タジキスタン

2016年01月29日

パミールのアリー

 毎年ご好評をいただいているタジキスタンの「パミール・ハイウェイとワハーン渓谷」のツアー。昨年から、「パミール高原とワハーン回廊を望むゾルクル湖への旅」を加え、パミールに行くツアーのシーズンが間もなくやってきます。

 今日は、パミールに残るアリーの伝説をご紹介します。

 ゴルノバダフシャン自治州の州都・ホルグからヤン村に向かう途中、パンジ川の対岸のアフガニスタンとヒンドゥークシュ山脈を望む辺りに、一つのさびれた祠(ほこら)が残っています。オストン・シャーヒ・マルドンという名のこの祠は、かつて預言者ムハマンドの従弟、アリーがこの地にやって来たことを記念するものと言われています。

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                  【パミールに残るオストン・シャーヒ・マルドン】

 この祠のすぐ近くに、5世紀の要塞跡・カライ・カハカが残っているのですが、この要塞を治めながら、行き交うキャラバンから税金を搾り取った悪い王様を退治したという伝説が残っています。

 祠の内部は、パミールの伝統建築であるラテンネル・デッケの屋根で覆われていますが、興味深いのが中に残る祭壇です。まずこの祭壇は、沢山のマルコポーロ・シープの角が乗っています。マルコポーロ・シープは、山の高い地域に生息しているので、それだけ天上の神に近い聖なる動物と言われています。また、狩猟で仕留めたマルコポーロ・シープを、人が生きていくために、ありがたくいただいたという感謝の表れでここに置くのだそうです。

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             【マルコポーロ・シープの角が置かれた祭壇とラテンネル・デッケ】

 次に興味深いのが、この祭壇の作りに、かつてこの地で信仰されたゾロアスター教の名残が残っていることです。火を聖なるものとして仰いだゾロアスター教と同じく、今でもお参りに来た人は、この祭壇の上で綿花の油や動物の油で火を付けています。そして、この祭壇の四隅に4つの円形の石がありますが、これはゾロアスター教の4つの聖なる要素「火・水・空気・大地」を表しているとのことです。

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                     【四隅に石が置かれ、火がともされる祭壇】

 パミールにアリーが来たという伝説は、ツアーで訪れる「アリ・チュール」という村にもの残っています。「アリ・チュール」とは「アリーの怒り」という意味で、かつて多夫多妻で暮らしていたこの辺りの不道徳な人々が、アリーの怒りに触れて滅ぼされてしまったとう伝説が残っています。この町の近くには、「アク・バリク」という聖なる泉があり、この泉の魚は食べてはいけないというお触れもあります。

 
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                      【綺麗な水をたたえたアク・バリク】

 アリーの伝説が残るパミールですが、その絶景は美しいの一言につきます。雪をいただいたヒンドゥークシュを始めとするパミールの山々を眺め、対岸にアフガニスタンを望みながらパミール諸語族の人々の暮らしに触れる旅です。アフガニスタンとの国境をなすパンジ川は、アムダリヤ川となり遙かアラル海まで流れてゆきます。そのパンジ川のさらに上流を流れるパミール川の水源の湖・ゾル・クルが、アムダリヤの源流となります。


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                   【雪をいただいた大パミール山脈】

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                      【アムダリヤの源・ゾル・クル】

 また、イスラム教の聖者アリーの伝説が残る一方、パミールには仏教遺跡も残っています。写真は、ヴァンに残る仏塔の基礎です。シルクロード上にあるパミールは、様々な宗教も行き交った所です。

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                        【ヴァンに残る仏塔の基礎】

 自然、文化、歴史、様々な見どころがあるパミール、写真のワヒ族の少女のような人々が、皆様をお待ちしています。

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関連ツアーはこちら↓↓↓
パミールハイウェイとワハーン渓谷

パミール高原とワハーン回廊を望む ゾルクル湖への旅


yamada_saiyu at 21:00|Permalink

2015年08月06日

パミール高原に咲く高山植物(タジキスタン)

7月は「パミール・ハイウェイとワハーン渓谷」のツアーに同行させていただきました。
玄奘三蔵やマルコポーロも通ったというワハーン回廊。アフガニスタンとの国境のパンジ川沿いを走り、
ヒンドゥークシュ山脈を眺めながらドライブを楽しみました。
ユルタ訪問では、夏の間放牧生活をしながら暮らす遊牧民との触れ合いも。

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今回は、キルギスのタルディック峠を越えたユルタにお邪魔させてもらいました。

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オシュの公立大学に通う娘さん。夏休みの間に帰ってきているそうです。

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突然の訪問でしたが、たくさんのナンやクルト(チーズのお菓子)でおもてなしをしてくれました。

また、この時期は高山植物の花咲く季節。ツアー中に見つけた、美しい花々をご紹介させていただきます。

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■ランガールからマルガブへ向かう道中で見たキンポウゲの群生。
 対岸には、アフガニスタンが見えます。

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■不思議なお花

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■ラベンダーか、シソ科の一種でしょうか。キルギスのチュルチック峠で
 フラワーウォッチングをお楽しみいただきました。

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■サクラソウ。

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■ウメバチソウ。

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■赤いケシ。タジキスタンの国花です。

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■ムラサキ科 ムラサキシベシベ

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■アザミの仲間

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■高山湖(ブルン・クル)湖畔

可愛らしい高山植物の観察も楽しめるコースです。
秋の紅葉か、来年のお花の時期に、是非お出かけしてみませんか?

