2014年03月

2014年03月20日

修道院文化の中心・クロンマクノイズ(アイルランド)

前回に続き、アイルランドの見所をご紹介します。

今日ご紹介するのは初期キリスト教の遺跡クロンマクノイズです。シャノン川が流れるアスローン近郊に位置し、アラン諸島でも布教活動をした、聖キアランが545年に教会を建てたことに歴史は遡ります。7世紀~12世紀に最盛期を迎え、この頃のアイルランドでは修道院文化が栄え、ここクロンマクノイズはその中心的な役割を果たしたと言われています。

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修道院遺跡クロンマクノイズ

DSC_0912最初につくられた教会は木製の小さな教会でした。当時の王ディアルマイトの援助を得て建設されましたが、聖キアランはその1年後に疫病によってなくなり、クロンマクノイズの繁栄を見ることはありませんでした。彼の遺体はその教会の地下に埋葬され、現在も多くの巡礼者がこの地を訪れます。

写真左:クロンマクノイズの入り口にある聖キアランの像












アイルランドにおける初期キリスト教会の建造物では、いくつか興味深いものがみられます。

■ラウンドタワー(円塔)
DSC_093610世紀半ばから12世紀後半にかけて、重要な教会の敷地内に建設されました。このタイプの塔はアイルランド独特のもので、国全体で約80の円塔が残っています。高さは約30メートル、内部には貴重な経典の保存などに使われたと言われています。一部の説によると、外部からの襲撃の際には避難所としても利用されたという話もありますが、近年の調査によるとこれは正しくないようです。その他、鐘楼の役目も果たし、周辺の集落に祈祷の時間を知らせたとも考えられています。










■ケルト十字架

ケルトの十字架はアイルランドのキリスト教の最大の象徴で、8世紀から12世紀の間に作られました。十字架には経典の教えや聖書の様々な場面が彫り込まれています。また、12世紀にはマーケット・クロスと呼ばれ、主要集落地の外側にあり、市場の場所を示したとも言われています。

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写真左:遺跡内に立つケルトの十字架はレプリカ  
写真右:オリジナルの十字架はビジターセンター内にあります。

■大聖堂(カテドラル)
クロンマクノイズで最大の建造物。10世紀頃にタラの王フラン・シナによって建設されました。シンプルな長方形の教会で、周辺には多くのお墓が残っています。12世紀、13世紀に増築されています。
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大聖堂の窓から眺めるラウンドタワー
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大聖堂の北の入り口には3人の聖人を現すレリーフが残り、それぞれ聖ドミニク、聖パトリック、聖フランシスと考えられています。
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アイルランドにおけるキリスト教の歴史を知るうえで、非常に重要な遺跡クロンマクノイズ。是非、その神秘的な雰囲気を感じていただきたい場所と言えます。

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yonetani_saiyu at 20:41|Permalink 聖地巡礼 

2014年03月07日

ケルトの聖地ドン・エンガス(アイルランド)

今回は中近東、シルクロードから少し外れますが、昨年久々にツアーを再開したアイルランドの
魅力をご案内したいと思います。

アイルランドといえば「ケルト」という言葉を連想される方も多いことでしょう。
そのケルト人にとって、古来より聖地とされた場所がアラン諸島のイニシュモア島に
ある「ドン・エンガス遺跡」です。

アイルランド東部の町ゴールウェイからバスで1時間ほどの港から高速フェリーに
乗り、イニシュモア島までは約1時間。島では今でものどかで、素朴な暮らしが営まれています。

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アラン諸島へのフェリー

岩盤が多いこの島では農業は簡単なものではありませんでした。そのため人々は
海藻などをと岩盤の上に敷き詰め、限られた土壌を有効に利用してきました。
そんなイニシュモア島でもっとも有名な遺跡「ドン・エンガス」は壮大な石造りの遺跡で、
島の南海岸線の崖の上に聳えています。伝説によると「エンガス」というのは高名な王家の人物であるという説や、紀元5世紀のカッシェルの王アンガス・マク・ナトフォイクであるという説もありますが、定かではありません。
しかし近年の考古学調査の結果、紀元前1,500年~紀元1,000年にわたる2,500年もの長き間、この崖の
上の砦には人が住んでいたと考えられ、砦の建造は紀元前1,100年頃に始まったと推測されています。

紀元前800年頃にはドン・エンガスは最盛期を迎え、ケルトの政治、経済、宗教の中心地となりました。
しかし、砦に住むことができたのはエリートと呼ばれる限られた人々だけだったようです。その後、
紀元700年頃には、衰退期にと入り、1,000年頃には廃墟と化しました。
19世紀、ここは国の記念建造物となり、広範囲にわたって遺跡が修復され、現在では管理局によって
しっかりと保存されています。

さて、ドン・エンガスへは港からミニバスにゆられること約20分ほど、入り口で受付を済ませ、
小高い崖の上まで約30分ほどゆるやかな階段の上りとなります。

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ドン・エンガス遺跡への登り階段

階段を上りきると、もっとも見所となる青銅器時代後期の砦跡です。
砦の広さは5.7ヘクタールにも及び、崖を背後に、曲線型の石の壁によって、外部、中央部、内部の
3つに分かれています。本来砦には北側から入る様になっていましたが、現在観光客は外壁にあいた
裂け目を出入り口として利用しています。

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ドン・エンガス遺跡

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外壁の周囲には外敵の襲来を防ぐ目的で、鋭利な石が無数に置かれています。

内部の囲い地には高さ5mにも及ぶ壁が作られ、複数の層で構成されています。ドン・エンガスでは
6,500トンもの石が使用されたと考えられています。内部の囲い地の中には、7軒の家の基礎となった土台が見つかっています。当時、床は舗装され、石の暖炉が設けられていました。家は円形で直径が約5mほど。当時の人々にとって、海に囲まれたこの島では魚介類は重要な食材でした。それを示すかの様に、発掘当時には約8トンもの貝殻が見つかっています。

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内部を囲む石壁 高さ5mにも及ぶ

崖の端にある石舞台では、儀式が行われていたと考えられています。この舞台にはめ込まれた銅製の
輪は、神への捧げものと考えられています。また、大きな炉床もあり、人々が集まり宴をもうけたり、銅製
の武器や道具をそこで鋳造したと考えられています。

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石壁の内側に残る舞台

断崖絶壁の上にたつドン・エンガスの魅力は遺跡だけではありません。ここから眺める大西洋の景色は
格別です。天気が良ければどこまでも続く、イニシュモアの断崖の絶景が広がります。5,6月頃は
春の野花が咲く季節、断崖の上も色とりどりの小さな花に彩られ、また違った顔を見せてくれます。

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春の訪れを告げる野花

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ドン・エンガスから望む断崖 絶景が広がる。

その他、イニシュモア島には、初期キリスト教時代の遺跡セブンチャーチズも残っています。
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セブンチャーチズ

次回は初期キリスト教時代の遺跡・クロンマクノイズをご紹介したいと思います。

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yonetani_saiyu at 22:12|Permalink