モヘンジョダロ

2017年10月14日

【発表!】春のフンザパンフレット2018

お待たせいたしました!今年も春のフンザのパンフレットが完成しました。
皆様お手元に届きましたでしょうか?
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発表と同時に多数お問い合わせをいただいており、すでに催行間近なコースもございます!!

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パンフレットが届いていない方には、無料でお送りいたしますので、ぜひお問い合わせくださいませ。

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2018年のコースは以下の5種類です。

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花の桃源郷フンザの旅 9日間 3/17 、3/24 、3/31発 【東京・大阪発着】

タイ国際航空利用。お仕事をされている方でもご参加いただきやすい土曜発日曜帰りの9日間コース。カリマバードでは3連泊し、ゆったりと花咲く桃源郷を満喫していただきます。

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花の桃源郷フンザとバルティスタン 11日間 3/23 、3/30 、4/6発 【東京発着】

フンザのカリマバードに3連泊、シガールに2連泊。上部フンザも訪問し、花だけでなく山の展望にもこだわった日程です。

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春の大パキスタン紀行 16日間 3/19 、3/26発 【東京・大阪発着】

パキスタンを大縦断!5つの世界遺産を巡りながら桃源郷フンザへ。フンザの中心地カリマバードでは3連泊。パキスタンの魅力を存分に楽しむ16日間。

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シムシャール村 タガムの祭りと杏の里巡り 14日間 3/28発 【東京発着】

シムシャールの春の到来を祝う祭り「タガム」の見学と杏の里を巡る14日間。パキスタン北部再訪の方のための特別企画。

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花の桃源郷フンザを歩く 11日間 3/30 、4/6発 【東京発着】

杏の里に5泊滞在し、大好評の水路ウォークなど桃源郷を「歩いて」体感するハイキングコース。カラコルム山脈の好展望地・ドゥイカルにも宿泊。

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ご不明な点がありましたら、お気軽にお電話、メールにてお問い合わせくださいませ。皆様のお申し込みをおまちしております\(^o^)/

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2016年10月26日

「モヘンジョダロ」がインド映画の舞台に!

この夏インドで、待ちかねていた映画が公開されました。
その名も「モヘンジョダロ」です!
インド映画ですが、モヘンジョダロが舞台になっています。

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Hrithik Roshan and Pooja Hegde in Mohenjo Daro posters

モヘンジョダロとは、言わずと知れたインダス文明最大の都市遺跡
遺跡を訪れ、焼成レンガで造られた町並みを歩いたり、
博物館で出土品を見るだけでも、当時の人々がたいへん豊かな暮らしをしていたことがわかります。

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有名なモヘンジョダロの「城塞区」。手前にあるのが沐浴場です。

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遺跡に併設されている博物館入口。

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博物館に描かれた街の復元図。

しかし、発掘が始まって80年以上が経っているにもかかわらず、この時期栄えた四大文明の他の文明(黄河文明、エジプト文明、メソポタミア文明)に比べて、インダス文明はわからないことが多いのも事実です。その最大の理由は、出土したインダス文字が未だに解読されていないからです。

では、そんなわからないことの多いモヘンジョダロをどうやって映画化したのでしょうか??
正解は・・監督は冒頭に「この映画はフィクションです」と入れて、かなり自由に映像化したのです。

とはいえ、インダス式印章に出てくるツノがついた衣装を着た人々の姿や、有名な沐浴場に実際に水が貼られ祭礼を行なっているシーン活気ある街を人々が行き交うシーンを見ていると、今から3000年以上も前にこんな暮らしがあったのかもしれない、と想像力がかきたてられます。

この映画、パキスタンでも公開されることになっていましたが、その後公開が中止になってしまいました。
9月にカシミール地方での印パ間の緊張が高まった結果、10月に入り、インド側は「今後パキスタン人俳優をインド映画内で使わない」とし、パキスタン側は「パキスタン国内でインド映画を上映しない」としたのです。

どちらも無期限での停止を宣言しているとのこと。早く緊張が緩和され、両国民がこの映画を楽しめる日が来ればいいなと思います。

さて、日本ではyoutubeなどでこの映画の公式予告編などが見られますので、モヘンジョダロへの旅をご検討の方は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。ただし、監督の自由な発想を元に作られた、フィクションだということはお忘れなく。。



