2012年05月

2012年05月18日

栗特(ソグド)の軌跡③:渡来

ゴールデンウィークにタジキスタンの添乗に行って参りました。
今回はその時に撮った写真を交え、日本まで伝わったソグド人の軌跡を、言葉や伝承から探ってみましょう。

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【ザラフシャン山脈の夕焼け】               【ドゥシャンベのバザールにて】
 

まず、食べ物の名前に残る彼らの形跡をご紹介します。写真はイスタラフシャンとドゥシャンベのバザールにあったものです。

中国で胡人と呼ばれた彼らが西域からもたらしたものの名前には、「胡」から始まるものが多く、そのまま日本で使われています。

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【胡瓜=きゅうり】

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【胡桃=くるみ】                        【胡椒=こしょう】

次に、彼らはアーリア系の民族のため、長身で長い手足を持っていました。
そのため正座をする習慣がなく、足を組んで「あぐら」をかいていました。
あぐらも漢字で書くと、胡人が座る、すなわち「胡坐」と書きます。
写真はソグド人とは関係なく、クシャン朝の時代のものですが、胡坐をかいて瞑想する仏陀の像です。

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【三尊仏像 ファヤズ・テパ出土 タシケント歴史博物館】

次に、伝承に残る彼らの足跡を見てみましょう。

日本書記に登場する神の一人に、猿田彦がいます。
「ににぎのみこと」の天孫降臨の際に道案内をした、高い身長と高い鼻を持った神様ですが、彼は大陸から渡来した胡人ではないかという説があります。

ソグド人の言葉でキャラバンのリーダーを表す「サルト・ポウ」という言葉は、中国では「薩宝」と書かれ、中国に定住したソグド人の肩書に使われました。
このサルトという言葉が猿田になり、道案内をするキャラバンのリーダーと結びついて、道の神として日本の神になったという説があります。

また鼻が高いこの神の容姿から彼は、後の天狗の原型とも言われています。
写真が掲載できないので残念ですが、奈良の正倉院にある「伎楽面 酔胡王」の7つの面のうち、酒に酔って真っ赤になった胡人の王の面は、まさに天狗そのものです。

シルクロードから消え去ってしまったソグド人ですが、彼らの名前や姿だけが、1200年以上経った日本にも残っています。
商人として活躍し各地に赴いたソグド人は、いつの日か海を渡り日本にも渡来していたのではないか。

そう想うと、我々日本人がシルクロードに抱く感情は、憧れと同時に、遠い記憶とも言える気がします。


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yamada_saiyu at 20:52|Permalinkシルクロード英雄列伝 | タジキスタン