■関連ツアー
・9/9発 「パミール・ハイウェイとワハーン渓谷
 9月はポプラ・田端が黄金に色づく季節です。

nakata_saiyu at 20:13|Permalink

2015年04月17日

タジキスタン第二の都市・ホジャンド

暖かい日が続き、春らしい気候になりました。
いよいよシルクロードのベストシーズンを迎えます。

今回は、タジキスタン第二の都市のホジャンドについてご紹介させていただきます。
「タジキスタンとテルメズの遺産」では、ウズベキスタンから陸路で国境を越え、
シルクロードの光栄都市として栄えたホジャンドに入ります。
ホジャンドではまず、活気あふれるパンジシャンベ・バザールを訪れます。
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ここは「週の5日目=木曜日(イスラム教の数え方のため日曜日から数えます)」という
意味のバザールです。活気あふれるバザール内には、様々な食材が売られています。
肉、乾燥ヨーグルト(丸い形のスルト)、ナッツ、スパイスなど所狭しと並べられている
風景に圧倒されながら、見学をお楽しみいただきます。お肉屋さんでは冷蔵庫も使わず
販売している風景が目に入りました。売られているお肉は、そのまま外に出されています。
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「冷蔵庫に入れていると新鮮な肉ではない」と思われるため、このような販売方法を取っています。
日本では腐ってしまうからと避けてしまう方法でしょうが、国が変われば、風習が変わり、考え方も
販売方法も変わるのですね。

バザールの前にはシャイフ・ムスリヒディン・モスクがあります。
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長い名前ですが、「シャイフ」とは宗教上の集団の長を意味するタイトル、「ムスリ」は
助言という意味です。彼は7歳の時に中国の進行からホジャンドの町をすくいました。
「宗教の助言を与えた人」という名のモスクは、2000年に建てられたそうです。のんびりとした
バザールの見学後、シルダリア川の展望ポイントにて写真タイムを取りました。展望所には。
中央アジアで活躍した人々の像が並んでいました。

また、2006年にオープンした博物館にも向かいます。
この博物館のすぐ裏手には、アレキサンダー大王の最果ての都"アレキサンドリア・エスハータ"の
地に建てられた砦跡もあります。
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紀元前329年、アレキサンドロス3世がギリシャ人の入植地を建設し、「アレキサンドリア・エスハータ
(最果てのアレキサンドリア)」と呼び、シルダリア川北方のスキタイへの砦としたと言われています。
「エスハータ」とは「東」という意味で、1950年代から調査が行われ、30年後にようやく紀元前4世紀の
城砦跡が発見されました。
博物館内部はタジキスタンの歴史が石器時代から現代に至るまで、年代ごとに展示されていました。
そんな展示物の中で、やはり一番印象に残ったのが地下階に展示されていた「アレキサンドリア
大王の生涯の大理石画」でした。彼はスピタメネス率いるソグド人たちの抵抗に非常に苦戦します。
若干20歳で、父フィリッポス2世の跡を継ぎ、ギリシャの王として、そしてペルシャの王として大帝国を
築きます。インド遠征を部下の式の低下により諦め、帰路、バビロンで亡くなったと言われています。
若き大王はまだ32歳でした。

見学を終えると、町に流れるシルダリア川を眺めながらホテルに向かいます。
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天山山脈の2箇所(キルギスと東部ウズベキスタン)に源を発し、キルギス、ウズベキスタン、
カザフスタン、タジキスタンを通過して北西へ向かって流れ、北アラル海に注ぐ川であり、
全長は2,212km、そのうちタジキスタン国内は197kmが流れているそうです。
紀元前3世紀のギリシャ人は「ヤクサルテス(穏やかな水)」、8世紀のアラブ人は「サイフン
(美しい平和な水)」、13世紀のモンゴル人によって「シルダリア」と呼ばれ、「シル」は穏やか、
「ダリア」は川を意味します。時代ごとに呼び名は変わっていきましたが、どの時代を通じても
同じ意味の言葉で呼ばれていました。

ホジャンドは古い歴史と、現代に生きる地元の人の活気を感じられる町の一つです。
また、今回からはタジキスタンの世界遺産である「サラズムの遺跡」へも足を延ばす
日程となっております。

是非、タジキスタンを皆様のご旅行の選択肢に加えて下さい。


■関連コース
・「タジキスタンとテルメズの遺産
・「パミール・ハイウェイとワハーン渓谷

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2015年04月03日

パミール・ハイウェイとワハーン渓谷 ~知られざる秘湯を訪ねて

大阪支社 高橋です。

春の暖かさを感じる日々が続いており、
ご近所で、また遠出をされ、桜などの春の花見を楽しまれている方も多いのではないでしょうか。
私の自宅の近くでも、こぶしの時季が終わりを迎え、桜が満開を迎えました。
通勤時ではありますが、朝の眠気を一気に吹き飛ばしてくれるほどの美しさに
気分が高揚する毎日です。
内緒の話ですが、そのまま会社を休もうとさえ考えてしまいます…。

今回は、私が昨年7月に同行させていただきました
「パミール・ハイウェイとワハーン渓谷」ならびに
今シーズンからの新企画であります「パミールとワハーン回廊を望むゾルクル湖への旅」
訪れます「タジキスタンの秘湯」についてご紹介させていただきます。

タジキスタンは中央アジアに位置し、東は中国、西はウズベキスタン、南はアフガニスタン、北はキルギスと国境を接しています。
山岳国家と言われるタジキスタン、国土のほとんどが山岳地帯で、標高1000m未満の山から7000m級の山まで、様々な山があり、火山活動が活発なため、タジキスタンにも温泉があります。

■乳白色の湯が魅力の「ガラム・チャシュマ温泉」(標高2,550m)
タジキスタン共和国のゴルノ・バダフシャン自治州の州都であるホルグの街を出発し、
パンジ川に沿って移動する道中、ゴルノ・バタフシャン州「イシュカシム地区」へ入るのですが、
一度パンジ川の流れから離れ、支流アンダローブ川に沿うルートへと入ります。

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【支流アンダローブ川の景観】

支流アンダローブ川の上流にあるのが、乳白色の秘湯「ガラム・チャシュマ温泉」です。

ここガラム・チャシュマ温泉には、多くのミネラルが含まれており、皮膚病に効果があるとされ、
地元に方々は無料という事もあり、よく療養に訪れる温泉であります。
源泉は温泉脇の山の斜面にあり、源泉そのものは60度ほどですが、
浴槽に流れてくる際には40度ぐらいと、日本人にとっては丁度よい温度となっております。
ここは、外湯がお勧めです。

