2015年06月

2015年06月17日

暗殺教団 アラムート城へ!

11世紀、イランの山岳地帯に暗殺を旨とする教団が存在したのをご存知でしょうか。
彼らが拠点としたアラムート城へ、この5月にいってきました。その時の様子を、写真を載せてご紹介します。

アラムート城までの基点となるガズウィーンの町はテヘランから160kmほど。そこからどんどん標高を上げて2,330mの峠を越えていきます。舗装道路が続いてはいますが、ヘアピンカーブの多い山道が続いて、羊を放牧している光景が見えました。峠から少し下った小さな町でタクシーを頼み、チェスで暇つぶししていたドライバー達を集めて4台に分乗して進むことにしました。

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【きれいな舗装道路が続いています】

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【100頭以上いるでしょうか。羊も放牧されています】

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【カーブの続く山道は遠くまで見渡せました】

ガズウィーンからおよそ2時間前後、くねくねのこの道を進んだ先にアラムートの砦が見えてきます。周辺のエルブルース山脈から独立した岩峰の頂上にその城は見えます。

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【写真のちょうど真ん中にある岩山の上に小さく見えるのがアラムート城です】

アラムートの城砦は天然の岩山の上にあり、まずは麓にある食堂で食事した後、歩き始めました。ちなみにここのチキンケバブは柔らかくてとても美味でした。

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頂上までは通常30分ほどで到達できるようです。その途中15分ほど歩いた場所に休憩箇所がありますので、そこで小休止。麓からここまではロバを片道3ドル程で手配する事ができるようです。この休憩箇所からは500段ほどの石段が続きます。砂利が多い坂で滑りやすくなっています。

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DSCF3158【写真左と次の写真:直立した岩山を回りこむように石段が続いています】











































【写真左:遠目ですがロバで登ってくる人もいるようです】





















城は現在修復用の足場やトタン屋根が掛けられていて近づくと見栄えが悪いのは残念でした。しかし眼下の景色は素晴らしく、エルブルース山脈の雪山も遠くに見えます。山脈からの小川がいくつも流れ、そこからの灌漑用水によって作物を多く育てている様子が見て取れます。かつて暗殺教団を創始したハサンが、穀倉地帯といえるこの地を選んだ理由に納得がいきます。遺跡としては世界遺産の暫定リストに入っているらしく、英語の看板もサイト毎に掲示されていました。アーチの残るモスク跡、小部屋、また特にこの山の頂上に掘られた井戸も3つほど残り、掘った当初は水が出なかったのですが運良く1年後に起こった地震で湧き出してきたといいます。カナダからの体の大きなインド人グループも大変そうにしながら登ってきていました。同じ道を下山、麓ガズウィーンまで戻りました。

DSCF3137 【このような井戸の跡が3つも残ります】
















DSCF3131【頂上に残る住居跡、周りの景色もすばらしいです】















DSCF3140【かつてのモスク跡】



















アラムート城と暗殺教団
ペルシャ全域に支配を広げていたスンニ派のセルジューク朝と同じスンニ派で、バグダッドに都を置くアッバース朝の圧政に不満を持ち、宗教家を目指していたハサン・サバーフはカイロに渡ります。当時シーア派でイスマイリー派(古代ギリシャの哲学者の著作から議論の方法を学び、異端とされていました)を国教としていたファーティマ朝で勉強しました。イスマイリー派の秘儀を伝授したハサンはペルシャに戻り、布教を始めます。啓蒙された信者を異端とみなしたスンニ派のカリフや宰相等は、教団信者に迫害を強めていきます。これに少数の僧兵や領民の蜂起で対抗するのですが、戦力にはやはり限界があり、いつも多勢に無勢なハサンはピンポイントで敵対勢力の要人を狙う、暗殺というテロを国家的なスケールで組織化して対抗しました。これが暗殺教団の始まりです。1090年にハサンはエルブルース山脈の支脈ハウデガーン山の麓の単独峰アラムート山に、上で写真に載せたような強固な山城を築き、地下には貯水池や穀物、ワイン、蜂蜜などの膨大な貯蔵庫、さらに寺院、図書館などを構築して、セルジューク朝の強敵を相手に数ヶ月に亘る篭城で耐え忍んで生き延びることが出来たほどの自治領国家を誕生させました。1256年モンゴル帝国の西方司令官フラグによって落城させられるまでの160年間に現在のイラン、シリア領内に実に300余りのこの教団の砦が存在したといいます。


