シリア

2016年05月16日

写真展「シリア 1998 かけがえのない日常」

日曜日、東京・谷中銀座で開催中の写真展「シリア 1998 かけがえのない日常」を見てきました。

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入口の看板。賑わう谷中銀座商店街の入口から左手にすこし進んだところにあります。

写真家の草間徹雄氏は、アジアの少数民族居住地域や、中国南西部、インド北部などのチベット文化圏を中心に各国を訪れ、「異郷」をテーマに雄大な自然やそこに暮らす人々を温かい視線で捉えた貴重な作品を発表しておられます。

今回も、展示された写真には、シリアの人々のなにげない生活風景や笑顔が切り取られています。

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草間徹雄氏。

しかし、いつもの写真展と違うのは、この写真達が18年前に撮られたものだということです。
そして、今、シリアは2011年から続く騒乱の渦中にあります。

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現在は大きな被害を受けている、パルミラ遺跡の18年前の姿。

テレビのニュースでは、破壊された遺跡や、嘆き悲しむ人々の姿ばかりがクローズアップされます。
しかし、18年前の写真を見ていると、そこにはかつて私たちと同じような日常があったのだということ、そして今も日常が続いているのだということを思い知らされます。

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草間氏がアレッポの街角で出会ったおじさんの笑顔。

「写真の中で笑っていた人達が現在どのようになっているのか想像するしかないのですが、あの時このような日常があっただということ確かです。皆さんに是非見ていただき、シリアの皆さんが平穏な生活が戻ることを祈りたいと思います。」

谷中銀座での展示は明日火曜日まで。今日・明日とも草間氏は在廊予定とのことです。
また、その後は茨城県古河市で同内容の展示があります。
是非、ご覧になってみてください。

詳しくはこちら

text by Megumi Nakatani

staff_saiyu at 10:37|Permalink

2011年03月17日

Beautiful Name:セレウコス

今回のお話しは、セレウコスです。
彼は、アレキサンダー大王の家臣の将軍の一人でした。
紀元前323年、大王がバビロンで没した後、その広大な領土は三人の将軍達が分割して統治します。
故郷のマケドニアを含むギリシャはアンティゴノス、エジプトはプトレマイス、そして広大な西アジアを引き継いだのが、セレウコスでした。

大王も各地に自分の名をつけた町「アレキサンドリア」を沢山建てました。下の写真は、「最果てのアレキサンドリア」と呼ばれた、タジキスタンのホジェンドの町です。
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【最果てのアレキサンドリアの城砦】

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【ホジェンドの町を流れるシル・ダリヤ】

このセレウコスも名前にこだわり、各地に色々な町を建てています。
まずは本人の名前から、セレウキア。
彼はセレウキアだけで9つの町を建てました。ひとつはイラク、チグリス川の畔にあり、初期のセレウコス朝の首都でした。
トルコに作られた別のセレウキアは、発音が訛って、現在はシリフケの町となっています。

次はお父さんの名前アンティオコスから、アンティオケア。
ここもトルコにあり、後世に使途パウロも訪れています。

では、お母さんのラオディケは?
シリアにラオデキアを建てました。発音が訛って、ここは現在のラタキアという町です。
トルコにも同じラオデキアを建て、ラオデキアの遺跡が残っています。

一家揃って町の名前になったのですが、最後に彼の奥さんの登場です。

セレウコスは大王に仕えていた紀元前324年、破ったアケメネス朝ペルシャの女性達と、大王、その軍隊と共に集団結婚をしました。
その時にめとった中央アジアのソグディアナ出身の妻がアパマでした。
各地を転戦した人生にも関わらず、彼は生涯アパマと連れ添いました。

そして妻の名を冠した町、アパメアを建てたのでした。
ここは、現在のシリアにあり、セレウコスの象部隊がいたと言われています。
社にはカラーの写真もありますが、ここは趣のある白黒写真を使ってみました。
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【アパメアの遺跡】

大王と共に戦いながら、熾烈な人生を送ったセレウコスでしたが、タフな中にも優しさ溢れる、家族想いの男だったのですね。

次回は、アケメネス朝ペルシャの1万人の男達の登場です。


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