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【石灰棚が美しい露天風呂】

トルコのパムッカレ、中国四川省の黄龍を思わせるような、プリン状の石灰棚に
囲まれた外湯(露店風呂)は、日本でもなかなか味わう事のできない温泉ではないでしょうか。
また、硫黄泉ならではの「湯の花」も湯船の底にたまっているのも、嬉しいポイントの1つです。
ここガラム・チャシュマ温泉には内風呂もあります。
ツアードライバーさんたちもよく、長距離ドライブの疲れを癒しております。

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【ドライバーさんたちのとっても、仕事中の楽しみの1つのようです】

ガラム・チャシュマ温泉のご入浴を楽しまれた後は、
「ヒンドゥークシュ山脈」の景観が皆様をお待ちしております。

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<入浴に際しての注意点>
※石けんやシャンプー類はご利用いただけません。純粋にお湯のみをお楽しみください。
※水着の着用が禁止されております。タオル片手にご入浴をお楽しみください。
  更衣室はなく、湯船の脇でお着替えいただきます。
  イスラム圏という事もあり、ここの温泉は男性と女性の入浴時間が明確に分かれていますので、
  ご安心ください。

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【男女の時間割は上記の通りです…解りますでしょうか】


■洞窟温泉「ビビ・ファティマ温泉」
タジキスタン側の名峰であります「マルクス峰(6723m)」や「エンゲルス峰(6507m)」の
展望を楽しみがら到着したヤン村(標高2,700m)での宿泊時に訪れるのが、
洞窟温泉の「ビビ・ファティマ温泉」です。
ヤン村を出発し、紀元前3世紀からアラブがやってくる9世紀までの使用された砦「ヤムチュン砦」の
展望を楽しみながら、村の奥へと車を走らせます。
※この「ヤンチュン砦」の写真ポイントは、背景も青空が広がる中、雪山が聳え、非常に画になる風景で、
 私も大好きな風景の1つです。

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【ヤンチュン砦の背景に雪山が広がる】

ここビヒ・ファティマ温泉は、「子宝の湯」として地元でも有名な温泉で、
各地から女性が入浴のために訪れ、また温泉の湯を水筒などで持ちかえり、
飲んだり、体に塗ったりして、子宝に恵まれるよう、祈るそうです。
実際ドライバーさんや現地ガイドさんもペットボトルに入れてたくさん持ち帰っていました。
温泉の名前の由来は、ムハンマドの娘ファティマがこの地に来た際に、
手をついた場所から温泉が湧いたという言い伝えからきています。
温泉の温度も、前述のガラム・チャシュマ温泉と変わらず、日本人にとっては丁度よい温度で、
岩からお湯が流れ出る岩風呂、洞窟温泉の雰囲気は、まさに秘湯という言葉がぴったりです。

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<入浴に際しての注意点>
※石けんやシャンプー類はご利用いただけません。純粋にお湯のみをお楽しみください。
※水着の着用が禁止されております。タオル片手にご入浴をお楽しみください。
  更衣室は洞窟温泉の手前にあります。
※もちろん、こちらも男女別の時間割がございますので、ご安心ください。

ビヒ・ファティマ温泉での入浴を楽しんだ後は、5~6世紀に建てられたとされる仏塔が残るヴァン仏塔、
さらには、ワハーン川とパミール川とが合流する「ランガール村」を目指します。

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【ヴァン仏教遺跡】

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【ワハーン川とパミール川とが合流点】


その他、今シーズンからの新企画「パミールとワハーン回廊を望むゾルクル湖への旅」では、
標高4271mのコイテゼック峠を越え、「ジェロンディ」の温泉保養所へも訪れ、
温泉浴をお楽しみいただけます。

タジキスタンの雄大な自然と、パミール諸民族とのふれあいを楽しむ冒険行、
ワハーン・パミール地域で楽しむことができる秘湯をもとめて、
是非タジキスタンへ、訪れてみませんか。

■タジキスタンの秘湯に出会える旅
※知られざる山岳国家タジキスタンを巡る「パミール・ハイウェイとワハーン渓谷」
⇔催行決定のコースもございます。是非お問合せください。

※世界の屋根パミールを極める「パミールとワハーン回廊を望むゾルクル湖への旅」
⇔催行決定のコースもございます。コースの詳細は、西遊旅行へお問い合わせください。


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2014年11月28日

ソグディアナからスルハンダリヤへ タジキスタンとテルメズの遺産

皆様、師走に入りますがいかがお過ごしでしょうか。12月には昨年より少し早く、シルクロードパンフレットがお手元に届きます。新しいコースも含んだ次のシルクロードツアーのラインナップをご期待下さい。

その中で、今日は毎年人気の「タジキスタンとテルメズの遺産」のコースから、新しいタジキスタンの見どころをご紹介いたします。

今年の10月にこのコースを添乗をしてきました。
タジキスタンは、国土の90%以上が山岳地帯という山岳国家のため、かつてこのツアーはトルケスタン山脈、ザラフシャン山脈、ヒッサール山脈を越えて首都ドゥシャンベへ向かうため、二つの峠越えがありました。峠は3500mを越える標高のため、ゴールデンウィークでも雪が降り、秋も降雪のためにツアーを設定することができませんでした。
しかし、近年中国、イランが峠にトンネルを造り、峠越えをする必要がなくなったため、春や秋の設定をすることができるようになりました。
ペンジケントまでの道中は、峻険な山脈を縫うようにザラフシャン川が流れていますが、10月は黄葉が始まり、美しい風景を見ることができました。

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    【金を運ぶ川という意のザラフシャン川の黄葉の光景】


