される「インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン」で、数々のインド映画とともにその映画が上映されると聞き、さっそく観に行ってきました。



舞台はラーホールの旧市街。現代の話でありながら、今も残る父権社会の因習や男女格差などパキスタンの抱える問題がこれでもかと突きつけられます。

untitled2
厳しい因習をなんとか改善しようと懸命に生きる主人公ザイナブ

それでも強く生きようとする若者たちの姿、旧市街の美しい建物やパンジャーブの農村風景、タワーイフ(高級娼婦)がいるヒーラーマンディーの人々の暮らし…映画の魅力にすっかり引き込まれてしまう2時間半でした。

untitled4
高級娼婦ミーナー

untitled
ザイナブの家庭とは対照的にリベラルな家庭で育ったムスタファー

「こんなに素晴らしい映画に、日本語字幕まで用意されているのに、日本で3回しか上映されないなんてもったいない」。この映画の字幕を監修された麻田豊先生に、映画上映会をやりたいとご相談しました。

麻田先生はじめ、多くの方のご協力のおかげで、来年2月に映画上映会を開催することが決定しました。
当日は、麻田先生に映画のみどころをご紹介いただき、簡単な解説書もご用意する予定ですので、パキスタンのことを全く知らない方でもお楽しみいただけるのではないかと思います。

貴重な機会ですので、是非見にいらしてください!
座席数に限りがありますので、お手数ですが事前にお申し込みをお願いいたします。

詳しくはこちら

※画像・動画は公式ホームページから引用しました。

nakatani_saiyu at 08:18|Permalink

2012年09月27日

シンド・パンジャーブ紀行①世界遺産ラホール・フォート

厳しい残暑も漸く収束に向かい、朝晩が涼しくなってきました。
そして、今年もパキスタン南部のベストシーズンがやってきました。

インダス文明の遺跡、聖者廟、塩鉱山の洞窟、国境訪問、そして車窓から見える美しいパンジャーブの農村風景…パキスタン南部の魅力を一度でめぐる西遊旅行の人気コースが「シンド・パンジャーブ紀行」です。
その魅力を順にご紹介してまいります。

まず始めに、パキスタン東部・パンジャーブ州の古都ラホールです。
このラホールは、ムガル帝国の第三代皇帝アクバルによって都とされました。

ラホールのみどころのひとつが、世界遺産の「ラホール・フォート」です。

DSC_0855

入り口の「アラムギリ・ゲート」。六代アウラング・ゼーブにより建設されました。王族は象に乗って入城したため、門は大きく、その先のスロープもなだらかになっています。

DSC_0825

象も歩いた坂道を上がると、大きな中庭に出ます。
中庭の北側にあるのがこの謁見所「ディワニアーム」。五代シャー・ジャハーンにより建設されました。謁見所に上って中庭を見下ろすと、まるで皇帝になった気分です。

DSC_0829

赤砂岩で作られた建物の庇には、ライオンや象などの動物が彫られています。

DSC_0831

謁見所の奥にある、五代シャー・ジャハーンの庭園。
愛妻のため、インドのアグラにタージ・マハルを建設した皇帝です。

DSC_0833

建物の一部は、このような透かし彫りになっています。この隙間を風が通ると空気が冷たくなる、天然の扇風機として利用されました。

DSC_0839

庭園を過ぎると鏡の宮殿「シーシュ・マハル」があります。
この鏡の宮殿の真ん中でろうそくの火を一本ともすと、全ての鏡にその光が反射します。
暑い夜も涼しく、明るく過ごすことができる生活の知恵です。

DSC_0842

シーシュ・マハルの向かいにある象嵌細工が美しい小館「ナウラカー」からは、向かいのバードシャーヒー・モスクが見えます。モスクが建設されたのは17世紀、六代アウラングゼーブの時代。宮廷の人々も、宝石に彩られた優美な小部屋から白亜のモスクを眺めていたのでしょうか。

DSC_0846

ナウラカーから裏門へ向かう途中、外壁に美しいタイル装飾が残っています。
壁の小さな窓はハトのためのもの。現在もパキスタンの人々はハトを飼うことを雅な趣味としています。

世界遺産の「ラホール・フォート」を訪れるコースはこちら:
「シンド・パンジャーブ紀行」
11/09発 【間もなく催行】
12/28発 【間もなく催行】
02/01発 【間もなく催行】

「シンド・パンジャーブ紀行 ~年末年始特別企画~」

12/26発 【間もなく催行】

nakatani_saiyu at 11:57|Permalink

2012年06月06日

印パ国境越え ワガとアターリー

インドのアムリトサルからパキスタンのラホールまで2時間30分!

