2011年05月

2011年05月30日

隠れた花の名所・カルカラ谷(カザフスタン)

大阪支社の米谷です。

今日はカザフスタンのカルカラ谷をご紹介したいと思います。
6月~8月にかけては北半球の様々な場所で高山植物の咲く季節を迎えます。
代表的な所ではインドの花の谷や中国の四娘姑山麓、ロシアのカムチャッカ半島などが有名ですが、
まだあまり知られていない花の名所がカザフスタンのカルカラ谷です。

ここは標高は高くありませんが、緯度が北緯40度ほどに位置するため様々な高山植物の観察を
お楽しみいただけます。時期は7月の上旬から中旬に限られ、非常に短い季節となりますが、
高低差のほとんどない散策で色とりどりの花々をご覧いただけます。

カルカラ谷の花畑
≪カルカラ谷の花畑≫

特にエーデルワイスはいたるところに咲き乱れ、足の踏み場に困ってしまうくらいです。
スイスなどに行くと一輪のエーデルワイスを求めて何人もの観光客が取り囲む様なこともありま
すがここではそんな心配は一切ありません。宿泊いただくカルカラ・キャンプのすぐ周辺で
無数のエーデルワイスが咲いているのです。
他にもフウロウソウやイエローポピー、カンパニュラ、トリカブトなど様々な種類のフラワー
ウォッチングをお楽しみいただけます。

エーデルワイスフウロウソウ


野花野花2


また、7月は新緑の季節となり、周囲の山々も緑に覆われ、風光明媚な景色もお楽しみいただけます。
滞在中にはカルカラ・キャンプからジャラナーシュ渓谷を訪れます。夏の間、遊牧民の人々が羊やヤギ
の放牧に訪れ、雄大な草原に放牧の景色がとても美しい所。遊牧民のユルタを訪れ、素朴な人々との
触れ合いも楽しみのひとつです。

遊牧民のテント遊牧民


これから間もなくカルカラ谷は高山植物の季節を迎えます。
お花好きの方々には是非、お勧めしたい場所のひとつです。

関連ツアー:西遊旅行で行く キルギス・カザフスタンの旅
        天山山脈・大氷河展望フライトと花の谷滞在
Web写真集はこちらへ

yonetani_saiyu at 10:00|Permalinkカザフスタン 

2011年05月26日

トルクメニスタン史跡案内:クニャ・ウルゲンチ

今回は、クニャ・ウルゲンチをご紹介します。

ウズベキスタンには、ウルゲンチという町があります。クニャとは「古い」という意味で、ウズベキスタンのウルゲンチができる前にあったウルゲンチという意味です。
では、その昔、どのような都があったのでしょうか。

クニャ・ウルゲンチを都としたのは、ホラズム・シャー朝という王朝でした。時は12世紀から13世紀、中央アジア一帯からペルシャまでを治めた強国でした。

その絶頂期、その後の世界史を揺るがす大事件が、ホラズム・シャー朝の領地であった現在のカザフスタンのオトラルで起きます。

1218年、モンゴルはオトラルに450人の使節団を派遣します。しかし時のオトラル総督のイナルチクは使節団を虐殺し、その荷を奪い、殺さずに残した使節をチンギス・ハーンのもとに送り返しました。
激怒したチンギス・ハーンは翌1219年、大軍団をオトラルに送ります。
オトラルはおろか、ホラズム・シャー朝領にあったサマルカンド、ブハラ、メルブを徹底的に破壊し、ホラズム・シャー朝を滅ぼします。
その後モンゴルは中央アジアのみならず、ヨーロッパまでの大遠征を行うことになったのです。

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【発掘が進むオトラルの遺跡】


世界史に残るこの大事件のきっかけをつくった総督イナルチク、滅ぼされた中央アジアの人から見れば、「とんでもないことをしてくれた」と思われるかもしれませんが、彼はただの略奪目的や私腹を肥やすために事件を起こしたのではないと言われています。
当時、中国の遼を支配下に置いたモンゴルは次の標的を中央アジア一帯と決めており、中央アジア侵攻に備え、中国との最前線にあったオトラルの町を「視察」する名目で使節団を装ったスパイ団を送り込んだのです。
それをイナルチクは見破っており、事件を引き起こしたと言われています。