次に、ツアーで訪れるドゥシャンベの国立博物館の珍しいコレクションを紹介いたします。通常は写真撮影が禁止されている博物館ですが、はるばる日本から来たツアーということでお願いし、特別に撮影を許可していただきました。
まず、ソグド人の都市ペンジケントからの出土品。これは、ペンジケントにかつて存在したヒンドゥー寺院にあったシヴァ神とパールヴァティーの像です。シルクロードを結ぶ交易上にあった都市だったため、この街に滞在するインドからのヒンドゥー教徒の隊商のために造られたと思われます。

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こちらの写真は、実際の寺院の前でシヴァとパールヴァティーに扮したガイドさんです。

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こちらは、ペンジケント近郊に残る紀元前4000年紀に遡るサラズムで発見された「サラズムの王妃」という女性です。サラズムは、タジキスタンで最初に登録された世界遺産で、工房跡や神殿跡が発掘されています。昨シーズンまでは、ツアーでは訪問することはなかったのですが、来シーズンからサラズムの遺跡をツアーに組み込むことになっています。

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   【左:ドゥシャンベ国立博物館に眠るサラズムの王妃】
   【右:発掘されたサラズム遺跡の拝火神殿跡】

これからの写真は、タジキスタン南部にあるグレコ・バクトリア時代のタフテ・サンギンからの出土品の数々です。アレキサンダー大王は、東方遠征の際にソグディアナとアフガニスタンへ往復しています。大王がもたらしたギリシャの文化を色濃く残す目を見張る出土品が沢山展示されています。

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       【ギリシャ神のキューピッド】

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       【アレキサンダー大王とされる像】

インドに近かったこともあり、象牙細工が多く、この「アキナケス剣の象牙の鞘」は素晴らしい傑作です。ガイドさんいわく、このような素晴らしい傑作は、後世の人にも見てもらう価値があるため、出土されるのだそうです。

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その他ツアーでは、テルメズでクシャン朝時代の仏教遺跡や、アレキサンダー大王が建てたアムダリアのアレキサンドリアである「アレキサンドリア・オクシアーナ」と比定されるカンプル・テパ、考古学者の加藤 九祚先生が発掘に携わったクシャン朝の最初の首都ダルベルジン・テパ等も訪問。見所の詰まったツアーです。春は野花が咲き、秋は黄葉が美しい自然も魅力のタジキスタン、来シーズンに皆様をお待ちしています。

関連ツアー
タジキスタンとテルメズの遺産


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2014年05月07日

パミールハイウェイからマルガブ、カラ・クルへ!(タジキスタン)

「タジキスタン冒険行 パミールハイウェイとワハーン渓谷」の続きです。
タジク族やパミール諸民族の暮らすアフガニスタンとの国境沿いから内陸へと移動すると、パミール・ハイウェイに合流し、マルガブへと向かいます。一気に標高があがり、草原に遊牧民キルギス族が暮らす世界へと移り変ってゆきます。

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遊牧民の世界が広がる

ハルゴッシュ峠(4,344m)を越えると、いたるところにユルタが点在し、キルギス族の男達が馬に乗って、家畜を放牧するのどかな風景を目にします。そんな遊牧風景を眺めながら、ヤシル・クル、ブルン・クル、サシク・クルといった真っ青な水を湛える高山湖を訪れます。どの湖も空を映し出す様な青さをみせてくれます。

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草原に点在するユルタ

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真っ青な湖ヤシル・クル

さらに4,317mのネイザダッシュ峠を越えると、キルギス族の暮らすマルガブへと到着です。特徴ある帽子をかぶったキルギス族の男たちが集まるバザールや、素朴なモスクなどが見所です。キルギス族はテュルク諸語のひとつ、キルギス語を話し、大半がイスラム教徒です。しかし、イスラム化した時期が遅いため、古くから信仰されてきたシャーマニズムなどの自然信仰の要素も残っています。そのため、偶像崇拝を禁止するイスラムの文化を持つにも関わらず、人物をかたどった石人なども見ることができるのです。

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マルガブのバザール

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バザールに集うキルギス族の男性

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ユルタとキルギス族

また、マルガブの町からは、天気が良い日にはムスターグ・アタ峰(7546m)を望むこともできます。

マルガブを出発すると、さらに標高を上げ、4,655m のアクバイタル峠へと向かいます。ここまで標高があがると、夏の時期でも気温が5度位までに冷え込む事もありますが、峠付近の景色は素晴らしいものがあります。また、このルートは中国との国境に近く、緩衝地帯を示す柵が道路横に設置されています。

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アクバイタル峠を目指す

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アクバイタル峠周辺の景色

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中国との緩衝地帯を示す柵

そして、パミールの雪山を背後にいただく、カラクル湖へと到着です。そこには紺碧の水を湛える美しい風景が広がり、誰もが目を奪われる場所でもあります。湖畔には古代の遊牧民と考えられているサカ族の墓跡カラアート遺跡が残っています。サカ族は、紀元前6世紀頃から中央アジアに現れたイラン系の遊牧民です。アケメネス朝の支配下ではペルシア戦争に参加するなど、強力な部隊として活躍したとも言われています。

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紺碧の湖カラ・クル

そして、旅は終盤キルギスへと続いてゆきます。。。。

西遊旅行で行くタジキスタンの旅
パミールハイウェイとワハーン渓谷 詳細はこちらをクリック!



夏休みのご出発、8月コースが間もなく催行決定!

8月1日(金)~8月17日(土) 16日間 催行間近
東京・大阪発着 ご旅行費用 538,000円

















yonetani_saiyu at 10:00|Permalink

2014年04月01日

パミールハイウェイとワハーン渓谷 追加設定しました!