Text by Megumi Nakatani

冬はモヘンジョダロを含む、パキスタン中部〜南部のベストシーズン!!
西遊旅行で行く「シンド・パンジャーブ紀行」はこちらをご覧ください。


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2015年10月22日

モヘンジョダロ - シンド・パンジャーブ紀行 2014 (1)

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2014年の年末年始はパキスタンへ。カラチからイスラマバードへとシンド州・パンジャーブ州を旅した記録です。

12月29日、いよいよ旅のハイライトのひとつ、モヘンジョダロへ。南から北上する途中、ラルカナ村付近を通りました。ラルカナ村はパキスタンの有名政治家ファミリー「ブットー一族」の出身地。2007年12月27日に暗殺され、のちにイスラマバード空港の名前にもなっているベナジール・ブットーは今でもカリスマ的な人気を持つ政治家です。暗殺の直後、カラチからこの一体は驚きと抗議の人々で騒然となりましたが、今では「田舎の村」。ここからさらに北上したところに「モヘンジョダロ遺跡」があります。

モヘンジョダロ遺跡とは
紀元前2600年~1700年に栄えたインダス文明最大の都市遺跡。モヘンジョ=ダロとは「死者の丘」を意味し、発掘前、人々はこの地に得体のしれない死者が眠ってあるだろうと思い込み、近づくのを恐れていました。一番初めに発見したのはインドの考古学者、R.D.バネルジー。ここで見つかった印象が、ハラッパで見つかったものと同じであったことから、ここがインダス文明の都市であることが分かりました。
遺跡は城塞区と市街地から構成され、高度な水利システムと都市計画のもとに造られたこの街には、最盛期で3万人の人口を抱えたと推定されています。インダス文字が解読されていないため、未だ解明されていないことが多く、遺跡の発掘もまだ3分の1も進んでいないとされ、まだまだ多くの謎が残る遺跡です。
遺跡が属する地域一帯では地下水位の上昇による塩害が進行し、モヘンジョダロはこれを覆い隠していた堆積物が大規模に取り払われた1965年以降、遺構の構成物である煉瓦が塩分を吸い上げて風化していく塩分砕屑現象が止まりません。半乾燥気候で地下水の塩分濃度が高いこの地域は、建物跡の焼成レンガに地下水が入って塩分が結晶化し、内部から破壊が始まっています。90年代に乾燥を防ぐため泥モルタルでレンガの表面を覆いましたが、現在は一部のモルタルははがれてきています。さらに地表面に塩が噴き出て、建造物は根元が崩壊し始めています。 モヘンジョダロの特徴は、発達した排水システムや、タテ・ヨコ・厚みが4対2対1の大きさに規格化されたレンガ等、高度な技術をもって造られた計画都市であることです。よく整備された下水道網は建物の間に張り巡らされ、また排水溝も設置されていたため、ごみで溝が塞がらない構造になっています。
 城塞区の12倍の面積を持つとされる広大な居住区は、発掘者の頭文字をとって区画に名前が付けられています。DK地区は貴族や職人階級の人々が、VS地区には農民が、HR地区には職人が住んでいたとされ、壁の厚さや家の広さに違いがあります。また市街地を貫くように「第一大通り」があり、DK地区、VS地区、HR地区はこの通りに面しています。


では遺跡見学にでかけましょう。

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司祭階級が住む地区 SD区と呼ばれています。

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SD区のシンボルの仏塔(紀元後2~3世紀建) インダス遺跡とガンダーラ遺跡のコラボレーション!