破竹ようなの勢いでモンゴルの征服が始まり、当時のホラズム・シャー朝の王・アラーウッディーン・ムハンマド・シャーは逃亡中に病死し、このクニャ・ウルゲンチもモンゴルの手に落ちるのです。

クニャ・ウルゲンチには現在、歴代のホラズム・シャーの王の廟や、后の廟、中央アジアで最も高い60mのクトゥルグ・ティムールのミナレットなどが残っています。

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【左:クトゥルグ・ティムールのミナレット】
【右:クニャ・ウルゲンチ全景】


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【左:第三代王:イル・アルスラン廟】
【右:第六代王:テケッシュ廟】


また、敷地の近くには「クルク・ムッラーの丘」があります。クルクとは40、ムッラーとはイスラム教の聖職者の意で、モンゴル襲来の時に、この丘で40人の聖職者が祈って、大地が割れるという奇跡が起こったと言われています。
この奇跡のためか、現在のクニャ・ウルゲンチは現地の方々の聖地になっており、お墓も沢山あります。

お隣のウズベキスタンは独立後、観光に力を入れるため、ソビエト時代に荒れ果てていたモスクやミナレットなどの建物を、当時のままに復元しました。
しかしクニャ・ウルゲンチのあるトルクメニスタンは、豊富な天然ガスを産出するため、観光以外でも外貨の獲得ができるためか、このクニャ・ウルゲンチの建物の復元はあまり進んでいません。

嵐のようなモンゴル襲来により滅びたホラズム・シャー朝、クニャ・ウルゲンチはその哀愁が漂うような遺跡です。


関連ツアーはこちら

中央アジア世界遺産紀行
シルクロードⅠ 中国・西域から中央アジア、イラン高原へ

関連ブログ
シルクロード英雄列伝「悲劇の王子・ジャラルッディーン」

次回最終回は、ニサです。





yamada_saiyu at 19:00|Permalinkトルクメニスタン | 世界遺産

2011年05月13日

トルクメニスタン史跡案内:マルグッシュ

今回は、紀元前2300年前から高度な文明を持っていたマルグッシュをご紹介します。

トルクメニスタン南東部の町、マリから4WDで約2時間半、カラクム砂漠の中にマルグッシュはあります。
ロシア人考古学者のサリヤニーディ教授が航空写真より発見し、1972年から発掘が始まったマルグッシュは、紀元前6世紀のアケメネス朝の時代まで、王宮を擁した大都市でした。

アケメネス朝の時代、近くを流れるムルガブ川が流れを変え水の供給ができなくなったために、人々は町を捨て新しい町メルブへと移り住んだのです。メルブで一番古い史跡はエルク・カラで、アケメネス朝の時代のものです。この時代を境に、ムルガブ川のほとりに栄えた都がマルグッシュからメルブへと変遷したのです。
因みに、マルグッシュもメルブも、その名は「ムルガブ」が由来していると言われています。
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【左:マルグッシュ全景】
【右:王宮の内部】


考古学者の説明によると、マルグッシュは世界4大文明に匹敵する高度な文明があったとのことです。
黄河文明は黄河、エジプト文明はナイル、メソポタミア文明はチグリスとユーフラテス、インダス文明はインダスと、大きな川のほとりに栄えた文明という点でも共通しています。
まだ全体の数%しか発掘されていないマルグッシュですが、実際に遺跡には何が残っているのか、見てみましょう。

遺跡のほぼ中心にあるのがゴヌール・テペと呼ばれる王宮です。
王宮内には、王家の墓があり、王族が飼っていた馬や動物が陪葬されていました。また、厨房の角にあった釜戸の跡も残っています。
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【左:陪葬された馬の骨格】
【右:厨房跡。中央上に釜戸に残る壷があります】