皆様こんにちは。
この度、例年大好評をいただいておりますタジキスタン冒険行「パミールハイウェイとワハーン渓谷」
7月11日発が満席となり、お取消し待ちもたくさんいただいておりましたので、追加設定することとなりました。9名様限定となっておりますので、是非お早目にご検討下さい。

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仏教遺跡と考えられるヴァン遺跡と背後に広がるパンジ川とワハーン渓谷。

【追加設定】
7月13日(日)~7月28日(月) 16日間 旅行費用 518,000円
お一人部屋使用料:48,000円(カライクム、ヤン村、ランガール、サリタシュ泊除く)
その他、条件は7月11日発と同様です。


このツアーの魅力はやはり、タジキスタンの雄大な自然です。タジキスタンは山に覆われた国で、国土の大半を山岳地帯が占めています。また、中央アジアの大河アムダリアの上流となるパンジ川はアフガニスタンとの国境をなし、中国との国境に至る東部は世界の尾根とも言われるパミール高原の一部となっています。また、ゴルノバダフシャン自治州に入るとパンジ川沿いを走り、対岸にアフガニスタンの村々を眺めながらのドライブ。また、ヒンドゥークシュの雪山の展望もお楽しみいただけます。旅の中盤、ゴルノバダフシャン自治州に入ってからの見所をご紹介していきましょう。

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イシュカシムを越えるとヒンドゥークシュの山並みが見えてくる

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カライクムを越えると、対岸にアフガニスタンの人々の暮らしを望むことができます。人々はロバで移動したり荷物を運んでいることが分かります。

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対岸に見えるアフガニスタンの村

【パンジ川とワハーン渓谷】
パンジ川の扇状地
源流はヒンドゥークシュ山脈のワフジール峠から発するワフジル川。これにオクスー川が加わってワハーン川となり、すぐにパンジ川と名前を変えます。パンジとは「5つ」という意味で、パミール高原の氷河や万年雪などから流れ出た4つの川(パミール川、グント川、バルタング川、ワンチ川)が次々と合流します。タジキスタンとアフガニスタンの国境をなし、対岸にはアフガニスタンの村々や人々の暮らしを眺めることができます。このあたりはワハーン渓谷と呼ばれる回廊状の渓谷。かつて玄奘三蔵もインドへの道中に通ったと言われています。

【扇状地】
ワハーン渓谷の扇状地とヒンドゥークシュの雪山
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パンジ川の扇状地。かつて氷河によって削りだされたたためにこのような地形ができたのです。
背後にはヒンドゥークシュの雪山が姿を現します。

【温泉】
カライクム以降は民家を改造したゲストハウスに泊まることが多く、シャワーなどが十分に浴びることができません。そんな中、ツアー中2回温泉浴をお楽しみいただけるチャンスがあります。いろいろな国で温泉はありますが、どちらかというと温泉プールみたいな場所が多く、日本人が望む温泉浴を味わう事ができる温泉は少ないと思います。そんな中、タジキスタンの温泉は雰囲気もお楽しみいただけるお勧めの温泉です。

温泉1.ガラムチャシュマ
トルコのパムッカレを彷彿とさせる石灰棚のお風呂です。
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温泉2.ビビ・ファティマの岩風呂 岩山の間にあり、秘湯っぽい雰囲気を味わうことができまます。
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ワハーン渓谷を対岸に臨む地域にはワヒ族、シュグナン族など、パミール諸民族が暮らしています。パミール諸民族の人々はアーガー・ハーンを指導者とするイスマーイール派の一派ニザール派を信仰している人が多く暮らします。それぞれ異なる言語を持ち、我々が外見から区別するのはかなり難しいです。

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ワヒ族の少女

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ゴルノバダフシャン自治州に暮らす人々。素朴な暮らしが残っている。

旅の後半はワハーン渓谷を離れ、パミール高原へと移っていきます。パミール諸民族の暮らす土地からユルタが点在するキルギス族の放牧の世界へと変わってゆくのです。

山岳国家であるため、冬は雪で閉ざされ、訪問することが難しくなります。例年満席を多くいただくコースです。少し日数が長いですが、タジキスタンという国をトータルで知ることができるツアー内容となっております。ご興味おありの方、お急ぎ下さい!

パミールハイウェイとワハーン渓谷 詳細はこちらをクリック!






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2013年05月09日

タジキスタン、その歴史とひとびと

今回は中央アジアの小国・タジキスタンを紹介します。タジキスタンは中央アジア南東部の内陸国で周りをウズベキスタン、キルギス、アフガニスタン、中国に囲まれています。中央アジアで唯一、91年の独立後に内戦を経験しています。現在の国境はロシア革命後にスターリンによって確定されたもので、この時イラン系言語であるタジク語を話す定住民国家として歴史上初めて成立しました。ほかの中央アジア諸国がトゥルク系民族の国家なのに対して、このタジキスタンのみイラン系民族です。

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【左:ドゥシャンベ郊外の農村で見かけた人々】
【右:ペンジケント郊外のひまわり畑】


タジク人が多く居住するブハラやサマルカンドは国境画定の際にウズベキスタン領となり、かつて文化的・歴史的に同じルーツを持つ重要な都市を失ったことに対して残念に思う国民が多いそうです。かつてブハラを都としたサーマーン朝もイラン系民族の国家で、中央アジアで初めてアラブのカリフから独立したイスラム国家です。イスマイル・サマーニーの王の時代にトゥルク系民族の侵入を抑えるなどして、勢力的にも、文化的にも最盛期を向かえました。世界遺産ブハラ旧市街に残るサーマーニーの霊廟は当時の建築水準の高さを知る上でよい例です。
現在の首都ドゥシャンベ独立広場に堂々と立つ彼の像は、タジク人の誇りをあらわしているようです。

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【94年に建てられたタジキスタンの英雄、イスマイル・サーマーニーの像。右手には7つの代表的な渓谷をモチーフ】


ツアーでは北部のホジャンドからドゥシャンベへ向かう時、二つの峠を越え、急峻なパミールの山々を仰ぎ見ながら深い渓谷を抜けていきます。かつてペンジケントに住んでいたソグド人が王ドゥワシティチとともにアラブの軍隊に追われこのパミールの懐に落ち延びたように、タジク人も現在の山岳地帯に国土を与えられました。しかし、各地で出会う人々と話すと、明るい笑顔の中にここを安住の地として生活しているように感じられました。荒々しい山並みと、そこに暮らす素朴な人々を訪れてみませんか。

