2014年02月

2014年02月14日

イラン北西部周遊 一部コース1万円値下げしました!

大阪支社の米谷です。
今日は春、ベストシーズンを迎えるイラン北西部の旅をご紹介します。
まず最初に、4/10発、5/8発の2つの出発日の旅行費用を308,000円から
298,000円へ1万円値下げいたしました!

4/10(木)~4/21(月)12日間 308,000円→298,000円!
5/8 (木)~5/19(月)12日間 308,000円→298,000円!

イランというと、まず最初に思い浮かぶのは古都イスファハンやペルセポリス遺跡かもしれません。しかしながら、イランの北西部には7つもの世界遺産が残り、イランを知る上で非常に重要な場所なのです。また、ザグロス山脈の自然、そこで生活を営む人々の暮らしも垣間見ることができ、遺跡と自然と暮らしを楽しむことができる魅力あるツアーでもあります。

イラン北西部周遊で訪れる世界遺産をいくつかご紹介していきましょう。

■チョガザンビル遺跡(1979年世界遺産登録)
エラム王国時代の宗教の中心地。1935年油田を調査している途中に偶然発見されました。エラム王国の遺跡の中では一番保存状態の良いジグラット(階段状ピラミッド)は当時の3分の1ほどまではっきりと残っていて当時の壮大な姿を想像することが出来ます。ジグラットは宗教儀式に使われており、当時50メートルの高さを誇っていたとされている頂上部分には寺院がありエラム人の最高神を祀っていたそうです。
チョガザンビル


■シューシュタルの水利施設(2009年世界遺産登録)
サーサーン朝時代、近くを流れる川がシューシュタル周辺の農業の発展に貢献し、サトウキビなどの農産物が生産されるようになりました。サーサーン朝のシャーであるシャープール1世は、ローマ帝国皇帝ウァレリアヌスを打ち破った際に、ローマ人捕虜を用いて、カエサルの橋と呼ばれる 550 m の長さに及ぶ巨大な橋梁・ダムを建設させました。また、周辺に張り巡らされた水利網を ガナット と呼び、河川とため池や建物とを結び、シューシュタルの町に水を供給するシステムを構築したのです。
シューシュタル 


■タフテ・スレイマン遺跡(2003年世界遺産登録)
遺構は直径約100メートル、水深約100メートルの火口湖を中心に建てられている。ソロモン王の玉座という意味で、ササン朝時代に造られたゾロアスター教(拝火教)の神殿などが残っています。サーサーン朝はゾロアスター教を国教と定めていました。アッバース朝時代の歴史家タバリーが『諸使徒と諸王の歴史』で述べる宗教都市シーズ、後代のゾロアスター教文書に言及されるサーサーン朝の国家的最重要拝火壇のひとつ「アードゥル・グシュナスプ聖火」が、このタフテ・スレイマン遺跡であった可能性が高いと考えられています。
タフテスレイマン

タフテスレイマン遺跡


■聖タデウス教会(黒の教会) (2008年世界遺産登録)
十二使徒の一人である聖タデウスは、福音を広めている途中で殉教しました。タデウスはアルメニア使徒教会によって崇敬され、伝説によると聖タデウス修道院の創建は68年に遡るとされています。1319年の大地震により建物に大きな被害があり、1329年に再建されました。現在残る建物の多くはガージャール朝時代の王子アッバース・ミールザーが19世紀初頭に修復を行ったものとされています。黒の教会という名前の由来は、最初期の建築に用いられた石の色が黒色だったこと来ているという説が有力である。
聖タデウス教会


■タブリーズのバザール(2010年世界遺産登録)
古くから隊商の交易路としての役割を果たしてきてたタブリーズ。バザールは、そのタブリーズの中心街に残っています。金や宝石を取り扱うアミール・バザール、ペルシャ絨毯を扱うモッザファリーエ・バザールなどさまざまな物品を取り扱う複数のバザールが連なっている。現在でも、イラン北西部の経済の中心地として機能しており、2010年に世界遺産に登録されました。
タブリーズのバザールタブリーズのバザール


これから春を迎えるイラン北西部。野花が咲く美しい季節を向かえます。
天気が良ければアルメニアとの国境に近いマクーより、大小のアララット山を展望するチャンスも!

野花咲く春の北西部
春、野花咲くイラン北西部の風景

ケシの花畑
一面に咲くケシの花畑

放牧の風景
のどかな山岳部ならではの放牧風景

歴史だけでなく、豊かなイランの自然、放牧しながら生活を営む人々の暮らしと、魅力溢れるイラン北西部へ、是非お出かけ下さい。

西遊旅行で行くイラン北西部の旅 2014年
「イラン北西部周遊」 詳細はこちらをクリック 

yonetani_saiyu at 11:16|Permalinkイラン | 世界遺産

2014年02月05日

ヨルダン北部に潜む砂漠の城

皆さんこんにちは。
東京本社の荒井です。

今回はヨルダン北部に潜む三つの砂漠の城について紹介したいと思います。

まずはアズラック城
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ここはイラクとサウジアラビアへ通じる道の交差点にあり
3世紀頃のローマ時代に戦略上の重量拠点として要塞が建てられました。
その後何度か改修や改築が繰り返され現在の姿になっております。

またこの城はアラブ革命時に戦略基地として
かの有名なアラビアのロレンスことトーマス・エドワード・ロレンスが
住んでいた 部屋もあります。
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石
全体的に朽ち果てた雰囲気のお城ですが正面入口の
重たい石の扉が冒険心をそそります。


続きましてハラナ城
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ここハラナ城は1辺35mの壁を持つ正方形で
角が円柱になっている非常に保存容体の良い建物です。

ここは十字軍の要塞だった、カリフの休憩所であったなど諸説ありますが
キャラバンサライだったという説が有力です。

城の内部はとてもシンプルで中庭を四角に囲み、2階建てで
60の部屋が細かく並んでいます。
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狭い階段を昇った2階のいくつかの部屋の壁の上には装飾が残っていて
メソポタミア時代の流れを汲んでいるといわれています。



最後はアムラ城
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ここアムラ城は8世紀に建てられ、隊商宿として利用されていたとも
宮殿として利用されていたとも言われています。

そしてアムラ城の見どころといえばこちらです。
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厳格なイスラム教国であるにも関わらず浴槽には
沢山の裸の女性の壁画が描かれています。

また、奥のサウナとして利用されていた場所には北半球で観られる天体や
星座図が鮮明に描かれています。
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これは、ここが郊外に建てられた宮殿であり
訪れる客人をもてなしていた事の象徴かもしれません。

いずれにせよここアムラ城では厳格なイスラム教徒が
宗教世界を抜け出し、禁止されている娯楽を楽しむ憩いの場所だったのは違いありません。

陰に隠れて娯楽を楽しむ…今も昔も変わらない人間の性かもしれませんね(笑)


今回紹介させて頂いたヨルダン北部に潜む3つの城ですが
どれも実際はお城だったのか、宮殿だったのか、隊商宿だったのか
未だに詳しいことは分かっておりません。

2014年現在も未だ解明されてない未知の国ヨルダンへ
是非出掛けてみませんか。


西遊旅行で行くヨルダンの旅(添乗員同行ツアー) ホテルも訪問地も厳選・ヨルダンを満喫する旅
王の道が貫く砂漠の国ヨルダン 8日間



arai_s_saiyu at 18:11|Permalinkヨルダン