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【左:陶器の数々】
【右:王宮内部】

ここで発掘されたものの多くは、首都アシハバードの国立博物館に展示されています。
今回は、一点珍しいものをご紹介します。
下の写真は、現在のシリアに住んでいたシュメール人の像です。
全身を袈裟のような服で覆っており、ダマスカスの博物館に展示されているシュメール人の姿と同じです。
マーグッシュ出土品(アシュハバード博物館)
【シュメール人の像】


このマルグッシュからシュメール人の像が出土しているということは、当時すでにメソポタミアとの交易があったことを物語っています。
世界地図を見ると、マルグッシュは丁度メソポタミアとインダスとの中間にあることがわかります。
また、中央アジアというと、中国に近いとのイメージがありますが、ここマルグッシュは、中国よりもメソポタミアの方が距離的にも近いことがわかります。


これからも発掘が進み、新たな発見が期待されるマルグッシュには、古代の浪漫がまだまだ眠っていることでしょう。
次回は、クニャ・ウルゲンチです。

関連ツアーはこちら
中央アジア世界遺産紀行
シルクロードⅠ 中国・西域から中央アジア、イラン高原へ



yamada_saiyu at 17:48|Permalinkトルクメニスタン | 世界遺産

2011年05月02日

キルギスとカザフスタン 天山山脈ヘリフライト

こんにちは。大阪支社の米谷です。

今日は7月からシーズンを迎える「キルギスとカザフスタン」のツアーで訪れますカルカラ谷を紹介します。その中でもツアーの目玉となっている天山山脈のヘリコプターフライトについてご案内します。

ヘリコプターフライトの発着地となるのは隠れた高山植物の名所とも言える「カルカラ谷」です。この場所は国としてはカザフスタンとなりますが、地理的にはキルギスにある飛び地の様なところです。もともとはキルギス領でしたが、カザフスタンにあげてしまったそうです。キルギス人のガイドさんは「なんでこんなに美しい場所をカザフスタンにあげてしまったのか」と嘆いていました。

カルカラ谷での宿泊はカルカラキャンプ。夏の間、天山山脈での登山を楽しむ登山客で賑わうキャンプです。キャンプは常設のテントが設置されており、テント内も広くて快適。レストランやシャワー、サウナまで備わっていて快適に過ごすことができます。

カルカラ谷カルカラキャンプ
≪写真左:風光明媚なカルカラ谷≫
≪写真右:カルカラキャンプ≫

キャンプ場の所有するヘリコプターに乗って、いよいよ天山山脈の南イニルチェック氷河へ向けて出発します。ヘリフライトは天候に左右されるため、悪天候の場合には飛び立つ事ができません。しかし、西遊旅行のツアーでは2回の予備日を設けており、過去4年間でフライトができなかったツアーは一度もありません。

ヘリフライトに出発
≪ヘリフライトに出発≫

キャンプ場からヘリコプターに乗り込みます。最大20名位載れるヘリコプターです。

ヘリフライトの中からの展望







徐々に雪山の景色が広がり始めます。

天山山脈の雄大な眺めヘリフライトからの眺め

ヘリから眺める氷河













壮大な氷河、湖、どこまでも続く天山山脈の雪山世界が広がります。

氷河上のベースキャンプに着陸いよいよ氷河上のベースキャンプに到着!天気が良ければ名峰ハンテングリ(7010m)や天山山脈最高峰のポベーダ(7,439m)の展望が素晴らしい絶景が広がっています。ベースキャンプの標高は約4000mありますが、滞在時間は約30分程度なので、高山病の心配はあまりありません。




氷河上のベースキャンプからの景色













≪氷河上のベースキャンプからの絶景≫
約30分の滞在を楽しんだ後、ベースキャンプを出発。再び、絶景を楽しみながらキャンプ場へ戻ります。
圧巻のヘリフライト、氷河上のベースキャンプで絶景を堪能した後は、フラワーウォッチングをお楽しみいただきます。次回は知られざる花園・カルカラ谷をご紹介したいと思います。


関連ツアー:西遊旅行で行く キルギスとカザフスタン 2011
        天山山脈氷河展望フライトと花の谷滞在
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yonetani_saiyu at 09:50|Permalinkカザフスタン