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【左:ファン渓谷】
【右:アンゾーブ峠での景色】



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【途中出会うタジク人たち】


パミールの山々を越えてウズベキスタン南部のテルメズへ、仏教伝来のルーツを訪ねるコースはこちら。
タジキスタンとテルメズの遺産 9日間

さらにパミール山地の最奥へ、タジキスタンを完全周遊してキルギスへ抜けるコースはこちらです。
パミール・ハイウェイとワハーン渓谷 16日間

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2012年05月18日

栗特(ソグド)の軌跡③:渡来

ゴールデンウィークにタジキスタンの添乗に行って参りました。
今回はその時に撮った写真を交え、日本まで伝わったソグド人の軌跡を、言葉や伝承から探ってみましょう。

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【ザラフシャン山脈の夕焼け】               【ドゥシャンベのバザールにて】
 

まず、食べ物の名前に残る彼らの形跡をご紹介します。写真はイスタラフシャンとドゥシャンベのバザールにあったものです。

中国で胡人と呼ばれた彼らが西域からもたらしたものの名前には、「胡」から始まるものが多く、そのまま日本で使われています。

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【胡瓜=きゅうり】

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【胡桃=くるみ】                        【胡椒=こしょう】

次に、彼らはアーリア系の民族のため、長身で長い手足を持っていました。
そのため正座をする習慣がなく、足を組んで「あぐら」をかいていました。
あぐらも漢字で書くと、胡人が座る、すなわち「胡坐」と書きます。
写真はソグド人とは関係なく、クシャン朝の時代のものですが、胡坐をかいて瞑想する仏陀の像です。

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【三尊仏像 ファヤズ・テパ出土 タシケント歴史博物館】

次に、伝承に残る彼らの足跡を見てみましょう。

日本書記に登場する神の一人に、猿田彦がいます。
「ににぎのみこと」の天孫降臨の際に道案内をした、高い身長と高い鼻を持った神様ですが、彼は大陸から渡来した胡人ではないかという説があります。

ソグド人の言葉でキャラバンのリーダーを表す「サルト・ポウ」という言葉は、中国では「薩宝」と書かれ、中国に定住したソグド人の肩書に使われました。
このサルトという言葉が猿田になり、道案内をするキャラバンのリーダーと結びついて、道の神として日本の神になったという説があります。

また鼻が高いこの神の容姿から彼は、後の天狗の原型とも言われています。
写真が掲載できないので残念ですが、奈良の正倉院にある「伎楽面 酔胡王」の7つの面のうち、酒に酔って真っ赤になった胡人の王の面は、まさに天狗そのものです。

シルクロードから消え去ってしまったソグド人ですが、彼らの名前や姿だけが、1200年以上経った日本にも残っています。
商人として活躍し各地に赴いたソグド人は、いつの日か海を渡り日本にも渡来していたのではないか。

そう想うと、我々日本人がシルクロードに抱く感情は、憧れと同時に、遠い記憶とも言える気がします。


関連ツアー
文明の十字路 ウズベキスタン
タジキスタンとテルメズの遺産
タジキスタン冒険行 パミール・ハイウェイとワハーン渓谷

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2012年04月04日

栗特(ソグド)の軌跡②:民族の光と陰

その男の名は、ソグドの言葉で「光」。中国に定住したソグド人でした。
彼はロクシャンというソグド名を漢字で「禄山」とし、中国では安禄山という名を使っていました。

将来掴んだお金を離さないよう、子供が生まれると手に膠(にかわ)を塗るソグドの風習を、彼も生まれた時にしたのかもしれません。
しかし、彼が握ろうとしたのはお金ではなく、彼が生きた地、唐帝国の権力だったのです。

安禄山は父方がサマルカンド出身のソグド人でした。母方は突厥系でしたが、唐の政界で頭角を現し、時の玄宗皇帝に気にいられ、さらに妃の楊貴妃を取り入って宮廷を自由に出入りできるまでになりました。その背景には、唐各地に住むソグド商人達からの莫大な貢物があったと言われています。

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             【かつての唐の都・西安】        【西安の西門から見るかつてのシルクロード】

紀元755年、彼は兵を起こして洛陽を陥落させ、自らを聖武皇帝と名乗り、国号を燕と変えます。クーデターを起こしたのです。
これが中国史上最大の反乱と言われる、安史の乱です。
安禄山は首都の長安をも奪い、玄宗皇帝は蜀へと逃れます。

しかし絵に描いたように、簡単に大帝国の天下を奪うことはできませんでした。
反乱のさなか、彼は病気で失明し、その後暗殺されました。
しかし、彼の息子などに引き継がれた安史の乱は、その後8年に渡って唐を揺るがすことになったのです。

話はそれますが、アレキサンダー大王の妃、ロクサーネも、ソグディアナ出身のソグド人でした。名前の意味は、安禄山と同じ「光」です。
しかし安禄山が起こした謀反は、父方のソグド人に、その後暗黒のような「陰」をもたらすことになったのです。

反乱の後、唐は謀反を起こした民族としてソグド人を粛清します。「胡面」という西域の顔立ちをした者は、すべて殺害されていったのです。

さらに時を同じくして、ソグド人の故郷のソグディアナには、西方からのイスラム王朝が押し寄せます。ゾロアスター教徒であったソグド人はイスラムへの改宗を拒み、ここでも多くのソグド人が消えていきました。そして故郷の一つペンジケントの都には、火が放たれました。

ペンジケント (2)