アラムート城へ、ケバブを食べて登ってみませんか!?
西遊旅行新企画 ペルシャからアナトリア 悠久の歴史遺産を訪ねて

otomo_saiyu at 08:00|Permalinkイラン | 世界遺産

2015年06月09日

地獄の門とヤンギカラでのキャンプ泊

2013年にからツアーを設定し、おかげさまでご好評をいただいている「地獄の門と奇跡の大地」。
トルクメニスタンの2大絶景をメインとしたコースです。

トルクメニスタンの国土85%をも占めるカラクム砂漠のダルワザにある「地獄の門」。
そして、古代に存在したテチス海が干上がったあと風雨に浸食されて見事な奇観が生み出されたヤンギカラ。

この2つのみどころを満喫するために、宿泊はそれぞれ1泊ずつのキャンプ泊となります。
キャンプ泊は初めての方やどんな所でキャンプをするのか想像がつかない方などもいらっしゃると思います。今回はこのコースのキャンプ泊の様子を少しご紹介させていただきます。


まずはダルワザの地獄の門でのキャンプ泊。
四輪駆動車でカラクム砂漠へ入り、地獄の門に到着すると、皆様にはさっそくクレーター見学をお楽しみいだきます。
地獄の門


その間にドライバーやガイドはテント張りや夕食準備にとりかかってくれます。

テントはお1人様ひとつご用意しています。
基本的にはドーム型のテントで、1人が寝るのに十分なスペースがあり、リュックなどの荷物も十分置くことが可能です。

ダルワザ キャンプ


このテントの中で寝袋でお休みいただきます。
寝袋は三季用(春・夏・秋)がおすすめ。お持ちでない方には、西遊旅行の清潔な寝袋とシーツの有料貸出サービスも行っています。

そして、夕食の準備の様子。

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ドライバーやガイドさんたちが手際よく野菜を切ったり、肉を串にさしたり、お湯を沸かしたり。

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その辺りで集めてきた薪などを燃やして火を焚きます。
地面に穴を掘って空間を作り、野菜や肉の串を焼くという何とも原始的な方法での調理。

食事はシンプルですが美味しいです。
普段なかなか食べる機会がないであろうナスやトマトの丸焼きもとてもジューシーです。

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夜こそ迫力満天のクレーターをお楽しみいただくには、このキャンプ泊がかかせません。
地獄の門



続いてヤンギカラでのキャンプ泊です。
キャンプをはる場所は台地の上。四輪駆動車で景色を楽しみながら15分ほど登ります。

ヤンギカラ



到着してからの流れはダルワザの時と同じ。
皆様にはまずヤンギカラの絶景を堪能していただき、その間にスタッフがテントをはって、夕食の準備。

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早々と宴会が始まることも。

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ヤンギカラは風が非常に強いところです。
風が強すぎない適当な場所を選び、テントをはります。
テントの周りを囲むように四輪駆動車を停めて風よけにすることも。

テント泊のおかげで、夕日が沈むころのヤンギカラ、早朝明るくなるころのヤンギカラなど
色々な表情を見ることができます。
雲がなければもちろん満天の星空です。辺りには何の明かりもありません。

ヤンギカラ



また、トイレはどうするのか…と気になる方もいらっしゃるかもしれません。
もちろんダルワザもヤンギカラもトイレの設備はありませんので青空トイレとなります。
比較的平坦な地ですので、隠れる場所はそんなに多くないのですが、少し散歩がてら歩いていただき、
なだらかな丘を越えた辺りで用を足していただいたりします。
暗くなってしまえば誰にも見えませんので、テントから少し離れるだけでOKです!
開放的なトイレは意外に快適です!


シャワーを浴びることはできませんが、十分な量の水を車に積んでいますので、歯磨きは問題ありません。顔は少し水をもらって軽く洗うこともできます。

それぞれ1泊だけですので、不便はほとんど感じません。

大自然と一体となるような感覚すら覚えるキャンプ泊も、この旅の楽しみとなると思います。

9月、10月のコース、まだ間に合います。
トルクメニスタンの絶景と、キャンプ泊を楽しみに行ってみませんか。

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ご興味ある方は下記コース名をクリックしてツアー詳細をご覧ください。

地獄の門と奇跡の大地 9日間

地獄の門と奇跡の大地 10日間

hirono_saiyu at 08:00|Permalink