最近、デリーの西遊インディア事務所からイスラマバードのSAIYAH事務所まで通うことが何度かありました。インドとパキスタンは隣り合っているのに遠い国。双方の首都デリーとイスラマバード間の直通航空路はなく、週2便(2012年6月現在)のデリー→ラホール、ラホール→イスラマバード便に頼るか、気持ちを切り替えてドバイ/ドーハ経由でいくか、それとも陸路国境越えかの選択になります。そのいずれも試した結果、一番楽しく早いのは意外と陸路での国境越えでした。

5月のある日の移動では、デリーの事務所を08:00に出てイスラマバードの事務所に16:00に到着。

- デリーからアムリトサルは約500Km、10時間もかかるため、ここは空路。
- アムリトサルから国境のアターリーへは40Km、45分。国境への道は広く立派です。
- インドのイミグレーションは2012年4月半ばに新築となりました。税関はパキスタン(ラホール)・インド(アムリトサル/デリー)を結ぶ国際バスの乗客で混雑します。
- 緩衝地帯は長く、インド側は一部バスで。夕方フラッグ・セレモニーの行われる会場をインド側からパキスタン側へと歩いて渡ります。歩いて国境を越えられるボーダーは各地にありますが、ここの国境越えは体験の価値あり!
- パキスタン側のイミグレーション、カスタムではおもに「お酒は持っていませんか」くらいの質問を受けシンプルに通過。
- ワガ国境からラホールの町まで30Km、45分。途中、インドから流れてくる水路沿いに移動します。
- ラホールからモーターウェイでイスラマバードまで350Km、4時間。まるで日本の高速道路を思わせる快適な道でイスラマバードまで一気に走れます。途中、パンジャーブ平野を流れる、ラヴィ川、ジェルム川、そして「塩の山脈」を越えて。

※個人旅行(バックパッカー)で越える方は、タクシーの交渉やバスターミナルに行って待ったりするので上記に十分な時間をプラスしてお読みください。国境~アムリトサル、ラホールへはタクシーが便利で、アムリトサルやラホールからは各地へはバス路線/空路があります。

インド側から見たパキスタン
インド側のゲートからパキスタン側を見る

アターリーからワガへ
各国境ともポーターさんが大活躍。インドとパキスタンの国境ゲートで荷物がパスされます。

国際バス
パキスタンのイミグレーションに止まっていたインド・パキスタン間の国際バス。このバスと同時になると税関やイミグレ―ションで思わぬ時間がかかってしまうのです。

国境を越えて
デリー事務所(西遊インディア)の以頭祐志さんがパキスタンに遊びに来ました。パキスタン国境ゲートの兵隊とのツーショット。絶妙の配置で撮れました。

デリーとイスラマバードの間に航空路が開けたら1時間30分くらいのはず・・・。
ですが、ここは一般観光客からアジア一周旅行をするバックパッカーまできっと楽しめる国境越えです。
インド世界から中央アジア世界へ、ヒンドゥ/シク教世界からイスラム・ワールドへ。
ゲートを越えた瞬間、大きな変化を感じることのできる国境です!