                 【ペンジケントに残るゾロアスター神殿跡】

東と西からの歴史のうねりに呑まれ、ソグド人はシルクロードの舞台から消えてゆきました。
現在、ソグド人という民族をシルクロードで見ることはできません。
彼らはその後の長い年月の中で、北方から南下してきたトルコ系民族と同化し、イスラム教へと改宗していきます。民族的、宗教的な面で、ソグド人のアイデンティティーが呑み込まれていったのです。

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【シルクロードに残る面影】
【右:タジキスタン 左:ウズベキスタン】

シルクロードの歴史に登場し、中国史にも大きな足跡を残したソグド人。
忽然と消えていった彼らの面影はしかし、今もシルクロードに生きる人々の中に一途の光として脈々と引き継がれているのです。

次回は、中国から海を渡って日本にまで伝わったソグド人の足跡をたどります。

【関連ツアー】
文明の十字路 ウズベキスタン
中央アジア世界遺産紀行
タジキスタンとテルメズの遺産
タジキスタン冒険行



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2012年02月16日

栗特(ソグド)の軌跡

ウズベキスタン、ザラフシャン川のほとりが彼らの故郷です。

大きな帝国ではなく、ペンジケント、サマルカンド、ブハラなどの小さな都市国家しか形成しなかったにも関わらず、シルクロードの歴史に深くかかわり、中国やアラビアの史書にも登場する民族です。
シルクロードの各地に足跡を残しながら、彼らは忽然と歴史の彼方に消えて行きます。

その民族の名はソグド人。

ソグディアナと呼ばれた故郷から隊商を組み、はるばる中国、アラビアまで足を伸ばす商人として活躍した彼らの足跡は、シルクロードの歴史に深く刻まれています。
今日から彼らソグド人がシルクロードに残した軌跡をたどってみたいと思います。
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【ソグド人の都跡:ペンジケント】

彼らはまず商才に長けた商人でした。
文字通りのシルクはもとより、香辛料、香木などの商品の他、駱駝や馬、そして奴隷まで商っていたと言われています。

ソグド人は子供が生まれると、口に密を含ませ、手には膠(にかわ)を塗ったとの記述が中国の史書に記されています。これは、大人になったら密のように甘い言葉で商いをし、つかんだお金は離さないようになるとの願いが込められていました。

隊商を組んで広いシルクロードで安全に商いをするには、その国の政治状況、治安状況、文化の流れなど、様々な「情報」が必要になりました。政変の起こりそうな気配がある国はどこか、その国ではどんな商品が好まれるのか等、様々な情報をもとに商いをしていたのです。

情報収集能力に長けていたのは、各地に張り巡らされたソグド人のネットワークでした。彼らの一部は商いで赴いた国に定住し、コミュニティーを作っていたのです。

下の写真は、中国風の帽子を被った、中国に定住したソグド人の像です。ペルシャ系の民族のため、彫りの深い、青い目をしていた彼らですが、中国風な顔立ちで描かれています。
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【胡人の像:甘粛省歴史博物館】

中国では「胡人」と呼ばれ、中国姓を名乗っていました。姓は彼らの出身地ごとに分かれており、サマルカンド出身のソグド人は「康」、ブハラ出身は「安」、タシケント出身は「石」というように、出身地ごとに違う漢字の姓を使っていました。

また彼らがもたらした西域の文化は、当時の中国で大流行しました。下の写真は舞を踊る胡人の像です。新体操のようなリボンを両手に持ち、小さな円形の敷物の上で回転する踊りが大流行しました。
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【踊る胡人:甘粛省歴史博物館】

また彼らは「薩宝(さっぽう)」という肩書も持っていました。近年、中国で発見されているソグド人のお墓には、「薩宝」という文字が刻まれています。この言葉は、ソグド人の言葉で「キャラバンのリーダー」を表す「サルト・ポウ」から来ています。

次の写真は、彼らの故郷ペンジケントから出土した彼ら自身の壁画の写真です。面長で、まるで日本の聖徳太子にそっくりな顔立ちです。
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【ソグド人の壁画:ドゥシャンベ国立博物館】

同じソグド人でも、描かれた場所でこれだけ顔が違うのがとても興味深いです。
そして、聖徳太子に似ていることも、覚えておいてください。

赴いた地に同化した彼らは、ネットワークを広げ、商業のみならずその国の政治、文化にも大きな影響力を持つ民族へと変貌していきます。

次回は、唐の時代に起きた中国史上最大の反乱、安史の乱に関わったソグド人と、その後のソグドの歴史を辿ります。

【関連ツアー】
早春のウズベキスタン
文明の十字路 ウズベキスタン
タジキスタンとテルメズの遺産

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2011年04月13日

タジキスタン冒険行 パミールハイウェイとワハーン渓谷 その2

大阪支社の米谷です。
前回の続きとなりますが、ワハーン回廊からパミール高原へと入っていく所からスタートします。

旅の後半はワハーン回廊からパミール高原へと進んでいきます。
ランガールからパンジ川沿いの道に別れを告げ、北へと進路をとるとパミールハイウェイに合流します。標高4,000mを越える峠を越えると、がらっと景色が変わり、そこは草原にユルタが点在する遊牧民の世界が広がっています。

遊牧民のユルタ≪遊牧民のテント・ユルタ≫







マルガブ川と放牧≪マルガブ川と放牧の風景≫
馬に乗り、羊やヤギ、ヤクなどを放牧するのはキルギス族。夏の間、家畜の放牧のために草原にやってきます。道中、そんな遊牧民のユルタを訪ねるチャンスがあるとお茶や自家製のヨーグルトなどでもてなしてくれます。今でも訪問者をとても丁寧にもてなしてくれる人々に心打たれる瞬間です。




マルガブに近づくと遠くにムスターグアタ峰が小さく姿を見せてくれます。新疆ウイグル自治区のカラクリ湖に行かれた事がある方は、間近でご覧になられた方も多いでしょう。

マルガブを遠望マルガブから望むムスターグアタ峰






≪写真左:マルガブ川とマルガブを遠望≫
≪写真右:マルガブから眺めるムスアターグ・アタ峰≫

マルガブの町は本当に素朴な田舎町。町には小さなバザールとモスク位しか見るような所もありませんが、近郊には夏の間、雄大な景色の放牧の様子がお楽しみいただけます。朝、マルガブのバザールへ行ってみると、ユニークな帽子を被ったキルギス族の男性がたくさん買い物にやってきていました。普段観光客と触れ合う機会も少ないため、皆さんとても親切です。

