2015年12月

2015年12月25日

2016年シルクロードパンフレット発表!

 皆様、お待たせいたしました。今年も「シルクロードの旅」のパンフレットが完成しました。中国の新疆からコーカサスまで、新コースを含んだ多彩なラインアップです。
 今年の新コースを、少し紹介いたします。

               「春のキルギスへ ワイルドチューリップを求めて」

4月下旬から5月上旬だけに咲くキルギスの野生のチューリップ。専属のフラワーガイドが同行し、春のキルギスの花々について詳しくご案内いたします。この季節だけ限定の特別企画です。

               
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               【4月下旬から5月上旬だけに咲くチューリップ】


               「近未来都市アスタナとアルティン・エメル国立公園」

近年カザフスタンのツアーが増えましたが、なかなかツアーでは訪れない首都アスタナを訪問。そして、アルマトイ北東イリ川沿いに砂漠と岩山の絶景が広がるアルティン・エメル国立公園を訪ねます。人気の「神秘の大地マンギスタウ トゥズバイル塩湖とウスチュルト大地」のツアーに連続参加が可能です。

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                         【近未来都市アスタナ】

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                  【絶景が広がるアルティン・エメル国立公園】

            「ペルシャから東トルコ縦断 知られざるアジャリア自治共和国へ」

テヘランからスタートし、イラン北西部を通って東トルコへ。ここからジョージアに入り、アジャリア自治共和国に抜けます。黒海沿岸のアジャリア自治共和国は、ギリシャ神話の「アルゴナウタイ物語」に登場するアルゴ―号と王女メディアの舞台であったコルキス王国のあった地です。

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                 【イラン北西部に残るゴンバデ・スルタニエ】

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                   【アジャリア自治共和国の首都・バトゥミ】

                「山岳シルクロード 世界の屋根パミールへの道」

パキスタンのイスラマバードからスタートし、途中7つの峠を越えて中国、キルギス、タジキスタンを訪れるコースです。「新シルクロード構想」によって近年外国人にも開放された国境を越え、ヒマラヤ、カラコルム、ヒンドゥークシュ、天山山脈の圧巻の山岳風景を楽しみながら、かつてのシルクロードを往く新コースです。

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                    【サリタシュから望むレーニン峰】

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                     【ムスターグ・アタとカラクリ湖】

 このブログでも、随時新コースの紹介ページを作成して参ります。
 
 すでに、ゴールデンウィークのマンギスタウのツアーは催行決定、その他のコースも沢山のお申込みをいただいています。お早目に「シルクロードの旅」のパンフレットを開いていただき、皆様のお申込みをお待ち申し上げます

yamada_saiyu at 18:00|Permalink シルクロード | ツアー紹介

2015年12月16日

青の都・サマルカンド

 シルクロード最古の都市と呼ばれるサマルカンド。その名前だけでもシルクロードの郷愁がただよう古都です。今日は、サマルカンドの歴史と魅力をご紹介します。

 多くのシルクロードのオアシス都市は、水を得やすい河の近くに発展していきましたが、サマルカンドはアム・ダリヤの支流、ザラフシャン川のほとりで発展しました。紀元前10世紀から人々が住み始めた歴史があります。
 アレキサンダー大王も東方遠征の際にサマルカンドを攻略しました。当時の名前はマラカンダと呼ばれ、大王はソグド人の長期に渡る徹底抗戦に会いました。
紀元7世紀から8世紀にかけては、ソグディアナに生きたソグド人の都市として繁栄を極めます。サマルカンドで音楽や踊りを教え込まれた奴隷達が、シルクロードを伝って唐へ向かい、唐では西域の文化が大流行しました。

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           【アフラシアブの丘にあったソグド人の邸宅内にあったフレスコ画】

 1220年には、東からの侵略者、モンゴルの襲来を受けます。水利システムも含め、サマルカンドの街は徹底的に破壊されました。2,000年以上栄えたサマルカンドの歴史は、この時に一度終わったと言っても過言ではないでしょう。
 サマルカンドに残るアフラシアブの丘。ここはモンゴル襲来までサマルカンドの街があった場所です。発掘により、この丘は11もの時代の層に分かれていることが判明しています。

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                 【かつてのサマルカンドの街が眠るアフラシアブの丘】

 一度死の街を化したサマルカンドに、現在まで残る壮麗な建築物を建て、再びシルクロードの一大都市に変えたのが、中央アジアの覇者・ティムールです。彼はサマルカンドを自分の帝国の首都と定め、帝国各地からの建築家や職人をサマルカンドに送り、各地の技術を駆使した建築物を建造しました。現在サマルカンドで目にする建物のほとんどが、ティムールの時代の後のものになります。

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                    【サマルカンドにある玉座に座るティムール像】

 彼は死後、自分の生まれ故郷のシャフリサブスに埋葬するように命令を出していましたが、没地オトラルからシャフリサブスへ遺体を運ぶ際に大雪に遭い、シャフリサブスまで到達できずに、首都のサマルカンドに葬られることになりました。墓地はグル・エミル廟と名付けられ、中央アジアの覇者にふさわしい荘厳な建物が現在もサマルカンドに残っています。

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                      【ティムールの眠るグル・エミル廟】


 ティムールの死後、彼の建築を引き継いだのが孫のウルグ・ベクです。支配者の顔の他、天文学者でもあった彼は、天体観測のためにサマルカンドの高台に天文台を建設しました。
 またレギスタン広場にメドレッセ(神学校)を建設し、17世紀に建設された2つのメドレッセと合わせてサマルカンドの3つのメドレッセとともに、サマルカンドを代表する建築群となっています。

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                   【3つのメドレッセが並ぶレギスタン広場】

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                【ライオンの装飾が施されたシルダール・メドレッセ】


 また、サマルカンドの聖地がシャーヒ・ジンダ廟です。この地で殉教した、預言者ムハンマドの従兄のクサム・イブン・アッバースの廟には、現在も沢山の巡礼者が訪れています。また古来から聖地であったため、ティムールは自分の親族や側近をこの地に葬り、壮麗な廟を建設しました。

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   【シャーヒ・ジンダ廟のタイル装飾】               【廟が連なるシャーヒ・ジンダ廟】


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           【シャーヒ・ジンダ廟最奥にあるクサム・イブン・アッバースの廟】

 ソビエト時代に荒れ果てたままだったサマルカンドの建築群は、当時の技法を引き継いだ現在の職人の手によって、完全に修復されました。
そして、現在も中央アジアを代表する街として、世界各国の人々をひきつけてやみません。


                     ↓↓↓【まもなく催行する関連ツアーはこちら】↓↓↓

早春のウズベキスタン

yamada_saiyu at 19:46|Permalink シルクロード | ウズベキスタン