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絵はがきなどで最も有名な角度からのモヘンジョダロですね。インダス文明の特長ともいえる上下水システムを駆使した沐浴地から見る仏塔と司祭階級の居住区。

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二階建て井戸 富裕層暮らしたエリアといわれるDK区にあります。

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塩害の影響は深刻です。モヘンジョダロはこれを覆い隠していた堆積物が大規模に取り払われた1965年以降、遺構の構成物である煉瓦が塩分を吸い上げて風化していく現象が止まりません。90年代に乾燥を防ぐため泥モルタルでレンガの表面を覆いましたがその後、パキスタンの治安のせいか、政府のせいか、発掘や遺跡の保護はなされず放置されたままです。現在は公園を管理する職員が掃除をしたり崩れたところを簡単に補修するのみで外国からの専門家の指導や支援はありません。

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レンガの間に時折見つかる人骨

Moenjodaro-saiyu (8)約3時間、休憩なしにノンストップで見学をしました。その後、お昼ご飯を食べ博物館へ。
これは博物館にあったモヘンジョダロの復元想像図(以前、写真撮影可能だった時のもの)。
もちろん「想像図」ですが、その文明と高レベルな都市計画には驚かされます。モヘンジョダロ、考古学ファンにはたまらない遺跡です。





そして旅は北へ。パンジャーブ州を目指します。

文・写真 by 村田知香 Murata Chika

西遊旅行、パキスタンの冬の旅「シンド・パンジャーブ紀行」のコースはこちら!


murata_saiyu at 09:47|Permalink

2015年09月11日

パキスタンの博物館事情②モヘンジョダロ遺跡の出土品

前回に続き、パキスタンの博物館についてご紹介いたします。

モヘンジョダロより出土したもの中で、有名なのが高さ約13センチの小さな“踊り子像”です。
青銅でできたこの像は、インダス文明の優れた鋳銅技術を伝える重要なものなのですが、
現在パキスタンのラホール博物館やモヘンジョダロ博物館にあるものはレプリカで、本物はインド、デリーの国立博物館に展示されています。

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踊り子像(レプリカ)モヘンジョダロ博物館蔵

モヘンジョダロの大発掘が進められたのは1922年から1931年のこと。1947年のパキスタン独立前にこの像が発見されているので、インド考古局が保持したままということになっているのです。

このほかにも、多くの発掘品がインドに収蔵されていますが、パキスタン国内にもまだまだ貴重な発掘品が残されています。
分離・独立後は多くの考古遺跡がパキスタン側となり、パキスタン考古局によってその調査が進めらてれきました。

そんなパキスタンに残る、“マスターピース"の幾つかをご紹介していきたいと思います。

まずは、モヘンジョダロの”神官王像” ―カラチ博物館蔵です。

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神官像※モヘンジョダロ博物館蔵のレプリカの写真です。

モヘンジョダロは現在のパキスタン、カラチの北東部(車で1時間半ほど)に位置し、
紀元前2500年から1800年頃に繁栄したインダス文明最大の都市遺跡といわれています。
インダス文明は、インダス川流域を中心にインド亜大陸西北部に展開した南アジア最古の文明です。
この文明については、世界中の考古学者たちの努力により、徐々にその実態が明らかになってきていますが、未だに多くの謎が残されています。

エジプト文明、メソポタミア文明、中国文明といった、ほかの3つの古代文明の文字が今や何らかの形で解読されているのにも関わらず、インダス文明の文字は未だに解読されていません。
彼らの起源や信仰についても謎が残りますが、その衰退の経緯については最も大きな謎と言ってもいいでしょう。

そのような中で、現在カラチ博物館に収蔵されているこの神官王像は、その姿形からメソポタミアやさらには中央アジアとの関係を疑われるなど、インダス文明の謎を紐解くピースのひとつになるのではないかと言われています。

現在、本物は保存のため特別な保管庫に収蔵されており、パキスタン考古局による今後のさらなる研究成果が期待されます。

カラチ博物館はこのほかにも、インダス川流域から出土した考古資料が非常に豊富です。
なかでも、モヘンジョダロからの出土品に非常に美しいビーズがあしらわれた装飾品があるのですが、
本来この装飾品には倍のビーズが連ねてあり、なんと1947年のインド・パキスタン分離独立の際に半分に分割されてしまったという歴史を持っています。

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カラチ博物館※内部の写真撮影は禁止です。

次回に続きます。

 ベストシーズンのパキスタン南部へ!ツアーはこちら 
シンド・パンジャーブ紀行 11日間 東京・大阪発着
11/4発、2/17発 は 間もなく催行決定!
12/25発 は 催行決定!

シンド・パンジャーブ紀行 8日間 大阪発着
12/26発 は 催行決定!
※催行状況は2015年9月11日現在のものです。

nakatani_saiyu at 16:10|Permalink