マルガブのバザール≪マルガブのバザール≫







キルギス族の男性≪写真右:バザールで見かけたキルギス族の男性≫










マルガブからはいよいよタジキスタンとキルギスの国境を目指します。途中、今回のツアーで最高所4655m のアクバイタル峠を越えます。夏の時期でさえ、天気が悪いと気温が0度近くにまで冷え込む事もあります。また、この辺りは中国との国境も近く、緩衝地帯を示す柵が道路のすぐ近くにずっと続いていました。

峠を越えると今度はカラ・クル湖(3,923m)が近づいてきます。パミール高原の紺碧の湖。背後にパミールの高峰群が連なる絶景が広がっています。近くには古代の遊牧民サカ族のお墓とされるカラアート遺跡も残っています。

カラクル湖


カラ・クル湖を後にするといよいよキルギスとの国境です。標高4,282mののキジルアート峠を越えるとタジキスタンの出国審査場。
ここからはしばらく緩衝地帯が続きますが、この間もアライ山脈の雪山が展望できる絶景のドライブルート。雪山の展望を眺めながら、タジキスタンの滞在に名残を惜しみ、キルギスへ向かいます。
これから6月~8月の間、短い観光シーズンがスタートします。

関連ツアー:西遊旅行で行く タジキスタン 2011
タジキスタン冒険行 パミールハイウェイとワハーン渓谷
中央アジア特集ページはこちらへ
旅の見所をご紹介:企画者の声:パミールハイウェイとワハーン渓谷

yonetani_saiyu at 15:43|Permalink

2011年04月05日

タジキスタン・パミールハイウェイとワハーン渓谷 その1

こんにちは。

今日は中央アジアの中でも国土の8割近くを山岳地帯がしめるタジキスタンをご紹介します。

タジキスタンはペンジケントに代表される、古代から残るソグド人の遺跡やアジナ・テパの仏教遺跡から出土した中央アジア最大規模の涅槃物などが有名ですが、パミール高原とアフガニスタン・中国との国境を形成するワハーン回廊・ヒンドゥークシュ山脈に接する雄大な自然も大きな見所となっています。

タジキスタン自体、中央アジアの国々の中ではまだまだ観光客も少なく、これから観光開発が期待されているところです。そんなタジキスタンの中でも一番の秘境であり、魅力的な地域がアフガニスタンとの国境沿いからパミール高原にいたるゴルノ・バダフシャン自治州です。首都ドゥシャンベからパンジ川沿いのカライクムへと走り、そこからいよいよゴルノ・バダフシャン自治州へと入ります。

ダジキスタンとアフガニスタンの国境を成すパンジ川は中央アジアを代表する大河アムダリア川の源流。カライクムからしばらくするとパンジ川の向こうにはアフガニスタンの村々が目に入ってきます。時々行き交うロバやアフガニスタンの人々を目にすることもあるのです。川を挟んだだけで、向こうアフガニスタン側は今にも崩れそうな細い道しかない状況には驚かされるばかりです。タジキスタン側は電気も通っていますが、アフガニスタン側にはその様な気配はありません。
行き交うアフガニスタンの人々対岸のアフガニスタンの村

≪写真上左:対岸のアフガニスタンに暮らす人々≫
≪写真上右:パンジ川を挟んだアフガニスタンの村≫

ワハーン渓谷の眺め

≪写真上:ワハーン渓谷とヒンドゥークシュの山並み≫

イシュカシムを越えると対岸にはワハーン渓谷の絶景が飛び込んできます。パンジ川、ヒンドゥークシュの山並み、氷河が削りだした扇状地など次々と絶景が姿を現します。ワハーン渓谷を眺めながらの絶景ドライブはこのツアーのハイライトと言えるでしょう。その昔、玄奘も通ったと伝えられるワハーン回廊。途中に残るヴァンの仏教遺跡にも立ち寄ったかもしれません。

絶景の中のドライブワハーン渓谷ヒンドゥークシュ山脈の眺め

≪写真上左:ワハーン渓谷を眺めながらのドライブ≫
≪写真上右:ワハーン渓谷とヒンドゥークシュ山脈≫

ヴァン遺跡から眺めるワハーン渓谷

≪ヴァン遺跡とワハーン渓谷≫

この地域に暮らす人々はパミール諸民族と呼ばれ、シュグナン族、ワヒ族など様々な民族が暮らしています。彼らは民族ごとに異なる言語を持ち、この厳しい自然環境と地形状の特殊性により、長年近隣諸国からの影響を受けることなく独特の文化を培ってきました。今でも本当に素朴な生活を送っており、観光客がやってきても快く受け入れてくれるのです。
パミール諸民族の親子
タジク族の子供達

≪写真上左右:旅の道中に出合った人々≫

ガルム・チャシマ温泉また、日本人にとってうれしいのはツアー中、3回も楽しめる温泉浴です。海外の温泉と言えばプールに温泉を入れただけの風情のないものが多いですが、タジキスタンの温泉は趣があります。トルコのパムッカレの様な石灰棚の温泉ガルム・チャシマ、岩風呂が楽しめるビビ・ファティマ、秘湯っぽい雰囲気のエリスー温泉の3ヶ所で旅の疲れを癒すことができます。ただし、標高の高いところですので、長湯にはお気をつけ下さい。
≪写真上:ガルム・チャシマ温泉≫

次回は旅の後半 パミール高原をご紹介したいと思います。

関連ツアー:タジキスタン冒険行 パミールハイウェイとワハーン渓谷


yonetani_saiyu at 12:21|Permalink