文・写真:Mariko SAWADA  澤田真理子 


sawada_saiyu at 09:51|Permalink

2012年01月26日

ラホール観光で一番人気!ワガ国境のフラッグ・セレモニー

ワガ国境03

SAIYAHから届いた 年末年始ツアーの便りです。

ラホールの観光でお客様が一番楽しんでいると感じるのがワガ国境のフラッグ・セレモニーです。
ワガの国境は、この60年来インドとパキスタンの間で民間人が越えられるたったひとつの国境です。(カシミールにも国境がありますが、制限が厳しいです)
この国境では1959年から日没1時間前に「フラッグ・セレモニー」が行われています。この観衆の盛り上がりは両国の関係と愛国心のバロメーターともいわれます。

ワガ国境01国境道路を挟んだ両側に男女別のスタジアムがあり、パキスタン人観光客、外国人観光客であふれかえります。パキスタン人の観光客は国境を挟んだ反対側に集まるインド人の観衆に負けないように大きな声で「Long Life Pakistan」、「Allah Akbar」など愛国心を表す言葉をさけんでいます。その様子を、日本のお客様が手をたたいて応援して、一緒になってさけんでくださる姿には、涙がでそうなくらいうれしいです。
セレモニーは両国の軍のキャプテンが握手をして始まります。パキスタン側の軍人は身長2mほどの体格の良い男が選ばれ、大きなかざりのターバンを巻いて、さらに大きく見えます。反対側のインドの軍人より大きいです。そして荒々しい独得のデモンストレーションが行われ、最後に旗が降ろされ両国間のゲートが閉じられます。

是非、一緒にワガへ「さけびに」行きましょう!

SAIYAH日本語ガイドチーム




sawada_saiyu at 09:53|Permalink

2012年01月05日

ワガ国境でのフラッグ・セレモニー

naya saal mubaarak ho !
(ナヤー サール ムバーラク ホー! ウルドゥー語で新年おめでとうの意です)

新年明けましておめでとうございます。パキスタン担当の橋本です。
今年もよろしくお願い致します。

年末年始はシンド・パンジャーブのコース(年末年始特別企画)に行って参りました。
紀元前2600年から1700年に栄えたインダス文明最大の都市遺跡、モヘンジョ・ダロとハラッパの見学を中心に、ラホールではムガル時代に建てられたフォートや庭園、ムルタンでは聖者廟の見学もありの、充実の8日間でした。

そのなかでも見どころの一つである、ワガのフラッグ・セレモニー(国境閉鎖式)をご紹介します。
ワガはラホールから東に1時間程バスで走ったところにある、インドとパキスタンの国境です。
WAGA1

ワガのパキスタン側の門 門には「baab-e aazaadi (自由の門)」と書かれています

インドとパキスタンの陸路の国境はここ、ワガだけです。
ワガでは毎日、日没時に両国の国旗を降ろす「フラッグ・セレモニー」が行われ、たくさんのインド、パキスタン両国民が詰めかけます。セレモニー開始前は大音量で響くパキスタン・ポップスとともに観客席からは国を称え、鼓舞する言葉が叫ばれ、会場は大盛り上がりです。特に今回は学校が冬休みの時期だったため、スタンドは満員状態でした。
WAGA3

ワガー

塀の向こうはインドです インド側もたくさんの観客席で埋め尽くされています

ワガー①

セレモニーでの名物おじいちゃん 力の限り叫んでいる姿に圧倒されます  

ここでの合言葉は、
Pakistan zindaabaad ! (パキスタン万歳!)
zive zive Pakistan ! (パキスタンよ永遠に)   です。

セレモニーが始まると、国境警備の兵士たちが隊列を組み、足を高々と踏み鳴らし、大きな掛け声をかけ行進し、旗を降ろします。その様子は、非常に堂々としており、強さと威厳を感じさせます。観客も会場内で響き渡る太鼓の音に合わせて拍手や歓声で応え、熱気に包まれます。

インドとパキスタンは1947年の分離独立以降、カシミールの領土問題を含め、もめ事が絶えず不仲であるという印象ですが、こうして両国民が一度に集い、セレモニーを楽しんでいる様子を見ると、果たして仲が良いのか悪いのか? と、疑問に感じます。
今は喧嘩をしているだけの、本当は仲の良い兄弟のような感じ・・・と思ったのは私だけではなかったはずです。

ワガのフラッグ・セレモニーが体験できるコースは、
シンド・パンジャーブ紀行11日間
花の桃源郷フンザとバルティスタン13日間<大阪発着>

ぜひ合言葉を覚えて一緒に国境のスタンドで叫びましょう!


hashimoto_saiyu at 13:12|Permalink